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2008/01/05

寺の境内で煙を浴びたがる老人たち

お香を焚く風習のない神社では見られないが、お寺の初もうででは、本堂の前辺りでもうもうと立ち上るお香の煙を浴びて、我が身に擦り込んでしまおうとする人が大勢いる。

あのお香の煙を、自分の体の悪いところに擦り込むと、その部分の具合が良くなると信じ込まれているのである。

今時の世の中で、そんなことを信じる人が、こんなにも多いのかと驚くほど、でかい香炉の周りには人垣ができて、争うように煙を浴びてゴシゴシと擦り込んでいる。日本はまだまだファンタスティックな国である。

ちょっと前までは、母親が息子の頭に煙をゴリゴリとなすり付けるのがとても目立った。息子の頭を少しでも賢くして、学校の成績を上げたいと思っているのだろう。こんなことで賢くなるなら、誰も苦労はしないのだが。

ところが、近頃では少子化のせいか、子供の頭に煙をなすりつけようという母親の姿が目立たなくなってきた。子供としても、そんな迷信のせいで煙をなすりつけられるのはあまりいい気持ちじゃないらしくて、寄りつかなくなってきた。

それに代わって増えたのは、年寄りが煙をすくって腰だの膝だのになすり付けようとする姿である。自分の腰に手が届かなかったりすると、爺さん婆さん同士で、「ほぅら、腰に一杯お浴びなさい」 だの 「わたしがあんたの膝に擦り込んだげる」 だのと、まるで着衣の温泉で背中の流しっこをしているような、鬼気迫るほどにのどかな光景である。

これから年ごとにどんどんこの傾向が増していって、お寺の境内は、腰だの肘だの膝だのに煙を浴びたがる年寄りだらけになるだろう。そのうち、「○○寺の煙」 なんていう缶詰めが売り出されるかもしれない。きっと 「摩周湖の霧」 という缶詰めよりもヒットするだろう。

それにしても、顔に煙を浴びたがる若い娘がいないのは、どういうことなのだろう?

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント

以前こんなの書きました。
http://plaza.rakuten.co.jp/kngti/diary/200709240000/

しかし、いまの老人といってもわれわれの親世代か、
それよりも少し下ぐらいでしょう。
ちょっとぴんときませんが、歳をとると迷信深くなるのでしょうか。
もっとも、貴重な習俗といえるのかもしれませんが。

投稿: かつ | 2008/01/06 02:39

かつさん:

>ちょっとぴんときませんが、歳をとると迷信深くなるのでしょうか。

歳とらなくても、迷信だらけのような気がします。
日本は貴重なフォークロア国家だと思いますよ。

投稿: tak | 2008/01/06 17:47

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