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2007/12/25

意識化しないと、見えるものも見えない

"Christmas" の表記で、「"Xmas" は間違い」 と指摘する人がずい分多いけど、決して間違いってわけじゃないのになあと、私は長年にわたって思っていたのである。

ところが、これ、「"X’mas" は間違い」 ということだったのだ。ずっと、アポストロフィに気付いていなくて、今年のイブに初めて気付いた。

つい最近までずっと、「どうして日本人は 『"Xmas" という表記は間違い』 だなんて、いい加減なことをヒステリックに言いたがるんだろう?」 と、不思議に思っていたのだ。そりゃ、省略せずにきちんと "Christmas" と表記するのが一番なんだろうけど、広告とか、スペースが限られてる場合は、そんなに目くじら立てなくてもいいだろうにと。

実際、"Xmas" という表記は、英語圏でもよく見かける。Goo 辞書で引いてみても、以下のように説明されている (参照)。

Xmas  クリスマス ((ギリシア語のΧΡΙΣΤΟΣ (Christ) の頭文字より

英語できちんと書けば  "Christmas" なのだが、聖書が一番初めに書かれた時の文字はギリシャ文字だったので、それにちなんだ "Xmas" でも、かなり大手を振って許されてしかるべしという感じのようなのである。だったら、それでいいじゃないかと、ずっと思っていた。

ところが、本当に最近も最近、今年のクリスマスイブになって初めて気付いたのだ。私がこれまで 「"Xmas" は間違い」 なんていい加減なことを言ってるんだと思いこんでいた指摘は、「"X’mas" は間違い」 と、極めてまともなことを言っているのだった。

申し訳ないけど、私は本当に、このアポストロフィの存在にはずっと気付いていなかったのだよ。

で、念のため、このブログでは、アポストロフィの部分はイレギュラーにも全角を使って表記している。半角にすると "X'mas" となってしまって、ちょっと目立ちにくいのだ。私がずっとこのアポストロフィに気付かなかったのも、無理もないと思わないだろうか。

で、それと気付いて改めて見回してみると、なるほど、日本においては "X’mas" という誤表記が、あるわ、あるわ、ずいぶん多いのだ。こんなに誤表記が多いとは、本当に気付いていなかった。

意識化しないと、見えるものも見えないという好例である。あるいは、私がそそっかしいだけということなのかもしれないが。

それにしても、なんでまた日本人は、要りもしないアポストロフィを X の後に付けるようになったんだろう? 省略したのだから、付けるのが当たり前 ("isn't it?" みたいに) とでも、勝手に気を利かしてしまったんだろうか? それとも、単に 「見た目」 を整えちゃったんだろうか?

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント

私が子どもだった頃、苦しますとは、かならず親父がキャバレーなどで騒いで酔っぱらって、ケーキだけを命在府に帰宅する・・・そういう祭りだったのです。

今は、恋人同士のホテルでの「性夜」だそうで、それを知っている欧州人にからかわれました。

う~~ん。
欧州人から見たら、奇妙な民族でしょうね。


このギリシャ文字は、魚を意味する言葉と同じ音だそうで、古代では魚の絵がキリストを著す暗号みたいなものだったそうです。

投稿: alex99 | 2007/12/25 03:04

alex さん:

クリスマスイブがキャバレーのドンチャン騒ぎという時代が終わり、ふと気づくと、いつの間にか 「性夜」 の時代になっていましたね。

このあたりは、本当にわけのわからん国ですけど、根底にある意識は、ドンチャン騒ぎの時代とそんなには変わっていない気がします。
(ドンチャン騒ぐか、密かに騒ぐかの違いだけ)

>このギリシャ文字は、魚を意味する言葉と同じ音だそうで、古代では魚の絵がキリストを著す暗号みたいなものだったそうです。

聖ペテロがガリラヤの漁師だったというのは、もしかして暗示的なことなのかなあ。

投稿: tak | 2007/12/25 11:22

 正確には覚えてはおりませんが、10年くらい前に『X’mas』を撲滅するかのような動きがありました。
 新聞だか、雑誌だかのコラムで「正しく表記しろ!」と声高に展開していたような記憶が…。

 らしい、とか、らしくないということではありませんが、日本ナイズの象徴ともいえる『クリスマス』ですから、表記にしろ存在意義にしろ、発展途上ということでしょうか…。

 →向かう先が“性夜”ではなぁ…。


投稿: オッチャン | 2007/12/25 12:32

オッチャン:

>正確には覚えてはおりませんが、10年くらい前に『X’mas』を撲滅するかのような動きがありました。

そうだったんですか。私もリアルタイムでしっかり意識していれば、アポストロフィを見逃さずに済んだのかもしれませんね。

>日本ナイズの象徴ともいえる『クリスマス』ですから、

なるほど、それはいえそう。
日本はなんでもかんでも換骨奪胎して、テキトーに取り入れちゃうのが得意ですからね。
(ときどき、やりすぎなのが困るけど ^^;)

投稿: tak | 2007/12/25 12:51

実態がそのような性夜であるのなら、それを表現する表記としてはX'masでいいんでは?……などと思います。正しい表記を使うのは、まっとうなキリスト教信者に失礼かも(笑)

「あのね、日本のクリスマス(X'mas)ってのは、あなたがたのChristmasやXmasとは別物なんです。ほら、表記も良く見ると違うでしょ? だから性夜であっても怒らないでね」

投稿: 山辺響 | 2007/12/25 18:25

山辺響 さん:

その手があったか ^^;)

投稿: tak | 2007/12/26 00:03

うーん、
X'masは19世紀頃までイギリスの文献に散見される表記だし、
Xpmas、Xtmasなんて表記は現代でも使われてる表現なんですけど、間違いなんですかね。。。

投稿: sage | 2011/12/01 09:06

sage さん:

>X'masは19世紀頃までイギリスの文献に散見される表記だし、
>Xpmas、Xtmasなんて表記は現代でも使われてる表現なんですけど、間違いなんですかね。。。

ほほう、Wikipedia にそう書いてありますね。
うかつにも知りませんでした。

Xpmas、Xtmas は、見たこともありませんでした。

情報ありがとうございます。

ただ、ちょっと微妙なところですね。

投稿: tak | 2011/12/01 21:54

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