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2007/03/29

植木等はとても上手に死んだ

日曜の夕方に 「シャボン玉ホリデー」 を見るのを何よりも楽しみにする子だった私にとって、植木等の死は、とても大きな、しかし不思議なほど穏やかなインパクトだった。

あれだけのスーパースターだったのに、こんなに穏やかなイメージで死ねるというのは、これはもう、人徳というほかない。

強烈なイメージの 「無責任男」 が、こんなにも穏やかに死ねたのは、これはもう、「死」 に至るプロセスをとても上手に辿ったとしか思われない。「シャボン玉ホリデー」 以後の植木等は、性格俳優としてまったく違った面をアピールしつつ、今思えば、徐々に、淡々と 「死につつ」 あった。

その間、かつて栄光に包まれたスーパースターが陥りがちな悲喜劇的な破綻を微塵も演ずることなく、時には鮮やかに、しかもあっさりと過去の栄光を再現 (平成 2年の 「スーダラ伝説」) して見せたりもしたのは、実に見事なものだった。

こんなにもスマートな死への道の辿り方をすることができる人は、そう多くはいない。植木等は、とても上手に死んだ。「上手に死んだ」 ということは、「素敵に生きた」 ということである。

彼の死の報道で特徴的なのは、彼が浄土真宗の僧侶の息子であることが強調されていることである。仏教的なバックボーンが、彼の人生を支えていることを、誰もが認めているようだ。

まさに、「諸行無常」 を知りつつ、しかもそれを悲観することもなく、奢らず淡々と生きて、とても上手に死んだ、このとても大きな存在を我々は永く忘れることがなかろう。どんな人格者よりも、手本とすべき人生を示してくれたような気がするのである。

シャルドネさんは自身のブログで、「彼のおかげで、人生を悲観して過ごすことを無為だと断じることが可能になった」 と述べておられる (参照)。これは最高の回向である。自我の確立期に、毎週 「シャボン玉ホリデー」 で彼の姿を見て、笑い転げることのできた我々の世代は、本当に幸せだった。

感謝・合掌

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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