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2008/03/10

DM という名の、勝手に増えるゴミ

最近勤めをリタイアした知人がいる。定年後に嘱託でさらに 5年ほど勤務し、このほどめでたく完全に勤めをやめた。

ところが、共働きだった彼の妻は、まだ年が若いため勤務を続けていて、「今、ウチの家計は私の稼ぎでもってます」 なんて言っている。亭主の方は 「家庭の主夫」 をしている。

その知人は、家父長的な考えは薄く、家庭的にはかなりリベラルな人である。だから、彼の妻が勤めに行っている間、なんの抵抗もなく家事にいそしんで、新しい生活をけっこう楽しんでいるようだ。

彼と久しぶりにあったら、「いやあ、家事というのは、いくらでもやることがあって、お金というのは、どこにも出かけなくてもどんどん消えていくものだねえ」 と、しみじみ言っていた。さらに 「頼みもしない DM がどんどん届いて、自分が出したわけでもないゴミがどんどん増えるんだよ」 という。

まさに、家事というのは際限のないもので、金にしても、どこにも出かけなくても確実に消えてゆく。しかしその不条理感は、まだ納得できる範囲のものである。納得できないのは、頼みもしないのに送りつけられた DM という名のゴミの処理である。

インターネットのスパム・メールは、多くはメーラーが自動的にどんどん処理してくれて、処理し切れなかった残りも、手動で消してしまえば、物理的なゴミにはならない。

しかし、印刷された紙というメディアで送りつけられた DM は、小さいながら一定の空間を占有し、さらに重さをもったゴミになる。多くの人は、興味のない DM は開封もせずに即座にゴミ箱に捨ててしまうだろう。そして、「燃えるゴミの日」 に出す袋がずっしりと重くなる。

しかし、我が家はそれでは済まないのである。私の妻は相当なエコ派であり、私にしてもフツーの人よりはちょっとだけエコに気を使っている。だから、届いた DM は開封し、折りたたまれたパンフレットや広告を開いて、新聞のチラシなどの箱に保存しておき、リサイクルに出すことにしている。

この作業をちょっとサボると、DM が山のようにたまり、一度にこなそうとすると面倒なことになる。一瞥もしない広告を取り出すために、カッターで封筒を開け、三つ折の紙を伸ばして何枚も重ねていくという作業を、延々と続けなければならない。

しかも、それは我が家では私の役割なのである。妻は、「どれが必要で、どれが不要な郵便物なのか、あなたが自分でちゃんと判断してね」 というのである。まあ確かに、DM のほとんどは私宛だし、必要な郵便を捨てられるよりはましなのかもしれない。

しかし、1~2割は妻宛の DM だってあるし、そもそも判断するも何も、届く DM のほとんどすべては不要に決まっているのである。もしたまに、まんざら不要でないものが混じっていたとしても、それを捨ててしまったことで決定的なダメージをこうむるものなんて、一つもない。

DM に対する反応は、100通送ってもほんの 2~3通だという。つまり、たった 2~3%のために、DM の業者は 97~98%の 「必要なムダ」 をしていて、そのおかげで私なんぞはうんざりするほどの余計な作業を強いられてしまうのだ。

届く E-メールのほとんどがスパムである状況と、郵送の DM というのは、ほとんど変わらない。ならば、同じ送ってよこすのなら、紙の郵便でなく、E-メールにしてもらえば、迷惑には違いないが、紙は節約できるし、捨てるにも楽なのにと思ったりする。

しかし、「私宛の DM はすべて E-メールにしてね」 とアドレスを公開してしまったら、一日に何千通というスパムが届くだろう。それはそれで、毎日何通かの DM が届くよりうっとうしいかもしれない。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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