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2008/11/19

「過去の一番手前が現在」 という試論

山形県では、私の出身地である庄内ではあまり聞かないが、内陸の方では、電話に出て名乗る時、「はい、○○でした~」 と、なぜか過去形で言うことが多いようだ。

「○○です」 だと、なんとなくきつすぎて、最後に 「!」 が付くような気がするらしい。そこで、過去形で婉曲的ニュアンスにするわけだ。

庄内でも、電話で名乗る時は言わないが、近所の家を訪問する時など、玄関先で 「こんにぢはぁ~、今日は旦那さん、いましたがぁ~?」 (いましたか?) なんて、過去形で聞く。「いますか?」 なんて言ったら、それこそ、詰問調になるような気がしてしまうのだ。

山形県だけではない。「ですます調」 で話すとき、現在のことを言うのでも過去形の 「○○でした」 「○○ました」 と言うのは、東北各地で聞かれる。実に柔らかい口調で 「私はぁ、3人兄弟でした~」 なんて言うから、既に 1人か 2人は死んじゃったのかと思うと、実は 3人とも健在だったりするから、注意が必要だ。

こうなってしまったのは、まず、「ですます調」 なんていう文体は、元々の東北弁にはなかったからということがある。明治以後の近代教育で教え込まれた口調なのだが、新しく教わった 「です」 「ます」 という言い切り型には、どうも馴染めないものがある。そこで、過去形で婉曲的なニュアンスにし、ようやく日常生活に取り込まれたのだ。

ところが、もう一つの問題がある。それは、「そもそも、どうして過去形にするとしっくりくるのか?」 ということである。

そこで私は、一つの試論を述べたいと思う。日本人のメンタリティにおいては、「現在」 というのは、「一番手前の過去」 であるということだ。日本語においては、西欧語的な意味での 「現在形」 というのはない。現在形と思われているのは、単に 「原型」 である。

庄内弁では、現在進行中を表す言い方は、過去形に非常に近い。例えば、「食べている」 は、「食った」 (くった)である。「今、メシくった」 といえば、「今、メシを食っている」 という意味だ。じゃあ 「食べた」 はどう言うのかといえば 「食た」 (くた) である。促音かそうでないかの違いだ。

同様に 「走っている」 は 「走った」、「走った」 は 「走た」、そして 「寝ている」 は 「寝っだ」、「寝た」 は 「寝だ」 である。ほとんどの動詞をそのように活用する。

元々の形を推定すると、現在進行中を表す 「○っだ」 は、「○していた」 ということの短縮形だと思われる。今の考え方からすれば、現在進行形ではなく、過去進行形だ。それでも、それは現在のことを表すのである。「食った」 (「食っていた」 という現在進行) は、「食た」 (「食べた」 という過去形) と、微妙だがきちんと区別されるのだ。

前述の 「今日は旦那さん、いましたがぁ~?」 にしても、元々の庄内弁だと、「今日は旦那さん、いっだがぁ~?」 になる。だからそれを、ですます調でていねいに言おうとすると、「いますか?」 ではなく、ごく自然に 「いましたがぁ~?」 になる。これは伝統文化というものである。

やはり 「現在」 というのは、「過去の中で一番手前にあるもの」 でしかないのである。「現在」 という時制は独立したものではなく、どちらかといえば、「過去」 の範疇に属するのだ。

一方、英語では (私は西欧の言葉は英語しかわからないので、英語を例にとるしかない)、現在形と過去形の違いはとても明確だ。逆に、未来を表す時に、現在形に助動詞を付けるという手段を使っている。つまり、現在と未来の方が近い。「未来の一番手前」 が 「現在」 である。

それでも英語だって、人に者を頼む際にていねいなニュアンスを表現したいときなんかは、"Woud you ~ ?" なんて過去分詞を使う。"Will you ~?" というよりていねいなのだ。そのあたりは、私の こちらの記事 に書いてある。

どうも、過去に振る方が無難という気がするのは、人類共通のメンタリティなんじゃないかという気がしてきた。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント

北海道も、「~でした。」と電話に出る文化があるそうですね。
 以前に、2時間サスペンスの犯人が「~でした。」と電話に出ちゃったものだから、主役に気づかれちゃった!というのを見た覚えがあります。

 なんとなくですが、過去の一番手前が現在という考え方に、共感を覚えます。
 だって、会社のプレゼンで“将来の自分”のために“今何をするか”という課題が難しいのなんのって。
 それより、“過去こうだったから、こうする”の方が考えやすい。
 それに、外国製品をお手本にしてもっと高機能の製品を産み出す、日本のお家芸の説明もつきそうですし!

 もっとも、課題を嫌がる『へりくつ』に過ぎませんが…。orz


>どうも、過去に振る方がて無難といのは、

 スミマセン。拙者には解読不能です。

投稿: 乙痴庵 | 2008/11/19 12:24

「・・・でした」という表現は、会津では一部でしか使われないような気がします。(会津の南
部の方?)現在形を過去形にする表現は、あります。


「そっと見で見ろ。あそこの畑に猿いっぺ。ほら、走った!走った!」
という感じになるでしょうか?

>過去に振る方がて無難
今現在のことは不確定だから、いろいろな誤解に基づく、トラブルの元なので、確定的なちょっ
と過去にふるということでしょうか?

投稿: 雪山男 | 2008/11/19 12:45

乙痴庵 さん:

>北海道も、「~でした。」と電話に出る文化があるそうですね。

北海道には東北人が多く移住しましたから、あるでしょうね。

>それに、外国製品をお手本にしてもっと高機能の製品を産み出す、日本のお家芸の説明もつきそうですし!

ふむふむ、なんだか、理屈でしっかり説明するのは難しそうですが、直感的に、「そうそう!」 と膝を叩きそうになりました。

>>どうも、過去に振る方がて無難といのは、

>スミマセン。拙者には解読不能です。

こちらこそ済みませんでした。ミスタイプです。修正しておきました。

投稿: tak | 2008/11/19 16:11

雪山男 さん:

>例
>「そっと見で見ろ。あそこの畑に猿いっぺ。ほら、走った!走った!」
>という感じになるでしょうか?

この 「走った!走った!」は、「走ってる! 走ってる!」 という意味ですね。
庄内と共通ですね。

>過去に振る方がて無難
>今現在のことは不確定だから、いろいろな誤解に基づく、トラブルの元なので、確定的なちょっ
と過去にふるということでしょうか?

言葉足らずとミスタイプが重なりまして、すみません。修正しておきました。

過去形(あるいは過去分詞型) の方が、婉曲で柔らかい表現に感じられるというような意味合いで書かせて頂きました。

投稿: tak | 2008/11/19 16:16

こんばんわ。
土佐弁では、走りゆう(走っている)、走りよった(走っていた)、走った(走った)となります。
同じく、食べゆう、食べよった、食べた、となります。
現在形を過去形でいう習慣はあまりないように思いますが、一つ変わっているのは、朝の挨拶に、お年寄り(男性)が「おはようございました。」と言うことでしょうか。

投稿: Mikio | 2008/11/19 20:22

Mikio さん:

「~ゆう」 は、高知ではよく聞きますね。
「何してるの?」 は、「何しちゅう?」 でしたっけかね。

>一つ変わっているのは、朝の挨拶に、お年寄り(男性)が「おはようございました。」と言うことでしょうか。

これ、やっぱり、電話で 「○○でした」 というのと似てる気がします。

投稿: tak | 2008/11/19 20:32

なるほど、方言というのは奥が深いですね。過去の一番手前が現在という事で、I have been ~の過去完了から ~ing の進行形って英文法苦手の東北人の私にも解りやすかったのかも・・・。

電話といえば、うちの年寄り共は、知り合いの家へ電話を掛けて、相手が出るやいなや開口一番、「あ!オレだ、オレ!」って、爺さん、婆さん、あんた達はオレオレ詐欺の一味なのか!?

takさんの本日のエントリー、「過去・未来」という事で、ポッと頭に浮かんだことは、都会へ行くたびに電車駅で思う事。先発と次発はわかりやすい表示なのだが、”今度”と”次”って、どっちが先なのか?一瞬、モヤッとしてしまう。

投稿: やっ | 2008/11/19 22:07

いつも楽しく拝見しています。が、コメントは初めてです。
毎回、なるほど~、とうなることばかりなのですが、
今回ばかりは、どうしてもコメントをつけさせていただきたかった。
というのは、まさに「積年の蒙」が開かれた思いだからです。
中学生の時分から、なんでWill youやCan IよりもWoud youやCould Iが丁寧な表現になるのか、
ず~っと不思議に思っていました。
先生に幾度となく質問したのですが、確たる回答は得られませんでした。
私は東北ではありませんが、過去形が丁寧になる感覚、
言われてみればよくわかります。
居酒屋で「焼酎ください」と頼むと、「麦でしたっけねえ」と訊かれるときがあります。
これなんかは「麦ですか」と訊かれるより、よっぽど感じがいい。
まさに言われる通り、
「過去に振る方が無難という気がするのは、人類共通のメンタリティ」なんですねえ…。

投稿: なるとも | 2008/11/19 22:14

面白いですね~!
よく「接客の間違いマニュアル」みたいなテーマに
「『○○でよろしかったですか?』というのがけしからん!」
というのが挙がっていますが、丁寧&謙譲の意味を込めてお客様にお伺いするという意味合いでは正しいのかもしれませんね。
大体、「こういう言葉遣いがけしからん」なんて公の場で文句をつけている人は、他人に対してへりくだって接するなんて機会はないんでしょうし。

投稿: karin | 2008/11/19 22:39

やっ さん:

>先発と次発はわかりやすい表示なのだが、”今度”と”次”って、どっちが先なのか?一瞬、モヤッとしてしまう。

”今度”と”次”という表示は、言葉センスないですね。

私なら、「次」 「その次」 で OK と表示したいところです。

投稿: tak | 2008/11/19 23:55

なるとも さん:

>居酒屋で「焼酎ください」と頼むと、「麦でしたっけねえ」と訊かれるときがあります。
>これなんかは「麦ですか」と訊かれるより、よっぽど感じがいい。

なるほど、なるほど!
この感覚ですね!

「お客さん、いつも麦でしたよね」 という過去の連なりの、一番手前が、今という感じ。

投稿: tak | 2008/11/19 23:58

karin さん:

>「『○○でよろしかったですか?』というのがけしからん!」
>というのが挙がっていますが、丁寧&謙譲の意味を込めてお客様にお伺いするという意味合いでは正しいのかもしれませんね。

そうですね。
私は、「いらっしゃいませ、こんにちはぁ」 とか 「○○円からお預かりします」 とか 「はい、こちら○○になります」 にはむっときますが、「○○でよろしかったですか?」 は、むしろ、しかるべしとさえ思います。

きっと、東北文化圏の出身だからですね ^^;)

投稿: tak | 2008/11/20 00:02

再びのお邪魔で横槍です。

>「○○でよろしかったですか?」 は、むしろ、しかるべしとさえ思います。

 乙痴庵「じゃぁ、メキシカンピラフのセット下さい。」
 女店員「メキシカンピラフのセット、おひとつでよろしかったですか?」

 …『そりゃおめーよー!体型見て物言ってんだろ!フツー、セットモノ2つも3つも喰うやついるのか?あ?』

 乙痴庵「はい…。よろしくおねがいします…。」

 まぁ、女店員さんの、言葉の切り方が悪かったんだと思いますが、なんか自己否定してしまった一席のお粗末でした。

投稿: 乙痴庵 | 2008/11/20 12:19

乙痴庵 さん:

>女店員「メキシカンピラフのセット、おひとつでよろしかったですか?」

わはは (^o^)
その女店員さんに座布団3枚!

投稿: tak | 2008/11/22 16:18

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