« テレビも変わっていくだろう | トップページ | 住みやすさもいろいろ »

2008/12/28

庄内の冬の思い出

降雪、車両トラブル…各新幹線で運休・遅れ相次ぐ」 なんていう記事をみると、ついに本格的な冬になっちまったような気がしてきた。

確かに近頃、関東でもちょっと寒い。北西の風が国境の山のあたりで雪を濾し取られ、冷たさだけになって吹き下ろしてくる。「空っ風」 とはよく言ったものである。

28日、長野、山形、秋田新幹線はさんざんだったようだ。長野新幹線はブレーキ故障によるものだったようだが、山形新幹線は積雪、秋田新幹線は強風による運休だ。まさに冬である。

とはいえ、上越新幹線はきちんと走ったようで、さすがに計画当初から雪を計算に入れて建設しただけのことはある。めちゃくちゃ雪の深いあたりはトンネルで切り抜け、越後湯沢、長岡あたりになれば、それほどの影響を受けないようになっているようだ。

それに、不思議なことに、越後の国は長岡を越すとだんだん雪が少なくなり、新潟に着いてしまうとほとんど積雪ゼロということが多い。私は新潟市は雪の少ないところと思っている。関東の人には意外なことのようだが。

そして、新潟で羽越線特急いなほに乗り換えると、まただんだん雪が深くなる。とはいえ、県境を越えてしまえば庄内平野で、豪雪地帯というほどではない。山形県で雪が深いのは、内陸にはいったところだ。

米沢の近辺に行くと、今でも道路から住宅の玄関に辿り着くまで、トンネルみたいに雪を掘った道を下らなければならないところがあると聞く。ああ、そんな面倒なところに生まれなくて良かった。

庄内平野の冬は、雪よりも風がすごいのである。これは何度も書いたことだが、庄内は、人がフツーに都市生活をしているところとしては、世界一のブリザード地帯なんだそうだ。3年前には、特急いなほが強風に煽られて脱線するという大事故を起こしてしまったほどだ (参照)。白鳥が薙ぎ落とされてしまったということもある。

今のところ、庄内 Cam の画面を見ても、酒田市内は積雪しているというようには見えない。雪は酒田に積もらず、山際と、それを超えた内陸にまで吹き飛ばされてしまうのだ。

酒田で高校まで通った私は、地吹雪でほとんど視界の効かない中を、勘を頼りに学校までたどり着いたということが何度もある。関東であんな地吹雪になったら (まあ、なるはずがないが)、確実に休校だ。そうでないと、子どもたちが途中で遭難する。

小学校では、だるまストーブに火を入れるのは用務員さんの仕事とされ、子どもが勝手にやってはいけないという、一応の規則になっていたが、用務員さんが各教室に廻ってくるまで待っていては、凍えてしまう。なにしろ、窓の隙間から吹雪が吹き込んでくるのだから。

だから、小学校の 1~2年の頃から、生徒が自主的に火を付けていた。新聞紙、細い薪、太い薪、石炭の順にくべていって、最終的にストーブの横腹が赤くなるほどガンガンに火を強くするのである。

この火付けの技術が、秋の芋煮会のたき火に応用されたのは言うまでもない。今の学校は集中暖房だろうから、最近の子たちは、たき火の火起こしには難儀しちゃってるんじゃあるまいか。それとも、スーパーで売る 「芋煮会セット」 に、火のスターターも入ってるんだろうか?

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

|

« テレビも変わっていくだろう | トップページ | 住みやすさもいろいろ »

庄内の話題」カテゴリの記事

コメント


ブリザードの街と言えばシカゴを想い出しますが、それ以上なんでしょうか?

tak-shonai さんのこのブログを読んで、東北日本の気候にくわしくなりました (笑)

それにしても、どうしてわざわざ、そういう苦難の土地に住むのでしょうか・
素朴すぎる質問ですが (笑)

投稿: alex99 | 2008/12/28 23:37

日直の日は、15分早く家を出て職員室の前に並んでる自分のクラスのコークスを運ぶのが億劫でなりませんでした。ところが、静岡より女の子が転向してきて日直が同じシフトになって、今まであんなに億劫だった事が楽しくて楽しくて。と、ダルマストーブの記憶がよみがえりました。

転校生が言うには、静岡の小学校は石油ストーブで、コークスなどというのは見た事も無かったと言う事に若干、驚き。コークスの事を石炭とか言ったりして、それが面白くて、色々教えてみたり習ったり。

ストーブの火入れは担任の先生がやってましたね。でも、焚き付けに使う松ボックリを拾うのは児童の仕事(?)でした。ストーブはなぜか教室の前の出入り口付近に設置されていて、その周りの席の児童は、セーターを脱ぎ、それでも灼熱にさらされ授業中ボォーッとしてめまいがクラクラ、後ろの方の席は、寒くて寒くて、ジャンバーやオーバーコートを着ても足元がキンキンと痛くなるような寒さ。そんな小学校も、今じゃOMソーラーシステム採用で快適暖房。懐かしく初恋のようなものの思い出がよみがえるダルマストーブ。横腹の赤くなったところに上履のゴムの部分を擦って臭い匂いを出したり、ストーブにかけてある水バケツで給食の牛乳を沸かしたり、ちょいと突っ張ってる悪ガキ(私も含む)などは、スルメを持ち込んで焙って食ったり、欲しい芋を温めたり、いやはや凄まじい小学生だった。

新潟、富山とあちらのほうは豪雪地帯だと思ってましたが、出稼ぎで行くようになって雪が少ないなと実感しました。

あ!そうそう。冬季でも全日、ストーブ点火する事は無く、室温が8度だったか記憶は定かでないが、そのぐらいの気温以上だと職員室の前に赤い旗がぶら下げてなくてストーブ点火しない日、赤い旗がぶら下がってると点火の日だったような気がします。

投稿: やっ | 2008/12/29 04:56

やっ さん:

庄内ではコークスではなく 「石炭」 と言ってました。
石炭小屋から自分たちでスコップですくい、石炭バケツで教室まで持ってきてました。
(低学年の頃は、結構重かったなあ)

>ストーブはなぜか教室の前の出入り口付近に設置されていて、その周りの席の児童は、セーターを脱ぎ、それでも灼熱にさらされ授業中ボォーッとしてめまいがクラクラ、後ろの方の席は、寒くて寒くて、ジャンバーやオーバーコートを着ても足元がキンキンと痛くなるような寒さ。

ウチの学校は、前の方の出入り口の反対側(窓際)に設置されてました。

確かに、その付近は灼熱地獄ですね。3列目あたりが居眠りにちょうどいい感じで、後ろの方はもう、寒くて大変。

後ろの席では手がかじかむので、授業中に一度だけ、お湯に手を浸けて血行を促すという儀式が行なわれてました。
(あれは、気持ちよかった!)

投稿: tak | 2008/12/29 09:34

alex さん:

>ブリザードの街と言えばシカゴを想い出しますが、それ以上なんでしょうか?

冬のシカゴを知らないんで、なんとも言えませんが、確かに、寒そうではありますね。

でも、日本海は少なくともミシガン湖より大きいし、なにしろ海だし、向こう側はシベリアだし……

シカゴはミシガン湖の西岸だけど、庄内は冬の北西風をまともに受ける位置だし……

(こんなところで、シカゴと張り合ってどうすると突っ込まれそうですが ^^;)

>それにしても、どうしてわざわざ、そういう苦難の土地に住むのでしょうか・
>素朴すぎる質問ですが (笑)

冬以外は、意外に住みやすいんですよ。
自然の恵みも豊富だし。

最初に移り住んだ人たちは、冬以外の季節に辿り着いて、
「お、こりゃ、いいところだ!」 なんて思ったんでしょうね。

冬はこもってさえいりゃいいですから、何とかなります。
その分、春が来たときの喜びはひとしおですしね。

それから、最初に移り住んだ人の子孫たちにしてみりゃ、生まれた土地だものっとことでしょうね。

投稿: tak | 2008/12/29 09:41

alexさん

>それにしても、どうしてわざわざ、そういう苦難の土地に住むのでしょうか・

わはは。私はシカゴに4年間住みましたが、そんな所とは知らずに行ってしまったのでした。非常な寒がりだったのですが、おかげで少し耐性ができました。

東北地方には住んだことがないので、どちらが寒いかはわかりませんが、基本的にはセントラル・ヒーティングのアパートやオフィスにいる人が多いと思うので(高層ビルが非常に多い街です)やや楽だったのかな。

あと、雪が降り始めると市の除雪車が直ちに出動し、主な道路が走れなくなることはありませんでした。強引に削って行くので春にはアスファルトがボコボコになってしまいますけど。

投稿: きっしー | 2008/12/29 10:17

きっしー さん:

シカゴには 3回行ったんですが、すべて 6月でして、ミシガン湖畔の風も、この季節は心地よいものでした。
(その代わり、飛行機での移動は中西部のサンダーストームの時期と重なって、やたらと大変でしたが)

ちなみに私は、「シカゴは大阪っぽい」 という第一印象をもちましたが、聞けば姉妹都市なんですってね。

投稿: tak | 2008/12/29 11:12


きっしー さん:

私は一度だけ、シカゴに行ったことがあります
旧ヒルトンホテル(名前は失念)に泊りましたが、やはりすごい高層ビルでした
空港のタクシーが全部黒人だったのはおどろきました

季節は冬で雪が積もっていましたが、その日に限ってなのか、風はそれほど強くなかったような印象が残っています

同僚がプレイボーイ・クラブに連れて行ってやると言ってくれたのに、疲れていたので断ったのは、一生の不覚でした (笑)

投稿: alex99 | 2008/12/29 13:36

takさん

ループといわれるシカゴ川の南側、高架の環状線の中は、たしかに大阪っぽい雑然さがありますね。松田優作の出ていたリドリー・スコット監督の「ブラックレイン」をそこで撮影しても違和感がない…と言ったらちょっとヘン?

春から夏にかけてのミシガン湖沿いは本当に気持ちいいですね。湖畔を走るLake Shore Drive沿いに住んでいたので、子供の乳母車を押して散歩をするのが週末の楽しみでした。

冬になると、湖の表情は一気に変わるのですが。

投稿: きっしー | 2008/12/29 13:41

alexさん

寒い中おつかれさまでした。
プレイボーイ・クラブ、私も行きませんでした。惜しいことをしたのかな。

投稿: きっしー | 2008/12/29 13:47

alex さん:

>旧ヒルトンホテル(名前は失念)に泊りましたが、やはりすごい高層ビルでした

5年前の 6月に泊まったのが、同じホテルだと思います。何だか忘れましたが、ジョージ・ブッシュが顔を出すという集まりがあって、警戒の厳しさに往生してしまいました。

そういえば、プレイボーイ・クラブはシカゴが発祥の地でしたね。

某社の某部長が行ったことがあるらしく、「本場のバニーガールを見てしもたら、日本のバニーガールは、欠食児童ですわ!」 と感激してました。

投稿: tak | 2008/12/29 17:26

きっしー さん:

>ループといわれるシカゴ川の南側、高架の環状線の中は、たしかに大阪っぽい雑然さがありますね。松田優作の出ていたリドリー・スコット監督の「ブラックレイン」をそこで撮影しても違和感がない…と言ったらちょっとヘン?

制作費を浮かすために、シカゴの町に漢字の看板を一杯並べてロケしても、アメリカ人にはバレなかったりして。いや、でもやっぱり道頓堀がないと …… ^^;)

そういえば、私は長い間、フレンチコネクションの舞台がシカゴだったと思いこんでいました。あれ、ニューヨークだったんですね。

投稿: tak | 2008/12/29 17:36

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/42004/43558683

この記事へのトラックバック一覧です: 庄内の冬の思い出:

« テレビも変わっていくだろう | トップページ | 住みやすさもいろいろ »