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2008/11/09

「音楽の泉」 と、日本人の身体

NHK ラジオ (第一放送) の 「音楽の泉」 は日曜朝の長寿番組としてお馴染みだ。現在は三代目の解説者、皆川達夫氏 が格調高くクラシック名曲を紹介してくれている。

とてもいい番組なのだが、個人的な印象としては、曲解説のスタイルが、昔から何となくなじめない気がしているのだ。

いや、気に入らないというわけじゃない。昔からなかなか格調高くて、既に定着したスタイルとなっているので、今さら急に変えろと言っているわけでもない。ただ、フツーの日本人にはちょっとぴんと来ないレトリックなのだよね。

例えば、「この曲は、第一楽章が印象的なアレグロの軽快な主題が繰り返され、次第に民族的なメロディを取り入れたものに変化していきます」 みたいなことを言われても、「それがどうした?」 みたいな気がしてしまうのだ。

実際に曲がかけられて、聞こえてきてから、「あぁ、西洋音楽でいうところの 『軽快な主題』 って、こんなようなものなのね」 と思う。そう思いながら心の底では、「軽快なんて言っても、別に、フツーじゃん」 みたいに思う。

そりゃ、クラシック音楽の 「軽快」 だから、今のポピュラー音楽に慣れてしまった耳には、「鈍重ってわけじゃないね」 ぐらいにしか聞こえない。それに、「中近東的なイメージの民族的主題」 とか言われても、聞いてみれば 「別に、西洋音楽じゃん」 なんてことになってしまう。

こうした印象って、我々の身体の中の DNA が、西洋人じゃないからということもあるんだと思うのだ。私なんか、かなりクラシック音楽が好きな方なんだけど、やっぱり、後で学んでわかるようになったというような気がしている。

亡くなった武智鉄二氏は、日本人の 「身体性」 から発する芸術論に関連して、「子どもの頃、クラシック音楽を聴くと、変な気がしたでしょ」 とよく言っていた。「小学校の音楽の時間で、クラシック音楽鑑賞なんていってレコードをかけても、それを聞きながらクスクス笑いが止まらない子がいたでしょ。それって当たり前なんです」

日本人の身体には、西洋のクラシック音楽が 「奇妙」 に聞こえるのだ。年齢を重ねて聞き慣れてしまえば普通に鑑賞できるようになるのだが、子どもの頃は、なんだかむずがゆいような感覚でしかない。どうしても 「クスクス笑い」 が止まらなくなってしまう。

「音楽の泉」 の解説は、この 「クスクス笑い」 感覚を完全に無視した格調高さなのだが、日本人の身体性からすると、ちょっと上滑り的な感覚もしてしまうのだ。「何とかの主題がどうのこうの」 より、まずは、聞き慣れることの方が大切という気がしてしまうのだよね。

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コメント


音楽というものには、味覚と同じように確かに慣れが必要ですね
好きずきだけれど、私はクラシック音楽に全く違和感はありません
むしろ、心が澄みきるような快感を感じます

祖父母も両親も洋楽好きだったので、幼児期には手回し蓄音機で洋楽のSPレコードを聴いていました
終戦後はラジオもNHK第一・NHK第二放送と米軍放送しかない時代があって(古い)(笑)、いやでも(笑)クラシック・邦楽・その他をバランスよく聞かされていたと思います
クラシックの時間も毎日のようにあって、BGMみたいに聴いていました
こういうものが下地になっているのかも知れません

逆に当時は戦前から続く「歌謡曲」というジャンルはあっても、後に出てきた泥臭い(失礼)「演歌」と言うものはまだありませんでした
この演歌こそ、私には私と家族の日常の生活感にそぐわない、違和感のあるものです
偉そうなことを書いてすみません(笑)

投稿: alex99 | 2008/11/09 15:38

alex さん:

>好きずきだけれど、私はクラシック音楽に全く違和感はありません

私は、ご大層な交響曲なんかで、エンディングが、ジャジャジャン! ジャ~~~ン! ジャン、ジャン、ジャ~~~ン!、ジャン!! みたいにもったいぶってなかなか終わらないみたいなのに、限りなくむず痒い思いをしていました ^^;)

弦楽四重奏系統は元々大好きでしたけど。

投稿: tak | 2008/11/09 23:57


>私は、ご大層な交響曲なんかで、エンディングが、ジャジャジャン! ジャ~~~ン! ジャン、ジャン、ジャ~~~ン!、ジャン!! みたいにもったいぶってなかなか終わらないみたいなのに、限りなくむず痒い思いをしていました ^^;)

 これ、なんとなく分かるような気がします(笑)
 同じように、馴れるまでは70年代後半から80年代くらいのロックのライブ映像とかで、エンディングがギターとドラムとが延々とギュインギュイン、ドコドコやってるのを見て、”長ぇよ!”とかちょっと笑いそうでした。

 ところがクラシックもロックも馴れてしまうと、それはそれでそのもったいぶった長い奴が快感だったりするので不思議ではあります。

投稿: きんめ | 2008/11/10 11:57

きんめ さん:

>同じように、馴れるまでは70年代後半から80年代くらいのロックのライブ映像とかで、エンディングがギターとドラムとが延々とギュインギュイン、ドコドコやってるのを見て、”長ぇよ!”とかちょっと笑いそうでした。

そうそう (^o^)

それから、グループサウンズの、もう具体的に曲名を出しちゃいますが、「ブルーシャトー」 のエンディング、

♪ ブルーブルーブルーブルーブルーブルー~~~
シャァ~ト~オ~オ~オ~オ~~~~~!!

ってのも、かなりむずがゆかったです ^^;)

投稿: tak | 2008/11/10 15:14

古希を迎えた今、私が小さい、まだテレビが無い時代、特に音楽が好きとか、得意だったわけではありませんでしたが記憶に残っている番組があります。
司会者の顔は出てきても、名前や番組の名前は出てきませんが、子供番組で、クラッシックの曲を聴いて、そこから何を想像、連想するかという、NHKのクラッシックを身近に感じる番組を思い出します。片田舎での夢多い少年時代、何時始まって、何時終わったのか、今の時代、情報が溢れて思考力の乏しくなった子供たちに聴かせる番組があればとつくづく思うこの頃です。

投稿: 福井 英夫 | 2012/03/06 10:33

福井 英夫 さん:

その番組、ラジオ少年だった私にも心当たりはありませんが、聞いて見たかった気がします。

投稿: tak | 2012/03/06 17:38

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