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2008/12/30

『唯一郎句集』 レビュー #1

9月 27日の記事で、私の祖父 (母の実父) が自由律の俳人だったことを書いた。当時は天才とまで呼ばれていたらしい。

句集は長く私の実家の本棚にあったのだが、先日帰郷した際に、「じっくり読んでみたいから貸して」 と、つくばの地に持ってきた。折を見てちょっとずつレビューしてみたい。

祖父は俳号を 「唯一郎」 と称した。本名が 「猪一郎」 だからそれにちなみ、「唯一」 (uniqueness) という意味もかけてこの俳号にしたんだろうと思う。ちょっとしたセンスだ。

生まれたのが明治 36年で、17~18歳ぐらいの時に、朝日俳壇に投稿を始め、10~12句が掲載される中で、いつも欄頭の 4~5句を占め、「地方都市に天才現る」 と騒がれたらしい。

ところが、唯一郎が句作に没頭したのは 25歳ぐらいまでのことで、そのキャリアは 10年に満たない。自身も句帳というのをもたず、作りっぱなしだった。「私の俳句は排泄物に過ぎない、その場限りのもので、書き残すことも、記憶に留める用のないものだ」 と言っていたと聞く。

句作を男子一生の仕事とも思っていなかったようで、20歳で父を亡くしてからは家業の印刷屋を継ぎ、自身も昭和 20年の終戦の年に 48歳で死んだ。昭和 27年生まれの私は、だから祖父の顔を句集に載っているたった 1枚の写真でしか知らない。なかなかハンサムで、どこか母に似ている。

生前の同人が中心になって、昭和 36年に 「唯一郎句集」 が自費出版された。遺族の家業が印刷屋なのだから、印刷そのものはお手の物だが、なにしろ、句帳を持たない人だったので、作品はあちこちに散逸していて、集めるのが大変だったらしい。

その中で、"「朝日俳壇」 時代" (大正 10年頃と思われる) というカテゴリーにある俳句の中から、「これはとくにいいな」 と思ったものを以下に挙げてみよう。

湯豆腐つつく箸先の光りこの夜
うすら淋しきは淡雪の日の暦はぐり
冴えし夜の四つ角にて嘘を言ひしが
若い神楽師が何か淋しくて祭りの街中
ひそかに蚕室に入ればわが命いみぢく
桑の葉一枚摘み桑の葉かたかりけり
夏の海を見下ろしてから階段を飛ぶように下り

私は基本的には、自由律俳句というのはあまりぴんと来ない。何しろ、別宅サイトの和歌ログで、歴史仮名遣いの歌を詠んでいるぐらいで、どちらかといえば様式美が好きなのだ。

しかし、そうした偏見なしに改めて句集を読み返すと、なるほど、いい句がたくさんある。その中でとくに気に入ったものを、今回は七句選んでみた。まだ二十歳前のみずみずしさの中に、どこか老成したような透明感も漂っている。

「桑の葉~」 の句のように、何でもない即物的な言葉の中に感慨を込める手法というのは、なかなかのものだ。このレビューを繰り返すうちに、私の和歌の方もなんだか影響を受けてしまいそうな気がする。血がつながっているのだから、受けて当たり前という気もするが。

ちなみに、「和歌ログ」 の方では近頃、自分の三十一文字を英訳したバージョンを加えるという試みを始めた。英訳版では、一応きちんと韻を踏むことを優先しており、そのせいで元の和歌とは似て非なるものになって、我ながらおもしろい。これなんか、国際版自由律和歌かもしれない。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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唯一郎句集 レビュー」カテゴリの記事

コメント

私には「冴えし夜の」が時代を超えて、打たれる感がありました。

相手は誰か?によっては
大正浪漫の趣も馥郁と。

すばらしいですね。

明治時代もそうですが、昔は精神年齢が高い(というか、今が低い)ということを再認識しました。

投稿: jersey | 2008/12/31 01:17

jersey さん:

>私には「冴えし夜の」が時代を超えて、打たれる感がありました。

>相手は誰か?によっては
>大正浪漫の趣も馥郁と。

さて、相手は誰でしょう?
艶っぽく読めば、かなり艶っぽいですね。
でも、多分、酒田商業学校時代の作だし。

商都酒田では、私の父の出た酒田中学(旧制) よりも、商業学校が先にできて、できのいい子はみんなそこに入ったみたいです。

とはいえ、昔の学生さんもませてたのかもしれません。
私もけっこうませてましたから。

投稿: tak | 2008/12/31 02:02

はじめまして。

いつも楽しく拝見させてもらっています。

重箱の隅つつきのような指摘ですが、

>生まれたのが明治 36年
>昭和 20年の終戦の年に 48歳で死んだ。

明治36年は1903年、昭和20年は1945年ですので、
おじいさまは42歳で亡くなられたことになります。

個人的には、
「うすら淋しき」「若い神楽師」「ひそかに蚕室」の3句には、
日常にふと感じられる哀感が込められているように思われ、
これを20歳前後で詠まれたおじいさまは
格調高い俳人だったのでは、と思いました。

投稿: escape | 2009/01/08 06:36

escape さん:

>明治36年は1903年、昭和20年は1945年ですので、
>おじいさまは42歳で亡くなられたことになります。

ありゃ、そうですね。
享年48歳と聞いていた気がするので、ついそう書いちゃったんですが、後でよく確認してみます。

ご指摘ありがとうございます。

>これを20歳前後で詠まれたおじいさまは
>格調高い俳人だったのでは、と思いました。

ちょっとヤバイぐらいですね。
早死にするのも道理みたいな気さえしてしまいます。

投稿: tak | 2009/01/08 09:06

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