「ひと段落」 をめぐる冒険
登山道を歩いていると、迷いやすいポイントというのがある。道が二つに分かれていて、どっちに行ったらいいかわからない。
そして困ったことに、間違った道の方が道幅の広いことが多い。行き止まりなので、引き返す人が多いからだ。結果、2倍踏まれるので、その分、道が広くなる。
多くの登山者は、「多分、広い道を辿れば間違いなかろう」 と判断して、間違った道に入り込み、行き止まりになるので、あわてて引き返す。こうして、間違った道を辿る延べ人数は増え続け、踏まれた分、道幅はますます広くなる。そして、ますます人を引きずり込みやすくなる。
なんでこんなことを書いたのかというと、最近、ウェブ上で 「ひと段落」 という表記をよく見かけるからだ。ウェブだけではない。ラジオなどでも、「ひと段落ついた」 などというのを聞くことが増えた。先日は、知人にも 「仕事の方は 『ひと段落』 つきましたか?」 なんて話しかけられた。
私は、「一段落」 の読みは 「いちだんらく」 だと思っていたので、この 「ひと段落」 が気にかかってしょうがない。念のため調べてみると、やはり、正しい読みは、「いちだんらく」 に間違いない (参照)。私の嫌いな 『新明解国語辞典』 でさえも、「いちだんらく」 では引けるが、「ひとだんらく」 という項目はない。
そのため日本語入力の MS-IME 2002 では、「ひとだんらく」 と入力すると 「一段落」 とは変換されず、「ひと段落」 になってしまう。なるほど、あちこちのサイトで 「ひと段落」 の表記が氾濫するわけが、これでようやくわかった (参照)。
手書きの時代は、「ひとだんらく」 と間違えて読んでいた人も、書くときは迷うことなく 「一段落」 と表記していたはずだ。ところが、キーボードで入力する時代になって、そうした人の書くテキストは、ほとんどが 「ひと段落」 になってしまったのである。
漢字で 「一段落」 と表記されている場合は、正しい読みを明確に知らない限りは、どう読んでいいか戸惑ってしまうだろう。ところが、あちこちで 「ひと段落」 という表記が氾濫しているために、世間一般でも 「いちだんらく」 より 「ひとだんらく」 の方が大手を振って歩き始めてしまった。
ようやく、冒頭の登山道の比喩の意味合いを理解してもらえたと思う。間違いでも、目立ってしまうと、皆、そっちの方に行ってしまうのだ。多分、「一区切り」 を 「ひとくぎり」、「一休み」 を 「ひとやすみ」 と読むことなどから、引きずられてしまったのだろう。
おかげで、日本語変換でも ATOK 16 では、「ひとだんらく」 で 「一段落」 と変換されるようになってしまっている。「ら抜き言葉」 などはしつこく指摘してくれる ATOK だが、「ひとだんらく」 の読みには迎合してしまったようなのだ。
まあ、目くじら立ててどうこういうほどの誤読ではないので、「ひと段落」 が公認扱いになる日も近そうだ。
しかし、圧倒的多数派の MS-IME が、「ひとだんらく」 で 「一段落」 と変換するようになると、結果的に 「ひと段落」 という表記が減少し、読みの方は逆コースを辿って、「ひとだんらく」 の力が弱まってしまうかもしれない。
| 固定リンク
「言葉」カテゴリの記事
- 再び 「ガバナビリティ」 について考える(2009.06.26)
- 「弥栄」 の、一応のまとめ(2009.04.14)
- 愛称のすべり具合(2005.02.15)
- 「めあ うま」 が "Man and Woman"だって?(2009.06.04)
- 「心太」 を巡る冒険(2009.04.15)









コメント
「ひと段落」は田舎の古い言葉だと思ってました。
愛媛では平板ではなく「と」にアクセントがあって、私が幼い頃はおじいちゃん、おばあちゃんたちが使っていたので。広島では、「だ」にアクセントがあったかな。
投稿: kant | 2005/03/10 21:39
ほほう、方言では昔から「ひとだんらく」があるんですね。
思ったより奥が深いんだなぁ。
投稿: tak | 2005/03/12 15:45