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2009年2月に作成された投稿

2009/02/28

エスカレーターの乗り方から政治をみる

エスカレーターの正しい乗り方というのがあって、それは、エスカレーター内で歩いて上り下りするのは 「危険」 ということになっているらしいのである。

確かに大急ぎですり抜けるように上り下りしたら危ないだろうが、フツーに歩く分には全然平気だと思うがなあ。

社団法人エスカレーター協会のサイトには 「安全・快適にご利用いただくために」 というページがあって、そのページの一番下に、こんな風に書いてある。

慣例となっているエスカレーターの片側あけですが、危険や不便をともなう行為だということが、少しずつ浸透をしてきました。JR川崎駅前の地下街 「アゼリア」 や、名古屋市営地下鉄などでは、エスカレーターの歩行禁止の呼びかけを始めています。

ふうむ、私はエスカレーターで歩いちゃうけどなあ。とくに大阪人なんかは歩いちゃう人が多いように思える。

世界中どこに行っても、「エスカレーターの正しい乗り方」 なんぞをひっきりなしにアナウンスしている国なんて、日本しかない。「大きなお世話」 なのである。そして大抵の国では、急ぎたい人のために片側を空けるというのが常識になっている。「きちんと空けておかない方が危ない」 というのが、共通認識なんじゃなかろうか。

先日行った京都の市営地下鉄では、「急ぐ人のために片側を開けてお乗りください」 とアナウンスしていた。片側を開ける国際スタンダードと、エスカレーターの乗り方をひっきりなしにアナウンスする日本型おせっかいが、奇妙に同居していたのである。

「急いで昇りたかったら階段を昇れ」 という人もいる。私も、階段がすぐ近くにあればそうする。しかし大抵の場合は、エスカレーターは目立つところにあるけれど、階段はどこか端っこの方にあって、そこまで行くのが面倒なのだ。そうでなくても急いでるんだから、目の前のエスカレーターを昇るのが人情というものである。

「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」 という人もいるが、国が広かろうが狭かろうが、親の死に目にあうために一刻を争う人だっているのである。だから私は、急ぎたい人にはよほどの無鉄砲な急ぎ方でない限り、ちゃんと急がせてあげたいと思う。そのことについては、こちら の記事でも詳しく述べた。

要するに、急ぎたい人がいるのに、呑気な人が道幅一杯に広がってだらだら歩いているという状態が一番危ないのだ。急ぎたい人とダラダラ歩きの人を、きちんとわけてあげなければいけない。

ただ、エスカレーターの片側を空けるというのも、地域によって右側だったり左側だったりする。私の認識では、右側に乗って左側は急ぐ人のために空けておくというのが国際ルールで、大阪や仙台はそれに沿っている。東京のように右側を空けるというのは、ローカル・ルールだと思う。

現実的にみても、左側を空けるという国際ルールの方が、人間行動に即していると思う。というのは、とくにお年寄りなんかはエスカレーターに乗る時、大抵利き腕の右手でベルトにつかまりたがるのだ。見たところ、(いかにもお年寄りに見える) お年寄りが 10人いたら、少なくとも 8人は右手でベルトにつかまる。

すると当然にも右側に立ち止まってしまい、東京方式の中では、歩いて昇りたい人の流れを、不幸にも止めてしまう。

どうやら、エスカレーターで立ち止まりたい人は、右手でベルトにつかまり、右側に立つというのが自然のようなのだ。東京のように左側に乗るというのは、長い間にそれに慣らされてしまった結果だろう。そして、慣れていないお年寄りは右手でベルトにつかまって右側に乗り、人の流れを止める。

フツーに考えれば、大阪・仙台方式の方が合理的なのだが、東京のようにずっとその逆のメソッドでやってきてしまうと、なかなか変えられない。人が多すぎると、長年慣れ親しんだ制度を変えるのはなかなか困難なことなのである。

私は以前、日本の政治改革が進まないのは、「自由主義を標榜する先進国で、人口が 1億人をはるかに越えていながら、地方分権が進んでいないという点では、世界でたった一つのケース」 だからと書いた (参照)。他の国は大抵連邦制なので、小回りを効かせやすいのである。

なるべく硬直しないように、一定のスタンダードが適用しやすい地域ごとに行政区域を分けようというのが、「地方の時代」 の思想だと思うのだが、その当たり前の思想に基づいた 連邦制はおろか、「道州制」 すら、なかなか先に進まない。

ことほどさように、物事というのはいったん固定してしまうと、不合理だとわかっても変えられないモノなのである。とくに日本のように図体のでかい中央集権国家は、動きが完全に止まりでもしない限り、変わらないような気さえする。

図体ばかりでかい中央集権国家で、まともな動きがとれないから、エスカレーターの正しい乗り方なんていう重箱の隅みたいなアナウンスを垂れ流して、安全対策をしているかのようなアリバイ工作をするしかないのである。

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2009/02/27

たった 90日で 「英語がペラペラ」 になるなんて

昨年、高校英語の授業を基本的に英語で進めるという文科省方針で関連記事を書く時に、「英語/ 学習法」 などのキーワードでググっみて、ちょっと気になったことがある。

Google 検索結果ページ右欄の 「スポンサーリンク」 にものすごく魅力的なタイトルのページがいくつか表示されるのである。

スポンサーリンクだけではなく、検索結果の欄にも似たような趣のタイトルがいくつも表示される。

いわく 「正しい英語学習法」 「最速英語学習法 超実践トレーニング」 「3ヶ月ペラペラ英語学習法」 「英語学習法。英語脳を作れ」 「カリスマ英語速習法プログラム!90日間で英語ペラペラになる」 「英語 英会話 喋れない が ペラペラに 」 …… 等々。探せばいくらでも出てくる。

これらのサイトをランダムに覗いてみると、明らかにいくつかの共通点が見いだせる。以下に箇条書きにしてみよう。

  1. 一見して、トップページの造りがやたらと長い。まるで巻紙のようで、延々とスクロールさせられる。
  2. 大抵は冒頭で、「英語が苦手だった 『私』 は、いろいろな学習法を試したが、ことごとくモノにならなかった」 というようなことが語られる。
  3. そしてついに 「私」 は、悪いのは自分ではなく、従来の英語学習法なのだと悟る。
  4. そこで 「私」 は、新しい発想にトライし、そのメソッドにしたがって学習した結果、3ヶ月 (90日とかいう表記もある) で見違えるほどペラペラになった。
  5. 今では TOEIC で高得点が取れるようになり、米国人からも 「ネイティブ並み」 と誉められる。
  6. だが、結局のところ、その 「新しい発想の学習法」 がどんなものなのかというと、最後まで読んでも、さっぱり要領を得ない。糸口さえも語られていない。

とにかく、どのサイトもおそろしくよく似ているのである。同じ人 (あるいはグループ) か、そうでなくても、いくつかの分派が作っているのではないかと、普通の人なら感じてしまうんじゃないかと思う。

これらのサイトのスタイルは、ある意味、とても魅力的である。なにしろ、のっけから 「あなたが英語が苦手なのは、あなたが悪いんじゃない、従来の学習システムが悪かったのだ。あなたはその犠牲だったのだ」 という、堂々たるエクスキューズが与えられるのだから。

そして、従来の学習システムへの批判が延々と展開される。「基本文型を丸暗記しても役に立たない」 「英語を長時間聞き続けるなんて無駄」 「英会話スクールの先生はネイティブ・スピーカーというだけで、教えるノウハウがない」 「海外留学しても、ただとまどうだけ」 等々。

自分以外に向けられた悪口を読むほど気持ちのいいことはない。読者は 「そうだ、そうだ、その通り!」 と思ってしまう。「私がいくら英会話スクールに金を注ぎ込んでもモノにならなかったのも、当然だったのね」 というわけだ。

従来のメソッドを散々けなした後に、ほんのチラリと、一見もっともらしいことが語られる。いわく 「英語脳を鍛えなければならない」 「英語と日本語の発音は 『周波数』 が違う」 「ネイティブの学習法に沿う」 等々。要するに、日本語と英語は根本的に違うので、まったく新しい学習法が必要だというのだ。

しかしそれらの記述はとても漠然としていて、それ以上踏み込んだ説明は非常に注意深く避けられている。基本的に、従来システムの悪口と 「新発想」 とやらのチラ見せのキャッチボールで、トップページの中程は延々とスクロールさせられる。

私はこれらのサイトをみて、はなはだ恐縮ながら、大道芸とか見世物小屋を連想してしまった。

「この袋の中に大蛇が入っているから、今、出してみせる」 と言いつつ延々と口上を述べて、しまいにはちょっとした膏薬を売る大道芸とか、蛇をむしゃむしゃ食ってしまうお姉さんが登場するとかいう触れ込みで客を呼び込み、なんだかわけのわからないうちに 「お帰りはこちら~」 になる見世物小屋とか。

で、最後に、その学習法の 「効果」 についてだが、私はその学習法を実際に試したわけじゃないし、試した人が身近にいるわけでもないので、確かなことは何も言えない。

ただ、英語が苦手で、いろいろな教材を買って試しても、英会話スクールに通っても、ちっともモノにならなかった人が、たった 3ヶ月で 「ネイティブ並み」 にペラペラになるなんて、ずいぶん不思議なことがあるものだと思うのみである。そんなことが実際にあるとしたら、奇蹟以上のものだ。

営業妨害なんて言われるのは不本意なので、この程度にしておく。

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2009/02/26

ラニーニャと与謝野さん

TBS ラジオで気象予報士、森田正光さんの話を聞いていたら、この冬はラニーニャ現象が発生していたのだそうだ。東部太平洋の海水温が下がる現象である。

で、このラニーニャが発生すると、日本は、8割から9割の確率で厳冬になるというデータがあるのだそうだ。

ところが、この冬は暖冬だった。1~2割の確率の方に当たってしまったわけである。どうしてこうなったのかというと、いつものラニーニャの年なら、西部太平洋の海水温が相対的に高くなることによって発達するはずのアリューシャン低気圧が、この冬は発達しなかったからなのだそうだ。

アリューシャン低気圧が発達しないと、日本列島に寒気が呼び込まれないので、暖冬になる。で、さらに、このアリューシャン低気圧が発達しなかった要因には、偏西風の経路がいつもの年とやや違っていたからということもあるのだそうだ。

さらにまた、ラニーニャで海水温が下がる海域が、いつもの年より西にずれて、太平洋の真ん中に近かったこともあるという。やたらといろいろな要因が重なり合って、この冬、日本では記録的な暖冬となったわけだ。

森田さんによると、「この冬が記録的な暖冬だった理由は、いろいろな要因が挙げられる。それでもそれらはすべて、現象なので、さらにその現象の要因は何かということになると、気象学者でもわからない。いろいろありすぎるから」 ということなのだそうだ。

まさに、この世は複雑系の世界なのである。これだからこうなると、単純に割り切れるほど生やさしいものではないのだ。その辺は、気象も政治も同じである。大局的にはこうすればいいのにと、大方が認める政策でも、いろいろ複雑な利害関係が絡まり合って、こけつまろびつしながら、なかなか先に進まない。

ただ、それだからこそ、政治家にはリーダーシップが求められる。こけつまろびつに任せているだけでは、先に進まないからだ。

財務・金融・経済をまとめて担当することになった与謝野馨さんだが、先日ラジオに出演していろいろ語るのを聞いて、私はちょっと失望した。

この方、「今は大変な時期だ」 「政治や経済は、そんなに単純なものじゃない」 「よくよく考えなければならない時期に来ている」 「私は閣僚として粛々と任務を遂行するだけ」 などと、例の口の端からよだれが流れそうな口調で、当たり前の話をもたもたと繰り返すのみで、要するに、意味のあることは何も語らなかったのである。

頭がいいけど人間というものをあまりわかっていない人の陥りやすい罠である。ラジオに出たからには、大衆に向かって語らなければならないのである。しかし、彼は目の前にいる察しのいいキャスターとの、広がりのない茶飲み話に終始しただけだったのだ。

複雑系を認識することは結構だが、政治家がその中に埋没したことしか言わないのは、少なくとも時流には合っていない。

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2009/02/25

ファッションと個性

私の 「絶好調のユニクロ」 という記事に alex さんが敏感に反応して 「オシャレという自己表現」 という記事を書いておられる。

alex さんはブリティッシュ・トラッドの高級品しか身に付けない人と思っていたが、意外にもユニクロの XL サイズ商品もご贔屓なんだそうだ。いやはや、意外だった。

alex さんは体が大きいので、全ての商品で XL サイズが当然のように供給されているユニクロが、大変ありがたい存在だという。ということは、alex さんは身長は 6フィート (約 183cm) ぐらいあるんだろうなあ。私は日本人としては長身の部類にはいるとはいえ、5フィート 10インチ 1/8 だから、L サイズで十分である。

ちなみに、183cm ぐらいの身長を一言で表現するのに 6フィートというのはとても便利なのでつい使ってしまったが、私の身長を表現するのは、フィート・インチはやたらと面倒くさい。止めときゃよかった。

その alex さんだが、ファッションと個性表現について、次のように書かれている。

Tak-shonai さんのブログのコメントで
「ユニクロの衣類は個性がないのでオシャレが出来ない」
と言う意見があった
これは私にとって「眼からウロコ」だった

実際には、ユニクロ商品の氾濫について、 jeienne さんが 「個性のあるおしゃれができない人達が余計に個性を失っている感じ」 とコメントを寄せてくれたのだが、それについて alex さんはちょっと意外な印象をもたれたようなのだ。

alex さんはご自分のファッションを 「定番主義、没個性主義」 とおっしゃっている。着るもので個性を表現するなんてことは考えたことがなく、むしろ個性を抑える服装を心がけているというのである。それでも、数年前、米国で姪の結婚式に出席した際に、数多い参列者の中で「一番オシャレだった」 とみんなに言われたという。

だから、ファッションで個性を表現することと、「オシャレ」 ということは、ちょっと別の次元のことのようなのだ。

もちろん、alex さんのようにブリティッシュ・トラッドの高級品が身に付いていれば、それはそれで 「個性」 と見てもらえるので、まったく別の次元というわけではないのだが、個性表現とオシャレのレベルは正比例ではない。

私も個人的には 「敢えて 『個性的ファッション』 なんてものを志向する気にはなれない」 派である。洋服なんて、フツーに着ていればそれでいい。ただでさえちょっと変わってると思われてる気配があるのに、その上ファッションまで無理に個性的にしちゃったら、浮き上がり過ぎてしょうがない。

ファッション業界の中には、さすがに 「個性的なスタイル」 をしている人が大勢いらっしゃるが、いくらファッションでメシを食っているにしても、「がんばり過ぎ」 の人も多い。申し訳ないけど、私の目には 「あそこまでやったら、むしろお笑いだね」 ってな感じに映ってしまうのである。誰とは言わないけど、あの人とか、あの人とか ……。

とくに今、ファッションで 「個性」 だの 「斬新さ」 だのを追いすぎるのは、ファッションも含めたトータルな 「トレンド」 の中においては、ちょっと外れかかり始めていると思う。ファッションは今、「個性表現」 のためのメディアとしては、手垢が付きすぎているんじゃなかろうか。

ファッションというコップの中の嵐に集中しすぎると、コップの外からはむしろ 「かっこ悪い」 ことのように見えかねない。私は 「個性の奴隷」 にはなりたくないと思っているのである。

いずれにしろ、意識して表現しなきゃいけないようなのは、「個性」 の世界においてもまだ 「はな垂れ小僧」 のレベルで、それとはなしに自然ににじみ出るぐらいにならないと、お話にならない。

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2009/02/24

庄内が 『おくりびと』 のロケ地だったなんて

映画 『おくりびと』 がアカデミー賞の外国語映画賞を取ったという話題でもちきりだが、これが我が故郷、庄内でロケしたものとは、恥ずかしながらちっとも知らなかった。

このところ妙に忙しくて、見たいと思う映画も全然見られない。見られないだけでなく、情報からも遠ざかっていたようだ。

近頃、山形県が映画のロケ地として重宝な存在となっているようだ。ちょっと思い出すだけでも、『たそがれ清兵衛』  『スウィングガールズ』 『蝉しぐれ』 『蕨野行』 などが挙げられる。『釣りバカ日誌』 のシリーズでも、庄内を舞台にしたのがあったはずだ。

藤沢修平の映画化作品が鶴岡辺りで撮影されるのは当然としても、山形県の風景というのは、いかにも典型的な山里とか田舎町とか、往時の繁栄を思わせる街並みとか、時々垣間見られる小京都っぽさとか、何となく絵になりやすいものがある。それに何と言っても、あわただしい都会の時間とはかけはなれたのんびりさがあるので、ロケしやすいんだと思う。

これだけ話題になっているんだから、しっかり観光キャンペーンに役立てればいいようなものだが、庄内の人たちは、そういうセンスはかなり薄いから、「来たかったらどうぞ」 程度のゆる~いプロモーションしかしないだろう。

何しろ、庄内出身の私が、オスカー受賞作のロケ地が庄内だったと、受賞翌日になって知ったぐらいだから、プロモーション不足は明白である。ただ、このぐらいのゆるさが、庄内の良さなので、それはそれでいいのかもしれない。

どうせ一時的に観光客がどっと増えたところで、すぐに潮が引くように去っていくのは目に見えているのだから、本当に庄内の好きな人が時々訪れるという程度がいいのかもしれない。

それにしても、映画が見たい。芝居だって見たい。でも見る時間がない。ちょっとフラストレーションである。

ちなみに、『おくりびと』 が 「納棺師」 の映画だと聞いて、私はしばらく 「脳幹死」 の映画だとばかり思っていた。情報不足にもほどがある。お恥ずかしい。

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2009/02/23

『唯一郎句集』 レビュー #8

句集レビューも 8回目になった。20歳前の唯一郎が華々しくデビューした 「朝日俳壇」 時代の 3句を読む。

とにかく、新進気鋭の句なので、レトリックが斬新である。シュールである。一見するとちんぷんかんぷんだったりする。鑑賞するのは、なかなか骨が折れる。

さらに、この句集の掲載順が、必ずしも実際に句が作られた順に沿っているのかすらも疑問が残るところがある。前回の 「朧夜」 という情景の中で、捕まえようとしても逃げ去る心の深淵を詠んだような句から、一転して、今回は 「寒の戻り」 のような不思議な鋭さが感じられる 3句である。

煙草慣るるが世事なることよ 淡雪ふる

昔のこととて、十代の頃から煙草に慣れていたのだろうか。まあ、私だって今は完全に嫌煙派だけれど、十八歳から煙草を吸っていたことだし。

煙草に慣れるように、世間の俗事にも少しは慣れてきたものだということだろうか。それとも、煙草に慣れてしまったのは自分にとってはちょっとした驚きだが、他人の目には俗事のごときつまらないことなのだろうというのだろうか。

自分の身体感覚から世間の感覚に飛び、そして、いずれにしても、何事もないように世の中には淡雪が降るのである。

冴えし夜歸り來る様の跫音なりし

「冴えし夜」 というのは、前回取り上げた句にある 「朧夜」 と対になる言葉なのだろう。ただ、私だったら 「冴ゆる夜」 と現在形で言ってしまいたいところを 「冴えし夜」 と過去形で語るところが唯一郎の唯一郎たるところだ。

「冴ゆる夜」 と言ってしまうと、過去形で言うより直截的だが、ある意味とても客観的になる。「冴えし夜」 という過去形の言い方は、もしかしたら何事も婉曲に語りたがる庄内弁の文脈なのかもしれず、直截さは薄らぐが、その代わりに客観的というより、まさに自分で体験したことを表わす主観性は増す。

だから、「冴ゆる夜」 ではなく 「冴えし夜」 になっているというのは、「朧夜」 の反対語としての、唯一郎語なのかもしれない。

寒さの戻った凛とした夜、どこかから帰り来る人の足音が聞こえる。誰の足音かは語られない。もしかしたら、自分の足音を幽体離脱した自分が聞いているのかもしれない。

冴えし夜の四つ角にて嘘を言ひしが

ここにも 「冴えし夜」 が現われる。よほど気に入った言い方だったのかもしれない。

寒い夜に、四つ角にて嘘を言ったのだがというのである。その嘘はどんな嘘だったのか、誰に対して言ったのか。

多分ちょっとした嘘だったのだろう。嘘が心にひっかかるのは、その嘘の程度にはよらない。嘘を言った人間の心の方の問題だ。純粋な人間はちょっとした嘘でも心にひっかっかる。

女と逢って嘘を言ったのだとしたら、ちょっと艶っぽい大正ロマンだが、あるいはただ一人ごちただけだったのかもしれない。それについては何も語られない。

寒い街の四つ角の凛とした夜空に、唯一郎の嘘だけが漂う。

本日はこれぎり。

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2009/02/22

公明党と共産党の怪しい共存

私の関係先のオフィスの近くにある某酒屋さんの外壁には、共産党と公明党のポスターが仲良く並べて張り出されている。

公明党のポスターを貼り出している家は創価学会で、共産党のポスターを貼り出している家は共産党か、そうでなくてもそのシンパというのは、日本の常識である。

Crack_090221ということは、この酒屋さんには、創価学会員と共産党員が同居しているんだろうか。創価学会の家のせがれが、共産党に入ってしまうとかしたんだろうか。あるいは、共産党の家の息子が、創価学会員の嫁をもらってしまったんだろうか。

さらにまた、それまで創価学会員だったこの店の主が、急に共産主義に目覚めてしまったんだろうか。逆に、共産党員の妻が、近所の創価学会員に折伏されてしまったんだろうか。どうでもいいようなことだが、想像は膨らむばかりである。

あまり珍しい光景なので、つい写真に収めてしまった。下段左側のポスターは、端っこが剥がれて風になびいてしまっているが、共産党のポスターである。さらに、上段左の公明党のポスターは、太田委員長に見事な落書きが施されてしまっている。

上段真ん中の 「打倒 CO2 !!!」 というのも、何だかわからないが公明党のポスターである。地球温暖化を防ごうという意気込みは理解できるが、だからといって、二酸化炭素を 「打倒」 するというのは、ちょっとインテリジェンスがなさすぎのような気がする。

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2009/02/21

落語がブームなんだそうだ

ここしばらく 「裏の空き地でおならをこいたってね」 「へぇ」 というのを持ちネタにしていて、多分私のオリジナルと思っている。

念のため 「裏の空き地/おなら/へぇ or へい」 でググってみても見当たらないので、飲み会かなんかでこのネタを使う際には、私をリスペクトすることを忘れないように。

と、今日のネタは下らないマクラで始めるのだが、近頃落語がブームのようなのだ。書店をのぞくと、落語関係の本が平積みになっていたりする。しかも落語家の書いた本が平積みになっているのには驚いてしまう。

テレビの 「笑点」 がずっと高視聴率をキープしているそうで、さらに肝心の寄席の客の入りが、結構いいようなのである。人気落語家がトリを勤めたりしていると、平日でも早いうちから満席だったりする。

私なんかラジオ少年だったから、落語や漫才は昔から聞いてきた。志ん生、文楽を、ラジオを通してとはいえ、リアルタイムで聞くことができたのは幸福なことだったと思っている。

ただ前にも書いたが、実は、私は古典芸能で文学修士号を取ったといっても、専門は歌舞伎で、寄席芸に関しては決してコアなファンというわけじゃない。歌舞伎座には 100回以上行っているが、寄席に行った回数はその 1割にも満たない。とはいいながら、落語についてもそんじょそこらの人よりは、少しはよく知っているとは思うが。

とにかく落語は楽しい。それにこう言ってはなんだが、落語の中身というのは案外世知に長けていて勉強になる。私なんか、姉川原の決戦とか真柄十郎左衛門なんていうのは、落語の 「浮世床」 を聞かなければ知ることはなかった。昔の人は、寄席で世の中の常識を学んだんじゃないかと思うぐらいだ。

近頃の若い人でも落語さえ聞いていれば、伝統的な日本人のちょっとした良さを、いい具合のところでちらりと発揮できるんじゃないかと思ったりする。少なくとも、ちょっと洒落の効いた当意即妙の受け答えができるようになったりする。

落語への関心が高まっているのは、この数年続いているようで、どうやら一過性のブームというわけでもなさそうだ。この裾野がさらに広がればいいと願う。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「

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2009/02/20

絶好調のユニクロ

「フォーブス」 の発表した 2009年の「日本の富豪 40人」 によると、ユニクロの柳井正会長兼社長が 1位になったんだそうだ。

前年の 6位 (47億ドル、約 4,416億円) から、一気に 14億ドル(約 1,316億円) も資産を増やしてトップに躍り出たという。こういう渋い世の中になると、ユニクロ、強いなあ。

この躍進の要因は、資産のかなりの部分を占めるファーストリテイリングの株価が、1年前に比べ 2割ほど上昇したことが大きいという。別に給料が上がったとか、土地を売ったとかで現ナマがどさっと手に入ったわけではなく、言わば名目上の財産が自動的に増えてしまったのである。

それにしても、創業社長 (あるいはオーナー社長) というのは、一発当てるとすごい大金持ちになってしまうものである。

今、アパレル業界では 「ユニクロの一人勝ち」 なんて言われている。ほとんどの人の収入が目減りして、高い服を買えなくなったところにもってきて、ユニクロの服というのは値段の割に、私に言わせれば 「慇懃無礼なほど」 の高品質なので、売れて当たり前である。

それに、秋冬シーズンでは 「ヒートテック」 というフリースをしのぐほどのヒット商品が出現し、利益率が高まったので、業績は過去最高になっている。近頃ユニクロの閉店後を狙った強盗事件が 2件連続した (犯人は逮捕されている) というのも、なるほどといいたくなる。でも、よい子の皆さんは真似しないでね。

私の若い頃といえば、服は百貨店とか街の洋品店で買うものだった。ところが、百貨店は無闇に高級化してしまうし、街の洋品店は地盤沈下で、しばらくはフツーの人がフツーに服を買う店が少なくなっていた。

百貨店については、私は以前に 「終わりかけた業態」 と書いていて (参照)、街の洋品店に関しては 「本当はよく潰れている」 と書いている (参照)。

そこに登場したのが、「しまむら」 と 「ユニクロ」 である。しまむらは銀座の真ん中に店を開いてもしょうがないだろうが、ユニクロはそれができる力をもってしまった。これからしばらくは、絶好調が続くだろう。

ただ,ユニクロは拡大し続けないとビジネスが継続できないという体質になってしまった。京都の老舗みたいに、少しだけ作って 「売り切り御免」 では会社が維持できないのだ。だから、今後もリスクを背負いながら成長し続けなければならない。

今のマーケットではすぐに飽和状態になるから、成長し続けるためには、別のマーケットを開拓しなければならない。これがうまくできれば、さらにとんでもない大企業になってしまうかもしれないが、それは一般論で言うと、案外難しい話なのである。

それに、ある状況に最適化したビジネスモデルで大成功してしまうと、その状況が変わった時に対応しきれないという危険性もある。例えば百貨店市場で大成功して我が世の春だったオンワード樫山が、今期は大ブレーキがかかっている。今の市場に合わせてビジネスを再構築するのは時間がかかるだろう。

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2009/02/19

私のパソコンチェアは、爆発しないだろうな

中国でパソコン用椅子が爆発し、座っていた 14歳の少年の肛門に棒が刺さり死亡とのニュース (参照) には、寒気がした。

写真をみれば、オフィスや家庭によくあるタイプの椅子の座面に見るも無惨な穴があいてしまっている。この座面を上下させるガスシリンダーが、爆発してしまったという。

「おいおい、俺の使ってる椅子は大丈夫だろうな?」 と、多少は心臓に悪い思いをしてしまったのだが、記事に添えられた写真を見るうちに、「ん ???」 となってしまったのである。このニュース、英国の "SUN" や 日本の 「東スポ」 によくあるタイプの 「トンデモ」 記事なんじゃなかろうか。

疑問に思ったのは、椅子のガスシリンダーというのは、座面の下の支柱内部に取り付けられているはずで、その支柱は座面の下の金属板にはまるようになっている。ところが、写真でみたところでは、その金属板はほとんど無傷で、座面のシートだけが見るも無惨に破けているのだ。

座面の下の爆発でこんな風になるはずがない。座面の上からひっちゃぶいたとしか思われないのである。この程度のことは、そんなに仔細に写真を見つめなくても、ぼうっと見ているだけでもわかりそうなことだ。

そしてこの記事には、以下のような解説がある。

記事にはガスシリンダーが爆発する可能性として3点を挙げている。
1. 注入されている気体にチッソ以外のものが含まれている場合
2. シリンダーの材質が悪く、耐圧製に欠ける場合
3. 密閉度が低い場合

うーん、私は純粋文系だから迂闊なことは言えないけれど、「チッソ以外のものが含まれている場合」 というのは、具体的にわけがわからないし、「密閉度が低い場合」 というのも、それならガスが漏れてしまって、かえって爆発しにくいんじゃなかろうかと思えてしまう。

で、ネタ元のブログに飛ぶと、写真は 「シンガポール日報」 (星州日報)からの転載のようで、「中國‧椅鋼條彈出刺破肛門血管‧旋轉椅爆炸插死少年 | 星洲日報:」 というタイトルのページにリンクされている。ところが、そちらにアクセスしようとするとめちゃくちゃ重くて、全部表示されるのに5分以上かかった。

私の回線は一応 Bフレッツなんだけど、よっぽどアクセスが集中しているのかなあ。ということは、このニュースは世界中から注目されているのかもしれない。

さらに、この新聞のトップページに飛ぼうと "http://www.sinchew.com" にアクセスすると、マレーシア観光のページに飛ぶ。そしてそれはあっという間に表示される。なんだかなあ。よく調べると、新聞のトップページは、"http://www.sinchew.com.my" のようなのだ。

ちなみに、URL 末尾の "my" というのはマレーシアをあらわしている。ということは、日本でいえば "jp" ドメインの前に 「ドット・コム」 をもってきているようなものなんだろうか。"~.com.jp" なんて URL をみたら、私なら引いてしまうがなあ。

ただ、この 「星洲日報」 (Sin Chew Daily) というのを調べると、決して怪しい新聞ではなく、マレーシアで発行されているメジャーな中国語新聞のようだ。ただ、件の記事に限っていえば、なんだか怪しい気がする。

とまあ、中国語の原文も読めないし、いろいろあってよくわからなくなってしまったのだが、私としては自分のガスシリンダー式の椅子には、とりあえず安心して座ろうと結論づけた次第なのである。

ただ、記事自体はあくまでも本当で、あの写真は後から手を加えられたもの (原因究明のために椅子の側地を切り開いて中を確かめたとか) と思う方は、エアシリンダーではなく油圧式に替えられるのがいいだろう。

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2009/02/18

政界のリスク・マネジメント

中川さんがついに財務相を辞任した。どうみても辞任しなけりゃ済まない大騒ぎになってしまったのに、言が二転三転した挙げ句、ようやく辞任というのは、ちょっと情けない。

自民党に限らず、政界というのはリスク・マネジメントがお下手だ。このあたりは、民間の方がずっとこなれてきた。

不祥事があった時の一番まずい対応というのは、最初は見え見えの言い訳で見苦しい保身に走るが、突っ込まれるにしたがって言うことがコロコロ変わり、最終的には保身さえできなくなるばかりか、周囲にまで大きなダメージを与えてしまうというものだ。今回のケースは、その典型例である。

少し前までは、民間でも不祥事があると、大体こんなことになっていた。雪印とか船場吉兆とかがその代表例である。きちんと処理すれば少なくとも潰れずに済んだのに、見苦しい言い訳でますますイメージダウンになり、会社が破綻してしまうというケースが相次いだので、近頃は企業も少しは学んだようだ。保険屋が入れ知恵してくれたりもするし。

近頃では、何か不祥事があってもその間の状況を包み隠さず公表し、きちんと責任の所在を明らかにして誠実に詫び、その後の対処策まで誠意を持って明らかにするというやり方が、ようやく一般化してきた。これこそが、不祥事に対応するリスク・マネジメントの王道なのである。

ジャパネットたかたの場合は、5年前に個人情報漏洩事件を起こした際に、不祥事を迅速に公表し、すぐに営業を一定期間自粛した。この措置により、短期的な損害は多大だったが、それによるイメージダウンはほとんどなく、むしろ 「誠実な企業」 というイメージすら構築して事業を再開できた。

このリスク・マネジメントの王道は、ずっと前から常識だったのだが、なぜか企業のトップはそれを認識していなかった。総務部とか広報部とかの部長が、リスク・マネジメントのセミナーなんかにおざなりに参加し、帰ってからそれについてのこれまたおざなりなレポートなんかを提出するのだが、そこ止まりで、上の方は全然無知という場合が多かった。

ところが、このリスク・マネジメントの王道というのは、企業のトップがそれをきちんと理解して陣頭指揮を執らなければ機能しない。雪印や船場吉兆の場合は、無知なトップがそれとは正反対のことをしたので、袋だたきにあって潰れたのである。

王道の通りにやればなんとかなるのに、トップが無知だと最悪の対応になり、例え無知ではなくても、「そこまでやらなくても、なんとかなるんじゃないか ……」 なんて余計なことを考えると、いい加減な保身に走り、逆効果になる。

今回の中川さんのケースも、それらと大差ない。中川さんはウソっぽい言い訳をし、トップである麻生さんは 「体に気を付けてやってくれ」 みたいなノー天気なことを言っている。さらにいよいよ追い込まれても、「予算が成立してから辞める」 なんて、往生際の悪いことを言ってみる。

これでは、民間企業なら潰れるところである。政界というのは相当のことがあっても潰れずに済む業界だから、これまでリスク・マネジメントがしっかりしてこなかったのだろう。彼らも結局は人気商売だというのに、呑気なものである。

この点に関しては、民主党の方が過去に痛い目 (「堀江メール事件」 とか) にあっているので、もしかしたらまだ少しは認識が進んでいるかもしれない。希望的観測かもしれないが。

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2009/02/17

中川さんの仏頂面

中川財務省が例の 「酔いどれ会見」 で集中砲火を浴びている。私はテレビをあまり見ない上に、近頃大忙しだったので、その会見の模様を、今朝初めて YouTube で見た。

YouTube にアクセスして検索欄に 「中川 会見」 と入力するだけで、テレビニュースの録画がバシバシ出てきた。マメな人が多いなあ。

で、その録画を見た印象だが、中川氏のこの程度の仏頂面は、あまりテレビを見ない私でも、お馴染みだよなあと思ったのである。この人、素材としては俳優にしてもいいぐらいのハンサムなのに、表情が悪すぎる。

一昨日の記事に  pfaelzerwein さんが 「それにしてもこれまた顔が悪い。親父の方がなりあがってくるだけにそれなりに愛嬌があったね」 とコメントしてくださったが、まさにその通りである。この人、疲労感や不機嫌を顔に出しすぎる。

その上、帰国してから記者団に取り囲まれて謝りまくっている時も、ネクタイの結び目がきっちりと曲がっている。顔は酔いから醒めていたが、ネクタイの結び目にまで気を使うほどの余裕はなかったようだ。

私は昨年の 6月にも当時の福田首相が訪欧から帰国した際に、ネクタイが曲がっていたということを書いている (参照)。政治家のネクタイが曲がっていようが、そんなことはどうでもいいのだが、その裏に隠された問題は、首相や大臣の身だしなみに気を使ってくれる側近が一人もいないということなのだ。

ちょっと気の利いた企業の社長のネクタイが曲がっていたりしたら、秘書がすかさず、しかもさりげなく直してくれる。多分、欧米の大統領や首相の場合も、直してくれないまでも、鏡に向かって自分で直すようにぐらいは言ってくれるだろう。ところが、日本の政治家の世界では、それをしてくれる者がいないようなのだ。

ネクタイの曲がりはおろか、顔がヨレヨレでも、側近の誰も注意もしてくれないということは、きっと見放されてしまっているのだろう。

中川さんという人、別に風邪薬を飲んでなくてもあんな風な仏頂面で、しかも寝癖だらけのヘアスタイルでよく人前に出てくるというのは、あれって、単に 「酒癖」 だけの話なのだろうかという気がする。

いみじくも pfaelzerwein さんがコメントの中で 「あの政治家もおかしな薬を常用しているのでしょう」 と指摘しておられるが、実は私も同じような疑いをもっていたところである。これが見当はずれであってくれればいいと思う。見当はずれでなかったら、親父の二の舞になってしまう心配さえある。

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2009/02/16

永平寺の涅槃会

5時起きして、福井に出張している。新幹線で京都まで来て、京都から特急サンダーバードというやつで福井に入った。

昨年も 3月、4月と、連続して福井に出張していて、今年はそれが 1ヶ月早まった。その前にも、6年前に福井に行っており、その時には永平寺を参拝した。(参照

永平寺というのは、父方の祖父が数年間修行をした曹洞宗の本山である。父方の祖父は、以前に書いたように、田舎の禅寺の和尚さんだった。それについては、こちら に書いてある。

私は平成15年に、50歳にして初めて永平寺を参拝したのである。この年の 2月14日、福井の某繊維関連団体のセミナーで講師を務めて、そのまま一泊し、翌日は土曜日で休日だったので、念願だった永平寺を訪れたのだ。

永平寺はすべての建物が回廊でつながれているので、2月という寒い季節でも安心してゆったりと参拝できた。本堂に入っていくと、なにやら厳かな法要が行われている。太鼓の音と共に、勢揃いした修行僧たちが、一斉に五体倒地してひれ伏す。

何がなにやらわからないが、修行僧に案内されるまま、一番後ろの列に並んで座り、茫然と見とれていた。しばらくすると、ご焼香をするようにという。ご焼香というからには、これはきっと法事なのだろう。一体どなたの法事なのだろうか。偉い坊さんのご命日に違いない。

自分の番になって焼香台に向かい、ふと横をみると、壁に 「涅槃会」 と書かれた紙が貼ってある。いやはや驚いた。知らずに来てしまったが、そういえば、2月 15日は釈迦入滅の日である。初めて永平寺に参拝した日が、たまたま涅槃会だったとは、なんという巡り合わせだろう。

案内の修行僧にそっと 「お釈迦様のご命日だったんですね」 と囁くと、彼は 「左様でございます」 と答えてくれた。私は 「ははぁ」 とかしこまって、心を込めてご焼香させて頂いた。涅槃会に永平寺でご焼香できたなんて、ありがたいことである。

今回の出張も、もしかして涅槃会に当たるかとワクワクしていたが、一日違いで福井入りすることになってしまった。ちょっと残念である。それで今回は、福井での仕事が済んだら夜に京都まで戻り、明日は嵯峨野を廻ってみたいと思っている。

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2009/02/15

トドメのさされにくい死に体

いやはや、近頃 「超」 の字を付けたくなるほど忙しくて、まともな更新をしている時間がない。今日は備忘録程度の内容になる。

日テレの世論調査で、麻生内閣の支持率が、発足以来最低の 9.2%に落ち込んだのだそうだ (参照)。この間のバタバタした流れを見ていると、それも仕方ないかもしれないなあ。

「もう少しマシかと思っていたけど、ここまでお粗末とは思わなかった」 というのが、最大公約数的見解なんじゃないかと思う。私は例の漢字の読み違いについても、たまたま間違えただけのケアレスミスと信じたかったのだが、ここにきて、「あのオッサン、本当に漢字を読めないんじゃあるまいか」 なんて疑い始めている。

支持率はさらに下がり続けるだろう。もしかしたら、一桁台の前半なんていう前代未聞の数字になるかもしれない。そうなったら、自民党はしばらく立ち直れないだろう。だって、党内の圧倒的支持で就任した総裁が、3人続けて呆れるほどのていたらくになってしまうのだから。もう、自民党に人はいないと思われてしまう。

ただ、支持率がここまで落ち込んでしまうと、それは国民の鬱憤晴らしという意味合いもあると思うのだ。森喜朗さんのときもそうだったけれど、国民は知性を感じさせず、かつ厚顔そうな総理に対しては遠慮会釈もなく  「不支持」 の意志を表明する傾向がある。

麻生さんに対しては、安倍さんのように心身症に陥るほどヤワそうでもなく、福田さんほど陰険でもなさそうなので、安心してムチャクチャ言えるのだ。そのあたりをニヤニヤしながら受け止められるということに関しては、皮肉を込めて 「なかなかのもの」 と言えるかもしれない。

昨年の 10月 21日に私は 「麻生さん、案外長持ちしちゃったりして」 という記事を書いた。すぐに解散して総選挙と思われていたのに、そうはならず、半年以上は持ちそうだということに関しては、図らずも当たってしまった。

しかし、それは決して国民に支持されたからではなく、辞め時を失って、あとは死に体のまま辞めるに辞められなくなっているだけという、国民にとっての不幸な状況は、恥ずかしながら想定外だった。

いくらはっきりした死に体でも、周り中その死に体に付き合って同様に死んでいるようなものだと、かえってトドメがさされにくいのだ。

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2009/02/14

器用貧乏も、乙なもの

中学か高校の頃だったと思う。親戚の誰かがよく当たるという占いの先生とやらに、姓名だか生年月日だかで、私の運勢をを占ってもらったというのである。

占いの結果は 「器用貧乏」 というものだったらしい。何でもできすぎて絞り込めないので、一つの分野で大成しないのだそうだ。

私は占いというものにはそれほど興味がないが、これについてはものすごく当たっていると思う。自慢じゃないが私は、何でもそこそここなせてしまうので、「何でもできる tak さん」 と、人からは頼りにされるが、一つの分野を極め尽くしたということは未だかつてない。

私がいろいろのことをこなせるというのは、私のポータルサイト 「知のヴァーリトゥード」 のトップページを見てもらえばわかる。社会問題、言葉の問題、フォークロア、比較文化、文芸、IT 関連などなど、自分でも唖然とするぐらい広範囲な分野を論じている。

政治を論じたかと思えば、田舎の習俗を語り、古い日本語を言いだしたと思えば英語のウンチクに飛ぶ。文芸を語るかと思えば下手な写真をアップロードし、果ては母校の校歌を弦楽四重奏風にアレンジしたコンピュータ・ミュージックなんぞを作っている (参照)。このくらいの音楽アレンジや作曲ぐらいは、ちょいちょいっとこなしてしまうのだ。

そうかと思えば、これとは別に 「和歌ログ」 なんていう物好きな文芸サイトまで毎日更新している。「和歌ログ」 というぐらいだから、三十一文字を作っていればいいようなものだが、そこでも、和歌、日記、写真、英詩の4点セットを売り物にしている。

俳句や短歌と写真のセットで運営しているブログは他にもいくらでもあるが、自分の歌をきちんと韻を踏んだ英詩に翻訳して添えているなんていうのは、多分私ぐらいのものだろう。

で、問題は冒頭に触れたように、何でも一応できるけど、何一つとして極め尽くされていないということなのだ。どれもこれも、いたって中途半端なのである。

これについては、自分としてもジクジたるものがあったのだが、最近はすっかり開き直っている。占いの先生が言ったという 「何でもできすぎて絞り込めないので、一つの分野で大成しない」 というのは、「一つに絞り込めば大成できる」 ということを保証するものではないと気付いたのだ。

一つに絞り込んでも大成できないかもしれないのなら、いろいろやって楽しむ方がずっといいじゃないかと、つい最近思えるようになったのである。どうせ気紛れな私のことだから、一つに絞り込むなんてことは、元々キャラ的にできることじゃないし。

一つの分野で大成できなくても、ユニークなジェネラリストとしてやっていければいいじゃないか。ここまでジェネラルな内容を網羅しているブロガーは珍しいだろうし、それならば、「ジェネラルという分野」 で大成してしまえば、それはそれで一つの価値だろうと、勝手に結論づけてしまうのである。

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2009/02/13

ほぉら、やっぱり農水省は

例の三笠フーズの事故米、汚染米不正販売事件に関して私は昨年秋、「農水省のやり口は、一大スキャンダルだ」 と書いた。

ところがその後、ちょっと尻つぼみっぽい様相だったので、「ありゃりゃ?」 と拍子抜けしていたが、ここにきてようやく、農水省がらみの汚職を臭わせるニュースが出てきた。

MSN 産経ニュースは 12日付で、「入札予定価格を漏洩か 三笠フーズ、安値で落札し転売益拡大」 と報じている。ニュースの初っぱなの部分を引用してみよう。

三笠フーズ(大阪市北区、破産手続き中)による事故米の不正転売事件で、輸入米の入札をめぐり、最低基準価格となる予定価格が農水省側から同社に漏洩(ろうえい)した可能性があることが11日、同社関係者の話でわかった。

ほぉら、やっぱり出てきた。

昨年 9月のブログでも書いているが、農水省が三笠フーズに事故米を販売したのは、「工業用糊」 の原料という建前なのだが、今どき、メシ粒から工業用糊を作るなんて浮世離れしすぎというのは、ちょっと考えれば誰だってわかる。そんな寝言を前提に、役所が民間に米を売っていたのだから、汚職がないはずがないのである。

最も重要な問題は何なのか、昨年秋の記事で書いたことを、以下にもう一度繰り返しておきたいと思う。

さらに問題なのは、ガットの関税化で米輸入を押しつけられたために、(多分) 農家の不満を逸らすための抜け道として、使い道のない 「事故米」 を輸入し、「まぼろしの需要」 を隠れ蓑に、市場に流通させていたのは、他ならぬ農水省自身だったということである。

農水省としては需要のない 「事故米」 を輸入したものの、そんなもの、いつまでも倉庫に眠らせておくわけにもいかず、テキトーな理由を付けて、早いところ民間に払い下げてしまいたかっただけなのだろう。それが、インチキ米商社の利害と一致した。これって、どうみても一大スキャンダルである。

放っておけば三笠フーズだけが槍玉にあげられて、はい、おしまいということになりかねないが、本当は農水省とインチキ会社が癒着して、デタラメをしてきたことが問題なのだ。今後の成り行きに注目したい。

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2009/02/12

『唯一郎句集』 レビュー #7

一気に 『唯一郎句集』 レビューの第 7回目。同じく 「朝日俳壇」 時代の作品である。季節は春に入っているようだが、酒田のこととて、季節が戻って雪が降ったりもする。

唯一郎の句は、半年のうちにますますシュールリアリズムの感覚を色濃く打ち出すようになっている気がする。

まだ 20歳前で、昔のこの年齢は今の 20歳前よりずっと大人びていたとはいえ、やはりちょっとすごい感覚である。当時の酒田は尋常小学校を出たらその上は商業学校しかなくて、唯一郎はそこに入ったはずなのに、一体どこでこんな感覚を学んだのだろう。天賦の才としか思われない。

わが梨の芽の黒くするどし

梨の芽というのは、ちょっと小さなタケノコが枝から生えてきたみたいにとんがったものだということを知っていれば、珍しく、そのものずばりでわかりやすい句である。

しかし、梨の果実しかイメージできない者にとっては、「黒く鋭い」 芽というのは、やはり少しシュールかもしれない。

朧明りよ 鳥籠今し声したり

春のおぼろ月夜のことである。暗い部屋に鳥かごが吊されている。声がしたというのは、鳥の鳴き声か。しかし、夜に鳥が鳴くというのもおかしい。

では一体、今聞こえた声は何なのか。誰の声なのか。

春の夜のシュールな夢。

朧夜家に入りて誰にも話さるること

ああ、これこそまさに若き唯一郎の言葉の迷宮である。

「誰にも話さるること」 とは一体何なのだ。誰にでも話していいことなのに、どうしてそれをふんわりと隠してしまうのだ。

誰でも知っているから、特別隠す必要もないことなのに、話さない限りは気付かないような微妙なことが、春のおぼろ月夜に家に入ると、心にふと浮かんだりしてしまうのか。

それとも、唯一郎の心の底の願いで、いつでも話せるはずなのに、今はまだ話さずにおこうとしていることなのか。

あるいは、前の句で聞こえた 「声」 は、自分の一人ごちた声なのか。

うすら淋しきは淡雪の日の暦はぐり

春の淡雪の舞う朝である。日めくりの暦を、今日も一枚めくる。

日付は進んでいるはずなのに、季節は戻る。酒田の春から戻るといえば、あの暗い冬である。だがうすら淋しいのは、それだけの理由ではない。

日付のみが徒に進む、そのことの方がうすら淋しさの根源かもしれない。

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2009/02/11

『唯一郎句集』 レビュー #6

『唯一郎句集』 レビューの第 6回目。春から初夏の頃の句と思われる 4句を紹介しよう。前回までが秋から冬にかけての句なので、時間的には継続しているものと思われる。

『唯一郎句集』 には、基本的に句の作られた日付をうかがわせる材料がほとんどないので、ただそう思うしかないのである。

この追悼句集が発行されたのは、東京タワーが完成するより 3年も前の、昭和 36年。私がまだ小学校 3年生の頃である。当時、私がいくらませた子どもだったとしても、ページを開いてもちんぷんかんぷんだった。

編纂にあたった関係者も、半世紀近くも過ぎてから戸籍上はまったく離れてしまった孫の一人がレビューすることになるなんて、想定していなかったろうから、年譜的な要素はほとんど考慮してくれていない。

日付とまではいかなくても、年代を特定できる要素ぐらい、少しは入れてくれてもよかったのにと思うが、今となってはもう遅い。だから今回の句も、多分大正初期の作品なのだろうと思うのみである。教科書の歴史的には、第一次世界大戦が戦われていた頃だが、句を読む限り戦争の影はほとんどうかがわれない。

親しく来し者よひこばえの若葉摘む

余計な要素を極限まで取り払ったような、ミニマルな表現である。「親しく来し者」 が誰なのかもさっぱりわからない。ひこばえの若菜を摘んだのは多分唯一郎自身だろうが、そのつながりも、直接には読み取れない。

このあたりまで来ると、唯一郎の世界の迷宮にはまりこんでいくような気がするほどである。

唯一郎の家を親しく訪ねる者があった。田舎のこととて、少し親しくなるとまるで家族のようなつながりで、勝手に上がり込んでくる。人付き合いの苦手な唯一郎は、庭に出て、木の根元から生え始めたひこばえの若葉を、摘むともなく摘んでいたのだろうか。

松前稼ぎの若者の便り ひこばえて

この当時、北海道に出稼ぎに行くことを 「松前稼ぎ」 と言った。冬場に仕事がなくなる庄内から、ニシン漁に行くことが盛んだったようだ。この松前稼ぎで成功して一財産をなす者もあったようだ。

北海道から便りを寄こしたのは、親戚の誰かか、それとも友人だろうか。いずれにしても無骨な筆致の手紙だろう。文学趣味の唯一郎には遥か遠き異次元の世界に思える。庭の木の根元のひこばえの若葉は、遠い別世界からの息吹を受けるアンテナでもあるか。

春日の曇りひこばえの葉裏見たり

「春日」 は 「かすが」 と読んでいいのか、この場合は 「はるひ」 なのだろうと思うが、そのあたりからして、もう迷宮である。

春の日、空はぼんやりと曇っている。空を見上げているかと思えば、ひこばえの葉の裏を見たという。木の根元から生えるひこばえの葉の裏を見るには、手でつまんでひっくり返してみるか、地面に寝転んで空を見上げるかしかない。

あっさりとした句をよく吟味すると、ああ、目眩におそわれるほどの視線の転換。曇り空ですら、眩しい。

畳がくろずめる木槿の芽立ち

この句も、「くろずめる」 という連体形の次にくるのが、畳という主語とはかけ離れた木槿の芽。映画のフェイドインを思わせるシュールな場面転換。

映画を思わせるとは言ったが、この時代の映画にはそんな技法はまだ取り入れられていない。文芸の世界のみのなせる技である。

木槿 (むくげ) の鮮やかな花芽。世の中はどんどん日射し溢れる夏に近付いていく。一方、家の中の畳は年を経て黒ずむ。家業が印刷屋であるだけに、インクの染みも付きやすかっただろう。悲しいまでのコントラスト。

本日はこれにて。

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2009/02/10

鳥取県の学級委員長

鳥取県で 20年ぶりに学級委員長が復活というニュースに思わず目がとまった。ニュース元はすぐに削除されそうだから、転載されている 「痛いニュース」 にリンクしておく。

鳥取県には行ったことがない。私がまだ行ったことのない貴重な 5県のうちの一つで、もしかしたら最後の 1県になる可能性も高い。

残りの 4県は、お隣の島根県、そして四国の香川、徳島、愛媛の各県だ。島根県には出雲大社があるから、是非行ってみたいと思っているし、四国の 3県もそれぞれ、うどん、阿波踊り、道後温泉と、そそられるものがある。だが鳥取県は鳥取砂丘しか思い浮かばない。私は高校まで庄内砂丘に接して暮らしたから、砂丘は珍しくも何ともないのである。

何しろ鳥取県は人口わずか 60万人というところだから、行かなければならない用事も発生しにくい。放っておくと死ぬまで訪問しない可能性がある。そうなったらまた心残りだから、出雲大社に行った帰りにでも寄っておく方がいいと思い始めている。

話が全然別の方向にそれてしまったので、急いで元に戻そう。学級委員長の件である。

ほかの地域ではどうだか知らないが、私の経験では、学級委員長を進んでやりたがる生徒なんてほとんどいなかった。だから選挙では立候補者なんて滅多に現れず、推薦された 2~3人の中から選挙で選ぶのがほとんどだった。

で、最終的に選ばれた生徒は、内心はまんざらでもなさそうだったが、かと言って率先して何かをやるというわけでもなく、仕事といえば、クラス会の議長程度だった。日常的には、図書委員、保健委員、学級新聞委員などの現場的な委員の方がずっとまともに動いていた。

じゃあ、学級委員長が必要ないかといえばそういうわけでもなく、クラスに何か問題が起きたら、率先して解決に動くという責任はあった。だから、何かあるとまず、学級委員長に話が持ち込まれた。それなりのまとめ役的な存在感は、常にあったわけだ。

今回、鳥取県で 20年ぶりに学級委員長を復活させることになった鳥取市立湖南学園は、児童・生徒の特徴を 「素直でまじめだが、自主的な行動が少なく物静かな傾向がある」 と捉えているそうだ。

この学校は、昨年 4月、県内で初めての小中一貫校になり、新年度から小学 5、6年生のクラスに 「室長」 という、妙にいかめしい名称で学級委員長役を新設することを決めたという。「級長」 というのは聞いたことがあるが、個人的には 「室長」 は馴染めない。

鳥取県では長らく学級委員長を置かないだけでなく、運動会の徒競走で、児童の能力にあわせてコース内に 「近道」 を作ってゴール付近で接戦になるように調整したり、学芸会で、一つの劇の主役を複数の児童が途中で交代して演じるなど、「平等主義」 の教育が行われていたという。

運動会で 「君の走るコースは近道の方だからね」 なんて言われるのは、まともに走ってビリになるより屈辱的だろうし、学芸会で無理な主役を演じて下手さ加減をさらすぐらいなら、「村の子その 1」 をやる方が気楽だと思うがなあ。

こんなことが 20年も続いてきたのは、元々この地域の子どもたちが 「素直でまじめで物静か」 だったからだろう。元々日本の教育は、基本的には 「素直でまじめで物静か」 な子を育てるためにあるようなものなので、ある意味理想的だったのである。

ところがその一方で、「自主的な行動が少ない」 という問題点が、ようやくクローズアップされてきた。20年も経ってようやく気付いたのかと言いたくもなるが、公的教育なんて、そんなものである。

今回の措置にしても、鳥取県内のたった 1校の、それも小学 5、6年生だけに限った話である。これが認められて他でも広く採用されるようになるには、もう 2~3年かかかるだろうし、運動会や学芸会の 「悪平等」 がなくなるまでには、さらにまた何年もかかるだろう。

そして、制度が復活したからと行って、その効果が実際に現れるかどうかは現場の運用次第だから、これまで学級委員長というものに馴染んでこなかった先生や児童の中では、しばらく試行錯誤が続くだろう。ましてや 「室長」 なんていういかめしい名前なので、必要以上の気負いすぎが心配になったりもする。

私は学級委員長を置くという制度が是非とも必要であるかどうかということについては、結論を出したくない。事情に応じていろいろなシステムがあってもいいと思う。しかし、元々あったものを 「平等」 の名の下に廃止したことについては、明確に批判的だ。廃止の理由が馬鹿馬鹿しすぎるからである。

今回の鳥取県のように、20年も経ってから復活させるなんていうようなことになるぐらいなら、有名無実の象徴的システムとしてでもいいから、継続していればよかったのにと思うのである。

これでは、公立学校への信頼が低下するのも道理である。小金持ち以上の親は、子どもを私立に行かせたがるだろう。鳥取県に有力私立校がいくつあるのか知らないが。

ちなみに、私は個人的には、学級委員長というのはいてもいいが、目立たない存在であるべきだと思っている。何か問題が起きた時の調整役として機能すればいい。普段はいるんだかいないんだかわからないぐらいだが、それでもほんの少しだけ、クラス全員の意識の隅にあるというぐらいがいい。

そして、そうしたクラスというのは案外うまくいっているクラスである。

最後にまた余計な話に戻るが、私は前述の 5県以外の 1都 1道 2府 38県には行ったことがあり、そのうち 1県をのぞいたすべてで、きちんと 1泊以上している。つまり、文字通り 「その都道府県に日帰りでは済まない用事があって滞在した」 という経験がある。

宿泊せずに、単に 「通り過ぎる途中で、トイレ休憩しただけ」 の 1県というのは、九州の佐賀県である。佐賀県には、これまでまともな用事ができたことがないのだ。はなわが 「佐賀県」 という自虐的な歌を作って歌ったので、なんだか申し訳ない気までしてしまう。

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2009/02/09

買えるけど買えない現象?

昨今の消費低迷の要因の一つに、「買えるけど買えない現象」  というのがあると、繊維業界紙のコラムに書いてあった。

某百貨店に、「今でも欲しいし、買えるのだけど、周りの目が気になるし、買ってもつけられないので、(購入を)やめたい」 という理由で、高額時計の購入キャンセルがあったそうだ。

百貨店の担当部長は、これを 「買えるけど買えない現象」 と名付けたんだそうだ。この言葉、一見するとおかしい。「買えるけど買わない」 というならわかるが、「買えるけど買えない」 と表現したところに、かなり錯綜した心理がうかがわれる。

私ならもっと慎重かつわかりやすく、「もっともらしい言い訳をつけつつも、結局やっぱり買えないわ現象」 とか 「以前なら買えたけど、今は買えなくなったんだわ現象」 とか名付けたいと思う。

まず、この 「今でも欲しいし、買えるのだけど、周りの目が気になるし、買ってもつけられないので、(購入を)やめたい」 というキャンセル理由も、眉に唾を付けてかかる必要があるだろう。

もっともらしいことを言っているが、高額時計を買う層というのは、「周りの目が気になるし、買ってもつけられない」 なんてことは普通は言わない。彼らは自己満足と同じぐらいの比重で、「周りに見せるために買う」 のだから。

つまり、周りの目が気になるから購入をやめるという理由は考えにくい。ということは、このお客は、周りに見せつけるために買おうと思って発注はしたものの、昨今の不況で懐具合が相当にさみしくなったので、考え直した結果やっぱり諦めたと解釈する方が自然ではなかろうか。

そうした事情に立った上でのことなら、「あの人、相当苦しいはずなのに、見栄だけは相変わらずね」 なんて思われるのも嫌だから、「周りの目が気になるし、買ってもつけられない」 というのも、少しは 「なるほど、それもあるかもね」 という気もする。

一方、百貨店側はどうして 「買えるけど…」 なんていう見え透いた言い訳をそのまま受け入れているのか。それは顧客の懐具合がそんなにまでさみしくなっているとは思いたくないからかもしれない。昨今の売上げ減少は、多くは心理的要因によるもので、ほとぼりが冷めれば、売上げは戻ると思いたいのではなかろうか。

しかし、それは甘い。完全に甘い。そして、そんなことは誰でもわかっているのだが、あまりシリアスなことを言ったり書いたりすると、市場のマインドがますます冷え込むから、業界紙としてもオブラートに包んだような書き方をする。

そのあたりの複雑な心理が、「買えるけど買わない」 ならぬ 「買えるけど買えない」 というイレギュラーっぽい言い方に反映されているように思われる。

【同日 追記】

あとで気付いたのだが、この記事には 「買えるけど買わない現象」 と 「買えるけど買えない現象」 という 2つの表現が混在している。もしかして最も複雑な心理が働いたのは、新聞の編集部かもしれない。

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2009/02/08

『唯一郎句集』 レビュー #5

『唯一郎句集』 レビューの第 5回目。前回のレビューに付けられた alex さんのコメントにレスを付けていて気付いたのだが、唯一郎の句は、かなり新感覚派的なところがある。

歌い込まれた視点の転換のしかたが、とても新鮮なのだ。リアリズムの常道ではなく、急に思いがけないところに視線が飛ぶ。

前回紹介した 「白足袋白き 屋根の雪明かりたり」 という句は、胡座をかいた自分の足許から、急に窓の外の屋根に積もった雪明かりに視点が映る。白つながりとはいえ、急展開だ。私は川端康成の 『雪国』 冒頭の、「夜の底が白くなった」 という表現を思い出した。

彼が自由律の俳句を始めた大正 3~4年頃は、まだ 「新感覚派」 という言葉すら生まれていなかった時期である。新感覚派の母体となった文芸同人誌 「文芸時代」 の創刊は大正 13年。とすると、唯一郎の俳句手法は当時、かなり衝撃的なところがあったろう。「天才少年」 と言われたわけもわかろうというものだ。

今回も引き続いて 「朝日俳壇」 時代の作品である。前回同様、冬の季節感が漂う。酒田の冬は、それほど深い雪にはならないが、地吹雪になる。景色は墨絵のようにモノトーンだ。そんなような光景と、日々の暮らしを表現している。

湯豆腐つつく箸先の光りこの夜

湯豆腐は、普通の鍋物とは少し感覚が違う。すき焼きや寄せ鍋は、数人が鍋を囲んでつつき合うが、湯豆腐は案外独りで食うのが似合ったりする。

家人が仕事で遅くなった夕べなど、唯一郎は独りで湯豆腐をつつくことがあったのだろう。白米の飯と湯豆腐。モノトーンの食材を湯気が包み、その湯気の中で箸先が光る。

「箸先の光るこの夜」 ではなく 「光りこの夜」 としたところが、不思議な余韻を残す。

裸木はかなく照り 水鳥つくろへり

川岸に立つ木は、葉を落とし裸の姿で乾燥している。冬の長くは続かない弱々しい日を浴びている。その下の水面に浮かぶ鳥は、嘴で羽根を繕う。不思議な対象。「水鳥つくろへり」 という思い切った省略が潔い。

踏みしむる枯葉鳴り水鳥の面 (つら)

川岸を歩くと、靴底で降り積もった枯葉がカサコソと鳴る。湿り気の表面のみの乾燥を表わす微妙な音。水面には水鳥が、関係のない顔をして浮いている。

関係のないはずの水鳥の顔を、唯一郎は枯葉の鳴る音にひょいと関係づけてしまった。

切り餅焼く夜の母の火鉢に寄らず

酒田は丸餅文化圏である。切り餅はどこか他の土地からの到来物だろう。文芸面の知人から届けられたものだろうか。

餅を焼くのは男の仕事だが、ましてや到来物の餅だけに、母はどこかよそよそしく、火鉢に寄りつかないのかもしれない。

今日はこれぎり。

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2009/02/07

鹿児島県の阿久根市に注目

鹿児島県の阿久根市という小さな市が、ズブズブの状況になっているらしい。昨年 9月に当選したばかりの竹原信一市長に対し 「全国に阿久根の恥をさらした」 として提出された不信任案が、なんと市議会の全員一致で可決。

それを受けた市長側は、市議会解散で応戦する模様で、もう泥仕合の様相だ。(参照

前々から 「選挙に Web を使わせろ!」 なんていう孤独かつユルユルのキャンペーンを続けているものとして、選挙期間中にブログの更新をして当選してしまった市長がいるというニュースには、ちらりと興味を覚えていた。それがこの竹原信一市長である。

当初は、「ほほう、思い切っちゃったね。でも、あんまり田舎過ぎておとがめがないのかなあ」 なんて、呑気に考えていた。ところが、そのうち穏やかでないニュースが飛び込んできた。この市長が、自分のブログで市議会議員全員の名前を挙げ、「最も辞めてもらいたい議員は?」 と不人気投票を始めたというのである (参照)。

「こりゃまた、ずいぶんなお騒がせ好きな人だなあ」 と、私は驚いた。いくら何でも大人げない。地方自治体の首長として、やるべきことじゃない。

ところがちょっとずつ事情を探ってみると、そこにはまさに、ズブズブの状況があるらしいことが見えてきた。

竹原氏はさるさる日記で、「住民至上主義」 というタイトルのブログを運営している。それを読むと、竹原氏の言動もある意味ストレート過ぎるが、それに対抗している市議会・市役所職員の連合軍も、小さな市の小さな利権にあぐらをかいているように見える。

この阿久根市というのは、Wikipedia で調べたら、人口わずか 23,731人 (今年の元日現在) という小さな市である (参照)。ちょっと前までなら、これより人口の多い村がそこら中にあった。年齢構成をみても、20~30歳代が極端に少なく、70歳代はその倍ぐらいいるという、典型的な年寄りばかりの地方都市である。

普通の発想なら、あの平成の大合併で近隣市町村と一緒になっていただろうという規模の自治体である。そうはならなかったというところに、いろいろととぐろを巻いた問題があるのかもしれないなどと、よそ者の気楽さで想像したりする。

私がこのつくばの地に引っ越してきたのは、28年前、ここがまだ 「村」 だった頃で、当時の村議会なんて、「いったい、な~にやってんだか!」 と嘆きたくなるほどお寒い状態だった。近頃はかなり新住民が流入してきたせいで、少しはスタンダードに近付いてきたが。

阿久根市の場合は、新住民の流入ということも少なく、昔からの超お寒いズブズブ状態がずっと継続中のようなのだ。そこに、変わり者の竹原氏が登場して、思いっきりやりたい放題やり始めたので、利権の上で呑気に胡座をかいていた議会と市役所は頭に来ちゃってるみたいなのである。

こうした状況は、阿久根市ばかりのものではない。ちょっと間違えば日本中で発生してもおかしくない。ただ、他の自治体ではそこまで変わり者の首長が誕生していないだけである。

阿久根市の場合は、議会を解散して出直し選挙になり、選挙後に新たな市議会が再び市長不信任案をつきつけることが確実である。3月に行なわれるという選挙で、竹原支持派の新人が数人当選したとしても、多勢に無勢、不信任案はやはり可決されるだろう。

すると今度は市長選挙である。その頃には、鹿児島の小さな市に過ぎなかった阿久根市が、日本中の注目の的である。この派手な舞台では、これまでのみっともないズブズブ状態がどんどん暴露されちゃったりして、日本中におもしろいインパクトを与えることになるだろう。

そのあたり、私は気楽な部外者として注目している。阿久根市の守旧派の人たちも、今や状況は 「コップの中の嵐」 ではなくなりつつあることをしっかり認識して、ふんどしを締めてやってもらいたいものである。

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2009/02/06

「ライフ・スパン・コントロール」 という発想

妻に先立たれた夫は 3年もたないなんてよく言われるが、その前の 「老老介護」 の状態でも、年老いた夫が妻の介護をすると、夫の方の死亡リスクが 2倍に高まるのだそうだ。

それほどまでに、男は家事や介護のストレスを負担に感じる生き物で、女ほどには精神的にタフにできていない。

今朝、駅までの運転中に聞いた TBS ラジオの朝の番組でこの話題になった時、森本毅郎さんは 「ああ、こりゃ、かみさんより先に死ななきゃ」 と言い、それに対して小沢遼子さんは、「自分が早く死ぬことを考えるより、奥さんに長生きしてもらうように大事にしなさい」 とつっこんでいた。

なるほど、このやりとりを聞いても、男は単純でストレスに弱く、女の方がタフである。

それを思うと、私の父は立派なものである。母が寝たきりになってから 7年、惚け始めてからだと 10年以上も、しっかりと介護した。そして一昨年母が亡くなってからも、きちんとニート (英語の原義通り 「こざっぱりした」 という意味) な生活を維持している。

ありゃ、そういえば、今日は父の誕生日だった。父はモノをもつのが嫌いなので、誕生日プレゼントに何が欲しいかと聞くと、決まって 「食ってしまえばなくなるもの」 という。だから今年は、妻がおいしい和菓子を送っているはずだ。後で電話しとこう。

私としては父に長生きしてもらいたいと思っているが、父としてはいつ死んでもいいようなことを言っている。今年は母の三回忌だが、「三回忌までは俺がやるが、それから先はよろしくな」 なんて言っている。なにしろ、十代で特攻隊になっちゃった人だから、特攻で死ぬ前に終戦になって、今生きているのが儲けものぐらいに思っているようだ。

ところが、昨年暮れに帰郷した時は 「七回忌までは、やれそうな気がしてきた」 なんて言っていた。どこも悪いところがなくて、ちっとも死にそうな気がしないから、もうちょっとだけ生きてみるのも悪くないという魂胆のようだ。

もしかしたら、この気楽さが長生きの秘訣かもしれない。欲さえ出さなければ、人間は大したストレスを感じることもなく、健康で気楽に生きることができる。

近頃は長寿社会である。地方都市に行くと年寄りばかりが目立つ。離島となると、年寄りしかいない。そして年寄りの最大の願いは長寿ではなく、「ころっと死ぬこと」 である。人生僅か 50年の頃は不老長寿が人間の願いだったが、ここまで来ると、あまり生き過ぎないように願うことになる。

現在の医療は、いかに長く生き延びさせるかを主眼としているように思われる。おかげで老老介護が問題になっているのだが、私としても父の息子だけに考え方が似通っていて、人の世話ならしてもいいが、世話になってまで生き延びるのは面倒くさいと思うクチである。

その意味で、自分の寿命をコントロールするという発想が、これからは必要になるのではないかと私は思う。達者ならいいが、よれよれになってまで生き延びようと思う者は少ない。ちょうどいい頃合いに、うまい具合に死にたいと思う。

自分ももう長くないなという頃になったら、医学的手法で無理に寿命を延ばすのではなく、ちょうどいいタイミングできちんと行儀よく死ねるような自己管理をしたいものである。これは決して 「自殺」 ではない。いわば 「ライフ・スパン・コントロール」 である。

近頃は ES 細胞とやらの研究が進歩して、自分の体の部品にガタが来たら、自分の細胞から作った部品で置き換えることも可能になりそうだったりするが、私はそんなことまでして生き延びようとは到底思わない。

これをやるとしたら、その医療費はとてつもなく高くつくだろう。年とってから何百万円とか何千万円とかかけて再生医療の世話になっても、それだけの見返りがあるだろうか。あんまり長生きしすぎても、世の中の動きについて行けなくて、つまらなかろう。若い者にはうとまれるだろうしね。

やはり、ちょうどいいタイミングで死ぬに越したことはない。むやみな医療処置を受けず、しかもあまり苦しまずにコロリといくのが一番である。その理想的なあの世への行き方を実現するには、生きているうちからきちんとコントロールしておきたいものだ。

こういったコントロールの指導は、ある意味語弊がありすぎて国に期待しても無理だろうから、民間がやるしかないだろうなあ。下手したら 「自殺幇助」 なんて言い出すのが出てきかねないから、制度的にも手法的にも、いろいろ難しいところがありそうだけど。

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2009/02/05

自殺の誘惑

今朝、いつののように JR 取手駅に行くと、人身事故のために電車が不通になっている。事故はどうやら発生したばかりのようで、復旧の見通しは不明だという。

振替乗車票というのをもらい、関東鉄道常総線、つくばエクスプレスを乗り継いで、ようやく都心に出ることができた。

事故は三河島駅で、8時 27分に発生したという。鉄道の人身事故で、駅で発生したというのは、たいてい飛び込み自殺だ。稀にプラットフォームから意に反して転落し、電車にはねられたということもあるが、そんな時はニュースになる。しょっちゅう発生しているがニュースにならない 「人身事故」 のほとんどは、自殺のようだ。

近頃、人身事故による電車の遅れが頻繁に発生している。鉄道の人身事故というのは、遺体の後始末や現場検証に時間がかかり、電車が再び動き出すまでには相当待たされることになる。そしてなぜか、その多くは朝の通勤時間帯にかかっていて、通勤客は大迷惑を被る。

迷惑を被った人たちは口々に 「自殺するなら時間を選べよ」 「何もラッシュアワーに飛び込まなくてもいいじゃないか」 と、不満を言い合っている。確かに、ラッシュアワーの電車に飛び込んだり、ビルの屋上から人通りの多い路上に飛び降りたり、自殺する人というのはかなり自分勝手のように見える。

不満を述べる人の言いたいことは、煎じ詰めると、「自殺するなとは言わんから、人迷惑な死に方はやめてくれ」 「死ぬなら死ぬで、もう少し理性的に死ね」 ということになるように思われる。

しかし、自殺にも計画的な自殺と発作的な自殺がある。計画的自殺はまだ 「理性的」 と言えるかもしれないが、発作的自殺となってしまうと、そもそも理性を失った結果である。決して自分勝手というのではなく、他人の都合などは全然みえなくなっているようなのだ。

私は以前ある雑誌の取材で、ノイローゼで何度も自殺しかけたという人の話を聞いたことがある。仕事や人間関係などの悩みが高じて、朝になるとカバンを持って家を出るには出るが、いつもの駅についても、どうしても電車に乗ることができなかったという。

ベンチに座ったまま、いつまでもぼうっとしている。人の流れと電車の行き来を眺めていると、それがとても不思議なもののように感じられ、現実感が失われる。ふらふらと立ち上がり、ホームに入ってきた電車に飛び込もうとした瞬間、はっと我に返って思いとどまったことが何度もあるという。

人間というのは、追いつめられると理性的でいることができなくなるという性質をもっているようだ。自分を失ってしまうのである。そうした性質の生き物に、「同じ死ぬにしても、理性的に死ね」 などと言うのは無駄である。酷である。

バブル崩壊の頃も、「人身事故によるダイヤの乱れ」 というのが頻発した。ようやくそれが少なくなったと思ったら、去年の終わり頃からまたまた増えてきてしまった。「何も死ななくても」 と思うが、追いつめられてしまうと、死ぬ方が楽なような気がして、自殺の誘惑にかられるらしい。

日本人の死因で一番多いのがガンだが、平成 11年度の厚生労働省の資料によると、その 10分の 1 の数の人が、自殺で死んでいる。人口 10万人いると、25人は自殺しているそうだ (参照)。

日本の自殺率が、旧ソ連圏の国々についで多いというのは、有名な話である (参照)。なにしろ、自殺率が米国の 2倍以上、イタリアの 3倍以上なのだ。旧ソ連は社会的にずいぶん混乱をきたしているだろうから、自殺が多いというのはまだわかるような気がするが、日本がそれについで多いというのは、一見不思議な話である。

これは多分、文化的なものだろう。日本人には、死んだらすべてが許されるというメンタリティがある。切腹で済ませるという文化の名残もかなり強く残っているのかもしれない。自殺というもののイメージが、案外甘美なのだ。実際には大変な惨状になるのだが。

自殺抑止には、「自殺した後は大変なことになってしまっていて、決して甘美でもなんでもない」 ということの認識を高めることが、一番効果的かもしれないと思ったりする。しかし、その広報によって気分が悪くなって、救急車を呼ぶ人が増えたりしても困る。

とにかく人ごとじゃないのである。私自身は最も自殺しにくいタイプの人間だと自己認識しているが、知り合いには、ようやく自殺の誘惑にかられる状況から脱したが、一時は本当に心配だったのが複数いる。

そのうちの一人は、「自殺するにも金がいるので、死ねなかった」 と言っている。ああ、彼がその時に理性を失っていなくて、本当によかった。失っていたら、電車に飛び込んでいたかもしれない。

そう簡単に死ななくて済むような社会的仕組み作りが必要だと、心から思う今日この頃である。そうした仕組みができても、どうしても死にたいという人はやはり死ぬだろうが、少なくとも、発作的に死ぬ人の数は減らすことができるだろう。

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2009/02/04

卵が立って立春大吉

立春である。立春といえば、あの立春卵を思い出す。「立春には卵が立つ」 という言い伝えである。思い起こせば 3年前の 2月、私は初めて卵を立ててみたのだった (参照)。

コロンブスの企みをしなければ卵は立たないと思われているが、そんなことはない。立てようと思えば、案外簡単に立つのである。

上記の記事で紹介しているように、私はこれまで 3度卵を立てている。2度目なんぞは、2個同時に立てている。卵というのは本当に立つのである。確かにちょっと難しいが、その気になれば立つ。

Crack_090204それで、今年の立春も卵立てに挑戦したら、やっぱりちゃんと立ったのだった。とはいえ、今回は立ちにくい卵だったようで、これまでで一番苦労した。

ブログ検索すると、自分には立てられなかったなんて書いている人がいるが、それは多分、諦めがよすぎるのである。卵を立てるコツは簡単なことだ。それは必ず立つと信じて、立つまで諦めないことである。

私は今回、立春になったら即撮影できるように、日付の変わる 5分前頃から立て始めたのだが、なかなか立たない。こんな苦労したのは初めてだ。それでも立春の 0時 7分には立っていたので、15分以内に立ったと思う。

今回は撮影の舞台装置にも凝って、知人から来た立春祝いの葉書を背景にしてみた。凝っただけあって、今までで一番それらしい写真になった。

この写真 (クリックで拡大) に関しては、私は知的所有権を放棄するので、よろしければ、立春には (いや、別に立春に限らないのだが) 卵が立つということの証拠写真として、ご自由にダウンロードしてお使い頂いても文句は言わない。ただし、「撮影: 庄内 拓明」 というクレジットは入れていただきたいのでよろしく。

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2009/02/03

『唯一郎句集』 レビュー #4

一昨年なくなった母の実父である唯一郎の句集に載った句を端から順にレビューしていこうと思い立って、これが 4回目だ。

一体どのくらいかかるのだろうと思って、句集には何句あるのかと数えたら、385句である。一度に 3~4句レビューするとして、100回ぐらいのシリーズになりそうだ。

週に 2度のペースで書くとしても、1年ぐらいかかるだろう。このペースを守り続けられるかどうかわからないから、今年の年末に最後まで辿り着けるか、やってみないとわからない。いずれにしても、息の長いスキームになるだろう。

今回も 「朝日俳壇」 時代の句の紹介である。当時、朝日新聞の俳壇選者は中塚一碧桜が担当していた。河東碧梧桐とともに俳誌 『海紅』 を創刊し、自由律俳句の創始者の一人とも言われる人である。

唯一郎はこの一碧桜に大変高く認められて、朝日俳壇に華々しく登場したらしい。その当時の句である。まだ二十歳前の作品と思われる。

洗ひ縮みし足袋裏よ ひとり居たり

この句を読むと、私の生まれる前に亡くなった唯一郎の胡座をかいて座っている姿が思い浮かぶ。というのは、唯一郎の残した 3人の息子 (私の伯父) の胡座をかく姿が、とても独特なのだ。

両膝が極端に近づいていて、両足の裏が両太股の外側に窮屈そうにはみ出している。なぜか、伯父たちの座る姿はみなこのようなのだ。今は 3人のうち 2人は他界したが。

伯父だけではない。ややもすると、私の母もそんな風にして座っていることがあった。赤子の頃に兄たちと別れて暮らしたはずなのに、血筋というのは不思議なものである。だからきっと、唯一郎もそのようにして座っていたのだろうと確信する。

普通に胡座をかいて座ると、足袋裏は太股の下にかくれるが、唯一郎の座り方だと、ひょいと斜め下を見下ろすと、足袋裏が目に入るはずだ。いつも目に入る足袋裏の白さが、自分の心を映しているように思われたのかもしれない。

白足袋白き 屋根の雪明かりたり

唯一郎式胡座だと、白足袋の甲の部分だけでなく、足袋裏の白さまで目に入る。独り居る部屋の己の足許の白さ。そして窓から見える家並みの屋根に積もった雪の白さ。

全ての音が雪に吸われた静寂の中、自分の内面と外面との境目がわからなくなる瞬間。雪明かりは、自分の内側の静かな情熱でもある。

雪の中歸り来し 食卓真晝のうれし

庄内の雪は、地吹雪である。その地吹雪の中、息を詰めて帰宅すると、暖かい食卓が待っていた。月も星も見えない吹雪の外界とは別世界である。素直な嬉しさが表現されている。

独り居の立居よ夕べ霜降る

食卓の暖かさに素直に喜ぶ唯一郎だが、やはり、孤独を愛する文学青年の気風が勝っていて、自宅ではいつも少しだけ不機嫌そうな表情をしていたそうだ。それは、別に怒っているというのではなく、いつも自分の内面と対峙する姿だったのだろう。

霜降る夕べも唯一郎はいつものように、淡々と、どこか遠くを見るような目で暮らしていたはずだ。

一昨日の 「レビュー #3」 に、alex さんが 「自由律とは言え、ちょっとなじみにくい言葉遣いですよね」 とコメントしてくださった。確かに、この頃の唯一郎の句にはちょっとした癖があるように思われる。連体形の使い方がとても破格に近い。

しかし、文法的に決定的に間違いというわけでもなく、なるほど、この用法だと不思議な余韻あるつながり方をするなあとも思わせる。

蛇足だが、唯一郎式の妙ちくりんな胡座のかき方は、私の従弟たちにまで遺伝している。そして幸か不幸か、私には父方から禅坊主の血が入っているので、あの独特な胡座にはならずに済んでいる。

本日はこれにて。

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2009/02/02

雪の降らない冬

うかうかしている間に 1月はさくっと終わってしまった。とくに昨年の終わり頃から世の中にはおめでたくない空気が充満していたこともあり、正月なんてあっという間だった。

そして、明日は節分、明後日は立春である。せめて、暖かい春が早くやってきてくれればありがたい。

週間天気予報によると、向こう 1週間は大きな崩れはなく、関東の天気は晴れたり曇ったりのまま推移しそうだ。雪が降らないだけでもありがたい。関東の人は雪に慣れないから、ちょっとした降雪で大混乱になる。

雪の降った朝は、主要道路が動かなくなる。私はスタッドレス・タイヤに換えているからいいといっても、他の車がのめって道を塞いでいるので、こちらも動けないのである。田んぼの中の近道を通って駅に向かうと、必ず車が 2台か 3台、田んぼの中に落ちている。ああ、気の毒に。

私がつくばの地に越してきた当初は、結構雪が降った。私の家は田園地帯を切り開いた住宅地の一番奥にあるから、除雪車なんて絶対に来てくれない。だから、雪が降るたびに必死になって雪かきをした。

関東の雪は面倒なところがあって、降り積もってしまえば翌日はほぼ確実に晴れる。晴れると降り積もった雪の表面が解ける。そして夜の間の放射冷却で、溶けた雪が再び凍る。雪のままならまだ始末がいいが、一度溶けて水になったものがまた凍るので、平らに近いツルツルの表面になる。

我が家のあたりは交通が不便で、バスの本数も少ないから、移動には自動車が不可欠である。その自動車が、ツルツルのアイスバーンのせいで、車庫から道路に出し入れすることもままならなくなるのだ。

だから、雪かきは不可欠である。凍って堅くならないうちに、車の出し入れをする車庫の周辺だけでも雪をどけておかなければならない。昭和 57年に引っ越してきて、平成 1桁ぐらいまでは、雪が降ってから帰宅すると、車を車庫に入れる前に、まず暗い中で雪かきをしなければならない。そんなことが、一冬に少なくとも数回あった。

ところが、近頃ではそんなことは滅多になくなってしまったのである。ここ数年は、せいぜい年に 1度だ。朝方に多少降っても、帰ってくるまでに解けていて、雪かきをまったくしない年もあるし、するとしても、ちょいちょいっと、数分で済んでしまうことも多い。

昨年 12月に帰郷した時は、せっかくスタッドレス・タイヤに履き替えて行ったのに、東北の背骨の山を越える時でさえ、全然雪がなかった。3月の声を聞くまでは、関東でも雪が降ることがあるからと、そのままにしているが、これまでのところ、ほんのちらほら舞った以外は、雪をみていない。

雪が降らないのは、日々の生活にとってはまことにありがたいが、もう少し大きな目で見ると、なかなか気味の悪いものである。年に 1度か 2度は、本格的な雪かきで筋肉痛を起こすのもいいものだと思うのだが。

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2009/02/01

『唯一郎句集』 レビュー #3

「唯一郎句集」 レビューの第三弾。唯一郎は私の母の実父で、その間の事情については、昨年 9月 27日付の記事に書いてある。

昨日に続いて、「朝日俳壇」 時代の四句を紹介する。やはり大正 10年頃の作品と思われる。なにしろ、句帳を持たない人だったので、その辺は漠然としている。

Crack_090201 いずれにしても、まだ二十歳前で、朝日新聞の俳壇に投稿し、「みちのくに天才少年現る」 と注目されていた時代の句だ。

自分の今いる場所に対する目眩のような感覚。ここは本当に自分のいるべき場所なのか、相応しい場所であるのか。酒田の晩秋から初冬にかけての句に、明確な疑問というわけでもない、不思議な非現実感が横たわる。

飯待つ間の無花果の枝亂れたり

庄内の昔の家の庭には、よく無花果の木が植えてあった。私の生まれた家の庭にもあったのを覚えている。

この句は昼食を待っている間の歌だと思う。ふと庭をみると、無花果の枝が乱れたように見える。風に吹かれて音もなく揺れたのか、あるいは作者の目眩のようなものか。白昼夢の入り口か。

休み日晝寢せし 枯野汽笛鳴れり

昭和 51年の酒田大火で焼けてしまったが、唯一郎の生家である印刷所は浜町通りにあって、酒田駅からそれほど遠くはなかった。見えはしなかっただろうが、汽車が汽笛を鳴らせば、十分に聞こえる距離である。

当時の酒田駅の周辺、とくに旧市街から見渡せる東側は、苅田ばかりという状態だっただろう。

秋の深まった休みの日に昼寝していると、汽笛が聞こえた。景色が見えるわけではない。見えないからこそ、汽笛の向こうに枯れ野の風景が感じられた。その枯れ野は、作者の心の中にあった。

硝子戸歪めるままのみぞるる赤し

本格的な雪の季節になる前の晩秋の庄内平野には、みぞれが降る。雪ならばさらりとしているのだが、みぞれは骨身にしみる哀しさがある。歪んだガラス戸の隙間からみぞれがしみると、木の枠が滲む。

それを 「赤し」 と言ったところが、不思議な感覚だ。日常の無彩色がより強調され、それが赤く錆び付いていくような感覚。

床屋小さく山茶花並び映れり

床屋の鏡に、自分の後ろに店先の山茶花が並んで移っている。鏡の中の大部分を占めているのは自分の姿だが、その後ろにある小さな山茶花の方が気にかかる。

鏡の中にある自分は像に過ぎないが、山茶花の姿は単なる鏡像以上の現実感がある。遠くて近い不思議な距離感。

今日はこれまで。

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