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2008年4月に作成された投稿

2008/04/30

「懐かしい」 という英語がない

英語には 「懐かしい」 とう言葉にぴったりと対応する単語がない。英語だけでなく、欧米語全般にもいえることだそうだ。

例えば、「○○が懐かしい」 とか、「○○を懐かしく思い出した」 とかいった日本語を英訳する場合は、いろいろな言い換えをして、できるだけ近い感慨を表現することになる。

じゃあ、英語には 「懐かしい」 を一言で表現できる単語がないから不便かといえば、そうでもない。不便なのは、「懐かしい」 という単語を含む日本語を英訳するときだけで、初めから英語で思考すると、不思議なことに日本的な 「懐かしい」 という感覚そのものが生じない。

つまり、初めから英語の文脈の中にいると、「懐かしい」 に相当する単語がなくてもぜんぜん不便じゃない。そういう感慨自体がわかないからだ。つまり、「懐かしい」 という言葉は、日本人特有のメンタリティに深く関わっているもののようなのだ。

「マイクの世界」 というサイトに、「なつかしいって英語で何て言う?」 というページがある。このページでは、一般的に 「懐かしい」 に一番近い表現として、"brings back memories" という言い回しが紹介されている。

だが、この言い回しを日本語に直訳すると 「思い出を呼び戻す」 ということだ。「懐かしい」 に比較すると、ちょっと即物的な感じは否めない。「お懐かしゅうございます」 なんていうぐっとくるような思いは、表現しきれないだろう。 

同窓会などで昔話に花が咲いた時など、「ああ、あの頃が懐かしいなあ」 という場合は、英語では  "We yearn after those old days." が一番近いだろうと書かれている。なるほど、そうかもしれないと思う。それでも、どうも 「懐かしい」 という 「手の届かない感傷」 は表現しきれない気がする。

これに関しては、このサイトの筆者も 「ただ筆者の体験では昔話がでてもこのような言い方はでてこないですね。もっと具体的なんですね」 と注釈を入れている。

確かに、「こんなことがあった、あんなことがあった」 という具体的な昔話に花が咲いても、それらは個別論であって、それらをふんわりと、しかも切実に包括する感傷として、ことさらに 「懐かしい」 なんていう必要は、欧米的メンタリティにはないのだろう。

また、思い出の品や写真などが出てきたときに、「わーっ、これ、なつかしいなぁ…」 「ほんとだ」 といった会話は、次のようになるそうだ。

"Wow, this brings back old memories."
"Yes, it certainly does."

直訳すれば、「わぁ、これ、昔の思い出を呼び戻してくれる」 「確かにね」 というようなことになる。これもまた、日本人の感覚からすると即物的に過ぎるような気がするのである。

基本的な発想の違いとして、「懐かしい」 というのは、自分の方が昔の思い出の中に溶け込む感覚で、英語的表現は、思い出の方が今ある自分にやってくるというニュアンスだ。どうやら、「自我」 の捉え方に違いがありそうな気がする。日本人の 「懐かしい」 という感情は、自我を超えてしまっているようなのだ。

一方で、英語にあって日本語で表現しきれないのは、"miss" という動詞を使った言い方である。

別れの場面で、"I miss you." と言えば、「私はあなたを失う」 という単純なことを言っているのではなく、「あなたがいなくなると、どんなにさみしいだろう」 というような、万感の思いを込めているのである。

「懐かしい」 と "miss" は、日本と欧米とのメンタリティの違いをものすごく端的に物語る言葉のようなのだ。

【平成21年12月7日追記】

このことに関して、非常に重要な続編を書いたので、よろしければ参照いただきたい。(こちら

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2008/04/29

既にぶっこわれている自民党

衆院山口 2区の補選は、サンスポの見出しの言葉を借りれば、民主党が自民党を 「秒殺」 してしまった。これは大方の予想通り。

で、自民党の敗因だが、驚いたことにアサヒは "敗因は 「後期高齢者医療制度しか考えられない」 (参院自民党幹部) との見方が強まっている" と伝えている (参照)。

これには驚いた。本当にそう思っているとしたら、この 「参院自民党幹部」 さんを初めとした自民党とアサヒ、相当ヤキが回ってしまったとしか思えない。そりゃ、後期高齢者医療制度も敗因の一つだろうが、「しか考えられない」 というのでは、頭悪すぎる。

本当の敗因は、自民党の制度疲労である。すでに自民党という組織が半分以上ぶっこわれて、時代に合わなくなっているのだ。それについては、昨年夏の参院選直後に、"近頃 「いい目」 を見てなかった保守王国" というエントリーで少し触れている。

私はこの記事の中で次のように述べている。

田舎は最近、全然いい目を見ていないのである。大都会との格差は広がるばかりで、さっぱりいいことがない。自民党が天下を取っているうちは安心だとばかり思っていたが、どうやら、この頃の自民党は 「改革」 なんてきれい事を言い出して、都会志向ばかりしているように思われる。

(中略)

「改革」 を推進しないことには、日本が危ない。しかし、それをやりすぎると、自民党が危ない。ある状況でうまくできすぎていたシステムは、その状況が変わると、とてつもなくしんどいことになる。

小泉さんの時代、自民党は衆院選で歴史的な圧勝をした。小泉さんは、いわゆる 「保守王国」 とか、特定郵便局長とか、そういった因習的自民党支持基盤を思い切りよく切り捨てて、日本の人口の多数を占める都市労働者を取り込むために、自民党を 「ぶっこわし」 てしまった。そして、直後の選挙でそれが大当たりしたのである。

小泉さんの政策が正しかったのか間違っていたのかはともかくとして、なにしろ、わかりやすかった。これは、彼の最大の功績である。わかりやすくしさえすれば支持されるという素晴らしい教訓を、なぜそれ以後の首相が踏襲しないのか、気が知れない。

昔の竹下さんは、自分で 「言語明瞭、意味不明瞭」 なんて称していたが、とんでもない。あれは 「言語不明瞭、意味さらに不明瞭、されど下心みえみえ」 というのである。「言語明瞭、意味不明瞭」 というのは、むしろ、今の福田さんのような人のことだろう。

小泉政権時代の衆院選での自民党大勝利の要因は、「モノ、はっきり言うちゅうこってすわ」 という、塩じいこと塩川正十郎氏の鋭い指摘に、端的に象徴されている。それについて、私なんか、3年近く前に書いてるぞ。

政治というものは、わかりにくくてしょうがないと思われていたところにもってきて、日本で初めて (あるいは、田中角栄以来、30数年ぶりに) 保守政治家がわかりやすい、もしくは、わかりやすい気がすることを言ったのだから、小泉政権は支持されて当然だったのである。

ところが、この小泉さんの時代で既に、自民党は半分以上 「ぶっこわされていた」 のだから、ぶっこわされる前の手法に逆戻りしても、その手法は機能するはずがないのである。あんまり機能しないものだから、安倍さんは心身症になり、福田さんはマヒ状態に陥っている。

じゃ、小泉さんが 「ぶっこわし」 をしなければよかったのかといえば、そうでもないだろう。小泉さんが自民党をぶっこわさなければ、日本が沈んでしまうところだったのである。日本が沈むよりは、自民党がぶっこわれる方がまだマシである。

自民党は既に、相当の部分をぶっこわされているのである。そこに目をつむっていては、今の日本がわからなくなる。民主党が頼りになるわけでは決してないけれど、一度ぶっこわされた政党がまともに機能を発揮できないのは当然と気付かなければならない。

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2008/04/28

IOC会長、上から目線で中国擁護

IOC 会長が 「中国建国の 1949年当時は、多くの西欧諸国も植民地問題を抱えていた」 として、中国への人権問題関連の非難を中止するよう呼びかけたのだそうだ (参照)。

ことの是非はともかくとして、私はこの呼びかけの趣旨を、当の中国共産党がどう評価するかにものすごく興味をそそられる。

IOC のロゲ会長が英国の Financial Times のインタビューに応えて語った基本的な前提は、「西欧社会が現在に至るまで、フランス革命から 200年を要した。中国は1949年に建国したばかり」 ということだ。その上で、「(西欧諸国が) ようやく植民地の独立を承認したのは 40年前。(我々も) もう少し謙虚な立場を取るべきでは」 との見方を示している。

この指摘は一見謙虚に見えるが、よく吟味してみると、「我々が歴史においてとっくに通り過ぎたことを、中国は今、ようやく経験しているのだから、まあ、暖かい目でみてやろうじゃないか」 という、かなり 「上から目線」 的発言である。

欧米諸国のバッシングを牽制してくれたという意味では、中国にとって悪い話ではないかもしれない。しかし、誇り高き中華思想の中国人が、「本当にそうだよ。わかってくれてありがとう」 と、素直に受け入れて喜ぶようなものの言い方では、基本的にないのである。

とはいえ、「ふん、余計なお世話だ」 と、くってかかるわけにもいかない。IOC 自身の利害から発する発言でもあるので、純粋に中国擁護の意図から出たものとは言えないにしろ、この発言にくってかかったりしたら、さらに火に油を注ぐようなことになる。

中国語では 「がんばれ!」 というのを 「加油!」 というらしいが、こんなところで油を注いだら、ややこしいことになってしまうのである。

だからといって、この発言を素直に認めてしまったら、今度は自らの後進性を認めることになる。さらに、現在の自国の人権抑圧やチベット問題を、自らが非難してきた西欧諸国の植民地政策と同じ次元のものと追認することになる。ということは、あれだけ力を入れてきた反日教育も、根拠を失ってしまう。

というわけで、中国としては、今回の IOC会長発言はあまりにビミョーすぎて、素直なリアクションをとるわけにいかないだろうと思うのだ。この発言、意図したわけじゃないだろうが、かなり 「両刃の剣」 的性格を持っている。

多分、中国は今回の発言にはとぼけてしまうのだろうが、直接的な反応をぜひ見てみたいと、わたしなんか思うのである。ちょっと意地悪かも知れないけどね。

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2008/04/27

光市の事件の判決について

山口県光市の母子殺害事件判決に関して、いろいろな人がいろいろなことを書いているが、私は昨年 9月下旬の三部作 (参照 123) で、書き尽くしたように思うので、これ以上あまりくどくどとは書きたくない。

こここで触れようと思うのは、例の青学の准教授の 「事件の死者は 1.5人説」 だ (参照)。

この准教授 (名前も明らかにされてるようだけど、あえてここには書かない) のブログは、私もどこかの個人ニュースサイトからのリンクでアクセスして、直接読んだ記憶がある。(該当記事はもう削除されているようだ)

直接読んだときは、「赤ん坊はちょっとしたことですぐ死んでしまう」 ので、殺された母子のうち幼児を 1人と数えず、「永山事件の死者は 4人。対してこの事件は 1.5人だ」 との記述に対して、「こりゃ、ヤバイぜ」 と思った。「こいつ、炎上を自分で呼び込んでるぞ」 と。

死刑廃止論者としての立場から、ちょっと筆が滑って、「死者は永山事件の半分にも達しないのに」 と言いたかったのかも知れない。その気持ちはわからないでもないが (「共感しないでもない」 ということではない)、いくら何でも思慮がなさ過ぎる。

赤ん坊殺しは成人殺しより罪が軽いと言わんばかりだが、この論理を裏返して、残された平均余命の視点からみれば、成人を殺すよりずっと罪が重いとみることだって可能だ。より大きな可能性を奪ったわけだから。

そうなると逆に、「老人はどうせ老い先短いから、1人殺しても 0.2人分だ」 なんてことにもなりかねない。やっぱり、そりゃやばいだろう。

そしてその上で確認しておきたいことは、案外あちこちで主張されている 「遺族感情を考慮して極刑に処すべし」 という論理は、やっぱりおかしいだろうということなのだ。

これは 「遺族がいる人の死は、天涯孤独の人の死より重い」 と言っているようなものである。それは 「幼児の死は 0.5人分」 という論理から、そう遠くないんじゃなかろうか。私は遺族感情と量刑は切り離して考えるのが当然だと思う。

「この判決で死刑に対するハードルが下がったことに対してどう思いますか?」 というアサヒの女性記者の質問が、世間では非難されているようだが、私はむしろ、本村さんとしては 「よくぞ聞いてくれました」 という類の質問だったと思う。アサヒの記者の質問意図とはまったく違う意味でだが。

そして最後にもう一度だけ触れておく。私は死刑廃止論者ではなく、今回の死刑判決についても当然と受け止めているが、本村さんの執拗に死刑を求めた活動には、今でも共感していない。業に対して業で報いたいとは、私はどうしても思えないのだ。

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2008/04/26

テンキーで 「コンマ」 を入力する

長野の聖火リレーが終わった。終わってみれば、まあ、想定内の混乱だったようだけれど、映像的には、中国のやたらでっかい国旗が何本も振られているのが印象に残った。

あれって、60年代後半から 70年代初頭の、日比谷公園とかの光景を思い出させたなあ。旗の色も赤いし。

あの連中、今回で味を占めて、帰国してから民主化要求デモをするようになっちゃったりして。今回のマニュアル通りの整然たる合法的なやり方で、取り締まりの口実が作れないようにしたらおもしろい。

で、聖火リレーの話はそそくさと終わりにして、今回は PC のキーボードのお話である。この問題では私は以前、テンキーが右側に付いていることによる不便さを書いている (参照)。

テンキーが右側にあると、自分の体とキーボードの真ん中 (G,H のある部分) 、ディスプレイを一直線上に並べにくい。そのため、常に体をひねった状態でキーボードに向かわなければならないので疲れるし、マウス操作では右手をキーボードの彼方まで伸ばさなければならないので、肩こりの原因にもなる。

それで、上記のリンク先のページに写真で紹介している通り、私が愛用しているのは、テンキーが左側に付いたタイプのキーボードである。これだと、エクセルに数字を入力するときなど、右手のマウスでセルを指定し、左手でどんどん入力できるので、かなり快適だ。体は正面向いたままで、無理にねじらなくて済むし。

それから、私が長年不満に思っていたのは、テンキーでコンマ (,) を入力できないことである。テンキーで数字を入力するときは、ドット (.) なんかよりコンマを入力する必要性の方が何倍も高い。日常的な統計数字では、温度や湿度、パーセンテージ以外では少数点付きの数字なんてあまり出てこないから。

エクセルでは、3ケタごとに自動的にコンマのつく設定でどんどん入力していけばいいので、問題ないが、表計算以外のソフトで長々とした数字を入力しなければならないケースというのも、結構あるのだ。ワープロで長めの数字を入力するときなんか、かなりむっと来る。

時々、ウェブページの中に、ちょっとした統計表を入れなければならないことがあるが、そんな時、私の使っているソフトでは、エクセルの表をそのまま読み込むことができない。タブ区切りのテキスト・ファイルにすれば読み込めるが、ちょっと複雑な形式だと、あとで修正する手間の方が大変だったりする。

で、仕方なく直接手打ちで入力していったりするのだが、そんな時、テンキーからコンマが入力できないので、いちいち "M" の隣のキーまで指を伸ばすのが、かなりストレスになる。どうしてテンキーにコンマを入力するキーを作らなかったんだか、ハードウェア・メーカーの気が知れないのである。

とにかく、PC のインターフェイスというのは、なんだか知らないが保守的で、よりユーザーフレンドリーにしようという発想がない。

キーボードの上の方に、100年に 1度も使わないようなわけのわからないショートカットキーをどっさり並べたり、うっかり触ってしまって、かえって面倒なことになるボタンをマウスにごてごてとくっつける暇があったら、テンキーにコンマのキーを一つ付け加えろというのだ。

と、長年不満に思っていたのだが、ネットで検索して、無料で簡単に解決できる方策が見つかった。「秀丸エディター」 で有名な、秀まるおさんが無償で提供してくれている 「秀 caps」 というソフトをダウンロードしてしまえばいいのだ。既にご存知の方は重宝しているかもしれない。

このソフトで、テンキーのドットを 2回打てばコンマに変換する設定にしてしまえばいいのである。この設定以外に、ドットを打てば直接コンマに変換されるという設定もあるが、ここまでやってしまうと、今度は小数点の入力が面倒だから、2度打ちの方が便利だろう。

というわけで、 「秀 caps」 は入れておいて損のないソフトだと思う。ドットやコンマ以外にも、自分のやりやすいように、自由なキー設定が行える。ダウンロードは こちら から。

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2008/04/25

立川吉幸の会に行ってきた

17日のエントリーでフィーチャーした 「立川吉幸の会」 に行ってきた。会場は上野広小路亭。実は、この寄席へは初めてである。

上野では鈴本演芸場の方がメジャーだし、広小路亭の方は、「ん? こんなところに、いつ寄席ができたんだ?」 ぐらいに思っていた。入ってみると、まあ、アットホームな小屋である。

鈴本とか、新宿の末広亭は、それなりに 「劇場」 という感じのしつらえだが、広小路亭は、客席の前半分が座椅子、後ろ半分がパイプ椅子がおいてあるだけ。先週の両国亭よりは、座椅子があるだけちょっとは寄席らしい。

それでも、両国亭の 「オールナイトチョメチョメ」 の時とは比較にならないぐらいの客入りである。とはいっても、多分、50人ちょっとぐらいのものだが。そうえいば、前の座椅子席に、「倉庫の二階」 の村田席亭の姿も見えた。

演者は立川吉幸のほか、前座の松幸、そして吉幸の師匠の談幸。吉幸さんが二席つとめた。演目は、松幸の 「黄金 (きん) の大黒」、吉幸の 「真田小僧」、談幸の 「ねずみ」。ここで休憩が入って、最後に吉幸の 「湯屋番」 で締めとなった。

私は落語はそれほど詳しいってわけじゃないのだが、それでも、この 4つとも前に聞いたことがある。演者は誰だか忘れたけど。ただ、「黄金の大黒」 は上方の系統で聞いたんじゃないかというような気がする。そして、下げも今回の松幸の 「友達の恵比寿も呼んでくる」 とは違っていたと思う。

そう思って、帰ってきてインターネットで調べてみたら、「百で米が三升じゃというとるんでな、あんまり安うならんうちに、足に踏まえてる二俵を売りに行こうと思うて」 というのが出てきた。うん、確かこんな感じだったと思う。いろいろな下げがあるらしい。

真田小僧」 は、もう大分若かりし頃にラジオで聞いたという記憶があるのみで、帰ってきた女房に 「お前も聞きてぇか、聞きたかったら一銭出しな」 というのが下げだとばかり思っていた。ところが、今回フルバージョンで聞いて、「真田小僧」 という演題の訳がわかった。

吉幸さん、口跡がいいので、こうした講談ネタの話は嫌味もなく、なかなかいける。

で、談幸師匠の 「ねずみ」。左甚五郎の彫ったねずみが、「え? あれ、虎だったんですか? あたしゃ、猫かと思った」 という下げが有名である。さすが師匠。味があった。

で、最後に 「湯屋番」。道楽者の若旦那のお話で、古典落語のスタンダード。あまり有名な話すぎて、名人上手のバージョンを何度も聞き過ぎたせいか、吉幸さん、なかなかいいんだけれど、「これからもっと良くなるだろう」 という感想にとどまる。

芝居がかりのセリフにもっと年季が入ったら、すごく良くなると思う。私はどっちかというと歌舞伎が専門なので、このあたり、ちょっと点が辛いかもしれない。

ともあれ、先週の 「オールナイトチョメチョメ」 では吉幸さんのは聞けなかったわけだが、今回、ちゃんと聞けて良かったと思う。木戸銭の 1,500円以上の満足感はあった。

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2008/04/24

あさま山荘への道程は近くて遠い

若松孝二の 『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』 という映画が評判らしい。なんだか遠い出来事のような気がする。実を言うと、私はこの事件の印象があまりないのだ。

この事件は 1972年 2月、ということは、私が大学に入って上京し、最初の冬を越そうとしていた頃の出来事である。

1971年から73年にかけては、私の人生で一番つまらなかった時代である。私だってあの頃の青少年だったから、それなりに反体制的な心情はしっかりと抱いていたし、学生運動にだって少しは関わりがあった。しかし、大学に入って最初の夏を越す頃には、私はすっかりしらけてしまったのである。

私が大学に入学した 1971年という年は、70年安保という山を越えてちょっとたるんでいるところがあったが、沖縄闘争なんていうそれなりの火種もあったので、大学はまだまだ荒れていた。

入学したとたんに、5月になったらストライキとやらで、キャンパスは封鎖。で、オルグに来た連中に誘われるままに少しはデモにも参加してみたが、こんなことで日本が変わるとは到底思われない。なにしろ、こちらは元々マルキストってわけじゃないし。

セクトの幹部という連中と話をしても、ただただ公式スローガンを繰り返されるだけで、得るところは何もない。悪いけど、こいつらと付き合っていたらこっちまで馬鹿になるという思いがどんどんつのる。

大学は封鎖されてるし、他にやることもないしというわけで、夏を迎える前にバイトと放浪の日々が始まるのである。バイトで小金を稼いでは、ギターをかつぎ、鈍行列車を乗り継いであちこちに出かける。大学のある街は、その地域のカウンターカルチャーを背負っていたので、かなりおもしろかった。

当時はあちこちに小さなライブハウスがあって、スケジュールが空いていれば歌わせてもらえたりした。ギャラは酒とメシの現物支給。で、そこで知り合ったやつのアパートなどに泊めてもらい、さらに酒を飲み交わす。

テレビなんかないし、新聞もあまり読まないから、世の中の情報はそれほど入ってこない。歌って飲んで語り明かし、さらにまた放浪の旅に出るだけだから、まさにボヘミアンである。というと、いかにも楽しそうに聞こえるだろうが、単にだらだらしているだけだから、目に見えて残っている収穫はあまりない。目に見えないものは残っているかもしれないが。

ある寒い冬の日、ぶらりと入った定食屋で、客がみんなテレビに食い入っている。何かと思ったら、雪に覆われた田舎の別荘風の建物に、クレーンででっかい鉄の玉をぶつけて破壊する場面が映し出されている。

いくらなんでも 「あさま山荘事件」 のことは聞いていたから、「ふ~ん、これがそうか」 と思った。そして、そう思っただけで、粛々と飯を食って、すぐに出てきてしまった。私がリアルタイムでこの事件の映像を見たのは、後にも先にもこれだけである。

世の中では、テレビ・ニュースの視聴率が 50%を超え、報道番組の視聴率としてはいまだに最高記録となっているというのに、私は全然興味を持てなかった。何しろ、「あさま山荘」 というのが軽井沢にあるなんてことすら知らなかった。

さらに、あさま山荘事件後、連合赤軍内部の 「総括」 という名のリンチ殺人事件が次々に明るみに出ても、「ふ~ん、やっぱりね」 という程度の感慨だった。

何しろ、あの当時は 「内ゲバ」 という名のセクト闘争で、死人や重傷者が出るのはざらだったし、その前年の秋、ほかならぬ自分の通う大学で革マル派のリンチ殺人事件が起きている。だから、連中は仲間内で殺し合うものだと思っていた。

一歩間違ったら、自分もそうした中に入っていなかったとも限らない。何しろ、当時はそうした入り口がそこら中にあったのだ。だから、入り込んでしまう者のメンタリティだって、わからないわけじゃない。自分はちょっと覗いてみただけで入り込めなかったが、正解だったと思った。

私は、当時の学生運動のかなりの部分を 「ばかばかしい」 と思った。あまりに現実離れしているからだ。しかし、あれを現実離れと感じないで、「これこそ現実」 と思う者もいた。そして彼らの多くは、いたって真面目なやつなのである。

子供の頃に喧嘩したことのない真面目なやつは、手加減ということを知らないから困る。殺すまでやってしまう。ああ、不真面目でよかったと思うのである。

あの頃の状況にかなり深く関わってしまっていた人たちとしては、今、まさに 「総括」 しないではいられないのだろう。ただし、その 「総括」 というのは、かなりの部分、ピンぼけになるだろうと思う。なぜなら、あの時代はノスタルジックなまでに遠くなりすぎてしまった。

「総括」 なんてする必要のない、もっとずっと若い世代の方が冷静な目でみることができるかもしれない。私はあまりにも中途半端なポジショニングだったし、情報も遮断していたので、「総括」 なんてできないような気がする。件の映画を見たいとも思わないのは、「遠方からの手紙」 のかつさんと同様である。

ただ、印象としては 「オウム真理教事件」 と相似形のような気がしている。

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2008/04/23

「影」 って、 「光」 でもあるのだ

「私の青空」 というスタンダードな曲がある。エノケンの歌でお馴染みだが、そういえば高田渡も歌っていたな。由紀さおり・安田祥子姉妹のすてきなバージョンで試聴もできる。

この歌の日本語の訳詞、「狭いながらも楽しいわが家/愛の日かげの射すところ」 というところに、私は長い間疑問を感じていた。

だって、おかしいじゃないか、「愛の光の射すところ」 ならわかるが、なんで 「愛の日かげの射すところ」 なんだ? この疑問は、子供の頃から大学生になる頃まで続いていた。なんだか納得できないが、みんなそう歌うから、しかたなく自分もそう歌っていたのである。

中には歌詞を覚え間違えて、「愛の光の射すところ~」 なんて歌っている人もずいぶんいた。うん、気持ちはよくわかる。だって、「日かげが射す」 より 「光が射す」 方がしっくりくるものね。とっても自然な間違いだと思う。

で、この疑問は恥ずかしながら、大学生の頃になってようやく解けたのである。「日かげ」 は、「日影」 と表記すべ単語であって、これは 「日陰」 とは違うのだ。

「日陰」 と書けば 「物のかげになって日光の当たらない場所」 (参照) という、「フツーのひかげ」 になるが、「日影」 と書くと、「日の光」 という意味になる。まあ、これは漢字が入ってきてからの書き分けであって、「かげ」 は 「かげ」 に違いないのだが。

そして、「かげ」 という言葉には、もともと 「光」 という意味もあるのだ (参照)。「かげ」 という言葉に 「陰」 と 「光」 という正反対の意味を持たせている。思えば不思議な感性だが、そもそも、「光」 あっての 「陰」 なのだから、表裏一体であり、納得できないわけでもない。

そういえば、英語の "shade" という言葉にも、「陰」 という意味と 「色合い」 という意味がある。昔、仕事で欧米のファッション情報を翻訳していた頃は、"shade" という単語が出てくれば、ほぼ自動的に 「色合い」 とか 「色味」 とかいう言葉に訳していた。

日本語の 「かげ」 ほど極端に正反対の意味ではないが、発想としてはそれほど遠くはない。「かげ」 があって、初めて人間は 「光」 の存在を明確に認識し、色の妙味も感じることができる。逆に言えば、人間の五感は不便なもので、「かげ」 がなければ 「光」 を対象化できない。

日本語では 「われ」 が 「自分」 のことであったり、「相手」 のことであったりする。もっと言えば、「自分」 という言葉に英語の "you" という意味を持たせることだって、それほど珍しいことではない。関西弁で、「自分、何しとんねん」 と言ったら、"What are you doing?" という意味になるのが普通である。(時に自問自答の場合もあるだろうが)

なるほど、「かげ」 に 「光」 の意味を持たせるのは、不思議ではあるが、日本語的には当然といえば当然なのである。

というわけで、「愛の日かげの射すところ」 は 「愛の日の光の射すところ」 という意味なのであった。さすが、訳詞の堀内敬三氏は立派なものなのである。

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2008/04/22

中小企業のオヤジさん、10月まで死ぬな!

息子に社長を譲るつもりの中小企業の経営者で、どうも老い先が長くなさそうな気がしている人は、何としても今年の 10月までは、死なないでがんばってもらいたい。

10月以後、「事業承継税制」 というのが変わって、株式相続に関する相続税の納付が猶予されたり免除されたりするからだ。

私は基本的にこの方面の話にはうといのだが、近頃初めてこの話を聞いて、「おぉ、政府もたまにはいい法律を作ってくれるじゃないか」 と、拍手したい気持ちになったのである。これで中小企業の跡取り息子が、相続税を払えなくて会社をたたんでしまうなんてことが避けられそうなのである。

現行では、非上場の中小企業の株式を相続した場合、相続税は 10%減額という措置しかないらしいのだ。これだと、これから社長を継いで苦労しなければならないという矢先に、「さあ、相続税を払え」 ということになって、腰砕けになるのである。最悪は会社をたたむことになる。

ところが、新しく創設される 「取引相場のない株式等に係わる相続税の納税猶予制度」 というもののおかげで、相続した株式の課税価格の 80%分が、納税猶予されるのだそうだ。ありがたい話じゃないか。

さらに、相続して 5年間事業を継続し、その後も死亡時まで株式を保有し続ければ、最終的に猶予された税額の納付も、免除されるのだそうだ。要するに、事業を継いだら 5年間は何としてもがんばって、その後も株を売らなければ、残りの相続税も払わなくていいのである。

私は基本的に中小企業の味方である。必死にがんばっている中小企業のオヤジさんには、頭の下がる思いがしているのである。それなのに、せっかく築き上げた会社を、自分が死んで息子が継ぐという段階で、お国に召し捕られてしまいかねない今の制度は、やっぱり気の毒な限りなのだ。

これまでの措置は、欧米に比べて十分じゃなかったので改めたということらしい。日本は中小企業を大事にしてこなかったということなのね。大企業はなんだかんだと優遇措置が大きかったのに。

で、これ以上のことを私に聞かれても、実はちんぷんかんぷんなので、詳しいことは こちら をご覧いただきたいのである。

とにかく、オヤジが死にかかっている中小企業の跡取り息子は、10月までは延命措置でもなんでもして、生き延びてもらった方がいい。オヤジの最後の仕事は、最低あと半年生きることだ。がんばれ、オヤジ!

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2008/04/21

中国共産党の綱渡り

私はよく 「知らずに犯す罪は知って犯す罪より重い」 というお釈迦様の説法を引用するのだが、これとは別の文脈で、「知らせない罪」 というやりきれない罪がある。

中国ネチズンたちのカルフールやケンタッキー・フライド・チキンの不買運動 (参照) をみると、その罪の重さを感じる。

読売新聞の記事は、「ネット民族主義はエスカレートする一方」 と伝えている。なるほど、「ネット民族主義」 とは、言い得て妙かもしれない。

そもそも、インターネットというツールは世界の幅広い情報を入手するのにとても便利にできている。その便利な機能のかなりの部分を削り、都合の悪い情報にアクセスできないように最適化したのが、中国のインターネット事情だ。

そのせいで、中国ネチズンたちはせっかくインターネットを使いながら、世界のスタンダードにアクセスできない状況におかれている。頭の中のバランスが崩れるのは当然で、それで、フランス国旗にナチスのマークを描いたり、燃やしたりしている。

さすが 「知らずに犯す罪」 の真っ最中だけに、歯止めがきかずに、「ようやるわ!」 というほどの無茶なレベルである。しかしこの件に関しては、罪の重さは少しだけ割り引いてあげなきゃいけないだろう。だって、彼らは知りたくても知らされないのだから。

一方、欧米滞在中の中国留学生らも、それぞれの滞在地でチベット独立反対のデモを繰り広げている。彼らは知ろうと思えばいくらでも知ることができるのに、そして、多分知っているんだろうが、もろに中国共産党の立場に立った主張をしている。

そりゃ、欧米に留学できるなんていうのは党幹部とか、党と癒着した企業経営者の子弟なんだろうから、そうした行動に出るのも当然といえば当然だ。ただ、彼らの場合は 「知って犯す罪」 だから、それなりに歯止めがかかっていて、滞在国の国旗を燃やすなんていう暴挙までには至らない。

そして内心は、「中国、今のままじゃ、やばいかも」 ぐらいは思っているだろう。しかし彼らが帰国して指導者になった時、その危機感を反映した行動を取れるだろうか。おそらく、多くは外国での経験に目をつむって、体制側にきっちりと組み込まれてしまうのだろう。

しかし、彼らは 「知って犯す罪」 を犯すわけなので、今の中国のような、どうしようもない状態を現出するほどの無茶は、避けようとするだろう。ただ、その避け方の程度が問題で、あまり真っ正直に避けようとすると、自らの存在意義まで否定してしまう。さじ加減が難しい。

いずれにしても、中国は共産党独裁を維持しようとする限り、難しい綱渡りを強いられるわけだ。いくら 「知らせない」 システムを構築しても、情報というのは少しずつ漏れ入ってくる。無理な体制が自己崩壊に向かうのは世の道理である。

中国に限らず、まことに難儀なことである。

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2008/04/20

「寒鱈汁」 と 「どんがら汁」

昨日、大急ぎで京都の神社仏閣巡りをして帰ってきたのだが、関西方面では高校生ぐらいの子たちが電車の中で、コテコテの関西弁でしゃべっている。うらやましいことである。

関西だから当たり前と言われそうだが、私の田舎の山形県酒田市に帰ると、若い子は皆、きれいな共通語なのである。

私はこれまでにも庄内弁が消えていきそうな現状を憂う記事 (例えば こちら) を書いている。関西では関西弁が脈々と伝わり、完全に現役で通用しているというのに、庄内では庄内弁を話せない子どもが増えているのである。

件の記事でも書いたのだが、酒田の子たちは学校からの帰り道、友達と別れるときに 「じゃあね」 なんて言うのである。私は初めてこれを聞いたときに、愕然としてしまった。「さかだの子だばさがだの子らしぐ、『へばの!』 ってそえ!!」 と言いたくなってしまったのである。

ちなみに、上記の庄内弁は、日本語では 「酒田の子なら酒田の子らしく 『へばの!』 と言え!!」 という意味である。「へばの」 は、「おしん」 が放送されていた頃は、全国的に認知されたが、庄内人の努力不足であっという間に忘れ去られた。

私が一つ不満に思っているのは、毎年 1月に酒田で開催される 「日本海寒鱈祭り」 である。太鼓などのイベントをしつつ、冬の庄内で一番おいしい 「寒鱈汁」 を商店街で振る舞うのだが、私の子どもの頃は、誰も 「寒鱈汁」 なんて言わなかった。

私の心の中では、あれは 「どんがら汁」 というものなのである。それがいつの間にか、日本全国共通の 「寒鱈汁」 になってしまった。私は庄内の人たちが 「どんがら汁」 という素晴らしい呼称を捨てたことを悲しむものである。

日本各地には 「それ何?」 と言いたくなるような食べ物がある。九州の 「おきゅうと」 とか、秋田の 「きりたんぽ」 とか、奄美大島の 「鶏飯 (けいはん)」 とか。

あれらは、「それ何?」 と聞いてもらえるからいいのである。「これはね……」 と説明する必要があるからこそ、ウンチク会話がスタートし、よそ者をその土地の土俵に自然に引きずり込める。

庄内の人たちがあのイベントを 「寒鱈祭り」 という名前にしてしまったのは、はっきり言って、庄内人のこの方面のセンスの悪さである。観光センスのある土地だったら、絶対に 「日本海どんがら祭り」 という名前にしていた。

「どんがら」 をフィーチャーする方が、第一、インパクトからして違う。「それ何?」 と聞いてもらえる。庄内人は人がよすぎて、周囲に合わせすぎるので、「それ何?」 と聞いてもらえないのである。

そうするうちに、庄内人自身が 「それ何?」 と聞かなければならなくなり、さらに聞くことすらなくなってしまうとしたら、あまりにも悲しすぎるのである。

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2008/04/19

2,000円の政教分離

石川県白山市長が白山比咩神社の大祭の関連行事に公用車で出席し祝辞を述べた件で、高裁の違憲判決が出たのが今月 7日だったが、白山市は上告を決めたようだ。

元々、16,000円の公費を返還しろという訴えに対し、判決は 2,000円返還しろというものだが、金額以上の大騒ぎになっている。

このニュースのあらましは、こちらこちら で読むことができるが、リンク先はそのうち消えてしまうだろうから、肝心な部分を引用しておこう。(改行は tak-shonai による)

問題になった白山比咩神社 「御鎮座二千百年式年大祭奉賛会発会式」 は 05年 6月、同市内のホールで開かれた。角市長は随行の市職員と公用車で訪れ、祝辞を述べた。

昨年 6月の金沢地裁判決は、式が神社とは別組織の大祭奉賛会の行事で、神社外の施設で行われたことを挙げ 「宗教色は希薄で出席は儀礼の範囲内」 と認めていた。

だが控訴審判決は一転、大祭奉賛会を宗教団体、発会式を宗教行事と認定。

とまあ、要するに、こうした経緯なのである。地裁判決は慣例重視、高裁判決は政教分離原則の厳格な適用という色彩なのである。

公用車運転手の超過勤務手当 2,000円を返還せよという、大問題の割にはちゃっちい判決だったこともあって、角市長は 7日の高裁判決直後は、「2,000円やそこらで上告して金つこて……、市民になお迷惑がかかる」 と、上告には消極的だったようだ。うんうん、そうだろうなあ。気持ちよくわかる。

しかし、神社仏閣のおかげで観光収入の大きい自治体は全国にあり、今回の判決が判例となると全国の自治体に与える影響が大きいというわけで、上告に踏み切ったようだ。上告を勧める投書が多数寄せられたという背景もあるという。

そもそもこの訴訟を起こしたのは同市在住の池上宏さん (69) という人で、「市長の行動は公私混同」 と主張している。そして控訴審判決でも請求額約 16,000円に対し、2,000しか認められなかったわけだが、「違憲判断を勝ち取ることが出来たので満足」 と語っているという。

原告の 「市長の行動は公私混同」 という主張だが、はっきり言って、「公私混同」 という言い方は当たらないと思う。もし角さんが白山市長じゃなくて、その辺のおっさんだったりしたら、この会合へのお呼びがかかったかどうかはとても疑問だ。その意味で、半分は公務である。

「半分は公務」 という微妙な言い方になるのは、「政教分離」 という原則があるからである。そしてこの原則があるからこそ、神社側も 「大祭奉賛会」 という形式的には別個の組織を作ったのだろう。

そして、この別組織は神社側だけの勝手な都合ではなく、白山市の中にも強い意向があったのだと思う。公的色彩の入った大きなイベントとすることで、観光収入も増えることだろうし、このせいでアンハッピーになる人は、池上さんみたいな人を除いてはあまり多くないだろうし。

問題は、「神社とは別組織なんだから、いいじゃん」 と取るか、「別組織とはいえ、それは名目上の隠れ蓑で、実質は神社と一心同体じゃん」 と取るかである。高裁は 「神社と一心同体」 と見て、政教分離の原則に反するとしたわけだ。

でも、気持ちはわかるけど、そうした 「厳格な」 見方を認めてしまったら、「便宜上の別組織」 がすべてダメになってしまうような気がするがなあ。プロ野球選手の節税だけが目的の個人会社とか、もっと言っちゃえば、「独立行政法人」 という名の実質お役所とかね。

で、最後に個人的な感想を述べるとすれば、えぇと、まあ、何というか、恐縮だが、「池上さん、ずいぶん暇なのかなあ?」 といったような感じのものだ。 (暇じゃない人だったら、ごめんなさい)

あと、それから、角市長もタクシーで行くというぐらいの慎重さをもてばよかったのに、つい、いつもの癖が出ちゃったのね。

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2008/04/18

新幹線での E-Mobile をモニターした

昨日はせっかく日付の変わった直後の更新に戻ったのに、夜はまたしても 「気絶の如き眠り」 に落ちてしまい、今日の更新は新幹線の中で作業している。

インターネットの接続は E-mobile を使用しているが、トンネルに入らない限りかなり気持ちよくつながる。これはありがたい。

ただし、高速移動する新幹線の中で接続しっぱなしだと、頻繁に次の中継ポイントを探しに行くようで、その分負担が大きいようだ。膝に乗っけた PC から発する熱もかなりのもので、まるで電気毛布をかけているみたいな気がする。

その分、バッテリーの消耗が激しいような気がして (きっちり測定してないので、あくまでも 「気がする」 レベルの印象だが)、必要時以外はこまめに接続を切りながら使っている。接続すると徐々に膝の上が電気毛布感覚になり、切断するとそれが少しずつ和らぐ。正直なものである。

必要に応じて頻繁に接続と切断を繰り返しているが、あの小田原あたりのトンネルの連続する区間以<外では、今のところつながらなかったということがない。E-Mobile のカバーエリア拡大をかなり実感する。これなら十分に使い物になる。

E-Mobile のサイトでサービスエリアのマップをみても、出張しそうなところは、ほとんどサービスエリアであることを示すピンク色になっている。

たとえかなり郊外まで行くことはあっても、宿泊するのは都市圏のビジネスホテルというケースがほとんどだから、夜になってメールチェックしたりサイトの更新をするには、ほとんど問題なさそうだ。

昨年の段階では、私の実家のある山形県酒田市が圏外という大きなネックがあった。私の実家は、今は機械音痴の父が一人で暮らしているので、ブロードバンド接続なんて、縁がないのである。そのため、実家では PHS (128kbs) で接続していたのだが、これではとにかく遅いのだ。

E-Mobile に替えるときは、酒田が圏外でも 56kbs のダイヤルアップでつなげばいいやと諦めていた。どうせ、PHS と大差ない。しかし、この春からは酒田もカバーされているのである。これで大きな問題が一つ減った。ほっとしているのである。

他のケータイキャリアがリーズナブルな料金で定額接続サービスをしてくれれば問題ないのだが、どうもそれが進展しない。唯一定額接続の au は、接続がちょっと重すぎという噂が絶えないし。

私の使っている E-Mobile サービスは、@nifty のサービスとして提供されているバージョンである。端末はリース扱いで定額料金に含まれているし、プロバイダ設定とかなんとかいう面倒が一切ないので、これまでと同じ感覚でシームレスに使い始められた。とくにメールの送受信に問題がないのがありがたい。

メールの送受信といえば、ついでに書いておくが、近頃私の顧客から、「メールの受信ができるのに、送信ができない」 という問い合わせが案外多い。これは、プロバイダ側の設定によるものであることが多い。

かなり多くのプロバイダが、スパムメールの発信に利用されるのを防止するために、一度メールの受信をして数分以内の発信でないと、SMTP サーバに接続させない設定にしているようなのだ。正規のプロバイダ契約をして、その回線による接続でもその設定が適用される場合が多いので、ユーザーはうろたえてしまうようなのである。

これもみな、スパム業者が余計なことをしてくれるせいである。ぷんぷん。

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2008/04/17

倉庫の二階に行ってきた

「倉庫の二階」 に初めて行ってきた。「倉庫の二階って何だ?」 と思った当サイトの初心者は、こちらこちら をご覧いただきたい。

初めの方の記事には、ありがたいことにこの寄席の席亭さんのコメントまで付いている。こうなったら、当方としても足を運ばないわけにはいかなくなったというわけなのだ。

4月 16日の企画は、「席亭と吉幸のオールナイトチョメチョメ3」 というものである。立川流期待の若手、立川吉幸と、倉庫の二階の村田席亭が、90分の間、ただただ楽屋落ちの話をするというものだ。会場は両国駅から近い 「両国・お江戸両国亭」、開場午後 7時、開演は 7時半。

倉庫の二階のウェブサイトをみると、「入場料: 2000円 (20歳以下 500円)」 とある。どうサバよんでも 20歳以下には見えないだろうから、しかたなく 2000円払うことにする。

会場に入ると、コンクリート打ちっ放しの寒々しいスペースに、折りたたみパイプ椅子が 20脚ほど並べられ、お約束の 3色縦縞の定色幕が降りている。ただ、客は私の他には、若いにいちゃんとねえちゃんの 2人しかいない。おいおい、本当に大丈夫か?

開演 5分前ぐらいになって、ようやく 10名ぐらいの入りとなるも、写真でご覧の通り、最前列の椅子はガラガラである。で、席亭と吉幸さんのトークが始まって知ったことは、この企画はタイトル通り 3回目なのだが、客の入りは今日が最高だというのである。

おぉ、私もその最高の入りに寄与させてもらったのだ。ありがたいことである。それにしても、その程度の入りでこのシリーズを継続しているという、その心意気がいい。

で、トークはとてもおもしろかったのである。どうおもしろかったかなんてのは、あまり詳しく触れない。知りたかったら、次回、6月 18日 (水) の 「オールナイトチョメチョメ4」 (会場は今回と同じ) に行くことだ。

ちょっとだけ触れておくと、近頃テレビでみる 「メジャーになるための、あるいはメジャーであり続けるための、必死の芸」 ではなく、ゆるりとした、やりたいことだけをやるというコンセプトともいえないコンセプトが、やたらと心地よいのである。

ああ、大きいが、しかし表面的な利益だけを追い求めずに、こうして、等身大の、しかし芸だけはしっかり磨きたいという姿勢には、近頃のマスメディアでは滅多にお目にかかれないのである。

ことは芸だけじゃない、どんな仕事でも、こんな風に関わって、それなりに食っていける社会が欲しいなあと、私はつくづく思ってしまったのである。

そして、この感覚はなんだか懐かしいと思ったら、そうか、私がその昔、シンガーをやっていた頃 (参照)、場末のライブハウスで 10人ぐらいの客を前にして、とてもいい雰囲気で歌ったことが何度もある。そうそう、あの感じと同じなのだ。客は多けりゃいいってもんじゃないのだ。

ちょっと話がずれそうになってしまったが、立川吉幸という家は、ちょっといいかもと、昨日は彼のを聞いたわけじゃないのに思ってしまった。で、来週 4月 24日の上野広小路亭での 「立川吉幸の会」 には、都合がつけば行ってみたい気がするのである。

実は、私は古典芸能で文学修士号を取ったといっても、専門は歌舞伎で、寄席芸はそれほど詳しいわけじゃない。歌舞伎座には 100回以上行っているが、寄席に行ったことは数回しかない。だから、に関しては決してコアなファンというわけじゃない。

しかし、子供の頃から (てことは、志ん生、の全盛時から) ラジオの寄席番組はよく聞いていて、リアルタイムでお馴染みなのである。だから、まんざらトーシロってわけでもない。その私が、「立川吉幸、ちょっといいかも」 と言っておくのである。半分ぐらいは信用してもらっていい。

そして、村田席亭は、トラホームは知らないが、アメリカシロヒトリは知っている人なのであった。「トラホームつっても、甲子園球場じゃないよ」 なんて駄洒落もか漫才で聞いたことあるけどなぁ。それも昔の話になってしまったのか。

ちなみに次回の 「オールナイトチョメチョメ4」 の日程は、私のスケジュールに入れておいた。このブログの読者で関東一円在住の人にも、「このくらいの物好きはしておいてもいいよ」 と、薦めたい。とりあえず、「6月 18日に両国で会いましょう」 と言っておくことにする。

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2008/04/16

睡眠時間について考えた

"Today's Crack" の更新は、夜の 11時半頃に書き始めて、日付の変わった直後にアップロードするというのをゆるい原則としてきたが、近頃このパターンが乱れっぱなしだ。

いくら 「ゆるい原則」 といっても、ここまで乱れると、申し訳ないような気がしてしまう。何とかパターンを戻したいと思っている。

実は、このパターンは平成 15年 12月 26日付の記事から始まっている。当時はココログを使っていなくて、サイト内の日記として運営していた。ココログに移行したのは、それから 1年半以上経った 平成 16年 7月である。

こうしてこれまで約 4年 4ヶ月もの間、毎日更新を続けているのだが、多分その 8割以上は、パターン通りの更新をしていたと思う。だから、常連さんは夜中とか、朝イチとかにアクセスすれば最新記事が読めると思ってらっしゃるはずだが、遺憾ながら近頃裏切りっぱなしである。

あまり更新パターンが崩れているので、コメントにも 「体に気をつけて」 なんていう一言が添えてあったりして、かたじけない限りである。まあ、パターンが崩れているのは、最近なにかと忙しいというせいで、体調は問題ないので、ご安心頂きたいのだが。

体調が問題ないのに、日付が変わった直後の更新ができないというのは、なんだかんだと変則スケジュールがありすぎて、ちょっと生活リズムが狂ってしまったせいなのだ。で、夜になると、ただただ眠くてたまらなくなってしまうのである。眠れないという人がうらやましいほどだ。

ちょっと前まで、ずっと睡眠時間が 5時間を切っていた。若い頃は徹夜をしても平気だったが、近頃は寝不足が堪える。寝不足が 1日限りならすぐに取り戻せるが、2~3日続くと、取り戻すのにそれ以上の日数がかかる。年は取りたくないものである。

気になって、人間はどのくらい睡眠時間が必要なのかとググってみたら、要するに、「一概には言えない」 というのが正解のようなのだ。睡眠時間が短くても足りる 「短睡眠型」 の人は、3~4時間でも十分足りるようだし、逆に 「長睡眠型」 の人は、8時間眠っても足りなかったりするようだ。

人によっては、はっきりした指針のような答えを期待するだろうが、私はこういう 「時とところと、人によりけり」 という回答が大好きで、その方がずっと納得してしまう。逆に 「人間は 8時間寝なければならない」 みたいな言い方だと、ハナから信用する気になれない。

で、私の場合は平均すると 6時間足らずというところに落ち着くみたいなのだが、本当のところは、もう少し寝ていたい。6時間半ぐらいだと大体目覚めがいいが、5時間台だとちょっと眠い。5時間以下が続くと、かなり辛くなる。

そうなると、予定の空いた日に10時間ぐらい寝て、「寝だめ」をしたくなる。それが不可能だと、毎晩いつ寝たのか記憶がないほどの「気絶の如き眠り」につくことになる。

近頃は、そんなようなパターンになってしまっていたのだが、ようやく一段落つきそうで、通常パターンを取り戻せそうだ。人間、達者が一番なので、生活パターンには気をつけたいものである。

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2008/04/15

入学式に出られなかった生徒の件

千葉県の県立高校で、入学金を持参しなかった生徒を、入学式に出席させなかったというニュースが話題になっている。(参照

世間は、学校の対処は当然という原則派と、生徒がかわいそうという人情派に二分されているが、私が驚いたのはむしろ、生徒に 9万円もの現金を持参させるというシステムだ。

今どき、どこの企業でも金のやりとりは銀行振り込みが普通になっていて、あまり現金ベースでのやりとりは歓迎されない。しかもニュースをみると、この学校は入学式当日に合計 9万円を持参するようにしていたらしい。これって、普通のことなんだろうか?

学校にしてみたって、一度に 100人以上の現金処理をするのは面倒だろう。私が学校側の担当者なら、そんな処理方法はうっとうしいと思うし、親の立場なら。「なんで銀行振り込みじゃいけないんだ」 と思うだろう。

とにかく、中学校を卒業したばかりの子供に 9万円もの現金を持たせて平気というのは、日本の治安もまだまだ捨てたもんじゃないということだ。とはいえ、問題ないとは決して言えないと思うぞ。

そして、入学式に出席させないという措置に関しては、個人的には一応出席させたっていいじゃないかと思う。だって、わざわざ別室に待機させるなんて、学校側としても面倒じゃん。うんざりしちゃう。誰もハッピーじゃない。

入学式に出席してしまったら、法的に入学が保証されなければならないなんてこともないんだから、2~3日待っても入金されなかったら、入学取り消しにしてしまえばいいだけの話じゃないかと思うがなあ。

入学金未納というのは、日本中でこの高校だけなんてこともあるまいから、普通はそんな感じでやってるんじゃないかと思う。この高校、校長さんが石頭なんだろうか。

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2008/04/14

「木遣りくづし」 の疑問

「木遣りくづし」 という俗曲がある。大層流行した歌で、できたのは幕末とか明治とかいうが、戦後になっても、ザ・ピーナッツとか奥村チヨとかまでが歌ってレコード化している。

元々は 「木遣り」 (材木運び) をするときの歌だが、江戸で三味線入りの 「くづし」 となり、陽気な座敷歌になった。

歌詞はこんなのである。

格子造りに ご神燈下げて 
兄きゃ家かと 姐御に問えば 
兄貴ゃ二階で 木遣りの稽古 
音頭取るのは アリャ 家 (うち) の人
エンヤラヤ サノヨーイサ エンヤラヤ 
エンヤラヤレコノセー
サノセー アレワサ エンヤラヤー

なかなか調子のいい歌で、これを初めて知ったのは、もしかして江利チエミのバージョンだったかもしれない。かなりアレンジしてあって、ラテン系の味付けだったような気がする。元々調子のいい歌なので、うまくマッチしていた。

1960年代までは、ポピュラーの歌手が端唄、俗曲の類を歌うのはそれほど珍しくなかった。あのザ・ピーナッツだって、かなりの数の録音をしている。だから、我々の世代までは、「さのさ」 だの 「梅は咲いたか」 だの 「奴さん」 だの、かなり知っている。

ああ、宇多田ヒカルが 「梅は咲いたか」 を歌ってくれないかなあ。絶対に買うのに。AI ちゃんの 「奴さん」 なんかもいいかもしれない。

で、何を言いたいのかというと、私は子どもの頃から、この 「木遣りくづし」 に出てくる 「兄貴」 と 「姐御」 と 「家の人」 の関係が釈然としないのである。その漠然とした疑問は、今でも続いているのだ。

この唄は火消しの唄だから、「兄貴」 というのは、弟分からみたところの 「兄貴分」 だろう。弟分が、兄貴分の家に行って、「兄貴ゃ家か」 と、「姐御」 に聞いたのである。「姐御」 というからには、「兄貴」 の嫁さんだろうと思うのが自然である。

ところが、この姐御に聞くところによると、「兄貴ゃ二階で木遣りの稽古」 をしているが、「音頭取るのは (アリャ) 家の人」 なんだそうだ。どうやら、「兄貴」 と、姐御の旦那の 「家の人」 とは別人らしいのだ。

これは一体、どういう相関関係なのだろうか? もしかしたら、「家の人」 は 「姐御の旦那」 とは限らないのかもしれない。だったら、単に 「家人」 ということなのか。いや、それじゃやっぱりおかしい。

最も論理的に類推すれば、「兄貴」 というのは、「姐御」 の家の総領息子で、親父の音頭で木遣りの稽古をしているのかもしれない。しかしそうなると、「姐御」 はかなり年増になってしまう。それでいいのかもしれないが、ああ、わからん。誰か明快な答えをしてくれないものかしらん。

最後に、これだけは言っておきたいが、この歌のタイトルは 「木遣りくずし」 ではなく 「木遣りくづし」 と表記してもらいたいなあ。ATOK の文語モードで。

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2008/04/13

長野の聖火リレーに

世界中にて混乱の聖火リレー、今月 26日には長野にて実施さるるなれば、我が国も何もせぬわけにもいかじ。

長野の聖火リレーを何事もなく終わらせては、日の本が世界の笑ひものになるなり。さりとて、あまりに事荒立つるも、和を以て尊しと為す我が国らしからず。

あらまほしきは、聖火ランナーの粛々と走りゐる沿道を、日の本の青人草、"Free Tibet" のプラカードとチベットの国旗にて埋め尽くすといふ景色なり。はたまた、「不忘毒餃子 (Remember Poisoned Chaotzu)」 てふプラカードありてもよし。

あの悪名高き青ジヤージの中国人ガードの無用なるは、とりたてて言ふに及ばざらることなれど、日の本と長野当局の、毅然として断るを期待するものなり。あの青ジヤージありては、火に油を注ぐに他ならじ。

オリンピツクを政治利用すべからずとの綺麗事、この期に及びてはすさまじくも意味なきことなり。オリンピツクは元々、多分に政治的なるものにしあれば、かくの如き沙汰のつきまとふは避けられぬことなり。

近頃、様々なる企業、「北京オリンピック観戦ツアーご招待」 なるキヤンペーンの宣伝行ひゐるも、わざわざ北京まで行きたき者の数、さほど多くはあらず、今回のオリンピツクほどスポンサーのアドバンテージ期待されまじきもの、他にあらざらむ。気の毒の限りなり。

長野の聖火リレー当日、我は地元に仕事ありて長野に馳せ参ずること能はざるも、心ある人、沿道に集ひて中国政府に抗議の姿勢を占めさんことを心より願ふばかりなり。我はここに、意識してアジテーシヨンするものなり。

ちなみに、三日続けて怪しき文語のブログ書きたるに、そろそろ明日あたりよりは常なる口語に戻すもよしと思ひ始めたるなり。されど、また気の向くところあらば、時々は文語にて書かむとぞ思ふ。

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2008/04/12

「後期高齢者」 てふ名称

「後期高齢者医療制度」 の始まりて以来、この 「後期高齢者」 てふ言葉の評判、甚だ芳しからず。とりわけ当の 75歳以上の高齢者、いと腹立たしきやうなり。

「我らに早う死ねてふことなるか」 と、憤慨し給ふ翁、嫗 (おきな、おうな) の声、をちこちにて聞き及びしなり。(参照

この制度の名称、定めし人情の機微を知らぬ木端役人の、木で鼻をくくる如くに命名せしらむと思ひきや、誠にはさにあらず、「後期高齢者」 てふ呼称は、医療、福祉の世界にてはかねてより、ごく普通に使われ来るものなり。役人的発想としては、既に定着せる名称としてただ機械的に使いたるものならむ。

これに対し、「75歳以上の老人に対して失礼」 などと、あたかも今に始まりたるやうなる怨嗟の声、巷に満ちたるは、偏に医療制度改革によりて、老人の負担の増ゆると知りたるがためなり。

もし 「後期高齢者には、年額 60万円の医療補助を与ふることとす」 なる法律の作らるれば、かほどの声の上がるや否や、甚だ疑はしきなり。逆に、70代前半の者は 「我も早う 『後期高齢者』 になりたし」 などと言ひ出さむとも限らざるものなり。

さればこのたびの制度、徒 (いたづら) に 「長寿医療制度」 などと名称を代へたるとても、国民は容易には合点せざること必定なり。知るべし。「後期高齢者とは失礼なり」 との声の多くは、名称批判に名を借りたる制度批判の声なりと。

ましてや我が 75歳にならむ日には、100歳以上の者に 『末期高齢者医療制度』 (「まつご~」 と読むなり) なるもの適用されむとも限らず。何があろうとも驚くべからず。たたただ、達者 (まめ) にて暮らさむこそ本願なれ。

ATOK の 「文語モード」 なるものを見つけて以来、新しき玩具を手にしたる童べの如く、ひたすら弄びて楽しみをる次第なり。

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2008/04/11

ATOK の文語モード試しみむとて

日頃使ひ慣れし ATOK てふ日本語入力システムに、「文語モード」 なるものあるに、昨日になりて気付きたり。

和歌ログ」 にて文語の歌詠むに、かくなるモード備はるるはやれ嬉しやと、心浮き立つ思ひにて、いにしへ人も書きたる文語てふもの今の代の我も書かむとて、試しみたり。

思ひつくまま試せしに、歴史仮名遣ひの変換は思ひのほか上手にて、これまでの如くに一度 (ひとたび) 今様の言葉にて変換せし後に、改めて送り仮名を書き直す手間も要らず、さくさくと心地よきものなり。

例ふれば、この 「例ふれば」 は言ふに及ばず、なほまたこの 「言ふに及ばず」 さてまた 「仮名遣ひ」 なども、書き改むることなく変換さるるは、我が意を得たりと喜ばしき心地ぞする。

さらに、「改むる」 など、いにしへの動詞活用も何事もなく変換さるるは、胸のつかへ下りたるやうにてをかし。一般モードにて 「あらたむる」 と入力せば 「新た無留」 などと変換され、すさまじきありさまなり。

願わくは 「ゐる」 をさくりと変換してもらひたきも、これも単語登録にてまかなへば、さほどあさましきものにもあらず。「をり」 はそのまま変換されしなり。

「てふてふ」 を 「蝶々」 にするを試すはありがちなるものと、開発者は先立ちて合点せしゐたること必定 (ひつぢやう) なり。されば、待ち構へたる如く変換したるは、さほど驚くべきことにしあらず。

「くわじ」 「くわんのん」 で 「火事」 「観音」 にならぬはをこがましきことなれども、常には仮名ならぬ漢字にて表さるる字句なれば、ことさらに荒立つるほどにもあらずと思ひ直しぬ。

かくの如く端 (はした) なきところも多々見ゆれど、大方にてはかたじけなきものなり。我が ATOK は、ばあじよん十六なれば、最新版にてはなほ改まりしところあるらむ。

ATOK の文語モードは、歌詠みのみならず、日本古典文学関連の論文など書くをり、引用文の入力に、まことにもあらまほしきものなり。ジヤストシステム社のもたらせしところ、わが日の本の八百万の神々の導きならむ。いかに褒め称ふとも過ぐることなし。

思ふに、日本語てふものは歴史仮名遣ひにてこそ、その趣、示すところの誠の意味など心底より合点さるるべきものなれ。

「家」 などは 「いへ」 と書きて、初めて 「在す (います)」 ところの 「へ」 即ち 「竈 (かまど)」 あるひは 「器」 と知らるるなり。今もなほ 「かまど」 を 「へつつひ (へっつい)」 と言ふは、その名残なり。

今の世の骨 (こち) なき表記にては、言霊も幸 (さきは) ふこと少なしと思ほゆ。ただし、我が文語もなかなかにテキトーにてあれば、言霊のいかほど幸はむものか、返す返すも怪しうこそものぐさなれ。

【追記】

画像の色紙 (らしきもの) の和歌は
「毛筆は悪筆なれど今様にQWERTYにて古語の歌詠む」

草書体フォントは書家の青柳衡山先生の無償提供による (参照)。

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2008/04/10

「ういういさ」 と 「ういういさー」

言葉の誤用を語る 「気になってならない」 というブログの 4月 7日付で、「ういういさ」 という言い方が取り上げられている。

正しくは 「初々しさ (ういういしさ)」 だが、ラジオで 「ういういさ」 というのを何度も聞かされたそうだ。私は初耳だが、このブログの管理人さんは、さぞ何度もがくっときただろう。

あまりにもがくっときた挙げ句だろうか、管理人さんがググってみたら、なんと 「ういういさ」 で 75,100件、「初々さ」 で 91件ヒットしたそうだ。「『初々さ』 を どのようにして入力したのでしょうね」 と、半ば呆れておられるが、本当に本当に同感である。

私が昨日 「ういういさ」 でググってみた時点では、約 75,000件に減っていた。もしかして、約 100件のウェブページの管理人は、「気になってならない」 の指摘をみてあわてて修正したのかもしれないなんて思いつつ、次に 「初々さ」 でググったら、434件に急増していた。世の中は不可解なことだらけである。

あまりのことに、「ういういさ」 になってしまった原因をちょっとだけ考えてみた。そして、アナウンサーはちゃんと 「初々しさ」 と言っているつもりのケースが多いのかもしれないと思い当たったのである。さすがに、ニュース原稿まで 「ういういさ」 になっていたとは考えにくいし。

最近 (とくに民放では) 滑舌の悪いアナウンサーがかなり多く、日本語の 「一音一拍」 原則が無視されがちである。個人名を上げて恐縮だが、あの生島ヒロシ氏なんか、一音一拍無視の代表格である。NHK では絶対にアナウンサーになれないタイプだ。

生島的発音だと、「初々しさ」 の 「ういうい」 の後に続く 「し」 が無声音化するだけでなく、"sh" の発音まで曖昧になって、ローマ字表記だと "uiuissa" になりがち、というより、自信を持って断言するが、ほぼ確実にそうなる。

その結果、「ういういっさ」、下手すると 「ういういさ」 に聞こえてしまう。「たどたどしさ」 とか 「けばけばしさ」 だと、「し」 が無声音化することはあっても完全には消えにくいが、「初々しさ」 だと、前が母音だけの連なりのせいか、「し」 がことさらに軽くなって、消えやすい気がする。

普通はそれを聞いても、無意識のうちに脳内回路が 「初々しさ」 に翻訳処理してしまうのだろうが、日本語に敏感な人が聞くと、確かにとても気になるだろう。さらに 「初々しさ」 という正解を知らなければ、「ういういさ」 が正しいと信じるのも無理もない。かなりお粗末な話だけど。

ここで話はちょっとだけ別方向にいくが、私がむしろ気になってならなくなってしまったのは、「ういういさ」 でヒットした 約 75,000件のページの中に、「ういういさー」 という言い回しがかなり多く含まれていたことだ。

念のため、「ういういさー」 だけでググると 65,300件だ。とすると、乱暴な単純計算で差し引いた 約 9,700件が、「初々しさ」 の誤用としての 「ういういさ」 なのかもしれない。それでもひどいといえば、かなりひどいけど。それにしても、「ういういさー」  って、一体何だ?

こちら のサイトでの用例をみると、どうやら英語の "Aye aye, sir." (アイアイサー) の他愛ない変化型のように思われる。だがそれならば、私だったら 「ういういむっしゅ」 と言うがなあなんて、余計なことを考えてしまうのであった。

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2008/04/09

Safari ユーザーへのお詫びかたがた……

昨日、iTunes と QuickTime Player のバージョンアップ版をダウンロードしているうちに、ちょっとした手違いで、インターネット・ブラウザの Safari までインストールしてしまった。

で、せっかくなので、「知のヴァーリトゥード」 のサイトを Safari で表示させて確認してみたら、へんてこになっていたのである。

真ん中よりちょっと下の、"What's New" と 「サイト内検索」 のブロックが、他の部分より幅広になって、両脇にはみ出していたのだ。これまでは、IE と Firefox の 2種類で表示確認をしていて問題がなかったので、それで十分だと思っていたのだが、念には念を入れてみるものである。

これまでずっと、Safari でウチのサイトを見てくれていた人には、不細工な姿をお目にかけて、大変失礼をばしてしまっていたわけだ。

ふと思い立って、アクセス解析で先月 1ヶ月間の実績を調べると、私のサイトへのアクセスの 3.3%は Safari を使っておいでのようなのだ。思ったよりは多い数字である。ますます気になって時系列で調べると、1月が 3.6%、2月が 3.4%である。減少気味なのかと思うとそうでもないようで、今月は 8日間だけの数字だが、3.9%に跳ね上がっている。

ここで、私の本宅サイトを Safari で見てくださっている 4.0%弱の読者諸兄に、不細工な姿をさらしてしまったことを謹んでお詫び申し上げる次第である。

ざっとみると、やはり多数派は IE (Internet Explorer) のようで、バージョン 6.0 と 7.0 を合わせて 65%ぐらいで推移している。1月と 2月は、6.0 だけで過半数を占めていたのだが、3月からは40%代になり、その分 7.0 に置き換わっているのが見て取れる。

これだけタブ・ブラウザが一般的になっている時代に、よくまあ IE 6.0 なんかで我慢しているなあと、約 50%弱の方々には大変恐縮ながら、そしてごく個人的な感慨ながら、驚いてしまった。こう言っちゃなんだが、IE 6.0 は世界一不便で危険なブラウザだと思う。

タブ・ブラウザの快適さを知らないと、IE 6.0 の不便さは実感できないだろうけれど、一度知ってしまったら、もう逆戻りできない。どうしてもっと早く乗り換えなかったのだろうと後悔するだろうと思う。

話は戻るが、本宅サイトのトップページの Safari での表示不具合は、サイト内検索の Google のテキスト入力欄の幅が広すぎるせいだとわかった。IE と Mozilla 系では問題ないが、Safari では、指定したテーブルの幅を無視してでも、広く表示してしまうようである。さっそく修正しておいた。

ところで、Safari の見た目はかなりシャープなのである。つまり、かっこいいのだ。動作も軽いし、コアなファンの多いのも納得である。ただ、フォントがシャープすぎて、私の 「和歌ログ」 みたいな、ぼぅっとしている方がいいサイトにはデフォルトでは不似合いなのが残念である。

それから、ココログの記事を投稿するときのリッチテキストエディター・モードに対応していないみたいで、表示できないのである。これさえ解決されたら、私も Safari をメイン・ブラウザにするのになあ。

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2008/04/08

何でも 「やりすぎ」 の中国的乱暴発想

またしても中国製衣料品のホルムアルデヒド残留問題である。前回 (参照) のはニュージーランドからの情報で、まだ他人事的感覚があったが、今度のは国内のケースだ。

大阪の子供服メーカーの販売した Tシャツに残留したホルムアルデヒドで、ひどい湿疹ができたというのである。(参照

前回の記事でも書いたように、ホルムアルデヒド自体は非常に水溶性の高い化学物質なので、水洗いすれば被害は防げる。しかし、購入したばかりの Tシャツを水洗いしてから着るという消費者は、案外少ないだろう。

店頭で販売されていた Tシャツからも、基準値を超えるホルムアルデヒドが検出されたというが、この物質は水に溶けやすいだけじゃなく、空気中でも容易に飛んでしまう (他に移染してしまう) 性質があるので、中国での出荷直前の段階での残留値はどんなに高かったかと思うと、かなり怖い。

ホルムアルデヒドは、繊維製品にハリをもたせたり、染料の定着をよくしたりする加工に用いられる。中国の場合は、服の見栄えのために見境なく大量のホルムアルデヒドを投入しているのだろう。

野菜を作るのに、農薬を見境なくバシャバシャかけまくっているのと同じ発想だ。要するに、何でもやりすぎてしまうのだ。

私は中国の縫製工場の従業員に、既にかなりの健康被害が生じているだろうと危惧している。中国の経営者がそこまで気を遣っているとは、到底思われないし。

一つには、彼らの 「無知」 が挙げられる。農薬や加工薬品を大量に使いすぎると健康被害をもたらすということを知らないか、知っていても、それほど切実な問題と捉えていないようなのだ。

彼らの 「無知」 は、コピー商品の氾濫においても指摘されるところである。中国税関当局は、中国のメーカーが有名ブランドのコピーは犯罪だと知らないで作っているケースが多いと指摘 (言い訳) する。

しかし、今の世の中で 「知らない」 という言い訳は通らないのである。「知らずに犯す罪は、知って犯す罪より重い」 というお釈迦様の一見奇妙に聞こえる哲学的指摘 (参照) を、とことん納得させられる事例である。とくに国際的経済活動においては、常識を知らないこと自体が罪なのだ。

さらに大きな問題は、「作って売ってしまったらそこから先のことは知らん」 という、彼らの基本的に乱暴な発想である。市場経済における 「責任」 ということを無視している。

「責任」 を無視しても、「成長」 することを選択しているのだ。途上国の経済においてはありがちなことだが、中国の乱暴さは、その影響力からして度を超している。そしてこの乱暴な発想は、今回のチベット問題の底流にもあると思う。

北京オリンピックの聖火リレーがヨーロッパで大混乱しているらしいが、それは中国の乱暴な姿勢が招いたものである。途上国的乱暴発想と、オリンピックで国威発揚しようという発想が、絶望的にバランスしていない。

聖火リレーの妨害行為を擁護するわけじゃないが、かなりの部分、中国の自業自得というものだ。

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2008/04/07

白熱灯を止めるなんていっても……

「経済産業省が家庭用照明の白熱灯を廃止し、省エネ型の電球型蛍光灯に転換を促す方針」 (参照) とのニュースには、白熱灯派の私としては、ちょっと驚いてしまった。

我が家はかなりエコ意識の高い家庭を自認しているが、蛍光灯だけはやたら少なくて、白熱灯比率が高い。

確かに蛍光灯の方が消費電力が少ないのはわかっているが、こればかりは趣味の問題で、ちょっとだけ贅沢させてもらっている。それでも、要所要所、私のデスクとか、リビングルームのテーブルの上とかは、蛍光灯だ。

白熱灯にしているのは、廊下、階段、玄関、トイレ、台所、寝室など、あまり長時間使わない所である。廊下とかトイレなんかは、ちょっと点けてすぐに消すから、これらを蛍光灯に変えても、消費電力はあまり変わらないと思うのである。

しかも、我が家の白熱灯は、ワット数が最大でも 60ワット止まりである。100ワットの電球なんて 1個も使ってない。あんまりのっぺりと明るすぎるのは嫌いで、40ワットぐらいのうすぼんやりしたのが好きなのだ。廊下とかトイレなんて、20ワットばっかりである。

こんな我が家が全ての電球を蛍光灯に変えたところで、消費電力とか CO2 排出量に大した違いは出ないと思うがなあ。ちょっと白熱灯で贅沢させてもらっている分は、他の部分の省エネでお釣りが来るんじゃなかろうか。

そもそも、白熱灯を蛍光灯に変えて大きな効果が期待できるのは、ヨーロッパ辺りだと思う。とくにドイツとかフランスとかの連中は、蛍光灯嫌いで、白熱灯ばっかりである。そのおかげで、薄っぺらな感じじゃない深みのある陰影のインテリアが実現されている。

彼らが、この深みのある陰影のインテリアってやつをすっぱり諦めて、全部蛍光灯に変えてしまったら、消費電力がかなり少なくなると思う。とはいえ、彼らがそう簡単にインテリアの雰囲気を放り出してしまうとは思えないのだけれど。

一方、日本人の家庭をみると、既にかなりの部分が蛍光灯化されてるじゃないか。我が家みたいに白熱灯だらけの家なんて、あまり見たことがない。オフィスなんてのは、もう、ほとんど蛍光灯みたいなものだし。

こんな日本で蛍光灯化なんて言っても、あまり大きな効果は望めないんじゃないかと思ってしまうのだ。もっと他にやることいっぱいあるだろう。

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2008/04/06

人災としての杉花粉症

今年の杉花粉飛散量は、半端じゃないらしい。そのせいか、この春に花粉症デビューしちゃった人がかなり多い。

身近なところでは、我が家の末娘だ。ある日突然、グシュグシュしながら 「ねぇねぇ、もしかして、これって花粉症?」 と言い出したまま、立派な花粉症持ちになってしまった。

実は私も花粉症持ちである。元々アレルギー性鼻炎ではあるのだが、杉花粉の季節になると、それに輪をかけてひどくなる。とはいえ、ここしばらくはあまりたいした症状は出なくて、昨年あたりはもう治ったんじゃないかと思うほどだったが、さすがに今年はたまらないので、外出時にはマスクをしている。

ところで、ものの本によると、花粉症は英語で "hay fever" というなんてことになっている。「ヘイ・フィーバー = 干し草熱」 である。英語の本場、英国では干し草で花粉症になるらしいのだ。

時は大航海時代、英国人たちは船を造るために森林を刈り尽くし、裸になってしまった土地に牛を飼うための牧草を植えた。英国の牧草地のほとんどは、元々野っぱらだったわけじゃなく、多くは森林を皆伐してしまったなれのはてなのだというのである。

で、英国の農夫たちは干し草を束にして運んでいるときに、妙に鼻水が出たり、熱っぽくなったりするのを自覚していた。それを称して  "hay fever" と言ったわけである。もろに 「干し草熱」 だったわけだ。

だから、  "hay fever" と日本の 「杉花粉アレルギー」 は同じものじゃない。しかし、共通点はある。元々はそんなに多くなかった植物を、人工的に増やしすぎたという点だ。このように、人工的に不自然な増やし方をすると、人間の方が絶えきれなくてアレルギー反応を起こしてしまったりするらしい。

そういえば、私は以前 「杉花粉と種の保存」 というエントリーを書いている。戦後むやみに植えすぎた杉の人工林が、手入れの悪さで悲鳴を上げ、必死に種を保存しようとして無駄に花粉を飛ばしているのだという説もある。花粉症はかなりの意味で人災と言えるようなのである。

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2008/04/05

ビミョー語は使い方次第ってことね

日刊ゲンダイの記事 「アナタの評価下げる "ビミョ~語"」 が、ブロゴスフィアでちょっとした話題になっている。中高年の使う 「ビミョー語」 ほど危ないという記事である。

煮え切らないビミョーな言い回しは周囲の評価を下げるというのだが、これ、どうもツッコミどころ満載のような気がするがなあ。

「つい口に出る 『微妙』 な日本語」 の著者、濱田秀彦氏が、「何事も結論づけず、曖昧にしておくことは楽で角が立たないと錯覚しますが、上からは頼りないヤツ、下からははっきりしない上司と思われる」 と、警鐘を鳴らしているという。

確かに、曖昧な言い回しばかりするオッサンは、部下から見るとうっとうしい存在だ。しかし、不思議なもので、世の中というのは、そういうオッサンほど順調に出世するようにできていたりするのである。あまり明確な言い回しで言い切ったりすると、気付いたら左遷されていたなんてことがあるのだ。

評価の下手に高すぎないオッサンは、安心して昇進させてもらえるし、あまり頭の切れすぎるやつは、周囲に疎んじられたりしてしまう。私は長い間業界記者をしていたから、そういうケースをよく見ている。

それに、件の記事では 「どんな発言もオブラートに包むことなく、相手の立場に立って物事を考え、潔く具体的に話そうと心がけることが大切」 といい、「ウーン、微妙だな」 「難しいな」 「~かもしれない」 などの 「曖昧系」 は避けるべきだと指摘していながら、途中から急にトーンが変わる。

「~するべきだ」 「何度も申しますように」 などの 「高飛車系」 も避けるべきで、「オレはそうしたほうがいいと思う」 「同じ話の繰り返しで恐縮ですが」 などと言い換えるといいみたいなことになるのだ。オブラートに包んだビミョーな言い回しの方が効果的ということになる。

このあたり、かなり 「ビミョーそのもの」 なのである。それに、見出しと記事中の 「ビミョ~語」 と 「ビミョー語」 という書き分け方もちょっと気になる。まあ、大した意味はないのだろうけど。

この記事は、一見すると 「"ビミョー語" を無意識に使いまくるやつは評価が下がるんだよ」 と言っている。しかし、「ただし上手に使うと、周囲を手玉にとって、うまく世間を渡れますよ」 ということを、まさにビミョー語の文脈を使って、遠回しに書いたもののようなのである。

記者がそこまで意識的だったかどうかは、計りかねるけれど。

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2008/04/04

ソメイヨシノによるストレス増幅

4月 1日の春嵐にも負けず、関東の桜が満開を維持している。桜ははかなく散るものと思われているが、実際には盛りを過ぎるまでは、強風でも必死に枝にしがみついている。

それでも、桜ははかなく、あるいは潔く散るというのは、日本人の DNA の中に深く擦り込まれた固定イメージのようなのだ。

昨日の和歌ログで、「のどけきを忘るる春の曉に静かなるかな桜散らざり」 と詠んだ (参照)。日本人の桜のイメージに、敢えて反旗を翻してみた。こんな風に詠いたくなるほど、今年の桜は健気である。

この日の和歌日記にも書いたのだが、在原業平に、「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」 という超有名な歌がある。桜さえなかったら、今日散るか、明日散るかと思いを馳せることもなく、平穏な心で春を過ごせるのにという歌だ。

しかし、業平の頃の桜の主流は山桜である。ソメイヨシノはずっと時代を下って江戸末期に品種改良の末に作られたものだから、日本人は山桜に馴染んだ期間の方がずっと長い。有名な吉野の山の桜も、山桜である。

山桜というのは、Wikipedia によると、ソメイヨシノよりもずっと花の盛りが長いらしい (参照)。そのため、昔の花見はその長い花の盛りの間に、散発的に行われたとある。今のように集中してどっと繰り出すというようなことはなかったようだ。

それなのに、業平は 「絶えて桜のなかりせば」 と詠んだのである。今から思えばずっとのどかな花見をしていた時代に、なおこんな風な感慨を抱いていたわけだ。今の我々と、平安貴族のスピード感は、ものすごいギャップがあるようなのである。

思えば、我々はあまりにも急ぎすぎているような気がするのである。1年を 8年分生きるドッグイヤー感覚に慣らされすぎているようだ。

そういえば、今では日本の桜の 80%がソメイヨシノになってしまっているようだが、これでは 「種の多様性が維持できない」 と警鐘を鳴らす人もいる。なるほど。日本中のソメイヨシノがたった 1本の木のクローンだというのだから、もし何か大きな要因でソメイヨシノにダメージが与えられたら、日本中の桜の 8割が消えてしまいかねない。

政府の首脳が全員 1機の飛行機に乗って移動するようなものである。何かの事故で墜落したら、国がマヒしてしまう。日本の桜はそれと同じような状態にある。

そして、平安の代の貴族ですらソワソワしていた感覚を、開花期間の短いソメイヨシノで、さらに増幅させてストレス社会に輪をかけている。

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2008/04/03

本州内でとても遠く感じるところ

首都圏から出張するのに、やたらと遠く感じる地域というのがある。それは物理的距離ではなく、移動に要する時間と、それとかなり大きいのはイメージの問題だ。

九州や北海道は、どうせ飛行機を使うのであまり遠くは感じない。東北方面も、新幹線が通る地域なら案外身近な感覚だ。

まあ、東北が身近に思えるのは、自分が東北出身だからということもあるだろう。逆にいえば、関西以西はイメージ的にとても遠く感じる。

岡山より先で、航空便の本数があまり多くなく、飛行機で行っても自分のスケジュールに空白の時間が生じるだけという地域に行くには、やはり新幹線を使ってしまう。そして、やたらと時間がかかる。広島とか福山とかいうのは、その意味で本当に遠い。

そして、それよりも遠いのは福井県だ。金沢なら近くに小松空港があるが、福井は、空港があるにはあるらしいが、まともな定期便がないようなのだ。そのため、東京から行くには、新幹線で米原まで行き、そこから特急に乗り換えることになる。

ところが、米原に停車する便というのは限られていて、どうも 1時間に 1~2本程度のようなのだ。となると、京都まで行って、大阪発の特急に乗ったりするという手にでることもある。なかなか面倒なのである。

先月、その福井に出張した。米原で乗り換えた特急しらさぎが、福井の手前の鯖江に着いたところで人身事故で止まってしまい、えらい目に遭った。そして今月は同じ福井県の小浜に行くことになった。

あの米国大統領候補のオバマ氏を勝手に応援している小浜市である。で、この小浜市というのは、同じ福井県でも昔の言い方では 「若狭の国」 なのである。福井市は 「越前の国」 なので、文化的にも別の国なのだ。そして、越前の国に行くよりまだ手間がかかる。

山間僻地というわけでもないのに、我が家からたどり着くのに最短で 6時間もかかる都市といのは、日本国内にはそれほど残されていない。その意味で、今度の出張はなかなか楽しみである。

帰りは京都にでも寄ってこようと思う。

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2008/04/02

English が 100年で Panglish になる?

うん、そりゃ、確かにある。何かというと、日本人の書いた英文というのが、やたらとわかりやすいということだ。

しかし、どことなく 「英語らしい英語」 じゃない。ぎこちない。誰に言われなくても、日本人が書いたものだとわかる。日本語の原文がどんな文章かまで、容易に想像がつく。

日本人の書いた学術論文やビジネス・レターというのは、ちゃんとした英語の文章としての体裁が整っている場合が多い。致命的な間違いはそれほど多く ないし、もしかしたら、文法的にはネイティブが書くよりもきちんとしているかもしれない。それでも、どうにも英語っぽくないのである。

これってどうしてかというと、日本人の感性で感じ、日本人の理屈で考えたことを、英語を使って書いているだけだから、筋道としてはとても日本的なのである。それだけに、こちらが完全に 「英語感覚」 にならなくても楽に理解できてしまうのだ。

この感覚は、あの 「ルー語」 を聞くのとそれほど大きな違いがない。日本感覚の英語である。

私は 30代後半にとある国際団体に所属して、世界各国の人間とやりとりするのに、英語という事実上の世界共通語を使っていたことがある。その時の経験で言うと、英語使いの本家は英国人なのだろうが、その他の国の人間はその国なりの英語を話すのである。

世界には、多分、国の数だけの、あるいはもっと多くの種類の英語があるはずだ。米国英語というのは本家の英語とはかなり違うし、オーストラリア人の英語は、とても聞き取りにくい。

しかし聞き取りにくさでいえば、アジア人の英語、とくに中国人とかインド人とかの英語はすさまじいもので、最初はほとんど英語とは思えなかったりするほどだ。日本人のカナカナ英語にしても、他の国の人間には、かなり異様な発音に聞こえているはずである。

よく 「フランス人は英語ができても、日本人に英語で話しかけられるとわからないフリをする」 なんて言われるが、私はそれは、日本人の口にする英語が、英語と思われていないだけなのだと解釈している。きっと、わけのわからない東洋の言語だと思われているのだ。

私がジャパニーズ・イングリッシュを理解できるのは、私自身が日本人で、「カタカナ式」 で英語をしゃべるとどうなるかということを、理解しているからである。日本人の書いた英文を理解しやすいというのも、それと似た感覚かもしれない。

で、本題だが、「研究者によると、英語は今後 100年で消えてしまい、Panglish と呼ばれるグローバルな言語に取って代わられる」 のだそうだ (参照)。 「既に英語はネイティブに英語を話すわけではない人々によってゆるやかな地域方言とでもいうものに変化してしまっている」 というのである。

これは、確かに実感である。世界中の人たちが、英語の単語と文法だけを拝借して、自分たちなりの感性と理屈を勝手に語り始めているのだ。別に 「英語らしい英語」 でなくても、記号みたいなものなんだから、いいじゃないかってなことになりかけている。

しかし、「英語が消えてしまう」 というのは、ちょっと極端な言い方だろう。Panglish のベースはやっぱりちゃんとした英語なのだから、それがあって初めて Panglish が機能する。英語の重要性はますます増していくのだと思う。

てなわけで、Gigazine の 「関連ページ」 として紹介されていた "自分の英語力がすぐにわかる NHK 出版の 「英語力測定テスト」"  というのをやってみた。ちょっと自慢しちゃうけど、「この程度のテストなら、100点取らなきゃね」 ということで、証拠写真を添えておく。

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2008/04/01

登録名にまつわる感動的エピソード

以前、中央線の電車の出発間際に、飛び乗ったことがある。飛び乗った途端に、異次元に迷い込んだかと思った。

満員に近い車内の雰囲気が異様である。状況を理解するのに、少なくとも 3秒かかった。私はどうやら、女子バレーボール・チームの真っ直中に飛び込んでしまったようなのだ。

私の身長は 178センチで、日本人としては間違いなく背の高い方である。人の顔を見上げることあまり慣れていない。ましてや、女性の顔を見上げるなんて、滅多にない。(このあたり、女性蔑視とかいう話とはまったく無関係の、単に物理的な話なのでよろしく)

ところが、その時、私の周囲の若い女性の顔は、ほとんど私の視線と同じレベルか、それより上にあるのだった。「慣れていない状況」 に置かれると、人間の頭はかなり混乱する。私は、わけもなく身の置き場のない思いに囚われてしまったのだった。

それで、ふと大林素子さんのエピソードを思い出した。

女子バレーボール選手はその体格のせいで、人に言えない悩みを持つことが多いそうだ。大林素子さんも、子どもの頃から飛び抜けて長身だったために、周囲の子ども達にからかわれ、大変なコンプレックスを抱いていたという。

しかし、バレーボール選手としての才能を開花させるにつれ、自分が長身であることに自信を持つようになり、コンプレックスが消えたのだという。その間の心の動きは、彼女の自伝 『マイ・ドリーム』 に感動的に記してある。

そしてある日、彼女は親に貰った長身という財産に感謝する意味で、選手としての登録名を変える決意をしたのだった。

彼女の本名が 「小林素子」 であるというのは、ほとんど知られていない。彼女は、選手としての登録名を 「小林」 から 「大林」 に変えることで、幼い頃からのコンプレックスに、最終的な別れを告げたのだった。

登録名を変えてからの彼女の活躍は、広く世に知られるところだ。

ところで、芸能人が芸名を使うのは一般的だが、スポーツ選手が 「登録名」 を使うというのも、それほど珍しいことではない。「イチロー」 は最も有名なケースだが、そのほかにも、姓名判断などで、同じ読み方の別の漢字を登録名にするスポーツ選手は少なくない。

そうした中で、彼女の登録名変更はかなり感動的なエピソードである。

これもまた、いつものエイプリルフール・ネタだろうって? そう思うのは自由だが、彼女の登録名そのものが、元々の本名を語っていることに気付けば、そんな疑いは晴れるだろう。ほら、「大林 もと "コ"」 って。

【4月 2日 追記】

申すまでもなく、エイプリルフール・ネタです。

昨年と一昨年のネタ (参照 1参照 2) は、あまりにも真に受ける人が多かったので、今年は敢えてバレバレにしました。

大林さん、ネタにしちゃってゴメンナサイ。

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