2017/09/22

"COIN WASHER" というのは、ちょっとなあ

「コインランドリー」 というのは和製英語だが、これに関しては、私はつべこべ言わずに認めてもいいと思っている。"Coin laundry" と言えば、外国人にもギリギリ通じてしまいそうだし。

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先日泊まったビジネスホテルは大浴場 (天然温泉) 付きで、しかもガラガラにすいていたので、気持ちよくゆったりと暖まることができた。大浴場の隣にはコインランドリーがあり、温泉に浸かっている間に、楽々洗濯できたのも嬉しかった。しかしこのコインランドリーの洗濯機と乾燥機をみて、ちょっとカックリきてしまった。

設置してある洗濯機には "COIN WASHER"、乾燥機には "COIN DRYER" と表示されていたのだよね。うーん、"COIN LAUNDRY" なら認めるけど、申し訳ないが、これはやっぱり認めにくい。

これでは 「小銭洗い機」 「小銭乾燥機」  (「小銭を洗う機械」 「小銭を乾かす機械」 ってことね。念のため) ということになってしまう。"Car washer" が 「クルマを洗う機械」 で、"hair dryer" が 「髪を乾かす機械」 であるのと同様なのは、言うまでもないよね。下手したらマネーローンダリングの機械と思われちゃいそうだが、小銭を洗うぐらいでは、その目的には全然足りないだろうし。

「小銭洗い機」 の方には、「AQUA 洗濯機 5kg」 とあり、ちょっと調べてみたところ、この "AQUA" というのはコインランドリーの業務用機器で国内トップシェアを誇る会社であるらしい (参照)。国内の市場をよほど大切に考えているんだろうね。

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2017/09/21

安室奈美恵の引退というニュース

昨日から愛媛県に出張している。移動の途中、スマホの速報で、「安室奈美恵、引退表明」 というニュースを知ったが、それほど大ニュースとは思わなかった。「ふぅん、そうなの?」 程度の印象である。

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ところが今朝、ビジネスホテルのテレビのスイッチを入れて驚いた。いつもはニュースを聞くのにラジオを聞くのだが、ホテルの部屋にはラジオがないので、ごく自然にテレビを見てしまう。するといきなり 「安室奈美恵引退」 でギンギンに盛り上がるスタジオの光景が映し出された。「へえ、案外大変なニュースなんだね」 と思いつつ、リモコンのボタンを押してチャンネルを変える。

すると、次のチャンネルも 「安室、安室」 の大合唱である。「まあ、それはいいから」 と、もう一度リモコンのボタンを押す。するとまたしても 「安室、安室」 である。結局、民放の朝のニュースショーは、全局 「安室、安室」 だったのだ。

「こりゃ、ダメだ」 と思い、NHK に変える。すると画面は 「赤羽特集」 である。東京下町、赤羽の大特集で、「1000円でベロベロに酔える」 という 「センベロ」 が売り物の飲み屋が登場している。まったくの別世界。そして民放が束になって、NHK の 「センベロ」 に襲いかかっている。

BS なら多少まともなニュースショーを流してくれているかもしれないと思ったが、このホテルでは BS が映らない。結局、「センベロ」 か 「安室」 かの選択肢しかない。しばらく 「センベロ」 に付き合ったが、やっぱり厭きてしまい、再び民放に帰ったが、何分待ってもどの局も、「安室賛歌」 の大合唱が続いている。とにかく延々と続いている。

登場するタレントたちが、「自分はいかに安室奈美恵を愛しているか、いかに青春を安室奈美恵に捧げたか、いかに安室奈美恵のファッションを真似しまくったか」 を、これ以上ないほど熱っぽく語っている。すごいものだ。

ここに至って、さすがに降参した。もう認めるしかない。安室奈美恵の引退は、確かに大ニュースなんだろう。言われてみれば、私としても 「下らん!」 なんて全然思わない。悪くないと思う。彼女はグレートなんだろう。確かにそうなんだろう。

はい、認めました。素直に認めました。

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2017/09/20

宝くじは 「夢を買う」 のだという大衆心理

世の中には 「宝くじ」 というものがあり、とくに 「年末ジャンボ」 とかいうのを毎年楽しみにしている人もいる。「そんなもの、当たりゃしないよ」 というと、「いいんだよ。宝くじというのは、『夢』 を買ってるんだから」 などと、発売元の宣伝文句を素朴に信じているようなことを言う。

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「同じ金を出すなら、夢なんかより現実を買いたい」 と、至極当然のことを言うと、「あんたは、夢がないなあ」 なんてなことをのたまう。いや、それは完全に逆だろう。私は夢ならちゃんと持っているから、金で買う必要なんかない。そっちこそまともな夢がないから、金で買おうとしているんだろうに。

その昔、知り合いの男がものすごく分厚い宝くじの束を持っていた。「どうしたのか」 と聞くと、「年末ジャンボを 10万円分買った」 と言う。なんとまあ馬鹿なことをするものかと思っていたところ、そいつは正月早々、会社の金を使い込んでいたのがバレてクビになり、その年の暮れには刑務所送りになった。

使い込んだのは、2000万円あまりだという。彼は使い込みがバレる前に年末ジャンボで使い込んだ分の金額 (あるいはそれ以上) を当てて、こっそり返そうとしていたのだろう。しかし、1000円分買えば 20万円当たるというならともかく、10万円で 2000万円がチャラになるなんてことはまずない。そんなこともわからない頭の構造だから、会社の金も平気で使い込む。

それにしても、宝くじというのは本当に当たらない。私も若い頃にほんの数回だけ買ったことがあり、1度だけ 1000円で 2万円 (だったかな?) 当たったが、すぐに 「宝くじは当たらないもの」 と悟り、それ以後は手を出したことがない。ということは、私の宝くじ収支は非常に稀なことに、少しだけ黒字のはずだが、それは 「ほんの数回」 で止めたからだろう。長く続けたら、大抵大赤字になる。

宝くじファンは 「買わなきゃ当たらない」 と言うが、「買ってもまず当たらない」 という確率論と経験則を信じようとしない。これだけ当たらないというのは、相当高い寺銭 (正式には 「控除率」 というらしい) を取っているのだろうと思っていたが、最近急に思い立って、ネットで調べてみたところ、驚異的な数字と知った。こんな具合だ。(参照

日本の地方公共団体が運営する宝くじ - 55%
スポーツ振興くじ(toto) - 50%
 (中略)
日本の公営競技 - 20%〜30%前後

「日本の公営競技」 というのは、要するに競馬や競輪のことだ。作家の安部譲二氏が 「中央競馬の寺銭はヤクザよりひどい」 みたいなことを言ったと聞いたことがあるが、それと比べても、宝くじの寺銭はひどすぎる。

要するに、宝くじを 1000円買ったら、平均して 450円しか戻ってこないということだ。たまに数万円ぐらい当たってウハウハ言ったとしても、続けているうちに半額以下しか回収できない。「夢を買う」 という宣伝文句の実体は、「はかない夢しか買えませんよ」 ということである。

宝くじを買い続ける人というのは、「自分だけは特別」 で、平均的確率とは別の次元で生きているから、「いつかは当たる」 と信じているのだろう。「自分だけは交通事故に遭わない」 などと信じるのを 「正常性の偏見 (normalcy bias)」 というが、実際は宝くじで一等賞に当たるよりも交通事故で死ぬ確率の方が高い。

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2017/09/19

「自分の都合解散」 と名付けたい

安倍首相が今月末の臨時国会冒頭での衆院解散を行う意向と報道された。決して唐突というわけではなく、前からするだろうとは言われていたが、「なんでまた、こんな時に?」 と、大方と同じ疑問を抱いていた。しかしまさに単純素朴に解散するとなって、「要するに自分の都合で解散するわけね」 と、納得した。それ以外の理由は考えられないものね。

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というわけで、個人的には 「自分の都合解散」 と名付けたいわけなのである。

人間というのはなかなか勝手なもので、権力を握ってしまうといくら周囲に不都合が生じようとも、自分の都合の方を優先させてしまうものだと、今回の解散報道でよくわかった。多少なりともエレガントさがあれば、こうした傲慢さは引っ込められるのだろうが、安倍首相にそれを期待しても無理のようだ。

私の政治的立場は、一言でいえば 「リベラル保守」 だと思っている。今の日本の政治状況における悲劇は、リベラル保守もウルトラ保守も、自民党という一つの器に集約されていることだ。民進党は 「頼りないリベラルと頼りない左翼の寄せ集め」 に過ぎないのが悲しい。

自民党の中にはちゃんとリベラル保守もいるというのに、ウルトラ保守と一緒になって選挙する方が当選できると思っているので、これまた 「自分の都合」 でやっている。要するに政治というのは、大義名分よりも自分の都合で動くのだね。

本来ならそうした勝手な人たちにはお引き取り願いたいのだが、金輪際そうはならない。政治家たちの都合と自分の都合が一致する少数の人たち (いわゆる 「支持層」 ってやつね) が積極的に投票し、一致しない人たちはシラけて投票しないから、こうした状況がずっと続いている。

まったくもって、困った話である。

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2017/09/18

私も敬われていいらしい 「敬老の日」

今日は 「敬老の日」 なのだそうだ。上天気になったが、夜明け頃までは台風 18号の影響で大変な風だったから、関東でも三連休を目一杯楽しんだ人はごく少ないだろう。それどころか、九州や四国ではかなりの被害が出ているようだ。

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ちなみに、今でも 「敬老の日」 は 9月 15日と思っている人がいるが、9月 15日は 「老人の日」 で、15日からの 1週間を 「老人週間」 といって、ということは、今も老人週間に含まれている。これは 「敬老の日」 とは別に定められているのだが、まったく別というわけでもない。この間の事情は、私の 2年前の記事に詳しい。

総務省統計局によると、今年 9月 15日時点の日本の高齢者 (65歳以上) 人口は 3515万人で、総人口比は27.7%であるらしい。「ふ〜ん」 と思った途端に、「あ、そうか、俺もこの中に入るんだ」 ということを思い出した。今年 7月 26日の誕生日を期して、私は名誉ある 「高齢者」 の称号を得たのだった (参照)。

世の中には 「高齢者」 と呼ばれるのを嫌がる人が多いが、私はまったく抵抗がない。それどころか 「高齢者」 という名目を楽しんですらいるところがあって、そのうち自分のクルマに、「もみじマークと若葉マークの 2枚貼り」 をしたいと思っているほどだ。これって、最強の交通安全ツールになるだろう (参照)。

昔から 「〜らしく」 というのが性に合わなくて (参照)、何かにつけて 「〇〇らしくない tak さん」 と言われ続けてきた。名目と実体は異なるのが当然で、歳の話も例によって 「65歳らしくない tak さん」 ってことになっている。10年も経てば 「75歳らしく」 なれるだろうか。

とりあえず今日になっても、娘たちからの 「敬老の日」 のプレゼントなんてものは、まったく届かない。家族にしても、私が 「敬老の日」 の 「敬い対象」 になったとはまだ気付いていないみたいなのだ。当人も含めて、まったく認識が甘いことである。名目で敬われるという経験をこれまでしたことがないので、少しは経験してみたいという気もするのだが。

ものの試しにネットで 「敬老の日プレゼント」 というのを検索してみたら、上の写真のような、お茶だの和菓子だのみたいなのがざくざく出てきた。うーん、こういうの、あまりいらないなあ。

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2017/09/17

大磯町の給食問題に見る 「食べ残しの集団心理」

神奈川県大磯町の中学校の学校給食で、食べ残し率が異常に高いというのが問題になっている。下のリンクは日テレのニュースへのリンクだ。確かに画像で見ると、めちゃくちゃ食べ残されている。中学生たちは質問に答えて 「おいしいとは言えない」 とか 「冷めていたり、味のバランスがダメだったり」 などと言っている。「残して当然」 と言わんばかりの口調だ (参照)。

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育ち盛りの中学生時代、常に腹を空かしていた自分の感覚からして、多少まずいぐらいで給食をあんなにも食べ残すとは信じられない。そもそも給食なんてまずいと相場が決まってるんだから、つべこべ言わずに食うしかないのである。そうでなくても日本はフード・ロスが異常に多くて、世界に対して顔向けができないほどなのだ(参照)。

私なんかつい、満足に食うものがない飢餓地域の子たちに思いを馳せてしまうので、せっかくの食べ物を残して捨てるなんて論外と思っていて、とにかく米粒 1つ残さずきれいに完食する主義なのである。その方が、自分と他人を問わず、食器を洗うにも楽だし。(参照 1参照 2

というわけで、育ち盛り、食い盛りのはずの中学生が給食を食べ残すなんて、「まずい」 という表面上の理由とは別の事情があるはずと思っていたところ、昨日、「昨年 1月以降、虫や髪の毛、ビニール片などの異物が計約 100回見つかっていたことが町の調査でわかった」 と報じられた (参照)。これで 「食べ残し問題」 の底流が少し見えてきた。

生徒たちの 「食欲減退」 の底にある要因は、多分この 「異物混入問題」 だろう。実はこれ、大多数の生徒にとっては 「事実」 というより 「それらしき伝聞情報」 に過ぎないのだろうが (「計約 100回」 なんていうキリがいいようなテキトーなような数字からして、ちょっとアヤシいし)、多感な年頃の中学生のことだから、見るからにチープなプラスチック製弁当箱の中身に、必要以上の不信感を抱くのも不思議ではない。

さらに、「みんな残してるのに、自分だけ全部食べるのは恥ずかしい」 なんていうメンタリティもある。「そんなの考えすぎ」 という人もいるだろうが、これは、とくにこの年頃の子たちには、絶対に 「大あり」 だ。もしかしたら、これが一番大きなファクターかもしれないとまで、私は疑っている。もはや 「食べ残しの集団心理」 と呼んでもいい現象だ。

大磯町としては生徒たちの健康を考えて、「塩分を控え、細菌繁殖を抑える温度で配送している」 というのだが、こんなにまで妙な集団心理が発生しやすい給食では、配慮が完全に裏目に出ている。一番の問題は、「作ってくれた人たちに感謝して、ありがたく戴く」 という、食事で最も大切な要素を、行政も生徒たちもすっかり忘れてしまっているように思われることだ。私は食い物に関してはかなりストイックなのである。

私としては、そんな弁当でも気にせずきちんと完食するタイプの子 (クラスで 3人しかいないらしいが) を、「見所あるやつ」 と褒めたいと思う。

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2017/09/16

カメムシの話

一昨日の和歌ログは、カメムシについての歌だった (参照)。外出先から帰宅したら、クルマのボンネットにカメムシがひっついていたのである。どこかから飛んできたのか、あるいはクルマの移動中にひっついて、そのまま連れて来てしまったのか、とにかく、久しぶりでカメムシに遭遇したのである。

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カメムシという虫に出会ったことのない人は幸いである。というのは、邪険に追い払ったりすると、突然ものすごく臭い体液を放出するのだ。ましてや、間違えて踏んづけちゃったりしたら大変だ。「ヘッピリムシ」 という異名まであるのだから、その嫌な臭いが想像されるだろう。

だから、ちょっと 「怒り肩」 風の茶色や緑色の小さな虫を見かけたら、あまり強引に追い払ったり潰したりしない方がいい。一昨日は放っておいたところ、いつの間にかどこかに飛び去ってくれたので安心した。

というわけで、私の中では 「カメムシって、嫌な奴」 と思い込んでいたのだが、徳島博物館の 「カメムシのはなし」 というページを読んで、認識を新たにした。カメムシには、「よいカメムシ・わるいカメムシ・ただのカメムシ」 があるのだそうだ。

ちなみに、この写真のカメムシは 「クサギカメムシ」 といって、豆類を食い荒らす害虫だそうだ。逆に 「ハナカメムシ」 の仲間は害虫を補食してくれる益虫らしい。そして意外なことに、セミやタガメもカメムシの仲間なんだそうだ。確かに、似ていると言えば似ている。そして彼らは 「ただのカメムシ」 ということになっているのがおもしろい。

とはいえ 「よいカメムシ・わるいカメムシ・ただのカメムシ」 と色分けしても、それはひたすら人間の都合で言ってるだけだ。人間というのはかくも勝手なもので、当のカメムシにすれば余計なお世話なんだろう。かまわず放っといてもらうのが一番と思っているはずだ。

人間でも 「いい人」 と 「悪い人」 というのがいて、お隣の半島の北側の太った人は、世界有数の 「悪い人」 扱いされている。カメムシと違うのは、世界中から かまってもらいたがっているらしいという点だ。最もうっとうしいタイプである。

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2017/09/15

新しい iPhone の発表で思ったこと

日本時間の 13日深夜、Apple が iPhone 8 と 8 Plus、そして iPhone X、その他モロモロ (参照) を一挙に発表した。この発表でちょっと興味深かったのは、"iPhone X" の読み方で、"X" は 「エックス」 じゃなくて 「テン」 と読むのだそうだ。ティム・クック CEO が自らそう発音したというのだから、そうなのだろう。これって、ローマ数字だったのね。それじゃ、この次の iPhone 9 の、そのまた次はどうなるんだろう?

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何となくずっと昔から iPhone を使い続けているような気がしていたが、自分のブログで確認してみると、最初に買ったのは 2009年 8月で、iPhone 3GS というモデルだった (参照)。それから iPhone 4、5、6 と機種交換して、今は 7 Plus というのを使っているが、自分でも意外なことに、iPhone ユーザーになってまだ 8年ちょっとしか経っていないのだね。

そして PC は MacBook Pro を使っていて、今や 「忠実な Apple 信者」 みたいに見えるだろうが、これも自分のブログを遡って調べてみると、Windows から Mac に乗り換えたのは、2014年の 1月 (参照) だ。iPhone ユーザーになってから、Mac ユーザーになるまで、なんと 5年近くかかっている。

それまで Windows PC を使いながらずっと、「自分は本来なら Mac ユーザーであるべきだった」 と忸怩たる思いを抱き続けて、ようやく 「本来の自分」 に戻って、まだ 3年半を経過したに過ぎない。今使っている MacBook Pro も、自分にとっての 「初代 Mac」 なのだから、まだ新参者である。

というわけだが、今回の新しい iPhone の記事を読んでも、それほどワクワクしない。というのは、今の Mac と iPhone の連携で、十分満足しているからである。

ユーザーとしての感覚で言うと、個々のデバイスを使っているというより、iCloud に蓄積したデータを Mac と iPhone という 「窓口」 で編集しているという感じで、それがいかにも自然なので、「IT を使っている」 ということさらな気がしないのである。Windows と スマホをクラウドで連携させる手もあるが、それって、iCloud ほどさりげなくはいかないみたいだよね。

私は 20年も前に 「コンピュータは脳みその大腸菌」 というコラムを書いた。Windows 3.1 から 95 に移行中という大昔である。そのコピーを自分の本宅サイトに収録してある (参照) のだが、当時は 「大腸菌」 (外部生命だが、それがないとフツーに生きられない) だったものが、今では、「脳みその外付け記憶媒体」 みたいなものになってしまっているのを感じる。

で、今回の新しい iPhone の発表は、「脳みその外付け記憶媒体」 の性能が、またまたアップしたなという印象で、それはそれでありがたいのだが、とりたててワクワクするほどのことでもない。なにしろ、まだ 「自分の OS」 は自分の中にあるのでね。確実に言えるのは、自分の OS と Mac OS、 iOS の相性が悪くないということだ。

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2017/09/14

今年の 8月の天気は、散々だったのだ

下の写真は、我が家の太陽光発電の、今年 8月の記録だ。オレンジ色の線が発電量の推移で、ブルーの線が消費量の推移。オレンジ色で塗りつぶされている日は発電量が消費量を上回り (つまり 「黒字」)、ブルーで塗りつぶされていれば消費量が上回っている (つまり 「赤字」) ことを示す。

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我が家は一昨年の 4月に太陽光発電パネルを設置したので、それ以来、夏を 3回経験したことになる。経験からして最も効率よく発電してくれるのは、日照時間が長く、気温も高すぎない (高すぎると発電効率が落ちるらしい) 5月で、過去 2年間は、7月、8月がそれに次ぐ実績を上げていた。

ところが今年の 8月の関東の天気はぐずつきっぱなしで、ご覧の通り、ブルーの部分が多かった。とくに月の中頃はひどいもので、天気が悪いためにエアコンもあまり使わなかったので、ブルーの部分がそれほど目立たずに済んでいるが、発電量に注目すれば惨憺たる結果である。

月間の数字は、発電量が 248.2 kWh で、消費量の 236.0 kWh を辛うじて上回り、黒字を確保できた。しかし一昨年の 8月の発電量は 282.9 kWh、去年の 8月なんて 305.9 kWh で、余裕の黒字だったのである。

それどころか、248.2 kW という数字は、今年 1月、2月の発電量の、273.3 kWh、279.7 kWh という数字をも大きく下回る。真夏の太陽光発電量が、真冬のそれに遠く及ばなかったのだから、今年の 8月はとんでもない月だったとわかる。

それでなくても、最近は台風の進路がちょっと変わって来ていて、南海上からやってきたのが、強い勢力のままいきなり関東や東北、それどころか北海道に上陸するというのが増えてきている。米国でも超大型ハリケーンが相次いで上陸するし、これまでの気象の常識がかかりにくくなっている。

ここ 20年ぐらいでこんなに大きな変化を見せているのだから、これから 20年はもっと大変なことになるだろう。気象災害にいかに備えるかが大きな問題になってきている。

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2017/09/13

不倫報道を巡る、週刊誌とワイドショーのアヤシい関係

一昨日の 「政治家の不倫という話題に群がる大衆心理」 という記事で私は、政治家の不倫報道には興味がないが、「この種の話題に群がりたがる大衆心理ということだったら、かなり興味がある」 と書いた。というわけで、今日はその続編である。

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この記事に、ハマッコーさんから 「政治家やタレントの不倫という話題に群がるのはテレビ局や週刊誌であって一般大衆ではないと思いますよ」 というコメントがついた。これは鋭い指摘で、実は私もそんなような気はしていた。

ハマッコーさんは、「個人的には政治家やタレントの不倫の記事が載っているからと言って週刊誌に 400円も払う気は全くありません」 と書かれている。確かにその通りで、週刊文春の発行部数は公称 68万部とされており、この数字を素朴に信じたとしても、日本人の約 175人に 1人しか読まない。号によって多少の変動はあっても、読んでいるのはどんなにオマケしてみても、人口の 1%以下だろう。

では、どうしてそんなにまでマスコミは、スキャンダルのスクープ合戦にしのぎを削るのか。

多くの日本人は、この種のニュースをテレビのワイドショーで知ることになる。まともなニュースでは、あまり取り上げないからね。ということは週刊誌にとって、テレビのワイドショーで 「今週の 『週刊〇〇』 によりますと……」 という枕詞で取り上げられることは、我々が思っている以上に重要な意味をもつのだろうと思われる。

要するにこれって、結構な宣伝効果があるはずなのだ。広告費を一銭も払わなくても、テレビが勝手に、しかも大々的に宣伝してくれるのだから、政治家やタレントのスキャンダルのスクープは、文春や新潮にとって、ものすごく 「おいしい」。

その証拠に、スキャンダル・ネタを重視する文春、新潮は、ワイドショーが盛んに宣伝してくれるおかげで、週刊朝日、サンデー毎日などよりずっと発行部数が多くなっている。読売ウィークリーなんて、とっくの昔に廃刊に追い込まれてるし。つまりこの種のスクープ合戦は、読者の関心に応えるという以上に、提供する側の都合が優先している。

芸能ネタ専門みたいな女性週刊誌は、タレントの不倫を報じてワイドショーに乗り、宣伝効果を上げられるが、文春や新潮などは媒体の性格上、ちょっとつつけばいくらでも湧いて出てくるタレントのスキャンダルをのべつ報じるわけにもいかないので、代わりに政治家のスキャンダルを報じることになる。(タレントのスキャンダルも全然報じないわけでもないようだが)

一方、テレビ局が週刊誌に載ったネタをワイドショーで取り上げるのは、コストをかけずに、もっともらしい、しかも小難しい政治経済ネタなんかより圧倒的に 「わかりやすい」 ネタで、放送の時間帯を埋められるからだ。つまり業界内の都合で、互いにもちつもたれつのメリットがある。それだけのことなのだろう。

スキャンダル・ネタが週刊誌とワイドショーに、読者や視聴者の 「知りたい」 というニーズを遙かに上回る勢いで、というか、まったく別の次元のパワーでばかすか飛び交うのは、こうした事情からとしか思われない。

中には不倫の当事者の政治家やタレントをもっともらしく非難することで、いかにも 「自分は清く正しい日本の庶民」 と思い込んで自己満足したり、TV カメラに向って深々と頭を下げられると、自分に向って頭を下げられたと勘違いして溜飲下げたりする人もいるのかもしれない。でも、それって具体的には何の得にもなっていないよね。

その昔 「指三本」 の宇野宗佑首相の辞任につながる不倫を大々的にスクープしたのは 「サンデー毎日」 で、その当時の編集長を務めていたのは鳥越俊太郎氏だった。その鳥越氏が東京都知事選に出馬して、「女子大生との不適切な関係」 なんてスキャンダルを書かれたのだから世話はない。

まことにもって 「因果は巡る」 である。

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«「女性に成り済ました女子中生」 という見出しで、目が点になった