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2005/05/16

雹の思い出

今日はうららかな良い天気だが、昨日は晴れていたかと思うと雷は鳴る、雹 (ひょう) は降るで、大変な空模様だった。

雹被害と言えば、記憶に新しいのが 5年前に茨城県南部、千葉県北西部で降った猛烈な雹である。これはとにかく、大変なものだった。

「大変なものだった」 とは言っても、私自身はその雹が降るのをリアルタイムで体験したわけではない。当時、東京都内の勤務先にいたので、夕刻過ぎに取手駅に帰ってくるまで、雹が降ったことすら知らなかった。

あの時も 5月の新緑の季節だったが、かなり暗くなった取手駅に降りて、コンコースに出ると、なんだか様子がおかしい。

それは木々の変わり果てた姿のせいだと気付くまで、少し手間がかかった。朝の出勤時には見事に新緑に覆われていたはずだが、どうも枝がスカスカになっているようだ。要するに、葉っぱが皆落ちてしまっているのである。

足元を見ると、葉っぱだけではないと気付いた。小枝がバラバラ落ちている。つまり、枝ごとなぎ落とされたようなのだ。

さらに小枝だけではない。道の両端には、ゴルフボールよりも大きな氷の固まりがびっしりと掃き寄せられている。ここで、「もしかしたら、雹が降ったのか」 とようやく思い当たった。

日が暮れてまでゴルフボール大の大きさなのだから、実際に降った時にはもっと大きかったろう。正直なところ、「ここにいなくてよかった」 と思った。

私は取手駅までは車を使っていて、駅の近くに駐車場を借りている。その駐車場までの路地を辿ると、被害はもっと深刻だ。

家々の窓ガラスが割れて、ビニールを張って代用しているのが見える。ベランダの屋根の波状のプラスチック板は、穴の空き放題で、蜘蛛の巣のようだ。駐車場に停めた自分の車が心配になってきた。

車に辿り着くと、一見、心配したほどのことはない。しかし、見る角度によっては、街灯の明かりで、屋根のボコボコが少し目立つ。「まあ、これぐらいは仕方なかろう」

ところが、運転席に乗り込んで驚いた。右側のドアミラーが割れてしまっているのである。こればかりは、早々に修理しなければならない。

私の自宅の周りは大した被害はなかったが、車だけは一番激しく雹の降った地域に、被害に遭うためにわざわざ出張したようなものだった。

ドアミラーの修理というのは、鏡さえ替えればいいと思っていたのだが、近頃のは皆、電動式のため、ユニットごと交換しなければならないらしい。おかげで、鏡一枚のはずが、1万何千円だかの修理料になった。

屋根のボコボコは、その 3年後に車を乗り換えるまで、「雹の記念碑」 的にそのままにして、時々話のタネになった。今でも、取手駅周辺には、ボンネットや屋根がボコボコにへこんだ車が停まっていることがあり、「雹の記憶」 を呼び覚ましてくれる。

ちなみにあの時は、自動車販売店の被害も大変だったらしい。納車寸前の新車がボコボコになったということもあったようだ。ご愁傷様である。そういうときの保険適用はどうなるのだろう。

その後、ガラス屋さんは大忙し状態が 1週間以上続いたと聞く。「雹特需」 というところだった。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

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