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2005/07/13

「申される」 をめぐる冒険

去年の今頃も思いっきりツッコミを入れてしまったのだが、あの文化庁の 「国語世論調査」 結果が今年も報告された。今年のテーマは、漢字と敬語の使い方だという。

それによると、敬語の間違いが増えていると思う人が 8割を超え、自分の使っている敬語に自信のない人が 4割に近いのだそうだ。

敬語の代表的な誤用として紹介されているのが、「申される」 という用法である。以下に朝日新聞の記事を引用する。

謙譲語の誤用とされる 「ただいま会長が申されたことに」 の例では、誤答の 「正しく使われている」 を選んだ人が97年度に比べて7ポイント減り、正答の 「正しく使われていない」 が3ポイント増えた。世代別にみると、この例で誤答が一番多かったのは60歳以上で、男女とも6割近かった。

「申す」 という動詞は、現在の教育現場では 「謙譲語」 ということで、ステロタイプなまでに固定化されている。従って、「申される」 という言い方は、謙譲語に尊敬語の助動詞が付くはずがないということで、「誤用」 と決めつけられている。

しかし、「申す」 が謙譲語に固定化されるまでは、「言う」 の丁寧語としても機能していた時代が長かったようなのである。大修館書店刊の 『問題な日本語』 には、以下の記述がある。

「新大納言成親卿も平に申されけり (平家物語)」 を始め、「号を見山と申される (中里介山)」 「何と申される (司馬遼太郎)」 など、古典や時代小説における使用例は幾らでもある。古くから使われてきた言い方だ。ただ、「部長が申されますように」 など、現代語で使われているものは誤用とすべきであろう。

「古典や時代小説における使用例は幾らでもある」 ということだが、別に古典や時代小説でなくても、戦前までぐらいの文章でも (明確ではないが、多分、戦後しばらくだって)、いくらでも読んだことがある。だから、あながち誤用と決めつけるのは気の毒な気がする。

ちょっと前までの本にはいくらでもあるのだから、60歳代の人が 「申される」 を正しい使い方と解答したとしても無理はない。文化庁のペーペーの青二才がそれを間違いと決めつけるのは、何となく不遜なことのように思えてしまうのだ。

私が年寄りだったら、「いつ、誰が、断りもなく謙譲語一辺倒に決めてしまったんだ? 責任者、呼んで来い!」 と怒り出すところである。

祝詞 (のりと) の最後につくお約束の 「かしこみかしこみもまおす」 が、神に対して自らをへりくだっている言葉なので、「申す」 の本義は確かに謙譲語なのだろう。

しかし、だからといって、それ以外の用法を単純に否定するのは、日本語の豊かさを損なうことのように思える。私はこれこそ○×式教育の弊害だと思っている。

「誤用」 と決めつけられている現代語においても、例えば、部長が社長に対して言ったことを、課長が係長に伝える場合など、「部長は、社長にかくかくしかじかと申された」 と言うのは、耳慣れないかもしれないが、少なくとも理屈上ではあり得るんじゃないかと思うのだ。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

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