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2004年9月に作成された投稿

2004/09/30

庄内弁を話す

私の妻は仙台生まれだが、私の生まれた山形県庄内の言葉を、ほぼ完璧に理解する。最初は実家の母の話などはちんぷんかんぷんだったようだが、いつしかヒアリングだけはバッチリになった。

一方、私にとっては仙台弁なんぞは、いともたやすく理解可能である。

難易度で言えば、庄内弁は仙台弁の 10倍ぐらい難しい。それだけに、妻は大変だったのである。

私の実家に行くと、親戚中が 「同じ東北の仙台生まれなら通じるだろう」 みたいな勝手な思いこみで、酒田特有の早口の庄内弁をガンガンまくし立てる。妻は、初めは固有名詞ぐらいしか理解できなかったようだ。ご苦労なことであった。

ところが、慣れとは恐ろしいものである。ものの数年も経たないうちに、かなりの部分を理解できるようになり、今では、自分ではしゃべれないが、ヒアリングに関してはほぼ完璧である。「もう、ぜぇんぶ、わかっちゃうわよ」 ってなもんだ。

おかげで、私は家にいても、時々興が乗ると、もろに庄内弁で話をすることができる。私の庄内弁は、18歳で上京した当時そのままだから、かなりディープである。その濃い庄内弁がわかるのだから、今の酒田で話されている薄味の庄内弁なぞ、妻にとっては朝飯前である。

一方、今の庄内で暮らす若い夫婦には、家の中の会話は共通語というケースがかなり多いようだ。夫婦のどちらかが庄内以外の土地の出身だったりしたら、どうしてもそうなるだろう。

そうした家に生まれた子供は、よほどのジイチャン子かバアチャン子でなければ、庄内弁を知らずに育つ。テレビばかり見て育つから、せっかく庄内に暮らしながら、庄内弁に接する機会が極端に少ない。

共通語を労せずして話せるということは、悪いことではない。しかし、せっかくバイリンガルになれる環境にいるのに、共通語 「しか」 話せないというのは、もったいないことである。

方言とか外国語とかを自由に話せることのメリットは、重層的な思考ができるということだ。要するに、人間に奥行きが出るのである。

仙台生まれの妻と関東に暮らしながら、家庭の中では庄内弁で話す夫がいるのである。ならば、せっかく庄内に暮らすのなら、どんどん庄内弁で話してもらいたいものだ。

 

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2004/09/29

「かっぽれ」 と中秋の名月

今、日付が変わったばかり。窓から月を眺めながらこのコラムを更新している。28日は 「中秋の名月」 にあたり、満月。日付が変わっても、名月に変わりはなかろう。

天気予報では今夜は曇りだったので、半ば諦めていたが、10時過ぎから雲が切れた。また 「晴れ男」 してしまったようだ。

moon.jpg昨日、私のもう一つのサイト、「和歌ログ」 でも書いたのだが、上野公園で桜川ぴん助社中が「かっぽれ」 のデモンストレーションをしているのに遭遇した。

私は当代の桜川ぴん助師匠のサイン入り本を持っているが、師匠のかっぽれを生で見たことがなかった。それが思いがけなく見られたので、うれしくなってしまったのである。

kappore.jpgそれどころか、それまでどんよりと曇っていた空が、かっぽれとともに晴れてきた。この分なら、もしかしたら、満月が見られるかもしれないと期待したのだった。

その時に詠んだ歌は、こんなのである。

「かっぽれが上野の山の雲晴らす浮かれ出で来よ今宵の月も」

言霊というのは本当にあるのだと思いたくなってしまう。「今夜は曇り」 の予報を覆して、本当に月が浮かれ出てきてしまったのである。

「風渡る秋の夜長を行く雲の久しく切れて冴ゆる名月」

 

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2004/09/28

「不味い」 という言葉

最近、「知の海」 の中に "「庄内力」 養成委員会" というサブサイトを作った。私の出身地、山形県庄内地方のアイデンティティを考えることを趣旨としている。

ところで、庄内には食べ物に関する「不味い (まずい)」 という言葉が存在しない。「美味い (うまい)」 は 「んめ」 だが、その反対語がないのだ。

「うまい」 には、「上手 (じょうず)」 という意味もあるが、その反対語は、庄内でもちゃんと 「下手 (へだ)」 という。しかし、「美味い」 の反対語の 「不味い」 に相当する単語は、庄内弁にはない。

では 「おいしくない」 ことをどう表現するのかというと、「んめぐね」 または 「んまぐね」 というのである。「美味くない」 の訛りである。これは、単に 「おいしくはない」 ということで、明確に 「不味い」 と言い切っていない。これはすごいことだと気付いた。

「不味い」 と言ったら、食物を否定してしまうことに通じる。不遜である。それを避けるために、庄内人は料理がおいしくなくても、「不味い」 の一言で切り捨てずに、「んめぐね」 と遠回しに言うのである。

これは、非常に謙虚な態度である。基本的に、食物をリスペクトしているのだ。こうした文化で育ったので、私は 18歳で上京してからも、料理に関して 「不味い」 と言い切ることにとても抵抗がある。

これは以前書いた 「食べ物の好き嫌い」 にも通じることだろう。食物は好きだの嫌いだの言わずに食べるのが、望ましい態度である。そのためには、「不味い」 などとは言わない方がいい。

庄内人は食物を否定するなんて、考えたこともないから、その単語も存在しないのである。高い文化性である。

ここまで考えて、「まてよ」 と思った。もしかしたら、昔は生活が貧しかったから、単に、美味いだの不味いだの言う余裕がなかっただけのことではなかったろうか。

それもあり得る。しかし、こうも思った。要するに、庄内には 「不味い食材」 というものが存在しないので、食物は不味くなりようがないのだ。案外これが正解かもしれない。

 

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2004/09/27

軽薄な色

田山淳朗というファッション・デザイナーを私はかなり評価しているのだが、彼がまだ A.T のデザイナーをしていた頃にインタビューをして、心に残ったことがあった。

彼は明確なデザインの方向性を持たないのだそうだ。自分のコンセプトを決めつけないが、色にだけはこだわるという。

どんな風にこだわるのかというと、ただ一言、「軽薄な色だけは使いたくない」 と言った。「軽薄な色」 というのは具体的にどんな色を想定しているのかは聞きそびれたが、インタビューをしていて、彼の言いたいことはよくわかった。

要するに、安っぽい花柄なんかに使われそうな色は、生理的に避けてしまうというようなことなのだろうと理解した。その感性はとてもよく理解できる。

ところで、当サイトも多少は色に凝っている。本宅の 「知の海」 でもそうだが、Cocolog の "Today's Crack" の方も、いかにもという原色は避けている。それから、成人式の振り袖に使われそうな色も敬遠している。

かといって、よく見られるような白・黒・グレーのみのモノトーンにするのも趣味ではない。私は昔の DC ブームのころだって、黒ずくめの服は絶対に着なかったし。

oldtp.jpg自分で作った昔のサイトのアーカイブを改めて開いてみると、随分派手な色を使っていたことに驚く。それは色の選択をしている時間を惜しんで、コンテンツの充実のみを急いでいたからだろうと思う。

「知の海」 だってそうだ。つい去年のクリスマス頃のトップページ (右) が残っていたので開いて、現在のものと比べてみると、ずいぶん脂ぎっているようにみえる。自分のサイトの色使いを気にする余裕ができたのは、つい最近のようなのだ。

最近、私は自分のサイトに使う色を、浮世絵の色に近づけたいと思っている。浮世絵というと、随分派手なように思われているかもしれないが、実際は実に渋い色使いなのである。問題は、自分の想定した色と、他人の PC の画面で見る色が、必ずしも一致しないということだ。

そのためにも、なるべく渋い色に抑えておく方が安全のようなのである。

 

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2004/09/26

電子辞書と紙の辞書

昨年の暮れにも、「近頃、紙の辞書は滅多に開かない」 みたいなことを書いたが、今日も同じようなことを書かせていただく。

紙の辞書を開かずに済むというのは、 "Microsoft Bookshlf Basic" という電子辞書を使っているからである。わざわざ書棚から辞書を取り出さなくても済む。

これも以前に書いたような気がするが、辞書を引く必要が生じるのは、大抵の場合、パソコンを叩きながら仕事をしている時である。そのパソコンのキーボードを叩く指の動作と、辞書の薄いページをめくる動作というのは、まったく感覚的に違う。

だから、パソコンのキーボードを叩いている途中に、急に紙の辞書のページをめくるという繊細な指の動きをを要求されると、私はちょっとしたストレスを感じる。

しかし、電子辞書の場合は、キーボードを叩く指の動作のままで辞書が引けるので、とてもありがたい。とくに、翻訳の仕事をしているときなどは、大変助かるのである。

"Microsoft Bookshlf Basic" に入っている英語の辞書は、研究社の 「新英和中辞典」 と、「新和英中辞典」 である。ちょっとした翻訳などには、これで十分足りる。

日本語の辞書は、三省堂の 「新明解国語辞典」 が収録されている。これはかなりクセの強い辞書で、 「小股」 を論じたページで、ちょっと批判しているのだが、実際問題として、私は国語辞書というものは、ほとんど使わないので、あまり気にしていない。

漢字の使い方は Atok がきちんと変換してくれるし、それ以上の深い意味なんて、日本語だもの、たいがい知っている。

私が最近たまに使う紙の辞書は、古語辞典である。「和歌ログ」 なんぞをやっていて、和歌の表記は旧かなにしたいという多少のこだわりをもっているのだが、その旧かなの知識が甚だ怪しいので、こればかりは辞書に頼らざるを得ないのである。

紙の古語辞典を引くのは、案外楽しい。電子辞書だと、必要事項以外はあまり見ないことになるが、紙の辞書だと、一覧性は高いので、つい周りのいろいろな言葉を引いては読んでしまう。古語辞書に関しては、やはり紙の辞書の方がいいと思っているので、電子辞書版のものは買わずに済んでいる。


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2004/09/25

部分品が一人歩き

私の (いわゆる) 本宅サイト 「知の海に跳び込め」 は、一昨年 1月の開設以来順調にアクセス数を延ばし続けて来たのだが、最近になって、その伸びが鈍化傾向にあるのが気にかかっていた。

「そろそろ、このあたりが自分の筆力の限界なのか」 と思いかけていたのである。

最近は意識して、エンタテインメント路線を廃して、ややマジメ (語り口は別として) なテーマを多く取り上げてきた。こうしたジャンルでは、ある程度以上のアクセスを求めても困難なのかとも疑った。

アクセスの右肩の上がり具合がだんだん小さくなってきたのは、今年の 7月を境にしてである。7月にアクセスの伸びを止めるようなヤバイことを、何か書いただろうか?

そこで、はっと気が付いた、7月から、この 「今日の一撃」 を本宅サーバ内から Cocolog に引っ越ししてしまったのである。(参照

当サイトの 「一撃」 の更新を毎日見に来てくれていた常連の少なからぬ部分が、これを機に、「お気に入り」 を 「知の海」 のトップページから Cocolog の "Today's Crack" に変えてしまったのではあるまいか。

そう思って、ここしばらく Cocolog の方のアクセスも詳しく解析してみたら、やはりそうだった。いや、それ以上のことが起こっていたのである。

今や、「知の海」 トップページの 1.5倍ほど (日によっては 2倍以上) のアクセスを、Cocolog の "Today's Crack" が稼いでいるではないか。

私はこの事実を知って、複雑な気持ちになってしまったのである。

この Cocolog を使い始めた動機は、コラムを自分のサイト内で毎日更新し続けるという作業が、ちょっと面倒になってしまったからであって、Blog を正面切って開始したというわけではなかったのだ。

私としては、Cocolog の方は本宅 「知の海」 の部分品ぐらいに考えていたのである。読者はこれまで通り、まず 「知の海」 に来てくれて、そして 「全文表示」 ボタンをクリックして、「部分品」 である Cocolog に飛んでくれることを期待していた。

しかし実際には、その 「部分品」 の方が、一人歩きし始めて、本宅よりずっとアクセスを稼ぐようになってしまったのである。まあ、確かに初めから 「全文表示」 で読める方が楽だし、それは自然の流れなのかもしれない。私だって、「はてなアンテナ 」 を張るとしたら、直接 blog の方に張る。

自分の筆力の限界を疑ったのが杞憂に過ぎないとわかったのは嬉しいが、それでも、やはり複雑な気分である。私は自分の本宅サイトのトップページにかなりの愛着をもっているのである。デザインだって、時々手を入れて随分洗練させてきたつもりだし。

それに、本宅のトップページからでないと、「知の海」 のあちこちに行けないのである。とにもかくにも、「知の海」は、庄内拓明の 「ポータルサイト」 である。たまには、離れの四畳半だけでなく、本宅の方も覗いてみていただきたいと思う今日この頃である。


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2004/09/24

小泉さんの英語の演説

小泉首相の国連での演説の一部が、ニュースで放映された。常任理事国入りをアピールする演説の内容としては、それほど変なことは言ってないと思う。

むしろ気になったのは、小泉さん、ロンドン大学に留学していたという割には、英語の発音がとても下手ということだ。

国連総会という晴れの場で、英語で演説してみせるというパフォーマンスで、得点アップを狙ったのかもしれないが、あれでは、かえってイメージが落ちたのではあるまいか。

少なくとも私は、通訳付きで日本語で演説した方が、ボロが出なかったと思う。どうせ、最初から同時通訳者に原稿を渡すのだろうから、実質的には何語でしゃべろうとあまり関係ないだろう。

外交の場では、どこにあるのかもよくわからないような小さな国の首脳が、流暢な英語で話しているが、日本の首脳が英語で話すのは稀である。日本の首脳の能力が劣るようにさえ見えるが、そうとも限らない。

小さな国では、高等教育を受けようと思ったら、海外留学するしかないということが多いのである。難しい本を読みたかったら、原書か、英語に翻訳されたものを読むしかないということもある。

最高学府を卒業するまで、ほとんど自国語で足りて、大抵の学術書もすぐに自国語に翻訳されるという恵まれた環境に、日本はあるのである。だから、英語習得はするに越したことはないが、必須の条件というわけではない。

英語がしゃべれないと不便でしょうがないということは、日常生活ではあり得ない。

そういう国だからこそ、英語でしゃべると一見かっこよく見えるということもあるので、小泉さんは無理して英語のスピーチをしたのだろうが、"L" と "R" の区別の付かない典型的カタカナ英語の枠を出なかった。

カタカナ英語ならカタカナ英語で、素直にしゃべればまだ通じやすかったのに、妙に気取ってしゃべろうとするものだから、ところどころ吃音気味になり、聞きにくい演説になってしまったと思う。

英国で 2年間も暮らした人とは、とても思えなかった。以前取りざたされた彼自身の留学疑惑が思い出された。

英語に関しては、マキコさんの方がずっと上手だ。マキコさんは、日本語は少し訛りがあるが、英語はとてもきれいに話す。

ちょっと横道に逸れるが、マキコさんはあれだけ英語をきれいに話せるのに、きれいで上品な母国語を話そうと努力しているようにみえないというのは、ちょっと面白い。国内においては、自分のナチュラル・キャラが 「標準」 と思っているのかもしれない。


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2004/09/23

中秋の名月とは

もうすぐ 「中秋の名月」 である。秋の真ん中の十五夜ということだ。

旧暦では 文月(7月)、葉月(8月)、長月(9月) が秋だから、旧暦 8月 15日が、その真ん中、つまり、中秋の名月となり、今年 (平成16年) は 9月 28日がそれにあたる。もう、来週の火曜日に迫っているわけだ。

中秋の名月は、旧暦で定められているので、新暦に直すと毎年変わる。理論上では、9月 7日から 10月 8日の間に中秋となるらしい。その計算式は難しくて忘れてしまったが。

旧暦は、月の満ち欠けを基準に作られた。だから 15日は 「十五夜お月様」というぐらいで、ほぼ満月になるはずななのだが、実は厳密にいうとそうとも限らない。十五夜とは旧暦の日付で決まる日で、実際の月の満ち欠けは、太陽に対する月の位置で決まるため、多少の誤差が出るというのである。

中秋の名月が必ずしも満月とは限らないなんて、ちょっと意外な事実である。とはいえ、今年の中秋の名月は、きっちりと満月になる。2002年から 2005年までの 4年間は、中秋の名月イコール満月という巡り合わせのようなのだ。

ところが、2006年になってしまうと、中秋の名月イコール旧暦 8月 15日は 10月 6日だが、実際の満月はその翌日の 7日になってしまう。その翌年の 2007年では、中秋の名月は 9月 25日だが、実際の満月は、2日遅れの 27日になってしまう。それでも、固いことを言わずに、旧暦の 8月 15日に出る月を 「中秋の名月」 として愛でる習慣が定着している。

ところで、「中秋の名月」 と 「仲秋の明月」 とは違うのだそうだ。「仲秋」というのは、8月全体のことを指すのだそうで、ということは、「仲秋の明月」というのは、旧暦 8月の澄んだ月を言う。今年は旧暦 8月は、新暦では 9月 14日から 10月 13日までの 30日間である。この間の澄んだ月は、みな  「仲秋の明月」 である。

 

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2004/09/22

科学的迷信?

世の中には 「科学的」 であるというだけでむやみに信用する人があるが、私はそれは考え物だと思っている。

世の全てが科学で解明されているわけではない。科学の理解は、いつの世でも限定的なものだ。直観的把握を科学が追いかけるというケースも非常に多い。

誤解しないで頂きたい。私は科学を信じないというのではない。科学をむやみに信じすぎるのも、「妄信」 に違いないと言いたいのである。それは、科学の理解は、その時々の限定的な理解でしかないからだ。

例えば身近なところで、「ナス」 の栄養を例に挙げよう。

私が大学に入って一人暮らしを始めた頃、自炊のための料理の本を買った。その本には、「ナスは 『栄養ナス』 と言われ、栄養学的には何もみるべきものがない」 と書いてあった。要するに、「おいしいけど、科学的には無意味な食べ物」 と言っているのである。

ただ、「油を吸収しやすいので、『脂肪分を摂るための台車』 と考えれば、意味がある」 とあった。つまり、当時の栄養学的常識では、欧米型の高脂肪食が 「望ましいこと」 と考えられていたのである。

科学ともあろうものが、単純にカロリー礼賛だったのだ。まぁ、飽食の時代以前のことだから、仕方がないかもしれないが。

しかし、これが科学の限界なのである。現在では、ナスは 「栄養学的には見るべきものがない」 どころか、あの濃い紫色はナスニンと言って、アントシアニン系の色素、ポリフェノールの一種であり、ガンなどの原因である活性酸素を除去する効果があるとわかっている。

さらに、かつて 「脂肪分を摂るための台車」 と言われた機能は、今ではすっかり悪役扱いで、「ナス自体はカロリーが少ないが、脂肪を吸収しやすいので、調理法には気を付けなければならない」 なんていうことになっている。

さらに、ナスの成分は口内炎などの炎症を抑える作用があり、また、火照った体を冷やす作用もある。これなどは、東洋医学的食養の世界では、数千年前から直感的、経験的に知られたことであるが、現代科学でもようやく認知されるにいたった。

30年前の科学的常識は、現代の非常識と化している。

科学は常に進歩し続けている。それは素晴らしいことであるが、それを認めるからには、現在の科学的成果が、限定的な理解に過ぎず、将来は覆される可能性があるということも認めなければならない。

そうでなければ、「科学的」 という信念自体が 「迷信」 になってしまう。


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2004/09/21

ウッドストック

ウッドストック」 をご存じだろうか。今や伝説となったロックフェスティバルである。

この 3日間を記録した映画が地元の映画館で公開される日を、当時高校生だった私たちは、一日千秋の思いで待っていたのだが、その公開初日は、不運にも期末試験の前日に重なってしまった。

1970年。ロック、ヒッピー、フラワーチルドレン・・・、当時花開いていたアメリカのサブカルチャーにあこがれていた私たちは、学校でロック音楽関係の雑誌をめくりながら、大画面で触れるジミ・ヘンドリックスやクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングを、今か今かと待っていた。その映画の中で、「現代」 を共有したかった。

しかし、なんということか。待ちに待った映画 「ウッドストック」 の地元での公開は、高校の期末試験の前日からという、最悪のスケジュールになってしまったのである。

そして、この時から 10年近く経ったある日、私の高校の 2年後輩、A という男が、ある種、誇らしげな顔で吹聴した。

「俺なんか、あのウッドストックを、公開初日に見に行ったもんね。憶えてる? あの日は期末試験前日だったのよね。『他の連中は、試験勉強なんかしてるんだろうな、ヘヘン』 なんて嘲笑いながら、俺はロックに操を立てたわけよ。tak さんだって、あの日は試験勉強してたでしょ 」

「冗談じゃない!」 私は応えた。「なんだよ、お前もあの時、あの映画館にいたのか!」

「俺はあの日、町中の高校生が試験勉強なんてほっぽり出して、映画館に殺到すると思ってた。だから 1週間前から、密かに高い指定席券まで手配して、あの日を待ちわびてたんだよ」

他には誰も来ないだろうと、ニヒルな笑いを浮かべて映画館に向かった後輩と、大入り満員を信じて疑わなかった私とでは、どちらが純粋な (あるいは愚直な) ロック・ファンだったか。言うまでもないだろう。

「ところがあの日の映画館は、お前も知ってる通り、ガラガラだったよな。あれだけ楽しみにしてたのに、他の連中が皆、試験勉強の方を選んだことに、俺は愕然としたね」

初めは裏切られたような空虚さを感じた私だったが、映画が始まるとすぐに、画面の中に吸い込まれ、たった一人の指定席で熱狂していた。指定席券への投資 (プラス 300円ぐらいだったかな?) が無駄に終わったことなんて、完全に忘れていた。

あのウッドストックを観るために、期末試験前日に指定席券を買ってまで映画館に行った自分自身を、私は一生誇りに思うだろう。

この生涯の誇りと、10点や 20点の点数の、どちらに価値があるかといえば、それはまったく比べものにならないではないか。


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2004/09/20

滑稽で理不尽な校則

今月 15日の当コラムに 「変な法律」 について書いたが、「変な校則」 というのも枚挙にいとまがない。

新聞の切り抜きをスキャンしたと思われるものをアップしただけのサイト (こちら) があるのだが、読んでみると、冗談にもならないくだらない校則のオンパレードだ。

「肌着の色は肌色・白色一色の物に限る」 とか、「天然ウエーブについては、入学あるいは転入学時に生徒指導に申告し承認を受ける」 なんていうのは、かなり馬鹿馬鹿しい。

「異性の先生と話をするときには 20センチ以上間隔を取る」 とか、「校外で異性と一緒に歩いてはいけない。相手が父親や兄弟であってもいけない」 なんていう病的なものまである。

私の経験に照らし合わせても、多くの学校の教師というのは、新奇のものは 「取り敢えず禁止」 しておかないと安心できないという気の毒な種族のようなのだ。

はるか昔の話だが、変速機付き自転車というのが世に出始めた頃、私の通う中学校の生徒指導主任の教師が、朝礼で 「自転車は 3段変速まで許可する。それ以上の変速は、危険なので禁止!」 と言い放った。

しばらくして、私は新しい自転車を買ってもらった。本当は 5段変速が欲しかったのだが、予算の都合で、中途半端な 4段変速にした。1段オーバーだが、学校の言うことなんて、知ったことか!

しかし、周囲の 「いい子」 たちは、予算の余裕があっても、みな素直に 3段変速で我慢していた。

それから 1か月ほど経った朝礼で、その生徒指導主任がとんでもないことを言い出した。

「以前、自転車は 3段変速まで許可と言ったが、よく調べてみると、自転車の変速というのは、上と下は決まっていて、間が細かく分かれているだけだそうだ。だから、何段変速であっても、スピードが出すぎて危険ということはないらしい。よって、今後は何段変速でも許可する」

この朝令暮改を聞いて、私は怒り心頭に発したのである。

まず、言いたかったのは、「以前から勘付いてはいたけど、あんたたちは、物事をよく調べずに、何の根拠もなく雰囲気だけで禁止するんだな!」 ということだ。

さらに、「何段変速であろうと、そもそも人力で動かす自転車が、そんなに危険なほどのスピードを楽に出せるわけがないではないか。そんなことがわからずに、よく教師なんてやってられるな!」 と言いたかった。「素直に言うことを聞いて、5段変速が欲しかったのに 3段変速で我慢した友達が何人もいるんだ。そいつらに謝れ!」

そして、もっとも声を大にして言いたかったのは、次のことである。

「普段は理不尽な禁止事項を押しつけて平気でいるくせに、今回だけはあっさりと非を認めたのは、どうせ、街の自転車屋からクレームが来て、圧力がかかったんだろう! 言い訳を聞いて、すぐにピンときたぞ!」

いくら理論的に危険ではないとわかったとしても、いつものやり口では 「贅沢品は禁止!」 などと言って済ませていただろう。いつに似ず、こんなに簡単に前言撤回したのは、よほど強くクレームをつけられたか、酒肴の接待でも受けたか、あるいはその両方だろう。

元々、その生徒指導主任は虫が好かなかったが、それを境に、私はその教師とは一言も口をきかなくなった。

教師が生徒の信頼を失うなんて、簡単だ。高圧的な態度で、何でもかんでも理不尽に 「禁止!」 と言い放ち、そのくせ裏の圧力には、すぐに屈してしまえばいい。


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2004/09/19

点字ブロック

公共広告機構の CM で、目の不自由な人のための点字ブロックの上や周囲に物を置かないように訴えられている。

それで、改めて周囲を見回すと、なるほど、歩道、公共施設、駅のプラットフォームなどで、思っていたよりずっと多く、点字ブロックが敷かれているのに気付いた。

これほど多くの点字ブロックがあちこちに設置されていることに、恥ずかしながら最近まで気が付かなかった。たしかに、これらの上に障害物を置いてしまうことのないように、努々気を付けなければならないと納得した。

tenjiblock.jpgところで、左の写真は本日付の 「和歌ログ」 でも使ったのだが、上野駅の常磐線ホームの点字ブロックである。

撮影するときはあまり気にもとめなかったのだが、写真を改めて見て、「何だ、これは?」 と疑問符が頭の中に点灯した。

写真の手前がフレームで切れてしまっているが、左手前から歩いてくると、なぜか、急に右に直角に曲がることが要求され、そして今度は左に二度直角に曲がり、さらに、また右に直角に曲がることになっている。

しかし、それは写真を見ればわかることだが、単に 「コ」 の字型に遠回りさせられているだけである。この誘導に何らかの意味があるのだろうか?

私が盲人だったとしても、この 「コ」 の字型の遠回りに気付いたら、それ以後はショートカットして直進するだろう。その間にはマンホールがあるわけでも障害物があるわけでもない。ほんの 5~6歩先には、また点字ブロックが登場するのだから、なんということもない。

慎重に言わせていただく。もしかして、この 「コ」 の字型の道筋には、何らかの意味があるのかもしれない。だから、何も事情をしらない私がとやかく言うようなことではないのかもしれないのである。

とはいえ、普通に考えると、「なんという不親切な誘導か」 と思われても仕方がないのではなかろうか。それを別としても、点字ブロックはほとんどすべて直角に曲がるように敷かれている。これは実際の動線と一致しないだろう。目の不自由な人に、まるでロボットのような動きを要求しているように見える。

点字ブロックというのは、とてもいいアイデアだと思う。せっかくのいいアイデアを、もっと気持ちよく使えるようにするという 「思いやり」 も必要だという気がする。よいハードウェアには、よりよいソフトウェアが必要だ。


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2004/09/18

仙台のエスカレーターは大阪流?

仙台は大阪なのだろうか?

17日に出張して初めて仙台の地下鉄に乗った。仙台は私の妻の実家があり、何度も来ているのだが、地下鉄に乗ったのは今回が初めてである。その地下鉄のエスカレーターでは、驚いたことに、皆右側に乗って左側を空けているのである。

エスカレーターに乗る時に、東京では左側に乗って右側を急いで駆け上る人のために空けておくのが一応の慣習になっているが、大阪では逆に右側に乗って左側を空けることになっているということは、この 「一撃」 コラムでも何度か触れた。

当サイトの常連、Alex さんの情報で、エスカレーター (動く歩道を含む) は左側を空けておくのが国際ルールで、東京方式はローカルルールだと知った。とすると、仙台は国際ルールに従っていることになる。

仙台でも余所者の往来の多い JR 仙台駅では、エスカレーターのルールはまるで徹底されていない。皆てんでに乗って、右や左に立ち止まったり、両側を塞いだり、まったくアナーキーだ。

しかし、地元の人の利用が圧倒的に多いと思われる地下鉄南北線のエスカレーターでは、皆、整然と右側に乗り、左側を空けているのである。エスカレーターの片側を開けるルールをあれほどまで徹底して遵守する姿を、私は国内では初めて見た。確実に大阪を凌いでいる。

これは私が地下鉄南北線の仙台駅と長町南駅の間を往復する際に、たまたまそうであったとは思われない。それほどまでに見事な遵守ぶりだった。

仙台のエスカレーター作法は、どうして大阪流=国際標準になったのか。誰かその経緯をご存じの方がいたら教えて頂きたい。

 

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2004/09/17

食べ物の好き嫌い

当サイトからリンクしている 「28歳OL。」 というサイトの 「王様の耳はロバの耳」 という日記で、食べ物の 「好き嫌い」 が取り上げられている。

管理人の Reiko Kato さんは、人前で堂々と 「好き嫌い」 を表明して食べ残したりするのは、失礼だと主張している。

これは至極もっともなことで、「本来は嫌いはなくす (なくす努力をする) のが望ましいが、仮にそうでなくても、知らん顔をして飲み込むくらいのことはすべきだ。それをしないのは、単なる我儘にしか聞こない」 という彼女の主張に、私はかなりの部分で賛成する。

その上で敢えて言うのだが、実は、私は食べ物の 「好き嫌い」 というのが、よくわからないのだ。よくわからないから、あまり迂闊なことも言えない気もするのである。

私はこれまで食した食べ物の中で、完全に調理法を失敗して 「食べ物というよりは焦げた物体」 みたいなレベルになってしまったものを除き、「食えないほど不味い」 と思ったものは一つとしてない。

いや、決して 「味音痴」 というわけではない。それどころか、最近は年のせいで多少は味覚が鈍くなったが、味に関してはわかっている方だと思う。単に 「おいしい物はおいしく、そうでない物もそれなりに」 ありがたく頂いているだけのことだ。

多分、「好き嫌い」 における 「味覚」 の要素は、とても小さいのではないかと思う。それよりも、心理的要素が大きいような気がする。あるものを絶対に受け付けないことによって、精神的安定を確保するとかいうこともあるだろう。

例えば、私がいくら大抵のゲテモノでも食えるからと言って、「ハツカネズミの踊り食い」 を供されても困る。白魚や海老の踊り食いと、根本的にどこが違うのだと言われても、こればかりは理屈抜きに断る。絶対に断る。

しかし、私のこうした態度は、「ハツカネズミの踊り食い」 を最上のご馳走とする文化圏からみれば甚だ不可解なものに映るだろう。しかし、だからといって、「ご馳走なんだから、食べなさい」 と強要されても困るのである。

あるいは、深層意識におけるなんらかのコンプレックスを静めるために、代償行為として、本当は大好きなある食べ物を食することを、無意識的に禁じているというケースもあるだろう。こんな場合は、その食べ物を我慢して食べたことによって、精神的バランスが崩壊することだってあり得なくもない。

単なるわがままのケースは別として、見るだけで吐き気がするとか、泣きながらでもどうしても食えないというほどの病的な好き嫌いが、確かにこの世には存在するらしい。ごく普通の食べ物がどうしても食えないというのは、正真正銘の神経症なのだろう。その人にとっては、ニンジンがハツカネズミなのである。

「わがまま言わずに、ちゃんと食べなさい!」 と強要するよりも、心理療法が必要なのかもしれない。しかし、ある種の物が食べられるようになるというためだけに、心理療法に高い金を払う人は稀だろうから、 「病気」 というより 「好き嫌い」 で片づけられている。


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2004/09/16

環境保護と動物保護

絶滅に瀕している動物があるかと思えば、増えすぎて困っている動物もある。

6月 30日の当欄に、常磐線取手駅周辺でムクドリが大量発生していると書いたが、最近は少し減ってきている。しかし、今度は奥多摩でシカが大増殖して、先日の台風被害を拡大したと聞いた。

なんでも、以前は奥多摩のシカは 500頭前後しかいなかったのだが、西暦 2000年頃を境に急増し始め、昨年は 2500頭が確認されたという。今年はさらに増えて、多分 3000頭前後に達しているとみられる。

このため、都民の水源地域となっている奥多摩町の森林が、シカの食害で 「砂漠化」 の危機に陥っている。増えすぎたシカが、植林した幼木の新芽や皮を食い荒らしているのが原因という。森林を食い荒らされた山肌はむき出しになり、水分を失ってカラカラに乾ききったところもあるらしい。

先日の台風では土砂崩れで奥多摩町の水道取水口がふさがり、断水の被害が出た。これは見過ごせない。

シカの増殖は、奥多摩町ばかりでなく、全国的に報告されている。九州霧島山に近いえびの高原におけるシカの食害の写真をみると、かなり深刻だ。

ここまでシカが増殖した最も大きな原因は、このところの暖冬傾向にあるらしい。シカは雪に弱く、積雪が 50~60センチになると、雪に埋まった脚を動かせなくなり、自然に淘汰される。しかし、最近の奥多摩は降ってもせいぜい 20~30センチ程度のため、シカの自然淘汰がなくなってしまったようだ。

偉大なる自然も、一度バランスを崩すと、次々と連鎖的に異常な現象を引き起こす。

「特定鳥獣保護管理計画」 により、狩猟捕獲による頭数調整が検討されているが、一部の動物保護団体からの反発が予想されるという。どうも、「動物保護」 の思想と 「環境保護」 の思想は、時々相容れないようなのだ。

ちなみに 「環境保護」 を標榜するグリーンピースなどの活動も、クジラなどに関しては、実は 「偏狭な動物保護」 だったりすることがあるのではなかろうか。


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2004/09/15

変な法律

米国ユタ州のソルトレークシティが、市の規則で認められたサンタクロースの特権を剥奪しようとしている。(参照

市の上空を飛行する際に 2000 フィート以上の高度を保つことを義務づけた規則から、サンタクロースとトナカイを例外とする特別条項を削除しようというのだ。

CNNニュースによると、同市には小型飛行機が市の上空を飛行する際、少なくとも高度 2000フィート (600メートル) 以上を維持することを義務付けた規則があるのだが、 「サンタクロース」 と 「トナカイ」 だけを適用外とする特別条項がついている。

同市航空局はこのほど、「専門的、近代的な規範の設定を図る」 ために、この 特別条項を削除した修正案を市議会に提出した。しかし、この修正案にはかなりの反対があるらしく、どうなるかわからない。

私は部外者だが、この特別条項を残してもらいたいと思う一人だ。だって、この特別条項が存在することによる不都合なんて、何もないではないか。

逆に削除してしまったら、「サンタさん、ウチの街を素通りしちゃうかも」 と、子どもたちを不安に陥れることになる。あるいは、それでもクリスマスの朝、目を覚まして枕元にプレゼントが置かれているのを発見したら、「サンタさん、市の規則を破ったんだろうか」 と、余計な心配をしてしまう。それは不憫というものである。

世の中には変てこりんな法律がいくらでもある。

アラバマ州では、「目隠しをして車を運転するのは違法である」 と定められているという。違法という以前に、そんなことできない。多分、その昔、超能力者と称するイカサマ師が目隠しして運転してみせたとかなんとかで、こんな法律ができたのだろう。

カリフォルニア州には、「地域の指導者たちは子供がふざけて水溜まりを飛び越えようとするのを止めようとしてはいけない」 という条例があるらしい。いったい、こりゃなんのためにある規則なんだろう?

コネチカット州には、「自転車で時速110キロ以上出していたら警官に止められる」 とか 「逆立ちしながら通りを渡ってはならない」 という法律があるらしい。

こうした面白い法律は、"funnylow" というウェブページに紹介されている。

【平成 21年 5月 30日 追記】

変な法律の最たるものといえば、やっぱり日本の公職選挙法 第141条の3、「選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない」 に尽きるだろう。

こんな法律のもとに、半世紀以上も選挙をしてきたというのは、日本人としてかなり恥ずかしい気がする。

 

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2004/09/14

フロッピーディスクはまだ必要か?

スラッシュドット ジャパンというサイトで、「フロッピーはまだ必要か?」 が話題になって、やたら多くのコメントが付いている。

私自身は 「まだそんなものがあったんだな」 ぐらいの認識だが、世の中では、これほどまでにニーズのギャップの激しいメディアもないのではなかろうかと思う。

パソコンでもワープロ専用機でも、フロッピーディスク・ドライブが 2つ付いていて、片方にシステム・ディスクを入れて プログラムを起動し、作成したファイルはもう片方のドライブに挿入したフロッピーディスクに保存するという時代からは、まだ10数年しか経っていない。

それでも、ここ数年、どこかの物陰から大量に出てきた用済みのフロッピーディスクをドサドサっと捨てたことはあっても、使ったことは一度もない。今では私のデスクの周囲に 1枚も見ることはない。そもそも、私の使用している PC には、フロッピーディスク・ドライブというものが付いていない。

近頃は、メディアにデータを保存して持ち運ぶということが滅多になくなった。PC間でファイルの転送をしたかったら、LAN かメールで行う。LAN でつながっておらず、メールも面倒という場合には、USB スティックが登場する。相手にメディアごと渡さなければならない時は、CD-ROM がある。

さらに、1枚のフロッピーに収まりきれない大きなデータを取り扱うことも増えてきた。やはり、私個人としては、フロッピーは過去の遺物である。

しかし、そうではない人もまだ少なからずいる。オフィスでは、今でもハードディスクではなく、フロッピーにファイルを保存している人を何人も知っている。

「そんなの、時間がかかるし、なくしたら大変だから、ハードディスクに保存した方がいい」 と勧めても、「いや、この方が、目に見えて安心だから」 という。

「目に見える」 と言っても、ビットの世界の 0 と 1 の連なりが見えるわけでもあるまいし、そんなのは幻想なのだが、数ギガバイトのハードディスクをガラガラにして、フロッピーを使い続ける。

「この方が、ハードディスクが壊れても安心だから」 とも言う。そもそも、ハードディスクが壊れたら、フロッピーのデータが生きていても、作業はできないのに。それに、いずれにしてもどこかにバックアップを取っておかなければ、安心はできないだろう。

その上、私の経験ではどちらかというと、ハードディスクよりもフロッピーディスクの方が、データは壊れやすい気がする。

そのうち、FDD のないPC にモデルチェンジされるのは確実だから、その前に、何十枚ものフロッピーを抜き差ししながらハードディスクにデータをコピーし、それを新機種に転送するという、気の遠くなるような作業を行わなければならない日が来る。

どう考えても非効率な作業をしているわけだが、身に付いた習慣というのは、なかなか抜けない。

昔はフロッピーディスクのことを 「ディスケット」 という人がかなりいた。英語の文書になると、"diskette" という表記はさらに多かったと思う。英語では単に "floppy" とは言わずに "floppy disk" あるいは ”FD" と言うので、それよりも "diskette" の方が言いやすかったのだろう。

私の知り合いで、これを 「ビスケット」 だと思いこんだまま、定年退職の日を迎えた人もいる。確かに、3.5インチのフロッピーディスクは、ビスケットほどの大きさではある。インターネットの世界には "coockie" なんて言葉もあるし、ややこしいことである。


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2004/09/13

一筆啓上火の用心

「一筆啓上火の用心 おせん泣かすな馬肥やせ」 というのは、徳川家康の家臣、本多作左衛門重次が、戦場から妻に宛てて書いた手紙で、古くから簡潔の極致として絶賛されている。

しかし、私はこれに関しては以前から異論があるのである。

確かにシンプルではある。しかし、これが絶賛されるほどのものだろうか。こんな手紙をもらった妻が、果たして心から夫の愛情を感じて喜ぶものだろうか。手紙としての用をなしているのだろうか。

戦場でしたためる手紙に、こんな当たり前のことばかり書いてどうするのだ。一見簡潔でも、言わずもがなの繰り返しなら、それはくどいのである。短くてくどいというのは、下手すると最悪の手紙である。

その程度の手紙を託され、戦場を横切って国元にまで配達する責任の生じてしまった手下の身にもなってみろというのだ。

この手紙が有名になった本当の理由は、その 「見かけ上の簡潔明瞭さ」 故ではなく、むしろ、「意表をついた呆気なさ」 というところにあったのではなかろうか。意表をつくと、物事というのは図らずも本来の価値以上の評価を得てしまうことがある。

誰か 「王様は裸だ」 と言うように、「こんな手紙をいつまでも手本みたいに思っていたら、女房に愛想尽かされるぞ」 と指摘しなければならない。

いや、実はそのくらいのことは皆わかっている。わかっていながら、実際の価値観とは関係のないレベルで、「ちょっとした話のタネ」 として伝わっているというのが、本当のところだろう。

この手紙を後世に残した本多作左衛門の妻は、よほど出来た女性だったのだろう。どちらかといえば、書いた当人より受け取った妻が偉い。 ジョークを解する力と 「行間を読む」 力の両方があったに違いない。

このような出来た妻であればこそ、この手紙の価値は成立したのかもしれない。ジョークを解し、行間を読み取る力さえあれば、人間関係はとてもうまく行く。


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2004/09/12

そば清

蕎麦のうまい季節がだんだん近づいてきた。この頃になると、雑誌は蕎麦の特集をし、家は蕎麦ネタの噺をする。

落語で蕎麦といえば 「時蕎麦」 が有名だが、これはどちらかといえば前座向けで、私のオススメはは 「そば清 (そばせい)」 という噺である。

これは 「蕎麦っ食いの清さん」 が主人公のお話で、なにしろ見事に蕎麦を食うのである。

「見ねェ、見事な食いっぷりだね。ありゃ、清さんが蕎麦を食うんじゃねぇ。蕎麦の方から清さんに食われるんだ」 というほどのものである。

その清さんは、蕎麦を何枚食えるかの賭けをして、いつも 40枚ほどの盛りそばを食って勝ち逃げするのだが、それ以上食うのは、さすがに骨だ。ある時、信州を旅すると、道中、ウワバミが人間を食ってしまうのを目撃する。

そのウワバミは、さすがに人一人食うと腹が一杯で苦しそうなのだが、傍らに生えていた赤い草をぺろぺろっと舐めると、あっという間に消化してしまい、さっさと藪の中に消えてしまう。

清さん、「これはしめた」 とその草を摘んで江戸に帰り、蕎麦食いの賭をする。途中で苦しくなったので、席を外し、次の間でその草をぺろぺろっと舐めるのだが・・・。

いつまでも戻ってこない清さんを探しにきた連中が目にしたのは、蕎麦が羽織を着て座っている姿だった。

これは典型的な 「考えオチ」で、実はあの草は、消化剤ではなく、人間の体を溶かしてしまうものだったのだ。

江戸っ子の蕎麦っ食いは、蕎麦を喉ごしで食って噛まないため、蕎麦がそのまま羽織を着ているというのが、ちょっとすごいところだ。

この噺は、一昨年死んだ小さんが得意にしていたようだ。柳家の芸は写実を強調するから、小さんの蕎麦をすするところなんぞは、「これぞ落語」 という感じだった。

「そば清」 は、実は上方の落語 「蛇含草」 というのが元ネタで、オリジナルは蕎麦ではなく餅を食うというものらしいが、私はそっちの方はまだ聞いたことがない。なるほど、餅も噛まずにどんどん飲み込むのが 「通」 らしい。

 

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2004/09/11

SP2 はリスキーだ

WindowsXP のセキュリティ機能を強化したという SP2 (サービスパック 2) 日本語版が提供されて ほぼ 1週間経った。

これを入れると不具合の生じるソフトがあるというので、敢えて導入をしばらく見送るつもりでいた。ところが、ついうっかりインストールしてしまったのである。

我が家には常時使っているパソコンが 3台ある。私の業務用デスクトップとモバイルノート、そして居間において家族で共有しているデスクトップである。

自分の使っている業務用の 2台は、Windows の自動アップデートを無効にし、すべて手動で対応するように設定してある。ところが、家族で共有する 3台目のマシンに関しては、ちょっと油断していた。一昨日、Windows Update の準備ができたので、インストールするかと表示されたので、軽い気持ちで実行してしまったのである。

すると、とにかくものすごく時間がかかった。「こりゃ、もしかして SP2 をインストールしてるんじゃあるまいか」 と気付いた時にはもう遅い。途中で止めるのも憚られるので放っておいたら、1時間近くかかってようやく完了したらしい。

その後、妻がインターネットを始め、「何だかおかしい」 と言い出した。リンクをクリックすると、新しいウィンドウが真っ白のまま、何も表示されないケースが頻発する。

そればかりではない。次女が自分のデスクトップにログインすると、画面の下にあるべきタスクバーがどうしても表示されない。キーボードの Windows キーも機能しないので、ログオフもシャットダウンもできない。

しかたなく電源ボタンの長押しでシャットダウンし、再起動してアドミニでログインすると、愛用の Norton Internet Security が起動していないことに気付いた。無理矢理起動させてウィルス定義の更新をしようとすると、アップデートが機能しない。

あまつさえ、Norton 製品をすべてアンインストールし、改めてインストールし直せと表示される。ところがその通りにしようとすると、プログラムの削除すら実行できない。これでは八方ふさがりだ。

こんなこともあろうかとインストールしておいた "Go Back" というソフトを起動させて、強制的にシステムを復元し、SP2 を導入する以前の状態に戻したところ、何のことなく、正常に動作し始めた。やはり、犯人は SP2 だったのである。

このドタバタで得た教訓は、以下の通り。

 1. SP2 のインストールは、単なる成り行きで気軽に行ってはならない。
 2. 焦って SP2 を導入しなくても、もう 1~2か月様子をみて、
   Norton などのSP2 対応と、SP2 自体のバグフィックスををよく見定めてからでも、
   遅くはないだろう。
 3. どうしてもすぐに SP2 をインストールしたかったら、
   "Go Back" を導入していない場合は、
   Windows の 「システム復元」 ポイントをきちんと設定し、
  ファイルのバックアップをきちんととってからにする。
 4. さらに、Norton 製品を使っている場合は、
  先にそちらの更新をしっかりと行ってから、SP2 をインストールする。
  (シマンテック社は Norton 製品の SP2 対応を完了したと最近発表した)

以上だが、さらに根本的なことを言えば、市販のセキュリティソフトで問題なくネットワークを活用できている人は、別に SP2 なんてインストールする必要はないのではないかという気もする。

これまでと重複する効果を得るだけなのに、リスクが大きすぎる。


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2004/09/10

「入ってます」 を英語でどう言うか?

海外旅行先でトイレに入っていてノックされた時、「入ってます」 を英語で何というのかと聞かれたことがある。

恥ずかしながら、何と言っていいのかわからなかったので、苦し紛れに 「咳払いでもしとけば?」 と言ったら、「あっ、そうか!」 と、相手は痛く感動した様子だった。

実際問題として、旅行先で 「入ってます」 と言わなければならない事態というのは、そう頻繁には起こらないと思う。空港など、欧米の公衆トイレは、ドアの隙間が大きいので、誰かが便器に座っていれば足先が見える。だから、わざわざノックしなくてもいい。

しかし、その友人はレストランのトイレに座っていたのだそうだ。レストランだけあって、ドアの隙間はない。だから、ノックしなければ先客がいるかどうかわからない。

外から誰かがドアノブをガチャガチャ回して開けようとしたので、内側からノックで知らせようとしたのだが、なんとそのトイレはとても広くて、便器に腰を下ろしたままでは、ドアまで手が届かなかったのだそうだ。相手が気付いて諦めるまで、気が気ではなかったという。

後で調べてみると、ものの本には "Someone in" と言えばいいと書いてあった。「入ってます」 の直訳っぽいが、主語が一人称ではなく、ちょっと遠回しなところが気が利いているかもしれない。「誰かいるよ」 ってな感じだろうか。

だが、実際に "Someone in" なんて言うのを聞いたことは一度もない。4~5年前に米国のレストランでドアを開けようとしたときは、中から "Occupied!" という声が聞こえてきた。飛行機のトイレの 「使用中」 の表示を、口で言えばいいのであった。

ちなみに "occupied" は直訳では 「占拠されてる」 という意味だが、差し迫っている時などは、まさにそんな感じである。また、大忙しで他に手が回らない時も "occupied" と言ったりする。 時間が占拠されているという感じだ。

ちなみに、古い柱時計などで "Made in Occupied Japan" と表示されているものがある。「占領下の日本製」 というレア物だ。

 

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2004/09/09

セミの鳴き声というトラウマ

いつか書こうと思っているうちに書きそびれてしまっていた。別に大したネタではないのだが、季節ネタだけに、季節が終わらないうちに書いて、肩の荷を下ろしたい。

何かというと、セミの鳴き声である。セミの鳴き声といえば、日本人なら大抵は 「ミーンミーン」 と表現するだろう。

先日、昆虫に詳しい人と話をする機会があり、ミンミンゼミは関東ではそこら中にいて 「ミーンミーン」 と鳴いているが、関西では高地に住み、平地では滅多に見かけることがないということを知った。それでも、関西の人でも 「セミはどんな風に鳴くか」 と聞かれたら、10人のうち 9人は 「ミーンミーン」 と答えるそうだ。

つまり、 「ミーンミーン」 は今や日本人の文化的シンボルなのである。実際に 「ミーンミーン」 という鳴き声を耳にしたことがなくても、経験的事実はどうあれ、自己の外のネットワーク上に置かれた超強力なシンボルを、自己の内にもある普遍的事実と錯覚し、セミの鳴き声は 「ミーンミーン」 であると、誰もが圧倒的に信じているのである。

実は、私の生まれた山形県の庄内地方でも、ミンミンゼミはいなかった。真夏に鳴くセミはアブラゼミだった。夏の終わりになるとツクツクホウシが鳴き出すが、普通に耳にするセミの声と言えば、あの 「ジージー」 という単調なアブラゼミの声だったのである。

ところが、子どもの頃に目にした絵本や漫画に出てくるセミは、ほぼ 100% 「ミーンミーン」 と鳴いているのである。まあ、実際には鳴いているというより、そのように字で書いてあるわけだが。

幼い私は、あの 「ジージー」 という鳴き声が 「ミーンミーン」 と聞こえなければならないものと思っていた。少なくとも、都人は、この色気も何もない鳴き声を 「ミーンミーン」 と奥床しく表現するのだと思いこんでいた。 「ジージー」 としか聞こえない自分の耳の不風流さを、私は呪ったのである。

程なくして、ラジオか何かで本当に 「ミーンミーン」 と鳴くセミがいて、それは種類が違うのだいうことを知り、納得したのだが、それでも、 「ジージー」 を 「ミーンミーン」 と聞かなければならないと強迫神経症的に思いこんでいたトラウマは、心のどこかに残っている。

信号の 「青」 は、実際には 「緑」 なのだが、「青」 と言い習わしているために、子どもの絵では、信号は 赤 、黄、青の 3色の絵の具を使って描かれることが多い。彼らの記憶の中では、信号の色は紛れもなく 赤、黄、青なのである。

ごく一部に、「あれは緑じゃないか」 と異を唱える子がいるが、それを口に出さずに、「本当は緑なんじゃないかなぁ」 と密かに思いながらも、大勢に従って、心ならずも青の絵の具を使う子もいるだろう。私はそうした子が不憫である。

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2004/09/08

台風とのニアミス

7日夜に新潟出張から戻ったのだが、テレビの台風情報で驚いている。いくら何でも、こんなすごい風は初めてみた。

まさに、新潟付近を台風が通過しようとしているところで、出張の予定が 1日後でなくて助かった。台風と出張とのニアミスは、今年はこれで 3度目である。

最初は、6月 20日の台風 6号だった。この時は熊本に行ったのだが、前日の予想では九州直撃もあり得るということで、よくて土砂降り、悪くて欠航を覚悟していたのだが、台風の進路が東にずれて、予想外の青空まで見えた。

この時、阿蘇の外輪山からのカルデラに這うように出た虹を見下ろすという、珍しい体験をしたので、別サイトの 「和歌ログ」 に写真入りで紹介している。この時の出張は、台風の影響は直接には受けなかったが、帰りの飛行機がかなりゆれた。

2度目は、8月 20日の台風 15号である。この時は、台風の前日に北九州に出張。夜に博多に泊まったのだが、この夜のうちに台風が通り過ぎたらしい。

おかげで翌朝の交通機関が乱れていたが、帰りの飛行機は昼過ぎの便だったので、なんとか時間通りに帰って来れた。とはいえ、この時のフライトは前回以上の乱気流でヒヤヒヤした。この時のことは、当コラムに書いている。

そして今回の新潟出張である。台風とはまたしても 1日の時間差が生じて、問題なく仕事を終えた。

私が晴れ男であることは以前にも書いた。何しろ、この20年ほど旅先で傘をさしたことがない。今年の夏は、自分の晴れ男ぶりがことさらに実感される。ありがたいことである。

被害を受けた方々には心からお見舞い申し上げる次第である。


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2004/09/07

ティッシュとハンカチ

「郷に入りては郷に従え」 と言う。確かに、どこに行っても自分の流儀をごり押しすると摩擦が起きる。行った先の習慣には素直に従う方がいいようだ。

とはいえ、それも程度問題である。私は欧米に行っても、ハンカチで鼻をかむ気になれず、ティッシュペーパーを使う。

とくにヨーロッパの人は、飯を食っていても何をしていても、ハンカチを取り出して盛大に鼻をかむ。日本では 「ちーん」 なんていう擬音語を使うが、そんなものではない。「ビーム!」 という感じの大音量なのだが、周囲の人は全然気にしない。逆に、すぐに鼻をかまずにズルズルすする方が嫌がられるようだ。

私はどうもそこまでいかない。どうしても日本流にポケット・ティッシュをこそこそと出して、そっと鼻をかむことになる。遠慮することはないのだろうが、これが身についた文化性というものだろうか。

とにかく、欧米ではハンカチというのは手を拭く道具ではないようで、どちらかというと鼻をかむためのものであるようだ。

それでは、トイレで手を洗ったらどうするのかというと、どこのトイレに入っても、大抵ペーパータオルやエアータオル (あの空気を吹き付けるやつ) が備えられているのである。日本でも最近はエアータオルが普及してきたが、まだまだ少ない。しかし米国では、公共のトイレでペーパータオルもエアータオルも付いていないというのを見たことがない。

だから、ハンカチで手を拭くという必要性はないようなのだ。

日本の感覚で言えば、ハンカチで鼻をかむなんて汚いし、手を拭くのにいちいちペーパータオルを使っては、資源の無駄遣いに思えるが、欧米ではそうではないらしい。

いちいち鼻をかむたびに紙を使う方がもったいなく感じるようで、逆に、手を洗う度に同じハンカチを何度も使って拭く方が汚いと感じているフシがある。所変われば品変わるというが、人間の感覚も大きく変わる。

とは言いながら、「鼻をかむのは必ずハンカチで」 というわけでもなさそうだ。アメリカのドラマなどでは、ティッシュボックスを抱きしめてメロドラマを見ながら、涙を拭き拭き、その同じ紙で鼻をかむ女性なんていうのが出てくるし。

そんなわけで、ティッシュペーパーで鼻をかんでも、別に白眼視されることもないようなので、この問題に関しては、私は安心して日本流を押し通している。もちろん、両手を使って。

 

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2004/09/06

同じネタを繰り返しちまった

やってしまった。 「今日の一撃」 では、決して同じことを書かないように注意してきたのだが、ついにまったく同じようなことを二度書いてしまった。

それは、平成 14年 9月 25日と、先月 25日の、野球は試合時間が長すぎて付き合いきれないという話である。

しかも、"解説者が 「ここはキャッチャーが行って間を取ってあげなければ」 なんて言う" のに、「とっとと投げろ」 なんて突っ込むネタまでほとんど同じなのだから、痛恨である。しかも、どちらの日付も 25日である。1年と 11か月目にして、同じことを書いてしまったわけだ。

もう 1か月経っていれば、「2年も経てば、書いたことも忘れる」 なんて言い訳もできるかもしれないが、たった 1月足らずで、「2年も経たないうちに、書いたことを忘れる」 ということになってしまった。「経てば」 と 「経たないうちに」 では、天と地ほどの違いである。

しかし考えてみれば、既に 2年半近く、ほとんど毎日更新し続けているわけなので、そうそう新しいネタがあるわけでもない。初めの頃は、突っ張って時事問題にくちばしをはさんでいたが、最近はそれも疲れてきた。自然、いつも思っていることを、手を変え品を変えながら書くことになる。

今回、まったく同じことを書くという既成事実ができてしまったので、これからは、もう遠慮せずに同じようなことを何度でも書くことにしよう。あの名コラムニスト 故・山本夏彦氏でさえ、「いつも同じことしか言わない」 と自ら堂々と書かれている。広沢虎造だって、ほとんど 「森の石松」 しかやらなかった。

ネタが固定するのは、円熟の証拠だなんて突っ張るのも、一つの手かも知れない。とはいえ、今回のようなドンズバに近い同じネタは、できるだけ避けたいと思う。


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2004/09/05

困った時の再起動

PC の世界には 「困った時の再起動」 という金言がある。わけのわからない不具合の多くは、再起動すれば直るのだ。

とくに多いのが、メール送受信と、ホームページ作成ソフトのちょっとした不具合が生じた時で、あれこれつつき回すよりも、再起動一発で治ることが多い。

Windows も NT ベースで開発された Windows 2000 や XP になるとそれほどでもないが、以前使っていた Windows 95、98、Me といったバージョンでは、不具合が生じる前に再起動しておく必要があった。とにかく、使い続けるうちにシステム内部にゴミがたまり、使えるリソースがどんどん消耗していくのである。

だから、Windows 98 を使っていた頃は、まず朝の始業時に最初の起動をしたら、昼休みに再起動、3時のお茶で再起動しないと、いつフリーズしてしまってもおかしくなかった。残業するときなぞは、夕食前に再起動というのも必要だった。

Windows 2000、XP を使うようになって、そう度々再起動をしなくてもよくなった。最近では、その日の仕事を終えても、PCをシャットダウンすることはほとんどなくなった。私の PC は、スイッチを軽く押すと 「休止状態」 になるようにセットしてある。だから、スタートボタンからたどって、「電源を切る」 なんて操作をすることは、滅多にない。

それでも、3~4日に 1度は再起動しないと、やはりリソースが消耗してしまう。Windows って、やっぱりその程度の OS であるらしい。

なんだかよくわからない不具合というのは、取り敢えず再起動してやれば回復する場合が多いのだが、Windows 2000 でも XP でも、本当はこまめに再起動をしてやれば、その不具合自体が生じないで済むのかもしれない。しかし、近頃の OS は起動するまでに時間がかかるから、昔のように気軽に再起動する気にはなかなかなれないのだ。


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2004/09/04

ビューグルボーイ

引き出しの奥から大きなバンダナが出てきた。 "BUGLE BOY U.S.A. INC," のロゴマークが染め抜いてある。

米国のジーンズ・メーカーである 「ビューグルボーイ」 が、かつてのバブル前に日本進出を狙った時、記者会見で配った記念品だ。これで思い出したことがある。

「インポート・ジーンズ」 がブームになっていた時期ということもあり、その記者会見は、米国ビューグルボーイ本社の社長まで列席して、かなり力の入ったものだった。当時業界紙の記者をしていた私は、その記者会見に出席していた。

会場には、その頃まだ珍しかった大型プロジェクターが設置され、米国で放映されている同社のテレビCM がエンドレスで流れていた。それはこんな CM だった。

見渡す限りの荒涼たる西部の砂漠を走るハイウェイの道端で、車が通るのを待つヒッチハイクのイケメン青年。

そこに、1台の見るからに高級そうなスポーツカーが通りかかり、ちょっと行き過ぎてから、乱暴に急ブレーキをかけるとバックで戻ってくる。パワーウィンドウがスルスルと開くと、運転席にいるのは、絶世のモデル顔の美女である。

女はセクシーな声で訊ねる。

"Are those Bugle boy Jeans you are wearing?" (あなたがはいてるそれ、ビューグルボーイ・ジーンズ?)

「ラッキー!」 とばかりに、青年は嬉しそうに答える。

"Yes, they are." (その通りですよ)

女が 「やっぱりね」 と納得した顔をして、"Thank you." と言うと、パワーウィンドウがスルスルと上がり、スポーツカーはそのまま悠然と走り去る。呆気にとられたようにそれを見送る青年。

なかなか洒落て印象的な CM だった。米国でもかなり話題になったらしい。

記者会見は進み、最後に質疑応答の時間になった。米国流の記者会見では、最後に気の利いたジョーク気味の質問をして、それに気の利いた回答をするのが習わしである。私は、ビューグルボーイの社長に対する最後の質問を用意していた。

"Are those Bugle boy trousers you are wearing?" (あなたがはいてるそれ、ビューグルボーイのズボンですか?)

こう聞こうとして、手ぐすね引いて待っていたのだが、司会者が 「それでは時間ですので、このへんで記者会見を終わらせて頂きます」 と、唐突に終了させてしまったのである。

おかげで、私の用意した質問は発せられずに終わり、なんだか尻切れトンボになってしまった。今でも心残りである。

ちなみに、その記者会見で同社の社長が身に付けていたのは、ラルフ・ローレンか何かの、いかにも高級そうなスーツだった。多分、日本のビジネス・シーンではスーツを着用しないとイメージが落ちると入れ知恵をする者がいたのだろう。

今なら、カジュアルウェア・メーカーの人間が高級スーツで記者会見に現れるなんてことは、コーポレート・アイデンティティの観点からして、あまり考えられないが、当時はまだそんな時代だったのである。

【平成 18年 11月 21日 追記】

ベーグルボーイ・コンドームの CM というパロディが見つかった。一見に値する。

【平成 18年 11月 21日 追記】

ビューグルボーイ・ジーンズの CM がやっと見つかった。ぜひご覧いただきたい。

 


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2004/09/03

通信簿

先日帰郷した時に、小学校時代の通信簿が 6年分ごっそりと出てきたのに驚いた。母が保存しておいてくれたらしい。

改めて見直してみると、国語・算数・社会・理科はほとんどいつも 「5」 なのだが、音楽・図工・体育は、「5」 と 「3」 の間を上下している。かなり気まぐれだ。

ほんのたまに算数と理科が 「4」 になっている時がある。それには心当たりがある。当時から、私の頭は文科系に偏していたので、算数と理科の授業には身が入らず、いつも上の空だった。それでも小学校レベルのことなので、テストの成績はいつも良かったのだが。

母が教師との面談で、「息子のテストの点数をみると、いつもほとんど 100点なのに、どうして今学期の通信簿の成績は ”4” なのでしょうか?」 と恐る恐る訊ねたところ、「テストの成績は文句なしだが、授業中の態度が悪すぎるので、減点してある」 と言われたというのである。それで、さんざん叱られた。

私の親は、テストで 100点を取っても別段褒めもせず、授業中の態度が悪いと言って叱ったのである。今から思えば、その逆であるよりは、ずっと正しい態度だったと思う。

とはいえ、おかげで私は小学校高学年に至るまで、テストは 100点取って当たり前で、90点以下の点数というものがあることを知らないという、ある意味 「小生意気」 な子どもになってしまったのだが。

それにしても、小学校の通信簿はこれほどまで大切に保存してあったのに、中学校のが見当たらない。中学校の通信簿は、授業態度による減点要素がなかった分、まさに 「オール 5」 に近いものだったはずなのだが、その証拠は消滅してしまった。

ところで、最近の小学生は通信簿のことを 「歩み」 というらしい。「歩き」 と言わないのは、「歩み」 が目的に向かっての動作であるのに対し、「歩き」 はそうではないからである。「ほっつき歩き」 とか 「ぶらぶら歩き」 とは言うが、「ほっつき歩み」 「ぶらぶら歩み」 というのはあり得ない。

その意味では、私の小学生時代の通信簿は、「歩き」 だったと思う。呑気な時代だった。


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2004/09/02

もうすぐ新蕎麦の季節

大人の男のための雑誌というジャンルがあるが、毎年この時期になると、判で押したように 「蕎麦」 の特集が組まれる。

今年も、「男の隠れ家」 9月号で 「大人のそば処」 という特集が組まれ、「サライ」 2004年 17号でも 「 日本の名蕎麦」 を特集している。

毎年この季節に蕎麦特集ということになるのは、もう少し経つと新蕎麦が出回るからだろう。旧盆の過ぎた頃から、早くも 「新そば」 のポスターをこれ見よがしに貼っている蕎麦屋があるが、それはかなり怪しい。

確かに、北海道あたりでは 8月頃から収穫の始まる蕎麦があるらしいが、それでも出荷されるのは早くても 9月になるだろう。8月から 「新そば」 のポスターを貼っているのは、駅ビルや地下街のどうでもいい 「食堂蕎麦屋」 みたいなところが多い。そんな店が苦労して早出しの新蕎麦を入手してるとは考えにくい。

そもそも 8月に収穫される 「夏蕎麦」 は、寒冷地仕様であり、一般に 「新蕎麦」 といえば、秋に収穫される 「秋蕎麦」 のことだという説も根強い。

ちゃんとした蕎麦屋に聞けば、いつから新蕎麦を打ってくれるのか、きちんと教えてくれる。私の経験からすると、それはやはり 11月に入ってからということが多い。ちゃんと天日で乾燥させた玄蕎麦の出荷を待てば、自然、それほど早くは入手できないのかもしれない。

ただ、きちんとした新蕎麦を出してくれる店というのは、概して新蕎麦でなくてもちゃんとおいしい。昔は、夏場を過ぎた蕎麦はかなり品質が落ちたらしいが、今は保存技術も進歩したので、ちゃんと気を遣っていればそれほど劣化しないと聞く。

1年中安定した蕎麦を提供してくれるのが、本当にいい蕎麦屋である。秋が深まった頃に香り高い蕎麦を食して、「新蕎麦ですか?」 と聞くと、「いえ、新蕎麦は来週からです」 などと言われることがあるほどだ。いい蕎麦屋の新蕎麦は、かなりの部分 「気分の問題」 というところがあるかもしれない。


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2004/09/01

女子のメダル数と出生率

アテネ・オリンピックで日本は、金 16、銀 9、銅 12、合計 37個の、過去最高の獲得メダル数となった。

金 16個のうち、9個が女子選手によるもので、今回は当初から女子選手数の方が多いと話題になったが、やはり、日本女子は強かったということになる。

昭和 39年の東京オリンピックのことを、私は今でもかなりはっきり憶えている。日本の金メダル獲得数は、今回と同じ 16個だったが、そのうち、女子は 「東洋の魔女」 といわれたバレーボールだけで、残りの 15個は男子種目だった。だから、同じ 「金 16個」 でも、中身は大違いなのだ。

中身が違うのは、日本社会の環境が変わったことの反映である。具体的に何が変わったかといえば、日本女性の結婚に関するしがらみがなくなったのである。

東京オリンピックの頃は、女性は 20代に達したらそろそろ花嫁修業を始めなければならなかった。20代半ばを過ぎても独身で、スポーツなんぞにうつつを抜かしていたら、親は身が細るほど心配したし、世間から何を言われるかわからなかった。女性がスポーツに打ち込めるのは、相当な有望選手を別とすれば、学生時代か、せいぜい20代前半までだった。

ところが、今は男女を問わず結婚年齢が上がった。30歳になってもまだ堂々と独身で行ける。つまり、スポーツの精進にかけられる年期が違うのである。それだけではない。柔道の谷選手なんかは、結婚してからもでも 「主婦業」 を免除されている節がある。良妻賢母しなくても、後ろ指を指されずに済む社会環境になったのだ。

男子の場合は、元々昔から肉体的限界まで現役でいられたが、女子がそうなったのは、最近のようなものである。だから、急に強くなったような印象がある。

つまり、女子のメダル獲得数増加と出生率の低下は、表裏一体なのだ。

 

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