2016/09/24

太陽光発電を始めて、1年半近く経った

9月の第 2週頃から 「秋の長雨」 が半端じゃないほど続いていて、気持ちのいいお天道様がなかなか拝めない。21日は午前中に屋外撮影の必要な仕事が入ったので、晴れ男の常としてちゃんと晴れ間が覗いたが、仕事が終わった途端に雲が広がって、一日を通してカラッとした天気というわけにはいかなかった。

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ところで昨年 4月にウチの屋根の上にソーラーパネルを設置して、1年半近く経った。写真は我が家の太陽光発電のモニターで、今月の発電量と消費量の推移を示したものである。

折れ線グラフの黄土色の部分は発電量が消費量を上回っていることを示し、水色の部分は逆転して消費量の方が多いことを示す。これを見ても、今月 6日までは晴天が続いたが、とくに中旬からは水色部分が圧倒的に大きく、期待通りに発電できていないというのが一目瞭然だ。

発電の振るわない日は雨降りということなので、洗濯物を外に干すことができず、浴室で除湿器をかけながら乾燥することになる。だから自前の発電量が少ない日に限って電力消費が増えるという、好ましくない推移になっている。それにしても、除湿器ってかなり電力を消費するんだなあ。

ちなみに 9月 1日〜22日の 3週間の数値実績をみると、以下のようになっている。

発電量: 159.1 kWh
消費量: 177.3 kWh
売電量:   96.3 kWh
買電量: 114.3 kWh

月の前半はそれなりに晴れた日もあったので、数字だけ見れば、使った電力の 90% 近い量を自前で発電している。ただ、電力消費は発電量の少ない雨降りの日に多くなっているので、実際に使った電力の 64% 以上は東電から買ってしまっていることになる。痛恨だなあ。まあ、それに近い量を売ってもいるわけだけど。

データを振り返ってみると、昨年の 9月も秋の長雨が続いたが、辛うじて発電量が消費量を上回った。今月もこれから天気が回復して晴れてくれさえすれば、バッチリ発電して消費量は減るのだから、カツカツぐらいに持ち直してくれるかもしれない。

これまでの実績からすると、11〜2月の 4ヶ月間は日照時間の短さもあって、発電量が消費量を下回る。もっとも今のところは単位電力量あたりの売電価格が買電価格を上回るから、金額ベースでは年間を通じて黒字を確保している。

ソーラーパネルを設置する前は、消費する電力を丸々東電から買っていたわけだから、その頃に比べれば、支払う金額はぐっと減り、その上、買電した分の金額が毎月振り込まれるようになったということだ。そのプラスマイナス分をトータルすれば、ソーラーパネル設置に伴う費用の月賦支払い分ぐらいは、しっかりと浮いている。

そんなわけで私は、「太陽光発電をするための費用なんて、タダみたいなものだよ」 といつも言っているのである。タダみたいな費用で環境貢献できるのだから、始めない手はない。

世の中には、売買電価格の差額分は太陽光発電をしていないユーザーの負担になっているのだから、不公平だなどと言う人もいる。しかし自然エネルギーを活用しなければ地球環境は悪化するに決まっているのだから、率先してやっている人に 「委託金」 を払っているようなものなんじゃあるまいか。

太陽光発電を率先して行い環境貢献するのに、このくらいのメリットがなければ、その方がかえって不平等という考え方だってあると思うのだよね。

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2016/09/23

日本人が羊を数えても眠れないのは、14年も前に指摘済みだ

ちょっと自慢させていただくが、私が 14年も前に私が自分のサイトで論じてしまっていることを、Huffington Post が今さらのように書いている。"眠れない時 「羊を数える」 は、日本では意味がなかった!" という記事で、筆者は和田和子さんという人。「Fuminners 編集部, 睡眠改善インストラクター」 という肩書きになっている。

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この和田さんという方は、説1."sheep"と"sleep"の自己暗示説、 説2.「重要なのはイメージ」 説、説3.「単純作業は脳を落ち着かせる」 説 − という 3つの視点から、「羊を数える方法は日本人には効果なし」 と結論づけている。詳細は次の通り。

まず、「説 1」 の "sheep"と"sleep"の自己暗示説だが、これは英語では 2つの単語が音韻的に共通しているため、この言葉を繰り返すと、「眠れ」 と言われているように錯覚するが、これは英語の場合であり、日本語では意味がないとしている。

そして「説 2」 の 「重要なのはイメージ」 説では、「イギリスをはじめとした英語圏では、羊は人々にとってとても身近な動物でした」 「この牧歌的で癒し効果溢れる羊を思い浮かべることで、英語圏の人々はリラックスでき、眠りにつきやすくなった」 のだが、「あまり馴染みのない羊を日本人が一生懸命思い浮かべようとしても、かえって目が冴えてしまいそう」 としている。

この点で一つ言わせていただけば、羊が身近な動物なのは 「イギリスをはじめとした英語圏」 に限らず、ユーラシア大陸全般に言えることで、さらにオーストラリア、ニュージーランド (こちらは英語圏だが) にも広がったので、羊を思い浮かべてリラックスできるのは、「英語圏の人」 だけじゃない。和田さんの文章では、「説 1」 と 「説 2」 がごっちゃになっている。

さらに 「説 3」 の 「単純作業は脳を落ち着かせる」 説では、「『イメージ説』 のとき同様、日本人にあまり馴染みのない羊を数えると、脳が活性化し、かえって眠れなくなってしまいます」 と結論づけている。「説 3」 と同じような結論になり、その境目は不明瞭だ。

いずれにしてもここまではすべて、私が 14年前に 「なぜ、日本人は羊を数えても眠れない? 比較文化学的考察」 というコラムで書いたことの繰り返しにすぎなくて、新しい指摘は一つもない。私は若い頃、ウール関係の仕事をしていた時期があって、こと羊に関しては、睡眠改善インストラクターさんよりも専門知識が豊富なのだよ。

というわけで、敢えてパクリとまでは言わないが、まあ、和田さんにはこの記事を書く前に 「既出はないだろうか」 とググってみるぐらいはしてもらいたかったなあ。私が 14年前に件の記事を書いた時は、ちゃんと検索して、私の説が少なくとも当時のインターネット上には存在しなかったことを確認している。

というわけで、この説を公に唱えたのは、私が最初だと自認している。今になってググってみても、「羊は日本人に馴染みがないから、効果がない」 という私の説を踏襲したものばかりだ。これに関して日本人が羊を数える際の脳波を分析してみれば、話題のイグノーベル賞ぐらいもらえるかもしれない。その時は、私も最初の主唱者として授賞式に参加させてよね。

今回の和田さんという方の記事に関しては、単なる比較文化学的考察に留まらず、 「睡眠改善インストラクター」 という仕事の人に現場的なお墨付きまで頂いたのだと解釈すれば、少しは鬱憤が収まるかな。

さらにこの件に関しては、9年前のこのブログでも、「羊とプードルとフリースの三題噺」 というタイトルで触れている。こちらの方は、日本人はあまりにも羊に馴染みがなくて、プードルとの区別もつかないという笑い話だ。

で、件の和田さんという方は記事の後半で、日本人にとって羊を数えるより効果的な方法として、いろいろ挙げていらっしゃるが、何だかんだ言うよりも、こと私自身に関しては 「お米が 1粒、お米が 2粒、お米が 3粒 ……」 とやる方がずっと効果的だ。これをやっているとすぐに眠くなって、20粒まで数えられた例しがない。

何しろ、日本人なもので。

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2016/09/22

iPhone の Touch ID (指紋認証) が進化していた

iPhone には "Touch ID" と称する指紋認証機能がある。パスコードを入力しなくても、ホームボタンに指を載せるだけで指紋を読み取り、ロック解除できるというものだ。

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この機能を利用するにあたり、私は自分の 3本の指の指紋を登録していた。いつも決まった指だけをホームボタンに当てるわけではないからである。ところがどういうわけか、いつの間にかある決まった指の指紋しか認証してくれなくなっていた。そして、認証してくれるまでいつも 2秒ぐらいかかっていたような気がするのである。

そのため私は、ロック解除をするにあたり、気分次第でパスコードを入力したり、Touch ID で指紋を読み取らせたりしていた。印象では、パスコードを入力する方が早いんじゃないかという気がするほどだったが、他人に入力するパスコードを知られたくない場合などには、敢えて時間がかかっても Touch ID でロック解除していたのである。

ところで最近、妻がガラケーの 2年縛りが解けて、ようやく iPhone に買い換えた。そして当然の如く Touch ID の設定をしたのだが、見ているとその認証にかかる時間がものすごく短いのである。ホームボタンに指で触れた瞬間に認証してもらっているような印象なのだ。一体これはどういうことなんだ?

私は試しに、自分の iPhone の Touch ID の指紋登録をやり直してみることにした。登録された 3つの指紋をすべて削除し (まあ、削除の必要もないんだろうけど)、改めて登録し直す。すると、前に登録した時よりも指紋の読み取り方が念入りになっていることに気付いた。iOS のバージョンが上がったことに伴うものなのだろう。

前はホームボタンに指を当て、単純に触れたり離したりを繰り返して読み取らせた記憶があるが、今回は読み取る指紋の範囲が広がっている。触れる角度をいろいろ変えながら、指紋を隅から隅まで読み取っているのがわかる。そしてその分、時間がかかる。

ところが、一度読み取ってしまうと、ロック解除に要する時間が、まさに一瞬で済むようになった。なんだ、これならさっさと指紋を登録し直しておくんだった。

というわけで、最近ではロック解除するのにパスコードを入力することがほとんどなくなってしまった。なにしろホームボタンを押した瞬間に指紋認証してくれるので、パスコードを入力する隙がないという印象なのである。

いつの間にか、こんな点まで進化していたのだ。

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2016/09/21

新幹線車内の電源コンセントを巡る冒険

一昨日の 「新幹線車内の電源コンセント」 という記事になかなか興味深いコメントがついて、思わぬ展開を見せている。

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北陸新幹線では全座席に電源コンセント設置が実現しているが、東海道新幹線や東北新幹線では窓際の壁にしかない。記事中でその理由として 「E5 系 (注: 東北新幹線で使われる車両) の場合は高速運転を行うため、電気容量的に全座席コンセントの実現が難しかった」 という、川重車両カンパニー技術本部設計課の大橋良和課長のコメントを紹介した。

私は 「ふぅん、そんなものか」 と思いつつ、部分的に 300km/h の高速運転をする東北新幹線では仕方ないかもしれないが、東海道新幹線ならいけるんじゃないかという疑問を差し挟んでおいた。まあ、ユーザーとしては当然の要望みたいなものである。

その記事に、ハマッコーさんから 「この説明は大ウソ」 というコメントがついた。その根拠を要約すれば、新幹線 1編成の電源コンセントで実際に使用される電力なんて、15A 程度と見積もられ、電磁調理器  1台分ぐらいのものということである。つまり、新幹線 1編成を走らせる電力量と比較すれば無視できるほどのものなので、この説明は信用できないというのだ。

言われてみれば確かにその通りで、設計側の説明を文字通りに受け取れば、東北新幹線は電子レンジ 1台分ぐらい (仮に全ての電源コンセントが使用されたとしても 10台分ぐらい) の余裕しかない 「かなり一杯一杯の状態」 で走行しているということになる。まともに考えれば、そんなことはあり得ないだろう。

まさにうさんくさい理屈であり、JR 東日本は単にコストをかけたくないだけなのではないかと勘ぐるに十分なずさんな説明である。

ところがその後に、禅堂さんから 「これ、走行用モーターと電気容量がかち合うって意味じゃなく、サービス用補助電源の容量の話だと思いますよ」 というコメントがついた。禅堂さんの紹介してくれたウェブ・ページには、車両の床下に設置される 「補助電源装置」 というものの説明があり、「低電圧・定周波数の電力供給が目的であるため、主制御装置とは別に設置されています」 とある。

つまり、走行を制御する 「主制御装置」 に使われる電力と、「補助電源装置」 とは別系統であるらしいのだ。禅堂さんは、東北新幹線では床下スペースや重量などの問題で、大容量の補助電源装置を設置するだけの余裕がないのではないかと推測されている。なるほど、説得力のある説明である。

少なくとも、「電気容量的に難しかった」 などという説明よりはずっと説得力がある。つまり東洋経済の記事に載った川崎車両カンパニーの説明は、「もっともらしいことを言ってお茶を濁しておけばいいや」 という姿勢が見え見えのテキトーな言い逃れにすぎないのではないかと疑うに十分なのだ。

そうでなければ、担当者の説明が言葉足らずだったのか、さらにまた東洋経済の記者のリテラシー不足で、批判的、実証的な書き方ができなかったのだろうと疑うことになる。多分こうした要素の合わせ技なんだろうが、いずれにしてもきちんと納得できる記事ではないということだ。

というわけで私は、将来的には 「補助電源装置」 というものの小型化、軽量化が期待されるので、北陸新幹線以外の新幹線、そして在来線の特急に至るまで、全座席に電源コンセントを設置してもらいたいものだという希望を述べておきたいのである。

【22日 追記】

この件に関しては、川崎車両カンパニーの大橋課長さんという方は、他の関連記事を読むに付け、専門的な説明を結構きちんとされる方のようだとうかがわれるので、東洋経済の記者が不適当に端折った記事にしてしまったのではないかという疑いの方が強まった。

大橋課長さんの名誉回復のため、追記しておく。

東洋経済の大阪直樹記者も勉強し直したのか、3ヶ月後の記事では結構まともに書いている。

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2016/09/20

ポケモン Go がもう飽きられたようなのだが

今年 7月 22日から、3日連続で 「ポケモン Go」 に関する記事を書いた。こんな具合である。

Pokemon Go について (7月 22日)
多くの人がポケモン Go に夢中になるわけ (同 23日)
「ポケモン Go」 の奥に潜むもの (同 24日)

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一連の記事で、私は話題の 「ポケモン Go」 にはまったく興味がないが、それは元々、「ポケモン」 というもの自体に全然馴染んでいないので、まったく思い入れがないからだとわかったというようなことを書いている。その上で、「ポケモン Go」 にはまったく興味がないが、「ポケモン Go 現象」 には興味を覚えてしまうというようなことも書いている。

というわけで、現象には興味があるので、都心に出かける度に、とくに秋葉原なんかを通過する際には、ポケモン Go をしている人がいないか、周囲を探してみるのが習慣になった。ところがあれから 2ヶ月も経つというのに、私はポケモン Go をやっている人を一度も見かけたことがないのである。

ニュースなどではあんなにも話題になり、ポケモンがよく出没するというスポットでは、スマホをのぞき込みながら歩く人がぞろぞろいると伝えられていた。ところが私のみる限りでは、そんな気配は微塵もなく、話題にすらのぼらない。もしかしたら私は別の世界で生きているのだろうか。

不思議に思ってネットを検索してみると、なんとまあ、ポケモン Go は既に飽きられ始めているらしいのである。ネットを検索してみると、「ポケモン Go 飽きた」 という記事が溢れている。まことにもって、人の心は移ろいやすいものである。

それを知って私は不意に、「テクマクマヤコン・コンパクト」 というのを思い出した。どんなものか知りたければ、こちら に飛べばどっさり画像を見ることができる。

これは 「ひみつのアッコちゃん」 というアニメに登場するもので、このコンパクトをのぞき込みながら 「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、○○になーれ!」 と呪文を唱えると、変身することができるのである。実際の玩具としての 「テクマクマヤコン・コンパクト」 をのぞき込んで呪文を唱えても、何も起こるはずはないが、雰囲気だけは楽しめるものだった。

これはウチの長女が幼稚園ぐらいの頃に爆発的ヒットとなって、「買ってちょうだい」 とせがまれまくったのだが、超品薄状態で、百貨店の玩具売り場はいつも品切れだった。1ヶ月以上にわたって休日の度に、近く閉店となることが決まった 「筑波西武」 に通い、ようやく手に入れることができたのである。

長女は入手できた瞬間には飛び上がって喜んだが、2〜3日で飽きてしまい、ごくフツーの玩具と化してしまった。あれだけ苦労して購入したのに、まあ、こんなものである。ところが、飽きられはしたものの、その後いろいろなバリエーションが密かに開発され、地下水脈の如く今に続いているようなのだ。Amazon のサイトをみると、こんなの もあるらしい。

つまり、子どもの頃に 「ひみつのアッコちゃん」 に夢中になった層が、大人になってもその頃の記憶がよみがえって、「テクマクマヤコン・コンパクト」 の発展形で遊べるらしいのである。ポケモン Go も、そのパターンの一つなのだろう。

ということは、これからも忘れられかけたようななちょうどいいタイミングで、いろいろなものに姿を変えて登場するに違いない。そして今回の ポケモン Go は、「ポケモン発展形バリエーション 第 1号」 として記憶されることになるのだろう。

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2016/09/19

新幹線車内の電源コンセント

北陸への出張を終え、台風の大きな影響を蒙ることも亡く、無事に帰宅した。つくばエクスプレスの守谷駅まで、往復共に雨に降られず自転車で往復できたのは、晴れ男の面目躍如である。出張先でもずっと雨模様ではあったが、必要な時にはちゃんと雨が止んでくれた。「晴れ男になる心がけ」 の賜物だと思っている。

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さて、北陸新幹線の 「かがやき」 には初めて乗ったことになり、行きは 「築地市場の恥部」 で書いたような不愉快な状況だったので、つい気付かないまま下車してしまったのだが、帰りの車内で画期的なことに気付いた。北陸新幹線の車内では、すべての座席に電源が付いているのである。

多くの人は既にご存じだと思うが、東海道新幹線の 「のぞみ」 に使用されている N700 系の車両では、車両の最前部と最後部の座席と、全ての窓際の座席で電源が使用可能となっている。出張先で行き先までのナビに使ったり、いろいろな情報を見たりするのに、スマホはかなり使いっぱなしになるので、この電源から充電できるのはかなりありがたい。

ただ、電源の利用できる席が限られているので、指定券を購入する時には窓際が満席の場合は次の便まで待ったりすることもあり、ちょっとした不満も残されていた。

今回の出張では、往きは窓際の座席が予約できたので、いつものように壁の足元のコンセントからスマホの充電をしていた。ところが帰りは満席に近い状態だったので、3列並びの真ん中しか取れなかった。

そんなわけで充電は諦めて、手持ちのモバイル・バッテリーを使おうと思っていたのだが、ふと気付くと、前の座席の背後の足元のあたりに、電源コンセントがあるではないか。これはありがたい。東海道新幹線など、ほかの路線や、フツーの特急列車などでも是非お願いしたいサービスだ。

ところがちょっと調べてみると、そこには技術的制約があるらしい。東洋経済の 「なぜ北陸新幹線は全席コンセント付きなのか」 という記事によると、北陸新幹線は最高速度が 260km/h と抑えられているため、車内設備などに力を入れた設計ができたというのである。ちょっと引用してみよう。

「E5 系の場合は高速運転を行うため、電気容量的に全座席コンセントの実現が難しかった」 と、同設計課の大橋良和課長は言う。つまり、E7/W7系 は E5系 ほど高速運転をしないので、すべての座席にコンセントを付けるだけの電気容量の余裕があったというわけだ。

ここでいう 「E5 系」 というのは、東北新幹線に使われている、あのロングノーズの車両で、「E7/W7系」 というのは北陸新幹線の車両だ。名前が 「E7/W7」 と 2つあるのは、JR 東日本と西日本の保有する車両という違いだけで、中身は同じらしい。

ただ東北新幹線は確かに時速 300km/h で運行する区間があり、電源的な制約があるのだろうが、東海道新幹線は 285km/h が最高とされている。素人の私としては、「これなら、東海道新幹線ではイケるんじゃないの?」 と思ってしまうのだよね。実際にはどんなにコンセントを増やしても全てが利用されるというわけじゃないし。上越新幹線ならさらに大丈夫だろう。

新幹線の座席でヘアドライヤーなんか使われたら、そりゃたまらないだろうが (そもそも迷惑だし)、スマホの充電ぐらいなら便利にさせていただきたいものである。

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2016/09/18

築地市場の恥部

最近は日本人の旅行マナーもずいぶんマシになって、特急列車の中で酒盛りをしてワイワイ盛り上がり、周囲のヒンシュクを買う光景なんてほとんど見なくなったが、今日は久しぶりで目撃してしまった。

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金沢に向かう北陸新幹線の 「かがやき」 に乗り込むと、車内の 15〜6名ぐらいのオッサン・グループが酒盛りを始めた。「おーい、○○さん、そっちに酒は行きわたってる?」 「ちゃんと飲んでるかい?」 「あ〜、朝からこんなに飲んだの、久しぶりー!」 などと、大声をあげている。

ひっきりなしに酒を酌み交わしながらダハダハ盛り上がり、ケッケッケケケと下品な笑い声を上げる。長野を通り過ぎるあたりまではまだ我慢もできたが、富山県に入った辺りから、ますます騒々しくなった。

「皆さん、騒がしくって済みませんね〜! 何しろ、築地市場のバカばっかりなもんで、ごめんなさい!」
「ご迷惑かけまして、ごめんなさいね〜!」

しまいには立ち上がって通路にまではみ出し、こんなことを大声でわめき始める。言葉としては謝っているようだが、実際は、「俺たち築地市場の仲間内なもんで、威勢が良くて賑やかなのはしょうがないでしょ。大目に見てよね」 という勝手な思いを垂れ流しているだけだ。客観的に見れば、築地市場の恥さらしでしかない。

オッサンのうちの 1人が私の横までやってきて、「騒がしくって済みませんね〜!」 と騒々しさに輪をかけた声で言う。こっちはさすがに腹に据えかねて、一言声をかける。

「あんたたち、調子に乗りすぎだよ!」
「あ〜、すみませ〜ん、何しろ、築地市場のバカばっかりなもんで!」
「余計なこと言うんじゃないよ!」

自分で何度もバカと言ってるんだから、こっちもバカ向けの対応をするしかない。そのおっさんだけはちょっとビビったのか、私の前の席で少しはおとなしくなったが、他の連中は相変わらずダハダハ言っている。終点の金沢では、荷物をまとめるのに手間がかかって、その集団の側の出口は渋滞して客が降りられない。多くの乗客は反対側の出口から降りた。

というわけで、最近話題の築地市場の恥部を目撃してしまったのであった。初めは 「築地市場」 というのは伏せ字にしようかと思ったが、当人たちが好んであれだけ堂々と素性を明かして恥さらしをしているのだから、まあ、いいんだろうと、そのまま文字にした。

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2016/09/17

「盛り土 (もりど)」 という土木建設用語を巡る冒険

豊洲市場に関しては、元から 「どうしてそんな環境問題のあるところに魚市場なんか造るの?」 とずっと思ってきたが、その素朴な疑問がようやく政治の舞台に乗った。「遅すぎるよ」 と言いたいが、スルーして既成事実化された頃に問題が顕在化するよりは、まだいい。ただ、私が今回ちょっとだけ言ってみたいのは、そんな大きな問題じゃなく、「盛り土 (もりど)」 という言葉についてだ。

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ニュースで 「盛り土」 という重箱読みを聞く度に、「おいおい、『もりど』 って何だよ? 『もりつち』 じゃダメなの?」 と言いたくなっていた。改めて Wikipedia で調べてみると、「盛土(もりど、もりつち)」 とあって (参照)、本来どっちの読みでもいいみたいなのだが、どうやら土木建築用語としては、「もりど」 というのが慣わしらしい。

盛土 (もりど、もりつち) とは、低い地盤や斜面に土砂を盛り上げて高くし、平坦な地表を作る、または周囲より高くする工事。またはそれが施された道路や鉄道の区間。またその工事によって盛られた土砂そのもののことも指す。

関連の用語に 「切り土 (きりど)」 というのがあって、これは斜面で土を削り取って平らな面を造ることを言うようだ。そして斜面に階段状の平地を造る際には、切り土と盛り土を組み合わせることが多いらしい。上の方から削り取った土砂を低い方に盛って、平らな面を造るのだ。なるほどね。身近でも案外よく見られることだ。

豊洲市場の場合は、汚染された土壌を覆うためでもあり、さらに基本的に元々平地だから、上から削り取った土砂で盛り土をするわけにもいかないようで、土砂を他から運んでくるのにも膨大なコストが計上されてしまうという事情があったのだろう。だからといって、コンクリートの箱で代用しちゃえというのも、乱暴な考えだ。さらにそんなことで代用して、それを公表しなかったというのもあざとすぎる。

石原さんが都知事時代に、ちょっと聞きかじったことを大いばりで 「これも検討したらどうだ」 なんて言っちゃったのが、今回のごまかしの発端だという説まで浮上してきて、もうごっちゃごちゃの様相である。石原さん、都知事を辞めてから晩節を汚すことになりそうだ。

まったくもって、こうした話は官僚に任せっぱなしにするとどんなことになるか、危なくてしょうがないところがあるが、そこへもってきて、ワンマン都知事が単なる聞きかじりで訳知りみたいなことを言うから、ますますおかしなことになったのかもしれない。まったく困ったモノである。

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2016/09/16

晴れ男になる心がけ

今年 8月の声を聞くあたりから、やたらと台風が多い。そしてどういうわけか、しっかり日本を目指して北上してきて、狙い澄ましたようにヒットする。さらに例年お馴染みの台風コースとは様相が違っていて、初めから東日本、しかも東北とか北海道に上陸してしまったりする。

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今近付きつつある台風 16号はようやくいつものコースを辿ってきているようだが、なんとまあ、私は 3連休の 2日めと 3日目に出張で福井県に行くのだ。予報天気図をみると、関東を発つ 18日朝には、台風はまだ台湾の北あたりの海上にいるとみられるものの、前線がしっかりと北陸の真上辺りにかかるようだ。いくら私が晴れ男とはいえ、これでは少なくともピーカンの晴れは期待できない。

ただ、私の晴れ男ぶりは案外しぶとくて、北海道に被害をもたらした 8月末の台風による豪雨も、きわどく避けてることができた。この時は彼岸過ぎの北海道にあるまじき暑さで、大汗をかいたが、大雨に降られるよりはずっとマシだった。

9月に入ってからの週末も、いずれも雨予報をひっくり返して好天に恵まれた。4日と 11日の日曜日は屋外実施のイベントに関わっていたので、自分の晴れ男ぶりが本当にありがたかった。18日まで晴れたら 3週連続の逆転打になるのだが、さて、どうなるだろう。

「どんな心がけだと、晴れ男になれるんですか?」 なんて聞かれることがあるが、これはもう、たまたまの巡り合わせだから答えようがない。強いて言えば、天気に不平を言わないことである。「晴れたら晴れたでありがたい、降れば降ったでありがたい」 と思っていると、なぜか天気には恵まれる。馬鹿馬鹿しいことと思われるかもしれないが、屋外写真撮影の必要な出張時など、ここぞという時には 99%以上晴天に恵まれる私が、その証明である。

それにしても、九州や四国は強い台風にはインフラとしての備えも進んでいるし、慣れているから心構えもできている。それが東北や北海道には不足していたとしみじみ思う。災害はある程度避けられないのだから、必要なのは備えと心構えである。

【追記】

昨日の記事で 16日になれば 「実質的な中秋の名月」 が見られるかもしれないと予言しておいたが、夜の 10時頃になった雲間が切れ、実際に望むことができた。昨日の記事の 「追記」 として、写真入りで載せておいたので、よろしく。本当に私の晴れ男ぶりはしぶとい。

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2016/09/15

明晩、実質的な中秋の名月が見られるかも

今夜は中秋の名月 (旧暦の 8月 15日) だというのだが、あいにく空は雲がかかっていて、真ん丸のはずの月は写真のごとく薄ぼんやりと滲んで見えるのみである。

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このところの中秋の名月は、1年おきにすっきりと見えたり、雲に隠れたりしているような気がする。去年はとてもよく見えた (参照) から、今年はこの程度でしょうがないかもしれないが、せっかく新暦でも本日 「9月 15日」 が 「十五夜」 (旧暦の 8月 15日で、ちょうと 1ヶ月違い) となっているのだから、本当は晴れてもらいたかったところである。

ところで、今日の TBS ラジオ 『たまむすび』 で、「月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月」 という古い和歌について触れられていた。ところが出演者は誰もこの和歌の意味をよくわかっておらず、聴取者からのメールでようやく合点がいっていたのである。

私はこの時唐突に、「ああ、永六輔さんは本当に亡くなってしまったのだなあ」 と感じてしまった。永さんが生きていて、ラジオ・パーソナリティを務めていたとしたら、この歌なんてまさに常識としてご存じで、その解説もすっきりとしてくれていたに違いない。ところがその後の世代になってしまうと、「なんのこっちゃ?」 になってしまっているのである。時代は変わってしまった。

言うまでもないが、この歌の意味は、「毎月のように夜空に月は見えるけれど、本当に見事な月を見ることができるのは、この月 (旧暦八月) であって、この月の月こそ、『ザ・月』 だ」 というようなことである。遊びの多過ぎる歌ではあるが、まあ、趣向として楽しめばいい、

で、なんでこの月の月が 「中秋の名月」 なのかというと、旧暦では 「7月、8月、9月が秋」 ということになっていて、その秋の真ん中の月が 8月だから 「中秋」 なのである。その月の十五夜が、中秋の名月とされているわけだ。

ところが細かいことを言うと、今夜の月齢は 14.12 だが、明日は 15.12 となる。つまり、明日の夜のお月様の方が、より満月に近いのだ。そして天気予報を見ると、関東地方は明日の夜 9時頃から空が晴れるらしいのである。ということは、明日になれば名を捨てて実を取るかのように、「実質的な中秋の名月」 が見られるかもしれないのである。

明日の夜を楽しみに待とう。

【9月 16日 追記】

期待したとおり、16日の午後 9時半過ぎに雲間が途切れ、一夜遅れの名月が望まれた。(参照

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