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2009/03/21

『唯一郎句集』 レビュー #14

『唯一郎句集』 レビューも 14回目となった。「朝日俳壇」 時代の句は前回でおしまいで、今回からは 「木鐸」 時代の句となる。

句集にはさも当然のように "「木鐸」 時代" とされる章があるのだが、そもそも 「木鐸」 って何なのか、さっぱり説明がない。何しろ作者の最低限の年譜も記されていないのだから、本当に不親切な追悼句集である。

唯一郎の亡くなったのは終戦の年の昭和 20年で、この句集が上梓されたのは昭和 36年。17回忌を迎えるに当たっての記念出版だったのだろう。つまり、亡くなって 16年も経ってから出版された句集なのである。

句集には、当時の俳句同人が漠然とした記憶に頼って、思い出話みたいなものを寄稿してくれてはいるが、自分たちには当たり前の話でも、それを読む者にはさっぱり要領を得ないことが多い。多分出版された当時でも、その内容はよく通じなかっただろう。

ましてや、それからさらに半世紀近く経ってしまっては、作品の背景をうかがうのは至難の業である。私がこの句集の編纂に携わっていたとしたら、少なくとも唯一郎の年譜と文学史的な解説ぐらいは絶対に入れただろう。

しかし、この句集が上梓された頃、私は小学校 3年生だったのだから、叶わぬ話である。今さら何を言っても遅い。ようやく調べがついたところでは、「木鐸」 とは、当時酒田で出版されていた総合誌だったようだ。結構レベルが高かったらしい。酒田もまんざら捨てたものじゃない。

唯一郎は、その総合誌に句を載せていたもののようだ。その雑誌の印刷は自分の家の家業が印刷屋だから、そこでやっていたものでもあるらしい。とりあえず、レビューを始める。

夕餉にものいはず梅鉢の砂しめり

「梅鉢」 というのだから、庭に植えた木ではなく、盆栽なのだろう。縁側あたりにおいてあったのかもしれない。

夕餉の時になっても、その梅は 「ものいはず」 というのだから、ぱっと咲くようなことはなかったのだろう。遅咲きだったのだろうか。そのあたり、何の縁なのか、我が家の庭の梅も同様である (参照)。

梅の鉢の砂は湿っているという。悲しき梅である。悲しくはあるが、家族の夕餉に付き合い、絶えず水をやってもらえる、人間と切り離せない梅である。それだけに、ますます悲しい。

おとなしと賞めらるるが悲しき梅咲く

遅咲きの悲しき盆栽の梅は、褒めようがないので 「おとなしい」 と言って褒められる。そして悲しげにようやく咲く。

少しペーソスを感じさせる、肩の力の抜けた句である。

青空青空絶へず動くものあり梅咲く

梅の連作の中で、ようやく唯一郎らしいシュールさを感じさせる句が出てきた。「青空青空」 と二度繰り返し、「絶へず動くものあり」 と、ちょっと飛躍した言葉に飛ぶ。

「絶へず動くもの」 とは、青空の中に投影された、自らの心の奥深くに潜むものなのだろう。その動くものが、今度は遅咲きの 「おとなしい」 梅の花の中からポンと音を立てて現われる。

本日はこれぎり。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント


今回はめずらしく「おとなしい梅」
意外でした (笑)

投稿: alex99 | 2009/03/22 11:39

alex さん:

>今回はめずらしく「おとなしい梅」
>意外でした (笑)

これまでと作風がかなり違うでしょう。

時代的に連続しているのかなあと、かなり疑問です。

投稿: tak | 2009/03/22 22:02

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