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2006/11/16

「憲法九条を世界遺産に」 に、つい共感

太田光と中沢新一の対談 「憲法九条を世界遺産に」 を買ってきて、40分ぐらいで一気に読み終えた。ちょっとした速読だった。

はっきり言って、藤原正彦の 「国家の品格」 なんかよりずっと知的だし、共感できた。私ってば、基本的に改憲論者のくせして、こんなこと書くから、周りから責められたりする。

私は "「何が何でも護憲」 の論理に首をかしげる" というコラムを書いているように、今の憲法にはかなり疑問を抱いている。しかし、多くの改憲論者が主張するように、「現憲法は米国に押しつけられたものだから」 という論理にも、同じくらい首をかしげる。

押しつけられたものだから悪いというのは、単に感情論である。いいものならありがたく頂戴し、悪いものなら放り出してしまえばいいというのが、私の基本的なスタンスだ。

で、太田光の 「憲法九条を世界遺産に」 という発想には、私は拍手を送りたいほどの共感を覚えてしまったのである。

この対談本を読めばわかることなのだが、この 2人、基本的に護憲の立場に立ちながら、いわゆる護憲派といわれる人たちとは、メンタリティが異なっている。憲法九条が国際的常識で見ればかなり 「変てこなもの」 ということは充分に認めているのである。

「変てこなもの」 であることは重々承知の上で、こんな無邪気というか、無謀というか、とにかく奇跡的珍品に違いないものを、戦後ずっと守ってきたのだから、それはそれでちょっとした価値であり、世界遺産にしてもいいぐらいのものだというのは、私にとって妙にしっくりくる主張である。

まさに昨日、「変だからこそ、おもしろいんじゃないか」 というエントリーを書いてしまった私としては、昨日の今日で、急に意見を翻すわけにいかないじゃないか。

天皇制という世界に類のない、見方によれば奇跡に違いないような制度を、少なく見積もっても千数百年守ってきたということに価値を見いだすとすれば、憲法第九条だって、この激動の時代に半世紀以上も変わらなかったというだけで、大変なものである。

本当に世界遺産として登録されて、世界中が犯すべからざる普遍的価値としてオーソライズしてくれるというなら、それこそ、この世で最高の安全保障である。確かに軍隊なんかいらない。

ただ、それが実効的に機能するかどうかというのは別問題で、確かに 「この世で最高の安全保障」 ではあっても、「絶対に安全」 かといえば、決してそうではない。逆に、一度攻撃を受けてしまったら、最もリスクの大きな安全保障政策となってしまう。

あるいは 「攻撃を受けても、他国が守ってくれる」 というなら、それは、自国のために他国が血を流してくれることを、当然のこととして期待するという意味で、とても恥知らずな安全保障政策ということになる。

そうした意味で、私は 「次善の策」 として、憲法九条は改正されてもいいんじゃないかと思っている。しかし、他国が血を流してくれることなんか期待せず、本当に世界史の崇高な犠牲となることも厭わない覚悟をもつというなら、それはそれで、究極の選択だと思う。

単に 「戦争は嫌だから」 なんていう軟弱な理由で 「平和憲法を守ろう」 という幻想に浸るというなら、それは最も愚かなことである。憲法九条を掛け値なしに守るというのは、ものすごいリスクを覚悟してのことでなければならない。世の中、そんなに甘くないのだ。

軍備というのは、ある意味、国家の威厳の象徴でもある。その威厳を持たないというなら、内側から自然ににじみ出るような、人格的な威厳を持たなければならない。残念ながら、今の日本では、それは望めまい。

最後に、太田光の以下の青臭すぎるとも言えなくもない発言 (P154-155) に、私はしびれてしまった。

みんな、感動を忘れてしまっている気がします。若い人たちが、自殺サイトで死んでいくのも、この世の中に感動できるものが少ないからなんでしょう。それは、芸人として、僕が負けているからなんだと思うんです。

テレビを通じて、彼らを感動させられるものを、何ら表現できていない。極論を言えば、僕の芸のなさが、人を死に追いやっているとも言える。だとしたら、自分の感受性を高めて芸を磨くしかないだろう、という結論に行き着くわけです。

この発言は、一切衆生を彼岸に渡すべく発願した菩薩の生き方である。笑ってもいいが、嗤ってはならない。中沢新一は、「かつて、こんな芸人がいただろうか (笑)」 と受けている。

国民全体がこれくらいの威厳を持てば、確かに軍備はいらなくなるだろうと思う。

ちなみに、太田光は、カート・ヴォネガットの愛読者だそうだ。事務所の名前 「タイタン」 や飼っていたオカメインコの名前 「キルゴア」 は、ヴォネガット・ファンなら、すぐにピンとくる。もしかしたら、趣味が合うかも知れない。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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哲学・精神世界」カテゴリの記事

コメント

評判を聞いて読みましたが、軽い感じだけどなかなかいい本でしたね。私はほとんどテレビを見ないので太田光という芸人さんもまったく知らなかったのですが、非常にまっとうな人だと感じました。それに比べて中沢新一の方が、ちょっとトンデモな人に思えてしまうのが可笑しかったです(ま、許容範囲ですが)。

投稿: 山辺響 | 2006/11/16 15:09

山辺響 さん:

中沢新一は、過去にもいろいろ毀誉褒貶ありましたからね ^^;)
でも、オウム関連の勇み足さえなかったら、それほど責められるほどの人でもないと思いますけど。

投稿: tak | 2006/11/16 15:54

毎日楽しく読ませていただいています。
この本、私にはマンガのようでした。

12・3歳の少女に「初潮は始まったの?」と言って、テレビで笑いをとろうとしていた太田氏が、自らを省みて「笑いや感動を与ていない」と反省するのはいいのですが、そもそも「遺産」ってどういうことなのか、9条があったから日本は平和で繁栄してきたのかといえば、それは違うわけで、守ってきたのは日米安保、その付属品としての9条ではないかと。

面白いといえば面白いんですが・・

投稿: コロスケ | 2006/11/28 08:54

コロスケ さん:

いろいろな読み方がありますね。
だから面白いんでしょうけど。

投稿: tak | 2006/11/28 14:16

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» 憲法九条を世界遺産に 敢えて批判・非難を受けるつもりかも [ハムりんの読書 感想日記 おすすめの本]
憲法九条を世界遺産に  感想☆☆☆ 太田光、中沢新一 光文社  かなり話題になっている  異色の対談集です。  爆笑問題の太田光さんが、  宗教学者の中沢新一さんと、  憲法九条について話しています。  昨日の「魔王」で宮沢賢治が出てくるならば、  この本についても触れておかねば、と。  この対談の入り口は宮沢賢治なんですから。  章の名前は「宮沢賢治と日本国憲法」ですから... [続きを読む]

受信: 2006/11/25 20:01

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