やっぱり変だよ、公職選挙法
"「連呼」 って、やっぱり迷信だと思う" という今年 4月のエントリーに、ho さんという方から、実際の選挙運動に関わった経験から、貴重な現場的指摘をいただいた。
選挙運動における連呼は、当選するための最も効率的な手法であるらしく、さらに、一部では歓迎すらされているらしい。
ho さんの指摘によると、選挙運動における連呼の意義というのは、"とにかく 「○○が○○選挙区で出馬してる」 という事実を知らせることがひとつ。もうひとつは、「この地域にわざわざ出向いてお願いにきた」 という印象付け" ということだそうだ。
それを一応認めるとしよう。しかし、「○○が○○選挙区で出馬してる」 とい事実は、あちこちに貼られているポスターをみればわかることなので、「連呼は是非必要」 ということの理由にはならない。
選挙カーに実際乗ってみると、「家から飛び出してきて手を振るような方がいっぱいいる」 という事実に驚かされるという。だが、「家から飛び出してきて手を振る」 ような人は、元々積極的な支持者なのだろうから、出馬の事実をわざわざ知らせるにも及ばないだろう。
この場合は、「この地域にわざわざ出向いてお願いにきた」 ということを、支持者に印象付けるという意味があるのだろう。中には 「俺んとこの地区に挨拶がねぇじゃねぇか」 と、ご機嫌を損ねる選挙民もいるらしいから、それを避けるための 「ご挨拶の既成事実作り」 である。
となると、「出馬の事実のお知らせ」 と 「ご挨拶の既成事実作り」 程度のことに、あれだけうるさくがなり立てているのである。
ho さんは、さらにこう指摘されている。(以下引用部分、改行調整させていただいた)
選挙カーで大声連呼した場合と、何もやらなかった場合、もしくは徒歩や自転車だけにした場合とでは、地元の反響や得票数として差があきらかに出てるんじゃないでしょうか。これは現場の人間にしか見えてこないデータなんだと思います。
深夜にうっとおしいほど連続で繰り返されるCMあるでしょう? 我々は「うっとおしい!逆効果だろ!」って思うけど、実際はあれで無意識に商品名がスリこまれて実際に購入する人がたくさんいるわけです。
印象に残る人 0、嫌悪感を抱く人 0 よりは、印象に残る人 5、嫌悪感を抱く人 5 の、広告宣伝のほうが成功なわけです。
うぅむ。まさにこの辺りが最も重要なポイントなのだろう。連呼は、功罪相半ばする必要悪なのだということだ。
とりあえず、選挙カーの連呼を深夜の CM に譬えるのは、半分正解で、半分的はずれだと指摘しておこう。深夜の CM は、気に入らなかったらスイッチを切るか、ボリュームを落とせばいいのだが、選挙カーの連呼は圧倒的な垂れ流しで、こちらのコントロール下にないからだ。
ただ、嫌悪感を抱かれても、印象に残る人がいれば、それで成功という指摘は、結果論として正しいのだと思う。しかし、それを認めるにしても、「それのベースとなる公職選挙法って、やっぱり変だよね」 と言いたくなるではないか。
現実問題として、選挙カーの連呼が最もうるさく感じられるのは、市区町村議会議員の選挙である。このレベルの選挙というのは、選挙区の隅々、路地裏にいたるまで選挙カーが巡回するからだ。
で、こうした選挙における当選ラインというのは、せいぜい数百票から数千票ということが多い。
人口約 22万 8千人の長野県松本市の、今年 4月に行われた市会議員選挙結果を例にとってみよう。同市の有権者数は、約 16万人で、投票した人は約 8万 7千人。投票率は 54.46% だった (参照)。
で、当選した 34人の最高得票は 4640.448票 (見間違わないでもらいた。4千6百40票である。票数の案分の結果、小数点以下もあるようだ) で、最低は 1261票。次点は、1061.924票 (これも案分あり) だった。
つまり、市会議員選挙では、人口比 1%程度の票を獲得すれば余裕で当選で、0.5%程度の票でも、うまくいけば当選できるということだ。
つまり、人口 22万人の都市で、たった 1%足らずの 2000票を獲得するために、選挙カーでがなり立てるのかと、私は言いたいのである。しかも、その 2000票のうちの果たして何票が、実際に選挙カーの連呼効果による票なのか。
2000票のうち、最大限に好意的に見積もって、10%の 200票が、単純に 「連呼してもらったから、投票してあげよう」 という (信じがたい) 動機によるものだとする (多分、そんな多くはないだろうが)。
そうだとすると、たった、200票のために、22万人の街に騒音をまき散らすのかということになる。立候補者当人と関係者の間では、200票は大きいのだろうが、考えてもみるがいいい。それは人口比たった 0.1%以下なのである。
それだけのために、22万人の街全体に騒音をまき散らし、ウグイス嬢の人件費と、選挙カーのガソリン代と、その他諸々に金を使うのである。政治は金がかかるというが、無駄遣いも多いのである。
そんな、うるさくて効率の悪いこと、止めようよと、私は言いたいだけなのだ。今どき、「出馬のお知らせ」 と 「挨拶の印象付け」 程度のことなら、もっと静かに、低コストで、楽にできるだろうよと。
ところが、それをできなくしているのが、現行の公職選挙法のようなのだ。この公職選挙法がある限り、「連呼」 という馬鹿馬鹿しい行為が、「最も効果的」 な選挙運動ということになるのだろう。「他の候補者もやるから、自分もやらないわけにいかない」 ということもあるだろうし。
【H19.08.25 追記、H20.01.11 さらに追記】
当ブログの、この問題の関連記事 (だんだん核心に迫っているかも)
選挙カーの連呼は、やはり無意味だろう (平成 19年 4月 17日)
「連呼」 って、やっぱり迷信だと思う (同年 4月 20日)
日本一シュールな法律条文 (同年 4月 21日)
ネット選挙、みんなで渡れば恐くない (同年 7月 25日)
やっぱり変だよ、公職選挙法 (同年 8月 3日 = 当記事)
選挙の馬鹿馬鹿しさの根源は公選法 (同年 10月 2日)
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