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2008/08/29

東アジアの欧米コンプレックス

昨日の続き。東アジアにおける欧米コンプレックスの話である。中華思想というのは、東アジア限定のお話で、中国はどうも、内弁慶なんじゃないかということでもある。

Adrienne さんのブログに、 「世界システム」 と 「華夷システム」 について触れてた、とても興味深い記事がある (参照)。

このコンセプトは、アメリカの歴史学者イマニュエル・ウォーラステインによって提唱されたものだそうだ。恥ずかしながら私は彼 (Adrienne さんは、ハンドルが女性名だが男である) のブログ記事で初めて知ったので、そこから、少し引用させていただこう。

(世界システム論とは) … 簡単に言うと歴史上見られる周辺国(植民地・属国)の経済的余剰を中央国(宗主国・覇権国家)に移送する仕組みです。もっと簡単に言うと、トランプの「大富豪」における大富豪と奴隷の関係みたいなものです。中央国になれるとお得なのです。

一方、華夷システムは字面を見てお分かりの通り東アジアにかつて存在した中国を中心とする冊封体制のことです。世界システム論によれば華夷システムも世界システムの一つなのですが、ここでは便宜上、世界システムと言えば、産業革命以降のイギリス・第二次世界大戦後のアメリカが覇権を握ってきたところの近代世界システムを指すことにしましょう。

なるほど、「中華思想」 とは、とりもなおさず 「華夷システム」 のことで、すなわち 「東アジアにかつて存在した中国を中心とする冊封体制」 を指すコンセプトであったのだ。これが近代に至り、産業革命を経た西欧のより強い 「世界システム」 によって、蹂躙され尽くしてしまったのである。

中国はかつて周辺国のことを、「東夷、西戎、南蛮、北狄」 と、卑しめた名称で呼んだが、なんと今、英国を 「英国」 (これは日本と同じ)、フランスを 「法国」 (かなりイメージがいい)、米国を 「美国」 (これはすごい!) と呼び習わしているのである。

こうした国の呼称を見ただけでも、周辺に対してはかなり上から目線だが、欧米に対してはものすごくへつらっている感じがする。態度に露骨な差があるのだ。はっきり言わせてもらうが、フツーの日本人の感覚では、そこまで露骨な振る舞いはとてもできないと思う。

日本に対しては、「歴史認識」 だのなんだのと、かなり強烈なことを言ってくるが、阿片戦争なんて、とんでもなく嫌らしいことを仕掛けて、つい最近まで香港を植民地としていた英国に対しては弱腰である。

つまり、欧米中心の近代的な 「世界システム」 には、白旗を上げているのだ。そして、この辺が複雑なところだが、東アジアで最初に 「華夷システム」 に見切りをつけて 「世界システム」 陣営に参加してしまったのが、他ならぬ日本だったということに、中国がかなり錯綜した思いを抱いてしまうのも無理からぬところかもしれない。

「お前、東夷の一番はずれのくせしやがって、何様のつもりじゃ!」 ということになるのかもしれない。とはいえ、「世界システム」 と 「華夷システム」 の合わせ技みたいに、本来ならば欧米にも向けられなければならないことまで全部まとめて叩きつけられる日本としては、堪らんわけなのだが。

ちなみに、東アジアの欧米コンプレックスは、中国のみならず、抜きがたいものがある。

日本では、人名表記を欧米流に、苗字と名前をひっくり返して英文表記する習わしが、明治の頃から一般化してしまった。これなんか考えようによっては、中国、韓国よりひどい欧米追従である。

韓国に関しては既に何度も触れたが、「李明博」 は 「イ・ミョンバク」 であると言い張りながら、英語表記は "Lee Myung-bak" であるというのも、かなり露骨な欧米迎合である。イ・スンヨプのユニフォームの背中に "Lee" とあるのも同様だ。私だったら、背中にあんなにはっきり  "Lee" と書きながら、「"イ" と呼んでくれ」 とは、恥ずかしくてよう言わん。

あるいは、三世ぐらいの中国系米国人が、米国系企業のエグゼクティブとして、中国の現地法人に赴任するとする。先祖の母国に凱旋するわけだから、きっと中国語を習って少しは中国語でのやりとりをするんじゃなかろうかという気がするが、彼らは決してそうしない。

徹頭徹尾、英語で通すのだ。なまじ中国語を習って片言でもしゃべったりしたら、「何だ、俺らと同じじゃん!」 と、妙な親近感を持たれ、ということはすなわち見くびられてしまう。だから、彼らは英語と欧米流のライフスタイルに固執し、見せつける。そうすれば、自然に一目置かれる。

東アジア人の欧米コンプレックスは、本当にいろいろなバリエーションとしてあらわれている。我々としては、無意識のそれを一度きちんと意識化して整理しておかないと、いつまでも心の底の部分で晴れないものが残ってしまうような気がする。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント


tak-shonai さん
珍しくナショナリスティックですね(笑)

では、私も珍しく?親中国モードで行きますか?
「報道ステーション」で、巷間「加藤工作員」(笑)という誉れある呼称?の親中国派の加藤解説員に近い立場で(笑)

確かに中国は、かって周辺国を「東夷、西戎、南蛮、北狄」 などと蔑称で呼びました
万里の長城を築城せざるを得なかった程の北方の脅威、遊牧民族は、匈奴・鮮卑・羯(けつ)、他にもあるんでしょうけれど、と言った名前で呼んだ
しかし、これは時代的に相当古い時代の話です
また、中華帝国の実効支配がおよぶ、または交戦中の周辺国をこう呼称していた
周辺国がどういう文化レベルの国であるか?ほとんど属国ですから一応把握していた
自分たちの文化が優れていると言う自信があった
だから、適当な蔑称で呼んで当然だった

ただ、例外はあり
圏外にあって、しかも仏教を輸入したインドは天竺と呼んで一応のリスペクトを示した
チンギス・ハーンのモンゴル帝国は「元」で、これには後に逆に征服された

しかし、欧米列強に関しては時代が下って清国の時代で、国際感覚がすでに変化していた
中国もアジアの中国以外に、遠方に求心力のある帝国が外部に存在していることを認識せざるを得なかった
太陽系以外にも宇宙があることを知った
中華文化圏、漢字文化圏以外の文化圏の存在を知った
だから手持ちの漢字文化圏的蔑称ではジャンル分けできなくなった
こういう事ではないでしょうか?

私、歴史は苦手ですから、この程度の認識ですが、他の方のご指摘をいただければ幸甚です

投稿: alex | 2008/08/29 11:28

論旨には影響しないツッコミかも知れませんが、「元」はモンゴルが中原を制覇した後に自ら名乗った王朝名で、漢民族がもともとそう呼び習わしていた訳ではないです
漢民族は「蒙古」と呼んでいました。
モンゴルも中原制覇当初は、元寇前の日本宛の国書などで「大蒙古国」と名乗っています。

投稿: not-six | 2008/08/29 11:58

alex さん:

>珍しくナショナリスティックですね(笑)

私は愛国者ですが、ナショナリストではないつもりですけどね ^^;)

「元」 については、not-six さんのご指摘通りですね。

清の時代になって、欧米列強の食い物にされましたが、清は漢民族ではなく、満州族の支配した国ですから、今の欧米諸国の呼称がその頃からあったのかどうか、私もこの辺りの歴史は苦手で、よくわかりません。

>中華文化圏、漢字文化圏以外の文化圏の存在を知った
>だから手持ちの漢字文化圏的蔑称ではジャンル分けできなくなった
>こういう事ではないでしょうか?

だからといって、「英国」 だの 「美国」 だのは、態度変えすぎだと思うんですよね。露骨すぎ。

投稿: tak | 2008/08/29 13:02

not-six さん:

ご指摘ありがとうございます。

投稿: tak | 2008/08/29 13:04

たのしく拝見しております。

「英国、美国」はそれぞれ、
「インクゥォ、メイクゥォ」と発音します。
(カタカナでは表しきれませんが...)
日本での、「英吉利(西)、亜米利加」と同様
音をあてて国という字を付けたものです。

日本で外来語にカタカナをあてるのと同じノリです。

マクドナルド(マクダノゥ)⇒麦當老(マィタンラォ)
なんて具合に外来語に音をあてて漢字表記してたりします。
日本よりも英語の発音に近くて、私などは好感が持てます。

脱線しましたが、
「英国、美国」は、「東夷、西戎、南蛮、北狄」などとは
根本的に違うロジックで名づけられてますね。

「英国、美国」の流れでいくと、
「日本、韓国、蒙古」という呼び方があるわけですから、
「東夷、西戎、南蛮、北狄」の流れで
イギリス、アメリカをその昔は何て呼んでたんでしょうね。

昔から「英国、美国」なのだとしたら、
それこそコンプレックスの現れなのかも知れませんが。

投稿: 8maki | 2008/08/29 15:25

取り上げていただいてありがとうございます。

人名の読み方、私も「日本人が日本語読みで何が悪い」という考え方なのですが、ただ、この習慣の一つ不便な点は英語で話していて中国人の名前を言いたい時に困ることですね。孔子→Confucius くらいならなんとかなりますが、王羲之とか謝霊運レベルだともう分かりません(^^;

投稿: Adrienne | 2008/08/29 18:35


tak-shonai さんの憤懣はやまないようですが(笑)
私は上記のごとく、時代が変わり、世界認識が変わったために呼称方法も変わっただけだと思っています
コンプレックスはあまり関係なく、国名の発音を模したもので対応した
そう推察しています

日本でも戦前はこうでしたよね
亜米利加
英吉利
仏蘭西
独逸
墺太利
西班牙
葡萄牙
和蘭
白耳義
露西亜
瑞西
丁抹
瑞典
芬蘭
諾威

投稿: alex | 2008/08/29 20:21

8maki さん:

>日本での、「英吉利(西)、亜米利加」と同様
>音をあてて国という字を付けたものです。

>日本で外来語にカタカナをあてるのと同じノリです。

えぇと、私が問題にしているのは、日本のカタカナ表記は表音文字なので夾雑物が入りにくいのですが、漢字で音を表すと、表意文字だけに、余計な意味、あるいはイメージとかニュアンスとかいう夾雑物が入ります。

アメリカに 「美国」という漢字を割り振った際に、他の漢字を使うという選択肢も当然あったはずなのに、「美」という漢字を当てたのは、モンゴルに「蒙古」という (「無知蒙昧」 の 「蒙」ですよ) 字を当てたコンセプトと、あまりにかけ離れているんじゃないかということです。

>「英国、美国」の流れでいくと、
>「日本、韓国、蒙古」という呼び方があるわけですから、

日本は 「倭」 と言われてましたね。
これには諸説ありますが、元々の意味は 「ゆだね従う」 という意味で、まあ、軽~くみられてたのかなと。
「蒙古」に関しては、上で述べたとおりです。

まあ、他の国でどう言ってたかという問題ですから、別にどうでもいいんですけどね。

投稿: tak | 2008/08/29 23:08

Adrienne さん:

>この習慣の一つ不便な点は英語で話していて中国人の名前を言いたい時に困ることですね。

そうなんですよね。
米国の新聞で中国関係の記事を読むと、人名、地名、ちんぷんかんぷんです。
顔写真があると何とかわかりますが、顔に見覚えがないと、お手上げです。

投稿: tak | 2008/08/29 23:11

alex さん:

>tak-shonai さんの憤懣はやまないようですが(笑)

「憤懣」 というよりは、「揶揄」 してるんですけどね ^^;)

>私は上記のごとく、時代が変わり、世界認識が変わったために呼称方法も変わっただけだと思っています

8maki さんのコメントへのレスでも述べたように、漢字の選び方が、ちょっとすごいなと。

「時代が変わり、世界認識が変わった」 というのは、「中華思想」 から、「欧米には白旗」 というコンセプトに変わったと解釈していいのかなと。

投稿: tak | 2008/08/29 23:15

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