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2009/02/12

『唯一郎句集』 レビュー #7

一気に 『唯一郎句集』 レビューの第 7回目。同じく 「朝日俳壇」 時代の作品である。季節は春に入っているようだが、酒田のこととて、季節が戻って雪が降ったりもする。

唯一郎の句は、半年のうちにますますシュールリアリズムの感覚を色濃く打ち出すようになっている気がする。

まだ 20歳前で、昔のこの年齢は今の 20歳前よりずっと大人びていたとはいえ、やはりちょっとすごい感覚である。当時の酒田は尋常小学校を出たらその上は商業学校しかなくて、唯一郎はそこに入ったはずなのに、一体どこでこんな感覚を学んだのだろう。天賦の才としか思われない。

わが梨の芽の黒くするどし

梨の芽というのは、ちょっと小さなタケノコが枝から生えてきたみたいにとんがったものだということを知っていれば、珍しく、そのものずばりでわかりやすい句である。

しかし、梨の果実しかイメージできない者にとっては、「黒く鋭い」 芽というのは、やはり少しシュールかもしれない。

朧明りよ 鳥籠今し声したり

春のおぼろ月夜のことである。暗い部屋に鳥かごが吊されている。声がしたというのは、鳥の鳴き声か。しかし、夜に鳥が鳴くというのもおかしい。

では一体、今聞こえた声は何なのか。誰の声なのか。

春の夜のシュールな夢。

朧夜家に入りて誰にも話さるること

ああ、これこそまさに若き唯一郎の言葉の迷宮である。

「誰にも話さるること」 とは一体何なのだ。誰にでも話していいことなのに、どうしてそれをふんわりと隠してしまうのだ。

誰でも知っているから、特別隠す必要もないことなのに、話さない限りは気付かないような微妙なことが、春のおぼろ月夜に家に入ると、心にふと浮かんだりしてしまうのか。

それとも、唯一郎の心の底の願いで、いつでも話せるはずなのに、今はまだ話さずにおこうとしていることなのか。

あるいは、前の句で聞こえた 「声」 は、自分の一人ごちた声なのか。

うすら淋しきは淡雪の日の暦はぐり

春の淡雪の舞う朝である。日めくりの暦を、今日も一枚めくる。

日付は進んでいるはずなのに、季節は戻る。酒田の春から戻るといえば、あの暗い冬である。だがうすら淋しいのは、それだけの理由ではない。

日付のみが徒に進む、そのことの方がうすら淋しさの根源かもしれない。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント


私が「絵で言えばビュッフェ」と書きましたが

ビュッフェとは旨い例えではなかったのですが、要するにシュールなところがある・・・と感じたのです
ただそれをどう表現すればいいか、あの時はわからずに「ビュッフェ」と書いたようです

投稿: alex99 | 2009/02/12 03:06

alex さん:

>ビュッフェとは旨い例えではなかったのですが、要するにシュールなところがある・・・と感じたのです

本当に、おどろくほどシュールなところがあるんですよね。
こんな短い詩体でシュールなことをするんで、想像力がないとちんぷんかんぷんだったりします。

投稿: tak | 2009/02/12 10:00


>こんな短い詩体でシュールなことをするんで、想像力がないとちんぷんかんぷんだったりします。

だからtak-shonai さんのナビが必要ですね

投稿: alex99 | 2009/02/12 10:41

alex さん:

>だからtak-shonai さんのナビが必要ですね

ナビゲーターも苦労します。
せめて追悼句集にもう少し年譜的な記載があればありがたいんですが、いつ学校を出て、いつ上京していつ帰郷して、いつ結婚してみたいな資料もないんで、大変です。

投稿: tak | 2009/02/12 12:31

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