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2006/06/26

圧倒的暴君としての父親

母親と妹 2人が犠牲になった奈良の放火殺人事件で、逮捕された高校生の息子の供述からは、「圧倒的暴君としての父親」 の姿が浮き彫りにされる。

殺意を抱いても、その殺意が父に直接には向かわず、結果的に、他の家族に逸れてしまうほどの、ある種怪物的な存在である。

親が自分の意志を理不尽なまでに子どもに押しつけた結果、子どもが親に殺意を抱くというのは、珍しいことではない。その殺意が実行に移されてしまうことも、近頃では度々ニュースになっている。

しかし、今回の事件がよりおどろおどろしい印象を与えるのは、父親に殺意を抱いた息子が、なぜか直接父親を殺すのではなく、母親と妹 2人を焼死させてしまったためだ。息子は、その殺意を直接父に向けることすらできなかった。それほど父を恐れていた。

父を恐れるあまり、その殺意は母親と妹 2人に向けられてしまった。父を殺す代償行為として、父ほどには圧倒的パワーを持っていない弱い存在を殺したのである。弱いものいじめでストレスを解消するという傾向の、最も悲惨なケースとなってしまった。

息子は父を恐れるあまり、殺すことができなかったのだが、殺されずに生き残った父親にとっては、直接殺されるよりもずっと大きな苦痛を味わうことになってしまった。それによって、息子の恨みは最大限にはらされたとさえ言える。

近頃、家庭における父親の存在感の希薄さが問題視されているが、その裏返しとして、ここまで圧倒的すぎる父親の存在も、やはり問題である。

医者として成功を遂げ、家族の中では非の打ち所のない完全な存在であった父。あまりにも完全すぎる故に、殺されることすらできなかった父。この家庭に欠けていたのは、「母性」 であったと思うのである。母親がまともに機能していれば、防げた事件だったかもしれない。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

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