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2005/01/04

月日は流れ、私は残る

更新のネタに困ったので、昨年の今頃の自分のコラムを改めて眺めてみた。

昨年の 1月 3日付には、「気象予報士の森田正光さんによると、申年というのは冷夏になる確率が高いのだそうだ」 とある。過去 60年の 5回の申年のうち、4回が冷夏だったそうだが、これは完璧に外れた。

これで、過去 6回の申年のうち、4回は冷夏だったかもしれないが、少なくとも 1回は 「猛暑」 だったということになる。もっとも、人間の記憶というのは時とともに急速に薄れていくもので、昨年が猛暑ということすらもう忘れられかけているかもしれない。

記憶というのは、本当にどんどん薄れていく。例えば、昨年の 1月 4日のコラムには 「家族のアッシー君で大変だった」 と、次のように書いてある。

取手駅からの最終バスが、正月ダイヤで、なんと午後 7時半で終わったのである。外出した全員から、それぞれのタイミングで 「バスがないよ~、迎えに来て」 と電話が入る。

おかげで、3日の夜は、午後8時、9時半、10時半と、3回も取手駅まで車で家族を迎えに行くはめになった。ほとんど、行っては戻り、また行っては戻るというタイミングである。

つまり、1年前は我が家の車は 1台で、運転する者は私しかいなかったのである。長女はその頃、ペーパードライバーで、危なくてハンドルなんか握らせられなかった。ところが、今や我が家は自家用車 3台をもつ家になってしまったのである。長女と次女が、それぞれ自分専用の軽自動車 (中古) を持つ身分になったのだ。

だから、最近は私は家族のアッシー君の役割からはかなり免れている。それは今や当然の気分になっているのだが、実はこのありがたい状態になってから、まだ半年そこそこなのだ。

時の経つのはまことに早いものだが、よく考えてみると、どんどん変わっていくのは周囲の環境ばかりで、自分自身は大して何も変わっていないことに気付く。

なんだかこんな感じの詩があったなぁと、アポリネールの 「ミラボー橋」 を思い出した。本棚から30年以上前に買った 「アポリネール詩集」 を取り出してみると、こんな出だしである。

ミラボー橋のしたセーヌは流れ
  わたしたちの恋も
 せめて思い出そうか
悩みのあとには喜びが来ると

  夜は来い鐘は鳴れ
 日は過ぎ去りわたしは残る


これは飯島耕一訳だが、「月日は流れ 私は残る」 という古典的な訳のリフレインの方が有名かもしれない。

ところが、今や、時の流れは早すぎて、誰もが何らかの意味で 「取り残され」 てしまっている。それならそれで、いっそ積極的に残っていってみようではないか。

毎日コラムを更新するとは、私がよりピュアな 「我」 として残るための作業のような気がするのである。

tak-shonai の本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

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