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2009/02/28

エスカレーターの乗り方から政治をみる

エスカレーターの正しい乗り方というのがあって、それは、エスカレーター内で歩いて上り下りするのは 「危険」 ということになっているらしいのである。

確かに大急ぎですり抜けるように上り下りしたら危ないだろうが、フツーに歩く分には全然平気だと思うがなあ。

社団法人エスカレーター協会のサイトには 「安全・快適にご利用いただくために」 というページがあって、そのページの一番下に、こんな風に書いてある。

慣例となっているエスカレーターの片側あけですが、危険や不便をともなう行為だということが、少しずつ浸透をしてきました。JR川崎駅前の地下街 「アゼリア」 や、名古屋市営地下鉄などでは、エスカレーターの歩行禁止の呼びかけを始めています。

ふうむ、私はエスカレーターで歩いちゃうけどなあ。とくに大阪人なんかは歩いちゃう人が多いように思える。

世界中どこに行っても、「エスカレーターの正しい乗り方」 なんぞをひっきりなしにアナウンスしている国なんて、日本しかない。「大きなお世話」 なのである。そして大抵の国では、急ぎたい人のために片側を空けるというのが常識になっている。「きちんと空けておかない方が危ない」 というのが、共通認識なんじゃなかろうか。

先日行った京都の市営地下鉄では、「急ぐ人のために片側を開けてお乗りください」 とアナウンスしていた。片側を開ける国際スタンダードと、エスカレーターの乗り方をひっきりなしにアナウンスする日本型おせっかいが、奇妙に同居していたのである。

「急いで昇りたかったら階段を昇れ」 という人もいる。私も、階段がすぐ近くにあればそうする。しかし大抵の場合は、エスカレーターは目立つところにあるけれど、階段はどこか端っこの方にあって、そこまで行くのが面倒なのだ。そうでなくても急いでるんだから、目の前のエスカレーターを昇るのが人情というものである。

「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」 という人もいるが、国が広かろうが狭かろうが、親の死に目にあうために一刻を争う人だっているのである。だから私は、急ぎたい人にはよほどの無鉄砲な急ぎ方でない限り、ちゃんと急がせてあげたいと思う。そのことについては、こちら の記事でも詳しく述べた。

要するに、急ぎたい人がいるのに、呑気な人が道幅一杯に広がってだらだら歩いているという状態が一番危ないのだ。急ぎたい人とダラダラ歩きの人を、きちんとわけてあげなければいけない。

ただ、エスカレーターの片側を空けるというのも、地域によって右側だったり左側だったりする。私の認識では、右側に乗って左側は急ぐ人のために空けておくというのが国際ルールで、大阪や仙台はそれに沿っている。東京のように右側を空けるというのは、ローカル・ルールだと思う。

現実的にみても、左側を空けるという国際ルールの方が、人間行動に即していると思う。というのは、とくにお年寄りなんかはエスカレーターに乗る時、大抵利き腕の右手でベルトにつかまりたがるのだ。見たところ、(いかにもお年寄りに見える) お年寄りが 10人いたら、少なくとも 8人は右手でベルトにつかまる。

すると当然にも右側に立ち止まってしまい、東京方式の中では、歩いて昇りたい人の流れを、不幸にも止めてしまう。

どうやら、エスカレーターで立ち止まりたい人は、右手でベルトにつかまり、右側に立つというのが自然のようなのだ。東京のように左側に乗るというのは、長い間にそれに慣らされてしまった結果だろう。そして、慣れていないお年寄りは右手でベルトにつかまって右側に乗り、人の流れを止める。

フツーに考えれば、大阪・仙台方式の方が合理的なのだが、東京のようにずっとその逆のメソッドでやってきてしまうと、なかなか変えられない。人が多すぎると、長年慣れ親しんだ制度を変えるのはなかなか困難なことなのである。

私は以前、日本の政治改革が進まないのは、「自由主義を標榜する先進国で、人口が 1億人をはるかに越えていながら、地方分権が進んでいないという点では、世界でたった一つのケース」 だからと書いた (参照)。他の国は大抵連邦制なので、小回りを効かせやすいのである。

なるべく硬直しないように、一定のスタンダードが適用しやすい地域ごとに行政区域を分けようというのが、「地方の時代」 の思想だと思うのだが、その当たり前の思想に基づいた 連邦制はおろか、「道州制」 すら、なかなか先に進まない。

ことほどさように、物事というのはいったん固定してしまうと、不合理だとわかっても変えられないモノなのである。とくに日本のように図体のでかい中央集権国家は、動きが完全に止まりでもしない限り、変わらないような気さえする。

図体ばかりでかい中央集権国家で、まともな動きがとれないから、エスカレーターの正しい乗り方なんていう重箱の隅みたいなアナウンスを垂れ流して、安全対策をしているかのようなアリバイ工作をするしかないのである。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

自分は満員電車で通勤していた頃、エスカレーターの追い抜きでの事故を何度か見ました。
同じ事は普通の階段でも起こるという見方もあるでしょうが、だとしたら少なくとも建築基準法の3m以内に踊り場を設けるとかを守るべきで、自分は自分は地下鉄などの特に長いエスカレーターではいつも恐怖を感じてしまいます。(長いエスカレーターは追い抜けないようにわざと狭く作ってあったりもしますが)
回転ドアの様に死亡事故でも起きない限りニュースにはなりにくい訳で、歩いても平気というのは正常化の偏見ではないでしょうか。歩くのを認めれば、必ず急ぐ人も表れるだろうし。
混雑時はそれより、片側に寄る人と広がってしまう人とが混在してエスカレーター自体の運送量が減ってしまうのが気になります。

投稿: Clark | 2009/03/01 23:03

Clark さん:

>自分は満員電車で通勤していた頃、エスカレーターの追い抜きでの事故を何度か見ました。

ある程度、マナーの問題だと私は思っています。

声もかけずに無理に追い越す人が多いし、無理に追い越されるような、下手な乗り方をしている人も多い。

ただ、これらは長年の習慣のなせる技なので、急には改善されません。困ったことです。

>混雑時はそれより、片側に寄る人と広がってしまう人とが混在してエスカレーター自体の運送量が減ってしまうのが気になります。

私としては、偏在してでも、急ぐ人にはそのための道をあけてあげたいと思うタイプです。

で、私は、待ちきれないので空いている方を歩いて昇ります。

投稿: tak | 2009/03/01 23:30

Takさん。不便な所に出張ですか?お疲れ様です。
「エスカレーター」、小さいときに、東京のデパートに
行って初めて乗りました。昇りは乗るときには、自動で
動く階段が、乗り物のように、面白かったのを覚えて
います。が、しかし,下りのエスカレーターに乗るときに、ステップに乗るタイミングが難しく、勇気を持って一歩踏み出さねば!と思って、必死にステップに足を
踏み出し、ほっとした思い出があります。そのころの住まいは、現在では、東京近郊で、ベットタウンですが、
当時は、田んぼに囲まれた、田舎です。東京に行くのに
よそ行きを着て出かけ、デパートは社交場みたいな時代です。Takさんとそう変わらない歳ですね。

そして、私の感覚では、東京ではエスカレーター=乗り物 と言う捕らえ方をしていたと思います。エスカレーター・ガール(ベルトを拭いていました)もいましたね。多分、東京では同じように考えていた人が多かったのではないかと思っています。しかし、大阪では、
乗り物と捕らえなかった。横断歩道の信号機も赤でも、
車が来なければ、渡るのが当然の大阪。ですから、
エスカレーターも当然、動く階段=自分で歩いて昇る。
こう考えたのではないかと考えます。そこで、大阪では
片側を空けるのが、早くから常識とされ、国際的な、
Stand On Right が取り入れられたのではないかと。非常に、効率的な大阪の考え方だと思います。
ここで、記憶が定かでないのですが、大阪万博の時に、
動く歩道が設置されたのですが、その時は、片側を
空けていましたでしょうか?Takさん覚えていますか?

東京の話に戻ります。大阪で先に、片側を空けるのが、
取り入れられたのも見た、東京人は、なるほどこれは、
空けたほうが便利だ。ただ、大阪に追随するのは、ちょっと?江戸っ子気質がでて、単語を逆さまにするのが、
江戸っ子の粋よ。と、東京じゃぁ右側にたって、左側を
空けようじゃないか。と、なったのでは??!!??
真相はどうだか???ですが。

ただ、東京のエスカレーターは、ステップが上り下りに
入る前に、距離がなく、危なく感じます。大阪や、
香港、イギリスなどは、ステップが平らな時間が長く、
安全に思います。なので、小さいときのトラウマから、
開放されます。

また、利用する人が、多すぎた場合、降車時のステップに、安全装置が付いていて、下りた場所の重量が安全装置の設定範囲を超えると、エスカレーターが自動的にストップするはずです。思っている以上に、安全設計なのですが、子供の遊びまで設定していません。
思わぬ事故は、いつも子供からです。
子供の基準にすべて合わせると、幼稚な社会になりませんか?ちょっと心配です。大人と子供の世界は、
成長過程の必需品でしょう。

実は、今でも下りのエスカレーターが怖いですよ。

では。

投稿: ヒロ | 2009/03/02 00:00

読み直したら、東京のエスカレータの空けるサイドを
逆に書いていました。下手な英語を入れたら、左右を
間違えました。ごめんなさい。

投稿: ヒロ | 2009/03/02 00:02

私は田舎ものなんで(横着なだけ?)、何で都会の人は自動で動くものをわざわざ歩くのか、とても不思議でならないんですがね。
エスカレーター(特に東京駅のような長いところ)は、都会で田舎と時間の流れが違うと感じる場所の一つです。

投稿: 雪山男 | 2009/03/02 09:31

ヒロ さん:

東京のエスカレーターは 「乗り物」 なので、ただ乗っているだけ。
大阪では同じ物が 「動く階段」 なので、そこを歩いけばさらに早く昇れる。

これはおもしろい発想ですね。言えてるかもしれません。

ちなみに、私も 「動く階段」 と思ってます。
せっかく動いてるんだから、そこを歩いてさらに早く移動したいと思っているクチです ^^;)

止まって乗るのが右側か左側かについての考察、江戸っ子気質については、何とも言えませんね。
よくわかりません。

ただ、私の以前の考察については、以下のリンクをご覧ください。

http://homepage3.nifty.com/tak-shonai/y_cracks/yc02/c2x1.htm#h141119

東京のエスカレーターのステップについては、あまり意識したことがありませんので、これもよくわかりません。

子どもと大人の関係については、私はもしかしたら、老人の方が危ないんじゃないかと思ってます。
ユニバーサル・デザイン的な改良の余地があるかも。

投稿: tak | 2009/03/02 21:26

雪山男 さん:

>私は田舎ものなんで(横着なだけ?)、何で都会の人は自動で動くものをわざわざ歩くのか、とても不思議でならないんですがね。

私の発想は、自動で動いているからこそ、普通に歩けばより早く昇れるというものです。

つまり、自分で歩くというのがまずデフォルトであって、さらに階段自身も動いて、それを助けてくれているのだと。

投稿: tak | 2009/03/02 21:29

おはようございます。
大阪人はいらちが多くエスカレーターでは止まって乗る人、歩いてしまう人のバランスがうまく取れていて、一基のエスカレーターの能力が最大限発揮されています。
しかし両者のバランスが崩れると困ったことになるようです。

ここ横浜ではどちらかというとおっとりした性格の人が多いようなのです(横浜スタジアムで野球観戦するとこれがよくわかります。相手チームのファインプレーによって得点のチャンスが失われてもファインプレーには拍手が送られます。こんなこと甲子園ではあり得ないです)。
そのためにエスカレーターでは歩かない派が圧倒的に多く右側はガラガラ、左に乗ろうとしている人がエスカレーターの前で十人位の列を作っている光景が日常よく見られます。そのためにエスカレーターの能力が半減しているのです。
いっそのこと“エスカレーターでは歩く必要はありません。両側に立ち止ってのってかまいません”とアナウンスしてしまえば、全体としてうまく機能するのにと思います。
これも一つの閉塞状況ですね。

同じ国内でも地域によってここまで状況が変わることを目の当たりにすると、やはり地方分権は進めるべきなんでしょうね。

投稿: 偽浜っ子 | 2009/03/04 05:40

偽浜っ子 さん:

>そのためにエスカレーターでは歩かない派が圧倒的に多く右側はガラガラ、左に乗ろうとしている人がエスカレーターの前で十人位の列を作っている光景が日常よく見られます。そのためにエスカレーターの能力が半減しているのです。

私は個人的には、「なんでわざわざ止まるんだろう?」 と思っている人なので、原則的にはとくに急いでいるわけじゃなくても、エスカレーターでは歩きます。

あのごちゃっとした中に埋没する雰囲気が嫌いなので、早く抜け出したいという意識も、多分にあります。
要するに、人混みの中で自由に動けないという状況が、ものすごく嫌いなのです ^^;)

そのせいか、エスカレーターが空いていて、自分一人しか乗っていない時などは、のんびり止まったりすることもあります。

その上で言うわけなのですが、たとえ片側に止まって乗るために、少し行列を作ってでも、急ぐ人のために専用レーンを開けてあげるというのは、美しい意識だと思います。

(そのために、人が渋滞して決定的な不都合が生じるというなら別ですが、少し待つぐらいならいいのではないでしょうか)

このくらいの意識が徹底すれば、事故も起こりにくいでしょう。横浜の人はモラルが高いと思います。

投稿: tak | 2009/03/04 10:57

では、名古屋レポ。
 名古屋は『左立ち右歩き』です。偽浜っ子さんの仰るとおり、左に乗り待ち行列の光景を、名古屋でも目にします。

 2005年に愛・地球博やってから、エスカレーターは『止まって乗るもの』というルールが新設(?)されました。
 駅などの施設では、左右の住み分けが発生していますが、街中の百貨店や郊外の大型ショッピングセンターなどは、左右立ちに遭遇することが増えました。(←確かに新しい店舗では、エスカレーターを狭くして、並べないようにしたところもあります)

 名古屋市営地下鉄は、「エスカレーターは歩かない、走らない」を徹底的にアナウンスしています。(久屋大通駅の事故の記憶も新しいし…)
 また、昇降機関係の業者さんにいわせると、「エスカレーターは、基本的には止まって乗るものですからね。」ということでした。

 めったにエスカレーターを利用しませんが、基本的には雪山男さんと同じスタンスです。

投稿: 乙痴庵 | 2009/03/04 12:52

乙痴庵 sann

>2005年に愛・地球博やってから、エスカレーターは『止まって乗るもの』というルールが新設(?)されました。
> 名古屋市営地下鉄は、「エスカレーターは歩かない、走らない」を徹底的にアナウンスしています。(久屋大通駅の事故の記憶も新しいし…)

確かに、名古屋に行ってエスカレーターに乗ると、うるさいほど 「歩くな」 というアナウンスが聞こえますね ^^;)

あんまりうるさいから、階段を昇ることにしています。
運動にもなるし。

投稿: tak | 2009/03/05 10:23

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