« 大峰山強行登山は、洒落になるか、ならないか | トップページ | "「女王」 の読み" に凄い反響 »

2005/11/15

現代の奥に潜む古代

一昨日の当欄で、「女王」 を 「じょうおう」 と発音するのは、いにしえの読みである 「じょわう」 の音便化した 「じょをう」 − 「じょうぉう」 からきたとの推論を述べた。

しかし、そんな古い時代の発音が現代に影響するのかという疑問もあるだろう。その疑問に答えよう。影響するのである。

一昨年のちょうど今頃、私は 「知の関節技」 というサブサイトに、「食い合わせのフォークロア」 というコラムを書いた。その中で、私の死んだ祖母は、日本語の極めて古い発音を昭和の御代に残した人だったと述べている。(以下、引用)

彼女は、「はひふへほ」 を 「ふぁ・ふぃ・ふ・ふぇ・ふぉ」 と発音する人だった。これは音韻学によれば、奈良時代の発音である。「歯が痛い」 というのを、「ふぁ、病める」 と言った。ついでに、「かきくけこ」 は 「くゎ・き・く・くぇ・こ」 だった。だから、「火事」 は 「くゎじ」 と発音した。「『くゎじ』 出さねよ、『ふぃ』 さ、気ぃ付けれ」 (火事を出さないように、火に気を付けろ) と言うのであった。昭和の御代に、奈良時代の物言いを維持する、「生きたフォークロア」 だった。

実は、この記述には、補足を加えなければならない。祖母はすべての 「かきくけこ」 を 「くゎ・き・く・くぇ・こ」 と発音したわけではなかったのである。

彼女は、「火事」 のことは 「くゎじ」 と発音した。「観音さん」 も 「くゎんのんさん」 と発音した。しかし、「勘定」、「堪忍」 は 「くゎんじょう」、「くゎんにん」 とはならずに、「かんじょ」、「かんにん」 と言った。「寒の入り」 も、「くゎんのいり」 ではなく 「かんのいり」 と言った。

これらは、見事に旧仮名と照合するのである。(以下、括弧内は旧仮名による読み)

「火事」 − (くわじ)
「観音」 − (くわんおん 乃至 くわんのん)
「勘定」 − (かんぢやう)
「堪忍」 − (かんにん)
「寒」 − (かん)

尋常小学校しか出ていない祖母の語彙は、それほど多くなかった。だから、他の単語がどうであったかは、あまり覚えていないが、私は幼心に 「どうして、ウチのばあちゃんは 『火事』 は 『くゎじ』 なのに、『堪忍』 は 『かんにん』 なんだろう」 と不思議で仕方なかった。

それが決して気まぐれやでたらめではなく、伝統的読みという極めて明快なバックグラウンドに基づいていると気付いたのは、彼女が亡くなってかなり経ってからである。祖母は、旧仮名のベースとなった古代の発音を、論理ではなく、生理のレベルで、しっかりと受け継いでいたのであった。

こんな例があるのだから、「女王」 (じょわう) が、「じょをう」 − 「じょうぉう」 − 「じょうおう」 になるぐらいは、十分あり得るだろうということなのである。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

|

« 大峰山強行登山は、洒落になるか、ならないか | トップページ | "「女王」 の読み" に凄い反響 »

言葉」カテゴリの記事

コメント

現代に古典的発音が残っているというのは、そのとおりだと思います。

発音に対して敏感な演劇・歌唱の分野ではこのあたりを意識的に研究されている人もいるようです。

例えば、「サイタ」と歌うときに「イ」をはっきり「イ」として発音しようとすると、どうしても「サ・イ」と発音せざるを得ません。
これは案外耳につきます。音楽がレガートを要求している場合は致命的です。
これを、「sa yi」のように発音すると「サイ」が滑らかに発音可能ということです。

NHKのアナウンサーはどうも、「イ」を「yi」と発音するのを避けているように思われます。その結果、どうも硬い感じがしてしまいます。

まあ、NHKのアナウンサーですからそれでいいのですが。


ちなみに上記論考は下記からの受け売りです。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4166600141/qid=1132013809/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/250-6805436-4007423


投稿: K.J tyler | 2005/11/15 09:18

「い」 の発音は微妙なんですよね。

"i" になったり "yi" になったりします。
あんまり微妙だから、いろは歌の時代には、もう区別がなくなってたんでしょうね。
ワ行の 「ゐ」 はかなり後まで残ったのに。

「さいた さいた チューリップの花が」 を歌う場合は、一音一拍を徹底しようとすると、"sa-yi-ta" になりますね。

試しに、この歌を歌って、「さいた」 の 「た」 の代わりに 「あ」 と発音すると、「あ」 ではなく、「や」 になると思います。

つまり 「さいあ」 と歌ったつもりでも、「さいや」 になるのです。(声門閉鎖を行わずに、リエゾンしてみるとわかります)

普通のしゃべりでは "saita" の方が優勢だと思います。上記の方法で 「さいあ」 と発音してみても、「さいや」 とはなりません。

そのあたりが、日本語の微妙さですね。

「インスパイア」 を 「インスパイヤ」 と表記した avex は、バタ臭い感じでも、実は思いっきり日本人なんですね。

投稿: tak | 2005/11/15 11:53

では,なんで「女房」は「にょうぼう」なのでしょう?

また,「ゐ(wi)」は,文字としては昭和まで残りましたが,発音としては12世紀に消滅しているとするのが通説です(「ゐ」と書かれていても「i」と読む。)。

ちなみに,「え」「ゑ」などは,平安末から江戸初期にかけて,いずれも「ye」と発音されていましたが,江戸中期ころから「e」と発音されるようになったするのが通説です。

投稿: 女院 | 2006/03/23 22:53

女院 さん:

>では,なんで「女房」は「にょうぼう」なのでしょう?

うーん、出てくると思った。これ。

旧かなでは 「にょうばう」 ですよね。
「女御」 も 「にょうご」 ですね。

ははは・・・ と、笑ってごまかします。

投稿: tak | 2006/03/24 01:06

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/42004/7115192

この記事へのトラックバック一覧です: 現代の奥に潜む古代:

« 大峰山強行登山は、洒落になるか、ならないか | トップページ | "「女王」 の読み" に凄い反響 »