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2007/05/14

母の葬儀が終わった

母の葬儀が終わった。身内の弔いを出すというのは、なかなか気骨の折れるものである。故人の人生の集大成をきちんと完成させるのは、残された者たちの役目だからだ。

気持ちの整理はかなりついてきたが、何しろ物理的時間がないので、以下、今日も前日の和歌ログの再録で失礼。


五月十三日の歌

残りしは骨と写真と人々の記憶の中の笑顔なりけり


母の葬儀が終わった。今、実家の中はごった返している。整理には少し手間がかかるだろう。我々は明日帰路に着いてしまうのが心苦しい。

母の女学校時代の友人も、大勢参列してくれた。その中の、とくに仲のよかった一人が、顔をくしゃくしゃにしながらも、素敵なはなむけの言葉を言ってくれた。

「決して自分を強く主張するわけではないけれど、いつもにこにこしてくれていて、私たちとしては、その場にいてくれないと困る人、いてくれないと、なんだか足りない気がする人、そんな人でした」

そうか、母は確かにそんな存在だったのだ。認知症になってからまで、そうだったし。ただ、これからはいつも 「足りない」 気持ちでもいられない。

火葬場で骨を拾いながら、もう母はこの世にいないのだ、残ったのは骨と写真しかないのだと思った。しかし、人々の心の中に残るあの笑顔は、まだ生き続けるという気がした。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント

お邪魔します。がんなむぅです。

 ひとまずは、お疲れ様でした。

 我が祖母の葬儀の際も、親族が集い、昔話(私が生まれる前のことばかり!)に花が咲きました。

 takさんの様に、まっすぐ前を向いて生活することと、お母様の様に『記憶の中の笑顔』になれる様、心がけたいと思います。

投稿: がんなむぅ | 2007/05/14 08:33

がんなむぅ さん:

葬儀とは、疲れるものですね。

人生の最後のセレモニーで、当人は永遠の眠りの中にいるので楽ですが…。

まあ、いろいろな人の記憶の中にありありと浮かんでいるうちは、まだ死んではいないんだという気もします。
生き残ったものが、故人を生かし続けるといいますか。

つまり、最後には、自分というのは自分以外の人間の中で生きるんですね。
ということは、生きてるうちに周囲を大切にすることが大切なんだな、などと、いろんなことを考えました。

投稿: tak | 2007/05/14 20:19

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