« 怒ってみせるということ | トップページ | 米国の米国による米国のための・・・ »

2006/03/14

試験監督官の 「いびき」

東北大学の入試で、試験監督官の助教授のいびきがうるさいと、つまみ出されたというニュース (参照) には、ちょっと笑った。

受験生が挙手して苦情を述べたため、起こしてつまみ出したというのだが、苦情が出るまで、残り 2人の監督官は、さぞかし居心地悪かっただろうなあと、同情する。

この入試には、1試験場に 3人の試験監督官が配置されていたということで、1人がいびきをかいて眠り始めたら、残りの 2人が、それに気付かないはずがない。しかし、受験生から苦情が出るまで、悲しいことに、何のアクションも取れなかったのである。

そうなのだよね。重要な場面で居眠りしちゃう人って、どこにでもいるのだけれど、眠っちゃった人を起こすのって、なぜか、かなり 「蛮勇」 を奮わないとできないのだ。落語にしたって、眠っちゃった客を追い出すなんて芸当は、談志師匠ぐらいしかできることじゃない。

私なんかも、会議で眠くなってしまうことはしょっちゅうだが、目立たないように、ちょこちょこと 「盗み眠り」 するという特技があるので、周囲には (多分) 寝ていると気付かれていない自信がある。これでも苦労しているのだ。

しかし、堂々と眠っちゃう人もいるのだね、これが。静かに眠っていてくれるなら、まだいいのだが、中には、熟睡していびきかいてしまう人もいる。堂々たるものである。

別に 「よほど疲れている」 というわけでもない。寝ちゃいけないところで、いびきかいて眠る人というのは、いつも決まり切っているのだから。つまり、そういう 「キャラ」 なのであって、病気でなければ、要するに、「無神経」 なのだ。

そして、ここが重要なポイントなのだが、無神経な人は、当人は無意識なのだが、周囲に 「遠慮」 を強制してしまうところがある。なぜか、神経の細やかな方が、無神経な方に気を遣ってしまうのだ。

いや、卵とニワトリみたいなもので、いつも気を遣う側に回るひとというのは、習い性として神経細やかにならざるを得ず、気を遣うことを知らないというひとは、結果的に無神経なのだということもできるけれど、まあ、要するに、そういう関係性というのが生じやすいのだ。

何を言いたいのかというと、まあ、こっくりこっくり程度の眠りをしている人は、「エヘン」 という咳払い程度で起きてくれるから、世話はないけれど、いびきかいて熟睡しちゃった人というのは、相当に起こしづらいのだ。やっかいなのである。

無理に揺り動かすと、プライドを傷つけられたような気がするらしく、妙に不機嫌になってしまう人もいるし。

件の試験場でも、無神経な助教授が呑気にいびきかいている間、他の 2人は、本当に困ってしまっていただろうと思う。その非常に気まずい膠着状態を救ったのが、一人の受験生の 「勇気ある」 挙手だったというわけだ。

彼または彼女は、「王様は裸だ!」 と言った子どもと同じような存在であり、その行為は、拍手に値するものである。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

|

« 怒ってみせるということ | トップページ | 米国の米国による米国のための・・・ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

 通りすがりですみません。この日記を見て自分の失敗を思い出しました。
 高校時代にアメフトの公式試合の担架当番をやっており、不真面目から居眠りをしてしまったんですよね・・・・当然先生に見つかり後で酷く叱られましたが。
 なんとなくこの監視員に親近感を覚えてしまいました(;´_`)


 友人の日記に『的を得る』の表記を見つけて突っ込もうかと思ったんですが、前に見たここをもう一度見てやめとくことにしました。

投稿: ぶーちゃん | 2007/02/19 21:40

ぶーちゃん:

>友人の日記に『的を得る』の表記を見つけて突っ込もうかと思ったんですが、前に見たここをもう一度見てやめとくことにしました。

やめておいてよかったですね。

投稿: tak | 2007/02/19 22:26

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/42004/9078554

この記事へのトラックバック一覧です: 試験監督官の 「いびき」:

« 怒ってみせるということ | トップページ | 米国の米国による米国のための・・・ »