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2006/08/24

良寛さんと、いんきんたむし

ちょっと古いが、6月 18日付の毎日新聞日曜版で、書道家の榊莫山先生が、良寛の手紙を絶賛しておられる。

純真爛漫で邪気のない良寛和尚らしく、手紙は拝啓とか謹啓とかいうお約束の書き出しの言葉もなく、いきなり本題に入っている。いんきんたむしの薬が欲しいという用件だ。

文面は、最初の 「いんきんたむし」 だけは今の人でも問題なく読めるだろうが、そこから先はちょっと難しいだろう。今の字にすると、こんなふうになる。

いんきんたむし再発致候間
萬能功一貝御恵投下されたく候 以上
七月九日
守静老 良寛

「致候間」 というのは、そのまんま 「いたしそうろうあいだ」 で、「いたしましたので」 というような意味合い。昔の手紙にはよく使われる決まり文句のようなものだ。

つまり、いんきんたむしが再発したので、「萬能功」 という薬をくださいと言っているのである。

「萬能功」 というのは、当時の塗り薬で、いんきんたむしのかゆみ止め以外でも、「萬能」 というだけに、何にでもよく効いたようだ。字は違うが、「萬能膏」  というのは、つい最近まであったらしい。

この薬は当時、貝殻を容器として流通していたようで、良寛さんは 「一貝」 の 「貝」 の字の代わりに貝の絵をかいている。画像を見れば一目瞭然だが、手紙の真ん中辺りである。

洒脱な 「絵文字」 である。莫山先生は、これをして 「薬をねだる手紙にさえ、良寛はおしゃれを忘れない」 と、絶賛しておいでだ。

最後の行の宛名、「守静老」 とは、地蔵堂の大庄屋富取武左ヱ門の分家の医者、北川守静先生のことと伝えられる。

冒頭に、良寛さんは拝啓も謹啓もない 「お約束無視」 と触れたが、それどころか、どうやら薬代を払うというお約束にも、一向に頓着していないようだ。何しろ 「御恵投下されたく候」 (恵んでやってください) と言っているのである。托鉢と同じようなつもりらしい。

「恐縮ですが」 とか 「申し訳ないけど」 なんていう言葉は、一言も発せられない。全然悪びれないのである。もちろん、ねだられた北川守静先生にしても、「良寛さんなら仕方がない」 と、はなからお金を取る気はないのだろう。

まあ、こんな色紙に書かれた良寛さんの手紙なのだから、後々にはちょっとした値打ち物になるのだが、当時、そんなことを意識していたかどうかは疑問だ。

ふぐりに萬能功を塗り、じんじんしみるので、団扇でばたばたあおぎながら、ひいひい言っていたとしても、やはり良寛さんは不思議に気高い。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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