2014/10/30

よほどの物好きでないと、政治家になんかなりたくはないよね

今日は昨日の 「政治家の金銭スキャンダルについて」 という記事の、政治家という商売は、金がかかるものであるということについての、いわば続編である。この 「金がかかる」 というのは、次の選挙でも落っこちないための、いわば先行投資みたいなもので、選挙が繰り返し行われる以上、引退するまでストップできない投資なわけだ。

しかも政治家の先行投資は、生産設備みたいな明確な形としては残らない。フツーのビジネスだったら、ちょっと調子が悪くなったら無駄な宣伝費と交際費と福利厚生費を真っ先に削減するが、政治家という商売はこの 「無駄遣い」 に相当する出費こそが欠かせないという、ずいぶん特殊な商売みたいなのである。

この無駄遣いに充てる金を得るために、政治家はいろいろな算段をし、おべっかも使わなければならないし、便宜も図ってやらなければならない。ずいぶんストレスの多いサービス業である。私なんか、議場の狭い席にずっと座りっぱなしでいなければいけないと思うだけで、政治家なんてしたくない。

政治家もエラくなると、裏方のストレスまみれの部分は秘書がかなり代行してくれるようだが、最近は秘書の質も落ちて、上手にごまかすという芸当ができなくなっているみたいなのである。こうしてストレスのバッファリング機能が低下し、「秘書が、秘書が……」 と言えば、それでまた責められる。

こんなにまでストレスまみれの仕事でありながら、選挙で落選すれば 「ただの人」 になり、その途端に、周りの連中は手の平を返したように離れていく。こんな馬鹿馬鹿しい商売を創業するなんて、正気の沙汰ではない。親が政治家で、それを継げばいいのでない限り、よほどの物好きでないと、政治家になんかなりたがらない。

ちょっと古い話で恐縮だが、昨年、東国原議員が国会で、「子供のあこがれの職業アンケートで、政治家は 141位でしかなかった」 ことについてどう思うかと安倍総理に質問すると、総理は 「政治家の 1つ上の 140位は刺青師だった」 ともらす一幕があった。これには笑ってしまったね。

まあ、子供に 「大きくなったら何になりたい?」 と聞いて、ケーキ屋さんとかお花屋さんとか、サッカー選手とかいう可愛らしいのと同じレベルで 「政治家になりたい」 なんていう返事が増えたら、それはそれでかなり気持ちが悪いが、それにしても、刺青師に次いで 141位というのは、確かに不人気すぎる。

政治家の人材が不足するわけである。政治家が人材不足なのだから、その秘書だって人材難になる。たまに優秀な秘書がいたとしても、そいつはそのうち自分も政界に打って出ようという物好きだから、いつまでも忠実な番頭さんでいてくれるわけじゃない。

政治家という職業を、馬鹿馬鹿しいものでなくするためには、昨日の記事でも述べたことだが、有権者が他人の金で明治座の芝居を見たり、温泉旅行をしたり、豪華な宴会で飲み食いしたりするのが嫌いにならなければならない。

ところが、フツーの人って、他人の金でいい目を見るのが大好きなのである。「いや、全ての人がそういうわけじゃない」 と言うかもしれないが、選挙が大好きな人ほど、そういうのが大好きなのである。そういうのが嫌いな人が選挙に行かないのが、もう一つの問題なのだ。

それにしても、芝居や温泉や宴会に興味のないオタクは、選挙で投票することにも興味がないからなあ。悪趣味な人に合わせて選挙運動するから、政治も悪趣味になる。そして、どこまでいっても政治には金がかかり、政治家は本来の仕事以外のことでストレスまみれになり、国の政治は停滞する。

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2014/10/29

政治家の金銭スキャンダルについて

「政治と金」 という昔から尽きることのないスキャンダルが、ついに民主党の枝野幹事長にまで飛び火して、安倍首相が 「これで撃ち方やめになれば」 と言ったとか。朝日新聞は例によって 「野党の追及が弱まることを期待した発言だが、かえって反発を買う可能性もある」 と書いているが、今回ばかりはちょっとうんざりだ。

小渕さんのケースはちょっと金額が大きいが、他はうちわを配ったとか、260万円の記載漏れとか、昔と比べるとなんとなく 「可愛いものよ」 というぐらいのスケールである。決していいことではないが、この程度のことで妙に騒ぎすぎるのも考え物という気がする。

それにしても、「内閣改造前はスキャンダルが出なかったのに、『女性登用』 を謳って女性閣僚を増やした途端に狙い撃ち的に金銭スキャンダルが出たのは、反フェミニズムによる陰謀」 なんていう人までいて、ちょっと驚いた。何でもかんでもそっち方面の話にしたがる陰謀論好きは、後を絶たない。

そこまでありがちな陰謀論ではないが、こうまで連続して金銭スキャンダルが明るみに出ると、私なんか 「政治家スキャンダル情報屋」 みたいな裏街道ビジネスがあって、そこで密かにため込まれた情報が、ここぞと言う時にどっと供出されるんじゃないかと、妙な想像をしてしまった。

スキャンダル専門の芸能ジャーナリストの、政界バージョンみたいなもので、常に政治家の裏情報にアンテナを張りめぐらしておいて、「ここぞという時には、その種の情報はいくらでも提供できますよ」 ってな人がいても、決しておかしくはない。ただ、うまくいくとずいぶんな金になるだろうが、下手すると命が危ない。

それにしても、政治と金とは切っても切れない関係にあるようで、いくら浄化を叫んでも絶対になくならない。政治家の後援会に入って明治座で芝居を見たり、冠婚葬祭の度に付け届けや祝電、弔電をもらったりするのを無上の楽しみにする人がいるんだから、しょうがない。ご祝儀や香典は秘書からもらうことになってるんだろうけどね。

ところで、私が今住んでいる家を建てて売ってくれたのは、この土地出身の社長が一代で築き上げた建設・不動産会社だった。この会社から家を買うと、自動的に 「友の会」 というのに会費無料で入ることになり、毎年秋になると、たった 5000円出すと一泊の宴会付き温泉旅行に大型バスで連れて行ってくれるのだった。

私はそんなものに参加したことは一度もないが、それを毎年楽しみにしている人もかなりいた。噂に寄れば、この会社の社長は地方政界進出の野心をもっており、地盤・看板作りのために、この 「友の会」 を最大限に利用しているという話だった。

ただ、私としては 「せっかく儲けた金をこんなところで湯水の如く使われては、従業員たちはたまらないだろうなあ」 と思っていた。友の会の温泉旅行なんかに使うより、従業員のボーナスにしてあげればいいのに。

そんなことを思っているうちに、前世紀末の不況の煽りで、この会社はあっさりと倒産してしまった。「ほうら、言わないこっちゃない」 と、私はため息をついたのである。決定的に危なくなる前から、有能な社員がどんどん他社に転職してしまい。最後まで残ったのは、腰巾着みたいな身内社員ばかりだった。

政治家とか地方の有力企業とかにコバンザメみたいにひっついて、ちょっとした金で、あるいはタダで、温泉や観劇や宴会を楽しんだり、妙なところで口を利いてもらったりするのが好きな人間が多いのだから、こればかりは、100年経っても改まらないのである。

改めるためには、他人の金で温泉に入ったり芝居を見たり、飲み食いしたりするのが嫌いな人間が増えなければならない。その意味で、人間は多少オタクっぽくなる方が、世の中が清潔になる。

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2014/10/28

7GB は、データ通信量として十分におつりがくる

昨年の春に、光回線を NTT の 「フレッツひかり」 から KDDI の 「au ひかり」 に乗り換えたところ、au 版の iPad Retina ディスプレイモデル (64GB) を 10,800円という優待価格で売ってくれるというので、7月に購入した。その間の詳細は、昨年 7月 25日付の記事で書いた通りである。

私の iPhone はソフトバンク回線で、できれば同じキャリアで揃えればいいところなのだろうが、au は iPad のデータ通信料を 1年間に限り、月額 2000円割引してくれるという。「それなら」 とばかりに衝動買いしたのである。しかもパケット定額ではなく、従量制で。

iPadは普段 Wifi 接続だし、外出時は iPhone を使うことの方がずっと多いから、よほど野放図に使いまくらなければ、au のデータ通信料が 2000円を超えることはない。つまり、1年間は実質無料でデータ通信させてもらったのである。au にしてみれば、まったく意味のない数字が、売り上げ台数として 1つ加わったというだけだ。

ところがこの夏、2000円割引期間が過ぎて、iPad で au 回線を利用すると、通信料が発生することになった。言うまでもなく、パケット定額以外の設定でデータ通信すると、結構な金額になる 。それで、夏以後は iPad の設定で 「モバイルデータ通信」 をオフにした。

au 回線専用の iPad で、その au につながらないようにしたので、SIM を抜いてしまったのと変わりないこととなり、実質 Wifi 版 iPad になったのである。インターネット接続は、Wifi 接続可能な場所以外では、iPhone でテザリングすることになる。

で、問題は iPhone 側のデータ通信量である。どのキャリアでも大体同じようだが、スマホのデータ通信量が 1ヶ月で 7GB を越えると、通信速度が 128bps に落とされる設定になっている。スマホのテザリングをメインのインターネット接続手段にされてしまったら、キャリアの回線が常時一杯になってしまうだろうから、理解できる話だ。

そのため、iPhone のデータ通信量が、7GB/月 を超えないように注意して使わなければならない。ただ、7GB といっても一体どのくらい使えば 7GB に達するのか、実感としてつかみにくい。ある日突然 iPhone の通信速度が 128kbps に落ちてしまってはたまらないから、初めはちょっとビクビクものだった。

しかし結論を言えば、7GB というのは、めちゃくちゃ使いでがある。私のように、自宅とよく訪問する先では大抵 Wifi 接続できるという条件で使えば、7GB は使い切れるものではない。私の場合は、iPad 向けにテザリングをするようになった夏以降でも、月平均で 2GB をちょっと超えるぐらいしか使っていない。

データ通信を最も頻繁に使うのは、出張時である。ビジネスホテルでは無料の LAN サービスを使い、有線 LAN でも手持ちの小型無線ルータで Wifi 化できるから問題ない。しかしホテル以外では、往復の鉄道でメールや SNS をみっちりとチェックするし、クラウドに置いてあるデータをダウンロードして編集、確認することも度々だ。

さらに初めての訪問先に行くのにマップ機能を使いまくる。タクシーに乗っても、運転手さんがすべての道を熟知しているわけじゃないから、こっちがマップを使ってナビしてあげる。さらに、Radiko もかなり使う。最近はプレミアム会員になってしまったから、日本中どこに行っても、いつもの番組が聴ける。

そんな状態で月に 2〜3度出張しても、せいぜい 2GB ちょっとしか使わないのである。単純計算で、今の 3倍使っても大丈夫なのだ。Wifi の使えない実家や温泉宿なんかに 2〜3泊するなんてことになっても、安心してテザリングしまくれる。

これは逆に言えば、一つのキャリアで iPhone と iPad を購入して、接続料金をセットで割引してもらうサービス (いわゆる 「セット割」 など) なんていらないということだ。セット割のためには、7GB 制限を 10GB に増量しなければならないなど、余計な費用がかかるようだが、大抵はフツーのテザリングで足りるのである。

最終結論。自宅では Wifi 接続しているというなら、iPhone と iPad をセットで使いこなすにしても、iPad まで独自に回線接続できなくても全然 OK である。外出時のインターネット接続は、フツーに iPhone でテザリングすれば大丈夫。iPad を使うのに、キャリアに余計な通信量を払う必要はない。

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2014/10/27

父の物欲

死んだ父は本当に物欲のない人で、買い物ということを滅多にしなかった。母が寝たきりになってからは、必要に迫られてスーパーで食料品や日用品の買い物はしていたが、それ以外の買い物をするのを見たことがない。

だから、実家にあるものは、家具から食器、寝具、タオル、座布団などに至るまで、すべて母が元気なうちに買ったか、子からプレゼントされたかのどちらかである。もっともプレゼントにしても、あまり余計な物をもらうと、決して口には出さないが、ありがた迷惑に感じていた節がある。

私の妻は割と着る物が好きだから、父の誕生日や父の日が来る度に、ちょっとお洒落なシャツなどを送っていた。きっと喜んでもらえると思っていたのである。ところがある時、父が 「着る物をこれ以上もらっても、死ぬまで一度も袖を通さないでしまっておくことになるから、もういらないよ」 と言い出した。

それ以後は、本を送ることにした。父の好きなフォークロアや魚釣りなどの本である。ところが、父も年を取ってくると目が弱って、活字を読むのも辛くなる。それでまたある時、「くれるなら、食べ物にしてくれないか。食べ物なら、口に入ったら消えてなくなる」 と言い出した。

身の回りに余計なものがあるのが、よほどストレスになるようなのである。というわけで、それ以後は、何かの時のプレゼントは食べ物ということになった。酒が好きならワインなんかを送るのが手っ取り早いのだが、父は酒を飲めないので、ちょっとした和菓子、洋菓子、珍味の類いを送ることになる。

しかし今から考えると、父へのプレゼントはそんなものより、ごく日常の食べ物にする方がよかったかもしれない。父は食い道楽という趣味はなく、食事は命をつなげるために、しかたなく食うものと思っていた節がある。だから、日常の食事以外のものをもらっても、食うのがおっくうだったかもしれない。

こんなことをいうと、「なんて味気ない人生を送った人だ」 と思われるかもしれないが、そんなことはない。父は 「モノ」 で満足するよりも、内面を深めることで満足するタイプだった。死ぬ時は、「満足した一生で、思い残すことは何もない」 と言っていた。それは私も父の子で、そんなところを受け継いでいるからよくわかる。

というわけで息子としては、父へのプレゼントは、「モノ」 じゃなくて 「コト」 にするのが一番良かったかもしれないと、今となっては遅いが、思い始めている。一番喜んでくれる 「コト」 というのは、子供や孫との触れ合いだったかもしれない。

ちなみに私も、「モノ」 がありすぎると負担にしか感じられない。しかもいかにも高級そうなブランドが付いていればいるほど負担だ。例えば、アルマーニのスーツやロレックスの腕時計やグッチのバッグなんかをもたされたら、居心地が悪くてたまらない。ただでもらえるとしても迷惑だから、要らない。

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2014/10/26

警察をおちょくったら、謝りにきてくれたというお話

「へえ、警察をおちょくると、怒られるどころか、わざわざ謝りに来てくれるんか!」 と、びっくりしてしまったニュースがある。"兵庫県警が誤認逮捕 片言で 「コンテナで韓国から来た」 逮捕後 「実は日本人です」" というものだ。

兵庫県警尼崎署の署員が今月 25日の夜中 2時 50分頃、市内のスナックからの 「無銭飲食の男性客がいる」 との 110番で駆けつけると、3人連れのうち 1人が身分証明を持っておらず、片言の日本語で 「韓国からフェリーのコンテナに入って来た」 と話したという。

というわけで、そんな夜中から夜が明けてしまうまで 5時間近くも、何があったんだかニュースでは全然触れられていないが、午前 7時半頃に任意同行を求めて事情聴取をし、身元がわからないまま、8時 20分に入管難民法違反 (旅券不携帯) 容疑で逮捕したというのである。

ところが逮捕直後にその男が、「実は日本人です。嘘をついてすみません」 と名前を告げ、母親に連絡したところ、日本人と確認されたので、即刻釈放した。そしてその日の昼前に、警察の幹部が市内の母親宅を訪れて謝罪したというのが、コトの顛末のようなのである。

想像するに、夜中から朝までは酒の勢いでテキトーなことを口走り、逮捕された頃にようやくしらふに戻って、「やば!」 と思ってしまったのだろう。そうだとすると、できの悪いコントみたいなゴチャゴチャの状況が、5時間以上も展開されていたに違いない。警察としても、さぞうっとうしかっただろうなあ。

ニュースによれば、尼崎署の副署長は、「今後、このような事案がないよう適正な手続きを徹底したい」 とコメントし、署の幹部は、「韓国人と判断できる直接証拠もなく、供述と片言の日本語という間接証拠だけで逮捕したことは甘かった」 と語った。いかにも優等生的コメントである。はい、ご苦労様。

まあ、確かに逮捕なんかしなくても、身柄拘束中にしらふに戻り、「実は日本人です」 と白状しただろうという可能性は高い。さらに、もし本当に不法入国の韓国人だったとしても、それが明確に判明してから正式に逮捕すればよかったかもしれない。

しかし無銭飲食の嫌疑で事情聴取中の日本人が、不法入国の韓国人を装うという何の得にもならないことをするなんて、そんなご丁寧な想定を警察がする方がおかしいだろう。しらふに戻るのを待って正式に逮捕しても遅くはなかっただろうが、5時間もグジャグジャしたんだから、警察としても相当イライラしてたんだろうね。

そして私が一番驚いたのは、警察が母親の家まで出向いて謝罪したということに対してである。「へえ! なんてご丁寧なこと!」 と思ってしまったのだよね。フツーは 「ウチの馬鹿息子がいけなかったんやから、来てもらうだけ恥ずかしい」 となるところだろうになあ。

まあ、そうならなかったところが、世の中、いろいろあるからおもしろいということなんだろうけどね。

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2014/10/25

日本人と砂糖

料理にこんなにも砂糖を使うのは、日本料理だけという話を聞いたことがある。西洋料理ではデザートにこってりと甘いケーキを食べるので、料理には砂糖をほとんど使わないという説もある。中華料理でも砂糖を使うが、日本料理ほどには使わないらしい。

確かに、日本語で書かれた料理のレシピ本や料理番組を見ると、多くの料理に砂糖を信じられないほどふんだんに注ぎ込む設定になっている。その通りのレシピで料理してしまうと、甘すぎて閉口してしまう。外食も多くの場合、私の口には甘すぎる。

外国のレストランで出される料理は口に合わないという日本人が案外多いが、私はどこに行っても、料理が口に合わないと思った経験がない。むしろ外国の方が 「甘くない料理」 が多いので、口に合ったりするほどだ。最後に出されるギトギトに甘ったるいデザートには閉口するが。

18歳で上京して自炊生活を始めた頃、一応砂糖というものも買い置きした。しかし料理本のレシピ通りに砂糖を使うと、かえってまずくなるし、コーヒーもブラックで飲むので、ほとんど減らない。最初に買った砂糖が、ほとんど手つかずに近い状態で戸棚の奥に 3年ぐらい残っていて、ついには捨ててしまったという記憶がある。

私の妻も、砂糖に関してはほとんど同じ考えをもっていて、現在、我が家にある砂糖といえば、来客用のコーヒーシュガーと、茶色っぽい粗糖である。粗糖はパン作りに使う天然酵母を育てるためと、たまに佃煮っぽい料理を作る時に使う。白砂糖よりも複雑な甘みがあっておいしいと思う。そばつゆにも、砂糖は使わない。

ところで、西洋料理では砂糖をまったく使わないのかといえば、決してそんなことはなく、フランス料理でも、ガストリック・ソースに砂糖を使うという。しかし、一般論としては料理にふんだんに砂糖を使うというのは、見たことも聞いたこともない。ましてや、肉料理に砂糖をぶち込んでまるで甘露煮みたいにするなんてことはない。

ただ日本にしても、砂糖がこんなにふんだんに庶民の手に入るようになったのは明治以後であり、江戸時代になるまでは貴重品扱いだった。だから、なんでもかんでも砂糖をどっさり入れるようになったのは、近代以後の話なのだと考えられる。

昔、業界新聞の記者をしていた頃、戦前生まれの編集長が、「小学校の頃、教師が 『君たち、この戦争に勝ったら、砂糖の土俵で相撲をとらしたる』 というのを聞いて、『こらぁ、頑張って是非とも戦争に勝たなあかん』 と思うたもんや」 というのを聞いた。私は思わず 「うわぁ、体べとべとになりますやん」 と反応してしまい、「そうか、君はそんな世代か」 と悲しませてしまったのを覚えている。

世代論的にいえば、日本人の砂糖消費は、1985年には 1人あたり年間 21.9kgだったものが、2010年には16.4kgにまで減ったとされている。なるほど、年配の人ほど甘い物好きで、コーヒーにも砂糖をどばどば入れたがるという印象がある。

ただ、日本人は料理には砂糖をたくさん入れたがるが、むちゃくちゃ甘いデザートをどっさり食べるという習慣はない。だから 1人あたりの砂糖消費量は、世界でも少ない方の部類に入るらしい。ブラジル人やオーストラリア人は、日本人の 3倍以上の砂糖を消費するという。

私は砂糖はあまり摂取したくないと思っているが、砂糖業界にいわせると、「砂糖が糖尿病の原因になるというのは誤りで、糖尿病は総体的なカロリーの摂りすぎによる。砂糖は即効的なエネルギーになるし、脳が活性化するので、積極的に摂るといい 」 ということらしい。

しかしそれは、「カロリーの摂りすぎはよくないが、砂糖で摂る分には、話が別」 という、ちょっと矛盾した言い方に聞こえるのだよね。この考えに沿って砂糖をどんどん摂ったら、実際にはその分だけ他の食べ物を制限しなければならない。砂糖以外においしいものがたくさんあるのだから、それはもったいないというのが私の考え方だ。

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2014/10/24

「グルジア」 を 「ジョージア」 ということについて

今日、カーラジオでニュースを聞いていると、やたらに 「グルジアがジョージアに国名変更」 とやっていた。それを聞いて私は、「グルジアって、別に国名変更なんかしなくても、元々ジョージアなのに、おかしなことを言うなあ」 と思っていた。

これに関しては、6年前に "「グルジア」 が 「ジョージア」 であること" という記事の中で論じている。つまり、「グルジア」 はロシア語の読み方であって、フツーの英語読みでは 「ジョージア」 なのである。日本はこれまで、「ジョージア」 なんて読んだら米国のジョージア州と区別が付かなくなると気を遣ったのか、ロシア語読みで言い習わしてきたのだ。

ところが当のグルジア、いや、もうジョージアと言ってしまおう、このジョージア国内では反ロシア意識の高まりによって、グルジアとロシア語読みされるのはたまらんということになっているようなのだ。そこで日本にも、「グルジアじゃなくて、ジョージアと呼んでね」 と言っているということのようなのである。

そして、今やこの国を 「グルジア」 と呼んでいるのは、ロシアと日本ぐらいしかないということになってしまっているらしい。つまり、決して 「国名変更」 なんかじゃなく、読み方の問題なのである。

ただ、日本ではアルファベットを使っていないので、「ごめん、今後は英語読みにするわ」 というほど簡単ではなく、カタカナ表記から改めるということになるわけだ。ああ、めんどうくさい。

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2014/10/23

町田市 I shall 坂上交差点?

今日は。よくもまあ、こんなにくだらない話をブログに書くものだと、呆れられてしまいそうな話である。私としてもあまりくだらなすぎて、今日まで書くのをためらっていたほどだから、本当に掛け値なしにくだらない話である。

何かというと、「町田市には、I shall 坂上交差点、I shall 坂下交差点」 という交差点があるのだと、私はずっと信じていたというお話だ。日本の交差点の名前としてはあまりにも不思議すぎる命名だが、カーラジオを聞いていると、時々交通情報で登場する交差点である。

で、「珍しい名前の交差点」 というタイトルで、ブログに書いてみようかなと、ずっと思っていたのだが、なんだかそれもはばかられたのである。「いくら何でも、何かの間違い、聞き違いに違いない」 という気がしていたのだ。

で、今日、このことをふと思い出してしまって、インターネットで 「町田市 I shall 坂上交差点」 というキーワードでググってみたのだが、「残念なことに」 というか、いや、「やっぱり」 というべきか、こういう名前の交差点は見当たらなかったのである。そりゃ、そうだよね。あまりにも突飛すぎる。

で、「ほぼ、この交差点を聞き違えていたに違いない」 というのが特定できた。それは、「町田市 相原坂上交差点、相原坂下交差点」 である。町田市相原町にある交差点で、付近には JR 東日本横浜線の相原駅という駅もある。これに違いない。

どちらも国道 16号線上にある交差点で、少し北に進むと八王子バイパスの橋本インターチェンジがあり、いかにもしょっちゅう渋滞しそうなところである。これなら、交通情報に頻繁に登場してもおかしくない。

それにしても、我ながらどうして 「相原」 を 「アイシャル」 などと聞き違えてしまったのだろう。おかげで、こんなにくだらない記事を書いてしまうことになってしまったではないか。

ただ、あまりにもくだらなすぎるので、付け足しだが、少しはまともなことを書いておこう。それは 「くだらない」 の語源である。「下る」 には 「通じる」 との意味があり、「下らない」 というと、「筋が通らない」 というようなニュアンスで、それが転じて 「取るに足りない」 という意味合いに変化したとされている。

ちなみに京都の朝廷から江戸の将軍家に下賜されるものを 「下り物」 と言ったが、価値のない物は下賜されないので、「下らない」 というようになったという説もある。しかし 「下らぬ」 という言葉は江戸時代より前から使われているので、これはどうやら俗説のようである。

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