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2005/06/29

感情と気分

世の中には、何かというと感情をむき出しにする人もいるが、私は自分の感情を表に出すことを、あまり潔しとしないものである。

もしかしたら、つい感情が出てしまうこともあるかもしれないが、少なくとも、周囲に余計な気の使わせ方をしなくても済むように、極力控えめであるよう気を付けている。

私が 「いわゆる巨人ファン」 に違和感を抱いてしまうのは、この点である。典型的な巨人ファンというのは、けっこう感情的である。前夜に巨人が勝てば機嫌がいいし、負けると機嫌が悪い。意識的にか無意識的にか、それをストレートに出す人が多い。

私は、前夜の野球の結果によって周囲に余計な気の使い方をさせるなどというのは、「甘え」 以外の何物でもないと思うのだ。いい大人の態度じゃない。まあ、それがたわいないゲーム感覚の場合もあるが。

それでなくても、感情的になると、進む話も進まなくなることがある。できる限り、クールに行きたいものである。

とはいえ、私は 「喜怒哀楽」 の 「喜」 と 「楽」 の二つに関しては、あまり遠慮せずに表現することにしている。「怒」 と 「哀」 を遠慮なく表現すると、周囲に軋轢を生じさせるが、 「喜」 と 「楽」 ならば、「感情的」 というよりは、「気分の問題」 に帰結して、いい気持ちで仕事ができる。

人間、同じコトをするなら、「いい気分」 でやるに限る。気分がめげてしまうと、決していい結果にならないのである。

最近注目の女子バレーボールを例に語ろう。

柳本監督という人は、選手に 「気分良く」 バレーをさせることのできるキャラクターだと思う。例えば、作戦タイムの時の集音マイクの声を聞いても、あまり選手を叱りつけたり、不必要に悲壮になったりはしていない。「どうしたらいいか」 を案外具体的に説明しているようだ。

ところが、こう言ってはなんだが、前任者は違った。作戦タイムになると、「えぇか! 気持ちで負けたらあかんねん!!  気持ちや!!」 などと、悲壮感たっぷりに怒鳴ることが多かった。

そもそも、作戦タイムというのは、ピンチに陥ったときに取るものである。ピンチなのだから、選手は半分泣き顔になって監督の前に集まる。既に気分のめげかけた選手たちに 「気持ちで負けるな!」 などと怒鳴っても、逆効果だ。既に負けてしまっている気持ちを確認させてしまうだけだ。

人間、変に甘えたり悲壮になったりしてはいけないのである。何事も気分良くやるに限るのだ。今シーズンのロッテと巨人をみれば、それがよくわかるだろう。

「感情的」 ということと 「気分の問題」 は、ちょっと違うのだ。ちょっとの違いかもしれないが、結果は大きな違いになって顕れるのだ。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

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