2017/12/12

キラキラネームは、今後減っていくかもしれない

ラジオで聴取者から 「今年のできごと」 を募集する特集を聞いた。まあ、いろいろな嬉しいできごとが寄せられていたが、その中で定番なのが、「初孫ができたこと」 というものである。ところが続いて 「がっかりしたこと」 が加えられたものもあり、それは 「その孫に、子どもが変てこなキラキラネームを付けてしまった」 というのだった。

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ネットで検索したら、約 1年前の 「弁護士ドットコムニュース」 に "「キラキラネーム 1位は 「唯愛 (いちか)」 … 受験でマイナス評価されても仕方ない?" なんていうのがあった。ちなみに上の画像の 「唯愛」 は、見出しにあるように 「いちか」 と読ませられ、「ゆめ」 という読みもあるらしい。

もっとわからないのが 2位の 「碧空」 で、これは 「みらん」 あるいは 「あとむ」。そして 3位の 「優杏」 は 「ゆず」 と読むらしい。さらに恐ろしいことにそれぞれの名前の読み方の説明には、どれにも 「など」 と添えられていて、これ以外にも素っ頓狂 (としか思われない) な読みがいろいろあるらしいのである。

ラジオにメールを寄せたおじいさんには、まことに気の毒なことである。可愛い孫の名前を呼ぶのに、諦めがつくまで結構な時間がかかってしまうだろう。

子どもの世代が孫に変なキラキラネームを付けてしまうことが増えているのかもしれないと、ちょっと 「孫 キラキラネーム」 というキーワードでググってみたところ、意外な結果になった。孫に妙な名前を付けたがるおばあさんが多く、子の世代が悩んでいるというケースの方が目に付くのである。

とくに 「私にキラキラネームをつけた母が孫にもキラキラネームをつけようとしてきた」 という記事は、つくづく気の毒なケースである。投稿者の名前は 「宝塚にハマった中高生が芸名として考えそうなもの」 というのだが、彼女の母の考えた第一候補は、もっとすごかったらしい。「周囲が必死になだめて、渋々マイルドにした結果が私の名前」 というのである。

その母が、孫の名前を 「さえ」 にしたがったらしい。読みだけみれば案外まともだが、漢字が 「小星」 というのである。以下、引用。

・ 小 = 『さ』 は小さくて可愛らしいものに付く言葉
・ 星はフランス語でエトワール = 『え』
・ 小さくて可愛らしい、夜空に輝くお星さまのような孫娘ちゃん (はぁと)

30年経っても変わらない母親のセンスに、娘の思いは一気に冷めてしまったというのだが、こうした傾向からすると、キラキラネームは既にピークを過ぎて、今後は徐々に減っていくのかもしれない。

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2017/12/11

"CD-R" ってものを使わなくなって久しい

先日、友人たちと 「近頃は、『フロッピー・ディスクを見たことない』 って若い奴がかなり多いんだよね」 という話で盛り上がった。エレクトーンの講師をしている知り合いの女性は、「昔はエレクトーンにフロッピー・ディスクは付きものでしたけど、今は 30歳より若い子は、『フロッピー? 何それ?』 という世代ですよ」 と言う。

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友人の 1人は、「今どきはワープロや表計算の文書にちょっと画像を挿入しただけで、あっという間にファイルサイズが 1.44MB の容量からはみ出してしまうから、使い物にならないよ」 と言う。「そうだよね。いくら何でも容量が小さすぎるよね」 と、私も同意した。

しかし今日になって、フロッピー・ディスクが姿を消したのは、決して容量だけの問題じゃないと気付いた。

というのは、年末ギリギリになる前にデスク周りの整理をしておこうと思い立って、棚の奥び "CD-R" の容器に気付いたのである。20枚ぐらい、まったく手を触れないまま 3年以上眠らせていた。

思い起こせばちょっと前までは、CD-R をよく使っていたものである。データを渡すのに、「私、インターネットのメールできません」 なんて言うオバサンがまだフツーにいた時代だった。「じゃ、フロッピーに保存して持って行こうか?」 と言うと、「私のパソコン、新しいから、フロッピー入れる口がないんです」 なんてことを言う。

「わかったよ。じゃあ、CD−R に焼いて持ってってあげるから」 なんてことになり、650MB ぐらいの容量のディスクの、ほんの 5mm 足らずの幅を使って、せいぜい 85KB ぐらいのファイルを保存し、物理的に運んで手渡ししていたものだ。

CD-R というメディアは裏のキラキラした面を見ると、データを焼いた部分だけが白っぽくなっていて、「こんなに大きなディスクの、これっぽっちしか使ってないのか。なんてコスト効率が悪いんだ」 なんて呟きながら運んでいた。

ところが昨今は、インターネットを使えて当たり前の世の中となり、かなり大きなファイルはメールに添付なんかしなくても、クラウド・サービスで共有できたりする。CD-R で手渡ししていたなんて、どんな大昔のことかと思ってしまうが、ほんの数年前までのことだった。

それが、今では音楽だって CD の形で買ってくるなんてことが激減し、それどころか Apple は iTunes でのダウンロード販売を中止し、ストリーミングだけにしてしまいたいらしい。形ある 「モノ」 の上に焼き付けてデータをやり取りするという時代は、とっくに過ぎ去ってしまったようなのだ。

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2017/12/10

日本人の独特すぎる宗教観

NewSphere が 「日本人の宗教観、海外と違うけど変じゃない? 米メディアが探る日本人の心根」 という記事を報じている。米国のメディアが 「宗教と信仰が大部分において乖離している日本の状況について論じた記事」 を紹介したものだ。

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クリスチャン・サイエンス・モニター紙 (CSM) は、日本人の 62%が無宗教としているのに、多くの人が寺社仏閣などに参拝している日本の状況を、ある参拝者の 「神社にお詣りするのは、宗教を信じているのとは別」 というコメントを切り口にして、日本では、「宗教が生活の慣習の一部として存在」 し、「聖と俗が分かちがたい状況にある」 と説明している。これ、なかなかいいところを突いた指摘だと思う。

米公共ラジオ放送 (PRI) は、東京渋谷の金王八幡宮の田所克敏宮司の言を紹介している。彼は 「ある日、仏陀と呼ばれる神がアジア大陸からやってきた。その後、キリストと呼ばれる神が船でやってきた。すでにいた八百万の神にもう 2つ加わった、というだけのこと」 と、かなり乱暴なことを言っているのだが、まあ、ある意味日本人の宗教観が実際に乱暴だということだ。

田所宮司はこのあたりのことを、「人々は宗教を、何を信仰しているのかという観点ではなく、儀式の観点から見ている」 と説明する。そのため、子どもが生まれれば神社にお宮参りし、結婚式はキリスト教スタイルにし、葬式は仏教の形式で執り行う。西欧的な常識からすれば乱暴極まりなく、冒涜的ですらあるが、日本ではそれを誰もとがめない。

別のアメリカのメディア PBS (Public Broadcasting Service) は、東日本大震災の被災地の人々が見せた忍耐強さを、「荒ぶる神」 の視点から論じている。ケンタッキー州ベリア大学のジェフリー・リチー准教授は 「日本の神は善いものも悪いものもさまざまおり、その心も行いもとりどりであり、人の小さな知恵では計り知れないもの」 とする。

「聖」 と 「俗」 を明確に区別している西洋的な宗教観からすると、日本人のそれは、かなり異質と言わなければならない。日本人は 「聖なる絶対的存在」 である神に 「宗教的導き」 を求めるわけではなく、ただひたすら 「受け入れる」 のである。現世利益を求めながら、時には 「荒ぶる神」 さえも、ひたすら受け入れるのだ。

早稲田小劇場を主宰していた鈴木忠志氏は、活動の場を東京から富山の山奥に移すにあたり、「これは 『信心』 からきたものだ。自分は神仏に対する態度を 『信仰』 ではなく 『信心』 と言いたい」 と語っていた。彼はこのあたりの日本的心根をかなりよく理解していたのである。

私は、日本人にとっての神は、「気配」 なのだと思っている。絶対的なものじゃないのだ。宗教的には非常にプリミティブである。こんなにプリミティブな人たちが高度な文明の中で暮らしているのは、西欧的視点からは確かに驚き以外の何物でもないのだが、当の日本人はこの点について、まったくあっけらかんと全然無頓着なのだよね。

この無頓着さに関しては、日本人の私でさえ時々呆気にとられる。

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2017/12/09

今回の深川の事件について

私は神社仏閣好きなのだが、今何かと話題の富岡八幡宮には、どういうわけか一度も行ったことがない。それどころか、最寄り駅の東京メトロ、門前仲町という駅で下車したことすらない。個人的には縁遠い神社である。

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間もなく新年になってしまうが、こんなことがあった直後だけに、富岡八幡宮の初詣客は激減するだろう。下世話な話だが、お賽銭収入だってまともには入らないだろうし、関係者にとっては頭の痛い話になる。

事件の背景には肉親同士の愛憎があったという。自殺した容疑者は自分の息子を宮司にすることを要求していて、「実行されなかった時は、死後においても怨霊となり祟り続ける」 などと書いた手紙を関係者に送りつけていたという (参照)。物騒な話である。いくら理不尽な話でも怨霊になるのは当人の勝手だから、このあたりのことはしっかりと宗教的に解決しなければならない。

ほとぼりの冷めた頃合いに、この事件で命を落とした 3人の魂鎮めを懇ろに執り行わなって、「きちんと浄めた」 ということにしないと、後々まで参拝客の数が回復しないだろう。その前に宮司の跡継ぎまで決めなければならないとなると、後始末はなかなかつかないだろうから、下手するとぐずぐずしているうちに神社そのものが衰退してしまいかねない。

この件に関連してもう一つの話題は、神社本庁が今回の被害者である姉の方の宮司就任を認めようとしなかったということだ。「女性差別」 ではないかという声もある。このため富岡八幡宮は神社本庁を脱退するまでに至っている。

全国の神社の中には女性の宮司も何人か存在するらしいが、富岡八幡宮クラスの格の高い神社になると、女性宮司というのは事実上あり得ないらしい。何しろ神社本庁というのは例の日本会議の中心的存在だから、女性天皇を認めたくないのと同様、女性宮司も歓迎しないのだろう。

今回の事件は、いろいろな問題を浮き彫りにしてしまうようなのである。

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2017/12/08

今日は寒くなったとはいえ、地球温暖化を実感

今日はやたらと冷え込んで、昼間に仕事をしていても、暖房を付けないと寒くて震えてしまう。明朝はもっと冷え込んで、関東でも雪が舞うらしい。

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とはいいながら、私がこのつくばの地に引っ越して来た 昭和 55年 (1980年) 頃の冬の寒さは、こんなもんじゃなかった。12月の声を聞いた途端に、それまで住んでいた東京杉並区西荻窪と比べると段違いの凍えるような寒さになってしまったから、あわてて分厚い羽毛布団を買い足した。

ところが今年は、いくら寒いとは言っても、まだその時に買った分厚い羽毛布団は使っていない。薄めの羽毛布団と毛布だけで寝ていられる。今夜から冷え込むというので、やや厚めの羽毛布団に変えたが、35年前に買った分厚い羽毛布団を使う気には、まだなっていない。

「あの頃の冬は、本当に寒かったなあ」 と、しみじみ思い出す。ただ、印象だけの話で終わりたくはないので、気象庁のサイトに行って、この辺りの気温データにあたってみた。上の表は、つくば市付近の 1981年以後の月別の平均気温をまとめたものだ (クリックで拡大表示される)。1985年から 2015年までは、5年ごとのデータを表示し、最下段にはその年の通年平均気温を示した。

こうしてみると、ここに引っ越して来た頃の冬は、本当に寒かったのである。1981年 1月の平均気温は 1.0℃で、4年後の 1985年 1月なんて、0.2℃だ。ところが 1995年頃から 1月の平均気温が上がってきていて、最近ではずっと 3℃以上の数字を示している。

当然ながら年によってばらつきはあるものの、全体を通してみれば、冬は暖かく、夏はより暑くなる方向で推移しているのがわかる。引っ越して来た当初、12月から 2月までずっと使いっぱなしだった分厚い羽毛布団は、最近では 1月の一番寒い時期に使うだけになってしまっている。

通年の平均気温は、今年の 12月がまだ終わっていないので最終確定数値ではないが、36年前と比べて 2.6℃も上昇しているのだ。年間平均気温がこれだけ上昇しているというのは、尋常なことではない。地球温暖化は、体感的にもデータ的にもしっかり裏付けられている。

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2017/12/07

"Office 2011" から "Office 365" に乗り換えた

MacBook Pro にインストールして使っていた Office Set を更新した。これまでは "Microsoft Office 2011" というのを使っていたのだが、ずいぶん前からやたらと調子が悪くなっていたのである。

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Microsoft Office は、PC を仕事で使っている者にとっては、不本意ながら、不可欠と言っていい。例えば原稿を書くにも、Mac 専用の ”Pages" というワープロでは縦書きができない (裏技を使えばできなくもないのだが、手間がかかる) などの制限があり、他にも縦書き可能のエディターはいくつかあるのだが、やっぱり使い勝手の点で MS Office セットを選んでしまう。

ところがここしばらく、とくに Word の使い勝手がものすごく悪くなっていた。すぐに落っこちてしまうトラブルがここ 1年近く続いていて、だましだまし使っていたのだが、MacOS を 最新版の High Sierra にアップデートして以来、ますますおかしくなってしまった。縦書き表示にすると、句読点や長音記号 (ー)、括弧、カギ括弧などが、横書きのまま表示されてしまうのである。

さらに文字化けも頻発して、いよいよ 「こりゃもう、使い物にならんわ!」 と匙を投げるところまで来てしまった。調べてみると Office 2011 は、High Sierra では 「サポート対象外」 とされてしまっているではないか (参照)。道理でね。まあ、2014年 1月以来、4年近くも使い続けてきたのだから、諦めも案外簡単についた。

で、今日たまたま ケーズデンキ に寄ったついでに、"Office 365 Solo" というパッケージを買ってきた。プログラムはどうせネットからダウンロードして使うので、店頭で買うのは、銀色でカバーされた部分をコインで削り取ると 「プロダクトキー」 が表われるカード 1枚である。

Office 365 というのは、Office 2016 というパッケージのクラウド版みたいなもので、年間契約だから、3年使うとパッケージ版と同じぐらいの金額負担になる。しかしクラウド版だけに常に自動でアップデートしてくれるから、安心感はあるだろう。

ただ、買ってしまってからちょっとムッときてしまったことがある。カードを見れば、Word、Excel、Outlook、PowerPoint などの他に、データベースの Access も使えることになっていて、10年以上前は仕事で Access でプログラムを組んだりしていた身としては、「おお、久しぶりに使ってみるのもいいかな」 と思ったのだが、これ、実は Mac では使えないのである。そう言えば既に知ってることではあったが、うっかりしていた。

安く上げさえすればいいというのなら、Mac 用の Office 互換セットもあり、”Libre Offce” の ”Writer" というワープロは、縦書きも段組もフツーにこなすらしいのだが、MS の Office は、無料の iOS 版があり、プレゼンをする時に小さな iPhone を使い、PowerPoint で縦書き表示の画面を映し出すことができるというメリットがある (参照)。何だかんだと言っても、まだ離れられないのだよね。口惜しいけど。

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2017/12/06

近江と遠江という 2つの国

知り合いに近藤さんと遠藤さんという人がいて、どちらも同じような仕事をしているのでややこしい。地名でも、これは旧律令国名だが、「近江」 と 「遠江」 というのがある。下の地図では残念なことに 「遠江」 のふりがなが 「とうとうみ」 となっているが、「とおとうみ」 が正しい。さらに言えば、旧仮名では 「近江」 が 「あふみ」 で、「遠江」 は 「とほたふみ」 となる。

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遠江の国とは、今の静岡県西部にあたり、長門国を 「長州」、甲斐国を 「甲州」 というのと同様に、「遠州」 とも言った。広澤虎三の浪曲で 「遠州森の石松」 というのが有名になっているが、遠江の森というところの生まれということになっている。ただし、実在したかどうかは怪しいらしい。

遠江は、近江 (今の滋賀県) とワンセットの地名であるとは、昔から言われていることだ。つまり、琵琶湖が都のある畿内から近い湖なので 「近い淡海」 という意味で 「近つあはうみ」 と言われていたのに対し、浜名湖は 「遠い淡海」 ということで 「遠つあはうみ」 と呼ばれ、それがそのまま地名の 「とほたふみ」 - 「とおとうみ」 になった。

まあ、ここまではよく知られていることだが、私はこれまでずっと 「浜名湖は 『淡海』 (淡水湖) じゃなくて、海水と混じり合った汽水湖なんだがなあ」 と疑問に思っていた。「看板に偽りあり」 というわけである。

ところが、最近たまたま機会があって調べてみたところ、浜名湖は昔は本当に 「淡海」、つまり淡水湖だったということがわかった。地名は嘘じゃなかったわけである。Wikipedia の 「浜名湖」 の項目に次のようにある。

もとは砂州によって境される淡水湖が 1498年の大地震と高潮により、砂州が決壊し外海と通じ、汽水湖となった。

より詳しくは、次の記述がある。

浜名湖は海に近い湖であったが、湖面の方が海面より高く、浜名湖より流れ出る川を海水が逆流するようなことは無かった。
しかし、明応 7年(1498年)に起きた明応地震やそれに伴う津波により、浜名湖と海を隔てていた地面の弱い部分(砂提)が決壊し現在のような汽水湖となった。

へえ、知らなかった。とすると、浜名湖の 「遠つ淡海」 は、「都から遠くにある淡海」 という元々の意味の他に、図らずも 「遠い昔は淡海だった」 という意味までもってしまっているのだね。

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2017/12/05

私の 「スマホ依存」 は、案外軽度であるらしい

一昨日の当欄に 「iOS 不具合発生の当日が、大忙しでよかった」 という記事を書いた。私は 12月 2日に忙しくて iPhone を操作している隙がなく、この日未明から発生していた iOS の不具合に、全然気付かなかった。日が変わって 「ありゃ、こりゃ何じゃ?」 と思った時には既に Apple がバグ修正の iOS を提供してくれていたため、焦って余計なことをせずに済んだというお話である。

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ところで今日、「スマホ依存で不安感増大、脳のはたらきに影響も」 という CNN の記事に行き当たった。スマートフォンが使えないことに恐怖を感じる依存症の人が増加していて、こうした症状は 「ノモフォビア」 (Nomophobia) と呼ばれるのだそうだ。"NO MObile PHOne phoBIA" の略語で、"phobia" とは 「恐怖症」 のことである。

私は日頃、メールやニュース、天気予報の確認、SNS のチェック、ありとあらゆる調べ物などに、iPhone を使いまくっていて、「iPhone がないと、仕事にならないよ」 と公言している。てことは、かなり 「ノモフォビア度」 が高いと思ってしまうが、一方で、忙しいとほぼ 1日中 iPhone を起動させずに済んでしまったのだから、案外そうでもないかも知れない。

そこで、CNN の記事で紹介されていた 「インターネットで質問に答えると、自分のノモフォビア度を判定できる英語のサイト」 で、チェックしてみようと思い立ったのである。この CNN のニュースでは不親切なことに、その 「英語のサイト」 へのリンクがなかったので、自分でググって行ってみた。

HUFFPOST の "This Scientific Test Will Tell You How Addicted You Are To Your Smartphone" (あなたのスマホ依存度を教えてくれる科学的テスト) というページである。意外なことに、2年半も前の記事だ。20の質問事項に、「1: 全然あてはまらない」 から 「7: すごく当てはまる」 という 7段階の数字で回答し、その合計でノモフォビア度が判定される。

で、私の結果は合計 50点で、"Mild Nomophobia" (軽度のノモフォビア) と判定された。140点満点 (これ、「満点」 と言っていいのかなあ) 中の 50点なのだから、まあ、そんなところだろう。「スマホを家に忘れた時や、Wifi にアクセスできない時に少し焦るが、それほど大した問題じゃない」 という診断である。

忙しいと 1日 iPhone を起動させなくても平気だったんだから、せいぜいその程度の依存度なんだろうね。我ながら少し安心した。

ちなみに、61点以上は 「中程度のノモフォビア」 で、101点以上は 「深刻なノモフォビア」 なんだそうだ。深刻な人はスマホなしでは 60秒もたないというのだが、そんな人とは個人的には会ったことがない。

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2017/12/04

日本プロ野球の 「黒船」 とは

野球にはそれほど強い興味がないのだが、敢えて言えば昔から 「アンチ巨人」 の立場を貫いてきた。というか、私の場合は 「アンチ巨人」 というよりは 「アンチ巨人ファン」 という方がいいかもしれない。

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巨人ファンというのは、まあ決して全員がそうというわけじゃないが、単純に 「勝馬に乗っていれば幸せ」 的な人が多いという印象である。ただそれは何も巨人ファンに限った話ではなく、時々ヤクルトが優勝したりすると、急に 「自分は前々からヤクルト・ファン」 などと言い始める人がいるのと本質的には変わらない。

ただ、巨人ファンの場合はその優勝する機会が多いので、「自分は巨人ファン」 と公言する機会が多くなっているだけで、要するにしょっちゅう勝馬に乗っているわけだ。それが昂じると巨人が勝っているうちはいいが、負ければ堂々と機嫌が悪くなったりする。これははっきり言って大人げないわがままで、私としては 「負けて当たり前、勝てば嬉しい」 という阪神ファンの方にずっと親近感を覚える。

というわけで私はジャイアンツに特段の恨みはないが、巨人ファン的体質が嫌いなので、当然ながら、巨人が調子よく連戦連勝を続けるよりは、コロコロ負けてくれる方が世の中のためになると思いながら生きてきた。

ところが最近はプロ野球自体が一時の勢いがなくなってきて、私としてもその勝ち負けを意識することもあまりなくなってきたのである。そしてふと気付けば、ジャイアンツは 3年続けてリーグ優勝を逃していて、さらに 4年前はリーグ優勝したのに 「クライマックス・シリーズ」 とやらで負けて、日本シリーズに進めなかった。

というわけで 「アンチ巨人」 であり続けるのが馬鹿馬鹿しくなるほど、最近の巨人は強くないみたいなのである。福岡のソフトバンクとか北海道の日本ハムとか、東北の楽天とかが力を付けていて、従来の中日、阪神、広島といったセリーグの球団だけに限らず、全体的にフランチャイズ制の意味が実感できる状態に近付いてきた。これはなかなかいい傾向だと思う。あとはいっそ、企業名ではなく地名をチーム名にすればいい。

ちょっと過去に遡って調べてみたところ、2003年から 2006年にかけて、巨人が 4年連続リーグ優勝を逃した時期があって、この時は 3位、3位、5位、4位と、今回より始末が悪かった。2004〜05年に監督を務めた堀内恒夫は、こう言っちゃナンだが 「監督としては無能」 の烙印を押されて、3年契約完了を待たず辞任している。

2003年に優勝を逃したのは、第一次原監督時代の最終シーズンで、松井秀喜がメジャー・リーグのヤンキーズに FA 移籍していなくなった年だった。結局この穴を埋めることができず、翌年の堀内監督時代にはチーム内のモチベーションまで下がっていたようだ。

こうしてみると松井秀喜の国外移籍は、かなり象徴的な出来事だったわけだ。それまでの読売巨人軍は日本プロ野球界の頂点に君臨していたのだが、これ以後、優秀な選手は狭い日本の頂点の巨人なんかよりも、メジャー・リーグに行きたいと思うようになったのだ。

ちょっと前まで日本の野球界ではドラフト制度があるとはいえ、結局は FA 制度とやらのおかげで、良い成績を残した選手は何年かすれば大抵巨人に移籍できた。そのせいで、それまでは他チームで四番打者だった選手が巨人では代打要員になったりして、野球界全体の人的資源活用という見地からすると、いかがなものかという状態にまでなっていた。

ところが最近は、優秀な選手は FA でどんどん国外に出て行くようになった。ということは、巨人はいい選手を独占できなくなったのである。

ドラフト制度で実現できなかった日本プロ野球界の戦力平準化は、こうしてメジャー・リーグへの移籍拡大という現象で、ようやく実現されつつあるわけだ。やはり日本という国は、「黒船」 がなければ根本的な変化は遂げにくいようなのである。

【付け足し】

私としては 「メジャー・リーグ」 なんて表記するのはちょっと痛恨で、「物差しリーグ」 じゃあるまいし、"Major League" の本来の発音に近い 「メイジャー・リーグ」 と書きたいところなのだが、最近は不本意ながら大勢に従っている。「メイジャー・リーグ」 と書くと、気取ってると思われたり、果ては 「メジャー・リーグの間違いでしょ」 なんて言われちゃったりすることまであるし。

日本では、音楽の "C major" (日本語では 「ハ長調」 のことね) はあくまでも 「シー・メイジャー」 であって、「シー・メジャー」 なんて言わないのに、その他の分野ではなぜか 「メジャー」 と言うのがマジョリティになってしまったようなのだ。

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2017/12/03

iOS 不具合発生の当日が、大忙しでよかった

日付が今日に変わったばかりの頃、ベッドに入る前にメールを確認しようと iPhone を起動させると、どうも様子がおかしい。数十秒ごとにシステムが再起動を繰り返して、パスコードの入力を求めてくるので、どうにも使い物にならなくなっている。

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ちょっと Facebook を覗くと、「iPhone が何度も再起動を繰り返します。どうなってるんでしょう」 なんていう書き込みがいくつかある。「へぇ、これって、結構あちこちで発生してるんだ」 と、ようやく事の重大さが飲み込めてきた。

ただ、これだけ重大なことになっているのなら、Apple の方で迅速に対処してくれているんじゃあるまいかと、頻繁な再起動の隙間を縫って 「設定 − 一般 − ソフトウェア・アップデート」 を見てみると、iOS の最新バージョン、11.2 が提供されている。とりあえずダウンロードしてインストールすることにする。

この処理中にも頻繁に再起動してパスコード入力が求められるので、かなりうっとうしかったが、その度に処理が振り出しに戻るわけじゃなく、落ちた時点から再スタートしてくれるので、何度か繰り返しているうちにインストールまで完了し、iPhone はめでたく生き返った。ここまで、せいぜい 20分程度で済んだ。

朝起きてからネットにアクセスしてみると、昨日はあちこちで大騒ぎになって、iPhone ショップには相談しに来たユーザーが列をなしたなんてことが書いてある。へえ、そんな面倒な列に並ぶより、とりあえずちょっと待って iOS をアップデートしてみればなんなく解決するのにと驚いた。

もう少し検索してみると、この不具合は 12月 2日の日付になってから、ある種の通知を送ってくるアプリとの相性問題で発生するとある。それで、iPhone のシステムの時計を一度 12月 1日に戻せばいいなんてことを、あの産経新聞が 2日付で報じている (参照)。

へえ、私は昨日は大忙しで iPhone を覗いてみる隙もなかったから (最近は、ちょっとメールを見る程度ならアップルウォッチで済んじゃうし)、気付くのが遅れてしまっただけで、世間では産経新聞まで記事にするほどの大騒ぎになっていたのか。ちょっとだけ浦島太郎気分になった。

そして産経新聞の記事を読んで、「なんだ、一度時計を 12月 1日に戻してから OS のアップデートに取りかかれば、途中で何度もパスコードを入力しなくて済んだのか」 と思ったが、「いや、待てよ」 と考え直した。そんなに簡単に時計をいじったりしたら、何か他の部分で不具合が発生しないとも限らない。

改めてググってみると、システムの時刻を変更すると、写真の日付が変わってしまうなどの副作用が発生すると指摘したページが見つかった (参照)。やっぱりそうか。日付変更なしで OS のアップデート作業をするのは少々面倒だったが、あとでいろいろな面倒が発生するよりはマシだったと思えばいい。

さらに、通知を送ってくるアプリの通知設定をすべてオフにすることを求めるページもあったが、実際にはさっさと OS アップデートに取りかかった方が手っ取り早かったし、私の処置は正解だったようだ。というか、ちょっと遅れて 3日になってから不具合に気付いた時点で、既に最新 OS が提供されていたというのが幸運だったのだろう。

ああ、昨日が大忙しでよかった。おかげであれこれ気を揉んで余計なことをせずに済んだ。

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