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2007/06/25

テキストに含まれる 「倍音」

内田樹先生がブログで 「倍音的エクリチュール」 という、文章表現に関する大変興味深いエントリーを書いておられる。

元々 「倍音」 とは音楽分野でよく使われる言葉で、単純な基音に対して 2以上の整数倍になっている周波数が含まれ、膨らみのある豊かな音になっていることを指す。

自然界の音は、元来、単一の周波数のみの機械的なものではなく、自然の倍音が含まれていることが多いのだが、表現力の豊かな音というのは、この倍音の響きが豊かであるとされる。人間の歌唱においても、倍音を豊かに響かせる発声法というのがある。

そして、倍音の豊かな音楽を聴くと、人間の耳は一つの音源からは一つの周波数しか聞こえないという錯覚に慣らされているため、あたかも天上から降り注ぐ妙なる音に聞こえるのである。非日常的で非常に高度なアート体験となる。

もっとも、人によってはこの倍音が聞こえないというか、きちんと認識できないという人もいる。ちょっと味気ないことである。これを、内田先生は、物理的には確かに聞こえているはずの倍音を 「天上の音楽」 として同定できるような、因習的 「天上」 像を持っていない人と喝破しておられる。

で、内田先生はこの 「倍音」 という効果が文章においても可能かというメタファーに挑んでおられて、村上春樹の小説にはそれがあるのではないかという文学論に展開されているのである。

この 「倍音的エクリチュール」 というのは、とても壮大な可能性をもつアート論ではあるのだけれど、私はそれをちょっと矮小化して、「行間を読ませる」 ということに絞って考えてみた。

私は以前、「行間を読む」 というエントリーを書いている。詩人の荒川洋治氏の、「きちんとした文章なら、そのまま読めば充分であり、『行間』 など発生しない」 という主張に、脊髄反射的に反応してしまったのである。

荒川氏はご自身の芸術的立場で 「きちんとした文章には 『行間』 など発生しない」 とおっしゃっているわけだが、ということは、「きちんとしていない文章」 には、「行間」 が発生することがあることになる。

で、私のように業界新聞や専門雑誌の記事などという、商業的テキスト (ある意味で、「きちんとしていない文章」) を書く機会の多い者には、この 「行間」 というのが重要な意味をもったりすることがある。

字数制限がめちゃくちゃきついので事実をほとんど書ききれないとか、ちょっと浮き世のしがらみ的差し障りがあって、あからさまには書けない事情があるとか、そんな場合には、かなり意図的にこの 「行間」 というのを使う場合がある。

はっきりとは書いていないのに、それとなく伝えてしまうというテクニックである。しかし、これはなかなか難しいことで、伝わらない人には全然伝わらない。「わかる人だけにわかる」 という、かなりあいまいな世界のことになる。失敗すると、「楽屋落ち」 にすらならない。

上述のように、「天上の音楽」 として同定できるような、因習的 「天上」 像を持っていない人には、倍音が聞こえないということを、かなり俗っぽくしてしまったような現象が、商業的テキストにおいて発生するのである。

このアイデアを発展させると、アート的テキストにおいてもメタファーとしての 「倍音」 を発生させやすい条件というのが考えられる。単純に考えると、それはまず読者を絞り込むこと、そして短編にすることになるかもしれない。

「因習的天上」 というコンセプトを共有する読者に絞り込めば、テキストにおける倍音は読み取られやすい。さらに、ごくシンプルな短編にして、すべてを語り尽くさないスタイルにすれば、読者は自然に 「参加」 的な読み方を求められ、能動的に 「倍音」 を読み取る感性を発揮せざるを得なくなる。

もしかして、和歌や俳句は 「倍音テキスト」 そのものといえるかもしれない。

私がブログのエントリーをできるだけ短く抑えたいと、繰り返し書いてきたのは、無意識的にこんなことを考えていたためではないかという気がしてくるほどである。それは、多分、後付けの理屈なのだろうが、この際、もっともらしければそれでいいのである。

それにほら、私は 「和歌ログ」 なんてこともやってるし。ますますもっともらしいからね。

【追記】

ネタだけいただいて、影でコチョコチョ書いているという印象を持たれるのは嫌なので、内田先生のブログにトラバを何度も送ってるんだけど、どうも届かないみたいなのだ。というわけで、トラバ送信、あきらめ。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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