2018/01/17

まだまだ寒い季節が続く

昨日辺りまでは、今日 17日は雨模様になるが、気温としては暖かくなるだろうという予報だった。ところが実際には、確かに雨模様とはなったが、決して暖かいというほどではなく、むしろ肌寒い一日なった。近頃の天気は、そう甘くはないようだ。裏の川に浮かぶ鴨たちも、寒そうな佇まいである。

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そういえば今月初め頃の天気予報で、某気象予報士が 「寒気は今がピークで、今後だんだんと緩んでくるとみている」 と発言していた。その根拠は、「この冬は、12月頃からずっと厳しい寒さが続いているので、そろそろ北極付近の寒気団も、「寒気の在庫」 が尽き始めているのではないかという話だった。

ところがあに図らんや、週間天気予報を見ると、今月末あたりから再び厳しい寒さとなり、「この冬一番の冷え込み」 になるだろうとされている。「寒気の在庫」 はまだまだ尽きていなかったようなのだ。まさに天気は甘くない。

毎年のことながら、今の時期は 「寒い寒い、春はまだか」 と、季節が変わるのを心待ちにするようになる。ところが待つ身にとっての時間の流れは長く感じるもので、なかなか進まない。そして来月中頃に一度春っぽさを観じてしまうと、そこから先は怒濤の早さだ。

というわけで、またあっという間に 1年が経って、来年になってしまうというのだろう。やれやれ。

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2018/01/16

「小正月」 が 「しょうしょうがつ」 になってしまうんじゃないか

昨日 1月 15日は 「小正月」 だった。読みは 「こしょうがつ」 である。関東の正月は、元日から 7日までが 「松の内」 だが、関西ではこの日までとするところが多い。そして関西式の方が歴史的な慣例に則っている。

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ところがこの 「小正月」 を、「しょうしょうがつ」 と読み違える人がやたら多い。4年前の 1月 16日に、"「小正月」 は 「しょうしょうがつ」 とも読むのかと思っちゃうほどに" という記事を書いているぐらいに多いのだ。もちろん辞書を引いても 「しょうしょうがつ」 なんて項目はないから、「こしょうがつ」の読みが正しいのは言うまでもないのだが。

ところで 4年前の記事には、次のように書いている。

「"しょうしょうがつ"」 というキーワードで検索しても、本日のところはわずか 23件しかヒットせず、しかもその中には、それまで 「しょうしょうがつ」 と読み間違えていたという記述の方が多い。とりあえず一安心したくなる。

ところが、4年前に 23件だったのが、今年はなんと、354件に増えてしまっているのだ。その中にはもちろん私の記事も含まれていて、 ”「しょうしょうがつ」 は誤り” であることを指摘したものも多いのだが、気がかりなのは、完全に 「しょうしょうがつ」 と思い込んでいるページがかなり増えていることである。

上の写真は、4年前の記事でも指摘した大阪心斎橋の 「作一」 という日本料理店 (ミシュランの 1つ星を獲得しているらしい) のサイトの中で、季節の風物を紹介したページ (参照) の中の拡大である。もっともらしく書いてはあるのだが、「小正月 (しょうしょうがつ)」 というのは、ちょっとね。あれから 4年以上経つのだから、早く修正してもらいたいものだ。

ただ、昨年暮れの "「雰囲気 — ふいんき」 問題を巡る冒険" でも書いたように、いくら間違いでも間違える人が圧倒的多数になってしまうと、そっちの方が認知されてしまうということがある。そのうち 「小正月は、『しょうしょうがつ』 とも言う」 なんてことになってしまいかねないではないか。何しろ 「ふいんき」 とは違って、「しょうしょうがつ」 と入力すれば何の問題もなく 「小正月」 に変換されてしまうし。

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2018/01/15

「光セラピーランプ」 という商品

今はどうだか知らないが、昔の漫画雑誌の一番後ろのページあたりは、アヤシい広告が満載だった。「運命が変わるブレスレット」 とか 「モテるフェロモン」 とか 「背が伸びるヨガ講座 (ビデオ付き)」 とか、甚だしくは、「服が透けて見える眼鏡」 などというトンデモ商品まであった。つい買っちゃうのがいるからこそ、ああいう商売が続いていたのだろう。人間は騙されやすい動物である。

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こんな昔の漫画雑誌の広告を思い出してしまったのは、Gigazine にあった 「Amazon で 9割近い高評価を集める光セラピーランプの中身は単なる電球型蛍光灯と判明」 という記事を読んだためである。「太陽光を浴びない生活で崩れがちな体調を回復させてくれる光セラピー効果を持つ」 という宣伝文句で販売され、結構満足度の高い商品として位置付けられている。

記事によると、シンガポールでのクリスマス休暇から戻ったとたんに、寒くて日照時間の少ない生活で体調を崩してしまったカナダ人のジャスティン・ラムさんという人が、Amazon で見た Therapy Energy Lamp (光セラピーランプ) を購入したのだそうだ。ところが、中の電球がごくフツーの電球型蛍光灯 (CFL 電球) とそっくりだったので疑問を抱き、分光器を使ってこの商品の光を計測した。

その結果、詳しいことは省くが、この商品はほとんど CFL 電球と変わらないことがわかったというのである。フィルターによって紫外線がカットされているという謳い文句もあったが、測定の結果は、「紫外線をカットするという特別な光学特性はないが、光自体を減退させることで紫外線量が気にならないレベルまで減退させることには成功している」 とわかった。

Amazon に行ってみると、これの類似商品がいくつか紹介されているが、「自然の太陽光に近い光で、エネルギーをチャージする」 とか 「冬の間の気だるさを解消して体の自然なリズムを取り戻す」 とかの謳い文句が踊っている。安いもので 39ドル 99セント、一番人気は 79ドル 95セントの商品である。結構な星印が付いて満足度が高いようなので、つい買ってみたくもなるのだろう。

しかし実際には単なる蛍光灯の光をちょっとマイルドにして、紫外線を少なくしているだけという商品のようなのだ。それでも人間はこの光を浴びて、「うん、いい観じ!」 なんて思ってしまうのだろう。気分の問題だけでいい気持ちになれるのだから、フツーに明かりを付けて暮らしていればいいのだろうがね。

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2018/01/14

PC 市場で Mac のシェアが 7.6% になったらしい

IPhone Mania が、「Mac が注目集めた 2017年、Apple は約 2,000万台の Mac を出荷」 という記事の中で、PC 市場における Apple の世界シェアが 7.6% に達したと伝えている。道理で近頃、Mac を広げて仕事をしている人を見かけることが増えたわけだ。

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Apple の 2017年の PC 出荷は1.996万台で、前年比 5.9%増。6年連続で出荷数を伸ばしている。PC 市場が世界的に縮小傾向にあり、2017年の出荷もトータルで前年比 0.2%減となっている中で、これだけ出荷数を伸ばせばシェアがアップするのも当然で、出荷台数が 10.6%減の ASUS を抜いて 4位にランクアップしている。

ちなみにシェアの上位 3社は、HP (22.7%)、Lenovo (21.1%)、Dell (16.1%) で、5位、6位は ASUS (6.8%) と Acer (6.6%)。以下は気の毒なことに "Others" (その他) と一括りにされて合計 19.1% と、束になっても HP と Lenovo の単体ベースに敵わない。PC 市場もずいぶん集約化されたものだ。

私が Windows 7 を OS とした Panasonic の Let's Note から MacBook Pro に乗り換えてから、既に 4年経ったが、同じようなことを考えて乗り換える人が増えているということなのだろう。あの頃は Mac のシェアは 5%と言われていたが、ざっくりと言って 5割増しぐらいに増えたわけだ。

4〜5年前ぐらいまでは、空港で PC を広げて仕事をしている人をみると Lenovo、Mac、Let's Note (Panasonic) の 3種類しか見当たらないという風情だったが、最近は Let's Note がすっかり少なくなって、その分、ASUS と Acer が増えているという印象だ。ただ、圧倒的に多いのは PC なんかではなくスマホで、そのスマホの半分は iPhone なんじゃなかろうかという気がする。

これだけ iPhone が多いと、PC の方も連携しやすい Mac に乗り換えるのに抵抗がなくなるのも当然だろう。私の感覚としても、スマホは iPhone なのに PC はWindows という連携の人は、正直言ってかなり損していると思う。

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2018/01/13

広島県の別の表情

昨日の記事で書いた 「寒風吹き付ける広島県でのミッション」 を、予定よりも早い時間で完了してつくばの地に戻ってきた。写真はスタッドレス・タイヤ付きのレンタカーを返却し、新幹線に乗るために戻ってきた広島駅北口広場の様子。

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「和歌ログ」 の方にアップしてある雪景色の写真 (参照) と比較すると、別の国のような様相だ。今回の出張で初めて知ったのだが、広島県というところはスキー場が多いのだそうだ。温暖な瀬戸内の地というイメージが、かなり狂ってしまった。まったく、世の中知らんことだらけである。

「知らんこと」 と言えば、広島県の北部にある市の 「三次」 という地名は 「みよし」 と読むのだということも、今回初めて知った。どう読んでも 「みつぐ」 だ信じ込んでいたが、「みつぐし」 と入力してもさっぱり 「三次市」 に変換されないので、「おかしいなあ」 とは思っていたのだった。帰ってきて 「みよしし」 と入力したら、あっさりと 「三次市」 になったので驚いた。

広島県にはこれまでも何度か行ったが、広島市、尾道市 (因島を含む) という瀬戸内沿岸だけに限られていた。同じ安芸国でも、中国山地に分け入ると、別の表情を見せてくれるのだった。行ってみるものである。

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2018/01/12

寒風吹き付ける広島に出張中

仕事で広島に出張している。広島という所は瀬戸内だから温暖なところと思っていたが、今日は風も強くかなり寒い。冬の季節風が関門海峡をすり抜けて入って来ているようだ。中国山地もそんなに高い山々というわけじゃないので、時々山を越えてきた小雪までちらつく。

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風が強いので川面も波紋が一杯で、映り込んだビルが揺らいでいる。明日はこんな中を中国山地の裾野を越えたところまで、クルマで分け入らなければならないのだが、雪は大丈夫かなあ。一応レンタカーはスタッドレス・タイヤ付きを予約してあるのだが。

瀬戸内といえども冬は寒いということだ。今年の冬は本当に久しぶりに寒い冬になっている。信越線では大雪のために列車が半日以上立ち往生したというが、雪で列車が動かなくなったなんてニュースは久しぶりのような気がする。除雪車の性能があまりよくなかった昔と違い、今の世の中でこんなことになるのだから、相当の大雪だったのだろう。

とにかく明日は雪道を必死に運転することになるので、今日は早めに休ませていただく。お休みなさい。

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2018/01/11

整理・整頓・収納の三原則

昨日の 「整理収納」 関連の続きである。私はずっと自分が 「整理収納が下手な人間」 だと思っていた。ところがよく自己分析してみるとそういうわけでもないと、ある日突然気付いた。自分は 「収納」 は得意で、結構な量の品物でもきちんとコンパクトに収納できる。この才能は旅行やキャンプの際の荷物のパッキングなどに十分に発揮されている。

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自分に欠けているのは 「整理」 能力なのだと、30年ほど前に気付いた。「整頓」 ならできる。きちんとコンパクトに収納するために、多くの品物を種類・用途別に分類して、使いやすいように収めることは、自分でいうのもナンだが上手なのだ。ところがその前に、「整理」 ということをしないと、結局のところ、収納スペースが隙間なくぎっしりになりすぎて、わけがわからなくなる。

「整理」 という作業のかなりの部分は、「捨てる」 ことだ。例えはよくないかも知れないが、「人員整理」 と言ったら、クビを切ることである。「整理・収納」 における 「整理」 というのは、言うまでもなく 「不要品を捨てる」 ことと割り切れば話が早い。

以後、いろいろ試行錯誤しながら、「整理・収納」 に 「整頓」 という項目を加え、自分なりの 「整理・整頓・収納の三原則」 に行き着いた。こんな具合である。

  1. 「整理」 : 「捨てる」 作業をみっちり行う
    「そのうち使うかも」 というモノは、結局使わない。「思い出の品」 なんて、なくても困らない。よほどのセンチメントがあるなら、モノとしてではなく写真にして残す。
    この作業をみっちり行うと、収納しなければならないモノは半分以下に減る。

  2. 「整頓」 : モノを種類・用途ごとに分類する
    同じ類いのモノは 1カ所にまとめる。分散させると結局ありかがわからなくなって、つい買い直すことになり、ある日突然、「同じモノが家中のあちこちに売るほどある!」 と気付く。
    1カ所にまとめると収納スペースが足りないというなら、それはとりもなおさず 「まだ持ち過ぎてる」 ということだから、収納スペースを増やすのではなく、モノの方を減らす。つまり 「もっと捨てる」。

  3. 「収納」 : 棚や引き出しに 「平ら」 に収める
    床に直接置くのはテーブルや椅子などの他は、棚やキャビネットなどの収納家具のみ。それ以外のモノを床に置くのは 「ゴミ屋敷化」 の第一歩である、
    収納スペースにモノを整然と収めるには、棚の段を調節するか、ボックスに入れて 「平ら」 に重ねる。「角が丸くてフワフワ (ペーパーバッグに詰め込んだ衣類など)」 とか 「小物が剥き出し」 の状態のまま積み重ねると、悲惨な 「雪崩現象」 につながる。

上の写真は、「小物」 を種類別にまとめて 「平ら」 に重ねたものである (上のトレイは左右にスライドする)。こうした状態で収納すると、ゼムクリップやホッチキスの針、画鋲などを無駄に買ってしまうことがなくなる。前は私の引き出しの中も、使い切れない 「マックス針」 が奥の方に 3箱眠っていた。

この単純素朴な 「三原則」 を徹底すれば収納に困ることはなくなるが、いろいろ試行錯誤を経なければ、本当には身につかない。「そう言えばこれ、1年以上触ったことすらないな」 とか 「なんでこんなもの後生大事にしてたんだろう」 なんて気付きながら、その度に処分していくことで、だんだん身の回りがすっきりする。

要は 「必要最小限のモノ」 で暮らす方が快適と知ることだ。大切なのは 「モノ」 ではなく、形のない 「コト」 なのである。今は情報化社会だから、「なければ困るモノ」 なんて少なくなった。本当に 「なければ困るモノ」 というのは、「生産活動のなれの果てとしての消費財」 ではなく、「コト」 を生み出すための 「道具 = ツール」 なのだ。

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2018/01/10

整理収納 Before After、そしてその後

テレビ番組などで、ごっちゃごちゃにちらかって半ばゴミ屋敷状態の家に整理収納のプロが訪問し、あっという間にすっきり片付けて 「別の家みた〜い!」 なんてことにしてしまうといった企画が時々ある。本当に見事なまでに片付けてしまうので、「我が家にも来て欲しい」 なんて思ってしまう人もいるだろう。

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だが私は、こうした企画でその家がその後ずっときれいな状態であり続けるかということについては、かなり懐疑的だ。半年後にその家を訪ねたら、おそらく元のゴミ屋敷寸前の状態に戻っているのではないかと思う。

整理と収納のセンスのない人というのは、確実にいる。彼らの周囲はありとあらゆるものがゴチャゴチャに積み重ねられ、今にも崩れ落ちそうになっている。何かモノを探そうとしても、あちこちひっくり返してようやく見つかる。必要なものが奥深くに眠っていて、取り出しやすい手近にあるのは、「何じゃ、こりゃ?」 みたいなガラクタばかりだ。

周囲の者から 「あんまりだから、そろそろきちんと整理したらどう?」 と促されても、「うん、そのうち」 と生返事するばかりで、一向に手がつかない。「なんであんなにだらしがないのだろう」 と言われるばかりだが、彼または彼女は、だらしがないというより、整理収納のセンスがないので、どうしても手がつかないだけなのだ。

これはもう、音痴の人がどうしてもきちんと音程を取れないのや、運動の苦手な人がどうしても鉄棒の逆上がりができないのと同じで、生理的なものと思った方がいい。簡単に教えてもらって身につくものじゃないようなのだ。

妻は 「でも大丈夫よ、ああいう企画では、まず最初にごっそりとモノを捨てることから始まるから、ゴミの山にはならないわ」 と言う。しかしいくらモノを捨てても、整理センスのない人はあっという間に不要品をため込むのである。そしてため込んだモノをきちんと収納できず、いずれ元の木阿弥でゴチャゴチャになる。

整理収納下手な人というのは、要するにモノを捨てられない人なのである。不要なものでも 「そのうち使うかもしれないから」 などと言って、適当な場所にしまい込む。ところが 「そのうち使うかもしれない」 というものを実際に使うことなんてまずないのは、多くの経験の示すところである。

稀に実際に使う場面が生じたとしても、その頃にはどこかにしまい込んでおいたことすら忘れてしまっているから、つい同じようなものを買って来ることになる。そして気付いた時には、同じモノが家中のあちこちに売るほどあると知る。

こうした人というのは、いくら 「収納特集」 なんていう雑誌や 「断捨離」 の本なんて買ってきて読んでも、まず身につかない。心の底で 「自分はちょっと別。だって大切な思い出の品が一杯なんだもの」 なんて思っていたりするから、捨てたり整理したりする作業にとりかかれない。「自分が死んだらあれもこれも、棺桶に一緒に入れてもらいたい」 とまで言うが、そんなに大きな棺桶なんて世の中にない。

こんな人は、整理収納が上手な人と暮らすしかないだろう。

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2018/01/09

Time's gonna be up in Japan

今年のゴールデン/グローブ授賞式では、"Time's up" がキーワードになったようだ。アンチ・セクハラの動きが、ようやく大きな潮流となっている。

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ことの発端は大物映画プロデューサーのハービー・ワインスティーンの数々のセクハラ行為が、昨年秋頃から明るみに出たことだ。まあ、何しろハリウッドの 「大物プロデューサー」 という連中はめちゃくちゃ好色揃いで、まあ、いろいろやってたらしいのだよね。だが 「もうそんな時代じゃない」 ということで、炎上状態に追い詰められてしまっているようなのだ。

米国のビジネス社会は既に女性が大きな力をもっているので、前世紀末あたりでも、米国出張中 (主にニューヨーク) に露骨なセクハラなんて、見たことも聞いたこともない。なにしろ女性が管理職で、オフィスでも女性の方が多かったりするので、セクハラなんていうムードじゃないのだよ。まあ、私の観察不足というだけかも知れないが。

ところがハリウッドという別世界では、まだまだ露骨にあったようなのである。この点では米国のフツーのビジネス社会より 20〜30年は遅れている。逆に言えば、フツーのビジネス社会がそのくらいに進んでくれたので、ハリウッドの女優たちも当たり前に声を上げやすくなったのだろう。ところが我が日本においては、フツーのビジネス社会でも相当に遅れているような気がする。

「社会人の教科書」 というサイトに、「部下を持ったら気を付けましょう! これもセクハラ 50選」 というページがある。「えっ、それもセクハラなの?」 と驚くようだと、結構オッサンし過ぎてるということになるだろう。

最初に挙げられているのは、「肩に手を置く、肩を揉む」 という行為だ。これ、昔はよくいたなあ。やたらと若い女の子の肩を揉みたがるオッサン。気持ち悪がられてるのに、当人は 「健全なスキンシップ」 だと思ってる。その他に 「頭をポンポンしたり髪に触る」 「壁ドンする」 「お尻や胸を触る」 なんてのも挙げられていて、「あり得ないだろう!」 と思うかもしれないが、まだ結構あるのだよ、これが。

「仕事の場」 からちょっとだけ離れてしまうと、ますますエスカレートする。飲み会でやたらカラオケのデュエットを強要したり、チークダンスを踊りたがったりするというのも多い。端から見れば 「よくやるなあ!」 と思うばかりだが、当人はかなり悦に入っている。

ところが女性の方も妙に慣れてきて、「そんなこと言ってると、奥様に言いつけますよ」 なんて、軽く受け流したりする技を身に付けたりする。そう言われて 「デヘヘ」 とやに下がりながら、「彼女も結構喜んでる」 とか、「自分は部下とフランクなコミュニケーションとれてる」 なんて誤解するオッサンが、今でも結構いるので困りものなのである。

まあ、だんだん少なくなってきてはいるようなので、"Time's up" ではなく、"Time's gonna be up in Japan" (日本でもタイムアップになるだろう) というタイトルにしたが、結構時間がかかるかもしれないなあ。

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2018/01/08

まだ Windows 7 がトップシェアを占めているらしいが

マイナビニュースが 「12月のデスクトップ OS シェア、Windows 10 が Windows 7 に肉薄」 というニュースを伝えている。「StatCounter の 2017年 12月分 Windows バージョンシェアデータによると、Windows 10 が Windows 7 に肉薄したものの、わずかに及ばなかった」 という。

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Windows 10 のシェアは 0.33ポイント増の 41.69%で、Windows 7 は0.62ポイント減の 41.89%だったが、0.2ポイント差で 1位を維持したというのである。この記事を読んで、「Windows の世界では、今でも 7 が優勢なのか」 と驚いてしまった。

Windows 8 が 2012年 8月にリリースされて、既に 5年半近くになり、Windows 10 のリリースからでも 2年半になる。2世代も前の OS が、まだトップシェアを維持しているのか。長らく使った Windows 7 を見限って Mac ユーザーになってから既に 4年の私としては、別世界のお話のような気がする。

しかし、このニュースは、「デスクトップ OS シェア」 であることに注目したい。デスクトップとラップトップ (いわゆる 「ノート PC」) を合わせたシェアではないのだ。デスクトップ PC はラップトップより長持ちすrので長く使われる傾向があるから、OS の更新スピードもやや遅くなってしまうのだろう。

ただ、今やいろいろなオフィスを訪問してみても、仕事で使われるのはラップトップがずっと多いという印象がある。だからこの調査は、PC 全体の動向を反映したものとは言えないだろう。ラップトップ市場は、Windows 10 への移行がデスクトップよりも早いと思われる。

ただ、ハードウェアは同じデスクトップ PC を使っていても、OS をアップグレードするという手はある。それが進まないのだから、Windows 8 と 10 は、よほど評判が悪いのだろう。私のよく訪問するオフィスでも、Windows 7 ユーザーがまだまだ顕在で、Windows 8 と 10 は少ないという印象がある。私だってもし Mac に鞍替えしていなかったら、Windows 8 以降は気持ち悪いから、できるだけ長く Windows 7 を使いたいと思うだろう。

さらに言えば、既にどうしても PC を使わなければならない世の中ではなくなった。文系の卒論ぐらいならタブレットで十分だろうし、そんなに複雑な表計算をしなくて済むなら、やはり PC なんて使わずに済む。

ということは、iOS や Android などのタブレットやスマホなどの OS を加えたら、Windows のポジションはずいぶん低下してしまっているのだろう。私としては、MacOS と iOS の連携で十分に満足しているので、今さら Windows を使おうなんていう気には到底なれない。

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