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2008/12/01

すれっからしの読書

近頃、読書量が減っている。決して本を読まないというわけじゃないのだが、若い頃に比べると、「激減」 と言っていいかもしれない。

若い頃はとにかく、よく本を読んだ。暇さえあれば読書していた。学生時代なんてインターネットはおろか、テレビももってなかったから、情報は本から得るしかなかったのである。

40歳になる前までは、徹夜の読書も平気だった。必要な情報なら、分厚い本を一晩で読んででも身に付けたものである。あの頃は、本当に体力があった。読書に必要なのは、もしかしたら知力よりも体力なのかもしれない。

近頃は、それができなくなったのである。まず、眠い。徹夜ができなくなった。本を読んでいるつもりで、ふと気付くと眠ってしまっていたりする。それに、1時間以上活字を追っていると、目が疲れてしまう。しょぼしょぼになってしまって、文字が読めなくなるのだ。

ああ、一晩ぶっ続けで活字を追ってもしゃっきりしていた頃の視力が欲しい。それさえあれば、どんなに新しい仕事にチャレンジできるだろう。

読書量が減ったのには目と体力の要因の他に、インターネットがある。活字を読まなくても、かなりの情報が瞬時に入手可能なのだ。つまり、読書の必要性が、相対的に少しだけ低くなっているともいえる。

しかし、まとまった体型的な情報を得るには、やはり読書が一番である。だから、私だって本は買わないわけじゃない。図書館から借りないわけでもない。ところが、最初に述べたような事情なので、なかなか完読ができないのである。読みかけの本のみがどんどん溜まる。

そして、幸か不幸か、読みかけでも案外大丈夫なのである。途中まで読んでしまうと、筆者のいいたいことは大体わかってしまうのだ。

本の内容というのは、最初に肝心の部分が提示され、あとはその詳しい説明が延々と続くか、あるいは、最初にいろいろなデータが次から次に提示され、最後に 「だから、これこれこういう結論だ」 というのが多い。

最初に肝心の部分が提示されてしまうと、大体それでわかってしまう。そしてそれは、最初に詳細から入るスタイルでもあまり変わりない。いろいろなケースの紹介を読んでいるうちに、筆者の言わんとすることは大体わかってしまう。その前提のたて方のうちに、結論はほとんど含まれている。

人間、長く生きていると、一を聞いて十を知るというほどじゃないが、すべて読まなくてもわかってしまう能力が発達してしまう。「ああ、これ、知ってる」 って感じなのである。

そんなわけで、うまくしたものである。目が疲れて読めない部分は、経験の力でなんとかなってしまったりするのである。すれっからしの読書である。体力を経験で補うのだ。

まるで住宅ローンを返済するのに、最初のうちは利息ばっかりだが、そのうち元金の比率が高まるように、ある程度経験を積んでくると、同じ読むのでも効率がずっとよくなるような気がする。大抵のことは既に知っていたりして斜め読みがきく。

すれっからしの読書を裏切ってくれるのは、やはり小説だ。よくできた小説は、読み進むほどに私の予感をいい意味で裏切ってワクワクさせてくれる。だから小説は止められない。しかし、とくに長編小説を読むには体力がいる。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント

本を読むのも才能なんじゃないの?
なんて泣き言いいながら、勧められる本と格闘しています。

本当は自分で乱読していかなきゃいけないんですが、
コレは!という奴を選んで貰って読んでる怠け者です。
前頭葉に電気が灯るようなものばかり、チョイスしてくれます。

いい本との出会いは一生の宝モノですよね。

投稿: 夜の指揮者 | 2008/12/01 21:12

夜の指揮者 さん

読書のコンシェルジュがいるんですね。
それも優秀なコンシェルジュが。

>いい本との出会いは一生の宝モノですよね。

そうですね。
それも、体系立てられたラインナップとしてあると最高ですね。

投稿: tak | 2008/12/02 08:18

池波正太郎先生のエッセイで読んだのですが、読書は体力で、ある程度年をとってしまうと
トルストイなんかは読めなくなってしまう、ということでした。
私は30代前半ですが、月に文庫本で2冊ペースで読めており、いまだ体力的な衰えは
なさそうなので、もうちょっと読めるうちに読んでおきたいなと思います。

私は、斜めに読んでいると、また気が向いて読んでみると、こんなこと書いてあったっけ?
とか、新たな発見があるので、まだまだ経験が足りないようです。

投稿: 雪山男 | 2008/12/02 08:57


全文、同感であります
わかります
読書をかさねると、そういうことになりますね

ある程度ある本を読んで行くと、私の脳が著者の脳とシンクロしてきて (笑)、それが読書の最大の効用
そうなれば、その本の残りは単なる知識の羅列なので歩止まりは低いので読まないままでもよい (笑)

ただ、今はフィクションは原則として読みません

このごろ、AMAZONなどを活用すると、どんどん素晴らしい新しい本を発見できる
古い本は、一部の名著を除いて、読む価値が落ちていますね
(よく必読書リストなどで、今はその学問的価値があまりない「名著」が上げられていますが、限りある好みで (笑) そんな本まで読んでいる時間はありません
ただ、今読んでも素晴らしい古典があることも確かですけれどね

というわけで (笑) まだまだ際限なく買い込みそうです
そのくせ、眼が悪くなり読書スピードはますます遅くなっている
意欲は満々なのに
最後は本の「ボタ山」に埋もれて死んでも仕方ありません
未踏峰だったということで (笑)


投稿: alex99 | 2008/12/02 10:51

雪山男 さん:

>池波正太郎先生のエッセイで読んだのですが、読書は体力で、ある程度年をとってしまうとトルストイなんかは読めなくなってしまう、ということでした。

池波正太郎先生もそうおっしゃってるんでしたら、間違いない (^o^)

>私は30代前半ですが、月に文庫本で2冊ペースで読めており、いまだ体力的な衰えはなさそうなので、もうちょっと読めるうちに読んでおきたいなと思います。

そうです。今のうちです。
しっかり一杯読んでください。

投稿: tak | 2008/12/02 15:38

alex さん:

>ある程度ある本を読んで行くと、私の脳が著者の脳とシンクロしてきて (笑)、それが読書の最大の効用

なるほど、うまい言い方ですね。
座布団三枚!

>古い本は、一部の名著を除いて、読む価値が落ちていますね
>(よく必読書リストなどで、今はその学問的価値があまりない「名著」が上げられていますが、限りある好みで (笑) そんな本まで読んでいる時間はありません

それは、「なんとか史」 を語る際の必読書という位置づけなんでしょうね。
ダイジェストで読むより、原典にあたる方がなんとなく趣があるということで。
(雰囲気のものだと思います ^^;)

>最後は本の「ボタ山」に埋もれて死んでも仕方ありません

本当に、消費が供給に追いつかないと、在庫の山になりますね。
(税金がかからないからいいですけど)

投稿: tak | 2008/12/02 15:43

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