「懐かしい」 という英語がない
英語には 「懐かしい」 とう言葉にぴったりと対応する単語がない。英語だけでなく、欧米語全般にもいえることだそうだ。
例えば、「○○が懐かしい」 とか、「○○を懐かしく思い出した」 とかいった日本語を英訳する場合は、いろいろな言い換えをして、できるだけ近い感慨を表現することになる。
じゃあ、英語には 「懐かしい」 を一言で表現できる単語がないから不便かといえば、そうでもない。不便なのは、「懐かしい」 という単語を含む日本語を英訳するときだけで、初めから英語で思考すると、不思議なことに日本的な 「懐かしい」 という感覚そのものが生じない。
つまり、初めから英語の文脈の中にいると、「懐かしい」 に相当する単語がなくてもぜんぜん不便じゃない。そういう感慨自体がわかないからだ。つまり、「懐かしい」 という言葉は、日本人特有のメンタリティに深く関わっているもののようなのだ。
「マイクの世界」 というサイトに、「なつかしいって英語で何て言う?」 というページがある。このページでは、一般的に 「懐かしい」 に一番近い表現として、"brings back memories" という言い回しが紹介されている。
だが、この言い回しを日本語に直訳すると 「思い出を呼び戻す」 ということだ。「懐かしい」 に比較すると、ちょっと即物的な感じは否めない。「お懐かしゅうございます」 なんていうぐっとくるような思いは、表現しきれないだろう。
同窓会などで昔話に花が咲いた時など、「ああ、あの頃が懐かしいなあ」 という場合は、英語では "We yearn after those old days." が一番近いだろうと書かれている。なるほど、そうかもしれないと思う。それでも、どうも 「懐かしい」 という 「手の届かない感傷」 は表現しきれない気がする。
これに関しては、このサイトの筆者も 「ただ筆者の体験では昔話がでてもこのような言い方はでてこないですね。もっと具体的なんですね」 と注釈を入れている。
確かに、「こんなことがあった、あんなことがあった」 という具体的な昔話に花が咲いても、それらは個別論であって、それらをふんわりと、しかも切実に包括する感傷として、ことさらに 「懐かしい」 なんていう必要は、欧米的メンタリティにはないのだろう。
また、思い出の品や写真などが出てきたときに、「わーっ、これ、なつかしいなぁ…」 「ほんとだ」 といった会話は、次のようになるそうだ。
"Wow, this brings back old memories."
"Yes, it certainly does."
直訳すれば、「わぁ、これ、昔の思い出を呼び戻してくれる」 「確かにね」 というようなことになる。これもまた、日本人の感覚からすると即物的に過ぎるような気がするのである。
基本的な発想の違いとして、「懐かしい」 というのは、自分の方が昔の思い出の中に溶け込む感覚で、英語的表現は、思い出の方が今ある自分にやってくるというニュアンスだ。どうやら、「自我」 の捉え方に違いがありそうな気がする。日本人の 「懐かしい」 という感情は、自我を超えてしまっているようなのだ。
一方で、英語にあって日本語で表現しきれないのは、"miss" という動詞を使った言い方である。
別れの場面で、"I miss you." と言えば、「私はあなたを失う」 という単純なことを言っているのではなく、「あなたがいなくなると、どんなにさみしいだろう」 というような、万感の思いを込めているのである。
「懐かしい」 と "miss" は、日本と欧米とのメンタリティの違いをものすごく端的に物語る言葉のようなのだ。
【平成21年12月7日追記】
このことに関して、非常に重要な続編を書いたので、よろしければ参照いただきたい。(こちら)
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