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2017/04/29

イノシシの北限が岩手県に入ったらしい

昨日、仙台在住の友人と会ったら、近年は仙台市内でもイノシシが出没し初め、農作物の被害が出始めたと言っていた。さらに宮城県北部を越えて、岩手県にも確実に進出しているという。

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私は長らく 「イノシシの北限は宮城県南部」 と信じていたが、昨年の今頃、「温暖化の最近は岩手県まで進出したという説もある」 と半信半疑で書いている (参照)。しかし今回、「説がある」 どころではなく現実に被害が出始めて困っていると聞き、びっくりである。

宮城県の地方紙 「河北新報」 の記事によると、イノシシの北上は、地球温暖化という自然要因のほか、高齢化による狩猟者の減少、耕作放棄地の増加という人為的要因も絡んでいるという。さらに東日本大震災による原発事故の影響も大きいという。

捕獲されたイノシシ肉の放射性セシウム濃度が国の基準値(1kg当たり 100ベクレル)を超える例が続き、出荷制限がかかっているので、狩猟がさらに下火になっているというのである。イノシシの北限に狩猟や耕作放棄地といった人為的要因が影響しているとは知らなかった。

上述の昨年の記事では、私は山形県生まれのため 「子供の頃はイノシシなんてまったく縁遠い存在で、想像上の動物ぐらいに思っていた」 と書いている。とにかく私は、茨城県に住み着いて長い今でも、ナマ・イノシシは見たことがない。動物園でも見たことがないので、個人的には、十二支の中の辰とイノシシは今でも神秘的な存在だ。

仙台の友人は 「岩手県まで進出してるんだから、おそらく山形県にも行ってるんじゃないの」 と言っていたが、さてどうだろう。冬は大雪で覆われる奥羽山脈を、足の短いイノシシが越えるだろうか。

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2017/04/28

腕時計だけはスマホに置き換えられない

近頃はいろいろな道具をどんどんスマホ (iPhone) で置き換えているのだが、腕時計だけは相変わらず手放せない。昔何度もみた映画、"Easy Rider" では、ピーター・フォンダとデニス・ホッパーの演じる 2人の男が旅に出る前に腕時計を捨て去るのだが、これだけは真似できない。

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思えば、カメラも、ムービーも、写真アルバムも、カレンダーも、スケジュール帳も、メモ帳も、辞書も、地図も、カーナビも、ラジオも、音楽プレーヤーも、スキャナーも、その他モロモロも、どんどんスマホに置き換えた。おかげで仕事に行く時の持ち物がすっかり減った。

ところがどういうわけか、時計だけはスマホに置き換えられない。そりゃあ、出張先のホテルでの目覚ましはスマホで設定する。私の腕時計には目覚まし機能なんか付いてないしね。しかし移動中や仕事中に、ひょいと時刻を確かめたい時などは、やはり腕時計を見てしまうのだ。そこでポケットから iPhone を取り出す気にはなれない。

カメラや辞書、地図、メモ帳などは、使う時にはポケットから取り出す。だから、iPhone を取り出すのも同じ動作だから苦にはならない。しかし腕時計だけはポケットから取り出す動作を伴わない。左手首をひょいと上げればいい。それが iPhone では及ばないところだ。

時間に追われる仕事を離れて隠居してしまうまでは、やはり腕時計は手放せないだろうと思う。何の因果かは知らないが。

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2017/04/27

「ぜひぜひ」 に関する考察

数年前に、「言葉のインフレ」 ということを問題にする記事を複数書いた (参照 1参照 2)。とくに言いたかったのは、「是非是非」 という繰り返しと、すすり泣き程度で 「号泣」 と表現する風潮への違和感である。とくに最近の話し言葉では 「是非」 の一言でさえ大げさに感じるような話でも、「是非是非」 と繰り返すのがほとんどお約束のようになっている。

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「号泣」 という言葉の本来の意味は、「大声を上げて泣き叫ぶこと」、つまり 「大泣きすること」 である。ところが最近は、声を上げたわけでもないのに 「号泣」 と伝えられることが多くあって、まさに 「言葉のインフレ」 そのものだ。

これに関しては、7年前の ”「号泣」 という言葉がインフレを起こしてる” という記事で触れたように、近頃は 「号泣」 を 「声を押し殺し大量の涙を流して泣くこと」 と誤解している人が増えたことによるもののようだ。要するに 「感極まった」 という条件さえあれば、実際にはすすり泣き程度でも 「号泣」 と言われてしまいがちになっている。

で、思ったのは、「是非是非」 の方も、本来の 「是非」 という言葉を知らずに使われてしまっているんじゃなかろうかということだ。なにしろ Yahoo 知恵袋に "「是非お願いします」 ってどういう意味ですか?" なんて信じられない質問が寄せられる世の中だから。

この質問をした人にとっては、多分 「是非」 と 「ぜひぜひ」 (敢えてかな表記にする) は別の言葉なのだ。テレビなどで 「ぜひぜひご応募下さい」 と言われても全然疑問を感じないのだろうし、自分でも 「ぜひぜひ来てね」 なんて言っているかもしれない。ところが 「是非お願いします」 と改めて漢字表記されると、「それ何?」 と思ってしまうのだろう。これはちょっとすごいことだね。

ネットの表記をググってみると、「是非是非」 という漢字表記が 「ぜひぜひ」 のかな表記よりも多くなっているが、これはきっと、打鍵時に漢字変換システムが勝手に変換してしまったことによるのだろうと思われる。書いた人の頭の中では、多くの場合 「是非」 と 「ぜひぜひ」 は別の単語なのだ。きっとそうだ。

ちなみに私自身は、「ぜひぜひ」 というのは気持ち悪くて使えない。

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2017/04/26

「業の深さ」 を感じさせる今村復興相の辞任

今村雅弘復興相が、つまらない失言問題で辞任するという。つい先日の記者会見では大荒れ発言などもあって、「つい、いろいろ口走っちゃいやすい人」 みたいだから、気をつけなきゃまたやるだろうなあと思ってはいたが、もうやっちゃった。

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あの東日本大震災の問題を 「まだ東北で、あっちの方だったからよかった」 なんて言ったというのだが、所詮は他愛もない軽口ではある。ただ、私の住む茨城県南部もれっきとした被災地であり、しかも私は東北出身でもあるので、「他愛もない軽口」 とは思っても、正直なところ、ムッとくるところはある。

この人、昨年の熊本の地震に関しては 「九州の方だからよかった」 なんて、絶対に言わないだろう。何しろすぐ近くの佐賀県出身で、選挙区も佐賀県だしね。あの発言の趣旨は 「首都圏に近かったら莫大な被害があった」 ということらしいが、九州よりは東北の方が明らかに 「首都圏に近い」 し、現実に東京都区内でも被害があったことを忘れているようだ。

まあ、やっぱり心の底では東北を軽く見ているってことで、そうした意識がポロッと漏れてしまったのだろう。でも、フツーはこうしたことがつい口をついて出てしまいそうになっても、ギリギリのところで心の中のアラームが鳴るよね。

この人、東大法学部出身だというから、決してお馬鹿ってわけじゃないのだろうが、まるで魅せられたようにお馬鹿な失言を繰り返す。そしてこの人だけじゃなく、政治家というのはなぜか好んで失言をしてしまう 「業」 みたいなものを背負っているようなのだ。

この件に関しては、4年前に "政治家の失言問題と、「上品なジョーク」 がウケない風土" という記事で、「下世話な、あるいはレベルの低すぎるレトリックが問題」 と指摘している。

政治家は地元や支持者の集まりの講演会などで、つい 「リップサービス」 をしてしまうところがある。「私は結構ジョークの通じる、くだけた人間なんですよ」 とばかり、「身近なオッサン」 であることをアピールしたがったりするのだ。これについて、私は次のように書いている。

リップ・サービスしたかったら、少しは上品なジョークを多用すればいいという気もするのだが、私の経験から言わせてもらうと、日本のオッサンたちには上品なジョークって、全然受けないのである。受けないどころか、下手すると 「気取ってる」 なんて受け取られかねない。ウケを狙うとどうしても、下世話に落とさなければいけないというようなところがある。

つまり、我が国の大衆は下世話を欲しながら、まともに下世話で応えられると 「けしからん」 といきり立つ傾向があるのだよね。これはもう、なかなか困ったことなのである。こんな状況だから政治家の方でも、なかなか上品なジョークが上手にならない。

つまり政治家に失言が多いのは、支持者たちが下世話な話を好むからでもあって、こればかりは 「どっちもどっち」 というところがあるのだよね。話し手は基本的に聴衆に合わせて話しするわけだから。

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2017/04/25

休みたい!

いやはや疲れ気味、というより、正真正銘疲れている。さすがに還暦越えて休日もなくあちこち飛び回りすぎると、疲れが溜まってしまうようだ。

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今月 17日に 「春はとにかく眠い Part II」 という記事を書いている。事実、不規則な生活が続いて睡眠不足気味だった。その眠いところにもってきて、19日から 2泊 3日で 2カ所を廻る強行軍の出張に突入した。そして帰ってみると、ぐったりと疲れているのである。

これほどまでの 「疲れた感」は、生まれて初めてかも知れない。出張から帰った翌日は、疲労と筋肉痛で驚いたが、「まあ、1日経てば回復するさ」 と思っていた。しかし翌々日になると筋肉痛はますますひどくなった。翌々日に筋肉痛というのは、年を取った証拠なんて言われるが、まあ、当人としてもショックである。

とにかく足が重いのである。できれば 1日しっかりと休養を取りたいが、スケジュールが詰まっていてそれが許されない。徐々に疲れを抜いていくしかない。

季節の変わり目に、体力を過信してハードワークを続けると、結構こたえる年になってしまったようなので、これからは気をつけようと思う。とにかく 1日でいいから、何もしないでゴロゴロできる日がほしいと思うのだが、明日から 1泊 2日が 3回連続で続く。

自分で組んだスケジュールなのだから文句を言わずにこなすしかないが、ああ、考えるだに恐ろしい。

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2017/04/24

A3 サイズ対応の FAX 兼用プリンターの使用を止めた

今月 18日の記事で書いたように、デスクサイドにあった馬鹿でかい FAX を取り外した。おかげでデスク回りに余裕ができた。これで、使用プリンターは Brother のモノクロ・レーザー・プリンター と、カラー印刷用の Epson インクジェット・プリンター (スキャナ兼用) の 2台だけになった。いずれも A4 サイズまでの対応である。

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取り外したのは Brother の FAX 兼用インクジェット・プリンターで、A3 サイズまでの印刷と受発信が可能なタイプである。なんでまた、こんなに大きなものを設置していたのかといえば、かつては必要だったからなのである。

まず、FAX 機としてだが、B4 サイズ以上の書類のやり取りが、昔は実際にあった。通常の A4 サイズまでのマシンだと、送り手が B4 サイズ以上のものを送った場合、縮小印刷で対応する。しかし縮小されてしまうと、字が小さすぎて読めなかったりする場合もあり、業務で使う場合には A3 サイズの受発信可能なタイプが必要だった。

さらにプリンターとしても、袋とじ印刷を行う場合は A3、B4 サイズの対応が必要だった。役所に提出する書類は、この袋とじというのが求められたのである。袋とじで A4 サイズにするには、その倍の A3 サイズで印刷しなければならない。

しかし近頃は、役所に提出する書類を作るなんて仕事からは遠ざかった。はっきり言って、そんな仕事はしたくない。役人とつきあうなんて、もうまっぴらだ。

さらに思い起こしてみると、この 2年ぐらい FAX の受発信そのものをしたことがない。すべてメールで済ませる世の中になった。今の世の中で、FAX での情報のやり取りにしか対応できない相手とは、仕事したくない。よって、FAX 機も必要ない。

この 21世紀の世の中になっても、芸能人の結婚や離婚の発表は、マスコミ各社に FAX で送付されるらしい。妙な風習である (参照)。私はそんな世界とは関係がないから、とっくに FAX 機を取り外してもいいはずなのだった。今頃になって取り外すのは遅いぐらいだと気付いた。

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2017/04/23

「石パン」 という食べ物

「堅い食い物」 と言えばいろいろある。まず思いつくのがフランスパンとか、堅焼きせんべいとかで、これらは表現するとすれば 「カチカチ系」 だ。

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「歯ごたえ系」 とでも表現したくなるのが、たくあんなどの漬物で。酢昆布などもその流れだろう。コチコチに堅いわけじゃないが、噛み切ろうとすると、その繊維が難敵になる。その他に 「もっちり系」 と表現されるものがあり、歯ごたえのある餅などが挙げられる。

しかし多くの場合、「堅くて噛めない」 というほどのことはない。そもそも 「堅くて噛めない」 というほどのものが食品として存続するのは難しい。多くの食品は、そのままでは堅くて食いにくいものを煮炊きするなりして、食べやすくしたものだ。

しかし世の中には、その常識を打ち破る食い物がある。上の写真は、讃岐の善通寺参道にある熊岡菓子店の販売する 「石パン」 というものだ。先日讃岐に行った時、「金比羅さんは何年か前に行ったし、今回はそこまで足を伸ばす時間がないから、善通寺参りをするか」 と、軽い気持ちで寄ってみたのである。

善通寺は四国八十八箇所霊場の第七十五番で、真言宗善通寺はの総本山としても名高い。行ってみると大変立派なお寺で、参拝客も大勢いた。そして帰りに寄って、軽い気持ちで買ったのが、この 「石パン」 である。

熊岡商店は、葛飾柴又の商店街を思い出させるような、昭和の雰囲気溢れる店作り (参照) で、結構人気店らしく、客が列をなしている。私もいろいろな種類のお菓子を買ったのだが、最も衝撃的なのがこれだった。

何しろ、堅くて噛めない。本当に噛めない。まさに 「石」 である。あまりの堅さに、しばらくは口の中でしゃぶっているしかない。5分ぐらいしゃぶるうちに、少しは唾液でふやけて噛めるようになる。

話のタネにと友人知人にも食べさせたが、「堅い!」 と言う人はあっても (というか、100% そう言うのだが)、「まずい」 という人はいない。「おいしい、クセになる」 という。しかしとにかく堅くて噛めないので、いくらクセになっても量は食べられない。だから太る心配もあまりない。

この食べ物の発祥は、兵隊の非常食料として作られたものであるらしい。なにしろカチカチで水分が少ないから、日持ちがする。1ヶ月は常温でも大丈夫らしい。

「これはパンと思うからいけない。アメ玉と思えばいい」 という人もいた。アメ玉のつもりでしゃぶっているうちに、最後にはなんとか食えるようになる。確かにそう思えば、一粒で長く楽しめる。

とにかく、私がこれまで食べた食い物の中では、最高に堅いものだった。

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2017/04/22

将来の 「夢」 を語ったことがない

よく 「夢を語れ」 とか言うが、私はそれについて一度もピンときたことがない。「青春時代に、友と夢を語り合った」 などと思い出話をする人もいるが、私にはそんな経験がない。

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実感としては、「夢を語るほど暇じゃなかった」 というのが本音だ。若い頃からいろいろな文化活動に関わったりしていて、とにかく目の前にある 「おもしろいこと」 に取り組むのに没頭していた。先のことまで考える暇なんてなかったのである。

「その関わっていた分野を、自分の 『夢』 とはしなかったのか?」 と聞かれることもあるが、「そんなことを 『夢』 としていいなんて思わなかった」 と言うしかない。熱しやすく冷めやすかったのである。一時的に夢中になっても、それに人生賭けるというほどの発想はなかった。もっと夢中になれるものが出てきたら、いつでも乗り換えるつもりでいた。

それに、何しろ情報不足だったのである。人生を賭けてもいいと思えるものを探してはいたような気がするが、いつも見つからなかった。なにしろ高度経済成長期だったので、世の中がどんどん変わる。そのどんどん変わる世の中をキャッチアップするだけの情報基盤が、その当時はなかった。

田舎育ちの若造には、何もわかっていなかった。何もわからないで 「夢」 を語るほどの無鉄砲でもなかったのである。だから、「今」 しか見ていなかった。とにかく目の前に現れたものに取り組むだけで精一杯だった。そのままずっと、目の前のものとじゃれ合い、取っ組み合いしながら、還暦を過ぎてしまった。

そしてここまで来ると、過ぎ去ったすべてが 「夢」 のような気がするのである。私にとって、「夢」 は未来に置いて語るものではなく、過去として振り返るもののようなのだ。そして今でも、目の前のものとガチンコで取り組みっぱなしでいるというのが、我ながらおもしろい。

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2017/04/21

都会への親和性を失ってしまった

讃岐と京都への二泊三日強行軍出張を終え、夜も更けてから帰宅した。歩きの行程も長く、荷物もかなりの重量だったので、体力を使う旅だった。新幹線で東京に降り立ち、つくばエクスプレスへの乗り換えのために秋葉原の街に出た時には、そのあまりの雑踏に 「うわぁ、こりゃダメだ!」 と思った。

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関西では案外すいすい移動できたのに、東京の秋葉原の街が、もうダメなのである。大学入学以来、40年も東京の空気を吸い続けた自分が信じられない。もう東京では暮らせない体になってしまったことを、しみじみと実感する。

思えば、高校を出て 18歳で、単身上京したのである。田舎の街を出て、東京で暮らしたくてたまらなかったのである。そして30歳手前まで都内に生息し、それから茨城県のつくばの地に家を買って移り住んだ。しかしそれからもずっと、鉄道の定期券をもって都心に通い続けたのである。

ところが今となっては、自分でも信じられないほど東京という都会への親和性を失ってしまった。今回大急ぎで旅した四国と関西の街では、土地の人たちと濃密に接してもあんなにしっくり来ていたのに。

自分は東京という都会からは卒業したのだと思う。もう東京は、乗り継ぎか、美術館や劇場に行くという用事しかない。都会は人間の暮らすところではなく、時々出かければいいところである。

空があり、土があり、山があり、川の流れる土地に住居を構えて、本当によかったと思っている。

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2017/04/20

禁煙を 「健康視点」 で語るのは不毛だ

Biglobe ニュースが、"スモーカーに甘い自民党に言いたい 「他人の受動喫煙で病気になってたまるか!」" という 「週刊女性 Prime」 の記事を紹介している。この問題に関しては私も、今月 15日の 「飲食店内禁煙に、自民党内で反発が大きいらしい」 という記事で触れている。

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まずはっきりさせておこう。私自身は飲食店内禁煙に関して、「健康視点」 というまどろっこしい話をキーワードにしていない。早く言えば、「臭くて、おえっとなるから煙草の煙が漂う中には入りたくない」 ということに尽きるのである。理屈で 「健康に悪い」 だのなんだのいうよりも、とにかく、臭くて生理的に耐えられないということが第一なのだ。

上述の Biglobe ニュースでも、次のように日本たばこ産業 (JT) の見解を一応紹介する。もっとも 「お笑いぐさの見解」 として紹介しているようなんだけどね。

日本たばこ産業 (JT) は 「私たちは受動喫煙というのは喫煙しない人の迷惑になるという点で考える。受動喫煙が身体の害になるという医学的な見解は十分ではない」 (広報) とまでも言い切る。

私としても、この見解は確かにお笑いぐさだとは思うけれど、「受動喫煙というのは喫煙しない人の迷惑になるという点で考える」 という点に関しては賛同する。ただ、彼らの 「迷惑さ加減の考え方」 に関しては、「まったく不十分」 と思うのだが。

で、さらに、iRONNNA というサイトで、漫画家の黒鉄ヒロシ氏の "タバコが健康に悪いかどうかという議論は 「もはや、これまで!」" という記事を見つけた。これは 「愛煙家通信」 No.8 (2014 冬号) に紹介されたものというから、結構古いといえば古くて、まあ、典型的な喫煙者の立場での主張である。

彼は 「喫煙が健康に悪いというのは、ヒトラーの誤解から始まっている」 と主張している。要するに、確固たる根拠はないというのだ。だから 「健康に悪いから煙草を止めろ」 というのは、ナンセンスという議論である。あの 『バカの壁』 の養老孟司氏も 「禁煙はナチズム」 「喫煙の害に根拠なし」 と主張していて、これは喫煙者の言い訳の主流であるらしい。

なんとまあ、要するに近年は喫煙者までが煙草を 「健康」 のキーワードで語り始めているのである。もちろん、禁煙論者とは裏返しの視点ではあるのだが、要するに 「そんなに健康に悪いってわけじゃないんだから、吸ってもいいじゃないか。ごじゃごじゃ言わんといてくれ」 というわけだ。

これは、ことの本質をまったくわかっていない主張である。だからずっと言ってんじゃん! 煙草が嫌なのは、健康云々より、まずとりあえず 「臭くてたまらないから」 だって。喫煙者は自分がいかに不愉快な臭いを垂れ流しているか、全然自覚していないようなのだ。

イヤフォンから垂れ流される大ボリュームの音楽の 「シャカシャカ音」 を迷惑がる人が、自分の垂れ流すタバコ臭さに無頓着なのは、喫煙習慣のせいで鼻がバカになっているからである。耳がバカになっているのと同じで、まさに 「バカの壁」 を構築しているようなのだ。

ここまで来ると、「オメー、臭えんだよ!」 とはっきり言ってやらなければ、わからないんじゃなかろうかとまで思っている。「みんなで一緒にバカになれば大丈夫」 というのは、バカそのもののゴーマンな主張である。

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