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2007/10/01

眠りのパラドックス

はっきりと季節が変わってしまったと実感したのは、我が家の猫がまん丸くなって寝ているのを見たときである (参照)。

夏の間、猫は風通しのいい日陰を選び、長々と寝そべっていた。ところが昨日、猫は日当たりのいい場所で丸くなっていたのである。猫の寝姿は、季節の風物詩だ。

私は時々、猫がうらやましい。猫は好きなだけ寝ているのである。猫が動くのは、寝るのに飽きた時だけで、飽きない限り、いつまででも寝ている。しかも、猫というのは延々と同じ姿勢で寝ていても、疲れることがないようなのだ。

実は、私は近頃とても眠い。月末も、たまった原稿を一気に仕上げるために、夜明け前の 4時頃まで起きていた。滅多に 12時前に寝ることがないとはいえ、4時頃まで仕事をするというのは、私にとってはかなり珍しい。

こんなに根を詰めて文章を書くという仕事をすると、いくら寝付きのいい私でも、目が冴えてなかなか寝付けない。それで、ぬるま湯に30分ぐらい浸り、思いっきり頭の中身をぼぉっとさせてから、ベッドに倒れ込んだ。日曜日で、午後に出かける用があるとはいえ、少なくとも、10時過ぎまでは寝ていられると思っていた。

ところが、何と悲しいことであろうか。8時ちょっと過ぎには目が覚めてしまったのである。4時間足らずしか眠っていない。しかし、再び寝ようとしても、もう眠りに落ちることができないのだ。

「寝るのも体力」 というのを聞いたことがある。年を取ると早起きになるのは、寝るための体力がなくなってしまうからだというのだ。おいおい、ついに私も、体力不足で寝ていられなくなったのだろうか。

寝たきり老人というのは、あれはあれでずいぶん辛いことなのかもしれないと思い至った。こうなったら、私は寝たきりにみせかけて、夜中にこっそり徘徊しまくる年寄りになってやろうかと、ふと思ったが、それはそれでさぞ難しいだろう。

仕方なくぼうっとした頭のままでベッドからはいずり出ると、世界は晩秋の肌寒さである。そしてそのひんやりとした空気の中、猫がベッドの隅に丸くなっていたのだった。道理で寝ている足許がずっしりと重かった。まったくもう。

それにしても、我が家の猫は、猫としてはそろそろ高齢者の部類に入るはずである。それでも、寝るだけの体力はいつまでも衰えない。猫は寝るのが仕事だからしょうがないのだろうか。

昼に某会合に出席、夕方に帰宅してメールチェックのために PC に向かうと、受信が完了する前に椅子に座ったまま眠りこけていた。こんなことなら、ベッドで熟睡すればいいようなものなのに、なぜかあまり横になろうという気にもならない。体の中に眠りのパラドックスが渦巻いている。

思えば近頃 8時間以上ぐっすりと眠ったことがない。若い頃は起こされない限りいつまででも寝ていられたのに。そういえば小学 6年の時、土曜の夜 9時頃に寝て、日曜の夕方 5時頃まで目が覚めなかったということがある。起きてトイレに行ったら、膀胱の中に貯まりに貯まった小便が、いつまでも止まらなかったのを覚えている。

あのときは、せっかくの休日を無駄にしてしまったのが口惜しかったが、今となっては、休日をすっかり棒に振るくらい、思い切り眠ってみたい。切実に眠ってみたい。どうせ眠れないけど。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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