2016/05/29

固有名詞まで訛っちゃうんだもの

11日の記事で、庄内では 「祥月命日」 を 「しょっづぎめーにづ」 と訛るので、ずっと 「正直命日」 だと思っていたということを書いた。「祥月」 と 「正直」 は、耳で聞いただけではほとんど区別できないのである。同様に、「獅子/煤」 も紛らわしい。しかし 「寿司」 はアクセントの違いによって完璧に区別できる。

東京方面から庄内に来た人は、「庄内弁って、固有名詞まで訛るんだもの、聞いててわけわかんない」 と言う。そりゃそうだ。普通の単語を訛って、固有名詞だけは訛らずに発音するなんて不自然なことはしない。すべて平等に訛る。

例えば、庄内では 「佐藤、齋藤、馬のクソ」 というほど、佐藤、齋藤という名字が多い。しかしネイティブな庄内弁では佐藤さんのことを 「さとうさん」 なんて言わない。「さどさん」 である。他から来た人は 「佐渡さん」 だと思うだろう。同様に、「齋藤さん/伊藤さん/後藤さん」 は、「さいどさん/いどさん/ごどさん」 になる。

ちなみに、佐藤さん、齋藤さんは、あまりに多すぎるので、大抵は名字ではなく名前の方で呼ぶ。そうでないと、「さどさ〜ん」 なんて呼びかけたら、同時に 5〜6人が振り向くことになる。今はどうだかしらないが、昔は 「さとうさ〜ん」 と呼ばれても、自分のことと思わない人がいて、3〜4人しか振り向かないなんてこともあった。

「さどさん」 が 「佐渡さん」 じゃなく 「佐藤さん」 で、「ごどさん」 が 「神様」 じゃなく 「後藤さん」 だというのは、庄内人の耳がそんな風にできちゃってるので全然問題ないのだが、庄内人でも区別できずに困る固有名詞というのがある。

その代表格が 「静子/鈴子/節子」 だ。庄内の年寄りが発音すると、「静子/鈴子」 は、どちらも 「すずこ」 になりやすい。極めると、ビミョーに 「ン」 が入って 「すずこ」 になる。こうなると、その人の名前を文字で確認するまではなんという名前なのかわからない。

さらに面倒なのは、「静子」 をきちんと意識して 「しずこ」 と発音すると、今度は 「節子」 と区別が付かなくなるのである。これは本当に厄介である。

その昔、母の働いていた職場にどこだかの営業のお兄ちゃんが来て、「あれ、今日は節子 (せつこ) さん、いねんですが (いないんですか) ?」 と聞いた。母は 「節子さんでう人は、元々いねよ (節子さんという人は、元々いないよ)」 と答えた。

話がややこしくなって、よく確かめてみると、職場で 「しずこさん」 と呼ばれている 「静子さん」 は確かにいるが、その日に限って休みを取っていた。ところが営業でやってくる若いお兄ちゃんは、おばさんたちに 「しずこさん、しずこさん」 と呼ばれている若い女性は、「節子さん」 なのだと思っていたのである。

だって、庄内のおばさんはフツー、「静子さん」 のことは 「すずこさん」 と言うから、よもや本来の発音通りに 「静子さん」 だったとは思いもしなかったようだ。私だって時々母の話に出てくる 「しずこさん」 を 「節子さん」 だとばかり思っていたのだから、営業のお兄ちゃんの勘違いはごく当然である。

そんなことを言ったら、私の母の名前も、思いっきり訛って呼ばれていた。母の名は 「千枝 (ちえ)」 だが、庄内では女性の名前はなんでも最後に 「子」 を付けて呼ぶ傾向がある。だから母も親戚中では 「千枝子」 と呼ばれていた。ところが字で書けば 「千枝子」 だが、何しろ訛るので、実際の発音は 「ついこ」 になってしまう。だから知らない人は、私の母は 「ツイ子さん」 だと思ってしまっても仕方なかっただろう。

その流れで言うと、私が現在住んでいる茨城県では、「い」 と 「え」 がひっくり返る。庄内では区別が付きにくいだけだが、茨城では本当に見事に入れ替わってしまうのである。私が今の家の購入契約をする時、「それでは、『えんかん』 をお願いします」 と言われて、一瞬 「鉛管?」 と思ったが、それは 「印鑑」 のことだった。何しろ 「色鉛筆」 が 「エロいんぴつ」 になるというぐらいである。

茨城に限らないと思うが、「きみい」 とかいう名前のおばあちゃんがよくいる。彼女の親は生まれた子の出生届を役場に提出する時、つい平仮名で 「きみい」 と書いてしまったわけなのだが、意識としては 「公恵さん」 とか 「君枝さん」 とかと同じ名前のつもりだったんじゃないかと思われる。だって茨城県では、「公恵さん」 も 「君枝さん」 も 「きみいさん」 と発音されるんだもの。ああ、ややこしい。

言文一致とは厳密に言えばなかなか難しいもので、一筋縄ではいかない

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2016/05/28

考えることの 2% でも、人におもしろがってもらえれば

ブログを毎日更新してるなんていうと、「よくそんなにネタが見つかりますね」 なんて言われる。まあ、確かにネタ切れで苦し紛れのことを書く日もないわけじゃないが、人間生きてる限り、ネタというのはあるものだ。ただ、それがおもしろいネタか、つまらないネタかというだけの違いである。

私の場合、ふと思いついたネタは一応メモしておくことにしている。そうでもしないと忘れてしまうからだ。ふとおもしろいネタを思いついて、「あ、これいいな。今日のネタに使っちまおう!」 なんて思っても、メモしないでおくと、5分も経たないうちに忘れてしまうことが多い。そして一度忘れてしまうと、何かちょうどいいきっかけでもないと、なかなか思い出せない。これも年のせいかなあ。

ただ、メモさえすればいいのかというと、そういうわけでもない。私は思いついたネタはできるだけ速やかに、iPhone アプリの 「メモ」 に書き込むようにしているが、後になって確認してみると、5つのうち 4つはおもしろくないのである。思いついた瞬間には 「これ、イケるかも!」 という気がするからメモするのだが、ほとぼりが冷めると、大した思いつきじゃないのだ。

実際ブログに使えそうな思いつきなんて、本当に 6つのうち 1つぐらいのものである。ということはつまり、私の考えることなんて、8割はつまらないことでしかないのだ。人間なんて、その程度のものである。大抵はくだらないことしか考えていないのである。

ただしかし、見方を変えれば、5つのうち 1つでもおもしろいことを考えられるというのは、大したものなんじゃなかろうかという気もする。考えることの 2割は、まあまあブログにできる程度のおもしろさがあり、そしてブログに書いた記事の 10本に 1本ぐらいは、人に読んでもらってもまあまあおもしろいってなことになれば、それはそれで、なんとかなるんじゃなかろうか。

考えることの 2% でも、人におもしろがってもらえるなら、生きていく価値があろうってなものだ。そうでも思わないと、ブログの毎日更新なんて作業はやってられないのである。

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2016/05/27

ワードローブの 「戦線縮小」 が楽しい

私も再来月には 64歳という年になる。生きてもあとせいぜい 20年だろうから、だんだん人生の 「戦線縮小」 をしようという考えになっている。余計な持ち物を減らし、どうでもいい人との付き合いを減らす。そうすることで、本当に大切なモノと人だけに、意識を集中したいのである。

とりあえず最近は。ワードローブの中身を減らすことを楽しんでいる。今は仕事を選んで堅苦しい仕事は極力避けているから、ありがたいことにスーツを着る機会がめっきり減った。今持っているスーツは、春夏物と秋冬物各 1着と、冠婚葬祭用が 1着の、合わせて 3着だけである。これだけあれば、十分すぎるほどで、新たに買う気は毛頭ない。

実は着る頻度は冠婚葬祭用が一番高い。これは背中に裏地のない夏物だが、冬はユニクロのヒートテック肌着を着れば全然寒くない。冠婚葬祭用が夏物だけで済んでいるのだから、普通のスーツも秋冬物は処分してもよさそうな気がするが、さすがにそこまではまだ踏ん切りがついていない。

踏ん切りが付かないといえば、ワードローブの中で一番邪魔くさいのが、ロングサイズの本格的なトレンチコートである。スーツを着る機会がないのだから、トレンチコートも年に 1度着るかどうかだが、それだけにまだ新品同様だ。まあ、2年に 1度ぐらいの着用機会のために、ずっと 「新品もどき」 として持っていてもいいかもしれない。

ネクタイは慶事用の白と弔事用の黒は、お約束だから仕方なく 1本ずつ確保している。それ以外では、水玉の明るめが 1本に、地味目が 1本だけだ。地味目の方はポリエステル素材で、バッグに放り込んでもシワにならないタイプ。ネクタイは月に 1度もしないので一生擦り切れることもないだろうから、多分もう買わずに済む。

白のいわゆる 「ワイシャツ」 も、冠婚葬祭以外ではまず着ないから 2着残してあとは処分した。1着だけでも十分だろうから、どちらか早く擦り切れた方を処分するつもりだが、着用機会が少ないのでなかなか擦り切れず、捨てるに至っていない。

これ以外はいわゆるカジュアルウェアと自転車用ジャージしかない。普段はカジュアルなジャケットとジーンズで過ごし、これからの季節はポロシャツにジーンズである。このスタイルで仕事にも出かけるし、これで行けないような仕事は、基本的に受けない。気楽なものである。

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2016/05/26

もらって困るモノ

もらって困るモノというのがある。というか、もらい物って、実は困るモノの方が多い気がする。

まず困るのは、「置き物」 「飾り物」 の類いである。花瓶、置き時計、人形、得体の知れない書画の入った額、はたまたわけのわからない置物等々、我が家のインテリアはシンプルさを旨としているので、趣味の合わないモノは置きたくない。かといってもらい物は無闇に捨てるわけにもいかないので、本当に困る。

仕方がないので、数年間は物置にしまっておいて、ほとぼりの冷めた頃にバザーか何かに出す。ところがそういうモノの多くは、10円とか 20円とかいう値段でも売れ残る。多分 1円でも売れないだろう。しょうがないので、最後はリサイクルショップに持ち込む。大抵は 「値段がつきませんよ」 なんて言われるが、「タダでもいいから、引き取って下さい」 と、半ば強引に押しつけて、ようやくせいせいする。

衣料品も困る。最ももらうことが多いのは、オジサンの背広とビジネスシューズ姿に似合う靴下セットだが、10年経っても絶対に履かないと確信されるので、もらってすぐにウェス (汚れ拭き) にしてしまう。合繊使いが多いので油汚れには親和性があるようだ。

かなり前に勤め先の上司が定年退職する際に、「松坂屋お仕立て券付きシャツ地」 というのを記念にくれた。そのシャツ地というのが、軽薄なブルーのチェックで、まったくそそられなかったが、一応仕立てておかないと、後で顔を合わせることがあったら話の持って行きように困ると思い、帰りに渋々松坂屋に立ち寄った。

オーダーシャツ売り場というところには、怖い顔をしたオバサンがいたのを覚えている。こちらが恐る恐る 「あのぉ、ソフトな仕立てにしてもらいたいんですが......」 と言っても完全に無視され、強引な採寸の後に受取券というのを押しつけられた。数日後に受け取りに行くと、案の定、襟とカフスに段ボールが入っているのかと思うほどのガチガチにハードな仕立てのシャツになっていた。

それはもう 「100年経っても絶対に着ない」 という代物で、嫌悪感さえ覚えたので、そのまま駅のゴミ箱に捨てて帰った。くれた上司とはあまりいい関係でもなかったし、「持って帰るだけ馬鹿馬鹿しい」 ってな感じである。私のサイズなので、人にあげるわけにもいかないしね。

食ってしまえば後に残らない食べ物関係ならもらいたいという人もいるが、私は近頃肉類を食わないので、ハムだのサラミだのをもらうのは困る。インスタントコーヒーもほどんど飲まないし、妙なドリップセットみたいなのがついたレギュラーコーヒーも、やたら面倒くさい。そもそもあれって、小さくパックすれば単行本一冊ぐらいのサイズに収まるのに、昔の百科事典 2冊分ぐらいの大げさな箱に入っているのもうっとうしい。

最近は香典返しとか引き出物とかで、カタログ付き商品券というのがある。一見すると選択の自由があるようにみえるが、そうした類いのカタログって、要するに中身は 「もっともらしく見えるだけの贈答品」 だから、実は欲しいモノなんてない。要するに 「贈答品」 の市場って、いりもしないもので成立しているようなのだ。

結局のところは身も蓋もないようだが、単純な商品券というのが一番ありがたい。かさばらないから持ち帰るのが楽だし、本当に使えるモノに交換できる。しかし世の中には、自分のセンスに根拠の伴わない絶対の自信をもっている人というのがいて、 「この私の選りすぐりなんだから、謹んで受けなさい!」 みたいな勢いで、気合いの入った邪魔物を押しつけてくる。

そういうのって、はっきり言って 「ありがた迷惑」 の極致である。

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2016/05/25

飲み会、とっくにやめている

私は基本的に 「おごられる」 のが苦手である。自分の飲み食い分ぐらいは、自分で払いたいと思っている。さらに、接待でもなんでもない部署内の人間だけのいわゆる 「飲み会」 を、会社の 「経費」 で落とすのも苦手である。割り勘なら、まだ安心するのだが。

しかし会社勤めをしていた時代には、「当然ながら、自分では払わない」 というケースがあった。それは上司が 「どうだ? たまには 1杯やらんか?」 などと、「飲み」 を誘ってきた場合である。こうしたことはできるだけ断っていたというか、誘われないように立ち振る舞っていたのだが、仕事の延長というムードがありありで、「今回は断りにくいな」 というケースがたまにある。そんな場合は、仕方なく付き合っていた。

そんな時には、私は決して払わない。なにしろ 「仕事の延長みたいな雰囲気満々」 のくせに残業代もつかないことに、渋々付き合うのである。ただで飲み食いしても嬉しくもなんともなくて、単に苦痛なだけなのだから、その 「苦痛の代償」 を相手に支払わせることに、何のてらいもなかった。

ところが上司は決して自分の金でおごっているわけではない。領収書をもらって、経費で落としているのである。「だったら、勤務時間中にミーティングとしてやってもらいたいなあ」 と思うのだが、彼らは会社の金で飲み食いしながら、「仕事の話」 をするのが大好きなようなのである。そして、昼にやってくれれば 30分で済む話を、夜に 3時間ぐらいかけるのだ。

「酒が入ると、相手の人間性が理解できていい」 という人もいる。しかし、なまじ人間性を理解してしまったせいで、ますますその人とは付き合いたくなくなることが多い。ところが 「この人とは距離をおいて接したいなあ」 と思う人ほど、やたらと飲みに誘ってくるというパラドックスには、本当に悩まされる。

最近は昔ほど 「飲み会」 が頻繁ではないようで、なかなかいい傾向である。同僚や部下の 「限られた時間」 を尊重しようと思ったら、やたらと飲み会なんかに誘えないはずなのだ。「飲み食いしながらのフランクなコミュニケーションの場」 なんて、年に 1度の忘年会で十分じゃないか。

私は会社勤めから離れ、飲み会といううっとうしい慣習から解放されて本当にせいせいしている。今は出張先で合流するスタッフとも、晩飯を一緒に食べたら、あとは基本的にフリーというのがお約束だ。年に 1度ぐらいはじっくり飲みながら話すこともあるが、しょっちゅう誘ったりなんかしたら確実に敬遠されてしまうと、お互いに思っているから気が楽だ。一匹狼同士の方がずっと付き合いやすい。

ハフィントンポスト日本版編集長の竹下隆一郎氏が 「#飲み会やめる そしたら、人生変わる気がする」 という記事を書かれている。そして 「#飲み会やめる を考える」 というハフポスト日本版イベントが、6月 10日(金) の 18:30 開場、19:00 開始で開かれるらしいが、私の仕事環境では、飲み会なんてとっくにその使命を終了してしまっている。

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2016/05/24

ラニーニャだと猛暑になるというので

ここ数日、急に暑くなった。気温 25度以上の夏日は当たり前になって、30度以上の真夏日もちらほら出現してしまっている。子供の頃、夏休みの絵日記に天気と気温だけはきちんと書いていた (肝心の本文と絵はテキトー) が、30度以上になんて滅多にならなかった。それが 5月下旬で 30度を軽く越すのだから、温暖化はかなり進んでいるということだ。

今日なんかも、朝のうちに家の中の寒暖計が 28度を超していた。湿度が低くてさらっとしているからいいが、これでジメジメしていたら、朝から何もしなくても汗がダラダラ流れるような陽気になっていたところである。

ちなみにしばらく続いていたエルニーニョが終わって、今年の夏はラニーニャが発生するらしい。ラニーニャになると夏は猛暑に、冬は厳冬になりやすいなどと言われる。とはいえ、昨年はエルニーニョだったのに、冷夏になんかならなかったから、「ラニーニャだと猛暑というのも当てにならない」 と言っている人もいる。確かに、ラニーニャだと必ず猛暑になるというわけでもない。

とはいえ、昨年の夏の初めの頃はそんなに暑くはなく、「エルニーニョのせいで、冷夏のまま終わるかな?」 なんて思っていたのである。それがだんだん暑くなってしまって、8月に入った頃には猛暑になった。しかし、9月以後は死ぬほどの残暑というほどでもなく、なんとか生き延びたという印象がある。

もしかしたら、最近の 「冷夏」 って、あの程度のものなのかもしれない。全般的な温暖化で気温が底上げされてしまい、「冷夏」 とはいえ、8月にもなればそこそこ暑くなってしまうのだとしたら、かなり恐ろしい話になる。この新スタンダードをベースにして 「ラニーニャで猛暑」 なんて言った日には、とてつもない暑さになってしまいかねないではないか。

せいぜい体を鍛えて、暑さにやられないような体力をつけておく方がいいという気がする。

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2016/05/23

カモガヤ花粉症の季節

既に何度か書いているが、カモガヤという植物の花粉症に悩んでいる。これ、スギのような木じゃなくて、背の低い草なので、花粉が風で遠くまで飛ばされることがない。しかし我が家の周りにはうじゃうじゃ生えているので、この時期は大変なことになるのだ。

私は 2月から 4月にかけてのスギ花粉アレルギーがちょっと一段落したかと思うと、間もなくカモガヤのアレルギーになってしまい、これが下手すると 7月頃まで続く。つまり 1年のうち半分近くはアレルギーに悩まされるという、因果な体質のようなのだ。

私の妻はスギ花粉アレルギーには縁がないが、去年からカモガヤのアレルギーを発症してしまった。これに関しては私よりもずっと症状がひどく、医者に行って薬をもらっている。スギ花粉が大丈夫なのに、カモガヤなんていうマイナーなアレルギーで悩むとは気の毒なことだが、これで夫のスギ花粉アレルギーのしんどさを心から理解してくれるだろう。

それにしても、7月の声を聞いてアレルギーから解放されると、今度はじめじめとした湿気と暑さの季節になる。ああ、春から初夏という一番いい季節にアレルギーで鼻水とくしゃみと目の痒みに悩まされるとは、ムカつくことであるなあ。

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2016/05/22

大都市の選挙における 「知名度」 という魔物

昨日の 「どうしてまともなと知事が選ばれないのか?」 という記事の続編である。昨日の記事には、K.N さんが次のようなコメントをしてくれた。

先日TV番組で、あるアナリストが言っていたことですが、都知事に当選するには、「政治手腕・資質プラス『知名度』が必要なのです。」 とのこと。

候補者の 「政治手腕・資質」 なるものを一般市民がある程度把握するには結構な時間、手間、若干の費用を費やさなければいけないし、そこまでやって選挙に臨む人っていないのでは・・・。結局、メディアに露出しまくって、口達者で、一見知識人的な人を気軽に選んでしまったのでしょうね。

うぅむ、多分、これなのである。 これが 「どうしてまともな都知事が選ばれないのか?」  との疑問への最もわかりやすい解答だ。

これだけ情報社会となって、ちょっとインターネットにアクセスすれば溢れるほどの情報があるのに、有権者の多くは、単にメジャーなメディアに登場しまくって、「口達者で、一見知識人的」 という印象の人に貴重な 1票を投じてしまう。そして東京都のような大都市圏では、「メディアに登場しまくる人が存在して、その中にはその知名度を選挙に利用する人がいる」 ってなことなのだ。

さらに割り切れないことに、わざわざ投票所に行く人の多くが、「知名度」 なんていう薄っぺらな基準に左右された投票投票行動を示すのである。有権者のたかだか半分以下しか投票所に足を運ばないというのに、その 「わざわざ投票所に行く、意識ある有権者に見える人たち」 の投票行動が、その程度のものなのだ。

どうして大都市においてこんなことになるのかといえば、それは 「大都市だから」 としか言えない。田舎の選挙なら、候補者の人となりを多少なりとも口コミなどで伝え聞くことが可能だが、隣に住む人との交際もほとんどない大都市においては、メディアへの露出度がモノを言う。そしてメディアへの露出度がハンパじゃない候補者が、大都市には当たり前に存在してしまうのでとにかく始末が悪い。

選挙期間中はさしものインターネットも、その強力な情報力が制限されてしまう。下手なことを書くと選挙妨害として訴えられかねないから、まともな人はまともなことを書きにくくなる。そして無責任な情報だけはあふれかえるから、インターネットそのものの信頼度が低下する。

その結果、それまでのメジャーなメディアへの露出度だけが力をもってしまう。そう考えると、あの青島幸男さんを選んでしまったことや、大阪で横山ノック府知事が誕生したことなどの意味が理解される。

逆に言えば、「知名度なんかくそ食らえ」 と思っているような 「冷めた人たち」 は、投票所に行かないのである。それで私はずっと、都知事選挙の結果をみてびっくりしっぱなしだったのだ。「まともにモノを考えて選んだ結果とは信じられない」 と思ってきたが、よく考えれば単純なことで、実際に 「まともにモノを考えて選んだ結果」 なんかじゃなかったのである。

これまで、田舎の選挙の汚職まみれに暗澹たる思いでいたが、大都市圏では別の意味での 「民主主義の危機」 が存在するわけだ。これは大都市における投票行動が、 「民主主義そのものがもつ最大の弱点」 である 「ポピュリズム」 の傾向に振れやすいことを意味する。

インターネットの情報力がもっと地に着いたものとなれば、このリスクは乗り越えられる可能性があるが、逆に、より極端なポピュリズムの方向に振れてしまうリスクもある。

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2016/05/21

どうしてまともな都知事が選ばれないのか?

桝添都知事に、まさに十字砲火のごとき非難が浴びせられている。東京都民の間でも、「セコい」 だの 「ネコババ」 だの、散々な言われようだ。しかし私は東京都民じゃないから、「その桝添さんを選んだのは、あんたたち東京都民でしょ」 と言いたくなってしまうのだよね。

「いや、あの時の投票率は 46%しかなくて、桝添さんはそのうちの 43%を得ただけだから、都民の 20%が支持したに過ぎない」 と反論する人もあるかもしれない。しかし、投票率 43%という時点で、半数以上の有権者は、最有力候補を暗黙のうちに支持したといわれても仕方ないのである。桝添さんが嫌だったら、積極的に対立候補に投票すればよかったのだから。

世の中は米国のトランプ旋風を呆れて見ているが、私に言わせれば、東京都知事選挙だって相当いい加減なものだった。昔から都知事にはろくな人がいない。1979年に当選した鈴木俊一さんがややましな都知事で、その前の美濃部さんがガタガタにしてしまった都財政を立て直してくれた。しかしよせばいいのに四選なんかしちゃったものだから、末期には裸の王様状態だった。

その後の青島幸男さんは、他に文句を言う才能はずば抜けていたが、自分が当事者になった途端に、何もできない人になってしまった。あの頃都庁に行くと、役人たちがものすごくだらけていたのを覚えている。都知事が役人になめられていたのだ。

青島さんとしてもさすがに居心地が悪かったらしく、一期でやる気をなくして、その後に都知事になったのが、石原慎太郎さんである。この人、ある意味 「恐怖政治」 を敷いたものだから、都庁の中が青島時代から一転してピリピリした緊張感に包まれていた。役人がだらけなくなったのはいいが、政策的には、米国のトランプ氏のさきがけみたいなものだったと、私は思っている。

石原さんの三選だけでも私は呆れて見ていたのに、さらに東京都民は四選さえもさせてしまった。私は 「あの、文句を言うだけで当事者能力ゼロの青島さんを選んだ人たちだもの、石原四選もしょうがないか」 と、無理矢理に自分を納得させたものである。

そして友だちのいない猪瀬さんの後に、「人の金なら使い放題だぜ」 の桝添さんである。桝添さんは今は辞任の素振りは全然見せていないが、任期を半分以上残してレイムダック状態なのだから、多分もたないだろう。

次の都知事選挙になったら、東京都民には今度こそまともな都知事を選んでもらいたいと思う。本当にそう思うのだが、青島、石原、猪瀬、桝添と、こんなにも連続してびっくりするような人を選んでしまっているのだから、実際には期待するだけ無理なのかもしれない。すっかり失望してしまう前に、予防線として期待しないでおこうという気にさえなってしまう。

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2016/05/20

観光立国とホテル事情

昨日まで関西方面に 2泊 3日で出張したが、これに限らず、私は日本中のあちこちに出張する機会が多い。その上での実感なのだが、近頃、ホテルがとてもタイトである。

17日夜は大阪市郊外のホテルに泊まったのだが、それは大阪市中心部のホテルが満杯で予約できず、郊外に押し出されてしまったのである。10日前ぐらいの段階で、そんな状態だったし、来月の名古屋出張では、1ヶ月前からいつものホテルの予約が取れない状態だ。

東京、大阪、名古屋、京都など、大都市のホテルは、一昨年ぐらいまでは繁忙期でもなければ 3日前でも十分に予約できたが、今や 10日前や 2週間前の予約が難しい。最近では、仙台、金沢、広島、福岡など、地方の中核都市のホテルもかなりタイトになったし、さらに小樽、長崎、など、地方の観光地のホテルもやたら予約しにくくなった。

これは中国人などの外国人旅行客の急増によるものだ。ちょっと前までは、東京や大阪などの大都市で 「爆買い」 やディズニーランド、USJ などに集中している印象だったが、昨年頃からは 「こんなところにまで観光に来るのか」 と驚くほどの 「中堅どころの観光地」 にまで、ツアーが押し寄せている。主なところは一巡してしまい、「穴場」 が求められる段階になってしまったのだろう。

政府は 「観光立国」 なんてことを言っているようで、2020年までに訪日外国人旅行客を、2000万人に増やすという目標を掲げている。一昨年は 1300万人規模にまで急増したというのだから、さらにその 3割増しを狙っているというわけだ。

私がホテル不足を実感し始めたのは、昨年辺りからである。この上、観光客の増加ばかりを狙って、宿泊施設の充実が後回しになったら、とんでもないことになる。本当に仕事に差し支える。

政府は昨年頃から 「民泊」 なんてことを言い出した。「民宿」 との違いは、簡単にいえば簡易宿泊施設として登録してあれば 「民宿」 で、フツーの民家で泊めたら 「民泊」 ということになるらしい。しかし昔話のような 「山中で日が暮れてしまったので、一夜の宿を」 なんてわけにもいくまいし、なかなか大変なことになるだろう。

30年ほど前に、ここつくばの地では、「つくば万博」 というイベントがあり、その時も宿泊施設の不足が問題となった。その解決策として、一般家庭に泊まってもらうなんてことが言われ、そのために 「トイレ水洗化のための補助金」 という時代を感じさせるお金が結構支払われたようだ。また、「列車ホテル」 なんてのも話題になって、空き地に昔の客車が突然現れたりした。

しかし実際問題として、つくば万博に来た観光客が、列車ホテルや一般民家に泊まったなんて話は、ほとんど耳にしなかった。そりゃそうだ。当時の観光客は、つくば周辺で泊まれなかったら、東京のホテルに泊まっていたのだろう。トイレ水洗化の補助金や、列車ホテルの設置にかかった費用は、「一体、何だったんだ?」 ということだ。

最近の 「民泊」 にしても、マンションの空き部屋に得体の知れない外国人が泊まって、夜中まで騒音をまき散らしたりする問題が発生したりしている。ほとんど歓迎されない状態だ。ましてや 「ホームステイ」 の延長のような考えで家の部屋を提供するなんてことは、期待できるはずがない。

都心部で新規ホテルを作ろうとしたら、フツーのビジネスホテルを建てても採算が取れないだろうから、ゴージャスなシティホテルだけが増えてしまう。すると、私のように出張で泊まるというニーズにはまったく役に立たない。需給マッチングが図られずに、いびつな状態になってしまうだろう。

あるいは中国の経済発展が明確な踊り場にさしかかって、外国旅行者が減少してくれれば、この問題は一挙に解決する。なんとなくそんなところに落ち着くんじゃないかという気もするのだが、さて、どうなるだろう。

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