2018/04/20

"HASSYON" という名のファッション通販サイト

スマホの無料アプリで頻繁に広告が表示されるのはお馴染みのことだが、今日は "HASSYON" という名のファッション通販サイトの広告が現れた。下の写真がそれである。それにしても "HASSYON" とは、いくら何でもアヤし過ぎる名称ではないか。

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ちょっと検索してみると、あまりいい評判ではないようで、届いたのが不良品だったので交換を希望したが応じてもらえなかったなどという書き込みがみつかった (参照)。まあ、その一方で 「安いんだから利用している」 みたいな書き込みも多いのだが。

試しにこの "HASSYON" という会社の通販公式サイト (参照) に行ってみると、いろいろなアイテムの写真が並んでいるが、値段を見ると、とりたてて 「安い」 というほどではない。せいぜい 「高くはない」 程度の値段で、このくらいのものなら、フツーのジャンクショップでいくらでも見つかる。

「会社案内」 というページを見ても、正式な会社名は表示されていない。"www.hassyon.com" というドメインネームが 「域名」 として表示されているが、これ、"domain name" を漢字に直訳したようで、中国の会社というのがバレバレである。さらにアヤシいことに、この会社案内の表は画像で表示されていて、つまりテキストベースの検索にはかからないように作られている。

「特定商取引法表記」 というページをみると、「会社名」 が 「株式会社キラバイ」 となっており、この部分もまた画像である。この社名をキーワードにして検索してみると、さらに芳しくない情報が出てくる。

この通販サイトで特徴的なのは、ページ上部のイメージ画像を除くと、すべての商品写真でモデルの顔がカットされていることだ。これは自社で契約したモデルではないので、顔を載せると訴訟を起こされるのが確実で、どう見ても勝ち目はないからだろう。

早く言えば、掲載されている商品は自社商品ではないということで、せいぜい欧米の企業から製造を請け負って、その中で出た不良品を販売しているか、あるいは中国内の消費者市場で安く販売されている品物をフツーに買い求めて、日本向けに値段を付け直して売っているかというようなことが考えられる。

いずれにしても私の感覚からすると、ファッション商品を ”HASSYON" なんていうサイトで買うなんて、気持ち悪くてできないと思うがなあ。

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2018/04/19

晴れ男、されど向かい風男

今月になってから、晴れさえすれば強風が吹くということになっているようで、今日のつくば周辺も昼過ぎからかなり強い風が吹いた。なんとかしてうららかな春爛漫の日というのを過ごしたいのだが、なかなかそうはいかない。風が弱ければどんよりとした曇り空で、晴れれば決まって強風だ。

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近頃は往復 20km 程度なら自転車で行くことが多くなっているのだが、自転車の大敵は強風である。今月 11日の 「大変な強風だった」 という記事でも書いたが、とくに向かい風だと、登り坂などでは漕いでも漕いでも進まなくなってしまうことがある。

今日もつくば方面に用があって、いつもの如く自転車で出かけた。我が家からつくばは北に向かってペダルを漕げばよく、今日は南風っぽいし、帰りは風も弱まるから大丈夫だろうと安心して出発したのだが、実際には南西からの強風だった。だから進路がちょっと西に向くと、とたんに向かい風になる。

実際には 「斜め向かい風」 という様相だったが、これがかなりきつい。道路の向きが北東方向になると、とたんに追い風になって 30km/h ぐらいのスピードが楽に出ちゃうのだが、ちょっと左向きに進路を取ると、急に 20km/h 以下になる。

さらにきつかったのが、用が済んで帰ってくる時に、この風の向きがさらに西風っぽくなったことだ。常に横から煽られるし、ちょっと西向きの進路になっただけで、往路の時よりさらに向かい風要素が強くなる。どうしても楽させてもらえない。

私は仲間内では有名な晴れ男で、ここぞという時の晴天率は 99%ぐらいになるのだが、風に関しては案外恵まれない。風向きの変化のせいで、往きも帰りも大変な向かい風というケースも、全然珍しくないのである。

「晴れ男、されど向かい風男」 ということなのかもしれない。まあ、雨男よりはずっとましか。

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2018/04/18

水面に飛び出した鯉の背びれ

下の写真は、我が家の裏を流れる川の水面を撮ったものである。何の変哲もない画像に見えるが、よくみると左右に 2つ、黒い筋状のものが見えるのがわかる。これらは実は、水中にいる鯉の背びれのようなのである。

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春になって陽気がだいぶ暖かくなり、運動のために土手を散歩していると、あちこちで鯉 (多分、鯉だと思う) がジャンプして水面に落ちる 「バシャッ」 という音が聞こえる。耳を澄ましていると、ほぼ 10〜20秒に 1度ぐらいの頻度で聞こえ、水中に戻る一瞬の姿がちらりと見えたりするので、水の中には結構な数の鯉が生息していると思われる。水が濁っているので、人間の目には見えないだけだ。

一度でいいから鯉のジャンプする姿を写真に撮ってみたいと、iPhone のカメラを構えて待ち受けたが、なかなか撮ることができない。あちこちで  「バシャッ」 という音は聞こえ続けるものの、カメラの視野は限られるし、仮にジャンプする姿が画面で見えたとしても、シャッターを押して写真に収めるのは至難の業だろうと諦めた。

ところが散歩しているうちに、上の写真の光景に気付いた。初めは藁屑か何かが浮いているだと思ったが、どうも様子が違う。藁屑だとしたらどんどん下流に流されて行くはずだが、この 2つの筋は一つところに留まったままなのだ。

近付いてよく見ると、この黒い筋の後ろ (「後ろ」 と言いたくなったのは、下流の方向なので) の水面下で、何やら動く様子がある。これ、多分鯉の尾びれ (尻尾) なのだろう。流れの中で上流方向を向き、ゆっくりと尾びれを動かしているので、ずっと一つ所に留まっていられるようなのである。

「へえ、呑気でいいなあ!」 という言葉が、思わず口をついて出てしまった。まさに春である。

通り過ぎて引き返し、再びこのポイントにさしかかった時には、2つの黒い筋は見えなくなっていた。さすがの呑気な鯉も、退屈して河岸を変えたのかもしれない。こういう時に 「河岸を変える」 というのは、果たして適当かどうかわからないが、ちょっとした趣きとして使ってみた。

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2018/04/17

「ハッシュタグ」 という言葉

14年以上もブログの毎日更新を続けていると、「世の中、確かに変わった」 と思うことがかなりあり、その一つに、「#」 という記号の読み方がある。10年以上前は 2007年 8月に 「"#" は 「シャープ」 じゃないんだって」 という記事を書いたぐらいのものだが、今はごくフツーに 「ハッシュタグ」 と言われている。

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「ハッシュタグ」 という言葉が日本で急速に広まったのは、明らかに Twitter の普及による。ただ、米国で Twitter がスタートしたのが 2006年 7月で、その 1年後の 2007年は、まだ日本語対応すらできておらず、国内での本格的普及がスタートしたといわれる 2009年になっても、まだみんな 「シャープ」 と言っていたように思う。

Twitter がごくフツーに日常生活に入り込み、それとともに 「"ハッシュタグ〇〇" で検索してください」 なんて言い方がごく普通になったのは、ここ 10年足らずのことだ。考えてみれば大変な変化である。

ただこの 「ハッシュタグ」 というのは、あくまでも SNS における 「タグ」 の一つとして使われる場合の呼び方で、普通の英語としては単に 「ハッシュ (hash)」 とか、番号を示すために付けたりするので 「ナンバー・サイン (number sign)」 とか呼ばれる。

そんなわけで、"hash" というのは昔からある言葉だが、"hashtag" となると新語だから、2013年になって始めてオックスフォード辞書に採用されたらしい。一方、日本では 「ハッシュ」 を素通りしていきなり 「ハッシュタグ」 という言葉が浸透したため、単に 「ハッシュ」 と聞いて 「#」 の記号を思い浮かべられる人はごく少数派で、まだ 「シャープ」 の方が一般的だろう。

しかしそもそも 「ハッシュ」 と 「シャープ」 は別物のようで、よく見ると上図の通り、「ハッシュ」 は横の線が水平で縦の線が斜めだが、「シャープ」 はそれが逆になっている。西洋音楽ではシャープが 1個付くと 「ト長調 (G major) で、「ファ (F)」 の音を半音上げるため、五線譜では一番上の線 (ここが F の音に当たる) に付けられる。このあたりのことはあまり認識されていないから、ウンチク・ネタとして使えると思う。

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2018/04/16

固形石けんで髪を洗うのだ

私はこの 30年近く、髪を洗うのにシャンプーを使わず、固形石けんを使っている。何だかよくわからないが、自然に近い原料で添加物を使っていない石けんで、頭の先からつま先までこれ 1個で済ませている。

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これを使い始める前は 「石けんシャンプー」 という商品名の、一見シャンプーのボトルのようなものに入った液体石けんで洗髪していたが、ある時ふと 「同じ石けんなら、分ける必要ないじゃん!」 と気付き、以後は固形石けんだけにした。この方が面倒がなくて、本当に楽だ。

妻の弟は美容師をしていて、私が固形石けんで髪を洗っているなんて聞くと、前は 「そんなことしてたら禿げちゃいますよ」 なんて言っていたが、何年経ってもちっとも禿げず、白髪すらほとんどない (参照) ので、最近では何も言わなくなった。まさに論より証拠である。

最近、ふと思い立って 「石けんとシャンプーでは、どちらが髪にいいのか」 というのをインターネットで調べてみた。複数のページが検索されたが、結論的には 「別にどっちでもいい」 という感じで、要するに好きな方を使えばいいということのようだ (参照)。多くの人が当然のごとくシャンプーを使っているのは、メーカーの CM の成果でしかないようなのである。

ただ、どのページを見ても 「石けんはアルカリ性なので、弱酸性のリンスが必要」 との注釈がある。かなりもっともらしいが、私は面倒くさがりなので、単に固形石けんを両手の平で泡立てて洗い、後はシャワーですすいでおしまいである。リンスなんてことは、この何十年もしたことがない。

それでも禿げもせず、白髪にもならないのだから、「弱酸性のリンス」 なんてのは気休めに過ぎないのだろう。考えてみれば、髪以外の肌だってノーマルな状態では弱酸性なのに、石けんでゴシゴシ洗いっぱなしで何の問題もないのだから、髪だけことさらに 「リンスが必要」 なんていうこともなかろうという気がするのである。これもまた、「論より証拠」 である。

ことさら面倒なことをせずにストレスフリーでやるのが、禿げもせず白髪にもならないための最善の策なのかもしれない。

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2018/04/15

「とろぺず」 という言葉

フランスの観光地に 「サントロペ」 (St.Tropez) というところがあり、世界中に知れ渡っているので、いろいろな店がこの名前を勝手にいただいている。下の写真の 「都会的娯楽」 が売り物の 「サントロペ」 はパチンコ屋さんらしい。

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で、フランス語の綴りでは最後の発音しない "z" の文字が付いてしまうので、私なんかつい "St." 以後の部分を 「トロペズ」 と読みたくなってしまい、それが引き金となって庄内弁の 「とろぺず」 を連想して、苦笑いしてしまったりする。

庄内弁の 「とろぺず」 というのは 「いつも、しょっちゅう」 という意味の言葉で、英語で言えば "always" に当たる。で、「おめだば、とろぺずものくてんなだものの〜!」 (日本語訳: お前ってば、いつもモノ食ってるんだものね〜) なんて呆れたりするのである。ニュアンスとしては、あまり褒められるような意味では使わない。

これはとくに庄内地方に限らない方言のようで、インターネットで検索すると 「とろぺし」 「とろぺじ」 「とろっぺじ」 「とろっぺず」 などのバリエーションでいくらでも出てくる。いずれも 「いつでも」 という意味だが、秋田などでは、「際限なく、いつまでも」 (forever)という意味合いでも用いられたりするようだ。

語源に関しては、どう探しても確たる言及がない。柳田国男の 『蝸牛考』 という書に、新しい言葉は中央から発して地方に伝わり、辺境になるほど古い言葉が残る」 というようなことが書いてあり、「とろぺず」 はどうやら東北地方にしか残っていないようなので、かなり古い言葉なのだろう。

というわけで古語辞書をひくと、「とろ」 は 「とろとろ/たらたら」 という言葉の流れで、「牛のよだれのような粘液状のものが流れ落ちる様子」 とか 「ゆっくり、ゆったり、のろのろ」 という意味となっている。これは今でも 「トロいやつ」 みたいな言い方に痕跡を留めている。

残る 「ぺず/ぺす/ぺじ/ぺし」 はなかなか難しいが、古い言葉とすれば、「はひふへほ」 の古い発音は 「ぱぴぷぺぽ」 の P音だったというから、辞書的には 「へす」 という言葉にヒントがあるかもしれない。「へす」 という古語は 「圧す」 と表記され、「押しつける」 という意味である。「押せども圧 (へ) せども」 なんて使い方をする。

この 「へす (圧す)」 が 「とろぺず」 の 「ぺず」 の部分に当たるとしたら、「とろぺず」 は 「際限なくのろのろと押しつける」 というようなイメージになる。これだと、褒められるようなイメージからほど遠い 「いつも、しょっちゅう、いつまでも」 というような意味合いに重なるだろう。もしかしたら案外、こんなようなところが正解なのかも知れない。確証はないけど。

ちなみに 「サントロペ」 というカナ書き表示だと、「さんごろぺ」 というのを思い出してしまうのだが、これについては 13年以上も前に "「かすと」 と 「さんごろぺ」" というタイトルで書いているので、参照されたい。

ああ、私としては、サントロペまで避暑になんか行かなくていいから、1週間ぐらい休みを取って、トロトロゆったりと暮らしてみたいものである。

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2018/04/14

英語は、単にお洒落な演出のための小道具なので

今月 5日に 「JR のペットボトルは、ぼってる」 という記事を書いた。東京駅の新幹線ホームにあるゴミ箱の 「ペットボトル」 の表記が "P.E.T.Bottels" となっているのを、下記のように写真入りで紹介したものである。

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その隣の表記がきちんと "Bottles" になってる (違い、わかるよね) のに、このラベルに関わった人たちは、制作者から現場で貼り付け作業をした人に至るまで、誰も気持ち悪くならなかったもののようなのだ。おそらく関係者の誰も、このラベルをまともに 「読んでなかった」 のだろう。「文字を目にしたら、とりあえず読んじゃう」 という体質の私みたいな人間にとっては、びっくりの現象である。

とはいえ私としては、この種の問題には既に諦観しているというか、「まあ、世の中そんなもんだよね」 程度の感慨で済ませてしまうのが身につきかけている。前は羽田空港のスナック・カウンターで "flesh juice" という看板を見てちょっと青ざめてしまい、店員のオネエチャンに 「これ、ちゃんと直しといた方がいいよ。『肉体ジュース』 って意味になっちゃってるから」 と注意したりもしたが、最近はあまり動じなくなった。

あの時にしても、"flesh juice" の店のオネエチャンは、「え、何がいけないのよ。生ジュースは生ジュースでしょ」 みたいな顔をして、ちっとも理解してくれなかったから、注意するだけ無駄だと悟ったのである。5日の記事にハマッコーさんが付けてくれたコメントでも、衣料品店の売り場案内に "Ladeis" とあったので注意したら、"Ladies" になってたというのがあった。

一方で紳士服売り場に "Men's" とあるので、婦人服の方も "Ladies'" としてもらいたかったわけだが、単にアサッテの方向にスペル修正されただけだったようなのだ。まあ、”Men's wear/Women's wear" ぐらいが一番わかりやすいんだろうけど、男子トイレの表示が "Men Toilet" なんていうのもあることだし (参照)、多くを望んでも仕方がない。

こんなことでは 2020年の東京オリンピックを前にしてお恥ずかしいというのは、至極もっともな指摘だが、まあ、この国の英語のレベル (というよりも、言葉総体のレベル) がこの程度のものなので、急に直そうったってそう簡単にはいかないだろう。

奇しくもこの記事の翌日に発表された、文科省による全国中高生の英語力に関する調査によると、政府が目標としていた 「中学生、高校生の 50%以上が、それぞれ英検 3級、同準2級相当以上の実力をもつ」 というレベルに届かなかったという。英検 3級なんて、はっきり言って馬鹿馬鹿しいほど簡単なんだけどね。

この報告を紹介した個別指導塾の先生のブログに 「木曜5割基準、到達は4割」 と書いてある (参照) ので、「一体何のこっちゃ?」 と思ったが、多分 「目標5割基準、到達は4割」 のミスタイプなのだろう。上の方で 「言葉総体のレベル」 と書いたのは、こうしたこともあるからである。

私は、この国の 「英語」 というのは、「お洒落な感覚を強調するための小道具」 でしかないと思っていて (だって、それ以上の意味づけは実際の生活でほとんど必要ないのだもの)、2015年 10月 21日の 「テキスト派と感覚派の間の深い溝」 という記事で、次のように書いている。

プロモーション用のウェブページを作成したり、お洒落なメニューを作ったりというアートワーク系の 「感覚派」 の人たちは、まず辞書なんて引かないのだ。言葉を意味のある言葉としてではなく、お洒落な感覚を演出する小道具ぐらいにしかみていないためだと思われる。

せっかくのお洒落な小道具なのに、正確な意味なんか調べてしまうと 「理に落ちて台無しになる」 みたいな気がして興醒めするので、そんなことしたくないのだろう。意味や正しいスペルを調べるよりも、感覚的なテンションを維持することの方が大切なのだ。

(中略)

しかし感覚派の人たちにしてみると、多少の語法やスペルの間違いなんて、大したことじゃないらしい。「何かおかしい?」 ってなぐらいにしか感じられないようなのである。「いいじゃないの。わかれば」 と言いたいみたいなのだが、テキスト派にしてみると、「いや、わからないから」 と言わざるを得ないのだ。

というわけで、日本の半数以上の人たちはあの 「一見英語のような表示」 を 「言葉」 と思っていないみたいだから、「左脳を使って読む」 のではなく、「右脳で眺めてるだけ」 のようなのである。だから 「言葉」 として間違いを指摘してあげても不興を買うばかりという結果になるわけだ。ましてや、英検何級相当のレベルなんてなことを言っても、ほとんど意味がない。

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2018/04/13

「机に寝るための便利グッズ」 というもの

昼前のラジオを聞いていたら、「机に寝るための便利グッズ」 というのを紹介していた。「机に寝る」 って、どんなに身を縮こめたらいいんだと、頭の中がモチャモチャになりかけたが、どうやら昼休みなどに机に突っ伏して寝るためのグッズらしい。

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ラジオの音声だけではなかなかイメージがつかめないのでインターネットで検索してみたら、上の画像のようなのが見つかった (参照)。「おひる寝っしょん」 という商品名らしいが、決してお昼におねしょするというようなものではない。他にも、腕にクッションを巻き付けて突っ伏して寝るという 「らくらく快適腕枕」 など、なんとまあ、いろいろな種類がある。

市場には 「便利グッズ」 と称する商品がいろいろあるが、私の印象ではそのほとんどは、ことさら 「便利」 というほどのものじゃない。他のありモノで充分に代用がきくし、どちらかと言えばあるだけ邪魔くさい。そのうちどこかにしまい忘れて、頭の中から消え去ってしまうという程度のものである。

で、こう言っては申し訳ないが、この 「おひる寝っしょん」 は結構かさばるし、「あるだけ邪魔くさい」 ものの典型なんじゃあるまいか。そもそもこんなもの、普段はどこに置いとけというのだ。まあ、中には 「お昼休みのチョイ寝に欠かせないので、使う時以外はロッカーの最上段に大切に保管してます」 なんて人も、稀にはいるかもしれないが。

で、話はそれだけでは済まない。オフィス用品のメーカー、KING JIM が 「着る布団」 なんてものを出しているというのだ。つなぎの服みたいなイメージの寝袋のようなもので、「大規模災害発生時の帰宅困難者に」 という触れ込みである。「靴を履いたまま脱ぎ着することができて、着たまま歩ける」 のだそうだ。

しかし大規模災害発生で会社から帰宅困難になった時なんて、実際にはまんじりともせずに夜を明かすことになり、時々うとうとするぐらいで、横になって寝ることなんてまずないだろう。「着る布団」 なんてものを会社がまとめ買いしても、何十年経っても 1度も使わずに、倉庫で探し物をする時に 「なんか、あるな」 と思う程度のものになってしまのが関の山なんじゃなかろうか。

とはいえ、世の中には 「便利グッズ」 といわれるものが大好きで、いろいろ買い揃えたがるタイプの人が少なくないようなのだ。こうした商品はそんな需要に支えられながら、次から次に現れては消えていくのだろう。

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2018/04/12

JR 東労組の組合員大量脱退というニュース

東洋経済オンラインによると、JR 東日本の最大労働組合 「東日本旅客鉄道労働組合」 (JR東労組) の組合員が、今年 2月中旬以降の 1カ月余りの間に約 28,000人も脱退しているという (参照)。今年 1月時点では約 46,000人 (社員の約8割が加入) いた組合員が、半数以下の 18,000人まで減り、その減少にはまだ歯止めがかかっていない。

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これはどうみても異常事態だろう。なんでこんなにも脱退が相次いだのかといえば、それはもう、組合のやり方が組合員の期待とするところと全然合っていないからというほかない。組合に入っている方が自分たちのためになると思えば、脱退なんかしない。「組合に入っていても、デメリットがメリットを上回る」 とわかったからこそ脱退するのである。

記事によると、大量脱退の引き金になったのは、今年 2月の 「スト権確立決議」 だったという。従来の 「格差ベア」 を止めて、組合員一律の 「定額ベア」 にするように求めて、ストも辞さない構えを見せたというのだが、実際にはストは行われなかった。

そもそも JR 東日本は昨年まで 4年連続ベアが行われ、社員の平均給与も比較的高い。つまりそれほどまでには 「飢えていない」 のである。そこにもってきて、給料から高額の組合費をさっぴかれ、休日になれば政治闘争の勉強会だ、デモだと動員をかけられるのだから、「付き合いきれない」 と思われてもしかたがない。

ちなみに JR 東労組の内部には、革マル派がかなり浸透していると認識されている。そしてこの 「革マル派」 という言葉を聞くと、私なんか、とても 「いやぁな感じ」 になってしまうのだ。

1971年に早稻田大学第一文学部 (一文) に入学した時、早稻田は革マル派の拠点で、とくに一文キャンパスは革マル派が我が物顔でのし歩いていた。彼らは 「オルグ」 と称して、クラスの授業中にも頻繁に押しかけてきて政治的議論の場にしてしまう。しかし私は彼らの言い草をしばらく聞いているうちに、正直言って 「この連中とまともに付き合ったら、こっちまで馬鹿になってしまう」 と思うようになった。

当時の早稻田大学は、学生ストによる 「ロックアウト」 が続いて、まともな授業なんかほとんど行われなかった。私はアルバイトと音楽活動に明け暮れているだけだったから、よくまあ親は学費を出していてくれたと思う。あれは日本がまだ高度経済成長期にあったからこそだろう。つまり当時の学生運動は、自らの否定する資本主義経済の繁栄によって支えられていたと言ってもいい。

革マル派の連中は、「資本主義経済が究極まで行き着くとその矛盾が露呈し、共産主義に移行せざるを得ない」 なんて言っていた。今どきそんなことを言っても誰も信じないが、当時はそんな寝言が共産革命理論として通用していたのだ。

さらに 1972年の秋には、革マル派による学内でのリンチ殺人事件が発生して、大学は長期休講に追い込まれた。これが世に言う 「川口大三郎君事件」 である。この事件を境に、キャンパスを闊歩していた革マル派活動家たちは地下に潜って姿を見せなくなった。そりゃそうだ。姿を見せればすぐに逮捕される。あの連中が今どうなっているのか、全然知らない。

こんな体験をしてきているから、私は今でも 「革マル派」 と聞くだけでイヤになる。まあ、革マル派だけでなく、中核派だろうが社青同だろうが、あの当時のセクトの名を聞けばすべてイヤになってしまうのだが、革マル派はなまじ物理的距離が近かっただけに、嫌悪感がより強い。

というわけで、JR 東労組がどうなろうが、知ったことじゃないのである。約 7年前の 「質素の楽しみ」 という記事で、我々はもっと別の方向を向かなければならないということを書いているので、興味があったら読んでいただきたい。

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2018/04/11

大変な強風だった

今日の朝のうちはほとんど無風状態だったのだが、昼前から急に風が強まって、さながら 「春の嵐」 の状態になった。4月になって風の強い日が何日か続いていたが、今日の風は断トツに強い。

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近所で販売されている新築住宅の幟や旗、掲示板などはすべてなぎ倒されて地面に寝かされている。ラジオの交通情報では、首都高でも強風のため閉鎖や車線規制が相次いでるようだ。

実は私は、この風が吹き始める直前に、15日からの出張のための指定席券を買おうと、自転車で取手駅に向かっていた。片道約 9km、往復 18km と、普段なら手頃な運動になる。ところが今日は出発して 5分足らずで急に向かい風が強くなった。「ありや、こりゃどうしたことだ?」 と思ったが、軽く考えてそのままペダルをこぎ続けたのが間違いのもとだった。

あまりの向かい風に、スピードメーターはママチャリ並みの 10km/h を越えたり越えなかったり。それどころか、登り坂ではほとんど止まってしまいそうになる。普段は 30分足らずで着くのだが、今日はひいひい言いながら 50分ぐらいかかった。その分、帰りは楽に時速 30km/h 出せて、20分足らずで帰って来たのだが。

帰り道は時速 30km/h 以上で走っても風をまったく感じず、耳のそばで風切り音もまったくしない。背中に吹き付ける風速と同じぐらいのスピードで走っていたからだろう。これは気持ちいいような悪いような、かなり不思議な感覚である。

ただ、これほどの風は関東では珍しいが、私の生まれた山形県の庄内地方では、それほど稀なことではなかった。とくに冬の季節風は台風並みの強さで、猛烈な地吹雪を引き起こす。

私の生まれ育った酒田市はこの季節風のおかげで冬でもそれほどの積雪にはならなかず、せいぜい 30cm ぐらいのものだった。降った雪はほとんど山際まで吹き飛ばされてしまうのである。ただ、地吹雪のせいでしょっちゅう 「ホワイトアウト」 してしまい、視界がほとんど効かなくなる。冬山でもないのに。

地吹雪の時に風に向かって歩くときは、上体を極端に前にかがめて歩く。そうしないと風に煽られて前に進めないし、地面がアイスバーンになっていたりすると、帆掛け船のように流されてしまう。妻が初めて冬の酒田に来た時は、はからずもこの 「帆掛け船状態」 になってしまった。彼女は今でも 「咄嗟に身をかがめる余裕もなく、気付いた時は流されてた」 と述懐する。

こんなことを言うと、冬の酒田は恐ろしいところのように聞こえるが、逆に追い風の時 (つまり南東に向かって歩く時) はとても楽だ。背中から吹き付ける強風が、背もたれ付き椅子のように背後から支え押してくれるので、足を軽くちょこっちょこ動かしているだけで移動できてしまう。子どもの頃、学校から帰ってくる時はよく 「風に座っているうちに家に着いた」 なんて言っていた。

だから酒田で育つと、「苦あれば楽あり」 という諺を、かなり身を以て実感することができる。

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