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2017/03/29

籠池理事長の駆け込み寺は、あの本の著者だったのか

このところ、九州の片田舎に二泊三日で出張したり、急ぎの仕事に追いまくられたりして、あまり最新の情報に接していなかった。だから、例の森友問題の籠池氏が駆け込んだ 「菅野完」 というジャーナリストにしても、「誰? それ」 としか思っていなかった。

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出張先のホテルに夜遅くチェックインして、ニュースで菅野氏がマンション前で大勢の取材陣にインタビューを受ける姿をみても、「この関西弁のオッちゃん、誰?」 と思っていた。どうしてこのオッちゃんが急にしゃしゃり出てきたのかわからなかったが、どうせ 「森友学園問題は魑魅魍魎」 と思っていたから、あまり気にもしていなかった。

ところが今日になって、ふと 「あれ、この名前、どっかで見たことあると思ったら、『日本会議の研究』 の著者と同じ名前じゃん」 と気付いた。今頃になって気付くとは、私のアンテナ感度もずいぶん鈍ってしまったものである。

で、念のためググって見たら、まさにあの本の著者が今、籠池理事長の駆け込み寺みたいなことになっているらしいのだ。へえ、世の中わからないものである。いや、わかりやすすぎるとも言うべきか。いずれにしても、これはちょっとおもしろいことになったのではなかろうか。

というわけで、今になってこの森友学園問題に改めてキャッチアップするために、再び興味を持ち直しているところである。それにしても、我ながらなんだかズレてしまっているなあ。

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2017/03/28

政治がつきあいきれない

政治が混迷していて、はっきり言って 「つきあいきれない」 状態になっている。私は米国や英国のような二大政党による政権交代が繰り返されるシステムがこの国にも根付けばいいと考えているのだが、どうもそんなことにはなりそうにない。きっと精神風土が違うんだろうと、ほとんど諦めかけている。

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ちょっと前までは、野党が、つまり民進党がだらしないから、こんな状況から抜け出せないのだと考えていた。しかしどうやら、民進党がだらしないというよりは、民進党がだらしなくならざるを得ない政治風土が、この国にあるのだと思えるようになった。

なにしろ 「ソンタク」 で動く政治だもの。表舞台では明確な論戦が行われず、避難の応酬にしかならない。そして舞台裏ですべてが進行する。舞台裏で動くのだもの。明確なことなんか言えない。「みなまで言わなくても、あとは官僚が適当にソンタクしてくれる」 という環境がなければならない。

そうなると、政権が度々移行してしまったら、ソンタクの加減がわからなくなって、やりにくくてしょうがないことになるだろう。だったら、阿吽の呼吸で通じてしまう自民党政権が続く方が楽だ。いや、私がそんなふうに思っているのじゃなく、あの界隈の連中が確実にそう思っているのだ。

民進党の蓮舫代表は、近頃とみに人相が悪くなってしまった。何を言っても言葉に重みがないし、ブーメランになってしまう確率が異常に高いので、仲間内でもまともにつきあってもらえないのだろう。「ソンタク」 の 「ソ」 の字も通じそうにない雰囲気を漂わせているしね。

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2017/03/27

iCloud のログイン情報がハッキングされたというのだが

Forbes Japan の記事によると、「ターキッシュ・クライム・ファミリー (トルコ犯罪一家)」 というハッカー集団が、 icloud.com と me.com のドメインのメールアカウント最大 5億5900万件のログイン情報を入手したと主張して、Apple に「身代金」 を要求しているのだそうだ。なんだかアヤシい話ではあるのだが。

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記事は次のように伝えている。

ニュースサイト 「マザーボード (Motherboard)」 の先週の報道によれば、ハッカー集団は、データ消去と引き換えに、仮想通貨のビットコインもしくはイーサで 7万5000ドル (約840万円)、または iTunes ギフトカードで 10万ドル (約1100万円) を 4月 7日までに支払うようアップルに要求。従わなければ、パスワードを使用して iPhone をリセットし、電話番号、画像、動画、メールなどの個人情報を削除すると脅迫している。

というわけで、こちらとしても一応念のために、iCloud のパスワードを変更した。実を言うとここしばらく iCloud のパスワードを放りっぱなしにしといたので、何もなくてもそろそろ変更のタイミングになっていた。ある意味、ちょうどいい機会である。

とはいえ、このニュース自体ちょっとアヤシい。5億件以上ものログイン情報を入手したにしては、「身代金」 の要求がかわいらしすぎる。ハッカー集団を名乗ってはいるが、もしかしたら個人犯罪かもしれない。

で、もし 「身代金」 が支払われなかったら、入手したパスワードを使って世界中の多くの iPhone をリセットして、iCloud 上に保存されたデータを消去してしまうと言っているわけだが、それを実行するのはかなりの 「手間」 である。たとえ本当にパスワードが漏れていたとしても、5億件以上の iPhone の全てをリセットするなんて、結構な力技になる。実際にはできないんじゃなかろうか。

今回のニュースは、Apple ユーザーの iCloud パスワード変更を促しただけという結果に終わるだろうと思う。

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2017/03/26

通販は認知症の敵になる

日経ビジネスに "その名は 「通販」。認知症介護の予想外の敵" という記事がある。宇宙作家クラブ会員の松浦晋也さんという方の書かれたものだ。

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記事は認知症の母との悪戦苦闘の記録である。そして今回は通販との戦いに焦点を当てたものだ。なにしろ女性は買い物が好きだから、認知症になってもテレビショッピングをしまくる。しかも必要でもないものを 「定期購入契約」 とやらで買うので、白髪染めやら洗剤やら何やらが、毎月届くのだそうだ。

買ったところで使わないのだから、未使用の同じ商品が家の中に山と積まれることになる。そして当人は買ったことさえ忘れているので、「どうしてそんなものを買ったんだ」 と問い詰めても、「そんな覚えはない」 と言い張る。認知症の老人を論理的に問い詰めても埒があかないことはわかっていも、神経の消耗は大変なものだろう。

私の母も体が動かなくなって寝込んでしまう前は、徐々に進行する認知症のせいで、かなりとんちんかんなことが多くあった。実家は母が寝込んでしまってから近所の新築の家に引っ越したので、1週間近くかけてその荷造りを手伝ったことがあったが、古い家の物置きには、母がいつの間にか買い込んだ手つかずの品物が売るほどたまっていたのを思い出す。

母はテレビショッピングなどにはそれほど馴染みがなかったので、ほとんどの商品は近くのスーパーで買い込んだタオルや洗剤、ティッシュペーパーなどの日用品だったが、中には通販で買い込んだらしきものもいくつか混じっていた。あの頃はまだ通販がそれほど一般的ではなかったからまだいいが、今の世の中で認知症になった女性なら、確かにいろいろなものを、ものすごい勢いで買いまくるだろう。

若い女性で通販に慣れ親しんでいる女性が、何十年か経って認知症になってしまったら、どんなに不必要なものを買いまくるか、考えるだに恐ろしくなる。認知症とはいえ、慣れ親しんだ行動はすいすいこなしてしまうのだ。

通販業界は認知症の老人によるとんちんかんな購入申し込みへの対策を考えないと、トラブル処理にずいぶん無駄なコストをかけることになるだろう。かくいう私も、Amazon で要りもしないものを買いまくらないように、くれぐれも注意しようと思う。

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2017/03/25

「ソンタク力」 の発揮どころ

3月 18日の記事に "今年の流行語大賞の有力候補に 「忖度」 というのが挙げられると思う" と書いたが、それ以後の様子を見ていて、この思いはますます強まった。今のところ断トツの最有力候補だろう。

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世の中にはミーティングルームの壁に 「忖度力」 と大きく書かれた紙の貼られた会社もあるらしい (参照)。日本人は本当に 「忖度」 が好きなのだなあと感心していると、渦中の人物の一人、大阪の松井府知事は 「忖度には、悪い忖度といい忖度がある」 なんて言い出したらしい (参照)。こうなると、お笑いじみてくる。

まあ、フツーはいわゆる 「配慮」 ぐらいで十分なんじゃないかとも思う。ことさら 「忖度」 なんていうから、考えすぎてしまう。このまま行ったら、「配慮の度が過ぎたのが忖度」 で、「事大主義の別名」 なんてところまで零落しかねない。

「忖度 = ソンタク」 という言葉がここまでおかしくなってしまったのは、18日の記事でも書いたように、立場の上の者にばかり妙なソンタクをしてしまう風土がこの国にできてしまったからだ。上の者は部下に対して簡潔明瞭な指示を出すべきで、部下は妙なソンタクなんかせずに、それを粛々と実行すればいい。

そもそも立場が上の者が下の者に対して、「そんなこと俺に皆まで言わすほど、おめえも野暮じゃねえよな。わかってるよな、な?」 ってなことになるのは、グレーゾーンの中でもかなり黒っぽい領域のことになるに決まってる。そんなことをソンタクさせるのは、ある種のパワハラだ。

その逆に、指示を出すとかいう権限のない立場の弱い者に対しては、権限のある者が声なき声を拾ってきちんと忖度すればいいのだ。今の世の中、それが逆になってしまっているから、今回のようなおかしなことになる。

繰り返すが、立場の弱い者に対してさりげなく発揮してこその 「忖度力」 だろうよ。「ソンタクの成るソンタクは誰もする成らぬソンタクするがソンタク」 という道歌もあることだし。…… ないか。

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2017/03/24

アイコンでびっしりと埋め尽くされたデスクトップ

今日、出張の帰りに長崎空港の搭乗ゲートで時間待ちしていたら、斜め前の席で Let's Note を取り出して仕事をし始めたにいちゃんがいた。今どきとりたてて珍しい光景というわけでもなんでもないのだが、私が度肝を抜かれてしまったのは、彼のデスクトップをびっしりと埋め尽くしたアイコンの壮観さにである。

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あまりに驚いたので、悪趣味なことについパパラッチしてしまったのが、上の写真である。彼自身、ずらりと並んだアイコンにてこずっているみたいで、この壮観なデスクトップをずいぶん長い間表示させたままで、目的のファイルを探していた。おかげでこちらも、余裕を持って盗撮 (?) できてしまったのだよ。ごめんね。

私だってデスクトップに何も置いてないわけじゃないが、せいぜいメールで送られた添付ファイルの中で、確認が済めば保存しておく必要もないやつとか、当日のブログで使う写真とかを、仮置きするだけだ。そして用が済んだらさっさと削除する。保存しておく必要のあるファイルは、"My Documents" フォルダの中にさらにフォルダごとに分類して入れておく。

この分類は長い間のうちに確立されたシステムで、大雑把すぎず、かといって細分化しすぎず、最も自然に放り込めて、さらに後から見つけやすい絶妙のソート・メソッドによっている。もっともその 「絶妙さ加減」 というのは個人的なもので、誰に薦めても 「最適」 というわけじゃないから、各人が自分で磨き上げなければならない。

というわけで、私のリアルのデスクトップ (つまり作業机の上) は結構乱雑だが、PC の中は人に誇れるほどきっちり分類・整理されている。どんな昔に作った些細な書類でも、必要とあらばあっという間に見つけて開くことができるのだ。

ところが上の写真のような状態だと、必要なファイルを見つけるだけで手間取ってしまうだろう。ご苦労さまなことである。

巷では、デスクトップにあまり多くのファイルを置いておくと起動に手間がかかると言う人もいれば、それは俗説で、実際にはそんなに変わらないと言う人もいる。試しにググって見たら、「エンジョイマガジン」 というサイトに "「デスクトップに重いファイルを多数置くと起動が遅くなる」はホント?" というページが見つかった。

このページを書いた人は、デスクトップをきれいさっぱり空にした状態と、ファイルをどっさり置いた状態、そしてショートカットを置いた状態で、起動に要する時間を計ってみたというのである。OS は、画像から察すると、Windows 7 のようだ。

結論から言ってしまうと、デスクトップをすっきりした状態だと、起動には 150.195秒かかり、 ファイルをどっさり置くと 192.801秒かかったという。この 約 42秒の差をどうみるかだが、やっぱりちょっと大きいと感じてしまうのが人情だろう。

しかしまあ、今どきの PC はスリープ状態にしておくことが多いので、イチから起動するなんて 1週間に 1度ぐらいのものだろうから (私は仕事が終わるといちいち電源切って、毎朝再起動する人の気が知れない)、気にするほどのことじゃないと言う向きもあろう。そうなると、あとは気分の問題である。

突き詰めたら好きずきの問題に過ぎないかもしれないが、やっぱりデスクトップはすっきりさせておく方が、見栄えがいい。とくに、自分の PC を使ってプレゼンをする機会の多い人なんかは、公衆の面前の大スクリーンに、内容がもろに想像できちゃうようなファイルネームの付いたアイコンがびっしり貼ってあるというのは、避ける方がいいと思うよ。

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2017/03/23

世の中にはいろいろなローラがいるみたいなのだ

今日は案外どうでもいい話題である。CM なんかでよく見る顔に、ローラという子がいる。個人的にはあんまり近くにいられたくないタイプだが、いろいろとよく登場するのだから人気があるんだろう。このほど長崎から諫早に向かう快速電車で、JR 九州の鹿児島旅行プロモーションの吊り広告でも目撃した。

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で、「ん?」 と思ったのである。この吊り広告には ”KAGOSHIMA by Rola" とある。「ローラによる鹿児島」 というのも、「なんじゃ、そりゃ?」 という感じだが、それよりも 「ありゃ、ローラって、"Laura" じゃなかったのか?」 と、ちょっと意外な気がしてしまったのだ。

私の知ってるローラは、ローラ・ニーロ (Laura Nyro) でも、ローラ・ブラニガン (Laura Branigan) でも、ローラ・フレイザー(Laura Fraser) でも、みんな Laura である。Laura 以外のローラがいたとは、新しい発見である。

そういえば昔イタリアに、ラウラ・アントネッリ (Laura Antonelli) という女優もいたなあ。彼女も英語読みだったら 「ローラ」 にほかならない。しかし今回鹿児島旅行のプロモーションをしているタレントの名前は、ローラはローラでも、いわゆるフツーの Laura じゃないようなのである。

あまりのことに驚いてインターネットに当たってみると、本当に世の中にはいろいろなローラがいるみたいなのだ。「ローラ」 というカタカナでググると、「ローラ (Laura, Lola, Rola) は、女性の名前」 とある (参照)。「へえ!」 ってなもんである。それぞれみんな異なる発音だ。多くの日本人の耳には、あまり区別が付かないことではあるが。

例えば、中国に ローラ・チャン (Rola Chen) という女優がいるし、イタリアには ローラ・パニーニ (Lola Pagnani) という女優が、ルーマニアにはローラ・ボベスコ  (Lola Bobesco) というバイオリニストがいるという。まあ、見当たらないのは Rora ぐらいのものだ。

世の中にはまだ知らないいろいろのことがあるものなのだね。

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2017/03/22

「マイクーポンのお知らせ」 というスパム

最近のスパムメールの流行りは、「マイクーポンのお知らせ」 みたいなやつだ。スパムと言っても、いかにもアヤシいところから来るのではなく、いわゆるフツーのメジャーなサービスサイトから来たりするので、本当に厄介だ。例えばこんなようなやつだ。

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10万円以上で 5000円引きが使えるなんていっても、よく考えれば 5%以下のディスカウントでしかない。世の中ちょっと探してみれば、そんなもんじゃないディスカウントがいくらでも見つかる。というか、そんなちゃっちい割引を探す方が難しいぐらいのものなのだが、「マイクーポン」 という言い方をすると、嬉しいご褒美みたいな気がしてしまうのだろうか。

こうしたメールは、利用しているポータルサイトからまで来るので、うかつに配信停止の手続きなんかすると、他の知らせまで止まっちゃいかねないから困ってしまう。それでこの類いものとわかったら読まずに即刻削除することにしているので、私に関する限りはいくら送りつけてもまったく無駄なのだが、近頃は増える一方のような気がする。

「お得なクーポン」 なんて言っているが、大抵はどこかの店とか通販サイトとかで必要でもないモノを買ったりすると、割引クーポンが付くというシステムらしい。多くの場合、自分の本当に必要なものを買ってもクーポンなんてもらえないのに。要りもしないものを買うとついてくるというのである。

つまり 「お得」 という名の無駄遣い促進システムだ。向こうも商売だから、慈善事業をしているわけじゃない。付与するクーポン分は元の値段の中に含んでいるはずだ。ということは、意識してクーポンをゲットしなけりゃ、その分だけ高い買い物をすることになる。だったらクーポンなんて付かないフツーのサイトで、お買い得商品を探して買う方がマシだ。

せっかくもらったクーポンは使わなきゃ損という人もいるが、そのクーポンを使って、またしてもあまり必要でもないものを買ったり、温泉旅館やリゾートホテルの宿泊なんかに使わなきゃいけないのだから、結局は売り手の論理でしかない。クーポンなんか使わなくても、上手に計画すれば費用のかからない旅行なんていくらでもできる。

まあ、世の中にはさんざん無駄な買い物をして貯めたクーポンで、あらかじめセットされたプランで温泉旅館なんかに泊まり、「ああ、お得な楽しみをゲットしちゃったわ」 なんてルンルンしている人もいるらしいので、それはそれで 「どうぞお幸せに長生きしてね」 というほかないのだが。

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2017/03/21

バリケンという鳥のいることを初めて知った

バリケンという鳥をご存じだろうか? 実は私も今日初めて知った。雨の中、つくば市の赤塚公園というところを歩いていると、なんだかニワトリの大きいんだか、七面鳥の小さいんだか、よくわからん鳥がぼうっとつっ立っている。「何だ? ありゃ!」 と言うと、一緒に歩いていた後輩が 「tak さん、知らないんですか。バリケンってやつですよ。この辺じゃ知らない人いませんよ」 と言う。

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近付いて行っても飛び去る気配はない。というか、どうやら飛ぶことはできないようだ。結構でぶっちょで、羽も小さいから、まあ、飛べたとしてもちょこっと程度だろう。写真を撮ろうとすると露骨にうっとうしがるような素振りは見せるが、走って逃げるということもない。見た目は強面だが、至って呑気な鳥という印象だ。

帰宅してからググってみると、Wikipedia で 「ノバリケン」 という項目が見つかった (参照)。野生のバリケンで、「野バリケン」 というココロらしい。カモ目カモ科の鳥である中米産ノバリケンを家禽化したものが、バリケンということのようなのである。日本においては家禽化されたバリケンの方が先に知られ、後になって 「元々の野生の方は 『ノバリケン』 ってことにしようか」 ってなことだったのだろう。

Wikipedia には 「食用家禽として日本に持ち込まれたが、あまり普及していない。飛行能力が残っており日本各地で逃げ出したものが散見される」 とある。おお、やはりちょこっとは飛べるもののようだ。まあ、そんなことを言えば、ニワトリだって木の枝ぐらいまでは飛んだりするからね。

この Wikipedia には、つくば市の洞峰 (どうほう) 公園で目撃されたバリケンの写真が載っている。とすると、やはりつくば市周辺はバリケンが多く見られる地域ではあるのだろう。私の自宅近辺では見たことがないけどね。

それにしても、この年になって初めて見る鳥というのがあって、しかもその鳥はつくば市では知らぬ者とていないというのだから、人生というのはよくよくわからないものである。

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2017/03/20

「スチールカメラ」 という言い方は、何とかならんかなあ

こんなことはとっくの昔に書いたとばかり思っていたのだが、自分のサイト内を検索しても出てこない。どうやらまだ書いていないようなので、今さらながら書く。何かというと 「スチールカメラ」 という表記についてである。

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世の中では、静止画像 (つまり動画じゃない画像) を写すカメラのことを 「スチールカメラ」 と呼び慣わしている。で、その心は 「動かない = 固い = 鉄のかたまり」 みたいな連想で、鉄鋼 (steel) という意味をかぶせて 「スチールカメラ」 と言うのだなんて思っている人までいる。

しかしそれは言うまでもなく誤りで、本当は "still" (動かない、静かな) という英語から来た言葉である。筋から言えば、カメラという道具が発明された時には静止画像しか写せなかったので、わざわざ区別する必要はなかったのだが、世の中が進んで動画を撮影できるカメラ ("movie camera" または "video camera") が一般化してしまったので、それと区別するために "still camera" と言うようになったようだ。

ところがそれがカタカナ語として取り入れられる時に、どういうわけか 「スチールカメラ」 になってしまった。世の中にはその間違いが気になって仕方がない人もいるようで、上に示したように、「スチルカメラ」 と表記するのが正しいと指摘したページまである。(「標記」 じゃなくて 「表記」 だろとか、「鉄」 じゃなくて 「鉄鋼」 だろとか、いろいろツッコミどころは満載だけど)

ともあれ私としては、どうせそこまで言うなら 「スチル」 なんて中途半端な段階にとどめず、 「スティル・カメラ」 が正しいと言って欲しいところなのである。今どき、「スティル」 と発音できない人なんでいないだろうからね。

昔は Steve という名前を 「スチーブ」 なんて表記した時代もあったが、「スティーブ」 になって久しいじゃないか。アップルの創始者の名前の表記は 「スティーブ・ジョブズ」 がごくフツーで、「スチーブ・ジョブズ」 なんて言う人に、私は会ったことがない。どうしてカメラだけが今の世の中で 「スチル」 なんだ。

いや、それどころか一時はやたら混乱していた時期があったようで、「スチルビデオカメラ」 なんてものまで存在していたようなのだ。今どきはコンデジでもスマホでも、動画が撮影できるのは当たり前になってしまったので、そんなのは廃れてしまったようなのだが。

さらについでだから言っちゃうと、オフィスなどの間仕切りをするついたてのことをカタカナ英語では 「パーテーション」 と称するが、あれは本当は 「パーティション (partition)」 が正しい (「パーティーション」 と伸ばさずに、「パーティション」 ね)。どうも日本人はカタカナ語を形成する時に、寸詰まりよりはスラッと伸ばして発音する方が 「それっぽい」 と感じるもののようなのだ。

ちなみに、今どきは滅多にやらないが、ハードディスクなどの記憶領域を分割することは、「パーティション」 と言うことの方が多い。若い人は知らないだろうけど、一時代前までは、「パーティションを切る」 なんて言い方をしたものだ。

これ、「スチールカメラ」 とか 「スチルカメラ」 みたいなことで 「パーチション」 なんかにならなくて本当によかったと思うが、仮に 「パーテーションを切る」 なんて言っちゃうと、ハードディスクの話なのにオフィスのついたてみたいで、ちょっと変な感じがしてしまうのかなあ。元は同じ言葉 (partition) なのに。

【3月 22日 追記】

野球の 「スクイズ」 は、"squeeze" (スクウィーズ = 絞る) が元なのに、伸ばさないで寸詰まりになっている。見るからに忙しく緊迫した場面になるから、呑気に伸ばしていられないのかな。

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