« 「影」 って、 「光」 でもあるのだ | トップページ | 立川吉幸の会に行ってきた »

2008/04/24

あさま山荘への道程は近くて遠い

若松孝二の 『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』 という映画が評判らしい。なんだか遠い出来事のような気がする。実を言うと、私はこの事件の印象があまりないのだ。

この事件は 1972年 2月、ということは、私が大学に入って上京し、最初の冬を越そうとしていた頃の出来事である。

1971年から73年にかけては、私の人生で一番つまらなかった時代である。私だってあの頃の青少年だったから、それなりに反体制的な心情はしっかりと抱いていたし、学生運動にだって少しは関わりがあった。しかし、大学に入って最初の夏を越す頃には、私はすっかりしらけてしまったのである。

私が大学に入学した 1971年という年は、70年安保という山を越えてちょっとたるんでいるところがあったが、沖縄闘争なんていうそれなりの火種もあったので、大学はまだまだ荒れていた。

入学したとたんに、5月になったらストライキとやらで、キャンパスは封鎖。で、オルグに来た連中に誘われるままに少しはデモにも参加してみたが、こんなことで日本が変わるとは到底思われない。なにしろ、こちらは元々マルキストってわけじゃないし。

セクトの幹部という連中と話をしても、ただただ公式スローガンを繰り返されるだけで、得るところは何もない。悪いけど、こいつらと付き合っていたらこっちまで馬鹿になるという思いがどんどんつのる。

大学は封鎖されてるし、他にやることもないしというわけで、夏を迎える前にバイトと放浪の日々が始まるのである。バイトで小金を稼いでは、ギターをかつぎ、鈍行列車を乗り継いであちこちに出かける。大学のある街は、その地域のカウンターカルチャーを背負っていたので、かなりおもしろかった。

当時はあちこちに小さなライブハウスがあって、スケジュールが空いていれば歌わせてもらえたりした。ギャラは酒とメシの現物支給。で、そこで知り合ったやつのアパートなどに泊めてもらい、さらに酒を飲み交わす。

テレビなんかないし、新聞もあまり読まないから、世の中の情報はそれほど入ってこない。歌って飲んで語り明かし、さらにまた放浪の旅に出るだけだから、まさにボヘミアンである。というと、いかにも楽しそうに聞こえるだろうが、単にだらだらしているだけだから、目に見えて残っている収穫はあまりない。目に見えないものは残っているかもしれないが。

ある寒い冬の日、ぶらりと入った定食屋で、客がみんなテレビに食い入っている。何かと思ったら、雪に覆われた田舎の別荘風の建物に、クレーンででっかい鉄の玉をぶつけて破壊する場面が映し出されている。

いくらなんでも 「あさま山荘事件」 のことは聞いていたから、「ふ~ん、これがそうか」 と思った。そして、そう思っただけで、粛々と飯を食って、すぐに出てきてしまった。私がリアルタイムでこの事件の映像を見たのは、後にも先にもこれだけである。

世の中では、テレビ・ニュースの視聴率が 50%を超え、報道番組の視聴率としてはいまだに最高記録となっているというのに、私は全然興味を持てなかった。何しろ、「あさま山荘」 というのが軽井沢にあるなんてことすら知らなかった。

さらに、あさま山荘事件後、連合赤軍内部の 「総括」 という名のリンチ殺人事件が次々に明るみに出ても、「ふ~ん、やっぱりね」 という程度の感慨だった。

何しろ、あの当時は 「内ゲバ」 という名のセクト闘争で、死人や重傷者が出るのはざらだったし、その前年の秋、ほかならぬ自分の通う大学で革マル派のリンチ殺人事件が起きている。だから、連中は仲間内で殺し合うものだと思っていた。

一歩間違ったら、自分もそうした中に入っていなかったとも限らない。何しろ、当時はそうした入り口がそこら中にあったのだ。だから、入り込んでしまう者のメンタリティだって、わからないわけじゃない。自分はちょっと覗いてみただけで入り込めなかったが、正解だったと思った。

私は、当時の学生運動のかなりの部分を 「ばかばかしい」 と思った。あまりに現実離れしているからだ。しかし、あれを現実離れと感じないで、「これこそ現実」 と思う者もいた。そして彼らの多くは、いたって真面目なやつなのである。

子供の頃に喧嘩したことのない真面目なやつは、手加減ということを知らないから困る。殺すまでやってしまう。ああ、不真面目でよかったと思うのである。

あの頃の状況にかなり深く関わってしまっていた人たちとしては、今、まさに 「総括」 しないではいられないのだろう。ただし、その 「総括」 というのは、かなりの部分、ピンぼけになるだろうと思う。なぜなら、あの時代はノスタルジックなまでに遠くなりすぎてしまった。

「総括」 なんてする必要のない、もっとずっと若い世代の方が冷静な目でみることができるかもしれない。私はあまりにも中途半端なポジショニングだったし、情報も遮断していたので、「総括」 なんてできないような気がする。件の映画を見たいとも思わないのは、「遠方からの手紙」 のかつさんと同様である。

ただ、印象としては 「オウム真理教事件」 と相似形のような気がしている。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

|

« 「影」 って、 「光」 でもあるのだ | トップページ | 立川吉幸の会に行ってきた »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

トラックバック、ありがとうございます。
真面目な人たちほど始末に困るというのはまったくそのとおりですね。
当時の実情も「運動」というものの実態もほとんど知らないくせに、映画を見て、妙な感傷にふけり、おかしな感想を書いている人らも、やっぱり真面目な人なのでしょう。
そういう人たちの頭に、水でもぶっかけようかと思っていささかきつい文を書いてしまいました。
ちなみに、わが母校は白ではなく青さんの拠点校ということになってましたが(実際には中退者や他校からのかき集め)、やっぱり真面目な人たちでした。いい年しながらいまだに愚かなことをやっています。
別に映画に実害はないでしょうし、大きな影響を与えるということもないでしょうから、ほっといてもよかったのですけど。

投稿: かつ | 2008/04/24 11:12

かつ さん:

失礼しました、そちらの記事へのリンクを張り忘れたままトラックバックしてしまってました。
(後追いでリンクしましたので、よろしく)

私はいわゆる 「団塊の世代」 より 2~3年遅れなので、彼らの作り出したいわゆる 「ブーム」 的なものを、ちょっとだけ離れたところから見ていました。

で、当初は羨望のまなざしだったんですが、大学に入ったとたんに、実態をみて、批判的なまなざしに変わりました。

投稿: tak | 2008/04/24 13:20

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/42004/40970052

この記事へのトラックバック一覧です: あさま山荘への道程は近くて遠い:

« 「影」 って、 「光」 でもあるのだ | トップページ | 立川吉幸の会に行ってきた »