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2007/11/23

食い物の好き嫌いは 「記憶」 に左右される

今月 17日に、「味覚データベース」 ということを書いた (参照)。人間は、食い慣れたものの味はよくわかるが、食い慣れないものの旨い不味いは、わかりにくいという話である。

つまり、人間は食べ物を味わうにも、「味覚データベース」、つまり、「味の記憶」 に頼って味わっているようなのだ。

以前に似たようなことを書いた覚えがあって、自分のサイトの中を検索してみたら、「味覚の衰え」 という文章が見つかった。約 5年前に書かれている。「今日の一撃」 の更新にココログを使い始める前のことである。

私はこの文章の中で、"人間は 60歳になると味覚を感じる器官の 「味蕾」 が、20歳の頃の半分に減ってしまう" という説を紹介して、次のように述べている。

それを感じるのは、とても微妙な味わいのものを食べた時だ。「この食べ物は、このような味がするはずだ」 という、いわば 「味の記憶」 が働いて、それを確認しようとするのだが、その通りの味覚が得られていないような気がするのである。

私は既に 5年前に、自らの味覚の衰えを自覚してしまっていたもののようなのだ。5年前にそんなことなのだから、今となってはもっと味蕾が減って、味覚はさらに衰えているに違いない。

しかし、だからといって 「食の楽しみ」 が減っているわけでは決してない。それは、若い頃から食べ続けてきたことによる 「味覚データベース」 が、純粋味覚の衰えをカバーしてあまりあるほどに充実しているからだと思う。まさに、人は味の記憶力で食べ物を楽しんでいるのだ。

味蕾の数の減少で、純粋味覚は衰えているのだろうが、その分、他の要素には敏感になっている気がする。他の要素とは、5年前にも書いているが、「硬さ、柔らかさ、ねばり、あっさり感、喉ごし、舌触り、コシ」 などの食感だ。トータルな 「味」 は、味蕾で認識する純粋味覚だけではないのである。

私はどちらかというと、しっかりした 「歯応え」 を重視するタイプのようだ。いかそうめんの 「ぷりぷり・しこしこ感」 とか、よくできたそばの 「エッジ感」 とかは、えもいわれぬ満足感を与えてくれる要素である。

しかしその分、「舌の上でとろける感じ」 は、あまりぴんと来ない。大トロや極上霜降り牛肉などは、別に嫌いというわけではないが、あまりありがたいとも思わない。対費用効果があまりよろしくないから、自分の金で食おうとは、決して思わない。

これなんかも、実は、人間は記憶力で味わっていることの証明のような気がする。

高校時代に亡くなった祖母は、非常に病弱な人だった。晩年はとくに消化器官が弱まり、固いものは何も食えなかったのである。私は中学時代、共働きだった両親の代わりに、祖母のために、とにかく柔らかい料理をつくってあげていた。

まるで糊のようなおかゆ、箸ですくえば解けるほど柔らかいうどん、煮くずれかけた魚などである。そのくらい柔らかくないと、祖母は口にできなかったのだ。そしてこの記憶が、私の食感の好みを決定づけたような気がする。

あの時の記憶がちょっとしたトラウマとして残ったようで、私は、「病人じゃあるまいし、おかゆなんか食えるか」 とか 「舌の上でとろけるのがありがたかったら、縁日の綿菓子でも食ってろ」 とか、ちょっと極端なことを言い出す人になってしまったのである。

食い物の好き嫌いというのは、純粋な味覚とか食感とかいうよりも、「記憶」 に左右されている場合が多いのだと思う。ちょっとしたトラウマ的記憶に結びついた食べ物というのは、「そんなもの喜んで食べたら、自分のアイデンティティが損なわれる」 みたいな気になってしまうのだ。

その 「記憶」 が、潜在意識の中に埋もれていて意識化されていないほど、自分の意志ではコントロールできず、どうしても食べられないとか、食べても戻してしまうとか、ちょっと病的なことになったりするんじゃあるまいか。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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