2019/01/21

松原団地の歴史に関するアーカイブが見つからない

先月 (ということは既に昨年) 23日付の朝日新聞 "「松原団地は歴史遺産」 開智高の研究が全国優秀賞" という記事にちょっと食指が動いていたのだが、この記事に載った以上の情報が見つからないので、ずっと書きそびれていた。

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「東洋一のマンモス団地」 と呼ばれた埼玉県草加市の松原団地の歴史について、開智高校の生徒がデジタル・アーカイブを作成してウェブ上で公開、その活動報告レポートが 第12回全国高校生歴史フォーラム」 で優秀賞を獲得したのだという。なかなか面白い試みをしたものだと思う。

どうしてこの記事が目に留まったのかというと、実は私は学生時代 (1970年代前半) に、この松原団地にある学習塾で講師のアルバイトを 2年以上続けたことがあったからだ。学習塾は団地の集会所を借りて、週 2回開かれていて、私は中学生に英語、国語、数学の 3教科を教えていた。とくに英語は教科書にとらわれないユニークな教え方をしていて、生徒たちには喜ばれていたと思う。

団地の最寄り駅は、当時は 「松原団地前」 といって、駅を降りると目の前には広大な団地が広がっていた。当時はこれが 「東洋一の規模」 とは知らなかったが、とにかく大規模なものという印象は強烈だった。

そして月に 1度ぐらいは、現場の集会所に着くとお通夜とか葬式とかが準備されたりしていて、学習塾は 「休講」 になることがあった。当時はケータイなんてなかったから、行ってみて初めてそれがわかり、すごすごと帰ったりしていた。団地内で人が死んでしまうとバイトの実入りが減ってしまうので、ちょっとガックリだったのを覚えている。

で、あまりの懐かしさに、開智高校の生徒がウェブ上に公開したという 「デジタル・アーカイブ」 なるものを見てみたいと思ったのだが、これが見つからないのである。「松原団地 アーカイブ 開智高校」 等々、思いつく限りのキーワードで検索したのだが、どうしても見つからない。朝日新聞って、どうして記事上でそのアーカイブの URL を紹介していないんだろうか。ちょっと気が知れない。

さらに開智高校のサイトに行ってみても、それについて触れた記述が見当たらないのである。ウェブ上に公開された研究成果が優秀賞をもらったというのに、それにアクセスできないのでは、意味が半減してしまうではないか。

要するに、「優秀賞受賞」 という実績が重要なのであって、その中身なんてどうでもいいと思われてしまっているのだろうか。そうだとしたら、なんだかなあという気がする。

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2019/01/20

『ぐりとぐら』 って、御伽草子のオマージュだったんだね

「来年のことを言うと鬼が笑う」 と言われるが、我ながら気の早いことに、「来年は子年だから、ざっと年賀状用ネズミの画像の目星を付けとくか」 なんていう気になって、ちょっと画像検索してみたところ、おもしろいものが見つかった。子年になるのはずっと先だが、出し惜しみをせずにここで公開してしまおう。

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「ネズミ 浮世絵」 のキーワードで画像検索をかけたところ、上に掲げた画像の上半分にある 『野鼠の草紙』 (「氏」 の下に 「巾」 と書くのは、「紙」 の異体字) というのが見つかった (参照)。一見してどこかで見たことがあると思ったら、そう、あの名作絵本 『ぐりとぐら』 の表紙とそっくりだったのである。

『野鼠の草紙』 というのは、「洞田創研究室 (Hajime Toda Laboratory)」 というブログ・サイトの 2014年 8月 1日付の記事で紹介されているので、説明を少し引用させていただく。

今回ご紹介するのは、明治二年に刊行された 『野鼠の草紙 (ノネズミノソウシ)』 である。これは、合巻形式の草双紙であるが、文明開化の影響か、紙を横長に使った点に特徴がある。 なお、この 『野鼠の草紙』 の内容は 「根津の国のかくれ里に住む山鼠、小栗忠衛門と小倉屋忠吉が森で卵を見つけて “かすていら” を造る」 というたわいのないものであったが、それゆえに年少の子供に大評判となり、多くの続編が出たという。

『野鼠の草紙』 というのは、明治 2年の刊行のようだが、現代の 『ぐりとぐら』 の方も、森の中で大きな卵を見つけ、それで大きな 「カステラ」 を作ったというストーリーが、まったく共通している。急にタイムトンネルを潜ったような気持ちになってしまうじゃないか。

室町時代から連綿と連なる古典文化の 『御伽草子』 の一環として 『鼠草子』 というものがある。それは 「日本文化と今をつなぐ。Japaaan」 というサイトの "御伽草子 「鼠草子」 はネズミをとことん擬人化させた室町時代の物語" という項でばっちりと紹介されている

ということは、『ぐりとぐら』 って、『御伽草子』、とくに 『鼠草紙』 へのオマージュとして書かれたという意味合いもあったわけだね。世の中、よく調べてみるとなかなかおもしろい。

【1月 21日追記】

下のコメントをご覧になっていただけばおわかりのように、これはすっかり騙されてしまったようだ。

『野鼠の草紙』 の 「の」 の字が、完全に今のフォントであることに 「???」 という気はしていたのだが、そこにもっとこだわればよかったなあ。

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2019/01/19

Mac ユーザーになって 5年経った

5年前の 2014年 1月 30日の当欄に "Mac を使うことによる 「しっくり感」 " というタイトルの記事を書いている。その 10日前の 1月 20日に Mac (MacBook Pro) を購入し、慎重に 1週間ほどかけてそれまでの Windows PC から Mac に移行したという話だ。ということは、今日は私が Mac ユーザーになって 5年目という記念日である。

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5年目を迎えた今日、「もう 5年も経つのか」 という気分と、「まだ 5年目か」 という矛盾した気分が相半ばしている。この UX (user experience) は、Windows PC とはビミョーかつ大胆に異なる。

「もう 5年も経つのか」 と思うのは、この 5年前のモデルを相変わらず快適に使いこなせているという実感からの驚きである。Mac に乗り換える前は、3代続けて Panasonic の Let's Note を使っていた。こんな経緯である。

2004年 4月〜 2008年 3月  OS は Windows XP
2008年 3月〜 2010年 5月  同 Windows Vista
2010年 5月〜 2014年 1月   同 Windows 7

Windows XP モデルはかなり堅実で、もっと長持ちするかと思っていたが。3年 9ヶ月目で本体の RAM がイカれてオシャカになった。それに続く Vista モデルは、OS の印象同様にハードとしてもダサくて、2年 2ヶ月で HD が動かなくなってしまった。

その後に購入した Windows 7 モデルは結構頑丈で今でも電源を入れれば動くことは動くが、ディスプレイがショボショボで、長く向き合っていられない。

というわけで、先代までの Windows PC は概ね 4年もたずに次のモデルに切り替えていた。これは 「新しもの好き」 のせいではなく、3年経つと (Vista モデルは 3年もたなかったが)、「ああ、もう 3年使っちゃったなあ」 というハード的限界感が濃厚に漂ったためである。

しかしこの Mac は 5年経った今でも、速度的にもディスプレイの見やすさでも完全に OK だ。SSD さえへたらなければ、あと 2年経っても大丈夫だろう。これは新しいモデルだけに性能が総合的に向上したということもあるだろうが、概ね Mac は Windows マシンに比べて高価格だが、コストパフォーマンスもいいってことのような気がしている。

一方で 「まだ 5年目か」 という感慨があるのは、自分が Mac に完全に馴染んでしまったことによるものだと思う。元々 MS−DOS や Windows マシンを使っていた頃から、「自分は本来 Mac ユーザーであるべきだった」 なんて思っていたぐらいだから、5年どころではなくもっとずっと前から Mac を使い倒していたような気分である。

おかげで周囲の Windows ユーザーからヘルプを頼まれても、今では 「あれ、この場合はどうするんだっけ?」 なんて迷ってしまうことがある。とくに Windows 10 なんて OS だと、かなり戸惑う。Windows 3.1 の時代から 20年も 使っていた私がビギナー・レベルにたたき落とされるというのは、Windows の暴力という気がする。

Mac ユーザーでも Word や Excel などの MS Office set を使うので、バージョンアップの度に、これまで当たり前にしてきた操作で戸惑いまくる (とくに Word)。Microsoft という会社が、ソフトウェアのバージョンアップの度にユーザー・インターフェイスを大きく変えまくるというのは、ほとんどビョーキと言っていい。

それに比べると、Mac の操作感覚にはしっかりした継続性があるのでありがたい。

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2019/01/18

日本での Subway 不振に見る 「文化の違い」

近所のショッピング・センター内で買い物しながら軽く昼食にしようとフード・コートに立ち寄ると、Subway がクローズしているのに気付いた。たまたま休業の日に当たったのかと思ったが、よく見ると 「事情により営業を中止」 という貼り紙がしてある。

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何となく様子が尋常じゃないので iPhone で検索してみると、Subway の FC 店運営会社が破産してしまったという記事が見つかった。破産宣告の前から、続々と店舗が閉鎖されているらしい (参照)。 いやはや、そんなこととは全然知らなかったよ。

上述の記事によると、日本の Subway 不振の要因としては、価格の高さ、商品提供の遅さ、注文の難しさ、店舗の老朽化が挙げられている。ただ、最近ではショッピング・センターのフード・コートでの展開が増えているので、「店舗の老朽化」 は決定的なものじゃないだろう。個人的には Subway の価格は言うほど高くないと思うが、「商品提供の遅さ、注文の難しさ」 というのは、案外大きいかもしれない。

昼食をファーストフードであっさり済ませようという日本人の多くは、一言二言で簡単に注文するか、あるいは自動販売機でチケットを買って、サクッと商品を受け取り、後は黙々と食ってしまいたいというニーズなのかもしれない。そこへ行くとパンの種類とその中身、野菜の量、ドレッシングに至るまで多くのチョイスの中から好きな組み合わせを店員に口頭で伝えるという Subway 方式は、かなり異質だ。

讃岐うどんチェーンでも多くのチョイスはあるが、トッピングを無言でチョイスして自分で皿に取り、最後に支払いをする。ところが Subway では 「キャベツは多めにね」 とか 「パセリは要らない」 とか、口頭で細かな好みを伝えるうちに、自分なりのオーダーを確定していくというプロセスを辿る。この辺りの 「ハイタッチ (下の注参照) な多様性尊重」 が、「おまかせ文化」 の日本人にはうっとうしく感じられてしまうのかも知れないね。

日本での Subway の不振というのは、こうした 「文化の違い」 によるところが大きいと思う。ただ、Subuway の店頭に自動販売機が置かれ、チケットで注文を決めちゃうなんてことになったりしたら興醒めだ。それで馴染んじゃうと、米国の Subway では注文できなくなっちゃうなんてことになるだろうしね。

【注】
「ハイタッチ」 は両手を挙げた者同士で 「ポン」 とやることだと思われているが、これは和製英語で、本来の英語の "high touch" の意味は、「人間的な触れ合い、感性を大切にする」 ということに近い。その対極が "high tech" (ハイテク)。

これはちょっと冗談ぽい話だが、私は約 7年前の "「ハートアタックグリル」 という命がけのジャンク" という記事に、ニューヨークの Subway での様子を次のように書いている。

日本でもおなじみのチェーン、Subway でサブマリンスタイルのサンドイッチを注文する時、「ハーフサイズ」 (日本の Subway では基本の大きさ) と言うと、カウンターのおねえちゃんがびっくりして目を見開き、"Really?" (本当にそれでいいの?) なんて聞いてくる。

余計なお世話だと思ったが、見ていると、スキニーな若い女の子でも、倍の 「ワンフット・サイズ」 に、じゅるじゅるの肉をはち切れんばかりにはさみこんだやつを、当然の如く注文しているので、"Really?" と聞きたくなるのももっともな話かもしれないと、妙に納得してしまったりする。

日本では Subway の店員が 「本当にそれでいいの?」 なんてフレンドリーに聞いてくるってことは、決してないよね。

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2019/01/17

東京オリンピックをきれいに洗っちゃえるか?

世間では今回のフランスでの竹田恒和 JOC 会長の起訴に関して、何だか降って湧いたような話みたいに言われているが、物覚えのいい人なら、2016年 5月頃から持ち上がっていたことを認識しているはずである。私もこのブログの 2016年 5月 17日付で、"「おもてなし」 には、やっぱり裏があった" というタイトルで書いている。

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あの頃、東京オリンピックのプレゼンに 「お・も・て・な・し」 なんて、自分だけでウケてる馬鹿馬鹿しいフレーズが使われ、ただでさえシラけていたのに、さらに 「おもてなしの語源は裏表のないことです」 なんてナンセンスな広告まで登場していた (参照)。そんな時に、「東京オリンピック招致委員会が、シンガポールのコンサルティング会社に約 2億 3000万円を支払っていた」 という話が判明していたのである。

この事に関して私は、2016年の段階で次のように書いている。

ほかでもない。東京オリンピック招致委員会が、シンガポールのコンサルティング会社に約 2億 3000万円を支払っていたという件だ。招致委員会はこの支出は必要なコンサルティング料だったとシラを切っているが、この会社が国際陸連の前会長と関係が深かったというのだから、まあ、その使い道は賄賂だったのだろうね。

フランスの検察はヨーロッパの国の賄賂だったら、見逃していたかもしれない。しかしフランスに限らず、スポーツの世界の賄賂体質にはむかついていたのだから、アジアの非白人国の賄賂疑惑をこれ幸いと利用して、この世界の正常化を図ろうとしているんじゃないかと、私は踏んでいる。

で、今となっては 「フランス、結構本気で取り組んでたんだね」 と思っているわけだ。この件を日産の 「ゴーン問題の意趣返し」 なんて報じている向きもあるが、2016年 5月は ゴーン逮捕の 1年半ぐらい前のことなんだから、この見方はかなり見当外れである。

とにかく、この 「約 2億 3000万円」 を支払ったシンガポールのコンサルティング会社 (実際にはペーパー・カンパニーだとか、さらに会社ですらないとかいう話もあるが) の名称が 「ブラック・タイディングス」 というのだから笑わせる。

どういうわけだか知らないが、「ヒンディー語でブラック・タイディングスとは、『闇マーケティング』 や 『黒いカネの洗浄』 という意味がある」 なんて、あの 「東洋経済」 が報じている (参照) が、これ、どう見ても英語の "Black Tidings" だよね。なんでまたよりによって 「ヒンディー語」 なんて持ち出さなければならないんだか、さっぱりわからない。

しかも ”Tiding" の原形と思われる ”Tide” というのは、元々は 「潮流」 とか 「潮の干満」 という意味だが、米国では有名な洗剤の商品名でもある。上の写真をご覧戴きたい。コストコに行けば、日本でもグロスでバンバン買っちゃえる。ヒンディー語なんて持ち出すまでもなく、あまりにも意味が露骨すぎだ。

というわけで、私としては東京オリンピックには始めからシラけ放題なのである。

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2019/01/16

日本語になった 「トッピング」 という言葉の意味

下の写真は、先日入った立ち食い蕎麦屋のカウンターにあった「トッピングメニュー」 というものである。たまご、きつね、コロッケ、わかめの他に 「いなり 2ケ」 というのがあって驚いた。いなり寿司をどんぶりの蕎麦の上に載せて食うというのか。

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「そんなのありかよ!?」 と思いつつふと隣を見ると、お盆の上に蕎麦のどんぶりと 「いなり 2ケ」 の小皿が乗っかっている。蕎麦の上に載せるのではなく、サイドディッシュ的扱いのようで、一安心した。

それにしても、サイドディッシュとして提供されるものを 「トッピング」 と称していっしょくたに扱ってしまうのには違和感がある。もしかして "topping" という言葉が 「トッピング」 というカタカナになったとたんに、元々の 「上に載せるもの」 という意味を離れてしまったんだろうか。

三省堂大辞林では、「トッピング」 というのは次のように説明されている。(参照

トッピング 【topping】
料理や食品の上にのせたり飾りにかけるもの。ピザにのせる具やアイス-クリームに振りかけるチョコレート-チップなど。また,それを行うこと。

これは読んでホッとするような、まともな解釈である。一安心だ。しかし念のために、Wikipedia にも当たってみると、こんなようなことになっている。(参照

  1. ケーキの上飾りなど、料理において仕上げの段階で飾りとなる食品などを盛り付ける調理法。また、その飾り付ける食品などのこと。見た目を良くするためや、味や栄養バランスの調整などのために用いられる。ローソクや人形など食品以外の物を追加する場合もある。
  2. レストランなどの料理に用意された追加できる食材のこと。別皿で提供される物、混ぜ込む物、仕込みの段階で入っている物など上飾り以外の物でもトッピングと呼ばれる。食品以外でもオプションの事をトッピングと称している場合もある。

1番目の説明はまともだが、2番目の方はびっくりである。カタカナの 「トッピング」 は、「別皿」 (つまり 「サイドディッシュ」 ね) とか 「オプション」 とか言う意味ももってしまっているようなのである。言葉というのは生き物みたいなところがあるから、ひょっとしたことから別方向への進化を遂げてしまったりすることはあり得る。

例えば山形県の米沢辺りでは、「ありがとう」 の意味で 「おしょうしな」 (お笑止な) と言ったりする。「笑止千万」 みたいなちょっと恥ずかしい気持ちということから転じて、その 「くすぐったい気持ち」 が 「ありがとう」 という意味をもってしまったようなのだ。(参照

今後、「サイドディッシュ」 とか 「オプション」 とかいう意味で 「トッピング」 という言葉が使われることが一般的になってしまうのかと思うと、私の故郷の庄内弁でいうところの 「笑止」 である。(庄内弁の 「笑止」 は 「しょし」 と発音して 「お恥ずかしい」 という意味になる)

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2019/01/15

成人式の日とその翌朝は、警察が忙しい

相変わらず 「平成最後のチョメチョメ」 が大流行で、昨日は 「平成最後の成人式」 のニュースで溢れていた。お約束ネタの 「大荒れ成人式」 もしっかり発生していて、横浜アリーナで壇上に乱入しようとする派手な羽織袴の勘違い成人が YouTube にアップされまくりである。時代だよね。

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この他にも大分県では、屋根を取っ払った定員 5人の改造車に 8人の新成人が乗って成人式会場付近を乗り回したなんてことがあったようで (参照)、何だか成人式というのは 「目立ちたがりがいろいろやっちゃう日」 ということになってしまったようだ。ただ、数年前まではもっといろいろやっちゃってた印象があるが、最近は少しは分別がついたというか、おとなしくなったもののようである。

多くの自治体では成人式を前日の 13日にやってしまったらしく、茨城県でもそんなところが多かった。で、その翌日の 14日は、前夜に飲み明かしてそのまま運転しちゃうことによる 「酒気帯び運転」 が多発するようで、昨日、自転車で土浦の 「りんりんロード霞ヶ浦コース」 を走った時も、途中の道路で決して目立ちはしないが結構な警戒体制が敷かれていた。

朝の 9時過ぎ、繁華街から郊外の自宅に戻るといった道筋に警官がさりげなく立っていて、いかにも飲み明かしたような感じとか、シートベルトを締めていないとか、そんなような運転者を見つけるとすかさず次の交差点で待ち受ける同僚に連絡する。連絡を受けた警察官は、やってくるクルマの前でホイッスルを鋭く鳴らし、旗を振って止まるように促す。

様子をみていると止められちゃうクルマは案外多く、常に 3〜4台がフーセンを膨らまされる順番待ちになっていた。多分県内各所でこんなような取り締まりが行われていたのだろう。警察もなかなか大変である。

それにしても私が 20歳になった 1972年頃というのは 「反体制文化」 真っ盛りで、成人式なんていう官製イベントにいそいそとでかけるなんてのは 「カッコ悪さの極み」 ということになっていた。親しい仲間に成人式に出席したなんていうのは 1人もおらず、そんなものに振袖着て参加する女の子なんて、こう言っちゃナンだが 「アタマ悪いんじゃねえの?」 なんて思っていたものである。

しかし時代は変われば変わるものだ。今や若い連中が抵抗なく成人式イベントに出席するという世の中になったらしく、聞くところによると 「同窓会イベント感覚」 なんだそうだ。ふぅん、自治体が開いてくれる 「同窓会」 に嬉々として、あるいは勘違いしまくりで集まっちゃうわけなんだね。

私なんか、成人式は和服業者の 「利権事業」 と思っているのだが。

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2019/01/14

トランプは 「壁を乗り越えろ」 と檄を飛ばしている

米国の Daily Show という番組で流されたというビデオには、笑ってしまった。"Don’t Show Mexico This Video of Trump From 2004 We Found" (我々が見つけたこの 2004年のトランプのビデオを、メキシコに見せちゃいけない) というものである。

このビデオはトランプが、15年前にニューヨークの Wagner College という大学で名誉博士号を授与された際に、卒業する学生たちに向けたスピーチを行った際のものらしい。ビデオそのものは全編が元から YouTube で公開されていたらしいが、とくに注目されていたわけではないようだ。

しかしこのほど Daily Show のスタッフが、スピーチの終盤に聞き捨てならない発言を見出してしまったのである。こんなセリフだ。

Don’t give up.
Don’t allow it to happen.
If there’s a concrete wall in front of you, go through it.
Go over it. Go around it. But get to the other side of that wall.

(つたない翻訳で申し訳ないが、こんな感じかな)

諦めてはいけない。
それが生じるのを許してはいけない。
もし目の前にコンクリートの壁があっても、それをすり抜けろ。
乗り越えろ、迂回しろ、そして壁の向こう側に辿り着きなさい。

Mashable Asia の Nicole Galluncci は、これについての記事の冒頭で、"President Donald Trump is a master at giving mixed signals." (トランプ大統領は混乱したシグナルを出す達人だ) と述べている (参照)。まさに、「壁を乗り越えろ、向こう側に辿り着け」 と煽った張本人がその 15年後に、メキシコ国境に壁を作るなんて寝言を言い出して、20日以上も政府機能を麻痺させているのだからね。

トランプの ”mixed signal" の深層意識としては、自らの処世譚をネタにして 「諦めるな、壁を乗り越えろ」 と言いつつも、「それが実際にできるヤツは多くない。俺はできたけどね」 みたいな傲慢な考えなんだろう。「メキシカンにコンクリートの壁を越えられるわけがない」 なんて思っているからこそ、壁建設に執拗にこだわっているのだ。

しかし 15年前のこのビデオは、米国を目指す多くのメキシコ人を思いがけなくもエンカレッジしたんじゃあるまいか。壁なんかない方がいいに決まっているが、不幸にして建設されてしまったとしても、なんとか潜り抜けてしまう者が続出するに違いない。

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2019/01/13

「固有の文化」 と、クジラと改憲

古い友人が正月 7日を過ぎてから思い出したようにくれた年賀状に、「今年こそ憲法改正を実現させましょう」 とか 「これからはまた鯨が食えるのが嬉しいですね」 とかいう文言が添えてあった。彼は私のこのブログの存在を知っているはずなのだが、最近はとんと読んでくれていないらしい。

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憲法に関しては昨年の正月に書いた "当分の間 「本籍・改憲派、現住所・護憲派」 で行きたい" という記事へのリンクを、上の画像のように本宅サイトのトップ・バナーのすぐ横に置いているし、クジラに関しては "日本政府は IWC 脱退を決めたようだが" という昨年末の記事で疑問を呈している。つまりこの 2つのイシューに関しては、昨年のうちに態度を明らかにしているのだ。

というわけで、彼とはここ数年顔を合わせていないが、今後はますます距離が開いてしまいそうな気がしている。風の噂では日本会議系の団体に入っちゃってるというし、何だか話が合いそうな気がしない。

既に何度か書いていることだが、私は牛肉と豚肉はここ数年避けているし、鶏肉も止めて 2年近く経つ。ましてやクジラに至ってはここ何十年も食べていないのに、IWC を脱退するからといって思い出したように食う気には到底なれない。

捕鯨推進派は 「鯨肉食は日本固有の文化」 とことさらに主張していて、日本政府は、社説で日本の IWC 脱退を批判したニューヨーク・タイムズに、そうした論拠での反論を掲載したらしい (参照)。確かに 「固有の文化」 は尊重されなければならないが、それを錦の御旗のごとく掲げて突っ走るのも、何だかビミョーなところがある。

そもそも、日本人の多くが昔から連綿とクジラを食うことに親しんでいて、それなくしては食生活が淋しくてしょうがないというわけでもない。MAG2NEWS は、「約 7割が売れ残る。それでも日本が捕鯨を続けざるを得ない裏事情」 という記事で、次のように報じている。

調査捕鯨の名目で捕獲された鯨の肉は市場でセリにかけても 3分の1しか落札されず、残りは売れ残ってしまうそうです。それが地元の小学校で給食として提供されているそうですが、鯨の肉には大量の水銀が含まれており (参照:鯨由来食品のPCB・水銀の汚染実態調査結果について)、それを成長期の小学生の (ママ) 食べさせるのは非常に危険です。

さらに、私も一昨年に "そろそろ捕鯨を止めようじゃないか" という記事で引用した 「日本とクジラ なぜ日本は捕鯨をするのか」 (原文は "Japan and the whale") という BBC の記事を紹介し、日本の捕鯨に関する方針は、捕鯨関係者が多い選挙区から選出された数人の国会議員と、予算を失いたくない数百人の官僚たちの意向が大きいとして、次のように書いている。

(行き詰まっている) 原子力発電や (時代遅れの) スパコン事業にも言えると思います。一旦、「国家プロジェクト」 としてスタートしてしまうと、作られた特殊法人 (=天下り法人) やそのプロジェクトに強く依存する事業者が出来てしまうため、霞が関の担当役人や特殊法人そのものが 「辞めましょう」 とは言えない空気が出来てしまうのです。

まあ、クジラをどうしても食いたいという人に 「絶対に食うな!」 とは言わないが、このあたりの事情も理解した上で、自分の食うものを決めても遅くはないだろうと思う。「固有の文化」 の尊重という点に関しても、日本は 「切腹」 や吉原などの 「遊郭文化」 を、即物的な観点からはとうの昔に捨ててしまっていることだしね。

しかしこれらは、廃止された今でも歌舞伎など (『仮名手本忠臣蔵』 四段目、六段目や、『助六所縁江戸桜』、『曽根崎心中』 を見よ) のフィクションの中で脈々と生き延びているし、クジラを実際に生々しく食わなくても、語り継ぐことは十分に可能だろう。文化というのは 「リアルでやめたらすぐに廃れる」 というような、そんなにも即物的で脆弱なものじゃないってことだ。

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2019/01/12

今年の冬は寒いと言われるが

先日、無農薬野菜作りをしている友人の畑に立ち寄ると、冬とはいえ、白菜、ナバナ、パクチーなどが元気に育っていた。帰りに野菜をもらって帰ったが、やはり無農薬で育てたものは確実においしい。

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彼の話によると近頃かなり寒いので、野菜の生育が例年に比べて少し遅れ気味らしい。11月頃に発表された気象庁の季節予報では 「この冬は暖冬になる見込み」 とのことで、確かに 12月の初旬までは暖かめだったが、中旬から急に気温が下がり始めて、年明けはずっと寒いままだ。

前にも何度か書いたことだが、明日か明後日の天気予報はかなりよく当たるようになったが、3ヶ月予報、いわゆる 「季節予報」 はなかなか当たらない。ここ数年のことを思い出してみても、当たらない確率の方が高いので、まともに信じない方がいいという印象だ。

ただこの冬は 「厳冬」 とは言わないまでもかなりの寒さに違いないが、昭和の終わり頃の寒さに比べると、それほどのものではない。私が東京杉並区からこのつくばの地に移転してきたのは 37年前の昭和 57年、つまり1982年のことだったが、あの頃の寒さはこんなものではなかった。

冬になると我が家の裏の川土手には毎朝びっしりと霜柱が立って、それを踏んで歩くと足が 3センチぐらいザクッと沈み込んだものだ。クルマのフロントガラスも真っ白な霜に覆われて、内側からしばらくヒーターの風を当てて溶かしていたものだ。最近ではそんなことになる朝は滅多にない。

家の中も暖房を切るとかなり冷え込んでいたので、引っ越して最初の冬、慌てて見るからに分厚い羽布団を買い込み、それを毎晩かけて寝ていた。しかし近頃ではその特別誂えのような羽布団はあまり使うこともなくなり、とくに冷え込む夜に出してかける程度のことになっている。つくばの冬は確実に暖かくなっている。

地球温暖化の傾向は、夏よりも冬の気温上昇において顕著なのだと言われている。昨年の夏は 40度越えの酷暑を何度か記録したが、冬の場合はしのぎやすい方向への変化だからなのか、あまり話題にはならない。

この程度のことで 「今年の冬は寒い」 というのは、ちょっと前の感覚からするとちゃんちゃらおかしいことなのかもしれない。

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