2016/06/25

英国の EU 離脱が示す 「鬱憤晴らし」 の時代

英国で EU 離脱派が勝利したので、私は 「米国ではトランプが密かに喜んでるだろう」 と思ったら、さすがにドナルド・トランプである。「密かに」 なんてもんじゃなく、大喜びしていた。わかりやすい人である。CNN Japan が、"トランプ氏 「次は米国」 大統領選でも反エリート感情が鍵か" と伝えている。

私はこの流れは日本の安倍政権支持の大衆心理とも共通していると思う。CNN Japan では 「反エリート感情」 と総称しているが、原文では "populist anger" (大衆主義的怒り) とまとめている。要するに感情論であり、別の言葉で言えば 「鬱憤晴らし」 だ。ドナルド・トランプは次のように述べているという (参照)。

The referendum campaign -- just like the U.S. election -- has boiled with populist anger, fear-mongering by politicians, hostility towards distant political elites and resurgent nationalism, and exposed a visceral feeling in the electorate that ordinary voters have lost control of the politics that shape their own lives.

彼は、英国の国民投票は米国の大統領選と同様に、大衆主義的怒りの現れであるとしている。その内容というのは、政治家による恐怖の扇動への反発、政治的エリートたちに向けた敵意、ナショナリズムの復活、有権者の腹の底からの感覚の表現だとしていて、英国の EU 離脱は、一般民衆が政治家のコントロールから脱していることを示すと言っている。

さすがトランプで、核心を突いている。米国のシンプルなオッちゃんたちの心の琴線に触れる。しかしそれほどのパワーをもつのは、徹頭徹尾 「感情論」 に立脚しているからだ。感情論は簡単に理屈に勝つ。面倒な理屈をごちゃごちゃ述べ立てるより、喜怒哀楽に訴える方がずっと強力なのだ。だからこそ厄介なのである。

日本では安倍内閣がこのメソッドに立脚している。「美しい日本」 なんて言って、実態のわからないことを単なる感情論で引っ張ろうとしているように見える。一杯飲み屋のおっちゃんたちの政治談義と変わらないレベルのもので、煎じ詰めるとやっぱり 「鬱憤晴らし」 なのである。

こうした 「鬱憤晴らし」 がこんなにも力をもってしまうのは、やはりそれだけ 「鬱憤」 がたまっているということで、その 「鬱憤」 は、これまで続いてきた新自由主義的な政治経済によって、社会の底にたっぷり沈殿してしまっていたものだ。だからちょっとかき混ぜただけで、こんな不透明なことになる。

その 「鬱憤晴らし」 というのは、イスラム過激派の心情とも一致していて、だからこそドナルド・トランプは、近親憎悪的にあれほどイスラム教徒を排斥しようとしているのだ。自分よりストレートに命がけで 「鬱憤晴らし」 しようとしている連中を、恐れてしまうのである。

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2016/06/24

アヤしいマーケティング手法

『現代広告の心理技術 お客が買わずにいられなくなる心のカラクリとは』 (ドル—・エリック・ホイットマン 著) という本が、ネット上で注目されている。まあ、注目されているといっても、SNS などで自分で宣伝しているだけなのだが。

どんな本かというと、「消費者心理を科学的に暴きお客の心理を研究し尽くした本」 なんだそうだ。とくに話題になっているのが、"悪用厳禁:「恐怖を利用して売る」 とても簡単な方法" というものである。一見かなりもっともらしい。

一流大学の教授と一流企業の研究機関が共同開発した 100%ダニの侵入を防止する ”枕カバー” (価格は 980円) を売る際に、どんなチラシを作ればいいかと、この本は問うている。で、どうするのかというと、こんな風にチラシに書くのだそうだ。

実は、2年間使用した枕の重さの10%は、ダニの死骸とその排泄物だと知っていましたか?

実はあなたの枕カバーには、何千、何万匹というダニがいます。そのダニはどんどん卵を生み続けます。ダニの数は増えるだけではありません。そのダニは糞を撒き散らしたり、そのまま死んでいくダニがどんどん増えていきます。

(馬鹿馬鹿しいからちょっと中略)

でも、大丈夫。ダニの侵入を 100%防ぐ枕カバーというのがあるんです。これは、一流大学の教授と一流企業の研究機関が共同開発したもので、しかも、値段は1000円もしません。

と、こうした 「恐怖を利用して売る」 やり方をすると、販売のレスポンスが飛躍的に高まるのだそうだ。ふーん、なるほどね。

私がここで 「なるほどね」 と書いたのは、広告の作り手の方から悪用スレスレの方法論をバラしてもらったので、騙されにくい消費者になることができるという意味である。これから先は、こうしたあざといやり口に遭遇しても引っかからなくなる。「ハハーン、例のヤツだな」 ってなもんである。

本当に枕の中がダニの糞と死骸だらけだったとしても、それを知らなかったら、なんてことなく寝ていられるのである。知った途端に変な気分になる。まさに 「知らぬが仏」 である。そしてたとえ知ってしまったとしても、「それがどうした?」 で済ませることができる。「そんな枕を何十年も使ってきたけど、別にダニの糞まみれなんかにならずに済んでるじゃん!」 と気付きさえすればいいのだ。

そもそも、このダニを防ぐ枕カバーという例からして、「あり得んだろ!」 という無理な設定である。まともな消費者なら、「ダニの侵入を 100%防ぐ」 という枕カバーがわずか 980円だなんて、「どんな仕掛けなんだ?」 と疑心暗鬼になる。「人体にだっていいはずがないんじゃなかろうか」 と思う。そして、そうした疑問に丁寧に答えよとは、この本は全然言ってない。

よく考えると、この本、かなり 「トンデモ」 なんじゃあるまいかってなことになる。そしてふと思い出して発売元を調べてみると。「ダイレクト出版」 という会社である。この出版社の本については、前にもクサしたことがある。去年の今頃の、"ならば私は「¥記号をつけた数字で表示:¥1,200」 の店を選ぶ" という記事だ。

槍玉に挙げたのは、『脳科学マーケティング100の心理技術』 という本だ。この本は、レストランのメニューでは、 値段を表すのに 「¥1,200」 でも 「千二百円」 でもなく、単に 「1200」 と書けば、客の心理的抵抗感を軽減できるとしている。

しかし実際問題として、メニューに単に  「1200」 なんて書いているレストランなんてろくなもんじゃないと思うのは、私だけではなかろう。うさんくさすぎるではないか。で、今度の本はモロに 「柳の下のドジョウ」 みたいなのだ。巧みに恐怖心を煽るのは、カルト宗教と同じ手口で、ますます信用できない。

この本を書いた著者にしても、出版社にしても、そんなに有効な方法論があるなら、秘密にして自分だけで実行すればいいようなものだが、こんなアヤシげな本にして売るというのだから、それだけで 「なんだかなあ」 と思ってしまう。

馬券の指南という商売があるが、そんなに競馬で当てることができるなら、誰にも教えずに自分だけで大穴馬券を買えばいいではないか。実際には自分でやっても儲からないから、人にやらせて金を取る方が確実なのである。そしてその先のことまでは、責任を取らない。

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2016/06/23

定食屋のメニュー表示について一言

今月 19日の記事でも触れたが、このほど名古屋に 2泊した。2泊目は 18日の土曜日の夜に、地下鉄丸の内駅の近くのビジネスホテルに泊まったのである。土曜の夜のビジネス街だから、ひっそりとしたもので、夕食を食べようにも適当な店が見当たらない。

私は近頃、酒をほとんど飲まないので、居酒屋で食事をするなんてまったく気が進まない。「名古屋駅のステーションビルで食ってくるんだったなあ」 と後悔しかけた時に、ちょっとモダンな造りの定食屋が見つかった。店の名前は忘れたが、とりあえずそこに入ったのである。

店内は各席に液晶モニターがあり、それに表示されるメニューを選ぶと自動的にオーダーされるという仕組みだった。私は 「なす味噌と焼き魚の定食: ¥880」 というのをチョイスした。最近はできるだけ肉類を避けているので、魚と野菜のおかずというのを選んだのである。

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ところが、供された料理を見て驚いた。「なす味噌」 という料理は、実は 「なすと豚肉の味噌炒め」 だったのである。せっかく肉類を避けて注文したのに、出てきたのは肉料理だったわけだ。メニューの写真をみても、よもや肉が混じっているとは気付かなかった。

まあ、私は厳格な菜食主義者じゃなく、魚とチキンは食うし、出てきちゃったものは捨てるのももったいないので食べるというなまくらである。この時も、豚肉というものを何週間ぶりかで食べた。食べながら、「このメニュー表示って、ちょっと詐欺っぽいよなあ」 と思った。

世の中には厳格なノーミート主義者というのもいる。魚なら食うが、肉は牛だろうが豚だろうが鶏だろうが、ポリシーとして食わないという人は知り合いにも何人かいる。そうした人が、 「なす味噌」 を注文して 「なすと豚肉の味噌炒め」 が出てきたら、箸を付けるわけにいかないではないか。

メニューの名前は、内容がはっきりとわかるように付けてもらわないと困る。「肉と書いてないのに肉を加えてるんだから、サービスがいいじゃないか」 ってなわけにはいかない。名前で表現しきれないなら、ちょっとした説明書きを添えてもらいたい。いずれにしても 「なすと豚肉の味噌炒め」 を 「なす味噌」 というのは、私に言わせたら 「虚偽表示」 である。

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2016/06/22

この夏の参院選と改憲論議

何度も書いているように、私は改憲論者である。そして安倍政権も改憲を唱えている。というわけで、私は安倍政権を支持してもいいように思われているかもしれないが、とんでもない。私は安倍政権を支持しない。それは昨年の夏に書いた 「安保法制論議なんて、今は止めとけ」 という記事で述べた通りである。

私の 「改憲が必要」 という理屈のベースにあるのは、日本国憲法が制定されてから 70年も経ったんだから、現在の世界の実情に合わない点が出てきているという考えである。そりゃそうだ。70年も前の理念が今の世界にそのまま通用するはずがないじゃないか。

しかし安倍政権の取り巻き連中の頭の中にあるのは、日本国憲法よりもさらに古い明治憲法である。あれを復活させろと、本気で思っている連中が安倍政権を支えているのは、最近出版された 『日本会議の研究』 という本の中で述べられている通りだ。70年前にできた憲法が古いと言っている私としては、100年以上前にできた憲法の復活を唱えている連中に支えられている政権を支持するなんて、到底できない。

「自主憲法制定」 を唱える連中は、「今の憲法は米国に押しつけられたものだから、変えなければならない」 と言っているが、私としてはこの主張には護憲論者の言い草よりももっと強い違和感を覚えてしまう。「押しつけられたものだからダメ」 なんていうのは単なる感情論である。押しつけだろうがなんだろうが、悪いものなら放り出せばいいし、いいものならありがたく頂戴しておけばいいじゃないか。

戦後の日本国民は、天皇敬愛の念は維持しながらも、軍部の馬鹿どものやり口にはとことん愛想が尽きていた。だからこそ、あの馬鹿どもが二度と実権を握ることができない体制を保証する日本国憲法を、大喜びで受け入れたのである。

その日本国憲法を否定して明治憲法礼賛をちらつかせるなどというのは、アナクロニズムも甚だしい。だから 「改憲」 を唱える政権であっても、その中身がトンデモなのだと言わざるを得ない。ここ数年、私は自民党には投票したことがない。

かといって、ほかに票を入れる価値のある政党があるのかということについては、正直愕然としてしまうのだが。

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2016/06/21

英国の EU 離脱派が抱える矛盾

英国の EU 離脱の賛否を問う国民投票が、6月 23日に行われる。客観的に見れば、EU に留まる方がいいに決まっているように思えるのだが、世の中とは不思議なもので、英国内では EU 離脱を求める声が高まっていて、投票の結果はどちらが勝つにせよ、かなり拮抗したものになると予想されている。

EU 離脱を求めるのは労働階級に多く、移民によって仕事が奪われているという感覚が強い層であるらしい。しかし EU を離脱すれば移民は減るかも知れないが、経済が停滞して仕事そのものが減ってしまうだろう。

EU 離脱を求めるのは、そうした 「反移民」 の感覚だけではないはずだ。英国は元々 「ヨーロッパは一つ」 という考えに馴染んでいない。フランスやドイツは、昔から大きな戦争の度に領土を取ったり取られたりしているから、「だったらいっそ、自分たちはヨーロッパ市民と思う方が手っ取り早い」 なんて思っているところがあるが、英国はそうじゃないのだ。島国だし、英連邦という広大な背景ももっているし。

EU に属しながらも、通貨はずっとポンドのままで、道路交通を見ても英国では車は左側通行である。英連邦諸国でも世界の大勢に従って右側通行に変えてしまう国が多いというのに、英国はこれからもずっと伝統を守り通すだろう。なぜか日本までそれに従っているのが面白いところである。

そんなこんなで、英国のとくに高年齢層は 「俺たち、ヨーロッパ市民なんかじゃないもんね」 と思っているから、簡単に EU 離脱を求めたがる。しかしそうしたナショナリズムを肯定するならば、その次はスコットランドや北アイルランドを独立させなければ論理の辻褄が合わなくなる。

「英国は別だもんね」 という主張は、英国内では 「スコットランドは別だもんね」 という主張と相似形をなすし、ましてや北アイルランドに至っては 「俺たち、植民地なんだから独立して当たり前だもんね」 ということになる。独立問題がまたぞろ大問題になってしまうだろう。

英国はこれまでもずっと、EU のいいとこ取りをしてきたのだが、離脱するとなると、「EU とは袂を分かつけれど、スコットランドと北アイルランドはずっと併合したままでいたいんだもんね」 という、かなり自分勝手すぎる主張をすることになる。それはなかなか通りにくいんじゃあるまいか。EU 離脱によって経済が下降してしまったら、スコットランドと北アイルランドの独立派は過激な方向に走ってしまうはずだ。

つまり英国は、グレート・ブリテン・北アイルランド連合王国の仕組みを守りたいというなら、EU は離脱しない方がいいという、妙な矛盾要素を抱え込んでいる。

日本にいてはこのあたりの感覚は理解しにくいが、UEFA EURO 2016 サッカー欧州選手権で、英国がイングランド、ウェールズ、北アイルランド (スコットランドは予選落ちしちゃったようだ) に分かれて戦っているのをみても、これらは別の国なのだとわかる。連合王国統一チームとして出ればかなり強いのだろうが、それは 「あり得ないこと」 のようなのだね。

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2016/06/20

放送事故レベルと話題の、民放連 「Stop 温暖化 CM」

昼の TBS ラジオ 『たまむすび』 を聞いていたら、民放連の 「Stop 温暖化 CM」 の話題で盛り上がっていた。この CM では、犬が何だか日本語らしき言語でわめいているのだが、それが何を言っているかさっぱりわからないというのである。

この CM、ちょっと前から頻繁に流れていて、実は私も気にかかっていた。検索してみたら、ニコ動で音声ファイルが見つかった (参照)。こんな CM である。(下の画像をクリックすると、mp3 で音声が再生される。"STOP 温暖化ラジオ CM 「犬の気持ち」篇" というらしい)

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ちょっとテキスト化してみる。

「ジョン、元気ないねえ」
(やたら甲高い声で) 「当たり前だろう!」
「わっ、犬がしゃべった!」
(甲高い声) 「温暖化で、暑くて暑くてたまらないんだよ〜! ○▲□×△〜〜〜 !!!」

(なんだかんだ、ややあって)

(甲高い声) 「地球をこんなに暑くしたのは、誰だぁ〜〜〜 !!!!!」

「この星に住むみんなのために、ストップ温暖化。民放連です」

というわけで、甲高い犬の声の、「○▲□×△〜〜〜 !!!」 の部分が、何を言っているのかわからないというのである。私には何となく 「ハチャメチャバカたれ〜〜〜 !!!」 のように聞こえていたが、もちろんそんなわけがなく、空耳だろうと思っていた。

『たまむすび』 が手を尽くして調べた結果を言ってしまうと、この犬は 「ハサミとバリカンくれぇ〜〜!!!」 と叫んでいるというのである。犬も長い毛を刈ってしまいたくなるほどの暑さというココロの CM のようなのだ。

しかしネットで検索してみても、「何を言ってるのかわからない」 「CM として用をなしていない」 「甲高い声がうるさくてたまらない」 「放送事故レベル」 などと、はなはだ不評のようなのだ。うむ、確かにもっともな指摘である。

しかし私としては、「何を言ってるかわからない」 以前に、もっと気がかりでならない点があるのだ。「ジョン、元気ないわねえ」 と言ってるのだから、犬が息も絶え絶えの声で応えるならまだ話もわかる。しかしこのジョンときたらやたらハイテンションで、甲高い声でギンギンに叫びまくるのである。これって、無駄に意表突きすぎだ。

「ジョン、元気すぎるほど元気じゃん!」 と言いたくなってしまうのだよね。

確かに放送事故レベルの CM である。しかし、『たまむすび』 という番組、身内制作の CM をいじってしまうのだから、大したタマだ。

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2016/06/19

名古屋はおもしろい街である

今回、3泊 4日の出張で大阪と岐阜を訪れ、3泊のうち名古屋に 2泊した。名古屋に直接用があったわけではないのだが、中継地として便利だったのである。私はこれまでにも名古屋に何泊したかわからないほどだが、そのほとんどは名古屋周辺に用があっただけで、実は名古屋の街にまともに足を踏み入れたことはあまりない。

つまり、名古屋駅周辺しか知らず、せいぜい地下鉄で 2つめの 「丸の内」 という駅で降りたところの 「繊維街」 の入り口あたりに何度か行ったことがある程度のことである。この程度の浅い馴染みだが、名古屋駅自体は本当に何度も訪れているので、私の中に 「名古屋のイメージ」 というのは厳然としてある。

その中で最も強いイメージは、「名古屋の女性は、ファッションがケバい」 ということだ。本当に名古屋駅周辺を歩くと、名古屋の女性のファッションはケバく感じるのである。大阪のオカンたちとは別の種類のケバさだ。派手なプリント柄が多いし、なんだか知らないが、薄物フリルの多用でひらひらしたものを着ている女性がやたらと多い。

10年以上前、名古屋在住の友人に 「名古屋の女性のファッション、ちょっとケバいよね」 と言ってみたことがある。彼は 「そうなんですよ。皆、今から合コン行ってきますっていう気合いで服着てるでしょ」 と答えた。名古屋の人間でも、他で長く暮らしたことのある者は、そのあたりのことを感じているらしい。

「あれって無意識的に男に媚びてるというか、おもねてるんですよ」 と、彼は言う。そうした意識の現れとして、あの独特のケバさになるということらしく、要するに、延々と嫁入り道具を連ねる風習と、意識の深いところでは共通しているというのだ。なるほど、名古屋というところは金はないわけじゃないので、そんなところなのかもしれない。

それから、名古屋の街は道路標識の道案内がわかりにくい。既に述べたように私は名古屋駅周辺しか知らないが、20年以上前にレンタカーを借りて名古屋港に近い金城ふ頭の国際展示場に展示物を運んだことがある。当時はカーナビなんてなかったし、道路案内がまともに整備されてないので一苦労した。

とにかく根本的に、名古屋の道路は地元の者しか通らないという前提で作られているんじゃないかと思うほど、道案内が少なく、中心部は碁盤の目状とはいえよそ者は迷いやすい。当時はその傾向が今より極端で、ずっと走ってようやく 「あ、あそこに案内がある!」 と思って近付いてみると、そこは国道 1号線 (要するに東海道ね) で、右に行くと東京で、左に行くと大阪という大ざっぱすぎる表示にずっこけた。

大都市名古屋ではあるが、その根底には日本古来の思いっきりドメスティックな身内感覚が脈々と残っていると感じられる。そうかと思うと、その身内感覚だけでは対応しきれなくなって、後から取って付けたようなものが随所に見受けられる。その代表的なのが、下の写真だ。

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これは地下鉄丸の内駅 (つまり、名古屋の中心部) 構内の、ホームに降りる階段付近である。元々ある案内表示だけではわかりにくいというので、降り口にこんな風にべたべた貼ってあるのだろうが、その張り方がいかにも間に合わせっぽい。またよく考えて貼ったとも思われないので、すべてに赤いアンダーラインが付いていたりする割には、結局のところわかりにくい。

張り紙が無駄に階段の傾斜と合わせて斜めに貼ってあり、しかもその角度がビミョーに混乱しているというのも、何だか泣かせるポイントである。いずれにしてもこんなような案内表示は、少なくとも私は日本の他の街の地下鉄では見たことがなく、「ああ、名古屋だなあ」 と感動してしまったのである。

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2016/06/18

あれだけ盛り上がっていた東京オリンピックだが

2013年の 9月頃は、2020年の東京オリンピック開催が決定して日本中が 「お・も・て・な・し」 なんて言いながら浮かれまくっていたが、私はその年の 11月に "2020年は 「壮大な終わり」 の確認の年になりそうだ" なんて、無茶苦茶シニカルな記事を書いている。その記事からちょっと引用しよう。

(2020年の東京オリンピックは)  「そんなにやりたければどうぞ」 という感じだが、もっとぶっちゃけて言えば 「反対」 だ。ただ、それをあまり鮮明に打ち出すほどの思い入れもないというだけだ。

(中略)

ところがこんな記事を書いていると、「せっかく東京開催が決まって、みんな喜んでいるのに、どうしてそんなに後ろ向きのことを言うのだ」 と、怒る人がいる。中には、「東京オリンピック開催が決まったとたんに、そんなぶち壊しのことを言うのは、性格が悪すぎる」 なんて非難されることまである。

ところがどうやら、ここに来て、東京オリンピックに関しては後ろ向きなことを言ってもあまり非難されない状況になってしまったようだ。私としては 「そら、見たことか」 と言いたいところだが、まあ、日本全体もようやく気付いてきたみたいなので、よしとしておこうと思う。

開催のための予算は当初の計算と比較してウソみたいにふくれあがっているし、エンブレムだの国立競技場だの、そして肝心の東京都知事までが無茶苦茶なことになってしまっていて、開催決定の時にはあんなに盛り上がっていた人たちも、もうすっかりシラけてしまっている。

"2020年は 「壮大な終わり」 の確認の年" なんて書いたが、既にその確認作業は結構進んでしまったような気がする。時代の流れはずいぶん速くなった。2回目は行きがかり上、仕方なく開催するだろうが、よもや 3回目の立候補なんてことはしないで済むだろう。もう、オリンピックの使命なんてとっくに終わってしまったのだと思う。

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2016/06/17

本当にムッとくるほど無神経なのは、オバサンよりオッサンである

昨日、出張のため東海道新幹線で関西に来た。昼前の 「のぞみ」 号に乗り込むと車内は案外空いていて、私は予約していた、3列並びシートの窓側に腰を下ろした。フツーは 3列シートは避けられるようだが、実は真ん中の席がずっと空きっぱなしというケースが多いので、通路側に誰かが座っても、ゆったりと旅ができるのである。

出発直前にオッサンの一団が乗ってきて、4〜5人が前後 3列ほどのバラバラの席に腰を下ろし、私の座っている 3列シートの通路側にも 1人のオッサンが座った。このままずっと真ん中の席が空いていれば、目的地までゆったり座れる。

オッサンの一団はグループ旅行なのだろうが、たとえまとまった席を予約していたとしても、ゆったりバラバラに座りたいという気持ちはわからないわけじゃない。しかし困ったのは、離れた席に座っているくせに、大声で下らないゴルフの話なんか始めたことである。

「おいおい、会話したいんだったら隣同士の席に座れよ」 と思ったが、まあ、東京から新大阪までずっと話し続ける大阪のオカンでもあるまいし、そのうち静かになるだろうと思っていた。しかしなかなか静かにならない。困ったものである。

ちなみに大阪のオカンの場合は賑やかだが、なぜかうるさいというほどではないことが多い。さすがに 「しゃべりの本場」 で鍛えられて、厚かましいようでいて実は場を意識しているし、なによりちゃんと隣同士に座る。

東京を出発して品川に着くと、乗客がどっと乗ってきて、それまで空いていた席がどんどん埋まり始めた。そして私の座っている座席の列にも 2人連れの女性がやってきて、通路側に座っていたオッサンに 「席をお間違えじゃないですか?」 と聞いている。

やはりそのオッサンは、自分の取った指定席じゃないところに座っていたようで、「すんません」 なんて言って、後ろの席に移った。移る際に、「空いてるから、いいかと思って」 なんて、余計な言い訳じみたことを呟いている。確かに空いてるならいいけど、見る間にこんなに混んできたんだから、言われる前に察してさっさと自分の席に戻るべきだったのだが。

私は 「世の中に無神経なオバサンは多いけど、本当にムッとくるほど無神経なのはオッサンの方だな」 と思った。これは昔から感じていたことだが、改めて確認した思いである。

新幹線の普通席はかなり狭いから、ゆったりとバラバラの席に座りたい気持ちは十分に理解できる。私だって、空席が多い車内で自分の座った列だけ埋まっていたら、自主的に空いた席に移る。しかしそれは、東海道新幹線でいえば、東京を出発し、新横浜を過ぎたところで、少なくとも名古屋まではこれ以上の乗客は乗ってこないだろうことが確認できてからだ。

品川でどっと乗客が乗ってきて、見る間に満席になりかけているというのに、まだ無神経に予約した座席以外の前後 3列で大声の会話を続けているオッサンたちの感覚というのが、私には到底理解できない。しかもそれが、結構旅慣れた様子のオッサン集団だったので、ますます唖然としてしまったのである。

そしてさらに呆れたことに、そのオッサン集団は隣同士の席に収まった途端にゴルフ談義に飽きたらしく、静かになってしまったのだ。じゃあ、あの大声の会話は一体何だったのだ。車内全体にゴルフの自慢話を聞かせつけたかったとでもいうのか。

最後に付け加えるけど、趣味の悪いオッサンたちは、ゴルフの話になると急に必要以上の大声で盛り上がる傾向がある。私はゴルフと麻雀と焼き肉の話は単語からして理解できなくて、単にうるさいだけなのだが、ゴルフ談義は一際大声になるみたいで、迷惑加減が最大レベルである。

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2016/06/16

ドナルド・トランプは、イスラム教徒をどうやって見分けるというのだ

米国共和党の大統領候補となることが確実なドナルド・トランプは、イスラム教徒の入国禁止を求めている。とくにフロリダ州での銃撃事件を受けて、この主張を改めて強調するようになった。

しかし言うまでもなく、彼の主張は信教の自由を保障する憲法に反しているし、司法の場において認められるはずもない。そもそも、彼はその運用をどうしようと考えているんだろうか。イスラム教徒をどうして見分けるつもりなんだろう。

米国入国を希望するすべての人間の信ずる宗教を申告させるとでもいうのだろうか。入国カードに信ずる宗教を記入して提出せよなんて言っても、どうしても米国入国したい者は偽装申告ぐらいするだろう。ましてやテロ実行という目的があったりしたら、なおさらだ。

あるいはイスラム教徒の多い国の人間に限って入国を拒否するのだろうか? しかしイスラム教国といわれる国にだって、他宗教を信じる人間は存在する。それを区別するのは至難の業だ。あるいは踏み絵をさせようとでもいうのだろうか。しかしもしムハンマドの絵を踏みつけてみろなんて言われたら、イスラム教徒ではない私だって、そんなことはしたくない。

要するに、トランプの主張は実行不可能なのだよ。実行不可能なことを大声で言っているというだけで、彼が危ない人間だということぐらいわかるはずなのだが、それが一定の支持を得てしまうというのは、米国社会自体も危なくなってしまっているのだろう。

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