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2005/09/04

「リアルさ」 と 「様式美」

二泊三日で実家に帰り、いつもよりずっと余計にテレビの前に座ってしまった。

面白かったのは、9月 2日、NHK 衛星第 2 の映画 「大江戸七人衆」、そして、NHK 総合の 「秘太刀馬の骨」 だ。前者は昭和 37年、東映黄金時代のチャンバラ映画、後者は藤沢周平原作の渋い時代劇である。

「秘太刀馬の骨」 から触れよう。この作品は、謎の秘剣 「馬の骨」 を探るために、人間心理を穿ちながら、主人公が何人かに木刀での勝負をしかける。その勝負の中で、幻の 「馬の骨」 が繰り出されるのを待つのである。

それだけに、殺陣は微妙なリアルさが要求される。斬り合いというより木刀での 「叩き合い」 であるだけに、ゴツゴツとした体感表現を狙っているのだとわかる。苦心の殺陣である。

一方、 「大江戸七人衆」 の殺陣は、あくまでもお約束の様式美。しかも、大御所、市川右太衛門、大友柳太朗を始めとする時代劇豪華キャストだけに、いかにも手慣れた名人芸である。

この二つの時代劇を見比べて、唐突だが、私はプロレスの限界を悟ってしまった。

というのは、殺陣として見比べると、どうしても 「大江戸七人衆」 の様式美の方がずっと見応えあるのである。これは力道山である。

一方、 「秘太刀馬の骨」 は、現代的な感覚でリアルさを表現しようとしているが、一方で感情的な 「ストーリー」 をも絡めなければならないだけに、ややもすると 「演出意図」 が見えすぎてしまうときがある。「リアルさ」 を追求すればするほど、「作り物」 が見えてしまいかねない。

「リアル」 な闘いを見るならば、「プライド」 か 「K-1」 になってしまう。「感動のストーリー」 を見るならば、本来はプロレスなのだが、そのプロレスが妙に 「リアル」 さに色目を使ってしまっていて、消化不良を起こしている。

ならば、思いっきり 「様式美」 のプロレスに先祖返りしてしまうというのは、どうか。

いや、それはダメだ。力道山プロレスは、ノスタルジーの目で見るからいいのである。「大江戸七人衆」 が 「黄金時代のチャンバラ劇」 として見るからいいのと同じことだ。要するに 「骨董品」 なのである。

プロレスは伝統芸能として存続するわけにはいかない。それならば、藤沢周平ばりの人間心理を穿つストーリーを 「リアル」 に表現しなければならない。プロレスラーは、名役者になる必要があるのだ。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

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