2017/10/18

高速道路上の 「煽り」 問題を、ちょっと別の視点から

高速道路上で注意されたことに腹を立て、さんざん相手の車を煽った挙げ句に、こともあろうに追い越し車線上で無理矢理に停車させ、追突をくらって死亡事故につなげてしまった事件が話題を呼んだ。この関連で、"「あおり運転」 摘発、7625件=昨年、9割近くは高速上 - 警察庁" という事実がニュースになった。

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1年で 7625件が摘発されているというのだから、平均すると 1日 20件ぐらいが摘発されているわけだ。多いような少ないような、ちょっと複雑な数字である。

その一方で、日本自動車連盟 (JAF) が昨年 6月に実施したインターネット調査によると、運転中に後方からあおられることが 「よくある」 との回答が 7.9%、「時々ある」 が 46.6%にのぼった。半数以上が 「煽られ経験がある」 と答えたわけだ。(参照

この数字も、かなりビミョーなものだと思う。私の印象では、「煽るクルマ」 が必ずしも一方的に悪いのではなく、「煽られるクルマ」 の方も追い越し車線を不必要に塞ぐというマナー違反をしている場合が案外多い。後ろで急いでいるクルマが、ついジレてしまって車間距離を詰めてしまうというケースもみられるのだ。

で、上の調査で 「煽られたことがある」 と答えたドライバーは、「煽られている」 と気付くだけマシだと感じる。煽られていると気付いたら、左側の車線に移るなりして危険を回避できる。一方、「煽られた経験がない」 という回答の中には、実際には煽られているのに、それに気付かないドライバーの回答もかなり含まれると思う。

そうしたドライバーは周囲に注意を払わないので、自分が追い越し車線を不必要に塞いで通行を妨げているという自覚がない。そしてバックミラーなんか滅多に見ないので、煽られていることにも気付かない。(バックミラーは 「化粧確認用」 だから、自分の顔が映る角度に設定してあるという恐ろしい女性ドライバーを、私は何人も知っている)

実際に高速道路を走っていると、後ろから散々煽られていることに気付かず、ゆっくりと追い越し車線を走るクルマを時々見かける。「早く走行車線に戻ればいいのに」 と思うのだが、そうしたクルマのドライバーは、「一番右の車線は追い越しのための車線」 というルールを知らないかのように、そのままいつまでものんびり走り続ける。

そうしたドライバーがいると、高速道路上は時々、上の写真のようになってしまう。こんな場合私は 「煽り」 なんていうムダなことはせずに、一番左の走行車線をスイスイ走って団子状態から脱出することにしている。日本の高速道路では不思議なことに、3車線のうち左側がガラガラに空いていて、右側 2車線が密集状態というケースが多いのだ。

この現象に関しては、私の本宅サイトで詳しく論じているので、興味があったらのぞいてみていただきたい (参照)。

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2017/10/17

「筋肉は熱発生装置」 というのを実感

近頃寒い日が続き、昨日は東京都心の気温が札幌よりも低くて、10月中旬としては 60年振りの寒さだったという。近頃の天気は、50年ぶりとか 60年ぶりとかいうのがやたらと多い。一昨日までいた山形県酒田市の気温もかなり低くて、一緒に行った妻や娘は震えていた。

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ところが、私自身はそれほどの寒さを感じていない。みんなが 「寒い寒い」 と震える中で、「そんなに寒いかなあ」 などとうそぶくので、「年取って、体が鈍くなってるんじゃないの?」 なんて言われてしまった。

実は筋肉から発する熱のせいで、あまり寒く感じないで済んでいるようなのだ。先週、千葉市までの往復 100km を自転車で往復して、筋肉がパンパンに張っていたのである。この程度の距離は何度も経験しているので、それほど気負わずに出かけたのだが、最近 3ヶ月以上いろいろあって極端に運動不足だったので、帰り道はかなりしんどい思いをしてしまった。

翌日、下半身にかなりのハリを感じていたが、まあ、そのうち自然に治るだろうと軽く見ていた。ところが週末に父の七回忌で田舎に片道 6時間のロング・ドライブをしてしまったので、ただでさえ筋肉疲労を起こしていた下半身が、今度はコチコチに固まった状態になってしまい、結構な筋肉痛を起こしてしまったのである。

というわけで、私の背中から下の筋肉は、コチコチの状態から 「治ろう、治ろう」 と一所懸命に頑張っていたので、結構な熱をもった状態になっていたのだと思う。とにかく、みんなが 「寒い、寒い」 と言っているのに、ちっとも寒くないのだ。

一般的に筋肉ムキムキの人は、かなり寒さ強い、とにかく 「筋肉は熱発生装置」 と言われるぐらいで、寒さを感じにくいのだ。世間では皮下脂肪たっぷりの太った人が寒さ強いと思われているが、実は脂肪というのは自分で暖まることができないので、一度冷えてしまうと今度は寒くてたまらなくなってしまう。

というわけで、この 「筋肉は熱発生装置」 というのを、今回はもろに実感してしまった。私は決して筋肉ムキムキというタイプではないのだが、筋肉疲労状態から元に戻ろうと必死に頑張っている筋肉というのは、通常にも増して大量の熱をもった状態になってしまうようなのである。

今日になって、少しは筋肉のハリが引いてきたので、人並みに寒さを感じ始めたところだが、まだまだそんなに震えるほどではない。

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2017/10/16

「物知り」 は、ものを知らない

世の 「読書家」 と言われる人は、ベストセラーと言われる書籍を読まない。「物知り」 と言われる人は、世間の誰でも知っていることを知らない。

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私はありがたいことに仲間内では 「物知り」 扱いされているが、若いおねーちゃんなら誰でも知っているテレビ・タレントの名前、流行りの歌、朝の連続ドラマなどはさっぱりわからない。とくにお洒落な食べ物の名前に関してはほとんど知らない。周囲には、カタカナ名前の食べ物はラーメンとカレーライスしか知らない人と思われている。

上の写真は、フツーの若いおねーちゃんたちがよく知っていて、フツーのオッサンたちがさっぱり知らない分野である。テレビに出てくるアイドル、舌の回らない名前の洋食、そしてなんたらかんたらいうケーキという分野だ。はっきり言って、みんな同じに見えてしまうのだよね。

ところが私は、同年代のオッサンたちなら誰でも知っていることも知らない。ゴルフのルール、小難しい病気と薬の名前 (「サロメチール」 と 「葛根湯」 以外よくわからない)、株式関連の用語、クルマの車種などは、何が何やらチンプンカンプンだ。

「そんなことも知らずに、よく生きていけるね」 と言われるほどだが、私としては、そんなことを知っている方がずっとストレスになると思っている。病気と薬の名前に妙に詳しいのは、医者か病人である。知らずに済んでいるのは健康なればこそで、ありがたいことである。

ただ、いわゆる 「お洒落」 の分野はさっぱりわからないかというと、そういうわけでもない。私はその昔、ファッション関連の記事を書いていたほどだから、そっち方面の知識は結構豊富である。ただ、自分自身がことさらファッショナブルな格好をしないというだけだ。

要するに人間は、自分の興味のある分野、生きていくのに必要な分野、そしてメシの種になる分野の知識しか吸収できないもののようなのである。私自身も、興味がなくて、知らなくても生きていけて、メシの種になるわけでもない分野の知識は、何度教えてもらってもすぐに忘れてしまう。

とくにケーキの名前なんて、チーズケーキとイチゴショート以外は、30分と覚えていられない。

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2017/10/15

父の七回忌

父の七回忌のために、一泊二日という強行軍の帰省をし、たった今戻ってきたところである。山形県はほんの時々霧雨が舞ったが、その合間に青空ものぞいたので、まあ、まずまずの天気だった。写真は奥羽山脈を越える山形自動車道の風景である。

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父の兄弟は既に全員あの世の人となり、妹 2人 (つまり私の叔母) がまだ生きているが、体はガタガタで法事に出席できるような状態ではない。仕方がないので、私と妹の二家族のみで執り行った。さらにお寺の和尚さんも 80歳を過ぎて、4ヶ月の入院から生還したばかりというので、田舎はもう、年寄りばかりの世界である。

再来年は母の十三回忌となる。わずか 2年後とはいえ、田舎の状況はどんなことになっているだろうか。まさに諸行無常である。

昨日と今日、合計 14時間のクルマの運転で疲れたので、これでおしまい。

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2017/10/14

好きな食べ物を最後までとっておくと

前にも何度か書いているが、私は食べ物の好き嫌いがない。「好きな食べ物」 はいくつも挙げられるが、「嫌いな食べ物」 を挙げろと言われたら途方に暮れてしまう。だって、そんなものないのだから。

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どうして人によっては食べ物の好き嫌いを言うのかということに関して、私は好き嫌いを言うのは心の安定を得るための代償行為なのだろうと推定したことがある (参照)。で、私はその類いの代償行為を必要としていない。好きだの嫌いだのと面倒なことを言うより、さっさと食っちまう方が話が早くて楽だと思っている。

ただ、食べ物に関しては 「好き」 と 「フツー」 しかなく、なんでも淡々と食ってしまうことに関しては、余計なリスクの伴うことがある。とくに好きでもないものが好物だと誤解されてしまうのだ (参照)。それで最近は、本当においしいと思ったらきちんとそれを表現するようにしている。

思えばそんなようなことは、子どもの頃からよくあった。母が 「今日の夕食は、お前の大好きな〇〇だよ」 とか言って、別に好きでもないものを食卓に並べるのである。せっかくだからと気を使い、いかにもおいしそうに食べる。すると 1週間もするとまた 「お前の大好きな……」 と、同じものが並ぶ。別に嫌いってわけじゃないからいいのだが、「どうしてこれが好きと思われてるのかなあ」 と、長らく疑問だった。

これ、「好きな食べ物は最後まで取っておいて、とくに好きじゃないものから先に片付ける」 という、私の食べ方流儀による誤解なのだと、よほど後になってから気付いた。先にどんどん食べてしまうものだから、母親としては 「これは息子の大好物なのだな」 と誤解してしまったのだろう。そして最後まで大事に取っておく本当の大好物は、「できれば食べたくないもの」 と思われてしまうようなのだ。

というわけで、私の 「好きじゃないものから先に片付ける」 というのは、食べ方としてだけでなく、生き方としても 「ちょっと損」 なものと思っていた時期がある。好きなものから無邪気に手を付ける方が、自分の好みがストレートに伝わるのだから、それは自然な考えだ。

しかし今は、好きなものを親に誤解してもらったお陰で、「いろいろな食物をバランス良く食べることができた」 というだけでなく、「つべこべ言わずに、誰とでも分け隔てなく接する」 という態度が身についたと思っている。つまり結果的には、好きなものばかり与えられるよりずっとありがたいことだった。

「好き嫌いを言う」 というのは、やはり結果的にはマイナス勘定になるのだね。

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2017/10/13

選挙カーの 「連呼」 について再び

HUFFPOST に "「選挙カーってうるさくない?」 「名前を連呼する意味あるの?」 現役ウグイス嬢に聞いてみた" という記事がある。どういうわけか、大昔の田中角栄の選挙運動の写真がでっかく使われている。

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記事の内容は実際のウグイス嬢へのインタビュー形式になっているのだが、「アナウンス原稿は選挙事務所が用意するんですか?」 という質問に、このウグイス嬢は 「私の場合、原稿は自分で用意しています。政党の公約や、候補者のホームページ・パンフレットなどを参考に、事前に調べて原稿にします」 と言っている。

そして 「アナウンス原稿を作る上での注意点は」 という質問には。次の用に答えている。

アナウンスのルールなどは、それほどガチガチに決められているわけではありません。たとえば、アナウンス原稿の内容に合わせて、声の抑揚を変えることなど基本的なことを大事にしています。

あとは、学校・病院・斎場などの近くでは、TPOに合わせてアナウンスをしないようにしています。これらも公職選挙法で定められています。

これにはちょっと驚いた。というのはこのウグイス嬢、「公職選挙法 第140条の二の3」 にある 「学校 (中略) 及び病院、診療所その他の療養施設の周辺においては、静穏を保持するように努めなければならない」 という規定には気を使っているようだが、その次の条文に関しては全然知らないみたいなのである。

これに関しては、私の 「本宅サイト」 である 『知のヴァーリトゥード』 の中の ”選挙カーの 「連呼」 は 「迷信」 から生じているらしい” というページで詳しく論じてあるし、このブログの右側の 「サイト内検索」 という窓に 「連呼」 と入力して 「検索ボタン」 をポチッと押してもらいさえすれば、それに関する記事がどっさり出てくる。

一言で言ってしまうと、いわゆる 「選挙カー」 では、停車している時以外は、連呼しかしちゃいけないと、公職選挙法で決まっているのである。それを規定した条文をそのまま引用しておこう。

第141条の3 
何人も、第141条(自動車、船舶及び拡声機の使用)の規定により選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない。ただし、停止した自動車の上において選挙運動のための演説をすること及び第140条の2第1項(連呼行為の禁止)ただし書の規定により自動車の上において選挙運動のための連呼行為をすることは、この限りでない。

のっけから 「選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない」 という条文には笑ってしまうほかない。つまり選挙カーでは原則的に選挙運動をしちゃいけないのだが、「連呼行為をすることは、この限りでない」 と書いてあって、要するに 「連呼だけはしてもいいよ」 というお目こぼし規定が付いているのだ。

嘘か冗談としか思われない法律だが、これ、マジに本当のお話である。このウグイス嬢は 「アナウンスのルールなどは、それほどガチガチに決められているわけではありません」 なんて言っているが、実は彼女が知らないだけで、馬鹿馬鹿しいほどガチガチに決められているのだよ。何しろ、選挙カーが動いている間は、「連呼」 しかしちゃいけないというのだから。

それで長らく選挙の度に、選挙カーはうんざりするほど候補者名の連呼ばかり繰り返してきたのだが、最近はちょこっとだけ趣向を凝らして、気の利いたことも言うようになっているようなのだ。

しかしこれ、原則的には立派な公職選挙法違反なのである。とはいえ選挙管理委員会としても、あまりにも馬鹿馬鹿しい条文を杓子定規に適用することは敢えてしない方針になっているようで、うるさいことは言わないみたいなのだ。まあ、日本人お得意の 「なあなあの事なかれ」 主義だよね。

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2017/10/12

大量の写真の始末をどうするか

zakzak のサイトに 「遺品整理で出てきた大量の写真 どうしたら…?」 という記事がある。最近は全部スキャンしてデジタル保存してくれるサービスが注目されているという。

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しかしこの記事では、デジタル媒体でも長くて数十年で再生不能になるし、残された遺族にも寿命があるのだからとして、「写真を全て処分し、心のなかに思い出のみを残すようにする」 という葬儀アドバイザーの提案に全面的に賛同している。まあ、確かにそれも一案だが、業者に頼んで一括デジタル保存するか、すべて処分するかの二択という論調には 「はあ?」 と言いたくなってしまう。

知り合いに、1年半かけて家中の断捨離をしたという奥さんがいる。まず手を付けたのが、食器棚を占領する数年使ったこともない食器だったという。捨てるのはもったいないのでバザーに出したが、誰もそんなもの引き取らない。しかたなくリサイクル業者に二束三文で売り払ったという。

さらに、今は独立して結婚している子供たちの中高生時代の制服と部活のユニフォーム、教科書、答案用紙、連絡書類の束が膨大な量だったというから笑える。そんなものを何でまた 20年以上も後生大事に取っておいたのかと聞きたくなるが、「なぜか、捨てたら絶対後悔すると思ってた」 と言うのでさらに笑える。

さらに故障したまま何年も触ったことすらない家電製品、バブル時代のもろにバブリーな内容の雑誌の山、数年袖を通していない洋服、40年前に親にもらったけど一度も着たこともなく着方すらわからない山ほどの和服などなど、思い切って処分したら、家の中がずいぶんすっきり広くなったという。

こうした断捨離作業の中で一番悩んだのが、実は写真の整理だったという。親の古い写真、自分の思い出の写真、子どもたちの成長記録などなど、アルバムにして 30冊以上あるほかに、段ボール箱で 2つ分のバラ写真があった。

「初めは 『思い出の写真だから捨てられない』 と思ったんだけど、考えてみれば、アルバムに貼り込んだ当初は何度か眺めたけど、最近は 20年以上開いて見たこともないし、段ボール箱の中なんて、そんなのがあることすら忘れてた」 と言うのである。「それに最近の写真は全部デジタル・メディアの中にあるけど、撮りっぱなしで、眺めたことすらないし」

で、彼女はどうしたかというと、「改めて眺めてみると、保存しておく価値のある写真なんて、1冊のアルバムの中に数枚しかないのよ。それだけ取り出してまとめたら、30冊以上のアルバムと段ボール箱 2箱の写真が、たった 1冊のアルバムに収まっちゃった」

そしてその 1冊のアルバムは、子どもたちには、「私が死んだら、欲しい写真だけ取って、あとは棺桶に一緒に入れて」 と言っているという。なるほどね。これが一番現実的な処分方法だろう。

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2017/10/11

茨城県が 5年連続で 「魅力度ワースト」 の指定席に

恒例の 「都道府県魅力度ランキング」 で、茨城県が最下位の 47位となり、これで 5年連続の指定席なんだそうだ (参照)。私は茨城県つくばの地にほとんど成り行きで越してきて既に 40年になり、多少は 「地元愛」 みたいな心情も持ち始めてはいるものの、まあ、最下位は順当だろうと思っている。

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なにしろフツーのランキングなら、「トップは今年も北海道」 みたいなニュースになるところだが、どのメディアを見ても 「茨城県が 5年連続最下位」 という見出しなのだから、これはもう、一種の勲章である。下手に上なんか狙わない方がおいしい。ここまで来たら 「10年連続ワースト」 を狙う方が、戦略として正解だろう。

上の写真は、だいぶ前に常磐高速道のサービスエリアで買った 「ねば〜る君 クリアフォルダー」 である。水戸納豆から出たゆるキャラなんだろうが、なかなか全国区には出て行けないようなのだね。どうせ茨城県民は内弁慶なんだから、それでいいだろう。

茨城県でも、県南のつくば市中心部だと、最近はかなり洗練されてきてしまった。県外から移転してきた住民が多いから、いわゆる 「茨城色」 は薄い。それでも一步はずれれば、そこは昔ながらの茨城である。群馬、栃木、茨城の 「北関東 3県」 は、「関東ではあるが、全然首都圏ではない」 という特殊な色合いがあって、中でも茨城県はそれが一番強いと思う。

これが東北地方なんかに行ったら、「田舎の素朴さ」 を売り物にできるのだが、茨城県民は決してそれをしたがらない。前にも書いたことだが、御殿のような家に住み、スーパー銭湯にベンツで乗り付けたりして、周囲の連中に 「大将、立派なもんだねえ!」 と言ってもらうことに無上の喜びを感じるようなのだ。

だったらいっそのこと、その 「一生ヤンキー」 の気質を極めればいいのである。オッサンになっても、ジジイになっても、「おらぁよぅ、昔は鳴らしたもんだぜ」 ってな雰囲気で行けばいい。ただ、それを 「上手に演じる」 という器量があるかどうかが、運命の分かれ道だ。

「自らをビミョーに客観視しながら演じる」 という 「自己演出力」 が多少なりともあれば、大阪人みたいになれる。それができず、ストレートすぎるナルシシズムでただ 「大将、立派なもんだねえ!」 と言ってもらいたがるばかりだと、何年経っても 「単純にダサい」 ままで終わる。

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2017/10/10

川魚の 「泥臭さ」 って何だ?

私は東北日本海側の港町、酒田で生まれたので、子どもの頃からおいしい魚を食べつけている。土地柄からしてもちろん、海魚がほとんどだが、たまに川魚も食べる。

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清流沿いの土地などで 「鮎の塩焼き」 なんてのを食べると、本当においしい。ところが中には 「川魚は泥臭いから食わない」 と言って箸を付けない人がいる。しかし一体どんな風味を指して 「泥臭い」 なんていうのか、私にはずっと不可思議そのものだった。

あまりのことに最近、「川魚/泥臭い」 の 2語でググってみたところ、泥臭さの正体には大別して 「鯉の血なまぐささ」 「内臓の臭さ」 「河川のヘドロの臭さ」 という 3つの説があるとわかった。

まず、「鯉の血なまぐささ説」 である。merlin WEIN というブログの 「川魚は泥臭い?」 という記事 (参照)からちょっと引用してみよう。

「川魚 (淡水魚) が泥臭いというイメージは鯉からきてるんだよ。」
鯉を料理する際に血抜きをしっかりしないと血なまぐささが残るので
それが川魚全体に泥臭いというイメージが着 (ママ) いたようです。

2番目に挙げられるのは 「内臓の苦み」 を 「泥臭い」 としているという説である (参照)。Yahoo 知恵袋から引用してみよう。

雑魚と呼ばれる小さな川魚 (ハゼ科やコイ科の魚の小さい種類や小さいもの) を内蔵など取り除かずに丸ごと天ぷらやから揚げ等にして食べる習慣があるからです。

さらに魚の生育環境によるという説もある。上記の Yahoo 知恵袋の解答でも少し触れられていが、今度は "POKEBRAS コラム" というサイトの記事から引用してみよう。(参照

日本の平野部にある湖沼、河川の中下流にはヘドロが溜まっています。そういう場所にいるコイやフナも泥臭がします。対して清流や渓流のように水質のよいところにいるアユ、山女魚 (やまめ) や岩魚 (いわな) などが旨い魚であることには定評があります。

しかしこの 3種の説にしても、血や内臓は川魚に限った話ではないし、日本中の河川のヘドロが問題になるずっと前から 「川魚は泥臭い」 と言われていたことから考えると、どの説も今イチの感がある。

ちなみに同じ種類の海魚でも、湾の奥で獲れたものは 「泥臭くて食えたものではない」 と、よく言われる。それが本当なら干潟に棲むムツゴロウなんて泥臭さの極みということになるが、「えん食べ」 というサイトの記事によると、「ちょっと小骨が多くて食べにくいですがクセなどはない」 ということのようだ (参照)。

日本人の意識の中には 「海魚が上位で川魚は下位」 という 「序列」 が固定観念として形成されているような気がする。潜在意識として 「いいとこ取り」 しようとすると、海か海辺になっちゃうようなのだ。山家育ちより、湘南ボーイの方がカッコいいと思われてしまうようなものである。

古事記に出てくる 「海幸彦・山幸彦」 の物語も、弟の 「山幸彦」 の 「山」 というのは結局は名ばかりである。兄の海幸彦の釣り針を借りて失ってしまってからというもの、「山幸彦」 なのに、なぜか海の神であるワダツミノカミに愛でられ、その娘の豊玉姫と結婚する。そして生まれた子の孫が神武天皇となる。

元々は 「山の系譜」 (もっと言えば、その先は 「高天原の系譜」 だし) なのに、不思議にも海において新生するのだ。このあたりはフォークロアの視点で検証し直さなければならないだろう。

というわけで話が膨大な方にずれかかったが、私としては 「川魚の泥臭さ」 という固定観念に関しては、要するに 「気のせい」 と 「好き嫌い」 の合わせ技ということで片付けたいと思う。私がよく使う言い方だと、単に 「雰囲気のもの」 ということだね。

少なくとも川魚一般を 「泥臭い」 で片付けてしまっては、川魚に気の毒ということだ。

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2017/10/09

コカコーラは洗浄剤? ただし蟻んこに気をつけて

Instagram で blossom さんという方の動画が話題だ (参照)。恥ずかしながらまったく知らなかったけど、Instagram って、静止画像だけじゃなく動画も投稿できるのね。で、blossom さんの投稿のコンセプトは、"DIY ideas, tips and tricks. Do it Yourself, Do it For Great!" (DIY のアイデア、ちょっとした小技でイケる!) ということらしい。

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この人の投稿で最近日本でも話題になったのが、"Coke: drink it or hack it?" (「コーク: 飲むか、それともやっちゃうか」 って感じかな) という動画だ。どんなのかは、クリックして飛んでみていただきたい。

コークに小麦粉を加えてベイクするだけで一見おいしそうなケーキになったり、さび付いたレンチをコークに浸すだけで新品みたいになったり、野菜にスプレーするだけで虫除けになったり、湯沸かしポットやタイルの目地、窓ガラスの汚れが落ちちゃったり、Tシャツの漂白剤代わりに使えたり、髪の毛にこびりついたチューインガムが簡単に取れちゃったり、トイレがピカピカになっちゃったりするのだ。結構衝撃的である。

衝撃的というのは、「コークだけでこんなにいろいろな汚れが落ちちゃうの?」 という以上に、「こんなの、飲んじゃっていいの?」 という驚きもあるということだ。確かに、「こんなの胃の中に入れちゃって、大丈夫なの?」 とは、多くの人が感じる疑問だろう。

実際に、この投稿には、"If it can be used as a cleaning product, one probably shouldn't drink it lol!!!" (もし洗浄剤として用いられるなら、多分誰も飲まなくなっちゃう!!!) という率直なコメントが寄せられている。

しかし最も率直なコメントは、"Second day you're gonna find ants all over your house" (翌日には家中が蟻んこだらけになっちゃう) というものだろう。「コカコーラ・ゼロ」 を使わなきゃね。

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