2014/09/30

梅干しと味噌汁

私の居住する茨城県は、梅干しの産地である。県庁所在地の水戸といえば 「梅」 が思い浮かぶほどで、日本三庭園の一つ、偕楽園には、多数の梅の木が植えられていて、春先には観梅の客で賑わう。

梅干しといえば、茨城県よりも名高いのが紀州で、「紀州梅」 のブランド価値は水戸の梅を凌駕する。考えてみれば、水戸も紀州も、徳川御三家である。もう一つは尾張だが、やはり水戸や紀州ほどではないにしろ、昔から梅が大切にされてきたらしい。

どうして徳川御三家のあった地域で梅干しが名物になったのかというと、戦時の非常食料として大切にされていたからだという。梅干しさえあれば何とか食いつないでいけるというので、徳川御三家は梅の栽培と梅干し作りを奨励したと伝えられる。徳川家康は医学者並みの知識をもち、梅の効用を熟知していたらしい。

つまり、梅は戦時の非常食と考えられていたのだ。

ただ、尾張においては、梅よりもむしろ八丁味噌の方が重要視されていたのではないかと思われる。握り飯に梅を仕込むか、あるいは表面に味噌を塗って焼くかすると、質素だがとりあえずの栄養食になる。

今でも御飯に梅干しと味噌汁があれば、何とか生きていける。梅と味噌、なかなかのものである。

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2014/09/29

「アジアトップクラスの英語」 を目指すんだそうだが

英語教育の在り方に関する有識者会議」 というのが、文部科学省によって設置されていて、このほど 「アジアトップクラスの英語力育成」 という目標を達成するための提言書をまとめたのだそうだ。大学入試での評価方法を見直し、具体的な学習到達目標を定めて小学校から一貫した教育に取り組むなどの内容だという。

日本の英語教育をどうこうするという問題については、私は昔から 「きちんとしたニーズがあって、英語ができれば高収入につながるというインセンティブさえあれば、放っておいても英語のできるやつは育つ」 と思っている。日本人の英語力が育たないのは、そうしたニーズもインセンティブもないからだ。

私は以前、外国向けの繊維情報誌に英語で記事を書いたり、外資系の繊維プロモーション団体でパブリシティ文書の翻訳を専門にしていた時期がある。海外出張では英語をしゃべりまくって、そのおかげで日が暮れる頃には神経がどっと疲れまくって、夜遊びする余裕もなくベッドに倒れ込んだりしていた。

今は英語の最前線から離れて久しいので、かなりさび付いてしまっているが、まあ、商売のタネにできるほどの英語力は保持していたのである。発音だって、自慢じゃないが、日本人離れした流ちょうなものである。

ただ、あまり流ちょうにに聞こえすぎるのも考え物で、相手のネイティブが安心してすごい早口でしゃべり出すので、こっちは焦ってしまうという逆効果が生じる。だから私は、意識してあまり流ちょうに聞こえない程度の話し方をしていた。その方が、相手がスピードを手加減してくれて、聞き取るのが楽なのである。

そんな程度の英語力でも日本では、私が英語圏への留学経験があるとか、少なくとも英文科出身なのだろうとか誤解されていた。ところが私は、留学なんてしたことがないし、大学では日本の古典芸能 (主に歌舞伎) なんていう専攻で修士号をもらったのである。英語とはまったくかけ離れた分野が専門だったのだ。

せいぜい中学校の頃に英語塾に通っていた程度で、 専門的な英語教育を受けた経験なんて全然ない。ただ 「英語が好き」 で、英語の授業が苦にならなかったというだけである。私の場合は、それで金を儲けようなんていう欲がなかった分、楽しく学べたのかもしれない。

そんなわけで、私の英語は特別な高収入になんて、全然結びつかなかった。大した金にならなかったから、あっさりと別の分野に転職してしまったのである。仮にもっと高収入があったら、私はずっと自分の特技を生かした仕事を続けていたことだろうと思う。

とまあ、最初の話に戻るが、日本では英語が多少できたからといって、それほどの見返りなんてないのである。逆に 「英語使い」 というのは 「専門職扱い」 されて、特別な目でみられがちだ。つまり、「翻訳が必要な時に、ちょっと呼んでくればいい存在」 と、一段低く見られてしまいかねないのだ。

さらに、「英語使い」 というのは 「欧米かぶれ」 しているので、日本型のビジネスに使えないとか、「酒の席での話題が合わずに、場持ちが悪い」 とかいって、敬遠されてしまうことさえあるのである。そんなわけで私は、「俺は、単なる 『英語使い』 ってわけじゃないからね!」 とばかり、英語の仕事から離れたのである。

必死に金をかけて学んだわけじゃなく、「フツーにやってるうちに、いつの間にか仕事に使えるぐらいには身についちゃった」 程度のことなので、何の未練もなく転職することができた。こんなのは、英語教育を語る際に参考になるケースとはいえないだろうなあ。

他のアジア諸国のように、英語ができないと、対外的なビジネスができないとか、そもそも自国語の高度な専門書がないので、英語が読めないと専門技術さえ学べないとか、さらに言えば、自国に高度な学問をする場がないので、海外留学するしかないとか、そんなようなことがあれば、嫌でも英語は上達する。

日本では、外国のニュースがすぐに翻訳付きで紹介されるし、外国で話題になった書物はちょっと待てば翻訳出版されるし、そもそも日本人だけを相手にしていても、十分に食っていける。フツーに暮らしている限りは、英語を話す必要に迫られることなんて、1年に 1度もない。

米国の名前も知らない大学を出たなんていう学歴だと、「日本ではまともな大学に入れなかったやつ」 と思われてしまう。まあ、「お前、何年も米国の大学にいた割には、簡単な英語もわかってないみたいだなあ」 と言いたくなるようなやつも多いので、なんとも言いようがないが。

とまあ、こんな環境では、必死になって英語を学ぶ必要なんて、さらさらないのである。だから、「聞き流すだけで、知らないうちにペラペラしゃべり出せる」 とかいう神話が生まれるのだ。日本人にとっての英語は、こうした神話が発生してしまうほど、全然身近じゃない存在なのである。

「アジアトップクラスの英語」 というのも、私にとっては神話にしか聞こえないのだがなあ。本気でそれを目指すなら、英語を神話の領域から引きずり落として、身近な存在にするしかない。「有識者会議」 なんて開いているうちは、全然身近じゃないよね。

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2014/09/28

iOS 8 へのアップデートでユーザ辞書が消えても慌てないこと

今月 27日に、手持ちの iPhone と iPad の OS を iOS 8 にアップデートして、その後は快適に使っていたが、昨日になってから iPhone の方のユーザ辞書が消えてしまっていることに気付いた。300語近く登録していた単語が、すべてなくなってしまったのである。

念のために iPad の方を調べてみると、ちゃんと生きているので、慌てるほどのことでもない。iCloud に保存された辞書をちゃんと読み出せばいいのだが、OS アップデートの際に、読み損なったままになっているのだろう。

ただ、「設定」 画面を開いてみても、iCloud から改めて辞書を読み込ませるというメニューは見当たらない。さて、どうしたものかと、ちょっと考えたところ、Windows を使っていた頃に、PC でフォトストリームの同期ができなくなった時は、一度 iCloud からログアウトして、もう一度ログインすればよかったことを思い出した。

それで今回は、iPhone 上でそれと同じことをすればいいのだろうと思い当たった。これで多分いけるだろうが、ただ、今回は敢えて iPhone 本体の再起動を試してみることにした。iOS のアップデートの時に再起動が求められるが、もしかしたら、その際に読み込みを失敗したのかもしれない。それならば、もう一度再起動し直してやるだけだ。

試してみると、ユーザ辞書はあっけなく生き返った。改めてウェブで調べてみると、iCloud のログアウト/ログインでも大抵は読み込めるが、それでもダメな場合は再起動すればいいというようなことが書いてあるページが見つかった。

まあ、私は初めから最後の手段を使ったわけなのだが、もし、あなたが iOS のアップデートでユーザ辞書が消えてしまうなんて自体に見舞われても、焦らないで、iCloud のログアウト/ログイン、あるいは再起動を試していただきたい。大抵はあっさりと復活すると思う。

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2014/09/27

閏 9月が続くので

3日前の 9月 24日から、旧暦の長月、つまり 9月に入っている。今年は閏 9月があるので、延々と 2ヶ月、新暦の 11月 21日まで、旧暦の 9月が続く。旧暦の 9月は晩秋にあたるので、晩秋を思わせる季節感が長く続くということになるのかもしれないと、前に書いた (参照) が、まさにその通りになろうとしている。

今年は秋の訪れが早かった。中秋の名月というのは、旧暦の 8月 15日だが、今年は 9月 8日がそれに当たった。9月の上旬、しかも 1桁の日付に中秋の名月になるというのは、38年ぶりだそうだ。いつもは 9月の中旬から 10月上旬にかけての時期になる。

旧暦では、7、8、9月が秋で、8月はその真ん中になるので 「中秋」 という。しかもその真ん中の 15日は 「真ん中の真ん中」 なので、「中秋の名月」 だ。湿気が多く、ぼんやりとしか見えない夏と違い、空気が澄んできれいに見えるので、特別扱いされる。

つまり、今年は 9月上旬の時点で既に 「中秋」 だったのである。新暦で暮らしているから 「今年は秋が早い」 なんて感じただけで、旧暦で暮らしていれば、紛れもない 「中秋」 なのだから、秋らしくなるのは当然だったのだ。我々の知らぬ間に、季節は半年も先を行っていたのだ。

最近は季節が極端で、春と秋が短くなっていたが、今年は 「秋の季節感」 をたっぷりと感じる千載一遇のチャンスである。これを逃したら、また 30数年先まで待たなければならないが、その頃には地球温暖化が進んでいるだろうから、どうなるかわからない。

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2014/09/26

「パクリ」 はほとんど常習犯であることを巡る冒険

「パクツイ」 という言葉があることを初めて知った。「他のユーザーが Twitter に投稿した写真や投稿内容を、あたかも自分のもののように再投稿する行為」 で、「パクリツイート」 の省略形なんだそうだ。いわゆる "RT" (リツィート) とは違う。

これがなんで急に問題になっているかというと、ITmedia がある tweet を 「パクツイ」 と知らずに自分のサイトの記事でまともに紹介してしまい、思わぬ騒動になったのがきっかけらしい。

ことの顛末は、「【どうしてこうなった】 パクツイを勝手に転載許可してねとらぼがとばっちり」 という Togetter の記事をみるとわかる。あの iPhone のしっかりとしたコンパクトな箱が、お弁当箱に使われてしまっているという写真付きの tweet で、パクりでさえなければ、なかなかの傑作といっていいぐらいのものだ。

ITmedia はそのパクツイの投稿者に記事を掲載してよいか確認を取り、その投稿者が OK したために記事にしてしまったのだが、当然ながらバレてしまい、その記事は削除されて、今はお詫びのテキストが掲載されている。(参照

インターネットの世界では 「パクリ」 という行為が後を絶たないようで、かくいう私も過去に記事を盗用されたことが何度かある (参照 1参照 2参照 3)。そして、その経験から、「パクリはほとんど常習犯である」 という記事も書いており、その中で、次のように述べている。

パクリ記事を 1本発見したら、そのブロガーの他の記事の中から任意の 1行ぐらいをコピーし、それをキーワードにしてググってみるといい。たいていすぐに、パクリの元記事が検索される。

実際、私の記事をパクったブロガーの記事は、ほとんどすべてが 「パクリ」 だった。「よくまあ、やるよ」 というぐらい、他のブログやウェブページの記事を、ちょっと 「てにをは」 を変えるか、「だ、である」 を 「です、ます」 に変えるかして、自分の記事にしてしまっていたのである。

それを指摘すると、「とてもいい記事だったので、つい転載させていただきました」 なんて言い訳をするのが、お約束だ。しかし転載元を明らかにせずにあたかも自分のオリジナルであるかのような体裁で記事を書くことを、「パクリ」 というのである。

「パクリ」 をする人というのは、他人のテキスト、あるいは画像を使って注目され、「ちょっといい気持ち」 になりたいみたいなのである。いずれはバレることなのだが、そんなことには無頓着という特徴もある。

私は彼らが 「虚言癖」 の人間と共通した特徴をもっていると思う。世の中には 「あいつの言うことには、絶対に乗っちゃいけないよ」 と言われるような人物が存在し、ガセネタを垂れ流して一種の 「快楽」 を得ているようなのだ。それについては、「虚言癖のオジサン」 という記事にしている。

そしてさらに、こうした傾向は 「サイコパス」 にもつながるんじゃないかと、私は思っている。私の記事をパクった連中は、少しは良心というものがあるらしく、一応わびを入れてきたが、サイコパスになると 「逆ギレ」 する。

ちなみに今回騒動になったパクツイの主は、「パクツイして何が悪いんだよ、お前らだってしてるだろ」 と逆ギレしている。ここまでくると、もしかしたらサイコパスに近いかもしれない。

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2014/09/25

Windows 9 が発表されるそうで

近頃は使ってるのが MacBook Pro、iPad、iPhone と、なにやらアップル信者みたいな様相になってしまった。さらに、家族も iPhone や Mac を使っているので、もはやすっかりアップル・ファミリーである。そんなわけで、早くも Windows 9 が発表されそうというニュース (参照) を聞いても、遠くの国のお話のような気がしてしまう。

ただ一歩外に出ればまだまだ Windows の世の中で、とくに一般の事業所の PC はほぼ 100%が Windows マシンである。その気になって探せば、6〜7万円ぐらいで買えるのだから、編集・印刷や画像処理などの用途を除けば、なかなか Mac に置き換わりそうにはない。

今年 4月に Windows XP の サポートが切れたため、多くの事業所で PC の入れ替えが必要になった。いくら何でも長年使った時代物の PC の、OS のみをバージョンアップするのは無理がある場合が多かったからである。その際、私は自分と関連する事業所には、Windows 8 ではなく Windows 7 のマシンにすることを薦めた。

Windows 8 は、前に何度も触れたように、ユーザー・インターフェイスの変更が大きすぎるので、従業員が慣れるまでに時間がかかり、その間の生産性が大きく下がることが必至だったからである。フツーの会社のフツーの社員が、すべて新しい OS に嬉々として取り組むなんてことはあり得ない。ほとんどはうろたえてしまい、少なくとも 2〜3日はまともな仕事にならない。

私のアドバイス通りに、Windows 7 マシンにした会社では大きな混乱もなく、スムーズに PC の入れ替えが行われた。しかし私としては、次の入れ替え時にどうなるか、ちょっと心配だったのである。OS 変更による混乱がちょっと先延ばしになっただけというのでは、数年後にはどうしたらいいんだ?

しかし、それは杞憂だったようだ。Windows 9 は、Windows 7 への回帰的な側面が大きいようなのだ。とくにスタートボタンが復活するのは朗報である。上述のリンク先の情報では、スタートメニューで表示されるのはあの無骨な 「タイル」 らしいのだが、多分オプションで変更も可能だろう。

コントロール・パネルを表示するのに、ちっともチャーミングじゃない 「チャーム・バー」 から入るという設定も、変更になりそうだ。「スタート画面」 と 「デスクトップ画面」 の二本立てというややこしさは継続されるようだが、デスクトップ画面をデフォルトに設定すれば、あのうっとうしさから少しは解放されるだろう。

ただ、このデスクトップ画面というのがちょっとややこしくて、Windows 9 は 「マルチデスクトップ」 というスタイルになるらしい。つまり、デスクトップがいろいろ選択できるようになるのだ。

これ、パワー・ユーザーにとっては嬉しい新機能だろうが、フツーの会社のフツーの社員にとっては、混乱の元になるか、そうでなければ意識されることもなくスルーされるだけという気がする。まあ、その一環でいわゆる 「デスクトップ画面」 が失われずに済むというのが、一番のメリットなんだろうが。

ちなみにネット上では、「マルチデスクトップの中に 『仮想 Windows 7 画面』 をデフォルトで入れてくれ」 という声が上がっていて、私としては 「それ、名案!」 と、マジで思ってしまったよ。

とりあえずこれで、オフィス・ユースでの Windwos のシェアはしばらくはそれほど落ちずに済みそうである。しかし、ホーム・ユーザーのうちの、インターネットとメールと写真の管理ができればいいという人たちなら、もう PC なんて必要なく、iPad を 1枚買っておけばいいという時代に、既になっている。

とくに、スマホ慣れしてしまった若い人たちは、「PC は会社で使うもので、プライベートでは要らない」 という意識になりつつある。どうしても必要なら、日本では iPhone のシェアが高いから、PC も Mac にするというケースが増えており、ホーム・ユースの Windows マシンのシェアは、嫌でも減り続けるだろう。

というわけで、ここ 10年足らずの間に、Windows PC を使うのは、オフィス・ユーザーと、ちょっとマニアックなホーム・ユーザーだけになると、私はみている。いずれにしても、10年も経ったら私も第一線にいるというわけじゃないだろうから、Windows にはだんだん疎遠になっていこうと思っている。

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2014/09/24

「朝日叩き」 が盛り上がるのは

一昨年の 1月、「仕事より出世が好きな人種」 という記事を書いた。仕事そのものよりも、出世が好きな人間というのが、確実に存在する。彼らは仕事そのものによってというより、出世によって自己実現をする。そしてその多くが、客よりも自分の方が偉いと思っている。

私はそうしたタイプの人間が多い業種の代表として、役人、商社マン、百貨店社員を挙げた。彼らと晩飯をともにすると、 「誰それが本部長になった」 とか 「役員なった」 とか 「局長になった」 とかいう話題がやたらと多い。とにかく、「地位」 や 「肩書き」 にものすごく執着が強いようで、「生涯一○○」 みたいな職人タイプは、ほとんどいない。

そして近頃、 「朝日新聞社員」 にもそうしたタイプが多いと知った。井上久男さんというフリー・ジャーナリストが、Business Journal の 「朝日誤報騒動の元凶・木村社長の責任逃れと保身 社内派閥抗争と出世主義の末路」 という記事で、そのことについて書かれている。

元朝日新聞記者の井上氏は、「社員同士が足の引っ張り合いを得意とする」 というのが、朝日の社風であるという。さらに、「朝日記者にはジャーナリストとしての矜持を持っている人よりも、『株式会社朝日新聞』 の社員であることを自慢に思っている人が多い」 と指摘している。そして現役の朝日新聞記者が、次のように語っているという。

「いま、部長クラス以上の中堅幹部の中には、池上彰氏のコラム掲載見合わせや 『吉田調書誤報問題』 によって社内に多くの処分者が出ることで、玉突き人事で代わりに自分が昇進して新たなポストが得られるとか、今の地位が最終ポジションだったのが、さらに良いポストが得られるかもしれないと思っている人が少なからずいます」

うぅむ、彼らはジャーナリストとしての仕事を愛するというより、「エリート集団」 である (あるいは、自分たちでそう思っている) 朝日新聞に属していることを自慢に思っていて、いい記事を書くよりも、社内で出世することに意味を見出しているようなのである。

そのことについては、昔、一応ジャーナリズムの隅っこに身を置いていた者として、薄々感じていた。こう言っちゃなんだが、朝日の記者というのは、他社と比較して抜群に 「エラそう」 な印象がある。別の言葉で言うと、「態度がでかい」 というか、とにかく、概して 「かわいくない」 のが多いのである。(中には 「かわいい」 やつもいるけどね)

今、「朝日叩き」 がやたらと盛り上がっているが、これも、ジャーナリズムに身を置く者の多くが、朝日の記者の態度にむっとくることが多々あったことも大きな要員かもしれないと、私は思っている。

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2014/09/23

iOS 8 と ATOK

遅ればせながら、iPhone と iPad を iOS 8 にアップデートした。日本版のリリースは 9月 18日だったから、5日遅れの対応である。リリース直後は間近に出張を控えていたので、焦ってアップデートして不具合でも出たら嫌だなと敬遠して、帰ってきて落ち着いてから、満を持して行ったわけである。

さすがにメジャー・アップデートだけあって、かなり時間がかかった。始めに iPad でトライして、不具合が生じないことを確認してから iPhone のアップデートをしたので、合わせて 2時間ぐらいかかってしまった。

事前に iCloud の iCloud Drive への切り替えに関する情報を得ていたので、その辺りは慎重にパスしてアップデートした。iCloud Drive は今のところ、iOS 8 と Windows 7, 8 にしか対応していないので、Mac ユーザーは次期 OS の Yosemite にするまで待つのが得策なのだそうだ (参照)。いやはや、うっとうしいなあ。

iOS 8 の最大の目玉は、サードパーティの日本語 IME が使えるようになったことである。これまでは iOS デフォルトの IME しか使えなかったので、ちょっと使いづらいところがあったのだ。

私は自分の Mac でも ATOK を使っているので、iOS でも ATOK にすれば、ATOK Sync を利用して登録単語などがすぐに同期できるものと思っていたのだが、それはまだ対応できないらしい。ジャストシステムとしてはこの時期のリリースに間に合わせるため、超特急で開発したらしく、ATOK Sync への対応は今後のバージョンアップに待つことになるようだ。

私としては、Mac の ATOK と同期できないのでは、あまり意味がないので、ATOK for iOS は、まだインストールしていない。なにしろ、値段も 1500円と、結構お高いしね。

というわけで、私の場合、iOS 8 はまだ未消化の状態である。いずれにしても、今年の 11月に iPhone 5 の 2年縛りが解けるので、機種変更という形で iPhone 6 をゲットすることになる。今は、単に 「つなぎ」 の状態にあるわけで、本格的に使いこなすのは、11月からでいい。

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«行列を作ってまで新製品を買う、新たな理由