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2009/03/08

『唯一郎句集』 レビュー #11

「唯一郎句集」 のレビューも、これで 11回目になる。今回の 3句は、「朝日俳壇」 時代のものだが、季節、年代、ともにわからない。なんだかごっちゃになってしまっている。

追悼句集を作るにあたって、どうしてもう少し系統立ててまとめてくれなかったものかなあと、残念に思ってしまう。

なにしろ句帳をもたず、俳句は作り捨てみたいな人だったので、没後 17年経てから残した句をまとめようとしても、なかなか大変だったのだろう。

この句集には、若き唯一郎を見出した、当時の 「朝日俳壇」 の選者、中塚一碧桜の未亡人の他、酒田にいた 2人の俳句同人が、唯一郎との関わりについてそれぞれの思い出を寄稿してくれているが、古いこととて、3人とも年代を明確にした書き方はしてくれていない。

いずれも文学研究家というわけではなく、選者の未亡人と風流人ということなので、系統だった論文的なものにならないのは仕方ない。ただそのおかげで、さらに時代が下ってからレビューしようという孫にとっては、なかなか難儀なことになっている。なにしろ、まともな資料が全然ないのだから。

とりあえず、いつもの如く、想像力にのみ頼ったレビューを再開する。もしかしたら、今回の句は唯一郎が妻を娶る頃の句なのかもしれない。

蚕飼ひ夜はしみじみと言ひけり

庄内の養蚕について、私はほとんど知識がない。明治維新以後に庄内藩士たちが開墾した松ケ岡というところで盛んに行なわれていたと聞いているが、酒田の街中で蚕が飼われていたのかどうかなんて、全然知らない。

多分この句は自宅で作られたものではなく、養蚕が行なわれていた山里を訪ねた際に作られたのだと思う。唯一郎は松ケ岡のある松山の女性を娶ったので、妻の実家を訊ねた時のことなのかもしれない。

ということは、この句に出てくる 「蚕飼ひ」 は、「蚕を飼って」 ということではなく、「牛飼い」 とかいうのと同様に、「蚕を飼う人」 ということだろう。その蚕飼いが、夜になってしみじみと言ったというのである。何をしみじみ言ったのかは、唯一郎のいつものスタイルで、全然つまびらかにされない。

ただ、庄内の山里で蚕を飼う老人 (多分老人なのだろう) が、しみじみと何かを語った。そのしみじみさ加減が、この句の命だろう。話の中身は想像するしかない。

ひそかに蚕室に入ればわが命いみぢく

これはまだわかりやすい。蚕室にひそかに入った唯一郎は、桑の葉をカリカリと食い続ける蚕たちに囲まれて、自分自身のいのちについて、強烈なインスピレーションをもってしまったのだろう。

薄暗い蚕室で、小さな命たちが強烈な波動を発しつつ生きている。それらのいのちと、自分自身のいのちの境目がわからなくなる。わからないからこそ、その境目を無理に見出そうとする。

そのために、ますます自分自身のいのちは 「いみぢきもの」 となる。

蚕棚の風呂敷はほぐされざる毎日

ああ、この句には困ってしまう。蚕棚に置かれた風呂敷包みって、一体何なのだ。ほぐされずに置きっぱなしになっているというのは、一体どういうことなのだ。

もしかしたら、「ああ、そうそう、昔の蚕棚には、何だか知らないけど、風呂敷包みが置かれていたものだねぇ」 なんていう人が出てきてくれたら、レビューしやすいのだが、そんなことは到底期待できない。

とにかく、風呂敷に何か包まれているのである。養蚕に使う道具か何かだろうか。しかし、その風呂敷包みは長らく開かれたことがない。多分風呂敷の柄も色褪せているのだろう。

ちなみに、風呂敷などの結び目をほどくことを、酒田では 「ほぐす」 という。方言というほどでもないが、普通は 「ほどく」 というところだろう。そういえば、酒田出身の詩人、吉野弘に 「ほぐす」 というタイトルの作品がある (参照)。

確かにこの場合、「ほどかれざる」 というより 「ほぐされざる」 という方が、謎っぽくていい。セピア色の疑問も緊張も、ほぐされないまま残る。

色褪せた風呂敷包みが長らく置かれたままの蚕棚。その中で蚕は刻々と育ち、繭を作って糸になる。そして翌年もまた同じ繰り返し。何も変わらず、時だけが静かに流れる。

風呂敷が 「ほぐされる」 ことは、これからもない。ただ棚に置かれたまま。

本日はこれぎり。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント

蚕棚の風呂敷 気になります。蚕棚の棚の高さを考えると、
風呂敷が包まれていると言うより、折り畳まれた状態でないと、
棚に乗らないように思えます。
なにを見たのでしょうか?本当に風呂敷なのでしょうか?
絹でつくった風呂敷を想像したのでしょうか?
それとも、蚕を製糸しすることがないので、蚕を風呂敷に
みたて、製糸することをほぐされると考えたのでしょうか?
なんとなく、風呂敷で無いような気がします。

投稿: ヒロ | 2009/03/09 16:47

ヒロ さん:

>なにを見たのでしょうか?本当に風呂敷なのでしょうか?
>絹でつくった風呂敷を想像したのでしょうか?
>それとも、蚕を製糸しすることがないので、蚕を風呂敷にみたて、製糸することをほぐされると考えたのでしょうか?
>なんとなく、風呂敷で無いような気がします。

うーん、おもしろい発想ですが、私としては、風呂敷と書いてあるのだから風呂敷があったんだと思います。

風呂敷だから、薄いものから厚いものまで包めるし、蚕棚の高さは気にする必要はないんじゃないかなあ。

私のイメージは、絹の風呂敷ではなく、どうでもいい綿の風呂敷です。唐草模様とかの。

その方が、私としてはイメージが膨らみます。

投稿: tak | 2009/03/10 16:48

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