落書きと千社札と手水場の小銭
「世界遺産への落書き問題」 で、イタリア側の反応がやけに寛容だなあと思っていたら、なんとそのドーム (イタリア語では 「ドォモ」 ってぇの?) は、落書きの名所なんだそうだ。
入り口で怪しげな現地人が、「ここに名前を書けば幸せになりますぜ」 なんて言って、やけに高い油性ペンを売りつけるらしい。
そして、そのドォモとやらの中に入ると、一面イタリア語や英語、日本語の落書きだらけというコーナーがあるらしい。道理で、イタリア側が日本の処分の重さに驚いているわけだ。イタリア人の文化財に関する感覚って、かなりユルユルみたいなのだ。
そこら中が歴史的建造物だらけだと、そんなふうになっちゃうのかしらん。私はイタリアには行ったことがないので、よくわからんけど、もしかしたら、イタリア人にとっての大聖堂での落書きは、日本人にとっての千社札みたいなものなのかもしれない。
でも、フィレンツェ同様世界遺産だらけの京都では、南禅寺の三門が千社札だらけになるなんて、あり得ないよなあ。それを思えば、いくらフィレンツェの落書きの名所だからといって、まともな常識のあるやつなら、そんなことしないだろうよ。
ちなみに例の高校野球部監督の解任処分だが、仮に解任ではなく 1ヶ月の謹慎程度で済んだとしても、「新婚旅行で浮かれて、かみさんとハート印の落書きなんかした軽いやつ」 というレッテルを貼られてしまっては、今後の示しがつかないだろう。
高校のスポーツ関係は、指導者次第で強くもなり弱くもなるというところがあるから、「実は軽いやつ」 という正体がバレてしまった監督の下では、甲子園出場はおぼつかない。処分が厳しすぎるかどうかは別としても、遅かれ早かれその高校を去ることになるだろう。
そんなことより、私が腹を立てているのは、神社仏閣の手水場 (ちゃんと 「ちょうずば」 と読んでね) の中に、小銭を放り込む馬鹿者が後を絶たないということだ。あの水は手を洗い、口をすすぐためにあるのだから、手垢にまみれた銭なんか沈めないでもらいたい。
トレヴィの泉じゃあるまいし、お金なら賽銭箱に入れろというのだ。フィレンツェの世界遺産で監督の地位を棒に振るやつがいるなら、日本の神社仏閣でこういう馬鹿なことをするやつも、きちんと処分すればいいだろうにと思うのである。ぷんぷん。
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