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2008/09/30

「特攻機のボイスレコーダー」 の教訓

28日付の 「特攻機のボイスレコーダー」 という記事は、意外な展開を見てしまった。先方の該当記事が削除されてしまったのである。私は攻撃したつもりは毛頭ないんだがなあ。

当初は、先方のブログの管理人さんが、後世の創作物 (ドラマか何か) の録音を勘違いされたんだと思ったのだが。

ことの顛末を手短に記そう。

あるブログ (今となっては、あえてリンクしない) の、今は削除されてしまった 「戦争の真実」 という記事に、自衛隊基地内の一般公開されていない 「資料館」 を、特別に紹介してくれる関係者がいたおかげで見学することができたという記述があった。

その記述によると、太平洋戦争末期の特攻隊が搭載していた 「ボイスレコーダー」 が奇跡的に回収され、それがガラスケースに入れられて陳列されていたというのである。そして、直接ではないが、ダビングされた録音でその内容を聞くことができた。

その録音は、発信基地での出撃前のセレモニーの様子から始まっていたという。プロペラの音がして、最後の激突の衝撃音の前に、特攻隊員が 「おかあさん」 と言う声が、確かに録音されていたというのである。

この記事の筆者は、それ以上のことに言及しているわけではない。「あの戦争で死んだ兵士はみな、最後に 『天皇陛下万歳』 なんて叫んだのではなく、『おかあさん』 と叫んだのだ」 という都市伝説を強弁しているわけでもない。ただ、この録音を聞いて感動したという慎ましい記述である。

確かに感動的な記事である。しかし、へそ曲がりな私は、ついこの記事に疑問を抱いてしまった。太平洋戦争末期の特攻機に、ボイスレコーダーなんて搭載されていたはずがないじゃないかという疑問である。しかし、28日の時点ではその辺りの調べが不十分だったので、「にわかには信じられない」 と書くにとどめておいた。

私の 28日の記事には、ちょっとした数のコメントが寄せられ、私自身も録音技術の歴史などを調べてみた結果、当時の飛行機に録音機器が搭載されていた可能性はほとんどないということがわかった。

そういえば、当時の録音技術なんて、あの玉音放送ですら音盤録音だったのである。しかも、たかだか 5分間の玉音が 1枚の音盤に収まりきれず、2枚になったぐらいである。そんな時代に、戦闘機に録音機器を搭載するなんてできるはずがなかったのだ。

結論を言おう。太平洋戦争末期の特攻隊員が、自身の乗った特攻機に積載された録音機に自分の最期の声を録音したという可能性は、ゼロである。だから、「戦争の真実」 という記事は、何らかの勘違いか、そうでなければ何らかの意図による作り話であると断定せざるを得なくなったのである。

この奇妙な顛末から導かれる教訓を、以下に記そう。

まず、今のハイテク時代の常識は特殊なもので、いくら最近の歴史でも、そのまま適用してはとんでもない勘違いをしてしまうということだ。いくら近い過去にあたる歴史でも、ハイテク時代の常識で作り話をすると、すぐに破綻するのである。

もう一つの、そして最も大切な教訓は、まこりんさんのコメントの言葉を借りれば、「歴史はこのようにして物語化される」 ということだ。そして、いわゆる 「歴史」 の中にも、多くの 「物語」 が混入していないはずがないのである。我々は歴史を読むときには、せいぜい行間を読み取らなければならない。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント

takさんへ
このまま、姿を消そうかと思いましたが、私が記事を削除したことについての理由だけ説明したくコメントしました。
ボイスレコーダー云々については、この資料館への訪問自体がすでに7年も前のことで、記憶が曖昧な部分もあります。
書いているうちに、自然と筆をドラマチックな方向に持って行ってしまったのかも知れません。私は作家ではありませんので、細かいところの調査や裏付けがいい加減になってしまったことについては、どうかご容赦ください。
そして、takさんの記事についても、不愉快さを感じたわけではありませんし、ついたコメントについても「ひとつの表現に対して本当にいろいろな考えがされるものだなぁと、ブログというもののおもしろさと怖さを感じたくらいでした。
ただ、私の記事の中に、本気で調べようと思えば、場所や私がそこを訪問させてくださった方が特定されてしまう恐れもあり、もし、そんなことになれば、その時に関わっていた人たちに多大な迷惑をかけることになりかねません。また、私自身の素性が不特定多数の方に知られるのも避けたかった、というのが、削除の理由です。
世の中には私には計り知れない人脈を持った方がおられるでしょうし、コトが戦争だの天皇だの非常にデリケートな要素を含んでおりますので、自意識過剰かとも思いましたが、この件に関して姿を消すことを選択いたしました。

付け加えさせていただくならば、今となってはその場所に私が入ることは不可能ですので、再度確認・調査してフォローすることもできませんでした。
私にとっては、ボイスレコーダー云々は申し訳ないことですが、どうでもいいことで、先のコメントでも申し上げたように、人の数だけの真実、平和の尊さ、ということを伝えたかっただけなのです。
takさんのブログ(HP)から私のブログにとてもたくさんの方がアクセスされていまして、驚きました。多くの方がtakさんのところを訪問されているんですね。

いろいろとご迷惑をおかけしました。
本来、軽口のどーでもいいことを書いているだけのブログですので、お気になさらずに・・・・

投稿: ななこX | 2008/09/30 21:41

ななこX さん:

きっと何かの勘違いだったんでしょうね。

ただ、ななこXさんの平和を願うお気持ち、人間の暖かい感情への肯定は、十分伝わっていますので、ご安心ください。

あの記事を削除されたのは、賢明なことだったと思います。そのままにしておくと、悪意あるコメントが殺到しかねませんので。
(ウチの読者のほとんどは、紳士的だと信じてますけど)

投稿: tak | 2008/10/01 00:46

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