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2008/07/29

ネット接続ツールとしての PC

私はほとんど常に、モバイルノートを持ち歩いている。Let's Note CF-W7 という機種だ。これに E-mobile をつないで、インターネットにもブロードバンド接続できる。

しかし世の中では、ネット接続のためのツールとして、PC はピークを過ぎて、ケータイにシフトしつつあるというのである (参照)。

そういわれてみれば、若い連中はケータイ依存度がいかにも高そうだ。電車に乗っても、ケータイ画面に見入っている姿がやたらに多い。確かに、ケータイでインターネットに接続すれば、かなりのことができそうなのである。

天気予報、電車の路線案内などは、ケータイで十分用が済む。私だって、外出先で明日の天気予報や帰宅の終電に間に合わせるには、何時に退出すればいいのかを調べるときは、わざわざ PC を取り出して起動させたりはしない。

しかし、道案内はケータイでは不便だ。不案内な街に行って、近くで車を停めて食事のできるレストランを探そうとすると、確かにケータイでも検索できるが、それが本当に役に立つかというと、必ずしもそうではない。

ケータイの小さな画面に表示された地図を見ても、自分が今どこにいて、どっちに向かって行ったらいいのか、ちんぷんかんぷんなのである。全然わからない。そうなると、おもむろに PC を起動させて道案内サイトにアクセスする。すると、さすがに大きな画面はわかりやすい。個人的には、ケータイの道案内はあまり役に立たないと思う。

また、ブログや SNS の更新をケータイでするなんていう人もいるが、私はそんなことをしたら気が狂いそうになる。ケータイでまともなテキストを入力しようなんて、想像もできない。家族にちょっとしたケータイメールを出すにもイライラしてしまうのに。

まあ、世の中には、ケータイで小説を書くという人もいるのだから、慣れ次第かもしれないが、私としては、そんなことに慣れるために、貴重な時間を使いたくない。

というわけで、私は現状の モバイル PC のサイズの画面と、QWERTY キーボードがどうしても必要なのである。まだまだケータイでなんでもかんでも済ましてしまうというスタイルに移行するわけにはいかないようなのだ。

ただ、ある程度の画面サイズと QWERTY キーボードさえ使えるのなら、別に PC である必要はない。もっと軽くて手軽なツールが開発されたら、いつでも乗り換える用意はあると、態度表明しておこう。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント


>私はほとんど常に、モバイルノートを持ち歩いている。Let's Note CF-W7 という機種だ。これに E-mobile をつないで、インターネットにもブロードバンド接続できる。

私はPCをモバイル使用した経験が無く、明るくありません
ご教示いただければ幸甚なのですが

要するにPCを携帯電話につなげば、PCをモバイル勝できるのですか?
初歩的で申しわけありません

投稿: alex | 2008/07/29 23:55

alex さん:

おっしゃるとおり、PC にケータイをつなげば、無線でインターネット接続ができます。

ただし、ドコモとか ソフトバンク・モバイルとかは、パケット定額でケータイ本体でのインターネット接続はし放題でも、PC につないでインターネット接続すると、とたんに従量制になってやたらと高い金額が請求されるみたいです。

ところが、同じケータイでも、E-Mobile という会社のシステムだと、定額制でブロードバンドと言えるスピードでのインターネット接続ができます。
(私の使っているのは、通話のできない PC カード型で、インターネット接続によるデータ通信に特化しているタイプですが)

例えば、有線電話を引いていない一人暮らしの学生さんなんかは、ノート PC 1台もって、アパートの部屋でも外出先でも、E-mobile でインターネット接続するという手がありますね。

投稿: tak | 2008/07/30 00:41

 ネット接続の上での文章を読むことについては携帯もかなり便利になりましたね。希望を言えば、文庫本サイズくらいの画面の閲覧ツールだと読みやすいんだけどなぁ(笑)

 でも、書くことについて言えば、まったくもって私も携帯では書けません。ただ、あの文字入力のシステムはなかなか優れもので、視覚障害者など一部の人にとってはフルキーボードを使用するのは大変なので重宝する場合もありますね。

 携帯で文書を書くと、なんていうか文章自体の質が変わってしまいます。まぁそれが携帯小説という新しい文化(なの
か?)にも繋がっているんでしょうが、当然といえば当然なんですが、携帯で書いた文章はセンテンスの短いものが中心になって、複雑な文意をもった文章には向かないような気がしますね。

投稿: きんめ | 2008/07/30 04:53

きんめ さん:

>携帯で文書を書くと、なんていうか文章自体の質が変わってしまいます。まぁそれが携帯小説という新しい文化(なのか?)にも繋がっているんでしょうが、当然といえば当然なんですが、携帯で書いた文章はセンテンスの短いものが中心になって、複雑な文意をもった文章には向かないような気がしますね。

私は以前、「ワープロを使うと文体が変わるという人もいるが、これは虚言」 と書いています。

http://homepage3.nifty.com/tak-shonai/y_cracks/yc03/c33.htm#h150331

しかし、ケータイで書くと文体が変わるというのは、確かにあるでしょうね。

ケータイのユーザーインターフェイスが、あまりにも限定的であるために、自由な文体を許容しにくいというか、用意されているメニューが押しつけがましいというか、そんな理由によるものだと思います。

で、それ故に、私はケータイでテキストを書きたくないんですね。

私にとってのケータイは、できが悪くてむちゃくちゃ書きにくいペンみたいなもののようです。

投稿: tak | 2008/07/30 09:02

>しかし、ケータイで書くと文体が変わるというのは、確かにあるでしょうね。

 ついでにアタクシの感覚ですと、画面に表示される文字数が少ないものですから(PCと比較して…ねっ)、前後の文章の推敲ができない!表記のゆれなどのチェックがメンドクサイ!

 PCでメール作って、自分のケータイに送信して、相手先ケータイに転送する…。ときどき、手間かけてやってます。

投稿: オッチャン | 2008/07/30 12:24

オッチャン:

>PCでメール作って、自分のケータイに送信して、相手先ケータイに転送する…。ときどき、手間かけてやってます。

わはは (^o^)

「おじさんだって、PC からじゃなくて、あくまでケータイからメールしてるのよ」 という、一種の 「見栄」 ですかね。

私は改まった私信の場合、ワープロで下書きしてから、筆ペンで和紙の便せんに手書きしちゃいます。
(ある意味、これも 「見栄」 かも ^^;)、

投稿: tak | 2008/07/30 14:02

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