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2007/11/01

落語と手話と夢之助

三笑亭夢之助が島根県の敬老会で、手話通訳は気が散るとしつこく発言したというニュース (参照) には、ちょっと考えさせられた。

確かに、落語に手話通訳で接して、そのおもしろさが理解できるかといえば、私もかなり疑問だと思う。当の手話通訳者だって、多分苦労しただろうと、思いやられる。

もう本当に、差別主義のレッテルを貼られるんじゃないかと、びくびくもので書いちゃうけど、落語会に手話通訳を、それも舞台の上の、噺家の気になる位置に立たせるというのは、ちょっと問題なんじゃななかろうか。確かに、落語の雰囲気を壊してしまうと思う。

落語に手話通訳を付けさえすれば福祉なのだというのは、主催者側の勘違いだと思う。例えば、一般論として、演劇の舞台に手話通訳を付けるだろうか? 歌舞伎や文楽の舞台に手話通訳を上げるだろうか? 少なくとも、手話以外の方策がベターだろう。

それを考えたら、敬老会の行事という要素を勘案したとしても、落語に手話というのは、ちょっとだけ乱暴な話だと思う。私は基本的に、役人の味方ではなく芸人の味方である。

落語は話芸であると同時に、身振り手振りの芸でもある。話芸の神髄は手話では通じないだろうし、身振り手振りの妙味も、すぐそばで手話をやられては、確かに 「気が散る」 ことになるだろう。

私がこのイベントの主催者なら、多分、手話通訳はつけない。もし強い要望があって付けることになった場合は、事前に演者側と十分な打ち合わせをする。それはこうした舞台演芸をプロモートする場合の常識だと思う。

なんの打ち合わせもなく、いきなり当然のごとく手話通訳が出てきて演者の前で手話を始めたら、そりゃ、無神経というものである。落語家としては、相当な違和感をもつだろう。それは自然なことだ。

と、ここまで書いて、話のトーンは突然翻ってしまうのだが、夢之助には、もうちょっと芸人らしい粋な反応の仕方をしてもらいたかったと思うのである。

噺の開始後 5分ほどで、彼は 「落語は話し言葉でするもので、手話に変えられるものではない」 と発言したという。それ自体は、確かに正論ではある。しかし、一個の正論がすべての場にふさわしい主張たり得るかといえば、そうではない。そこに気付かないのは、修行不足というものである。

「この会場は聞こえる方が大半ですよね」 だの、「気が散りますよね」 だの、繰り返してアピールしたとのことだが、こういうのって、申し訳ないけど、夢之助の 「悪いクセ」 だと思う。この人、客いじりをさせると、時として理に走りすぎて、あくどくなったりするところがある。

当人がなまじ自分の芸に対してこだわりのようなものを持っているだけに、下手すると嫌味というか、傲慢さを感じさせることになりかねない。こう言っちゃなんだけど、噺家の中には、誰とは言わないが、そのあたりで勘違いしている人もいないわけじゃない。

こんな時、いくらむっと来たとしても、もっと洒落っぽく、粋にやんわりと対応できるようになれば、芸人としても本物なんだろうと思うのだが。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント

お蔭様で、元気に仕事行ってます!オッチャンです。

 先日テレビで、『代書屋』を見ました。「(大声で)生年月日!」と叫んだあと、仏頂面のはずの代書屋さんが苦笑いしてました。
 若向けの番組でしたから、噺家さんも大変だ…。


>もっと洒落っぽく、粋にやんわりと対応できるようになれば

 まったく反対のことですが、妙に観客(若者)に遠慮して迎合する姿勢も、もっと洒落っぽく、粋にやんわりと対応できるようになれば…。

投稿: オッチャン | 2007/11/01 12:25

ハンディキャップ(障害)というものは、現実をハッキリ見据えないまま、腫れ物に触る、または触らない(笑)、または見ないふりをする・・、などよりも、現実的なサポートが評価されるものだと思います。

投稿: alex99 | 2007/11/02 01:55

オッチャン:

ははあ、今の落語家は、年寄りと若者のどちらにも苦労するってことですかね。

年寄りは、意味はわかってても耳が遠くなるし、耳の達者な若者は、意味がわからないと。

落語家は鍛えられますね ^^;)

投稿: tak | 2007/11/02 07:04

alex さん:

>ハンディキャップ(障害)というものは、現実をハッキリ見据えないまま、腫れ物に触る、または触らない(笑)、または見ないふりをする・・、などよりも、現実的なサポートが評価されるものだと思います。

そうした主催者側の勘違いを、うまく洒落を効かせて止揚してこそ、芸人の本懐なんでしょうけどね。

夢之助じゃ無理だったか。

投稿: tak | 2007/11/02 07:09

今更ながらでたいへん恐縮です。
 本日この記事を読み直したら、なんとなく読みにくい部分があることに気づきました。

 もしかして、“落語”が“落伍”してますぅ?

投稿: 乙痴庵 | 2009/07/21 19:11

乙痴庵 さん:

>もしかして、“落語”が“落伍”してますぅ?

「あれ、なんじゃ、こりゃあ!?!?」 と、自分でも思ってしまいました。

なんで 「落語」 の二文字だけがきれいさっぱり抜け落ちてるんだ?

こないだのココログの大規模メンテで、なんか変なことになったのかもしれません。

他の記事でも特定の単語だけ抜け落ちたりしてないだろうなあ。ぶつぶつ。

とりあえず、修正しておきました。
お知らせくださってありがとうございます。

投稿: tak | 2009/07/21 22:14

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■想定外の要素が出てきたら、確かに「気が散る」かも <落語家・夢之助さん>「手話通訳気が散る」島根の敬老会で http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071031-00000020-mai-soci  島根県安来市民会館で9月17日に開かれた市主催の敬老会で、独演会をしていた落語家の三笑亭夢之助さんが、舞台に立つ手話通訳者に「気が散る」などと退場を求める発言をしていたことが分かった。通訳は舞台の下で続けられたが、同県ろうあ連盟は「聞こえない人に対する侮辱... [続きを読む]

受信: 2007/11/03 14:30

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