2014/08/22

FAX が届いたのだが

久しぶりで FAX というものを受信した。ところが、送信側が原稿の裏表を間違えてセットしたらしく、一番上に発信日時のみが印刷され、あとは白紙のまま出力された。発信者の FAX 番号記載もなく、誰から送られてきたものやら、見当が付かない。

唯一印刷されている送信日時は、8月 22日 18:00 となっているが、実際に届いたのは 17:02 だ。ここに表示されるのは、送信者側の FAX で設定されているものだから、 今回の送信者は、こうしたデバイスの管理操作が相当にテキトーな人であるらしい。

というわけで。ちょっと困っているのである。何か重要な用件だったらどうしよう。誰から来た FAX かわからないので、問い合わせようもない。受信履歴を調べてみたが、番号は表示されていない。管理操作が苦手な割には、自分の番号が表示されない設定にだけはしてあるらしい。

こればかりは仕方がない、後になって誰かに 「FAX で知らせたのに」 なんて言われたら、「原稿をセットする時は、裏表をしっかり確認してね」 と、やんわり指摘することにしよう。

ところで、私の周りでは FAX もかなりレガシー・デバイス化してきている。さすがにメールが普及したので、わざわざ FAX を送ろうという人も少なくなってきたようなのだ。

ただ、何かの書類をそのまま FAX で送るということは、今でもちょくちょくある。ただし FAX で送ると印刷結果がどす黒くなって、字も潰れてしまうということが多い。

そんな時には、スマホでもガラケーでもいいから、書類をそのまま写真で撮って送ってくれるとありがたいのだが、それがとてつもなくない高等技術だと思っている人も多いので、なかなか思うに任せない。

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2014/08/21

安心して生きて死のう

TED に森田洋之さんという方が登場して、とてもいい講演をされており、YouTube で聞くことができる。

ただ、ビデオだと 20分以上かかるので、忙しい方は講演をテキストに起こした 「病院がないほうが死亡率が下がる! 夕張市のドクターが説く、”医療崩壊”のススメ」 というページをご覧になるといいかもしれない。とはいえ、森田さんという方の語り口はとても魅力的なので、少しはビデオの方もご覧になることをオススメする。

講演の内容は、テキストに起こしたページのタイトルそのもので、財政破綻のあおりを受けて 「医療崩壊」 してしまった夕張市で、その結果、実は住民が健康になり、死亡率も下がってしまったというお話だ。夕張市診療所の元院長さんだった森田氏がおっしゃるのだから、まんざらでたらめではない。

でたらめではないどころか、客観的データに基づいた事実なのである。本当に、病院に頼って余計な治療をし、薬漬けになる方が、健康にはよくないみたいなのだ。

私はこれまで、"不老長寿なんて求めない時代"、"「死ぬならがんに限る」 というのは、本当のようだ" などの記事で、「無駄に長生きするよりは、さっさと死ぬ方がずっとましだから、余計な医療にはかかりたくない」 みたいなことを何度も書いてきた。

高齢化社会においては、自分が無駄に長生きしたら社会的損失になるから、寿命が尽きたらさっさと死ぬ方がずっと 「世の中のお役に立てる」 と思っていた。ところが皮肉なもので、余計な医療にかからない方が、ずっと健康で長生きできるようなのである。

まあ、健康でいるうちは社会に貢献して、それができなくなったらさっさと死ぬというのが一番よさそうなので、やっぱり 「医療崩壊」 なんてちっとも恐れることはないのだろう。安心して生きて死のう。

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2014/08/20

人口減少と、ライフスタイルの変化

先日帰省した時に感じたことだが、地方都市は確実に年寄りだらけになっている。私が高校時代まで暮らした実家の近所は、あの頃 「若いお父さん、お母さん」 だった人たちが完全に 「じいさん、ばあさん」 になっている。じいさん、ばあさんだらけだから、田舎の道路は車のスピードがやたら遅い。

その じいさん、ばあさんの子供と孫が同じ家か同じ地域に暮らしているのはほんの僅かで、子供たちの世代の多くは、東京でなければ仙台に出て暮らしている。まあ、この私にしてからが田舎を出て関東で暮らしているわけで、妹も同様。そのため、私の実家は父と母が亡くなってからは空き家になっている。

こうなってしまうと、実家の近所は 10年ぐらいの間に空き家ばかりになってしまうに違いない。地方都市の地価はこれからどんどん下がり続けるはずだから、U ターン、I ターンはとてもやりやすくなるはずだが、それでも田舎に住もうという人はそれほど多くない。

日本創成会議が今年 5月に発表したところによると、2040年までに日本の自治体の半数は消滅する可能性があるというのだが、それが現実感をもって迫ってきたわけである。日本では山中の村だけじゃなく、いっぱしの地方都市でも限界集落的様相になってしまうのだ。

発表によると、人口減少が最も深刻な東北では、青森県では 40自治体のうちの 35が消滅する可能性がある。以下、岩手では 33のうちの 27、宮城では 35のうちの 23、秋田では (何ということか!) 25のうちの 24、山形では 35のうちの 28 が消滅しそうだということになっている。なおこの報告書では、原発被害の深刻な福島県は除かれている。

県庁所在地といえども安泰ではないようで、青森市、秋田市が消滅危険都市になっている。じゃあ、25自治体のうち 1つしか残らない秋田県ではどこが残るのかというと、八郎潟の干拓によってできた大潟市だけなんだそうだ。じゃあ、大潟市が秋田市を吸収合併して 「新秋田市」 を名乗って県庁所在地にならないとも限らないのか。

山形県では 35のうち 28が消えて、7自治体が生き残るというので、数少ない 10万都市の 1つである我が酒田市は一応大丈夫かと思っていたが、やっぱりダメなんだそうだ。いやはや、さすがにじいさん、ばあさんだらけだものなあ。

それどころか、庄内地方の 2市 3町はすべて生き残れない可能性が高いということで、エラいことである。じゃあ、庄内地方は、まとめて 「庄内市」 とでもなるしかないのか。いや、生き残ってもその何年後かにはまた危機的状態に陥るのか。

東北地方ばかりではない。今私が暮らしているこのつくば地域にしても、じいさん、ばあさんの比率がやたら高くなっている。我が家の向こう三軒両隣を含む 20軒ぐらいでも、今では還暦を過ぎたどころか、70歳以上の人たちばかりになり、夫婦揃っているのは、我が家を含めて 5軒だけだ。

向かいの家なんかは、最近ご主人が亡くなり、奥さんは認知症でどこかの施設に入っている。子供が 1人いるのだが、結婚してどこかに行ったまま、顔も見せない。空き家ではまだ電話を解約していないようで、時々ベルが空しく鳴り続けているのが聞こえる。まさに 「限界集落」 の様相を呈していて、やはり 10年以内に、ほとんどが空き家になるだろう。

とまあ、こんな状態で、日本全体をみても人口は減少し、大都市以外では人がいなくなるのだから、今さら原発再稼働なんてする必要があるとも思われない。さらに当事者の JR 東日本が 「採算割れ確実」 と言っているリニア新幹線なんて、作るだけ馬鹿馬鹿しいだろう。

こうなったら、少ない人口で余裕の出た国土を、大切にしながら暮らすライフスタイルを確立しなければならない。余計な開発をしたところで、それを維持する労働力が期待できないのだから、慎ましい暮らしに戻るしかないではないか。

かといって、何もかも昔の暮らしに戻る必要もない。今では IT やインターネットもあるのだから、慎ましくも活発な暮らしができるはずなのである。ただ、あまり余計な贅沢をしなければいいだけなのだ。

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2014/08/19

今の世の中のブームって

『アナ雪」 がブームなのだという。ただ、『アナ雪」 なんて言われても、何のことだかわからない人の方が、実は多いんじゃないかと思う。正式の邦題は 『アナと雪の女王』 だっけか。これなんかも。米国在住の emi さんはだいぶ経つまで、"Frozen" のこととは知らなかったそうだ (参照)。

老若男女を含めれば、多分日本人の半分以上は 『アナ雪』 をはっきりとは知らないだろう。私もよく知らない。知ってる人でも、その半分ぐらいは原題を知らないだろうし、ましてや 「レリゴー」 って何のことだかわからない人は日本人の大多数だろう。

それでも、『アナ雪』 は、驚異的な大ヒットで、ブームなんだそうだ。いつの頃からか知らないが、日本人の中のほんの一部が夢中になるだけで、「ブーム」 と呼ばれるようになった。日本人の大多数は興味なしの対象でも、メディアで煽ってテレビに何度も露出させさえすれば、「ブーム」 ということになるのである。

日本人の大多数がフツーに知ってることよりも、一部に認知されて、マスメディアにどんどん登場すれば、「ブーム」 である。何となく、安易なことではあるなあと思うのだよね。

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2014/08/18

エルニーニョと季節感

先月 26日に、この夏に発生するとみられていたエルニーニョが、秋以降にずれ込む模様という記事を載せたが、さらに最新情報では、秋以降に発生する可能性も低くなっているようだ。

夏に発生すると聞いた時は、「久しぶりにしのぎやすい夏になりそう」 と、内心喜んでいたが、あっさり裏切られた。さらに秋以降に発生するなら、「暖冬になるかも」 と期待していたのだが、それもまた望み薄ということのようなのである。このところのエルニーニョ予想は、こう言っちゃナンだが、オオカミ少年みたいである。

もっとも、エルニーニョが発生しても、必ずしも冷夏や暖冬になるとは限らないようだ。2009年の夏から秋にかけて発生した時は、確かに 2000年代に入ってから最高の冷夏となった。

ところが 2012年の夏から秋にかけての発生では、西日本と北日本の日本海側で猛暑・暖秋となった。一昨年のことだから、まだ記憶に新しいだろう。私も、この年の 8月 末に北海道の小樽に行った時、32度を超える暑さになった。「北海道に行けば一息つける」 と期待していたのに、「ちっとも涼しくないじゃないか!」 とがっかりしたのを覚えている。

今年の夏も、エルニーニョが発生していたとしても、本当に冷夏になったかどうかなんて、誰にもわからない。案外猛暑になって当てが外れていたかもしれないし、西日本にいたっては現状でも雨が多くて、猛暑日が連続するほどには地面が暖まらない。自然現象というのは、なかなかわからないものである。

ところで前にも書いたことだが、今年は旧暦では 「閏 9月 (長月)」 があって、つまり 9月が 2度あることになる。新暦でいえば、今年は 9月 24日の秋分から、11月 21日まで、延々と 2ヶ月近くも旧暦の 9月が続く。

旧暦の 9月といえば、季節感としては 「晩秋」 にあたる。旧暦というのはなぜか日本の季節感に沿うようにできていて、どういう理屈かはよくわからないが、閏月があると、その季節感が長く続く傾向がある。

そういえば、2009年のエルニーニョで冷夏になった時は、閏 5月があって、五月雨の季節、つまり梅雨がなかなか明けなかったのだった。今年、旧暦 9月が長く続くということは、今年は晩秋を思わせる季節感が長く続くということになるのかもしれない。趣きのある秋になれば幸いである。

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2014/08/17

田舎の親戚との付き合い

旧盆の時期である。東北生まれの私にとっては、お盆といえば旧盆のことで、7月にやる新暦のお盆なんて、まるで実感がない。で、毎年この時期の前後に帰省するため、自然の成り行きで田舎の親戚や先祖のことを考えるようになっている。

ただ田舎に行っても、私の父母の兄姉というレベルの親戚は年々亡くなって少なくなり、生き残っている叔父、叔母も、私がたまに顔を出すと喜んでくれるが、見事なまでに年寄りの風貌になってしまった。いとこは関東や仙台で暮らす者が多く、帰郷してもなかなか全員には会えない。

いとこたちにたまに会うと、やはりそれなりの年齢の風貌になっている。その子供たちとなると、顔と名前を一致させるのも大変だ。一族郎党が近場で寄り添って暮らしているのでない限り、21世紀の世の中で親しい親戚付き合いを継続させるのはなかなか難しい。

ところで、6年前の 「祖父母が 3人ずついる私」 という記事で書いたように、私の母は私が子供の頃に一緒に暮らしていた祖父母の養女であり、父はそこに婿養子に来た人である。だから私には、一緒に暮らしていた血のつながりのない祖父母の他に、父方と母方にそれぞれ祖父母がいる。

で、子供の頃は 「ウチはやたらと親戚が一杯いるなあ」 と思っていた。普通は親戚といえば父方、父の母方、母方、母の母方という 4方向に広がるが、私の場合は、祖父方、祖母方、そして父方、父の母方、母の実父方、母の実母方と、6方向に親戚がいたのである。

幼い子供には、こんな複雑な関係の理解は難しい。その上、それぞれの家風というか、雰囲気がやたらとバラエティに富んでいて、自分のアイデンティティがどこから引き継がれたものか、さっぱりわからなかった。自然と分裂気質的になるのも仕方がない。

父と母の家系は田舎としては知的なところがあったが、祖母は 「浜の衆」 の漁師の家の出で、無学だった。私は小学校に入る頃まで、祖母は読み書きができないのだと思っていた。実際に字の読み書きをするのを見たことがなかったからである。

で、当時付き合いのあった親戚関係でも、祖母の関係だけは、私の父と母でさえも、どんな親戚かよく理解していなかった。祖母に 「あの親戚とは、具体的にはどんな関係なのか」 と聞いても 「オヤグよ」 (庄内弁で 「親戚よ」) としか説明してくれなかったからである。

まあ、無学な祖母としては、自分でも親戚関係を詳細には把握していなかったのか、あるいは把握していたとしても、人に説明することができなかったのか、そのどちらかだったのである。

だから私は、「彼女は、祖父の妹の旦那の先妻の娘」 とか、「彼は母の実母の本家の総領息子の長女の旦那」 とか、「あの人は父の母方の従兄弟」 とかはわかっていても、祖母の系統だけは、祖母の妹の家の者以外は、「よくわからんが、ばあちゃんの親戚らしい」 としか言えないのである。いわばブラックボックスなのだ。

というわけで、祖母の関係の親戚付き合いはだんだんと希薄になっているのも無理からぬところかもしれない。祖母の親戚は筆無精が多いようで、年賀状のやり取りすら思うに任せないし。

そんなわけで、お盆に帰省しても、忙しい時間を縫ってまでこちらから顔を出そうという気にも、なかなかなれないのである。まことにこの世は不常である。

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2014/08/16

負けが見えた時の、ほろ苦さと甘酸っぱさの入り交じった感覚

野球はそんなに好きというわけではないので。甲子園野球も大して興味はもっていないのだが、昨日の昼頃、たまたま明徳義塾高校と奈良智弁学園の試合を途中から見てしまった。両校とも優勝候補にあげられており、1回線での対戦はもったいなさすぎと言われていたらしい。

途中までは接戦で、さすがに強豪校同士の対戦らしい様相だった。この両校ぐらいになると、選手も大舞台に慣れているのが態度でわかる。ようやっとの思いで甲子園出場にこぎつけたぐらいのチームだと、選手たちも少々おどおどしていることがあるが、両校の選手は度胸も据わって堂々としたものである。

7回までは智弁が 1点差を追う展開で、両雄ともに譲らぬなかなかいい雰囲気だった。このくらいの強豪校になると、自分が負けるなんて思ってないから、萎縮せずに伸び伸びとしたプレイができる。なかなかのものである。

ところが、7回裏に明徳が代打 3ランで 4点差とし、さらに加点して一時は 7点差をつけると、相手の智弁がさすがに勢いをなくしてしまい、プレーが緩慢になってしまった。

スポーツの勝負は、体力や技術とともに、メンタル・コントロールが求められる。10回戦ってもせいぜい 6勝 4敗ぐらいの結果に終わりそうな、紙一重の差の勝負だと、最後はメンタルの強さで勝つしかない。ところが、追い込まれてしまうとメンタルはとたんに弱くなる。

私も経験があるが、ある程度勝負が見えてしまうと、リードされている側は 「気持ちよく負けるための心の準備」 に入ってしまうのである。それは負けて必要以上に惨めにならないための、自己防御本能によるのかもしれない。当然にも無意識の作用ではあるのだが、とにかく、「美しい敗者」 になるための準備に入るのだ。

何といえばいいのか、ほろ苦いような、甘酸っぱいような心持ちになってしまい、「俺も、ここまでよく頑張ったよ」 なんて思いが、脳裏を駆け巡る。そうなるとアドレナリンの分泌が止まってしまったようになって、それ以上の力を発揮することができなくなるのだ。

智弁学園の、8回からの動きは、最後にホームランが 1発出たものの、まさにそんなような、ほろ苦さと甘酸っぱさの入り交じった感じのものだったように思う。これまで負けたことがあまりない強豪校でも、負けが見えてしまうと、やはりそんなような状態に陥ってしまうのだ。

昨日の試合を見ていて、私には野球の勝負そのものよりも、高校球児たちのメンタルの動きが強く印象づけられてしまったのである。

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2014/08/15

原爆の悲劇を世界に知らせるための、ドンキホーテ的試み

産経新聞に 「【鈍機翁のため息】」 (「ドンキホーテの〜」 と読むらしい) というコラムがある。筆者は桑原聡という建築家で、ちょっと前まで雑誌 『正論』 の編集長も務めていたらしい。

私はこのコラムを全然意識していなかったのだが、8月 13日付の 「間奏 II キホーテのような山本夏彦」 というタイトルに釣られて読んでみた。「間奏 II」 というのだから、「間奏 I」 も当然あるはずで、それは前日の 「間奏 I エノラ・ゲイ搭乗員の死」 というものだった。

2回連続のコラムは、日本が独立を回復した昭和 27年の夏 (この夏に私は生まれたのだがね) に発行された 「アサヒグラフ」 に載った広島原爆投下直後の写真について、故・山本夏彦氏が昭和 54年に 「原爆記念日を期して私はこの写真を千万枚億万枚複写して、世界中にばらまきたい」 と書いたことを紹介している。

桑原氏が 「夏彦がこれほど感情を露わにした文章を書くのは珍しい」 と書かれているように、確かにいつもの山本夏彦節ではない。特別の思い入れを感じる。彼は次のようにも書いているという。

無数の航空機に満載して、いっせいに飛びたって同日同時刻、アメリカでヨーロッパでソ連で中国で、高く低く空からばらまきたい。

言うはやすく行うは難いと言うな。正体不明の航空機は撃ち落されるなどと言うな。その気があって万難を排せば出来る。『赤十字』 のしるしをつけたらどうか。ただ日本人にそれをやる気がないだけである。

山本夏彦氏が、米国軍による広島、長崎への原爆投下に、尋常以上に強い憤りを覚えていたことを物語るものである。

考えてみればまさにその通りで、これは 「過ちは繰り返しません」 みたいなきれい事では済まない。今の世の中で、いくら戦争状態にあるとはいえ、10万人規模の民間人を犠牲にする原爆投下なんてことをやったら、国際世論でどれだけボコボコにされるか、一瞬でいいから考えてみるがいい。

山本夏彦氏の提唱した 「写真を飛行機でばらまく」 というアイデアは実行されなかったが、今の世の中にはインターネットというものがある。インターネットでの拡散を呼びかければ、彼の言った写真の多くは、世界中に見てもらうことができるはずだ。

というわけで、山本氏の遺志実現に曲がりなりにも協力する意味で、原爆写真のグーグル検索結果に飛ぶためのリンクページを作成してみた。下手に編集するより、検索結果を生のままで出す方がいいと思ったので、あえてシンプルなものにした。

世界中にみてもらうためなので、説明は英語で書かれている。原爆の悲惨さを訴求する画像ページは決して少なくないが、終戦記念日の今日、私のサイトもその中の一つとして連なろうと思う。

こちら をクリックすると、そのページに飛ぶ。よろしければ、拡散にご協力いただきたい。

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