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2007/11/17

食べ物の偽装問題にはシニカルな私

船場吉兆の消費期限や産地の偽装がばれて、大変なイメージダウンの 「吉兆」 というブランドだが、蕎麦屋の 「藪 (やぶ)」 ほどじゃないにしても、暖簾分けやらなんやらで、どこに行っても 「吉兆」 という店がある。

いくら高級店でも、これだけ拡大してしまったら、そりゃあ、何かあるさ。

高級料理店なんぞにあまり縁のない私だが、一度だけ 「吉兆」 という名の店で食事をしたことがある。以前勤めていた会社で上司と一緒に米国に出張したとき、マンハッタンの 「吉兆」 という店で接待を受けたのである。上司と一緒でなかったら、こんな店には連れて行ってもらえなかっただろうが。

で、その時の印象だが、サービスはさすがに行き届いているけれど、料理は 「フツーにおいしい」 程度のものだった。やたらと高い値段だったようだが、それは料理に払った値段ではなく、「吉兆」 というブランドに払った値段だったと思う。会社の金でなかったら、誰も行かない。

しかし、世の中にはブランドと値段でだまされる人がいくらでもいる。消費者の味覚なんて、はっきり言って当てにならないのである。いくら高級料理といっても、ブラインドテストをしたら、ほとんどの人はさっぱりわからないのだ。

エビアンとヴォルヴィックとクリスタルガイザーの違いとか、北海道産と信州産の蕎麦粉の違いならきちんとわかる私でも、比内鶏とブロイラーの違いなんて、多分わからない。それは、普段、比内鶏なんて食いつけてないから、味覚のデータベースにないからだ。

「ウチの主人は料理にうるさくて、お米はコシヒカリしか食べないんですよ」 なんていう話をよく聞くが、それは、毎日コシヒカリのご飯を食べているから、体内の味覚データベースにしっかり記録されているからだ。ほかの米を使ったご飯を食べさせられると、「ん? ちょっと違うな」 とわかる (かもしれない) だけの話である。

だから、コシヒカリしか食べないご主人が、料理全般にグルメというわけでは決してない。多分、殆どの人は比内鶏とブロイラーの区別はつかないだろう。逆に、お米は何でも構わなくても、地鶏しか食ったことのない人は、ブロイラーを食わされたら、「何だ、こりゃ?」 と思うかもしれない。

高級料理店というのは、一般人の味覚データベースにない料理を、「おいしい」 という幻想付きで、高い値段で食わせる店なのだと、私は思っている。

その幻想が通用しない者にとっては、A 5 ランクの最高級牛肉でも、「ちょっとミステリアスなものを口に入れちゃった」 ぐらいの感慨しかわかないというのは、今年 9月 14日のエントリーに書いたとおりである。

だから、一連の食べ物関連の問題については、そりゃ、偽装は悪いことには違いない (「詐欺」 という立派な犯罪だしね) けれど、私個人としては、正面切って攻め込む気にはなれないのだよね。私が責めなくても、それについては世の中の大勢が責めるから、いいのである。

赤福だの白い恋人だの、比内鶏だの、但馬牛の何とか漬けだのは、どうせ、1年に 1度も食わないから、個人的にはあんまり実害ないし。牛乳の賞味期限だって頓着してないし。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント

私の父が昔、社長のお供で、吉兆の本陣、高麗橋本店によく行ったそうです。
その想い出があるから懐かしいと言うことで、高麗橋本店に久しぶりで言ってみたら、やはりあまり歓待されなかったと言うことです。
財界の大物のお供ではなく、ただの老人としてでは、当たり前かも知れません。

しかしやはり吉兆という名にこだわりがあるらしく、あるホテルの吉兆にときどき出かけることがあり、家族の私たちもときどきですが、その店で食事をしています。
娘さんが4人いてのれん分けをしたそのうちの一軒です。

味もなかなかですが、吉兆の料理の特色は、季節感の演出がうまいと言うところです。
例えば春なら、おひな祭りの雰囲気を料理の盛りつけなどで派手に演出するのです。
これはこれで、なかなかいいものだとは思っています。

今回の船場吉兆の件について言えば、船場吉兆側の卑怯さが目立ちますね。
全てをパート従業員の製にしたり、出入り業者のせいにしたり。
権力を笠に来て、弱いものに責任転嫁をする。
こういう店はつぶれてほしいものです。

投稿: alex99 | 2007/11/17 23:43

alex さん:

私は自分の金で吉兆に行ったことがないのでわかりませんが、きちんとした料亭やレストランには、それなりの良さがあるとは思っています。

それは確かに、「演出」 の部分がちゃんと楽しめるものかどうかにかかってますね。

>今回の船場吉兆の件について言えば、船場吉兆側の卑怯さが目立ちますね。

まさに 「卑怯」 という言葉がそのまま当てはまりますね。腹立ちました。

投稿: tak | 2007/11/18 23:37

"高級料理店というのは、一般人の味覚データベースにない料理を、「おいしい」 という幻想付きで、高い値段で食わせる店なのだと、私は思っている。"

まさにその通りでね。
横浜中華街の有名店で「北京ダック」初めてを食べました(もちろん会社の金で)。
私は「えっ、北京ダックってこの程度のものなのか?」と思いながら食しました。私の表情を読み取った女性給仕員は慣れた口調で「お口に合いませんか」と話しかけてきましたが、給仕員の表情を見ると申し訳なさそうで「こんなもん美味しい訳ないじゃん」といってるようにも見えました。

今でも北京ダックなんて私には「あんなもん」ですが、メニューから消えないところをみるとおいしいという幻想(刷り込み)つきで食す客が多いのでしょうね。

もう一つ、中華街には行列のできる肉まんの店があります。中華街の紹介番組ではかなりの率で登場します。どれだけ美味しいのだろうと興味を持ち、一個500円也を払い食しましたが、「何?この変な味は」でした。一個100円もしないYAMAZAKIの肉まんの方が絶対美味いと思った私の脳はYAMAZAKIに侵されたのでしょうか?でもやっぱり一個500円也の味の素の味がする肉まんは今でも「不味くて高かった」です。


投稿: 偽浜っ子 | 2007/11/20 22:53

偽浜っ子 さん:

北京ダックは、なかなか不条理な料理ですよね。

あれは、気取った金持ちに皮だけ食わせ、おいしい肉は、使用人や料理店の従業員が食うためのギミックだと思ってます ^^;)

「口に合う」 ものというのは、値段にはあまり関係ないと思います。
料理評論家は、「本当においしいものは、当然にも高くなる」 というようなことを言ってる人が多いですが、半分真実で、残り半分は業界擁護の詭弁ですね。

料理の値段の高さにも、「当然の部分」 と 「不当な部分」 がありますから。

投稿: tak | 2007/11/21 06:53

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