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2004/10/03

東海村臨界事故から丸5年

そういえば、先月の 30日で 「東海村臨界事故」 から丸 5年経っていたのだった。

あの時のことは鮮明に思い出す。水戸方面の知り合いに電話をしても、なかなか通じない。情報を得ようとしてインターネットにアクセスしても、無責任なデマ情報ばかりが乱れ飛んでいる。

私は常日頃から 電話というのは、いざというときには役に立たないと思っている。地震などの大災害の時など、通じてもらいたいときに限って、回線混雑で通じなくなる。しかし、通じないというのならば、それはそれで仕方がない。デマ情報が乱れ飛ぶよりはずっとマシだ。

臨界事故の時のインターネットは最悪だった。私の住まいは東海村に隣接というほどではないにしろ、同じ茨城県の筑波である。いささか緊張感が走っている。

役に立ちそうな現地情報がないかと Yahoo の掲示板にアクセスしてみたが、そこは現地情報どころか、日本全国からの無責任な書き込みであふれ、まったく役に立っていなかった。

自称 「原子力研究者」 が何人も登場して、わけのわからない勝手な推測をまくし立て、過剰な不安を煽っていた。半径何十キロ以内だかは放射能に晒されて壊滅的状態になるのは目に見えているのだから、「安全のために外出を避ける」 などという政府の指示におとなしく従っているのは自殺行為だと決めつける書き込みが後を絶たなかった。今すぐ逃げ出さないのは愚か者であるというのである。

しかし、日が暮れて真っ暗になった頃に逃げろといっても、一体どこに逃げろと言うのだ。馬鹿も休み休み言うがいい。

ウラン燃料加工施設 JCO の建物の屋根がぶっ飛んで大きな穴が開いているというデマが、どこから持ってきたものか、「ヘリコプターから撮影した動画」 付きで乱れ飛んでいた。

臨界事故は確かに日本の原子力史上最大の事故となり、今でも後遺症に苦しむ人がいる。しかし、東海村周辺半径何十キロもの住民全員が先を争って逃げ出さなければならないほどの大惨事というわけではなかった。パニックにならなかったのは不幸中の幸いだった。

関東大震災の時は、デマのために無用の被害が広がった。現代はマスメディアが発達しているので、そんなことはなくなると言われていたが、そんなことはない。インターネットという強力な 「デマ発生源」 がある。

5年前は、インターネット人口が今ほど多くなかったので、無責任な書き込みがあれだけあっても、実害はあまりなかった。しかし、今はあの頃とはわけが違う。情報を取捨選択する冷静な力が本当に求められる。


tak-shonai の本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

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