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2008/04/23

「影」 って、 「光」 でもあるのだ

「私の青空」 というスタンダードな曲がある。エノケンの歌でお馴染みだが、そういえば高田渡も歌っていたな。由紀さおり・安田祥子姉妹のすてきなバージョンで試聴もできる。

この歌の日本語の訳詞、「狭いながらも楽しいわが家/愛の日かげの射すところ」 というところに、私は長い間疑問を感じていた。

だって、おかしいじゃないか、「愛の光の射すところ」 ならわかるが、なんで 「愛の日かげの射すところ」 なんだ? この疑問は、子供の頃から大学生になる頃まで続いていた。なんだか納得できないが、みんなそう歌うから、しかたなく自分もそう歌っていたのである。

中には歌詞を覚え間違えて、「愛の光の射すところ~」 なんて歌っている人もずいぶんいた。うん、気持ちはよくわかる。だって、「日かげが射す」 より 「光が射す」 方がしっくりくるものね。とっても自然な間違いだと思う。

で、この疑問は恥ずかしながら、大学生の頃になってようやく解けたのである。「日かげ」 は、「日影」 と表記すべ単語であって、これは 「日陰」 とは違うのだ。

「日陰」 と書けば 「物のかげになって日光の当たらない場所」 (参照) という、「フツーのひかげ」 になるが、「日影」 と書くと、「日の光」 という意味になる。まあ、これは漢字が入ってきてからの書き分けであって、「かげ」 は 「かげ」 に違いないのだが。

そして、「かげ」 という言葉には、もともと 「光」 という意味もあるのだ (参照)。「かげ」 という言葉に 「陰」 と 「光」 という正反対の意味を持たせている。思えば不思議な感性だが、そもそも、「光」 あっての 「陰」 なのだから、表裏一体であり、納得できないわけでもない。

そういえば、英語の "shade" という言葉にも、「陰」 という意味と 「色合い」 という意味がある。昔、仕事で欧米のファッション情報を翻訳していた頃は、"shade" という単語が出てくれば、ほぼ自動的に 「色合い」 とか 「色味」 とかいう言葉に訳していた。

日本語の 「かげ」 ほど極端に正反対の意味ではないが、発想としてはそれほど遠くはない。「かげ」 があって、初めて人間は 「光」 の存在を明確に認識し、色の妙味も感じることができる。逆に言えば、人間の五感は不便なもので、「かげ」 がなければ 「光」 を対象化できない。

日本語では 「われ」 が 「自分」 のことであったり、「相手」 のことであったりする。もっと言えば、「自分」 という言葉に英語の "you" という意味を持たせることだって、それほど珍しいことではない。関西弁で、「自分、何しとんねん」 と言ったら、"What are you doing?" という意味になるのが普通である。(時に自問自答の場合もあるだろうが)

なるほど、「かげ」 に 「光」 の意味を持たせるのは、不思議ではあるが、日本語的には当然といえば当然なのである。

というわけで、「愛の日かげの射すところ」 は 「愛の日の光の射すところ」 という意味なのであった。さすが、訳詞の堀内敬三氏は立派なものなのである。

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コメント

 初めまして、いつも楽しく拝見しております。

「影~」という姓の友人がいるのですが、彼から
「ウチの『影』は光って意味なんですよ。『月影が冴え渡る』とか言うでしょう?」
 と言われたのを思い出しました。

投稿: 弥生 | 2008/04/24 02:46

弥生 さん:

なるほど、さすがに苗字にもってると、代々のことだから年期が入って、よくわかってますね。

投稿: tak | 2008/04/24 07:09

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