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2006/01/13

「していただきたがり」 の、エゴイスティックな現代人

最近、とても気になる言い間違いがある。つい昨日も、ラジオの公開番組で、某スーパーの店長が 「本日もたくさんのお客様が来店していただきまして ・・・」 とやっていた。

それを言うなら 「お客様が来店してくださいまして」 、あるいは 「お客様に来店していただきまして」 だろう。

このパターンの主語と述語の不一致が、最近やたらと多い。10回聞いたら、7回は間違えているといってもいい。

「学校の先生方が、この問題で各方面に呼びかけをしていただきまして・・・」
「自治会の役員の方々が、多大なる努力をしていただいたおかげをもちまして ・・・」
「ボランティアの方々が、大いにあちこち駆け回っていただいた成果で ・・・」

すべて、主語と述語が不一致になってしまっている。それを聞く人たちも、別段違和感を感じていない様子なのが、私にとってはものすごい違和感だ。

言うまでもないが、正しくは、以下のようになる。

「学校の先生方が、この問題で各方面に呼びかけをしてくださいまして・・・」
「自治会の役員の方々が、多大なる努力をしてくださったおかげをもちまして ・・・」
「ボランティアの方々が、大いにあちこち駆け回ってくださった成果で ・・・」

主語になっている人は 「してくれた」 方で、「していただいた」 のは自分である。ところが、主語の方を 「していただいた」 ということにして、それで丁寧な言い方をしたような気になっている。

「してくださいまして」 というより 「していただきまして」 という方が、明らかに間違っているのにしっくりくるというのは、人間が深層心理としてエゴイスティックになっている現われではないかと思うのだ。

現代人の多くは、いつでも自分を潜在的な主語にしてしまいがちで、そして、かなりの 「していただきたがり」 になっているのである。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

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コメント

謙譲語を正しく使えない人が増えているせいなのか、
なんでもかんでも「させていただきます」症候群ですね。

グルメ番組で、「いただかせていただきます」。
笑止千万です。

投稿: aoichan | 2006/01/13 02:50

あ、ちょっとズレていました。
「していただく」の方でしたね。
すみません。
酔っぱらいでした。

投稿: aoichan | 2006/01/13 02:53

>グルメ番組で、「いただかせていただきます」。
>笑止千万です。

それはまた、まさに笑止ですね。

さらに進行して 「いただかさせていただきます」 になったら、もう世も末ですが。
「読まさせていただきます」 はしょっちゅう聞きますね。

そのうち、「読まさせていただかさせていただきます」 にならないか、心配です ^^;)

投稿: tak | 2006/01/13 07:33

こちらへは初めてお邪魔します。
とっても面白く一撃を拝読いたしました。

和歌のリンク先 やまとうた さまの サイトへも行ってまいりました。

風は短歌のことまったく不勉強で 恥かしいので、しっかり勉強させていただきたいなあと思いました。

ありがとうございます。
(ここに こんなコメントしてもいいのだろうかと思いつつ・・)

投稿: 七彩乃風 | 2006/01/13 13:31

七彩乃風さん、こちらでもよろしく。

>短歌のことまったく不勉強で 

いえいえ、とてもそうは見えませんよ。

投稿: tak | 2006/01/13 18:58

tacさん、遅まきながらご挨拶を。今年もどうぞよろしくお願いします。

「していただく」の前段階らしき「させていただく」が全国的に広まったのは、貴花田と宮沢りえの婚約記者会見だったという話をどこぞで聞きました。あの時「婚約させていただきました」とりえちゃんが会見したんですよね。正しくは「婚約いたしました」だろうと思います。
その後、外食サービスのマニュアル等で「いただく」「いただく」が連発されるようになり、今日に至ったのかと。
「百円からお預かり」の「から」も、マニュアル接客が元っぽい感じがします。

投稿: ぽん太 | 2006/01/13 19:28

小学生くらいから疑問に思っていたことがあります。
学校では「は」や「が」が主語を表す助詞だと教えられてきました。けれど、それがどうにも引っ掛かるのです。「が」が本質的に主語を表すものとは思えない。
実は、
「私は花の咲いたのを見た」→「花が咲いた」
「私は肩の凝っている状態です」→「肩が凝っている」
というように、主語のように見える「が」は、「の」を置き換えて表現したものなのではないかと思うのです。
日本語で主語が略されるのは知られていることですが、主語が「私」の場合は、「私」に対する述語も省略されるのではないかと。

ですから、
「本日もたくさんのお客様が来店していただきまして ・・・」
というのも実は、
「私は、本日もたくさんのお客様の来店(を)していただきまして 、ありがたく思っています」
の省略として発生しているのではないかと思います。
こう解釈すると、特に不自然でもありませんよね。

いかがでしょうか?

投稿: 龍神飛翔 | 2006/01/13 23:03

ぽん太さん、こちらこそよろしくお願いします。

へぇ、りえちゃん以来でしたか。
そのあたりから、日本中にそんな土壌ができていたんでしょうかね。

接客マニュアルについては、ウチのサイトで徹底的に批判してます。
http://homepage3.nifty.com/tak-shonai/intelvt/intelvt_036.htm

投稿: tak | 2006/01/14 01:03

龍神飛翔さん:

>「私は花の咲いたのを見た」→「花が咲いた」

これは、主語は 「私は」、述語は 「見た」 で、
「花の咲いたのを」 が目的語で、重文構造です。

「花が咲いたのを見た」 とすると、くどくなって、過去完了的になるので、「花の咲いたのを」 と言う方が、まだ自然なんでしょうね。

いずれにしても、「が」 がすべて主語というわけでもなく、「我が祖国」 と言えば、「が」 は 所有を表しますね。

一人称の所有は、「が」 になりやすいです。
「おらが村」 とか 「我らがもの」 とか。

>「私は、本日もたくさんのお客様の来店(を)していただきまして 、ありがたく思っています」

気持ちはわからなくもありませんが、それでも、「お客様に来店していただき」 でないと、不自然でしょうね。

あるいは 「お客様の来店をいただきまして」 と、「して」 を取るとか。

投稿: tak | 2006/01/14 01:26

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