2017/08/23

桃を食って前歯が欠けた

実は昨日、桃を食っていて下の前歯が欠けてしまい、今、歯科医で義歯を誂えてもらっている。煎餅とか漬物とか、あるいは同じ果物でもリンゴとか、もっと歯ごたえのあるもので欠けたならまだ諦めも付くが、こともあろうに桃ごときで歯が欠けるとは、我ながらショックである。

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『吾輩は猫である』 に出てくる水島寒月君は、寺田寅彦がモデルと言われているが、この人が椎茸を食って前歯が欠けたまま、恩師の苦沙彌 (くしゃみ) 先生の家に年始に来て、「椎茸で前歯がかけるなんざ、何だか爺々 (じじ) 臭いね」 と茶化される。椎茸で欠けて爺々臭いのだから、桃で欠けるのはさらに爺々臭いだろう。

歯科医の先生は 「欠ける時はどんな柔らかいものを食べていても欠けます」 と言ってくれた。「元々ヒビが入っていたんでしょうから」

これはある意味、ありがたい慰めの言葉なのだろうが、自分の歯に桃ごときで欠ける原因になるほどのヒビが入っていたというのだから、よく考えればその方がショックである。

先月は白内障の手術をしたし、自分では若いつもりでいても、65歳の年はごまかせないと思ってしまったよ。やれやれ。

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2017/08/22

松山千春の神対応?

Twitter で Jizi_t さんが、例の離陸が遅れた ANA 機内での松山千春の 「神対応」 (参照) について、「余計いらっとするやん。私、あの人の歌好きやないねんもん (-_-;) 」 と  tweet しておられる (参照)。実は私も同感なので、「よくぞ言ってくれました」 との意味で 「いいね」 させていただいた。

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産経新聞の記事を読む限りでは、歌い終わると 「機内のムードは一変して拍手と歓声が沸き起こった」 とある。まあ、彼の歌の好きな人にとっては 「災い転じて福」 となったのかもしれないが、逆に 「余計いらっと」 しちゃった人も確実にいただろう。私だったら個人的な趣味として、口直しに iPhone で好きな曲を聞き直しちゃうところだ。

でもまあ、全体的にはイライラ感が和らげられたらしいから、よしとしておこう。それでも Jizi_t さんの言うように 「神対応」 とはちょっと言い過ぎだと思う。これに類した状況で、ミュージシャンがボランティア的なパフォーマンスをすることは、そんなに稀なことじゃないしね。

それから最後に一言。松山千春が機内で 「1フレーズ」 歌ったという tweet があるようだが、それって、「1コーラス」 の間違いだろうね。いくらなんでも 「1フレーズ」 じゃかえって人を馬鹿にした話になってしまう。

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2017/08/21

未制覇の県庁所在地

私は仕事で日本中のあちこちに出張することが多く、世間はお盆休みだった時期も、関西から九州まで駆け抜けていた。ちなみに日本の全都道府県制覇を達成したのは一昨年の 8月のことで、最後まで残っていたのは、鳥取県だった (参照)。さすがに日本で一番人口の少ない県というだけあって、なかなか用事ができなかったのである。

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ちなみに私の 「全都道府県制覇」 というのは、単に通り過ぎただけというのは勘定に入れていない。足を踏み入れたというだけでなく、ちゃんとした目的があって行き、一泊以上したという事実をもって、「制覇」 としている。

ただ、すべての都道府県で一泊以上はしたものの、すべての県庁所在地で一泊以上したというわけではない。そもそも私は、自分の出身県である山形県の県庁所在地、山形市では泊まったことが一度もない。山形市に用があって行っても、夜は温泉のある隣の天童市に泊まったり、ちょっと足を伸ばして実家に戻ったりしてしまうからだ。

その他、ざっと挙げると、群馬県では高崎市に泊まったことはあっても、県庁所在地の前橋市に泊まったことがない。栃木県でも日光には泊まったし、キャンプだって何度もしたが、宇都宮市での宿泊経験はない。3度行ったことのある大分県でも、さすがに大分市に泊まるよりは、3度とも温泉のある別府市に泊まった。これは人情というものである。

それから青森県では南部側の八戸市には 2度泊まり、八幡平では何度かキャンプしたが、津軽側の青森市にはまともに泊まったことがない。「まともに」 というのは、中学生の頃に北海道に渡る際に、台風で青函連絡船が止まり (当時は青函トンネルがなかった)、青森駅構内の列車で一晩過ごしたことがあるだけだからだ。一度でいいから青森市内でまともに一晩過ごしてみたいものである。

それどころか、通り過ぎたことはあっても、駅に降り立ったことすらない県庁所在地というのもあり、それは静岡市だ。東海道新幹線で通過したことは何度あるか数え切れないほどだし、静岡市より人口の多い浜松市には数度行き、袋井市なんていうところに 2度も泊まったが、県庁所在地である静岡市には不思議に縁がない。

さらに縁のないのは、三重県の県庁所在地、津市である。名張市、伊勢市、伊賀市には泊まったことがあるが、津市は伊勢に行くときにちらりとかすめただけで、申し訳ないが印象すら残っていない。

印象のなさで言えば、山口県山口市というところも、一度も行ったことがないような気がしていたが、よく思い出してみると、これまで 2度も行ったことがあるのだった。しかし用事があったのは山口市だったが、その時に泊まったのは防府市と萩市だったのだよね。申し訳ないけど、2度も行ったにしては、全然印象がない。

ただ今後の希望としては、静岡市と津市に行くよりも、島根県の出雲より向こうと、飛騨の高山に行ってみたい。島根県の松江市と出雲市には何度も行ったが、旧国名でいう石見国には、まだ足を踏み入れたことがなく、岐阜県でも行ったのは南側の美濃国だけで、北側の飛騨国は踏破していないのである。

そんなわけで、石見と飛騨は近いうちに是非行ってみたい。

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2017/08/20

シンバルを土に埋めるという荒技

1週間前の話になってしまうが、TBS ラジオの 『日曜天国』 という番組に、ドラム奏者の、むらたたむさんという女性がゲストで登場していて、「シンバルを土に埋めると、いい音になるらしい」 という話が出た。ドラマーの中には、実際にそうする人がいるらしい。

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「土に埋めるなんて、大島紬みたいだな」 と思ってしまった。大島紬というのは奄美大島の独特の土壌の中に埋めることで、染料が化学反応を起こしてあの深い色合いが出るという。シンバルも土に埋めて多少錆びさせてからの方が、いい音になると主張する人がいるというのである。

実際問題として新品のピカピカのものより、いい具合にサビが浮いて熟成されたシンバルの方が、シブい音が出るような気もする。そういえば、いい感じのドラマーのシンバルで、ピッカピカの新品というのはあまり見ない。

しかし、本当のところはどうなんだろう。聞き比べたこともないし、単なる都市伝説に過ぎないような気もする。一流のドラマーのシンバルがピカピカじゃないのは、単に年季が入っているだけという方が説得力ある気もするし。

それに土に埋めるにしても、1週間やそこらではあまり変わらないだろうから、結構長期間埋めておかなければならないだろう。なかなかスパンの長い話で、そんなことをする度胸のある人はそんなに多くないんじゃあるまいか。

ここまで考えて、「シンバルを土に埋める」 というのは、大島紬というよりジーンズの 「ケミカルウォッシュ」 のようなものだと気付いた。放っておけばそのうちに実現できる効果を、時間をかけずに無理矢理獲得するという点で、とても似ている。

さらケミカルウォッシュというのは、昔の旧制高校のバンカラ学生が、制服や帽子、マントを石でこすったり、手拭いを醤油で煮しめたりしていたという伝統と共通すると思っている。ケミカルウォッシュや、その原型のストーンウォッシュは、日本で誕生した加工法だからね。だから 「シンバルを土に埋める」 というのも、とても日本的な発想かもしれない。

そもそも、楽器を土に埋めるなんていうのは、シンバル以外には考えられない。同じ金属でも金管楽器なんか埋めたらとんでもないことになるだろうし、そもそもトランペットがサビサビだったりしたら恥だろう。ましてや自分の楽器を土に埋めるギタリストなんていない。

シンバルを土に埋めるという荒技、実際にやってみた人がいたら、是非コメント欄でその効果をレポートしてもらいたい。

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2017/08/19

食器洗い乾燥機は、ウチのライフスタイルに合わなかった

Business Journal に  「超便利でいいことずくめの食器洗い乾燥機、なぜ売れない? 誤解だらけのデメリット」 という記事がある。百年コンサルティング代表取締役の鈴木貴博さんという人の記事で、基本的に 「食器洗い乾燥機ってこんなに便利なんだから、是非使いましょうよ」 というトーンで書かれている。

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ただ、私は個人的にこの見解には 「そうかなあ」 と思ってしまう。我が家のライフスタイルに食器洗い乾燥機は合わないと、経験則から認識しているからだ。なにしろ我が家では、実際に 2台の食器洗い乾燥機を使ったことがあるのだが、どちらも便利さよりもストレスを感じる方が多かった。

最初に食器洗い乾燥機を買ったのは、我が家の娘 3人がまだ小さかった頃だから、20年以上前のことだったと思う。ウチの食器洗いは、きちんと決められているわけじゃないが、夫の私が担当することが多い。で、個人的な印象としては、「買ったはいいが、使うのはかなりのストレス」 というものだった。

何しろ当時は 5人家族だったから、食器の量が多い。食器洗い乾燥機の中に大きさも形もバラバラの食器をそれなりにうまくセットするだけで、結構な手間がかかる。単に並べればいいだけではなく、食器にくっついた残飯などは拭き取ってからセットする方がいいというので、「洗う前にこんな作業をするんだったら、さっさと手洗いする方が早いわ」 と思っていた。

で、実際やってみると、食器洗い機の中に食器をきちんとセットする時間と、手洗いで済ませる時間の差はごく僅かでしかないのだ。しかも食器洗い機だと、セットしてから延々と電力を使って回し続けなければならない。手洗いならとっくに終わっているのに、ゴーゴージャブジャブやられるのって、結構なストレスなのである。

これは我が家の食事が、あまり脂っこくないということも関係している。ほとんど水とアクリルたわしだけでチャチャッと洗えて、たまに石けん (食器洗い洗剤じゃない) を使えば済む。私は荒れ性じゃないので、冬でも冷たい水で洗う方が手がきれいになるし、水桶に溜めて洗えば、食器洗い機派が言うほどに水の使用量も多くならない。

たまに来客があって食器の数が増えると、食器洗い機では 1度で洗うことができず、入りきれない分は手洗いすることになる。だったらわざわざ 2ラインにわけるより、全部手洗いする方がずっと早く片付く。で、数年して自然に故障したのを機に処分してしまった。使わずに放ったらかしにすると案外故障も早いのかもしれないが、「厄介払い」 という気がして、惜しいとは思わなかった。

2台目は、娘たちがそれぞれ独立して夫婦 2人だけの生活になってから、娘の 1人がプレゼントしてくれたものである。せっかくプレゼントしてもらって申し訳ないが、家族 5人でも食器洗い機がストレスになるというライフスタイルなので、夫婦 2人だけだと、ますます手洗いであっという間に終わる。手間をかけてセットして、延々とゴーゴージャブジャブする気にはならない。というわけで、2台目もそれほど使う機会もないまま、いつの間にか故障したのを機に処分してしまった。

食器洗い機で不便なのは、食器、とくにグラスやカップなどを、洗浄作業中に取り出して使いにくいことだ。つい棚から別の食器を出して使ってしまいがちになり、日常的に使う食器の数が増える。少ない数の食器をこまめに繰り返し使う方が、私の性分には合っているので、これもストレスになる。

「使いもしないで偏見で言ってる」 というわけじゃなく、実際に 2台も使った上で言うのだが、少なくとも我が家のライフスタイルでは、食器は手洗いの方がずっとストレスがない。

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2017/08/18

「モリリン株式会社」 という社名のアクセント

高速道路を運転しながらラジオを聞きっぱなしでいると、時々ラジオショッピングで 「モリリンの寝具」 や 「モリリンのタオルセット」 などが紹介されるのを聞くことがある。「モリリン」 という会社は繊維業界で長く仕事をしていた私にはお馴染みの会社で、しかも江戸時代初期から続くという老舗である。

ただ、テレビショッピングやラジオショッピングの音声情報として 「モリリン」 という名前を聞くと、ちょっとガクっときてしまったりする。というのは、繊維業界では 「モリリン」 の名称はどこにもアクセントをおかず、平板で呼ばれるのが普通だが、テレビやラジオの MC は上の動画にあるように、初めの 「モ」 にアクセントを置いて発音される。『ドラゴンボール』 に出てくる 「クリリン」 と同じアクセントになってしまうのだ。

「はあ〜」 とため息をつきながら、私は思う。「モリリン (平板型アクセント) も、最近では 『モリリン』 (『クリリン型アクセント』) なんて、どこか外国の会社みたいな感じで呼ばれるようになってしまったのか。世の中、変わってしまったのだなあ」

モリリン株式会社の社名は、Wikipedia にあるように (参照)、江戸時代の創業当時の名称だった 「森林右衛門商店」 を由来としているという。読み方はもちろん 「しんりんえもん」 じゃなく、「森」 (もり) が苗字で 「林右衛門」 (りんえもん) が名前だから、略して 「もりりん」 なのだ。

そして 「榎本健一」 が 「エノケン」 と呼ばれ、「マツモトキヨシ」 が 「マツキヨ」、「木村拓哉」 が 「キムタク」 と呼ばれるように、少なくとも東日本では姓名を縮めて呼ぶ時は平板型のアクセントになると相場が決まっている。だから 「モリリン」 も、業界では平板型で呼ばれていた。

ただしかし、西日本ではそうとばかりも言い切れないと思い当たった。モリリンは愛知県一宮市に本社を置く会社なのだが、そういえばあの辺りから先の西日本の人たちは 「平板型」 ではなく、またちょっと変わったアクセントを置いていたような気もするなあと思い、いろいろ検索してみたら、24年前の TVCM でその痕跡を発見した。

なんと、「モ」 の次の 「リ」 にアクセントが置かれてる。「手間賃」 「果樹林」 と同じアクセントだ。もしかして、これがオリジナル・アクセントなのか、それとも関西型なのか。いずれにしても、「クリリン型」 の 「モリリン」 と同じ会社とは思われないほどである。

とにかく、こうして時代は変わるのである。あるいはカタカナの 「モリリン」 にした時から、こうなることは運命づけられていたのかもしれない。でも漢字の 「森林」 では 「しんりん」 と呼ばれちゃっただろうしね。

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2017/08/17

「物言わぬ人たち」 の、電車内の価値観

「電車の中でスマホを操作しっぱなしは、いかがなものか」 なんてよく言われるが、私は 「そんなどうでもいいこと、放っといてくれ」 と思う。車内で新聞を広げるよりずっと迷惑にならないし、そんなことより、もっと大事なことがいくらでもあるだろう。

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ちなみに私が地方出張で電車移動する時なんて、まさにずっとスマホをのぞき込んでいる。何しろ初めて乗る電車というのが多いし、地方は本数が少ないので、降車駅や乗り換えを間違えたら大変なことになる。「乗換案内」 アプリを駆使しなければならないのだ。さらに訪問先の情報もすべてスマホに保存してあるので、到着前にしっかりと頭に入れておかなければならない。

昔だったら手帳にメモするか、あるいは A4 サイズの用紙にプリントアウトしたものをクリアフォルダーにびっしりつめて、それとにらめっこしていたものだが、最近はスマホがあれば紙はいらないのでありがたい。何しろ、紙って案外重いから、できるだけ減らしたいではないか。

ところが電車内で A4 用紙の束を必死に読んでいれば 「仕事熱心な人」 と思ってもらえるが、スマホをのぞき込んでいるのは、「暗くてうっとうしいやつ」 ということになってしまうらしい。電車内というのは、「紙媒体は OK だが スマホは No Good」 という 「物言わぬ人たち」 の価値感が実効支配する空間であるらしい。

話は変わるが、先日、出張から帰って来て、秋葉原から 「つくばエクスプレス」 に乗った。日はすっかり暮れて、勤め帰りのオッさんが多い。私は運良く座ることができたが、出発する頃には、車内の座席はすべて埋まり、立っている人もいた。

そんな中、ドアをはさんで離れた位置に、1人の中年女性がつり革に掴まって立っていた。それ自体はどうということもないことなのだが、問題は彼女の背負ったリュックである。ファスナーが大きく開きっぱなしで、中からモノがこぼれ落ちそうなのだ。

「リュックが開きっぱなしですよ」 と一声かけてあげようかと思ったが、私からはちょっと距離がありすぎて、小さな声で注意して上げるには席を立ち、10歩ぐらい歩かなければならない。それならわざわざ私が言わなくても、近くの人が注意してあげるだろう。

ところが近くにいる人たちは、誰も声をかけない。中身がこぼれ落ちそうなリュックがよほど気になるらしく、皆がちらちら眺めてはいるのだが、アクションをとる者が一人もいないのだ。私には信じられない光景である。まあ、そもそも空いているわけでもない電車内でリュック背負ったままというオバさん自身も、「ちょっとね」 ということではあるのだが。

よほど席を立って彼女の近くまで行き、一声かけてあげようかと思った時に、彼女の目の前の座席が空いた。私は 「よかった。座る時にリュックを降ろせば、いやでも気付く」 と安心したのだが、彼女はなんとリュックを背負ったままどっかりと座ってしまった。そして次の駅ですっくと立ち上がり、そのまま降りて行ったのである。その後どうなったかは、知らない。

電車内でスマホを操作する人を陰で非難する人というのは、もしかしたら、リュックの口からモノがこぼれそうになっているオバさんに、一言注意してあげる親切さも持ち合わせない 「物言わぬ人たち」 と、かなり重なるんじゃあるまいか。確たる根拠はないのだが、私はこの夜、直感的にそう思ってしまった。

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2017/08/16

リモートワークになったら、「サボる」 か?

「しらべえ」 というサイトのちょっと前の記事だが、"リモートワーク導入で社員の 3割 「サボる自覚」 喫煙との関係も?" というのがある。喫煙者とゲーマーは、とくにサボりたがる傾向が強んだそうだ。

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私は今は自由業だし、企業に務めていた頃にしても、あちこち出向いて取材し、原稿にして送っちゃえばいいという仕事が多かったから、まあ 「自然にリモートワーク」 みたいなことになっていた。だから空き時間には喫茶店で時間を潰したり、大幅に時間が空いてしまったら映画なんか見たりするのが、ごくフツーだった。要するに 「やるべきことをやりさえすれば、あとは自由でしょ」 ってなもんだ。

だから、上記の記事の調査にしても、「リモートワーク」 において 「サボる」 と答えた人たちが、どういう意味で言ってるのか、よくわからないのである。単に 「9時から 5時まで、1時間の昼休みをはさんで PC に向かいっぱなし」 でさえあれば 「サボってない」 と思っているのだろうか。

オフィスに縛り付けられるシステムから離れたら、「サボる/サボらない」 の意味合いが全く違うんだから、こんなアンケートをとってもナンセンスでしかないと思うがなあ。「さっさと仕事をこなして、あとは残った時間を自由に使いますか?」 という質問だったらわかる。そしてその質問には、「はい」 と答える以外の選択肢なんかないだろう。

ちなみに喫煙ということでいえば、タバコなんかすってる暇があったら、さっさと仕事をこなしてしまって、残った時間を自分のために有意義に使う方がいいだろう。その意味でも、喫煙は非生産的である。

さらにいえば、「みんな一緒」 の環境から離れてしまうと仕事ができないタイプの人にとっては、リモートワークというのは、とまどいがちな労働環境になってしまうのかもしれないなあ。

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2017/08/15

「ちょっとデキる女」 の話し方スタイル

ちょっと古い記事だが、AERA dot. で、北原みのりさんという人が 「週刊朝日」 に書いたという 「三浦瑠麗を真似してみた」 というのを読んだ。テレビも週刊誌もあまり縁のない私は、北村みのり/三浦瑠麗というお二人の名前を知らず、「瑠麗って何て読むの?」 なんて思ったほどだから、まあ、何の先入観もなく読めたわけだ。

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北原さんによると、三浦瑠麗さんという人は 「今をときめく国際政治学者で、東京大学卒業、30代、美人」 であり、「オジサンは右も左も関わらず、メロメロ」 というほど、とにかくオジサン受けがいいらしい。「たとえご発言に中身がなくても、自信に満ちた調子で場を制する様子は、対論側が視野狭く、物知らない人に見えてくるほど」 なのだそうだ。ふぅん。

そしてこの週刊朝日の記事の内容というのは、会議でオジサンたちに疎ましがられ気味の北原さんの友人が、「会社で三浦瑠麗を真似してみた」 ところ、「びっくりするくらい、オジサンたちの受けがいい! 企画がすぐに通った!!!」 のだそうだ。つまり三浦瑠麗さんという人は、話の内容よりもその 「スタイル」 に説得力があるらしい。

その 「スタイル」 というのはどんなものか、以下に引用しよう。

それはまず顎を引き、首を傾け、上目遣いで相手をじっと見つめることからはじまる。語る時も同様、首を傾げたまま、斜め下から目力強めに、でも口元には笑みを忘れず、かといってそれは媚ではなく寛容と不敵さを絶妙に混ぜること。そして発言する時も、自分の意見をまず述べない。まずは「◯◯さんが仰ることはごもっともなんです」 と肯定した上で、「◯◯さんが仰るのは、こういうことですよね」 と頼まれてもいないのに解説をし、それから 「ただ私が申し上げたいのは2点です」 と論点の数を言ってから意見を言う。

よくそこに気付いたね。これは私も、ほかでもない小池都知事の話し方として気付いていたこととかなり共通する。三浦瑠麗さんという人の話し方を聞いたことがないので、何とも言えないが、ニュアンスとしては多分、小池さんの方がちょっとソフト・バージョンなんじゃあるまいか。

いずれにしても 「ちょっとデキる女性」 がこんなふうなやり方、つまり 「上目遣いで斜め下から目力強め」 で、相手の言い分を一応は理解したふりの話し方をすると、日本のオジサンたちには効果抜群のようなのだ。ただ、せっかく前々からこのことに気付いていたのに、私は男なので、このやり方をそのまま踏襲しても意味がない。甚だ残念である。

というわけで、私は小池都知事という人に関して 「団塊の世代以前の価値感とスタイルを壊してくれること」 を期待しつつも (参照)、「この人、やることにそつがないよね。そつがなさ過ぎて可愛くないところもあるけど」 と (参照)、ちょっと警戒もしている。

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2017/08/14

太田市美術館・図書館 の "BITO" 騒動

ネットで調べ物をしていたら、どういう関連かだかしらないが古いニュースへのリンクが表示され、ちょっとした気紛れでクリックして読んでしまった。群馬県にある 「太田市美術館・図書館」 という施設関連のドタバタである。

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この施設は当初は 「おおた BITO 太田市美術館・図書館」 という名称とされていて、そのロゴをデザインしたのが、あの 2020 東京オリンピックの公式エンブレム問題ですったもんだした佐野研二氏だった。このデザインが、ジョッシュ・ディバインというデザイナーがアメリカの Dot Textile design firm のためにデザインしたものとそっくりというので、物議を醸していたのである。

ただ、上の画像で示したとおり、フツーに見ればこの程度で 「盗作」 なんていわれたら、世の多くのデザイナーがメシを食えないことになってしまう。しかし東京オリンピック関連の余波が大きかった時とあって市民の反発が大きく、アンケートの結果、改めてデザインを公募すると報じられたのが、一昨年の 10月のことだった (参照)。

このニュースは当時ちらっと見て知っていたが、私はデザインの類似性は全然気にならず、むしろ 「BITO って何だ?」 ということの方が気にかかっていた。佐野氏のデザインに表示されている正式英文名称であるらしい "Art Musium + Library, Ota" の、どこをどういじれば ”BITO" になるんだ?

そのわけがわかったのは、昨年 1月 6日付の "太田市、「おおた BITO」 の愛称使用中止 他者が商標申請中" という記事のおかげである。私はこのニュースを今日になるまで見落としていたので、当初の疑問が解けるまでに 1年 10ヶ月かかったわけだ。

記事によると、"BITO" という愛称の使用を諦めたゴタゴタの事情は以下のようなことらしい。

清水聖義市長は、「昨年夏ごろから登録申請をしている人がいる。愛称を使うと、あれは自分のものだと言う。残念だが使わないことにする」 と述べた。愛称の BITO は、美術館 の「び (BI)」 と図書館の 「と (TO)」 の頭文字をローマ字で表現し、昨年 6月に決定していた。

これを読んで、「BITO って、それかよ!」 と脱力してしまった。「ビトに行ぐべ」 程度の略称ならいいが、金をかけてロゴまで作ろうと気張っていた正式愛称の由来としては、ベタすぎるんじゃあるまいか。残念がってる市長さんには悪いけど、使用中止になって結果オーライだったねと、お喜び申しあげたいほどのものだ。

「太田市美術館・図書館」 のサイトをみると、英文名称は当初の "Art Museum + Library, Ota" ではなく、ごくさりげなく "Art Museum & Library, Ota" になっていて、とくに愛称はつけられていない。新たな愛称を考える前に力尽きてしまったのだろうか。

ちなみに建物は平田晃久氏デザインの素敵なもののようで (参照)、太田市に行く機会があったら是非立ち寄りたいと思うほどだ。駅からも近いようだし。

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«「エスカレーターの手すりにつかまろう」 という気持ち悪いポスター