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2008/01/10

風を読む、空気を読む

昨年の流行語大賞で 「KY」 がいいとこまで行った。言わずと知れた 「空気を読めない」 のアブレビエーションである。

「読める」 じゃなくて 「読めない」 の意味というのがポイントだ。「空気を読める」 は 「KYR」 なんだそうで、「読めない」 方がデフォルトというのが、時代の空気を反映している。

一説によると、「KY」 は耳元で囁くと、「空気読め!」 という意味に転化するそうだ (参照)。やだなあ、耳元で 「ケーワイ!」 なんて囁かれたら、マジ気持ち悪いだろうなあ。そんなことをする奴にこそ、そいつの眠っている間に、耳元で何度もうなされるまで囁いてやろう。

「空気を読む」 とか 「読めない」 とか、ここまで猫も杓子も使いたがってしまうと、あまり気持ちのいい言葉じゃなくなってしまう。永六輔さんは、それよりも 「風を読む」 という言葉を薦めておいでだ。

「風を読む」 なんていう朝のテレビショーの中のコーナーもあったらしい (今もある?) が、私は見たことないのでよくわからない。永六輔さんのおっしゃるには、元々は職人の世界の言い回しということだ。

「あいつは腕はいいけど、風が読めないねぇ」 なんてな使い方をするらしい。永さんは、早稲田大学のサイトの 「校友インタビュー」 で、3年ちょっと前にそれを語っている (参照)。多分 「KY」 なんて言葉の流行するずっと前である。

永さんはインタビューの中で、ボランティアに駆けつける学生たちに向かって 「風を読め」 とおっしゃっている。その場で今、自分が求められていることは何なのか、それを的確につかむために、「受信するアンテナ」 を磨けと呼びかけている。

永さんのおっしゃる 「風を読む」 ということは、「空気を読む」 よりずっとポジティブで創造的なイメージがある。こんなに素敵な言葉があるのに、去年の我々は 「空気」 なんていうものを読むことばかり求められていたのである。

おぉ、やだやだ。よどんだ空気なんて読むぐらいなら、さっさとその場を抜け出して、新鮮な風を読みたいものである。

とはいえ、「空気を読む」 ことをそれほど矮小化したイメージに落とし込むばかりというのも、考え物だ。多分、「風を読む」 も 「空気を読む」 も、言葉そのものにはいいも悪いもなく、ニュートラルなのだ。問題は使い方である。金も使い方できれいにも汚くもなるようなものである。

「風を読む」 の関連では 「風見鶏」 なんていう言い方もある。元首相の某大勲位も、現役時代はそう呼ばれていたが、巧みに時流に乗れるという以上に、時々の権力にうまくすり寄るというような、あまりよろしくないイメージの方が強かった時期がある。やはり、使い方次第なのだ。

問題は、「空気を読む」 という言葉が、近頃どんどん矮小化したイメージの方に流れがちということだ。冒頭にも触れたが 「KY」 が 「読めない」 という意味であるというのも、なにやら言葉のネガティブ・イメージを膨らませている。

というわけで、目先を変えるためにも、当分は 「風を読む」 という言葉の方を重点的に使ってみようと思っている。

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コメント

>問題は、「空気を読む」 という言葉が、近頃どんどん矮小化したイメージの方に流れがちということだ。

日本人の考え方・人間性が矮小化しているからじゃないですか?

自分の主張も明確に論理的にフェアーに表明できないで(しようともしないで)、寝ぼけたことばかりコチョコチョ言っている

「空気」ってのは、山本七平さんの「空気の研究」から来たんじゃないでしょうか?
いや、はじめから「その場の空気」なんていう卑小な表現が、ちゃ~~んと(笑)あったか

横並びしていれば安心する・・・
砂漠の砂に頭を突っ込んで安心しているダチョウと同じですけれどね

投稿: alex99 | 2008/01/10 09:23

> ここまで猫も杓子も使いたがってしまうと、あまり気持ちのいい言葉じゃなくなってしまう。

はじめから気持ちの悪い言葉ですよ……

投稿: Reiko Kato | 2008/01/10 12:34

『空気を読む』行動の起点が、自意識の中から発生した『周囲への注意力(あるいは気配り)』から、座の音頭とりを気取って『他を抑圧(支配したい気持ち)する行動』に変化したと、考えます。

 ただし、それは絶対的な上下関係の中に始まるのではなく、alex99 さんの仰るとおり“横並びが大前提集団”の中でしか発生していないように見受けられます。

 そうですよね。規律とか上下関係が整ったところなら、トップの方が“空気”を作ってくれてますもん!

投稿: オッチャン | 2008/01/10 12:35

alex さん:

いつもながら、こういうことについては歯切れのいいコメントですね。

私はそこまで言えないです。
(どうしようもなく日本人なところがあるもんで ^^;)

投稿: tak | 2008/01/10 17:31

Reiko Kato さん:

>はじめから気持ちの悪い言葉ですよ……

うむむ、確かに、それはある ・・・ ^^;)

投稿: tak | 2008/01/10 17:32

オッチャン:

むむ、極めて論理的な指摘!

マルチ・キャラクターですね!

ただ、絶対的上下関係の中でも、読まないとやばい 「空気」 ってあるかも。

その中では、あえて 「読まない」 やつがヒーローだったりして。

投稿: tak | 2008/01/10 17:34

ネットジャーナリズムでは、「KY」はマスコミの捏造流行語ということになっていますね。
http://blog.livedoor.jp/saihan/archives/51043541.html
今までマスコミ上でしか聞いたことのない言葉なので、賛成です。
まあこれも陰謀論かもしれないですけど。

投稿: u-kit | 2008/01/14 01:01

u-kit さん:

こういうお話も。
http://blog.livedoor.jp/volvotoshi/archives/64887221.html

投稿: tak | 2008/01/14 11:46

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