2015/03/28

例の墜落事故に絡んで

例のジャーマンウィングの墜落事故で、副操縦士が精神的に病んでいたらしいとのニュースがもっぱらの評判である。私なんかの年になると、32年前の日航機羽田沖逆噴射事故というのを思い出してしまう。この事故は、心身症の機長が羽田空港への着陸数膳にエンジンを逆噴射させ、墜落させたものだった。

この事故は着陸寸前に起きたもので、乗客全員死亡というようなことにはならなかったが、社会全体に大きなショックを与えた。それで日本の航空会社は、乗務員の心身の健康を慎重にチェックするようになったといわれるほどだ。

こんなニュースがあると、私なんかは 「床屋の客はよく平気でいられるな」 と思う。何しろ鋭利な刃物をもった理髪師に対し、頸動脈部分を無防備な状態でさらけだしているのだから、考えてみると怖い。

私なんかは椅子に座らされたまま、30分も 40分もじっとしていなければならないのが苦痛でしょうがないので、フツーの床屋には 40年以上行ったことがない。頭を洗ったり髭を剃ったりするぐらいは自分でできるのだから、床屋に余計な金を払って、その間じっとしていなければならないというのが、まことにもって理不尽なことに感じられるのである。

というわけで、私は心身症になった理髪師に頸動脈を掻き切られるリスクはほとんどないが、フツーに床屋で髭なんかをあたってもらっている客というのは、よほど人を信じやすいということなのだろう。

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2015/03/27

漂白される追憶のキャット・アレイ

前からほんの少しずつ進んでいた常磐線取手駅西口再開発の進展に、最近やや加速度がついているような気がする。この 1週間ほどのうちに、「ビジネス旅館 つつみ」 が取り壊されて、更地になっていた。これには驚いてしまった。

Img_1693 「ビジネス旅館 つつみ」 というのは、取手駅西口の、細い路地をさらに外れた原っぱの奥で、多分 50年ぐらいは営業していただろうと思われる、民家に毛の生えたような旅館だ。21世紀に入って 15年も経った世の中とは思われない佇まいだった。

よくまあ、こんな旅館が続いてきたなという気がする。おそらく取手より先に自宅のある人が、取手止まりの最終列車に乗ってきて放り出され、仕方なく夜を明かすために重宝していたのだと思われる。

それについては、6年前に 「ウェブに乗りにくい情報 Part 2」 という記事で書いている。この記事には sandiegan88 さんという方から、「私は常磐線沿線に住んでいますが、定宿にしています。家庭的な温かな旅館です」 というコメントが寄せられた。なるほど、それでようやく 「ビジネス旅館 つつみ」 のレーゾン・デートルがわかったのだった。

そして私は、酒を飲んで帰ってきて運転できない時などに、話のタネに一度泊まってみてもいいかなと思いながら、最近はとくに酒を飲む機会も減ってしまったこともあり、ついに話のタネにできないうちに永遠に姿を消してしまったのである。ちょっと残念な気がする。

この 「ビジネス旅館 つつみ」 のある路地には、野良猫がたくさん住み着いていたので、私は密かに 「キャット・アレイ」 と呼んでいた。多分近所の誰かが餌をやっていたのだろう。糞害に悩む居住者が、「猫に餌をやらないでください」 という張り紙をしても、猫に餌をやることだけが楽しみという人には、まったく効き目がなかったようだ。

しかしここ数年、この路地にもついに開発の波が及んで、さしもの猫たちも住みにくくなったとみえる。ぱったりと姿を消していた。「キャット・アレイ」 という名前もまったく似合わない路地になってしまっていた。

猫がいなくなっただけではない。うら寂しいパチンコ・スロット店も閉店し、その 2階のビリヤード店も潰れ、客の入っているのを見たことがないオバサン向けブティックも消滅し、さらにそのブティックのあった小さなビルも解体された。そして今、すべて更地化されて綺麗に開発されようとしている。

あのキャット・アレイの猥雑さは漂白され、やがてどうでもいい街並みになる。

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2015/03/26

日本語の上手な人は、絵の上手な人よりずっと少ない

一昨日の "「聞き流すだけ」 というおとぎ話" という記事で、日本人の英語力の傾向について 「読み書きはバッチリでも会話は苦手」 と思われているらしいが、それは大変な誤解であるという旨を書いた。日本語の読み書きですら問題のある人がものすごく多いのに、英語の読み書きはバッチリなんてことが、あるはずないじゃないか。

そう思っていたら。今朝の新聞の折り込みチラシに、こんなのがあった。

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一番上に 「このチラシは表面の広告売り出し店舗のみで実施しています」 とある。私は何しろ言葉を文字通り受け取りたがる 「アスペルガー症候群一歩手前」 と自認しているほどだから、初めはこのコピーを読んで頭の中が白くなってしまった。

まず 「表面の広告売り出し店舗」 というのがわからない。表面的な広告を売り出すのか? それって、一体どういうことなんだ? 「このチラシは……実施しています」 というのはさらにわからない。「チラシ」 が、「表面の広告売り出し店舗のみ」 で、何を 「実施して」 いるんだ?

ちょっと整理してみて、「表面の」 というのは 「ひょうめん」 ではなく 「おもて面」 なんだろうというのは、割にあっさりと理解できた。しかしこのチラシを見ても、どっちが表でどっちが裏なのだかさっぱりわからない。でもまあこの広告主は、この文言が書いてある反対側の面を 「表(おもて)面」 と規定しているのだろうと思うことにした。そうしないと一歩も先に進めない。

もう少し整理してみて、この文脈は 「広告売り出し店舗のみ」 で、「チラシを実施している」 ということなんだろうと想像できた。さらにもう一歩踏み込んで、初めて 「この広告チラシの内容である 『売り出し』 を実施する店舗のみ」 で 「チラシの内容の売り出しを実施する」 という、入れ子構造みたいなところに辿り着く。

つまり広告主は、「自社の展開する支店全部でこのチラシにある売り出しが実施されるわけじゃない」 ってことを言いたかったんだろう。「売り出しの実施されるのは、チラシに書いてある店舗のみですから、お間違いなく」 ということだ。多分、これで正解だと思う。

というわけで、元の文言を添削するとすれば、「このチラシの売り出しは、表の面に記載された店舗のみで実施されます」 ということになるだろう。さらにチラシ編集の基本的な問題を改善して、実施店舗をこのコピーのすぐ下に記載し、「このチラシの売り出しは、下記の店舗のみで実施されます」 とすべきだった。

ついでに写真の下の方にある 「参考税込価格」 という気持ち悪い言葉も、シンプルに 「税込価格」 とすべきだろう。これでようやく 「まともな日本語による、わかりやすいチラシ」 になる。

この田舎の中堅スーパー・チェーンのチラシを見るだけでも、日本語の読み書きがきちんとできる人は、かなり少ないんだとわかる。チラシの内容をチェックする際に、「ちょっと待てよ、この日本語ってメチャクチャだぜ!」 と気付く人が、このスーパーの広告部門には一人もいなかったわけなのだから。

日本語をまともに使える人が少ないということは、私の以下の過去記事からもわかる。(本当はもっといくらでもあるのだが、あえて 4本に絞り込んでおいた)

「見れることができます」 とか 「可能できます」 とか
「あの節はどうも…」 で気持ち悪くならないのは、ちょっと問題
「二人前」 の正しい読み方
「すべからく」 という単語のリスク

会社の玄関ロビーや応接室に、立派な額に入れて誇らしげに飾ってある 「社訓」 なんかでも、主語と述語が全然かみ合っていなかったりするのが、結構多い。下手すると、本来意図しているのであろうこととは反対の意味になっているのまである。こういうのを掲示するのが好きなのはワンマン社長に多いから、まともに日本語のできる人に相談したりすることはなかったんだろうね。

私は、まともな日本語を使える日本人は、まともな絵が描ける日本人よりもずっと少ないとみている。ただ、それは絵が下手っぴで日本語をまあまあ使える私からみた場合の感慨で、本当に絵の上手な人からみたら、また違うのかもしれないが。

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2015/03/25

自衛隊が 「わが軍」 であることを巡る冒険

安倍首相が国会答弁でうっかり口を滑らせ、自衛隊を 「わが軍」 と言ったことが、ちょっとした波紋を呼んでいる。今朝のラジオ番組ではニュース解説者が 「ちょっと前だったら、国会審議がストップしてしまうほどの問題発現」 と言っていた。自衛隊は 「自衛隊」 であって、「軍」 ではないという合意が形成されているからだそうだ。

しかし、自衛隊って、どこからどう見ても 「軍隊」 だよね。あれをして 「軍隊じゃない」 なんていう人には、「じゃあ、軍隊って何なの?」 と聞いてみたい。

自衛隊の英語の公式名称は "Japan Self-Defense Forces" (略称は JSDF) というのだそうだ。ちなみに "Forces" と複数形なのは 、Japan Ground Self-Defense Force (JGSDF: 陸上自衛隊)Japan Maritime Self-Defense Force (JMSDF; 海上自衛隊Japan Air Self-Defense Force (JASDF: 航空自衛隊) を含む総称だからである。

で、"force" というのは  「威力、暴力、軍隊」 といった意味の単語であり、"Japan Self-Defense Forces" はフツーに直訳すれば 「日本自己防衛軍」 である。さらにフツーに考えれば自己防衛しない軍隊なんてあり得ないのだから、これはかなり妙な表現である。その妙な表現の解釈を無理くりに、「自己防衛しかしない軍隊」 ということに落ち着かせているのが現状だ。

「あれはあくまでも 『自衛隊』 であって、『軍隊』 じゃないんです」 なんていう妙な論理は、少なくとも実質的に国際共通語として機能している英語では、語ることができない。語ることができないから、日本人が日本人に対して日本語でどう言いくるめようとも、国際的には自衛隊は 「軍隊」 と認識されている。これは当然すぎるほど当然の事実である。軍隊以外の何だというのだ。

そしていくら 「自己防衛しかしない軍隊」 と言い張っても、憲法 9条は 「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」 と謳っているのだから、フツーに考えれば 「武力を行使するための組織」 である自衛隊は憲法違反であり、それを無理くりな解釈で合憲としているだけである。

自衛隊の存在を認めつつ 「憲法 9条を守れ」 というのは、自己矛盾も甚だしい。まともに考えれば、自衛隊を認めるならば、それだけで憲法 9条は改正しなければ辻褄が合わない。逆にどうしても憲法を守れというなら、自衛隊は解散しなければならないし、もし日本が他国に侵略されても、パルチザン的に抵抗することすら憲法違反になる。パルチザンだって、武力を使うのだから。

ちゃんと 「隊」 と言えば 「自衛隊」 であって 「軍隊」 ではないから問題にしないが、その同じ組織を「軍」 と表現してしまったら 「軍隊」 になってしまうから問題にせざるを得ないというアホな理屈こそ、まともな人間の考えることと思われない。

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2015/03/24

「聞き流すだけ」 というおとぎ話

「英語の読み書きはバッチリでも、会話となるとちょっと……という人、多いですよね」 というのは、かの有名な 「聞き流すだけ」 という英会話教材のラジオ CM の一節である。この教材は、そういう人にもオススメなのだそうだ。

しかしこの CM でわかるように、この教材は基本的に英語がわかっていない、というか、言葉ということのわかっていない人をだまして、高い金で売りつけるための商品としか思われない。というのは、「英語の読み書きはバッチリでも、会話となるとちょっと……という人」 なんて、絶対に多くない。少なくとも、私はそんな人を一人も知らない。

「英語の読み書きはバッチリ」 というのは、News Week とシェイクスピアをすらすら読みこなして、学位論文やビジネスレターを、機関銃の如き速さでタイプできるような人を言うのである。"This is a pen." を読んだり書いたりできるぐらいでは、「バッチリ」 の 「バ」 の字にも及ばない。

とりあえず会話は度外視して、「英語の読み書きはバッチリ」 という人だけをとってみても、日本人は当然ながら米国人でも少数派だ。それは 「(まともな) 日本語の読み書きはバッチリ」 という日本人が少ないのと同様である。主語と述語の矛盾しない日本語の文章をきちんと書ける人は、そんなにいない。「読み書き」 を馬鹿にしちゃいけないのである。

つまりこの教材は、その程度のことにすら思いが至らず、単に雰囲気でフラフラッとだまされてしまいやすい人をターゲットにした商品なのだと、考えざるを得ないのである。英語を聞き取る練習にだけなら、多分なるだろう。しかしほんの数ヶ月で英語が 「口をついて出る」 なんてことを期待しちゃいけない。

カーラジオを聞いていると、最近この教材には寝ながら聞き流しできる 「枕スピーカー」 というものが付いてくるという特典があると言っている。「枕スピーカーだと?」 と、私は運転しながらこけそうになった。これって、既に 「ピロースピーカー」 という言い方が定着してる商品じゃないか。

「英語教材の CM で 『枕スピーカー』 だなんてちょっとなあ。『枕営業』じゃあるまいし」 と思っていたら。ある時期からしばらく、フツーに 「ピロースピーカー」 と言うようになった。ようやくまともになったと思っていると、近頃また 「枕スピーカー」 という言い方に逆戻りしている。

ここまで徹底されると、「ピロー」 という言葉すら知らない人、つまり雰囲気だけで 「英語をしゃべれたらカッコいいなあ」 と思っている人に、ターゲットを明確に絞り込んでいるとしか思われない。"Pillow" が 「枕」 であるとわかるまともな人は、そう簡単には引っかかってくれないから、ここは 「枕スピーカー」 と言っとく方が効果があるということなのだろう。

それからスピードラーニングを (…… あ、うっかり商品名を言っちゃった) 聞き流したおかげで、ニュージーランドでホームステイした時に、ホストファミリーの言っていることがみんなわかったという体験も CM で紹介されている。しかしニュージーランド英語のアクセント (訛り) がかなり手強いことを知っている人は、こんなおとぎ話には決して引っかからない。

世の中には楽して金儲けができると思っている人が、少しいる。楽してダイエットできると思っている人は、それよりもちょっとだけ多くいる。もしかしたら 1日 5分聞き流すだけで、英会話ができるようになると思う人も、ダイエットの場合と同じぐらいいるのかもしれない。

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2015/03/23

「上野東京ライン」 初乗車体験

昨日の記事で触れた 「上野東京ライン」 という電車を、初めて実質的なメリットを生む形で利用してみた。昨日は神田で下車したため、結局は上野で山手線に乗り換えてしまったのだが、今日は新幹線で新大阪から戻ってきて、品川で下車し、上野東京ラインに乗って常磐線取手まで戻ってきた。

品川で新幹線を降り、iPhone の乗換案内アプリで検索したところ、走れば間に合うような時刻に、取手行きの始発電車が出るとわかった。しかし品川〜取手間は約 1時間かかるので、一応トイレに寄っておきたいなんて考えて、1本後の電車に乗ることにした。1本後の電車は、乗換案内アプリによると 11分待たなければならない。でも、まあいいや。

で、トイレを済ませて品川駅の 10番線ホームに降りてみると、前の電車が出て 5分後ぐらいなのに、次の取手行き快速電車が、今まさに発車しようとしているので、よくわからないままに飛び乗った。本当によくわからないが、とりあえず品川発の常磐快速電車の本数は、十分に確保されていることだけはわかった。

始発だったのでなんとか座れて、それから延々 1時間乗車した。上野からだと 42分ぐらいで取手に付くので、ほとんど 5割増しの乗車時間である。まだ慣れていないだけなのかもしれないが、これが案外長く感じる。横長の座席に、進行方向に対して横向きで 1時間乗るというのは、正直言って途中で嫌になる。

それでもまあ、東京駅で新幹線を降りて、山手線か京浜東北線に乗り換え、さらにまた上野駅で乗り換えるよりは面倒がないから、これからも大阪方面から新幹線で帰ってきたら今回のルートにしたいと思う。ただ、次はもうどうせ終点までの乗車なのだから、途中で眠ってしまおう。今回は物珍しさでずっと寝なかったら、退屈してしまったのだと思うことにしよう。

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2015/03/22

「上野東京ライン」 というのを、今日まで知らなかった

いやはや、知らなかった。JR 常磐線快速電車が上野駅を通り越して東京駅に停車し、さらに品川駅まで伸びていたなんて。

明日は朝イチの新幹線で大阪に出張しなければならないので、今日は夕方までの仕事を終えてから神田のビジネスホテルまで来て前泊である。本当は今日のうちに大阪に入っておきたいところだが、夕方過ぎまで水戸方面の仕事が入っていたので、今日は神田止まり。日曜でも仕事になってしまうのが、零細企業の辛いところだ。

で、夜の 7時過ぎに、いつもの取手駅から快速電車に乗って都心に向かったが、この快速電車の終点がこれまでのように上野駅じゃなくて、品川駅だという。いつからそんなことになったのかと、インターネットで調べたら、今月 14日のダイヤ改正で、常磐線だけでなく、栃木県や群馬県に行く宇都宮線、高崎線まで上野を通り過ぎるのが新設され、これを 「上野東京ライン」 というのだそうだ。ついに私も、世の中の情報から取り残されるようになってしまったのか。

今日のところは乗車区間は神田までだったので、いつものように上野駅で降りて山手線で神田まで来たが、明日の帰り道は、品川駅で新幹線を下車して、品川始発の快速電車に乗れるわけだ。これまでは、東京駅から上野駅までの区間がうっとうしかったが、それが解消される。

ああ、ついにまた一つ、時代が変わってしまったな。

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2015/03/21

「八紘一宇」 を巡る冒険

にわかに脚光を浴びている 「八紘一宇」 という言葉だが、それに関連して九州の宮崎にある 「八紘一宇の塔」 というのまで話題になっている。実は私は、この塔を見に行ったことがある。8年前の 6月、宮崎市に出張した折に、話の種にもなるから、是非見ておいた方がいいと薦められ、この塔の建てられている平和台公園というところを訪ねたのだ。

Cimg7612話の種ということだったが、あれからずっとそんなきっかけもなく、記憶の片隅に眠っていたのだが、例の三原じゅん子議員の唐突な 「八紘一宇発言」 に誘われるように、8年の眠りから覚めてしまった。ネタというのはじっと寝かせておけば、いつかは使えることもあるものである。

左上の写真が、その時に撮った写真である。この日は晴れ男の私としては珍しく、あまり天気がよろしくなく、時折小糠雨が降ったりしていたが、平和台公園に行った時は雨が上がって、傘をさすこともなくゆっくりと見物できた。

Cimg7620右の写真は、その壮大さを強調するためにアップで撮ったものだ。「八紘一宇」 という文字がはっきりとわかるだろう。昭和15年に、皇紀 2600年を祝して宮崎神宮の拡大整備を行い、その一環として、当時の宮崎県知事の肝いりで 「八紘一宇の精神を体現した日本一の塔」 を建造したのだという。

この塔をデザインしたのは大分県出身の彫刻家、日名子実三で、「報酬は一銭もいらないから、是非やらせてくれ」 と願い出て実現したと伝えられている。日名子実三という人は日本サッカー協会 (当時・大日本蹴球協会) のシンボルマークもデザインしており、このモチーフが、神武東征の道案内をした八咫烏というのだから、その愛国者ぶりがうかがわれる。

で、この塔を見物した感想だが、これまでとくに話の種にすることもなく 8年近くも寝かせっぱなしだったことでもわかってもらえるように、個人的にはそれほど感動しなかったのである。四方に「荒御魂(あらみたま)」 「和御魂(にぎみたま)」 「幸御魂(さちみたま)」 「奇御魂(くしみたま)」の四神像が配置され、なかなか荘厳なものではあるのだが、「造るの、大変だったろうな」 と思っただけだった。

私は伝統的保守派を自認していて、「八紘一宇」 という言葉にしても、ステロタイプな悪イメージはもっていない。「六合を兼ねて以て都を開き、八紘を掩いて宇と為さん事、亦可からずや」 という理念は、実はニュートラルなものであって、それが侵略的なイメージになってしまったのは、戦前の軍部が勝手な政治利用をしたためだと思っている。言葉そのものに罪はない。

とはいえ、私としては是が非でも 「八紘一宇」 という言葉の復権を成し遂げなければならないと意気込むほどの義理があるわけではなく、三原じゅん子議員だってそれは同様だと思う。何で急に思い出したように国会の場で言い出したのか、伝統的保守派にしては妙にリベラルな私としては、彼女の気が知れない。

この記事を 「経済・政治・国際」 ではなく 「比較文化・フォークロア」 というカテゴリーに入れておくということで、私のコンセプトを端的に示しておこうと思う。

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