2014/09/03

納豆ラーメンに再チャレンジ

8月 30日に "「納豆ラーメン」 というものを創作してみた" という記事を書いたら、ルイ・フェルデイナン・下衆兵衛さん、tokiko6565さん、ほそぷさんからコメントが付いた。下衆兵衛さんとほそぶさんのお二人は、ずっと前から 「納豆ラーメン」 を食しておられるらしい。

というわけで、「創作してみた」 というタイトルは完全に私の思い上がりとわかった。上には上があるものである。街のラーメン屋で見たことがないといっても、消費者が専門業者の先を行くという事例があるのだ。

そして、人の声には耳を傾けるものである。tokiko さんからはネギを入れた方がいいと助言され、ほそぶさんからは味噌味が一番合うという情報をいただいた。確かに、30日はネギを入れるのを完全に忘れていた。そして庄内地方の 「納豆汁」 が、味噌汁に納豆を入れるのだから、味噌味が美味しくないわけがない。

というわけで、今日の昼食に再チャレンジしてみた。今度は満を持して、味噌味、ネギ入りの納豆ラーメンである。

麺は中野食品 (本社・埼玉県八潮市) の 「時計台生ラーメン」。これ、なかなか美味しいが、フツーのスーパーではなかなか見かけなくなったのが残念だ。スープが付いていないので、自分でテキトーに作れるのがいい。合成調味料や着色料たっぷりのスープを避けたいむきには、最適だ。

スープは、鰹と昆布の和風出汁をベースに味噌を適量加えて作る。そして麺をゆでるのだが、私は袋に印刷されているゆで時間より 30秒ぐらい短時間にする固ゆでが好みだ。

ゆで上がった麺を、前もって作っておいた味噌スープに入れ、おもむろに納豆をトッピングして、ネギを加える。こんな感じである。うむ、前のより数段美味しそうに仕上がった。

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食べてみると、実際に前のよりずっと美味しく進化している。やはり味噌味の方が合うし、薬味のネギもしっかり利いている。何よりも、納豆のとろみが絶妙に麺に馴染み、それでいてしつこくないのがいい。時計台生ラーメンの適度の縮れとコシが功を奏していると思う。

妻も試食してみて、「あら、美味しいじゃない。我が家の定番になりそうね」 と、お墨付きをくれた。

ほうれん草やゆで卵をトッピングするのも一案だが、私としては敢えて、納豆とネギだけでシンプルに味わう方を選択する。それから、チャーシューは要らないと思う。きっと風味が喧嘩してしまう。

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2014/09/02

飛行機内での電子機器使用制限緩和

9月になってから、国内でも飛行機内での電子機器の使用制限が大幅に緩和された。8月までは、飛行機のドアが閉まってから水平飛行に移るまで、すべての電波を発する電子機器の使用が禁止されていたが、今月からは 「機内モード」 に設定されていれば電源を切る必要がなくなった。

告白するが、私はケータイのスイッチを切り忘れたままで飛行機に乗ったことが何度かある。もっと言えば、飛行機を降りたあとで、「あ、しまった、ケータイの電源入れっぱなしだった」 と言っている人がいるのを何度も目撃している。それでも何の支障もなかった。

特段の根拠はないが、私は飛行機に 100人の乗客がいれば、そのうちの 5〜6人以上はケータイの電源を入れっぱなしだったと思っている。というのは、着陸して飛行機のドアが開くと、すぐにメールのチェックを始める人がいるが、スイッチを入れてあんなに早く起動するわけがないじゃないか。

今年に入って、いつ頃だったか、9月 1日以後は、機内での電子機器使用制限が緩和されるというニュースが流れて以来、正直に言うが、私は飛行機に乗る時、自分の iPhone を機内モードに切り替えて、スイッチは敢えて切らないことにしていた。9月 1日からは安全になるが、それ以前は危険なんていうわけがないからね。

今月からは、堂々とこのやり方で飛行機に乗ることができる。離陸の時にも窓から下界の景色を写真に撮ることができるし、iTunes で音楽を聴きっぱなしでいることもできるし、ゲーム好きは乗ってから降りるまでゲームに熱中することもできる。

これと連動した動きなのかもしれないが、電車内の優先席付近では電源を切るようにというアナウンスについても、見直しを求める声が出始めている (参照)。「電源オフをうたうことが 『携帯電話の電波は危ない』 というメッセージとなり、携帯電話の電波や医療機器への正しい理解の妨げになっている」 との指摘があるのだ。

これについて、私は 昨年 9月30日の記事で次のように書いている。

現実に、「そばでケータイを使われると、心臓にドッキン!と大きな衝撃を受けて、命の危険を感じる」 と主張するペースメーカー装着者もいる。テレビやエアコンのリモコンには無頓着で、ケータイの時だけ 「心臓に大きな衝撃」 なんていうのは、「気のせい」 と思うほかない。

「気のせい」 で、「どっきん! と大きな衝撃」 なんてことになったら、その方が危ないではないかと思うのである。

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2014/09/01

がんの告知について

ちょっと前までは、がんの患者に病名を告げることは滅多になかった。私の妻の母は、23年前に肺がんで亡くなったが、当時は本人への告知はほとんどタブー扱いだった。告知したとたんに患者は絶望し、自暴自棄になってしまうと信じられていた。

しかし当時、妻の家族は自分の病名も知らずに死んでいくことがとても理不尽なことに感じられ、本人に告知したいと病院に申し入れた。病院側は当初、かなり驚いたようだったが、家族のたっての望みと知り、「それでは極めて稀なケースですが、患者の精神的状態がいい時を見計らって告知しましょう」 ということになった。

で、告知してみると、義母は少しも取り乱すことなく 「まあ、やっぱりそうだったのね」 と受け入れ、絶望することなどなかったという。病院側の心配は、とても大げさすぎることのように思われたのだった。

そして今は、ほとんどのがん患者に、病名を告知するようになっているらしい。私の父が 3年前に肺がんで亡くなった時も、当然のように告知した。変われば変わるものである。

この変化の要因は、医学の進歩によってがんが決して 「不治の病」 ではなくなってきたことが大きいと言われている。5年後の生存率がかなり高まったので、告知しても患者を絶望の淵に突き落とすことがなくなったというわけだ。

しかし、決してそればかりではないのではないかと思う。というのは、治癒の可能性が極めて低い末期がんの患者にも、平気で告知するようになったからだ。私の父も既に末期だったのだが、当然のように告知された。

父は何が何でも生きていたいという妄執には無縁の人で、かなり前から 「自分の人生には満足していて、思い残すことは何もない。いつ死んでもいい」 と言っていたぐらいなので、心静かに告知を受け入れた。絶望なんてことは少しもなかった。

まあ、父は少し変わっていたのかもしれないが、それほど特殊なケースでもないと思う。治癒の可能性が低くても、がんと告げられてどうしようもないほど取り乱す人は少ないのではなかろうか。

それは、がんという病気が全然珍しくないものになって、日本人の 2人か 3人に 1人はがんで死ぬようになったということが大きいのではないかと思う。「自分だけじゃない」 ということが、「皆さん、そうなさってますから」 と言われれば素直に従う日本人の特質にマッチしているのだろう。

昔の日本人は今ほど平均寿命が長くなかったから、大抵はがんで死ぬ前にほかの病気で死んでいた。しかし今は、多くの病気が治せるようになり、半数以上の人はがんになるまで死ななくなったのである。言い換えれば、人はがんで死ぬまで待たなければならなくなったのだ。

こうなると、ある程度の年になってしまえば、がんを告知されても別に身の不運を嘆くようなことでもない。「ついに自分の順番が回ってきたか」 ぐらいの感慨で済んでしまう。つまり、がんを告知するようになったのは、それが 「とてもありふれた死因」 になったからだと思うのである。

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2014/08/31

「イバラキスタン」 という独立国家

はてなダイヤリーに 「謎の独立国家イバラキスタン」 という記事がある。「イバラキスタン」 というのはもちろんネタで、茨城県のことを言っている。茨城県在住の身としては少々気になったので、読んでみてかなり共感してしまったのである。

とにかく、茨城県の橋本昌知事の肖像写真から漂ってくる 「権威主義国家の大統領感」 がすごいという話である。中央アジアの国々の大統領から発するオーラと、ものすごく共通する。そういえば、顔立ちも体型もどことなく似ているし。

中央アジア諸国の大統領の、何となく 「実質的には独裁政権なんじゃない?」 と思わせる在任期間を、以下に記そう。

ナザルバエフ大統領 (カザフスタン 在任23年)
カリモフ大統領 (ウズベキスタン 在任23年)
ラフモン大統領 (タジキスタン 在任20年)
ニヤゾフ元大統領 (トルクメニスタン 在任16年)

いずれもやたらと長期政権である。米国大統領の任期が 4年で、2期 (8年) までしか務められないという制約を考えれば、これはもう、大変なものだ。

で、我がイバラキスタンの 「ハシモト大統領」 はと言えば、なんと、昨年 5期 20年の任期を終えて 6選となり、既に 21年目に入っている。このままいけば、中央アジアの諸大統領と立派に肩を並べる 24年の長期政権となることが確実なのだ。

私は昨年の 8月 28日に 「茨城県知事選挙にため息をつく」 という記事を書いて、橋本氏の 6選出馬の厚かましさに疑問を呈した、というか、呆れてみせた。こんな多選では、もう誰も逆らえない独裁国家みたいなものになる。

茨城県に引っ越してきて以来、強く感じていることだが、ここはどうも日本離れしているところがある。本当に 「謎の独立国家」 といってもあまりおかしくないのである。

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2014/08/30

「納豆ラーメン」 というものを創作してみた

何か変わったものが食べたくなって、かといって面倒くさいものは作ってもらうのも恐縮だし、自分で作る気もしない。ふと思いついて、「納豆ラーメン」 なるものを食ってみようという気になった。

世の中にはいろいろなラーメンがあって、さらに多くのラーメン屋が新メニューを開発しているが、今に至るまで納豆ラーメンというものは聞いたことがない。しかし私は 「納豆スパゲティ」 というのが好きで、一時凝っていたことがあった。ならば、納豆ラーメンだって十分に 「あり」 だろう。

さらに我が庄内地方には、「納豆汁」 というものがある。味噌汁に納豆を溶かし入れるのだが、なかなか風味が立って美味しい。庄内以外の地域では全然見られないのが不思議なぐらいである。納豆スパゲティと納豆汁が美味しいのだから、納豆ラーメンだってきっと美味しいだろうという確信のもとに、さっそく作ってみた。

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納豆風味を際立たせるために、スープは和風の鰹と昆布出汁を使い、味は醤油と塩のミックス。敢えて納豆以外の具は使わずに、シンプルに決める。麺はやや固ゆでである。

さてとばかり、やや恐る恐る食ってみると、うん、旨い! 思った通りである。

麺に納豆のとろみが馴染んで、ただでさえツルツルなのが、ますますツルツルである。しかしネバネバ感は思ったよりもずっと軽くなっていて、かなりライト感覚に落ち着いている。

スープを和風にしたのは大正解だった。これが鶏ガラや豚骨ベースだったら、風味が喧嘩してしまって、台無しになっていただろう。しかも、醤油だけでなく塩をミックスさせたので、くどさが全くなくて、いい感じだ。

「納豆とラーメンを混ぜるなんて!」 と、抵抗のある人には絶対に受け入れられないだろうが、食い物の間口の広い人にはきっと歓迎されると思う。

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2014/08/29

低反発素材を使った製品を巡る冒険

世の中には 「低反発マットレス」 とか 「低反発まくら」 とか 「低反発クッション」 とかいう品物があふれている。いくつかは試してみたが、個人的には恐縮ながら、「そんなにいいかなあ?」 という感覚しかない。

私が個人的に購入した経験のあるのは 「低反発クッション」 というものである。仕事柄、一日中パソコンに向かっていることもあり、とにかく座っている時間が長いので、お尻が痛くなるし、腰痛にもなりやすい。それで数年前に、ホームセンターで売られていたのを、お試し感覚もあって、つい買ってしまったのである。

で、その感想。椅子の座面に置いて腰を下ろすと、何だか妙な感覚になるほどゆっくりと沈む。当初は 「うん、これ、固さが直接伝わってこないから、いいかも!」 という気がする。それまでの固い座面との違いがありがたく感じられる。しかし 1週間もしないうちに、「あれ、そんなにいいかなあ?」 という疑問の方が多くなる。

というのは、「ゆっくり沈む」 というのはいいのだが、20〜30分も座っていると、沈み尽くしてペッタンコになっているのに気付く。ペッタンコということは、要するに、ちっともクッションの役割を果たさないということである。

で、「何だか変だなあ」 と思いながら立ち上がると、沈んでペッタンコになっていた部分が、ゆっくりと元に戻ろうとする。すぐには戻らないが、やがて元通りになる。それでもう一度腰を下ろすと、しばらくは快適だが、20〜30分もすると再びペッタンコになっているのに気付く。

というわけで、20分以内の仕事だったら快適なのかもしれないが、そんなことは滅多にないので、せっかく買った物だが、今では押し入れの肥やしになってしまっているのである。

「低反発枕」 というのは、出張先の某ビジネスホテルで試す機会があった。やっぱり、頭を乗せるとゆっくり沈む。ゆっくり沈んでやがてペッタンコになる。私は枕は低いのが好みなので、これは別に気にならない。

しかし寝返りを打って頭が横に移動すると、それまで頭のあった部分が、しばらく低いまま残り、新たに移動した部分は徐々に沈み始める。ということは、頭だけが重力の法則で、元の場所に戻ろうとする感覚がある。まあ、すぐに新しい状況に馴染むのだが。

とはいえ、私の場合、長時間のデスクワークで肩から首にかけてコリコリの場合が多いので、一時的で微妙な感覚に過ぎないとはいえ、頭が元の場所に戻ろうとするのに首全体で抵抗するというのは、少々安眠阻害要因に思われた。自分では買わないだろう。

「低反発マットレス」 というのも、出張先のビジネスホテルで経験した。ベッド・スプレッドとして導入されていたのである。この場合は、まあ、ベッド・スプレッド程度の厚さしかないので、「ゆっくり沈む」 とかいう感覚すらなく、あるんだかないんだかわからないものでしかなかった。

どうせ 「あるんだかないんだかわからない」 程度のものだったら、わざわざ高い金を出して買うほどのものでもないだろう。ただ、これは個人的感覚なので、中には重宝する人もいるかも知れないと思い、念のため、ネット販売のサイトでカスタマーレビューを当たってみた。

すると、なんと好意的な反応がやたら多いのである。世の中、わからないものだ。クッションの場合は 「ゆっくり沈んで、ペッタンコになるだけ」 という、私と同じ感想も少なくないが、「腰が楽になる」 という声も多い。ただ、長時間座る人ほど 「2枚重ねないとダメ」 といった指摘が多くなる。

一方、枕の場合は好意的な反応がぐっと増える。どんな環境でも安眠してしまう私でも気になったことが、多くの人には全然気にならないみたいなのが意外だ。私がよっぽどパソコン仕事で首がコリコリになっているのか、あるいは皆さん、よっぽど寝にくい枕から買い換えたのか、そのどちらか、あるいは両方なのだろうか。

マットレスの場合は、さらに好意的な反応が増える。ただ、製品としてはベッドスプレッドではなく、床あるいは畳の上に直に敷いて寝るタイプのものが主流で、「敷き布団と併用すると快適」 という声が多い。いずれにしても、ある程度の厚みが必要のようで、4cm 程度のものは不評だ。

子細にみると、体圧が適度に分散されて寝やすいという声もあるが、逆に腰の部分だけが沈んでしまい、寝疲れするという指摘もある。このあたりは、個人的な感覚の違いが大きいようだ。

まあ、要するに 「好きずき」 ということなんだろうが、こればかりは試してみないとわからないから、新規購入のリスクは、高価な物ほど大きいと思う方がいい。さらに、購入して間もなくカスタマー・レビューに投稿する人が多いだろうから、それまで使っていたものとの比較で、過度に好意的なレビューになっている可能性もある。

私がクッションで不満を感じるにも、1週間近く経って初めて気付いたのだから、そのあたりの要素も勘案してみる必要があるだろう。

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2014/08/28

コーチと監督

スポーツの指導者の呼称は、ローカル・ルールと国際基準が入り乱れてしまっている。まあ、通常はそれでも支障がないからいいのだが、翻訳を生業とする人はちょっと困ってしまうだろうと、余計な心配をしている。

例えば、野球の監督は、英語では manager (マネージャー) である。ところが、日本の野球はベースボールとは異なった世界を構築していて、マネージャーといったらおにぎり 2万個作る人のことになってしまう。彼女のことを英語で監督と間違われないように紹介するには、何といったらいいのだろう。

スポーツ・チームの監督の役割をする人は、普通は coach (コーチ) である。バスケットボールでもフットボールのナショナルチームでも、日本で 「監督」 と呼ばれている人は英語では coach という肩書きで紹介される。

コーチが複数いる場合は、head coach が、いわゆる 「監督」 に相当する。Maneger と呼ぶ野球の方が、ずっと少数派のはずだが、日本では一番偉い人を 「コーチ」 と呼ぶことはまずない。

「コーチ」 というのは、外来語として十分に定着しているのだが、日本では外国から入ってきたスポーツとして野球が最もメジャーになってしまったもので、どうしても一番偉い人は 「監督」 と呼ばないと気分が出ないということになっているようなのだ。

そんなわけで、アギ—レさんも、本来は coach なのだが、どの新聞を見ても 「コーチ」 ではなく、「監督」 として紹介されている。コーチと呼ぶと、野球の世界に馴染んだ日本人には、格下の人と思われてしまうのだろう。

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2014/08/27

モンティ・パイソン復活ライブと、世界一おもしろいジョーク

8月 24日に放送された 「モンティ・パイソン復活ライブ・前編」 を、ビデオで録画しておいて、ようやく見ることができた。放送では、以前に放映されたビデオを取り混ぜ、さらに、いとうせいこう、宮沢章夫、松尾貴史、須田泰成の 4氏が解説者的に登場して、モンティ・パイソンのおもしろさを伝えている。

以前テリー・ギリアム (モンティ・パイソンのメンバー) が来日した時、いとうせいこうがわざわざ会いに行って 「あなた達に大影響を受けた。おかげで今の自分がある」 というようなことを言ったら、「それについては謝る」 と言われたというエピソードには、笑ってしまったよ。

ところで、モンティ・パイソンの数あるネタのうち、私が一番おもしろいと思っている 「世界一おもしろいジョーク」 (The Funniest Joke in the World) について、このココログでも既に紹介したとばかり思っていたのだが、いくら検索してもヒットしないのである。

実は、Today's Crack をココログに移行する前、平成 15年 3月に、「知のヴァーリトゥード」 のサイト内で紹介 (参照) しているのだが、これだとあまりにも目立たなくて Google 検索にもひっかかりにくく、話題にならない。それで、ココログでも書き直したつもりでいたのだが、痛恨にもどうやら書き忘れていたらしいのだ。

どんなギャグかというと、次のようなものである。(以下、再録)

あるギャグ作家が自宅で 「世界一おもしろいジョーク」 を書き、それを自分で読み返し、あまりおもしろすぎて笑い死にしてしまう。大笑いして一瞬のうちに体が引きつり、パッタリと死ぬのである。これが発端。

それ以後、その家に突入した人間は、すべて引きつってパッタリといってしまう。件のジョーク原稿を読んで大笑いし過ぎたのが原因である。

これが第二次世界大戦中の出来事だったので、いっそ対独戦争の武器にしてしまえということになる。しかし一人で全体を翻訳したら死んでしまうので、分割してドイツ語訳する。(ちょっと多目の分量を受け持った翻訳家は、病院送りになってしまうのだが)

次の画面には、ヨーロッパ戦線で苦戦する英国軍が登場する。彼らは手に手にドイツ語で書かれたジョークの原稿を持ち、「フェン・エスト・ダス……ヤァ……」 と、声を揃えて読み上げる。すると、どこに潜んでいたものか、大勢のドイツ兵が笑い転げながら現れて、一様に引きつってパッタリといく。(読み上げている英国兵は、ドイツ語がわからないので、無事でいられるというわけだ)

それでドイツ軍も対抗して英語のジョークを作り、英国向けに放送するが、おもしろくもなんともなくて、全然効果がない。ドイツ人はユーモアのセンスが皆無らしい。

結局は、あまりおもしろすぎて危険ということになり、戦後になって永遠に封印されて土に埋められる。その上には、「世界一おもしろいジョーク、ここに眠る」 という記念碑が建てられたというのが、オチである。

とまあ、以上のストーリーを理解して下のビデオをみれば、英語が聞き取れなくてもちゃんと笑えるはずだ。

今月 31日の後編も、しっかりとチェックしよう。

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