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2005/03/14

同じモノで別のコトを観る

一昨日の当コラムで紹介したオンライン・カードマジックには、いろいろな反応が寄せられて、とても興味深かった。

一発でトリックを見破った人もいれば、あせりまくった末にようやくわかった人もいる。即物的に見る人もいれば、メタファー (隠喩) として観る人もいる。

反応は、ココログの記事への直接のコメントとして書き込まれたほか、本宅サイトの BBS にもいくつか寄せられ、また、自分の運営しているサイトで取り上げた方もおられる。いかに早くトリックに気付いたかは、この際、問題ではない。このトリックに如何に関わったかが、面白い。

はっきり言わせていただけば、早くタネがわかったからといって、エライわけでもなんでもない。逆に、長時間にわたってだまされ続けることができるというのも、一つの才能かもしれない。

「注意力の問題」 という指摘もあったが、単に 「注意力」 といってもその範囲は広い。たまたまその人のアンテナの拾いやすい周波数にひっかかったからといって、その人の注意力が鋭敏であると結論するのは早計である。ほかの周波数に対してはまったく鈍感かも知れないし。

どうも、理数系 (私が勝手に理数系と思っている人も含めて) の方が、トリックに気付くまで時間がかかったのではないかというフシがある。さもありなんである。

理数系の論理は、考え得るすべての可能性について検証しなければならない。その検証する順番は、いかにも論理的と思われるアプローチから優先されるだろう。

ところが不幸なことに、今回のトリックは、論理性というよりは感覚性 (あるいは 「認識性」 とでも言い換えた方がいいかもしれない) の方に強く依存しているので、その方面の検証は、無意識のうちにかなり後回しになったはずだ。

"「分かった」 と書くだけで分かったことが信じてもらえるのはなぜでしょう" というとても鋭い指摘もあったが、それこそが、このトリックの 「認識論」 への依存を端的に言い当てている。

従って、論理人間がトリックに気付くまで時間がかかったのも無理はない。しかし彼の脳内では、気付くまでの間、CPU がすさまじいまでにフル稼働していたことだろう。

ユングのアプローチに即して言えば、このトリックは、「感覚性」 に優れた人ほど早く見破れたはずだ。「感覚性」 とは、単純化して言えば、道順を一発で記憶できたり、複雑な設計図を易々と書けたりする類の才能である。ファッションショーを見て、脳内でビデオを再生する如く、ありありと再現できる人などは、この方面の達人である。私はそうした人を何人か知っている。

「ハートの 9」 を、具体的イメージとして鮮明に脳内に焼き付けることのできる人 (感覚人間) と、それを 「ハートというセグメントの中の 9番目」 という抽象データとしてしかハンドリングできない人 (論理人間) では、今回のマジックに対するアプローチはかなり違っていたはずだ。

論理人間が注意力散漫とは限らない。別のケースでは、感覚人間の方が論理的緻密さの欠如を露呈するかも知れない。要するに、得意・不得意といった類のお話である。

今回のトリックを最も楽しめたのは、多分、「感情型」 の人間だろう。「やばい! インターネットでマインドコントロールされてるぅ!」 と言って無邪気に舞い上がりながらも、その感情的高揚に浸りながら、思う存分異次元世界を楽しめたはずだ。

我が家の娘はこの部類で、かなりのシズル感を堪能したようだ (これで血液型は A型だから、当てにならない)。願わくは、実社会ではもうちょっと論理的な対応もしてもらいたいところだ。

直観型の資質をもった方は、また別の楽しみ方をしたようだ。どうも、このトリック自体を 「メタファー」 と捉えているフシがある。「ネットで個人情報を読まれる脅威」 という大ボケのレベルまで話を膨らませたり、「人の云うことを聞かないで明後日のところを見」 る性向のおかげで、すぐに見破れたなどという独特のレトリックを披露してくれたり、かなりユニークである。

人は、同じモノを見ながら、別のコトを観ているものだ。

ちなみに、私自身も、このマジックをメタファー化して楽しんだ部類だろう。こんなことを長々と書いているのだから。

tak-shonai の本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

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コメント

注意力と書いたのはある意味で言葉の選択ミスだったような気もします。
錯覚のトリックを見破る方法はとても単純で、「選んだカードのほかのカードも(1枚でよいから)覚えておくだけで判る」ということですので、「1枚選べといわれたら、選んだ1枚だけにしか注意がいかない」という意味で「注意力」と書いてしまいました。
しかし、本音では「1枚選んで消えるというなら、2枚選んでおいたらどうなるか?全部覚えておいたらどうなるか?」と、すぐ裏をかこうとする歪んだ性格(笑)のなせる業でしょうね。
待てよ?ということは、やっぱり「マインドコントロール」だったのだ!

投稿: kant | 2005/03/16 21:44

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