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2004/11/29

何がありがたいと言って・・・

今日は下ネタだが、さほど下品でもないと思うので、ご勘弁いただきたい。

時々思うのだが、何の苦労もなくトイレで排便できるというのは、とても幸いなことに違いないのである。世の中には、自分の力だけでは自由に小便もできない病人だって、何万人もいるのだ。

私は自由に小便をできない不自由を味わったことが一度だけある。それは、19歳で虫垂炎 (いわゆる 「モーチョー」)になった時のことだ。ちょうど春休みで帰省中だったため、田舎の外科医院で手術を受けた。

私は麻酔の効きが悪かったらしく、手術中に異常に痛がるので、途中で全身麻酔に切り替えられたのである。気付いたら手術は終わっていて、病室に運ばれるところだった。若い看護婦が 「あなたが急に運び込まれたおかげで、午後のデートの約束が流れちゃったよぉ」 なんて、大げさに嘆いていた。それはどうもご愁傷様だ。

夕方、小便がしたくなったが、手術した当日にトイレまで歩くのは無理だと、かの 「尿瓶 (しびん)」 というものを持ってこられた。それを使えば、横になったまま用が足せるというのである。

初めての経験だったが、トライしてみた。しかし、小便はなかなか出てこない。

「寝床で小便をしてはいけないという教育は、かなり骨の髄までしみこんでいるなぁ」 と我ながら感心し、心の抵抗感を解くべく、リラックスしようとした。しかし、それでも小便は出ない。

途中で気が付いた。麻酔がまだ効いているのだ。私は麻酔の効きが悪かったくせに、一度効いてしまうと、なかなか覚めないようなのだ。そのため、随意筋であるはずの尿道が閉じたままになり、自分の意志で開くことができない状態なのである。

そう気付いた頃には、私の膀胱ははち切れんばかりになっていた。小便をしたくて堪らないのに出てこないというのは、いと切なくも苦しいものである。

看護婦が飛んできて、「それでは 『ドーニョー』 をしましょう」 という。一体何をするのかと思っていたら、ビニールの管をもって戻ってきた。その管をチンチンの先から挿しこんで膀胱に届かせると、何だか嬉しそうにいうのである。

ようやく 「導尿」 という漢字二文字が脳裏に浮かんだが、その管のあまりの太さに処女の如き恐怖を感じた私は、「滅相もない、自分でなんとかしますから」 と、早々にお引き取りいただいた。

さて、それから私は涙ぐましい努力をしたのである。自分の意志では依然として尿道は開かないが、下腹を圧迫すると、少しずつチョロチョロと漏れてくるではないか。私はこの手法に賭けた。ほぼ 40分間、そうして奮闘していると、やや楽になったのである。

悲しいもので、そのあたりからようやく麻酔が切れて、自由に小便が出始め、ついに完全に気が晴れた。布団の中から尿瓶を取り出す時のずっしりとした重さを、私はありありと覚えているのである。「こんなに貯まってたのか!」

翌朝、私は周囲の止めるのも効かず、自分の足で歩いてトイレに行き、小便をした。スムーズに排尿ができるという喜びは、手術の傷口の痛さを補って余りあるもので、私はしみじみと神に感謝する思いだったのである。


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