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2009年6月に作成された投稿

2009/06/30

マイコーが教えてくれた

先週の金曜日、朝のニュースでマイケル・ジャクソンが病院に搬送されたと言っていて、昼にインターネットで速報をみると、死亡が確認されたとのことだった。

夜に帰宅すると、今年 22歳の末娘が 「マイコーが死んじゃったね」 と、ぼそりと言った。我が家では、それがすべてだった。

我が家の三人娘は、上から 28歳、25歳、22歳である。長女が生まれた翌年、あの伝説のアルバム "Thriller" が全米チャートで 37週 (つまりたっぷり半年以上) にわたってトップに君臨し続けた。次女と三女はまだこの世に存在していなかった。

1987年に "Bad" がリリースされた。私は個人的には、マイケル・ジャクソンはこの "Bad" で終わったと思っているが、この年、我が家の三人娘は、それぞれ 6歳、3歳、1歳だった。3人とも、マイケルの一番すごかった時期を自覚的にはリアルタイムで経験していない。

我が家の娘たちにとってのマイケルは、「昔はとってもかっこよくてスーパースターだったらしいけど、ゴシップまみれのちょっと気持ち悪い人」 であるにすぎない。だから 50歳の若さで死んだというニュースにも、「いかにも不健康そうだったもんね」 で済んでしまう。

マイケルが一番かっこよかった 1980年代にハイティーンだった 40歳前後の世代からみると、「あの世紀のスーパースターの死に、なぜそんなにも冷淡でいられるのか?」 と嘆きたくなるであろうほど、冷静そのものなのである。

それは私の世代が、エルヴィス・プレスリーの死に、とても冷淡だったのと同じようなものだと思う。団塊の世代にとっては死ぬほどかっこよくみえたエルヴィスも、私の世代にとっては、ただの太った不健康そうなおじさんだったのだ。

彼の若い頃の映画をリバイバルで見れば、なるほど、確かにスリムでセクシーでかっこよかったというのはわかるが、晩年の変わり果てた姿の方がリアルタイムのイメージなので、価値観が覆されるまでには到底いたらない。

だから、1980年 12月にジョン・レノンが死んだというニュースをカーラジオで聞いた時には、あまりのショックに手が震えて運転不能状態に陥り、路肩に 30分も停まりっぱなしだった私でも、エルヴィスが死んだと聞いた 1977年は、「ちょうどお盆だしね」 なんて、まったく冷静そのものでいられた。団塊の世代にはかなりの衝撃だったようだが。

話は変わって、マイケル・ジャクソンの功績の一つは、英語をカタカナで読むとかっこ悪いということを、日本人に知らしめたことなのではないかと思う。その影響は、我が家の末娘が 「マイコー、死んじゃった」 なんて言っていることにまで連なっている。

"Beat It" は、決して 「ビート イット」 ではなく、「ビーリッ」 であり、"Bad" は 「バッド」 じゃなく 「ベェッ」 であり、"Thriller" は 「スリラー」 じゃなく 「トゥイラー」 であると、マイコーはあの頃テレビで繰り返し流れたプロモーション・ビデオで教えてくれた。

エルヴィスは自らの南部訛りにそれほどプライドをもっていなかったようで、時代的限界もあって、とくに 60年代になってからは中途半端にきれいな発音を目指していたように思う。だから、団塊の世代のエルヴィス・ファンの多くは、もろにファンキーな英語は苦手なようで、「油煙夏腹」 式か、カタカナ英語かのどちらかである。

NHK のラジオ番組でアナウンサーが追悼の意を込めて、「それでは最後に、マイケル・ジャクソンさんの 『びーといっと』 をお送りします」 なんて言うのを聞くと、私はかなり脱力してしまうのである。

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2009/06/29

選挙では浮動票は邪魔もの扱い

私の公職選挙法を批判した記事に関連して、hottokei さんが、ご自身のブログ 「繰り言」 で興味深いことを書いておられる (参照)。

「公職選挙法における選挙運動関係規定は低投票率を実現するための法律による環境設定、と考えれば、理解しやすい」 というのである。なるほど、浮動票って邪魔者扱いなのね。

hottokei さんは、その理由を以下のように書いておられる。

 つまるところ、日本における選挙運動とは組織票を積み上げる方式で行われており、その立場から見れば、組織に属していない浮動票、無党派層を掘り起されるのは、迷惑この上ない。政治に対する世論喚起が、選挙運動によって行われることは、奨励されるものではなく、むしろ恐れられている。 「投票率は低い方がいい」という発言が、他ならぬ与党から出ることは、一度や二度ではない。

なるほど。確かに言えてる。だから、総務省は選挙の度におざなりのポスターなどで 「選挙に行きましょう」 みたいな呼びかけを行なっているが、投票率アップのための実効的な方策を提案・実施した試しがない。

投票率は低すぎるのも問題だが、政権や役所にとっては、高すぎるのも迷惑のようなのだ。せいぜい 50%内外が理想的というところなのだろう。そのくらいだと、組織票を押さえることで、票読みが確実になる。それ以上の要素を加えて、選挙を面倒くさいものにしたくない。投票率が高すぎて浮動票が多いと、票の読みようがなくなるから歓迎されない。

組織票を確保した候補者は、その組織に属する人の住む地域に、選挙カーで 「ご挨拶」 に出向く。そうでないと、「挨拶がない」 とか 「俺んとこの地域が無視された」 とか言って、ヘソを曲げるやつが出てくる。ヘソを曲げられないために、選挙カーで慇懃にご挨拶廻りをする。

どうせご挨拶廻りなのだから、政策なんか訴えても仕方がない。「ほら、私ですよ。おたくんとこにも、ちゃんとご挨拶に廻らしていただいてますよ」 というアリバイ作りなので、連呼さえしておけばいい。

どうせ組織票ベースの票固めは既に終わっているのだから、後は、票を入れてくれるべき人が、ちゃんと入れてくれさえすればいい。想定していなかった浮動票が大規模に動いたりすると、組織票の有効性がなくなるから、なるべくならば、投票日は家でテレビでもみていてもらいたい。

既得権がしっかりとある組織に属したり近かったりする有権者達は、選挙カーの連呼にあまり不快感を示さない。逆に、「おぉ、○○候補が俺んとこに挨拶に来てくれとる」 ってなもんで、単純素朴にも、なかなかいい気持ちにさせてもらったりしている。

ちょっと人のいい人だと、わざわざ表に出て手を振ったり、駆け寄って握手を求めたりなんかする。これをされると、候補者の方でもほだされてしまって、「選挙カーで廻るのは、有権者との触れ合いの場」 なんて思いこんだりする。お互いに誤解しまくってるわけだ。

一部の守旧派への義理立てのために、周囲の住民は騒音としか思えない連呼で迷惑を被っているのである。都議選はもうすぐだし、総選挙もその後ぐらいにやってくる。ただでさえ暑い夏に、うっとうしいことである。

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2009/06/28

『唯一郎句集』 レビュー #37

『唯一郎句集』 の 「群像」 時代の句のレビューを続ける。「群像」 というのが何なのか、まだわからない。このままずっとわからないかもしれない。

今回の 3句は、夏の句が 1句、冬の句が 2句である。並び方はずいぶん前後があるような気がするが、仕方がない。

もしかしたら、この句集に収められた句の並び方は、時系列的にみると、かなり大雑把なのではないかとも思う。何しろ、唯一郎は句帳をもたなかった人で、ほとんどの句が読み捨てであり、周囲の人間が記録しておいたものをまとめたものなので、こうなるのももっともなことなのかもしれない。

そこにいくと、私の 「和歌ログ」 などは、整理しやすいことこの上ない。問題は後世に残す意味があるかどうかということで、そのあたりは自信がないのだけれど。

さて、レビューを始めよう。

そうびの鉢は母に持たして夏雲の真下に並び

「そうび」 というのは 「薔薇」 のことだろう。俳句の世界では夏の季語として用いられる。度々指摘するが、唯一郎は自由律の句人なのに、時としてわざとでもあるかのように、古い言い方の季語を好んで用いる。

薔薇の鉢を母に持たせて、夏雲の下を歩いている様子である。唯一郎は時々母への親愛の情を句にしている。孝行息子であったと伝えられる。

冬の川波夜をこめて瀬の夫婦ら祭りす

この句の 「瀬」 というのは、暫定的な表記である。句集では、この字の 「へん」 の部分は 「牙」 という字に見えないこともない。「雅」 という字のへんである。

ところが、「牙」 と 「頼」 を組み合わせた漢字というのはワープロで変換できないし、手元の漢和辞典で探しても見当たらない。仕方がないので、とりあえずは 「瀬」 ということにしておく。

庄内の冬は、風が厳しい。冬の川波の立つ瀬で、夫婦らが夜通し祭りをするというのである。どんな祭りだからは、全然わからない。

庄内の冬の祭りといえば、黒森歌舞伎と黒川能が思い出される。黒森歌舞伎は日中に演じられるが、黒川能は、2月 1日の王祗祭で夜通し演じられる。もしかしたら、このことを句にしたのかもしれないが、よくわからない。

いずれにしても、田舎の純朴な冬の夜祭りの情景を句にしたものだろう。自らの感傷から距離を置いて、客観的な風景として人間を読み込む手法が、目立ってきている。

大寒の壁をじつと見つめて居る冷ややかな傷心

自らの感傷から離れた風景描写のような句を読む一方で、やはり唯一郎らしい感傷的な句も消えてしまったわけではない。

庄内の冬は寒い。大寒の壁は多分、白壁であったろう。それは氷のように冷たい。それをじっと見つめていると、自分の心まで冷え冷えとしていることに気付く。

ところどころに生活の染みが浮いていても、それら全てが氷の冷たさであるというのが、また哀しい。

本日はこれぎり。

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2009/06/27

『唯一郎句集』 レビュー #36

『唯一郎句集』 の中盤、「群像」 時代の句のレビューを続ける。ページを追い、その順に沿って読んでいるのだが、どうも時系列が乱れているようだ。

季節も飛んだり戻ったりという印象で、編纂もなかなか大変だったのだろうと思うが、読む方もなかなか大変だ。

今回レビューする 3句も、1ページの中に秋 (と思われるが、違うかもしれない)、夏、晩秋の順に並んでいる。とりあえず、レビューを始める。

百合を掘る一つ一つ浮んで來る男の顔

「百合を掘る」 というので、秋の句だと思うのだが、もしかしたら違うのかもしれない。

百合は今でこそ花の美しさを愛づるものになったが、日本では古来食用としてきた。百合の根を雑煮に入れたりして食べるのである。今でも関西方面ではよく食べるようだが、庄内は上方文化を受け入れていたので、唯一郎も百合根を食べたのだろう。

百合の根はでこぼこで無骨である。一つ一つ掘るごとに、一人一人別の男の顔を想像してしまうのだろう。

八月が來る行々子啼くにまかして歩むなり

「行々子」 は 「ギョウギョウシ」 で、オオヨシキリの別称。レビュー #28 で、「はつきりと行々子の巣が見える六月の朝空」 という句を紹介している。酒田の新井田川沿いの葭原に、多くのオオヨシキリが生息していたのだろう。

酒田の七月下旬。梅雨が明けて、夏本番となる。川原ではオオヨシキリが盛んに啼いている。その啼くに任せて川原の道を歩く。

「歩く」 ではなく 「歩む」 というからには、どこか目的地があって歩いているのである。ゆったりとした散歩ではない。すたすたと歩いているのである。

夏の日射しが注がれる。しかしまだ、本当の暑さはこれからだ。暑さと啼き声とに微妙な距離感を覚えながら歩く季節。

冬近き渓に沿ひて行く猟人の口髭

季節は一足飛びに晩秋。庄内は平野とはいえ、山が近い。鳥海山や月山の麓には、山家の生活がある。

紅葉も終わり、木々も裸に近くなった谷間を、口髭を蓄えた猟人が行く。絵画のような風景である。

唯一郎の句に、自らの感傷から離れた風景描写が増えてくる。文人趣味、絵画趣味が顔を覗かせる。どこか老成を感じさせるが、まだ二十歳代の句である。

本日はこれにて。

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2009/06/26

再び 「ガバナビリティ」 について考える

親愛なる先輩 alex さんが、「ガバナビリティ」 という言葉について書いておいでだ (参照)。

この言葉の意味が 「統治能力」 ではないということは、大分前に周知されてしまっていると思っていたのだが、国会議員は、まあ仕方ないとして、毎日新聞までがまだ素朴な間違いをしでかすというのは、驚きである。

alex さんの記事は、毎日新聞の社説で、「ガバナビリティ」 という言葉が誤って使われていることを指摘したものだ。リンクを辿ってみると、確かに 6月 6日付の 「郵政トップ人事 統治能力がなさ過ぎる」 という社説に、以下の記述が見つかった。

自民党に統治能力(ガバナビリティー)がなくなった、という指摘がある。

これは、やっぱり痛い。"Governability" という言葉が、「統治能力」 ではなく、その逆の 「被統治能力」 を指すということは、ジャーナリストとしては当然知っているべきことで、そんなことも知らずにエラソーに社説を書くなんて、ちょっと信じられないくらいである。もう一つ言えば、読点の入れ方もプロっぽくない。

実は、私は 4年以上も前に  "「ガバナビリティ」 について考える" という記事を書いている。この言葉の使われ方について、ちょっとした考察をしたものだ。

改めて昨今のウェブの世界ではこの言葉がどんな風に使われているのかと思い、さっき 「ガバナビリティ」 という 1語のキーワードでググってみたら、私のその記事がトップにランクされているのを発見して、光栄に思うより先に、まず正真正銘びっくりした。

最も基本的なことを言えば、動詞の後に "-ability" が付く言葉というのは、そもそも受け身の意味なのである。これがわかっていないと、英語感覚が微妙に、あるいは大幅にずれる。Goo 辞書をみれば、ちゃんと次のように示されているので、よろしく (参照)。

-ability
suf.
((-ableで終わる形容詞から名詞を作る)) 「…されうること」の意

こっち (主体) が向こう (客体) に、ある方向性をもった働きかけをした際に、客体の方で、それにきちんと対応できる特質を備えているかどうかということを抽象的に語る場合に、とても便利な言葉なのだと思う。

つまり、"governability" と言えば、「統治する能力」 ではなく、「統治される能力」 であり、"reliability" の訳語は 「信頼性」 ということになっているが、より正確には 「信頼されうること」、あるいは 「信頼されうる特質」 なのである。

私は個人的には、"governability" をわかりやすく言えば、集団的な意味での 「聞き分けの良さ」 とか 「なびきやすさ」 といった意味だと思っている。

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2009/06/25

シルバーカーで競走するばあさん

乳母車かショッピングカートみたいな歩行補助記を押して道を歩く高齢者を見かけることがある。なぜか、男性はほとんどいなくて、ほぼ 100%女性というのが気になるところだ。

あれ、商品名として日本では 「シルバーカー」 というのが定着しつつあるらしい。「ちょっとなんだかね」 という気もするネーミングだが。

昔々、私の実家の祖母の叔母という人が、かなりしっかり者のばあさんで、足腰が弱ってからも乳母車を押してあちこち外出していた。その乳母車は、曾孫を乗せていたものだが、曾孫が育ってしまうと、ひいばあさんの歩行補助機になってしまったのである。

今では乳母車はなんだから、高齢者専用の歩行補助機として特化してしまったようだ。なるほど、「ベビーカー」 じゃないので、「シルバーカー」 なのね。なんでも、少子高齢化の昨今は、ベビーカーよりシルバーカーの売り上げの方が多いらしい。

このシルバーカー、事故も結構多いと聞く。とくにブレーキ操作が案外面倒なので、坂道でついて行けなくなって転んでしまったりすることがあるらしい。また、停止状態で椅子として使う時にも、こけてしまうことがあるという。

ところで、"Racing Grannies" (競走ばあさん) というおもちゃがある。原産国表示は China ということになっているが、それは世界中のおもちゃの多くがそうであって、企画販売しているのは、英国のメーカーらしい。

なんだかちょっと憎ったらしい魔法使いのおばあさんじみた顔のばあさんが、シルバーカーを押しながらよたよたと歩く。これが 2個セットで売られている。もちろん、商品名が示すように、競走させるためだ。

ネジを巻いて机や床の上に置くと、このばあさん、よたよたと動き始める。なぜか絶対にまっすくが進めない。よろよろと蛇行したりひっくり返ったりする。まったく、しょうがないばあさんなのである。

こんなのを日本のメーカーが売り出したら、きっと 「年寄りを馬鹿にしている」 と非難されるだろう。英国ってところは、こうした悪趣味なブラック/ジョークがすんなり受け入れられてしまったりするから、ちょっとおもしろい。

実は、この Racing Grannies というおもちゃを某所でいじらせてもらった。デジカメで動画に記録したのだが、一体だけ動かすのが精一杯で、競走を録画することはできなかったのが残念である。

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2009/06/24

SWOT 分析は何にでも効くわけじゃない

企業などの戦略計画立案ツールの中で最もよく知られたものの一つに、「SWOT 分析」 がある。

ハーバード・ビジネススクールで 1920年代から開発されてきたもので、ある意味、古典的なツールなのだが、今でもあちこちで、ずいぶんありがたがられて使われている。

これがどんなものかを知るには、上記のリンクを辿って Wikipedeia の説明をご覧いただければいいのだが、ざっと言えば、企業や個人のビジネス戦略を立案するにあたり、まず、以下の 4つのポイントを明確にするところから始めるのが特徴だ。

  • 強み (Strengths) :目標達成に貢献する組織 (個人) の特質
  • 弱み (Weaknesses) :目標達成の障害となる組織 (個人) の特質
  • 機会 (Oppotunities) :目標達成に貢献する外部の特質
  • 脅威 (Threats) :目標達成の障害となる外部の特質

以上の 4つのポイントの頭文字をとって 「SWOT 分析 (SWOT analysis)」 というわけだ。実際の作業では、紙の上に田の字のマス目を書き、左上に強み、右上に弱み、左下に機会、右下に驚異となるポイントを、それぞれ書き連ねることから始まる。

                       
強み (Strengths) 弱み (Weaknesses)
機会 (Oppotunities)脅威 (Threats)

上段が内部要因、下段が外部要因、左側がアドバンテージ、右側がディスアドバンテージとして、視覚的にも整理されるから、戦略立案の出発点としてわかりやすい。企業の戦略会議などで既にお馴染みの方も多いかもしれない。

私も 30代の頃、勤務先の団体が資金的に危機に陥った時に、盛んに会議が招集され、この手法を用いて運営改革の議論が行われた。そして結論から言えば、この会議では、いくらこの SWOT 分析を用いて頭をひねっても、全然役に立たなかったのだ。

私個人は、この会議では完全にしらけていた。私はマーケティングやマネジメントを専門に学んだわけではないが、SWOT 分析というのは、経営危機に陥った組織が 「どうすれば持ち直せるか」 という包括的な議論を行う際に役に立つものではないということを、漠然と感じていた。

SWOT 分析というのは、明確な目標を設定した特定のプロジェクトを開始する時には非常に有効なツールだが、「今までみたいにうまくいかなくなっちゃったから、どうしようか?」 というときに効果を発揮するものではないのだ。そんな時には、むしろ徹底した現状分析からやり直さなければならない。

要するに、経営危機に瀕してそこからの脱却を図ろうという時に有効とはいえない SWOT 分析というツールに、馬鹿の一つ覚えみたいに頼るしかなかったというのが、その組織の限界だった。というわけで、その団体は今ではなくなってしまった。

今でも、マーケティング・コンサルタントか何かで、エラソーに SWOT 分析を振りかざす人が少なくないわけだが、有効なケースで持ち出しているわけでは、必ずしもないように思われる。

それから、たとえ有効なケースであったとしても、その組織の 「強み」 「弱み」 として挙げられる要素が、必ずしも客観的に妥当なものではなく、単に当事者の 「思いこみ」 にすぎなかったりすることもある。というか、それがかなり多い。

過去のあるプロジェクトには十分に 「強み」 として作用していたが、新規プロジェクトにおいては、かえって邪魔になるみたいな要素を、単なる流れで 「強み」 として挙げたがる傾向がある。「強み/弱み」 なんて、相対的なものということをわかっていない人が多いのだ。

私が経験から学んだ教訓は、「SWOT 分析は何にでも効くわけじゃない」 という、当たり前のテーゼである。

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2009/06/23

「その程度でいいの?」 という疑問

私はアパレル業界で主たるメシの種になる仕事をしている。この業界は、今最先端の IT 技術とはなかなか相性が悪い。

前にも書いたが、「ファッションとウェブは、水と油」 なのである。消費者向けのウェブ活用が遅れているだけでなく、業務システムとしての IT 活用も非常に遅れている。

この遅れた現状を是正しようとして、国を始め、地方公共団体などもこれまで少なからぬ補助金を投入して、繊維・アパレル業界向けの業務ソフトを開発させ、普及させようとしてきたが、ほとんど空振りに終わっている。補助金で作成したソフトで市場で生き残っているのは、ざっとみたところ 2割以下である。野球選手だったら、クビになっているところだ。

つまり、この分野で投入された税金の 8割以上は無駄になっているのである。これで利益を得るのは、この補助金交付業務にたずさわる役人と、業務ソフト開発を請け負った IT ベンダーだけだ。ベンダーは補助金をもらって開発しさえすればいいのだから、あとはどうでもいいみたいなのである。いわば 「作り逃げ」 だ。

何故、お役所の肝いりで作るソフトが使い物にならないかというと、机上のプランだけが魅力的すぎるからである。補助金交付の決定までには、この机上のプランを如何に飾り立ててプレゼンするかが大切になるが、これが間違いの元なのだ。

プランの上では 「あれもできる、これもできる」 「こんなことまで合理化できる」 と、とても魅力的なものにしなければならない。そうでないと、審査を通らないからだ。ところがいかんせん、アパレル業界の多数を占める中小企業は、そんな小難しいソフトを押しつけられても、使いこなせないのだ。いや、それどころか、意味すら理解できないのである。

ウェブ上で受注すると、バックヤードの在庫を自動的に検索してすぐに発送のレスポンスを返し、自動的に請求業務を行う (まるで Amazon みたい) なんてことを言っても、アパレル・メーカーの多くは、在庫管理がアナログ・ベースなのだから、そんなシステムを導入しても宝の持ち腐れである。

受注が統一フォームによる FAX かメールで受け取れるなら、受け取った側がその時点からアナログ処理を行い、つまり、人手で在庫を確認し、受注確認の電話なり FAX なりメールなりを返し、人手で発送し、まあ、請求書の印刷程度は自動で行うというぐらいのシステムなら、すぐにでも導入可能だ。多くのアパレル・メーカーが欲しいのは、このレベルのシステムなのである。

私なんかが IT ベンダーにこうしたシステムのニーズを力説すると、相手は必ず 「しかし、そんなの業務システムとはいえませんよ。 いわば 『おもちゃ』 じゃないですか。我々が作る以上、そんなお粗末なものはできません」 と言う。

私はこう答えざるを得ない。「おもちゃ程度でないと、この業界は使いこなせないんですよ。我々が求めているのは、まさに 『おもちゃ』 なんですよ。『おもちゃ』 だけでも、この業界の業務効率はものすごく改善されるんですから」

だが、IT ベンダー側も損益分岐点というのがあり、大手になればなるほどそんな 「おもちゃ」 の制作では利益を出せないとみるらしく、どこも手を付けてくれない。私からみれば、開発コストがかからず、リスクも最低限で、しかもやり方次第でどっと売れる可能性があるのに、どうして着手しないんだろうと思う。

もしかしたら、小さなベンダーがやってくれるかもしれないが、販売単価が安くなるので、広範な営業力がないと、少しぐらいの売上では儲けにならないから、なかなか腰が上がらない。

こうしたジレンマは、アパレル業界だけでなく、世の中全般にある。「そんなもんで、いいんですか?」 「そんな程度のことで、効果があるんですか?」 という問いは、世の中にあふれている。そんなとき私は、「そんなもんから始めてみましょうよ」 「その程度のことからでないと、気楽にスタートを切れないでしょうよ」 と答えることにしている。

私が最近実践している 「マイ箸」 なんかは、このケースの代表例で、ようやく少しずつ普及し始めているのが喜ばしい。(参照

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2009/06/22

ナマ足・ミニスカ、もうダサい?

痛いニュースの "「ナマ足・ミニスカ、もうダサい」 女子高生はロングスカートブーム" というエントリーに、とても興味をもってしまった。

いや、別にナマ足・ミニスカを惜しむとかいう話ではない。ウチは 3人の娘を育てて、ナマ足・ミニスカは身近にいやというほど見てきたから、それはもういいのだ。

私が興味をもったのは、女子高生たちがどんな発想で 「ナマ足・ミニスカ」 を 「もうダサい」 と思うようになったかということである。しかも、その発生源が奈良の女子高生というのも、なんとなく奥が深いような気がする。

3人の娘を育てた経験からすると、女子高生のスカート丈は、20世紀末から今世紀初めにいたるまでの間に、どんどん短くなってきたような印象がある。長女が女子高生だったのは平成 7年 (1996年) からの 3年間だが、その頃には今ほど短くなかった。ごくフツーのミニスカート丈だったように思う。

ところが、末娘が高校に在籍した平成 3年 (2003年) からの 3年間は、それはそれは短いものになっていた。ちなみに、次女はその中間的な長さだったように思う。つまり、少なくとも 7年の間に (というのは、多分もっと前からだろうから)、連続的に明らかに違いがわかるほど短くなったのである。

一度、末娘が朝寝坊をして遅刻しそうになった時、車で学校に送っていったことがあるが、その時高校の正門への坂道を上りながら、運転席で目のやり場に困ったことがある。それはもう、エロティシズムとかいうものではなく、「お前ら全員、風呂上がりかよ!」 とツッコミを入れたくなるような、ダサダサ感覚にあふれたものだった。

これはもしかしたら、末娘の通ったのが女子校ということもあるのかもしれない。これは個人的な偏見かも知れないが、女子校というのはよほどのお嬢様学校みたいなのは別として、色気もへったくれもなくなる傾向がある。

ちょっと横道に逸れかかったが、ファッションというのは固定化されることはない。絶対にない。どんなファッションでも必ず変化する。ということは、女子高生のスカートというのは、見たところこれ以上短くなりようがないから (なったとしたら股上何センチなんてことになる)、今後は長めの方向にスウィングバックするしかないのである。

問題は、奈良の女子高生が何ゆえに長めのスカートを選択し始めたかだが、件の記事では彼女らは以下のような理由を挙げたとある。

「チョンチョン (短いスカート) はもうださい」
「スカートの形がかわいく見える」
「ポッキー焼け (靴下の跡がつく焼け方) をしたくないから、靴下とスカートをつなげてはく」

なるほど、そろそろミニスカがださく見え始めるサイクルに突入し始めたのだろう。「チョンチョン」 なんていう言い方が出てきたからには、それは確実だという気がする。ただ、発信地が奈良というのは、一体どういうことなんだろう。これまでの流行の発信地というのは、大抵東京の山の手とか、神戸とかだった。

奈良から始まったファッションが、はたして全国に広まるのだろうか。あるいは、東京か神戸に飛び火してから (飛び火するとしたら、多分神戸だろうが)、初めて拡大するのだろうか。はたまた、ミニスカと共存することになるのだろうか。例えばギャル系ミニスカと、お嬢様系膝丈に分化するとか。

これはウォッチする価値があるかもしれない。

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2009/06/21

『唯一郎句集』 レビュー #35

『唯一郎句集』 の中で 「群像」 時代と題されたまとまりをレビューしているのだが、このあたりはなんだか、時系列が乱れてしまっているようだ。

昨日レビューした冬の 2句に続いて、晩秋を歌う 3句があり、しかも最後は彼の父の存命中の句のようなのである。

なにしろ、唯一郎の句は 「作り捨て」 みたいなもので、自分では句帳を持たない人だったから、周囲の者が句会などでよまれたものや、新聞・雑誌に載った作品を書き留めておかなければ、後世には残らなかった。実際、この句集に載った何倍もの数の句は、消えてしまっているというわけだ。

それだけに、時間軸がずれてしまうのも仕方のないことかもしれない。50年も経ってからレビューを試みる孫にとっては、ちょっと辛いところだが。

かざりなく落葉降る夜は我が病根に思ひいたる

晩秋である。落ち葉が 「かざりなく降る」 というのが素敵だ。ちらちらと舞い散るのではなく、無骨にただ落ちてくる。ぼそりぼそりと落ちてくる。

器用に世を渡るわけでもなく、ただぼそりぼそりと生きるように見える自分が重なる。それが病根だという。

水底の落葉ありありと見えて來て我心病めり

池の底に落ち葉が堆積していく。その様がありありと透き通って見える。

からりと乾いて朽ちていくのではなく、いつまでも姿を留めて堆積していく落ち葉が、自分の心の中の哀しみと重なる。

庄内では痛いということを 「病める」 という。私の祖母は 「歯が痛い」 というのを 「歯 (ふぁ)、病める」 と言っていた。「我が心病めり」 というのは、心が痛いのである。

父喀血の夜のひややかなる菊花の影

唯一郎は、だいぶ前に父の死を読み込んだ句を作っている。ここで父の死の前の句が出てくると、読むものはかなり戸惑う。

父が亡くなったのは春だった。ここに現れた情景は秋である。とすると、亡くなる半年前のことだろうか。それとも、亡くなってから半年後に思い出して句をつくったのだろうか。

唯一郎句集を順に読んでいくと、時の流れというのが単に一筋の流れではなくなってしまう。それは錯綜した印象のようなものだ。我々の時間も、実はそんなようなものだ。

菊の花は晩秋の気に晒されて、ひややかである。その菊は、黄色ではなく、濃いピンクであったろう。それでもひややかなのである。

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2009/06/20

『唯一郎句集』 レビュー #34

『唯一郎句集』 のレビューをしようと思い立ってから半年近く、実際に句集の最初の句から初めて、5ヶ月近くが経った。

これまでは適当に拾い読みしてきただけなので、血のつながった祖父とはいえ、正直なところあまり身近には感じられなかったが、ここまでくるとかなり感じ方が変わってくる。

唯一郎の句に通奏低音のように常に流れ続けている 「哀しみ」 が、自分の心の中にも埋もれていることを感じる。それは 「悲しみ」 では決してなく 「哀しみ」 というべきものだ。個別の現象にとりたてて悲しさを感じるのではなく、常にある哀しさである。

唯一郎は朗らかに大きな声で笑うことを、あまりしなかったのではないかと思う。私は基本的にはノー天気だが、それでも、ふと心のそれほど奥深くもないところに、唯一郎の哀しみに似たちょっとした塊まりがあるのを意識することがある。血とは濃いものだと思う。

今日は、たったの 2句である。

窮迫の日毎あほぐ一本の氷柱太りつづく

「窮迫」 というほど唯一郎の家が貧していたわけでは決してない。むしろ余裕のある暮らし向きだったはずだ。

しかし、彼の父や質屋を営んでいた祖父の代までと比べれば、お大尽というような暮らし向きではなくなりつつあったのだろう。何よりも、唯一郎の性格がお大尽ではない。金の方から集まって来るというような生活ではなかっただろう。

決して右肩上がりではない暮らし向きの中で、軒下に垂れ下がる氷柱が日毎に大きくなって行く。

今の酒田の街中ではそんなに大きな氷柱を見ることがなくなったが、私が子どもの頃は大きな槍のようなのが軒から地面につながるほどになったりしたものだ。

ぽきんと折れば、解けきるまでは子どものおもちゃになるのだが、そんなこともせず、氷柱の太り続けるままにまかせて、毎日それを仰ぎ眺める唯一郎。

老骨の猿曳きがこの國の冬山へ唄ひかけてゆく

「猿曳き」 とは 「猿回し」 のこと。古来はおしなべて 「猿曳き」 と言ったようだ。

唯一郎があえて 「猿曳き」 という古風な言い方を選んだわけではなく、昭和初期の庄内では 「猿曳き」 という言葉が一般的で、「猿回し」 に置き換わっていなかったのではないかと思う。私の実家の祖父母も 「猿回し」 という言葉は使わなかったと記憶する。

しかし、共通語の世界では 「猿回し」 という言葉が一般的になってきていることは、十分に意識していただろう。だから 「猿曳き」 という言葉にはある種の哀愁がこもる。

「老骨の猿曳き」 となれば、その哀愁はますます濃いものになる。その 「濃い哀愁」 が、鉛のような雲の下の冬山を背景として、「風景」 の中に溶け込んで行く。

唯一郎は人と積極的に交わろうとはしない。風景として眺めるのみである。

本日はこれぎり。

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2009/06/19

たった 1日の昨日が戻るなら

週刊 「日経トレンディ」 のメルマガに 「リッチに学べる! 0円大学 & 0円図書館」 という記事タイトルがあり、無料に弱い私としては、さっさくクリックしてみた。

リンク先はかなり凝った重厚な画像をちりばめたページで、ちょっと横道に逸れるが、こちらの病院のサイト とは全然趣が違う。

上記の病院のサイトは、あまりお疲れでない時に見て頂けるといい。お疲れの時だと、目眩がするだろうから、要注意。それで来院が増えるなら病院としては、それはそれでいいのかもしれないけど。

本題に戻ろう。このサイトで紹介されているのは、学外者でも自由に出入りできる大学施設ばかり (参照)。東京大学 総合研究博物館 小石川分館、聖心女子大学 旧島津侯爵邸など、画像を見ているだけでも行ってみたくなるところばかりだ。まさに、アートと知識の宝庫である。

その中で、ぐっとくるほど懐かしくなったのが、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館である。20代前半、ここにはよく通ったなあ。文学部キャンパスではなく本部キャンパスにあるというのが、ちょっと癪に障るところだけれど、ここは、演劇学の知識の宝庫なのである。

なにしろ、建物の造りからして、シェイクスピア時代の劇場を模してある。正面入り口が舞台で、周囲が桟敷、玄関前が平土間ということになっている。その気になれば、ここでシェイクスピア劇を本格的に演じることができるし、実際に何度も上演されてきた。

私は第一文学部演劇学科というところを卒業して、またまた物好きにも、その上の文学研究科芸術学専攻なんていうところに行ってしまい、そこで歌舞伎の研究なんていう、あまりお金儲けの役には立たない学問をやったので、この演劇博物館には通い詰めだった。

今はどうなっているか知らないけれど、当時は大学院に在籍しているという学生証を見せれば、膨大な書庫の奥まで自由に入り、分厚い本をいくらでも開いてみることができたから、一日いても飽きなかった。私にとっては天国みたいなところだった。

"Me and Bobbie McGee" という歌に、「俺は、たった 1日の昨日 (single yesterday) と全ての明日 (all my tomorrows) を取り替えてもいい」 という歌詞がある。

クリス・クリストファーソンのこの歌は、「ボビーの体を抱きしめていたたった 1日の昨日が戻るなら」 と歌っているのだが、私は、演劇博物館に入り浸っていたたった 1日の昨日が戻るなら、ついほろりとそんな気持ちになってしまいそうだ。

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2009/06/18

百貨店の衣料品売り上げ

衣料品の小売市場に関する調査によると、ユニクロの一人勝ちという様相を呈している。値段の割に品質も安定しているので、日常的な洋服としては文句なしというわけだ。

一方、衣料品販売チャネルとしての百貨店は、かなりの落ち込みだ。一体誰が百貨店で服なんか買ってるんだろうと思うほどである。

繊維業界で最もメジャーな専門紙である 「繊研新聞」 の調べによると、小売市場における百貨店の売上シェアは、婦人服で 53.0%、紳士服で 32.3%、子供服で 29.8%だという。この数字を見て、私は 「ウソだろ!」 と思った。

日本中の婦人服の売上の半分以上が百貨店だなんてはずがない。同様に、紳士服と子供服のそれぞれ約 3分の 1が百貨店の売上だなんてはずもない。いくら百貨店の品物が他のセクターの倍ぐらいの値段であったとしても、そんなシェアになるはずがない。

で、この記事をよく読み返したら、繊研新聞社が実施した 08年度の小売業衣料品売上高調査で、婦人服・紳士服の上位 50社、子供服の上位 30社の数字をもとにはじき出した比率のようなのである。道理でね。

個別の百貨店の売上は相対的に大きいから、上位 50社とか 30社とかには多くがランクインしている。一方、売上の小さい専門店 (街の用品店を含む) の数字は、初めから無視されている。つまり、数字のマジックなのだ。上位にランクインした企業だけをベースにシェアをはじき出して、一体何の意味があるのだろう。統計手法として疑問が残る。

実感として、私の知り合いでこの 1~2年に、百貨店で服を買ったという人なんて、ほんの数人である。あとはほとんど専門店で買っている。だって、値段が全然違うのだもの。

例えば、紳士スーツを百貨店で買ったら、何とかセールを別とすれば、安いゾーンでも 38,000円、普通は 48,000円以上する。ちょっとしたブランド品となれば、平気で 10万円以上になる。

ところが、ショッピングセンターなどに入っている専門店チェーンの店で買えば、大体 2万円台、安ければ 19,800円なんていう値段で買える。ちょっと見た感じなら、百貨店のものとほとんど変わらない。近頃は、廉価品でもちょっと着たらヨレヨレなんてことはあまりなくなった。

よほどのこだわりのある人でなければ、スーツなんて単なる仕事着だから、安い方がいいに決まっている。だから百貨店でスーツを買う人なんて、ちょっとした小金持ち以上のクラスということになる。

女性にしても、よほどのキャリアウーマンとか小金持ちの奥さんとか、水商売のおねえさんとかでもなければ、百貨店でスーツなんか買わない。フツーの OL は、専門店で大体 1万円ちょぼちょぼで買えるものに、3万円も 4万円も、あるいは 10万円も 30万円も投資したりしない。

ということは、繊研新聞の調査で、婦人服売上高のシェアで百貨店が 53%というと、数量ベースでは、多分 30%以下になるだろう。さらに上位 50社というしばりを外したら、10%台になってしまうのではなかろうか。

思えばバブル最盛期には、百貨店は我が世の春という状況だった。その辺の OL のおねえさんが 100万円近いボーナスをもらい、百貨店でシャネルや D&G のスーツを買ったりしていた。

「一度高級品の着心地を知ってしまうと、もう安物には戻れないわよねぇ」 なんて言っていたバブリーなおねえさんが、今や 40歳をとっくに過ぎて、ユニクロでバーゲンハンターをしている。そして、高級スーツなんて着るのは馬鹿馬鹿しいと思っている。まさに諸行無常である。

ファッション業界人の多くは、「着るものにこだわりをなくしたら、人間おしまい」 みたいに思っているが、それは幻想だ。人間、生活に余裕がでるとファッションなどに気を使うようになるが、ある程度のレベルに到達したら、さらにファッションで突き進むか、別の分野にこだわりを見いだすかは、人それぞれなのである。

私はアパレル業界でメシを食っているが、人間が着るもの以外にも広範な興味を持てる世の中で生きる方が、ずっとハッピーだと思っている。

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2009/06/17

夢の中のトイレ

読売新聞日曜版に連載されている けらえいこの 『あたしんち』 がとてもおもしろい。6月 14日付の #646 は、トイレネタである。

高校の手芸サークルかなんんかでチクチク針仕事しながら、主人公のみかんが、ふと夢の中のトイレの話を持ち出し、クラスメイトの女の子たちが次々に反応する。

「夢でさー」 と、針仕事しながら、みかんが呟く。「もれそうな時って、すごく変なトイレが出てこない?」

みかんはその日の朝、夢の中であわててトイレに駆け込んだら、そこはスーパー銭湯みたいで、ジャグジーとかハーブ風呂なんかがあって、オシッコもれそうなのに、とてもできなかったんだそうだ。似たような夢って、何となくあるよね。

それに対して、クラスメイトの一人が 「脳ってすごいね」 と応じる。「絶対できない!ってトイレばっかり出てくるもんね」 

この発言をきっかけに、クラスメイトたちはいろいろなパターンを挙げ始める。

「トイレのドアが閉まらないってパターン」
「いつも汚すぎてできないってパターン」 (「私も」 という反応多し)
「トイレが茶室だった」 (にじり戸を潜ると、立派な茶室という絵)
「トイレがタンスだった」 (引き出しの位置が高くてできなかった)
「トイレが茶碗だった」  (すごい!)

いろいろなパターンがあって、興味が尽きない。ちなみに、「トイレが茶室」 「トイレが茶碗」 というのは同じ女の子で、彼女は要するに 「お茶の飲み過ぎ」 なのではないかという結論に達する。

私の妻に聞いたら、ドアを次から次に開けても小部屋がどこまでも続いていて、いつまでもトイレに到達しないなんていうパターンの夢をみるそうだ。なるほど、これもわかるような気もする。

このほかに、「自宅でたった一つのトイレの中でお父さんが新聞を読んでいて、いくらノックしても出てきてくれない」 とか 「なぜかトイレが道路の向こう側で、車の往来が激しくていつまでも横断できない」 なんて、ちょっと悲惨な夢の話を聞いたこともある。

夢の中に出てくるのは、こんなような絶対オシッコできないというパターンで、そのおかげで、いい年をしてお漏らしなんかしなくて済むようになっている。確かに 「脳ってすごい」 のである。

ところが、私の場合は、絶対オシッコできないなんてパターンの夢はあまり見ないのである。私が夢の中でオシッコしたくて飛び込むところは、たいていの場合、ストレートにトイレなのだ。しかもなぜか、いつも私が生まれてから幼稚園に通う頃まで住んでいた古い家の、超旧式の朝顔トイレである。

やれうれしやと、夢の中の私は、安心してオシッコし始める。いい気持ちである。ところが、様子がおかしい。いくらオシッコしても終わらないのだ。延々とオシッコは放出され続けるが、いつまで経っても気が晴れないのである。

ここらあたりで、いくらなんでも 「こりゃ、おかしいぞ」 と気がつく。ふと目が覚めると、ベッドの中だ。道理でいつまでも気が晴れないわけである。さすがに実際にはオシッコなんてしていないのだから。私はようやくごそごそ起き出して、本当のトイレに向かう。

脳というのは、本当にすごいものである。「これは夢だ」 と、どこかでちゃんとわかっているので、たとえもろにオシッコしている夢を見ても、実際にはしないで済んでいる。きちんとブレーキがかかっているのだ。

これが小さい子どもの頃だったら、確実に寝小便になっていたところだろう。ところがいつの頃からか、夢の中でオシッコをしても、寝小便にはならずに済む体になってしまったのだ。ありがたいことである。男は女より尿道が長いから、「寸止め」 (?) が効くのかもしれない。よくわからんけど。

夢の中に出てくるトイレが、幼稚園の頃までの家のトイレだというのは、寝小便しなくて済む体になった頃の記憶が、脳の中に固定化されているのかもしれない。これが小学校に通う頃に住んでいた家のトイレでなくて、本当に幸いである。

ところが、気がかりが一つある。今は夢の中でオシッコしても寝小便にならずに済んでいるが、どんどん歳を取って、ジジイになってしまってもこの幸いな状態を持続できるものだろうか。下手すると寸止めが効かなくなって、年寄りの寝小便なんかになってしまわないだろうか。そんなことになったら、やだなあ。

歳をとったら、オシッコ我慢できなくなって飛び込むと、そこはトイレじゃなくて、スーパー銭湯だったり、茶室だったり、タンスだったり、あるいはトイレは道路の向こう側なのに、いつまでも車の流れが途絶えないというような、ちょっと手の込んだ夢を見る体になりたいものである。寸止め以前の段階で歯止めが効くように。

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2009/06/16

2000日連続更新

実は、Today's Crack は今日で 2000日連続更新ということになった。平成 15年 12月 26日からずっと欠かさず更新が続いている。

「ちょっと待て、この Today's Crack というブログが始まったのは、平成 16年 7月 1日からじゃないか」 と言われそうだが、それ以前から本宅サイト内で更新していたのだ。(参照

そして、正真正銘の毎日更新というのではなく、「ほぼ毎日更新」 ということだったら、平成 14年 3月から継続していて、既に 7年以上になってしまう。さらにもう少し詳しい事情が 1000日更新記録の日の記事に書いてあるので、再録する。

実をいうと、平成 15年 12月 26日というのは、当コラムの日付の付け方を変えた (参照) 日で、それまでは、その日付のエントリーをその日の夜に書いてアップロードしていたのだが、この日から、翌日付のエントリーを夜のうちに書いておくという原則にしたので、1日飛んでしまったのである。

だから、裏の事情を言ってしまうと、この年の 12月 14日から、既に連続 1012日間、休まず書き続けているのだが、公式記録上は、今日で連続 1000日ということになる。

というわけなので、裏記録としては今日で、2012日連続更新を達成ししてしまっている。そして、私が運営しているもう一つのサイト 「和歌ログ」 では、既に先月の 23日に、連続 2000首目の歌を詠んだ。

ブロゴスフィア広しといえど、まったく毛色の違ったブログ 2つを、5年半以上も毎日更新しているというのは、稀なケースなんじゃなかろうか。それにしても、我ながらよくもまあネタが続くものだ。

この 5年以上の間のアクセス数の変化が、なかなか興味深い。最初の頃は、どんどんアクセスが増え続けたので、データを取るのが楽しみだった。とくに 3年前ぐらいは、前年同月比で 200~300%という 「行け行けドンドン」 的な増加だった。思えばこの頃が 「ブログ・ブーム」 の最盛期だったのだろう。

ところが、2年前から伸びが止まり、昨年当たりからは、前年同月比で 80~90%ということが多くなった。まあ、3年前が 「ブログ・バブル」 で、このくらいが正常な状態なのだろう。この変化に伴って、私自身もウケ狙いの記事を書く気が全然なくなって、割と地味なテーマを追うようになった。

ここみたいなサイトは、一日平均で 3000も 4000もアクセスが集まるようなことはない。今後も地味に展開していきたいと思っている。

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2009/06/15

プロレスというビジネス

日曜の夜遅く帰宅して、iGoogle を開き、MSN 産経ニュースの 「斎藤選手、三沢さんの遺影に涙の土下座」 という見出しに目が止まった。「何だこりゃ?」 と思った。

ニュースをみると、プロレスラーの三沢光晴が、バックドロップの受け身を取り損ねて急死したとある。「何だとぉ !?」

近頃はあまりプロレス・格闘技系の記事を書かないので、知らない人は知らないかもしれないが、私は格闘技フリークである。そして多くの格闘技フリークがそうであるように、昔は熱烈なプロレス・ファンだった。三沢光晴は、二代目タイガーマスクになる前から知っている。

彼が社長を務めたプロレス団体ノアは、全日本プロレスから袂を分かったもので、全日本プロレスは、基本的に受け身のプロレスである。その中でも三沢光晴は、受け身がうまかった。本当にきちんとうまかった。

川田は見栄えのする派手な受け身を取りたがるが、三沢の受け身は実質的だった。「スタンハンセン 脅威の一撃!ウエスタンラリアート15連発」 というビデオをみれば、その違いがわかる。懐かしいジャンボ鶴田の姿もみられるが、三沢の受け身は、どちらかというと鶴田的だ。

川田に対しては元気なうちでも一瞬のフィニッシュに持っていけるが、三沢に対してはダメージの蓄積をきちんと印象づけるプロセスを経ないと、フィニッシュの説得力がない。ということは、今から思えば、三沢の方がより自分の身を削っていたように思える。ちょっと損なスタイルだ。

6月 14日付のスポニチの記事によると、「関係者によると、今年 3月に日本テレビの地上波放送打ち切りが決まったころから 『体調が悪い』 と漏らしていた」 とあり、経営不振という問題もあって、かなりストレスがたまって体調も悪かったのだろう。同じ記事に、決定的瞬間に至るまでの経過が、以下のように記されている。

開始 25分すぎに異変が起きた。時折頭を振るなど不自然なしぐさを見せていた三沢さんだったが、潮崎からタッチを受けて、バイソン、斎藤の合体技と斎藤の蹴りの連発を浴びるとぐったり。とどめに斎藤から高角度の岩石落としを食らった際に受け身の体勢が十分取れずに、体を 「く」 の字に折る不自然な形で落下、頭部と首を強打した。

投げられたときに体が 「く」 の字に折れるというのは、つまり、その時点で体がぐにゃぐにゃになっていたということだ。筋肉に受け身を取るだけの力が残されていなかったということである。

そんな相手に対して、斉藤はバックドロップなんか仕掛けるべきではなかったのだが、こればかりは一概に責められない。一連の技の流れだから、体が自然に反応してしまって、止めようがない。それに、相手は受け身の名人、三沢だ。つい信頼して投げてしまう。

しかしよく考えれば、三沢は昨年も試合中に首を痛めて欠場している。体はガタガタだったのだ。そんな人間を後ろから抱え込んで高角度バックドロップをしかけるのは、やっぱり信頼のしすぎである。「ありゃ、ちょっとやばいかも」 と気付くべきだった。

そして、バックドロップで投げる前にさっさとフォールに行けばよかった。試合としてのアピールは格段に落ちてしまうが、条件反射で多少抵抗されても、無理矢理でいいから押さえ込んでスリーカウントを取り、試合にけりをつけておくべきだった。今となっては結果論だが。

そもそも、近頃のプロレスは見栄えを追及するあまり、派手な技を多用しすぎている。派手な技というのは、受け身を取る側の積極的な協力なしには成立しないのである。格闘技ファンの目からみると、白々しすぎる技のやり取りの過程で、無駄なダメージを体に蓄積するという愚を犯してしまっている。

ファンのプロレス離れの一因は、この 「白々しすぎる技のやり取り」 にあるのだが、プロレスはそのソリューションとして、白々しいやり取りのなかに 「もっともらしさ」 を追及するという悪循環に陥っている。ファンタジーの中にシリアスさなんてものを求めるから、ますます体に負担がかかるのだ。

今回の事件は、プロレス界に大きな影響を与えるだろう。試合のスタイル、選手の健康管理など、根本的な部分で再検討がなされるだろう。今のどつぼにはまりすぎたプロレスは、基本的な部分から変っていかなければならない。その結果、プロレスというビジネスの否定に至るとしてもだ。

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2009/06/14

『唯一郎句集』 レビュー #33

『唯一郎句集」 の中で "「群像」 時代" という章の句のレビューを続ける。昨日は 6月頃の句を 3句レビューしたが、今回は七夕から初秋にかけての頃の句である。

酒田の七夕は月遅れで祝うから、7月ではなく 8月である。そこから萩の花の咲く頃までの 3句が、ページに並んでいる。

酒田に限らず、東北は季節の行事を月遅れで祝うことが一般的だ。雛祭りも端午の節句も、七夕もお盆も、月遅れである。その方が、本来の季節感に近い。とくに七夕は 7月 7日に祝うのでは、梅雨も明けないうちになってしまい、興醒めだ。本来なら旧暦で祝いたいぐらいのものである。

というわけで、酒田の七夕は新暦 8月 7日に祝うので、旧盆の直前である。まだまだ暑い盛りだが、夜はだんだん長くなっていると実感される頃だ。この頃になれば、昭和初期の庄内では、日が沈んでしまえば少しは迫り来る秋の気配も感じられただろう。

レビューに入る。

七夕の夜の灯は静かに蝉の抜け穴を照らしている

七夕の夜、家の中の明かりが庭に生える木の根元を照らしている。そこには、蝉の幼虫が地面から這い上がってきたときの小さな穴が、いくつもあいている。

穴の底までは光が入らない。見えるのは穴の入り口だけである。そこから続く地面の底には、地上の生活からはうかがい知れない虫たちの世界がある。

真夏の間はその穴から盛んに放出されていた熱気が、だんだんと冷めてくる。秋が近付いている。それでも、穴の底の虫の世界は消えるわけではない。それに、それは虫だけの世界なのかどうかも、本当はもわからないところがある。

七夕のあかつきよ竹林に身を没する父よ

七夕は本来、宵の口の行事である。一夜が明けてしまえば、昇り来る朝日に照らされて、七夕飾りの笹がむしろよそよそしく立つのが見える。

ふいに亡くなった父の姿を思い出す唯一郎。七夕飾りの笹を取るために、朝の竹林に入っていった父の後ろ姿である。思い出す父の背中は、竹林の中に埋もれて定かではない。それが悲しい。

もうすぐ盆が来る。

植え込みの萩がのびてゆくころから憂ひの利くまなことなり

七夕が過ぎると、植え込みの萩はまだ咲きはしないが、背丈が伸びて行く。心憂き立つ夏は、これで終わり。秋が迫っている。

盆が過ぎ、萩が咲けば秋の彼岸になる。この世ならぬものの季節になる。そこからこの世をみるのだから、唯一郎の目には憂いの色が浮かぶ。どうしても浮かんでしまうのだ。

本日はこれにて。

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2009/06/13

『唯一郎句集』 レビュー #32

『唯一郎句集』 のレビューも、32回目になった。今日からは "「群像」 時代" と名付けられた章に入る。ところが、この 「群像」 というのが、なんだかよくわからない。

講談社の月刊文芸誌 『群像』 は、戦後の創刊だから関係なかろう。昭和初期にその前身があったとは、聞いたことがないし。

というわけで、「群像」 というのが何かはわからないまま、その気がかりを忘れてレビューを進めるということになる。1ページに 2~3句ずつ載っているので、毎回 1~2ページ分のレビューをするとして、大体 10回ぐらいかかるだろう。

この章の最初は、6月に読まれたらしい句である。ちょうど今頃の季節だが、昭和初期の 6月である。読者には、タイムマシンに乗っていただきたい。

唯一郎が 25歳ぐらいまでの 3年ぐらいの間の句は、この 「群像」 時代として掲載されているようだ。とりあえずレビューを始めよう。

六月の満月をまともに浴びさしてやる幼児の掌

6月は日が長い。夜の七時を過ぎてもまだ薄明るく、7時半を過ぎてようやく夜になったような気になる。だから 6月の満月が満月らしく皓々と見えてくるのは、東の地平線の間近ではなく、かなり上に昇ってからのことだ。

「幼児」 というのは、自分の子どものことだろう。亡くなった私の伯父である。多分、縁側で子どもの頃の伯父を膝に抱え、その手を取っていると、満月の光に照らされて、掌が白く映えるのだろう。

伯父は物静かな人だったから、唯一郎の膝の上で、おとなしく月に照らされる自分の掌を見つめていたのだろう。

あまり直截的な感情表現をしない唯一郎の、我が子への静かな情愛が感じられる。

貧しき友の顔ならびたり霧雨の夜の苺皿

子どもの頃、貧しい友達が唯一郎の家の苺のご相伴に押しかけている図を想像していたが、もちろん、それは読み誤りである。

霧雨の夜、苺皿に盛られた苺を見ていると、友の顔を思い浮かべてしまったというのである。「貧しき友」 と言ったのは、ご愛敬だ。

昔の苺は形も色も一様ではなかったので、さぞ多くの友の顔が思い浮かんだのだろう。苺を見ても、さっさと食べるのではなく、あらぬことを思い浮かべる唯一郎である。

阿弥陀経を誦んで居る桐の花が匂ふて來る

30回目のレビューに、「ある時の親鸞はかくもかなしく雪国の炭火ふきけんや」 という句が出てきた。その時にも書いたが、唯一郎の家の宗旨は浄土真宗である。酒田は浄土真宗と禅宗の多い土地柄だ。

唯一郎は浄土真宗の信心が篤かったようだ。般若心経よりずっと長い阿弥陀経を誦んだほどだから、大したものである。もっとも、浄土真宗では般若心経はあまり誦まないが。

桐の花は 6月頃に咲く。紫色の花である。高貴な桐の匂いを覚えながら阿弥陀経を誦む唯一郎の心の中の浄土とは、どんなものだっただろうか。

本日はこれぎり。

【平成 22年 4月 26日 追記】

その後いろいろ調べたところ、荘内日報社の 「郷土の先人・先覚」 シリーズの中の 「白幡浩蕩」 のページに、以下の記述を発見した。(参照

酒田では荒木京之助、村田としを、竹内唯一郎、佐藤北冠郎らが 『群像』 という文芸誌を発行、浩蕩も仲間に加わっている。

というわけで、この 『群像』 はローカルな文芸誌とわかった。

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2009/06/12

「東京スカイツリー」 のこっ恥ずかしさ

不意に、「東京スカイツリー」 について書きたくなった。私はこの名称が決まる前に、"なんで 「新東京タワー」 じゃいけないの?" という記事を書いている。

その中で私は、"「東京スカイツリー」 なんて意味わからんし ……」 なんて、かなり否定的なことを書いてしまっている。

当時、発表されていた名称の候補は、以下のようなものだった。

  • 東京EDOタワー
  • 東京スカイツリー
  • みらいタワー
  • ゆめみやぐら
  • ライジングイーストタワー
  • ライジングタワー

どれもぱっとしないけど、なんだか下に行くほどお恥ずかしい感じのネーミングになるので、私としては、一番上の 「東京 EDO タワー」 が本命なんだろうなあと思っていた。だから、その後しばらくして 「東京スカイツリー」 に決定したと聞いて、がくっと腰が砕けたような気がしたものである。

その印象が後を引いているのでもあるまいが、私は今でもこの 「東京スカイツリー」 という名称の違和感をぬぐえないでいる。「なんだか、言うのこっ恥ずかしいなあ」 という気がしているのだ。

で、そのこっ恥ずかしさの最大の要因が、最近ようやくわかった。要するに、この名称をどう発音していいかわからないのだ。とくにアクセントをどこに置いたらいいかわからない。

試しに、テレビニュースなどではどう言っているのかと思って、Youtube で検索してみたら、ちょうどうまい具合に、どっかのテレビ局の "世界一の超高層タワー  「東京スカイツリー」の建設始まる" というニュースが見つかった。

さっそく再生してみると、このニュースのアナウンサーは最後の 「ツリー」 の 「リ」 にアクセントをおいて発音している (参照)。しかし、私の個人的な感覚としては、その発音はかなりこっ恥ずかしい気がするのだ。

英語式に 「リ」 にアクセントを置くなら、私としては 「ツリー」 ではなく 「トゥリー」 と発音したい。そして、あくまでも 「ツリー」 の発音を取るなら、「ツ」 の方にアクセントを置きたい。

「クリスマスツリー」 の場合、平気で 「ツ」 にアクセントを置くが、これは既にほとんど日本語化しているので、あまりこっ恥ずかしさは感じない。

最近、「クリスマスツリー」 も 「リ」 にアクセントを置く人が結構増えてきたが、私はなぜか、それを聞くとむずがゆい感じがしてしまう。だったら、「クリスマス」 の 「リ」 の方にもアクセントを置いてもらいたいという気がする。

というわけで、私はこれからしばらく、「東京スカイツリー」 という言葉を聞くと、同じようなむずがゆさを感じることになりそうなのだ。早く慣れてしまわないといかんなあ。

「東京スカイツリー」 は長すぎるから、略して 「スカツリ」 なんて言いたくもなってしまうが、それじゃ 「スカ」 を釣るみたいで、なんだかなあという気もするので、ならば "TST" でもいい。「つくばエクスプレス」 が "TX" で定着しているんだから、それもありかもしれない。これなら、あまりこっ恥ずかしさは感じなくて済むし。

どの辺にこっ恥ずかしさを感じるツボがあるかというのは、かなり個人差があるので、私の個人的な感覚を人に押しつけたりはしたくないし、まあ、「ゆめみやぐら」 や 「ライジングイーストタワー」 なんかよりはずっとマシかなと、諦めるほかないのかもしれないけれどね。

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2009/06/11

ウェブに乗りにくい情報 Part 2

昨日の 「ウェブに載りにくい情報」 の Part 2 である。私が欲しいと思うのは、「終電を逃した時にどうするか」 というものだが、使い物になりそうな情報は、なかなか見つからない。

ケータイのインターネット・サービスに 「駅探」 というのがあり、そこに 「終電のがしたとき検索」 というのがある。

そのサイトは当然 PC でも見ることができるので行ってみると、こんな風に書いてある。

□ サービス内容
* 終電までに行き着けない場合に…
1. 行けるところまで電車で行ってからタクシーに乗る
2. 全距離をタクシーで行く
3. 始発待ちをする
それぞれの場合を、カンタンに比較して選べる機能です。

カタカナが半角で表示されるところが、なかなかケータイらしい。ところが、このサービスは無料ではなくて、駅探の 「デラックス会員」 にならなければ利用できないらしい。そしてそのサービス料金は、月額 210円だという。

あちこち飲み歩いて、しょっちゅう終電に乗り遅れる人なら、月額 210円払っても十分に元が取れるだろう。だが、そんなことは年に 2~3度あるかないかというごくフツーの人にとっては、わずか 210円とはいえ、「別に、そこまでしたくないもんね」 ということになってしまいそうだ。現に私がそう思う。

それに、しょっちゅう遅くまで飲み歩く人はそれなりにノウハウが確立していて、別にいちいちケータイで調べなくても、長年の経験から独自の対処法をもっているものである。そもそも、酔っぱらってウロウロになった目で、あの小さなケータイ画面なんか見たくない。

さらに、「行けるところまで電車で行ってからタクシーに乗る」 「全距離をタクシーで行く」 「始発待ちをする」 という 3つの選択肢で、一見すると最も安上がりなのは 「始発待ちをする」 ということになりそうだが、実際には夜中から始発までの間の過ごし方で、コストがまるで違ってくる。

ビジネスホテルに泊まるのか、インターネット喫茶にしけ込むのか、サウナで夜明かしするのか、公園のベンチで寝ちゃうのか、選択肢はいろいろある。それだけに、よく夜遊びする人はそれぞれが独自のノウハウをもっているというわけなのだ。

こうした 「独自のノウハウ」 というのは、かなり個別のものなので、検索サービスにはなかなか載せにくいだろう。それだけに、各自がアナログで試行錯誤しながらカスタマイズしていかなければならない。

ところで、JR 常磐線取手駅西口に、「ビジネス旅館 つつみ」 というのがある。うらさびしい路地のそのまた横町に入った奥の野っぱらに面して、旅館というよりは、民家と昔のアパートをジョイントさせたような造作で建っている。

「この旅館、いつまでもつんだろうか?」 と心配になるのだが、私がこの土地に越してきて以来 28年間、ずっと潰れずにもっている。実際には少なくとも 30年以上、いや、もしかしたら 50年近くやっているのかもしれない。さすがに、戦前からというような造りには見えないが。

私は長年、「一体どんな人がこの旅館に泊まるんだろう?」 と不思議に思ってきた。昔は私の故郷にも、富山の薬売りなど、行商人を泊める 「商人宿 (あきんどやど)」 というのがあったが、今は行商人自体が激減した。それに、最近は取手駅の東口に、もっとまともなビジネスホテルがあるから、普通のビジネス客はそっちに泊まるだろう。

ところが、最近ふと思い当たったのである。この 「ビジネス旅館」 の主要顧客というのは、中距離電車の終電に乗り遅れて、取手駅で足止めを食らった人たちなのではなかろうか。

常磐線の上野発快速電車は取手駅までは本数がそれなりに多いが、取手以北まで行く電車は急に少なくなる。夜は、取手駅までなら上野発 0時 23分発というのに乗れば辿り着けるが、土浦行きは 23時 42分が最終だ。土浦以北に行くには、23時 12分発に乗らなければならない。

だから、取手以北に自宅のある人が中距離電車の終電に乗り遅れると、夜中の取手駅で放り出されて行き場を失うのである。そんな時、この 「ビジネス旅館」 は手頃な宿になるのではなかろうか。他に始発まで時間をつぶせそうな所もないし。

美術家の藤浩志氏のブログに、以下のような記述を発見した。

朝、取手アートプロジェクトの今回のサイト、駅前はらっぱの横にあるビジネス旅館つつみで目をさます。なんとなく湿気を感じる雨戸が閉められたままの部屋4500円。この値段が高いか安いか疑問。

へぇ、4年前の秋に、このビジネス旅館の横のはらっぱで、取手アートプロジェクトがひらかれてたのね。なんとなく記憶がないではないけど、もう少しきちんと興味を示しておくんだった。

それにしても、ビジネス旅館つつみには泊まったことがないが、確かに 4,500円というのは、考えてしまう。深夜に取手から土浦までタクシーで帰ると 1万円以上かかるから大分違うが、牛久ぐらいなら 5,000円内外でいけるから、判断に迷うところである。

それにしても、この種の情報というのも、ウェブ上では本当に探しにくい。

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2009/06/10

ウェブに乗りにくい情報

インターネットで検索すればたいていのことはわかると思っていたが、それは幻想だと最近しみじみ思うようになった。インターネットに乗りにくい情報というのが、確実にある。

マイナーな情報でも、一部の若者の間で注目されていれば、比較的早くウェブに載る。しかし、オバサン向け情報はなかなか載らない。

最近、アパレル業界で、消費者 (とくにオバサン、というか還暦前後のオバアサンと思われる年代) から 「麻布プロバドール」 というブランドの商品に関する問い合わせが、目立って増えている。お友達がテレビショッピングで買った服を見て、自分も気に入ったから買いたいなんていう話が多い。

(* 話はちょっとそれるが、この方面の話について、前に こちら で考察している)

そのテレビショッピングとは、QVC らしいのだが、QVC に電話で問い合わせても、オペレーターが不親切でらちがあかないから、メーカーから直接買いたいなんていうのである。ずいぶん乱暴なことを言ってくる。

そんなに好評な品物の在庫がいつまでもメーカーに残っているわけがない。そもそも、消費者がメーカーから直接買いたいなんていうのは、以前もちょっと書いたが、ソニー本社に電話して 「テレビ 1台売ってちょうだい」 とか、森永製菓本社に電話して 「キャラメル 1箱売ってちょうだい」 とか言うようなものではないか。

メーカーとしては、よほどの VIP からの注文でもなければ、方々の流通在庫の中から手を尽くして探し出した一着を、イレギュラーな伝票処理をして、梱包して、わけのわからない一見客に宅急便の着払いで送るなんていうチョー面倒なことはしたくない。

それで自動的に 「完売です」 と答えるしかない。ほとんどの場合、それは決してウソじゃないし。よほどの VIP が一人で 200着ぐらいまとめ買いしてくれるというなら、追加生産するだろうが。

それはそれとして、「麻布プロバドールって何だ?」 と思ってググって見たら、土曜の深夜からやっている 「澤崎隆人のドラマティックファッション」 という番組で、QVC オリジナルブランドとして展開しているらしいとわかった。テレビ通販だけではなく、ネットでも売っているようだ。(参照

ならば、前述のような還暦前後のオバサンからの問い合わせには、「ウェブをご覧ください」 と答えればいいようなものなのだが、いかんせん、この年代の、しかもこのような乱暴な問い合わせをしてくるようなオバサンは、インターネットに縁がないのだ。「そんなこと言われても、インターネットなんてできないわよ」 というのである。

CM の多くが 「詳しくは Web で」 なんて言うようになって、インターネットも相当フツーの生活に浸透してきたように思われているが、実は日本の人口のかなりの部分をしめる還暦前後のオバサンには、まだまだ遠い世界のようなのだ。まあ、自分でできなければ家族の誰かに検索してもらって見てもらうしかない。

またまたそれはそれとして、「ところで、澤崎隆人って誰だ?」 と思い、ググってみたのだが、この人物が何者なのか、なかなかわからない。とにかく、ウェブ上にまともな情報が見当たらないのだ。

どっかのおばさんのブログで 「澤崎さん、大好き」 とか書かれているのがあるが、それ以上のことを調べようとすると、なかなかわからない。とりあえず、「元町ゼラール」 というブランドに関係していて、以前は QVC ではなく、ショップチャンネルの方に出ていたことがあるらしいというようなところまではわかった。

そして今は、この 「麻布プロバドール」 というブランドのプロデューサーということになっているらしい。QVC に引き抜かれたか何かのきっかけで、「元町ゼラール」 から 「麻布プロバドール」 になったのは、横浜から都心に移っただけ、出世したみたいなものなのだろうか。

画像検索すると こんな感じのキメ・ポーズ しか見当たらず、いかにもオバサンにきゃーきゃー言われそうな伊達男風である。何となくホストっぽい感じがあるが、前にもどこかで書いたけど、最近のホストはジャニーズ系が主流らしいので、ちょっと違うかも知れない。その辺りは疎いので、よくわからない。

とまあ、とにかく、一部のオバサンの間ではかなりカリスマ的な人気を博しているのは確からしいのだが、その情報がインターネット上ではかなりスカスカなのだ。

澤崎氏本人が、ブログで情報発信しているなんていうわけでもなさそうだ。そんなことをしても、彼のカスタマーたちにはあまりメッセージが届かないので、無駄な労力ということになるのだろう。テレビで何か言ってキメ・ポーズして見せる方が、ずっと効果的なのかもしれない。

土曜の深夜にテレビショッピング番組を見ているオバサンの多くには、インターネットはあまり重要なメディアではないみたいなのである。そして情報メディアが違うと、まるで世界が違っているぐらいの感覚がある。

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2009/06/09

テレビとラジオ

民放連が 「ストップ温暖化」 をキャッチフレーズに、09年度 「地球温暖化問題啓発スポット」 CM というものを開始している。

「もっと愛そう。(サラリーマン)」 編というのは、元々はテレビ・スポットなんだそうだが、私はテレビをあまり見ないので、ラジオの音声でしか聞いたことがなかった。

で、このスポット CM については、私はちょっとした反感をもっていた。あまりにも漠然としていて、中途半端に情緒的で、効果は皆無なんじゃないかと思っていたのである。ちなみにラジオで聞くと、こんな風である。

若い男の声: (面倒くさそうに) 「ごみの分別なんて意味ないでしょう…」
やたらと可愛らしいささやき声: 「そんなことないよ、うれしい」
ナレーション: 「それはきっと地球の声。できることを少しずつ、家庭から、STOP!温暖化」

音声だけで聞くと、この地球の声が可愛らしすぎて、まったく子供だましに聞こえる。「ごみの分別なんて意味ない」 と思っている男に対してこんな子供だましでは、まったく説得力をもたないように感じられる。

しかし最近、このスポットのテレビ版を初めて見た。すると、イメージがまったく違うのである。論理的説得力というわけではないが、ちょっとほのぼのとした共感みたいなものが得られそうに思えた。

なるほど、映像の力というのは大きなものだと感心したのである。それと同時に、本来テレビ CM として制作されたスポットの音声のみを安易に切り取って、ラジオ・スポットとして流しても、効果はあまり期待できないのだと実感した。

テレビ CM というのは、映像と音声の相乗効果で初めて十分なメッセージ性をもつのである。そこから映像を取ってしまうと、音声分のメッセージが残るというのではない。メッセージ全体の訴求力が、圧倒的にスポイルされてしまうのだ。

これは、メディアの特性に応じたメッセージ作りという重要なテーマに関連するのだが、要するに、ラジオ版はラジオ版として、もう少し上手なアレンジのしかたがあったんだろうにということだ。その意味で、少し残念な気がしている。

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2009/06/08

マイ箸を使う本音の動機

先日の昼、仕事関係の先輩とラーメン屋に入り、いつものようにマイ箸を出して食べ始めたらお叱りを受けてしまった。

マイ箸なんて使って悦に入っているのかもしれないが、そんなのはエコの役に立たない、むしろ日本の間伐材の需要を減少させ、林業の衰退をもたらすことになるというのである。

実を言えば、私も何年か前まではそう思っていたのである。私がマイ箸デビューしたのは一昨年の一月で、その年の 1月 19日の記事に以下のように書いている。

つい最近まで、マイ箸なんて持ち歩いて環境保護に貢献しているつもりになるのは、単なる気分の問題で、自然保護とは関係ないと言われていた。割り箸は間伐材を原料としているので、決して森林破壊につながるものじゃないどころか、森林保護に役立つというのである。

それで、私も何年も安心して、割り箸で蕎麦をたぐっていたのである。ところがよく調べてみると、割り箸が自然保護に役立つなんていう時代はとっくに過ぎ去っていて、事情は大きく変化してしまったようなのだ。

私はあちこちでマイ箸を使いながら、「こいつ、自分だけエコの役に立っているつもりのアホなんだな」 と周囲に思われるリスクを、心の底で感じている。もうほとんど気にならなくなったが、初めのうちはそれがちょっとしたストレスだった。

情報は常に更新されなければならない。古い情報をもとに叱られたり、アホと思われたりするのでは、マイ箸もなかなか広まらない。

日本の森林資源保護に役立つならば、私は喜んで割り箸を使う。割り箸は日本の貴重な文化の一つであり、それを衰退させることは、本当は忍びないのだ。しかし、状況は変化してしまった。再び自分の一昨年の記事から引用する

今や、国内の森林の間伐材を使った割り箸なんてのは、需要の 4~5%程度に落ち込んでいて、ほとんどは中国からの輸入品に頼っているらしい。そして、中国では割り箸を作るためにのみ、森林を皆伐方式で伐採しているらしいのだ。

こんなことを続けていては、中国で森林破壊が進んでしまう。中国で森林が破壊されたら、その東側 (つまり偏西風の風下) にある日本はいい迷惑なのである。

私なんぞが 「らしい」 とか言っていても説得力がないというのであれば、こちらのサイトをご覧になれば、具体的な数値を挙げて説明されているので、納得できるだろう。自分の外食という行為が中国の森林破壊につながり、毎年春に飛んでくる黄砂の量が増えるというのは夢見が悪いので、根が単純な私としては、さっさとマイ箸派に鞍替えしたのである。

ただ、国産割り箸の減少が日本の間伐材の需要を減らし、それが森林の荒廃につながっているというのは、本当は忍びないのである。国産割り箸が使えるのなら、私は喜んでマイ箸を懐にしまったままにしておく。

もし、国産割り箸代として外食時にプラス 5円出せというなら、喜んで出す。それが国内森林保護につながるなら、安いものである。だけど、そんなシステムは多分できないだろうなあ。

プラスティック箸と割り箸の両方を用意している讃岐うどんの店があるが、見たところ、客のほとんどは割り箸を選んでいる。この店のプラスティック箸は、全然滑らなくて使いやすいのに。そして、もしこの店で 「国産割り箸に切り替えましたので、割り箸ご希望の方は 5円プラスになります」 なんてことにしたら、ブーイングが起きるだろう。

私なんかもう、いかにも中国製っぽい割り箸なんて使う気になれない。中国製の安物の割り箸は、防かび剤、防腐剤、農薬、漂白剤で処理されているらしい。それは、安物の割り箸を使い慣れていた頃の舌では感じられなかったが、それから遠く離れた今、たまにマイ箸を忘れて安物の割り箸を使うと、「変な味」 がするのでわかる。

私は今では、「中国製の割り箸なんて、気持ち悪くて使えない」 という体になってしまっている。ちょっとした細菌程度なら、体内でやっつけてしまうから気にしないが、薬品となると、そういうわけにいかない。

私がマイ箸を使う本音の動機の半分以上は、今やエコよりこっちの方かもしれない。エコのためというより、自分の体のためというのが、ちょっとエゴイスティックで嫌らしいかもしれないが、それがエコにつながるのだから、結果オーライということにしておきたい。

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2009/06/07

『唯一郎句集』 レビュー #31

「酒田俳壇」 時代』の章は、今日で終わりとなる 。4月 19日のレビューで、「酒田俳壇」 というものについて、よくわからないと書いた。

「酒田地方紙か何かの文芸欄に載った作品なのではないかと思われる」 と書いておいたが、これまで読み落としていた巻末にちょっとした説明があるのを見つけた。

唯一郎の俳句同人、伊藤酉水子氏による 「編輯雑記」 というのが巻末にあり、そこには次のように書かれている。

「酒田俳壇時代」 は、たしか大正末期から昭和にかけて、酒田新聞の一面に、私と彼と二人の担当で地方の新人を探り出す意味に於て、全国的に海紅俳人の投句を求めて、「酒田俳壇」 を儲けた時の作品を収録したものである。

「酒田新聞」 という新聞は今はないが、当時、「全国的に海紅俳人の投句を求めて」 地方新聞の一面を割いたというのは、なかなか希有壮大な企画を展開していたものである。それだけ、酒田という街が自由律俳句の世界で重要な地位を占めていたとみることもできる。

ちなみに 『海紅』 というのは、河東碧梧桐が創刊し、後に中塚一碧楼が継いだ自由律俳句の牙城ともいうべき俳誌である。この海紅派の新人発掘を、一地方紙上で試みていたというわけだ。

で、今回はこの 「酒田俳壇」 時代と分類されている最後の 5句をレビューする。

除夜ひとり居の炉辺にてひとみなに頭をたれゆく心

大晦日に炉辺に一人いる唯一郎。ラジオもない時代の庄内である。外は雪が舞うばかりだ。

炉辺にいて炭火の赤くなるのを眺めていると、ひとみなに頭をたれゆく心になるという。

中央俳壇に出ることをあきらめ、地方都市の印刷屋として生きていくことを決めた唯一郎のいつわらざる感慨だろう。市井の一員としての感慨を、俳人のスタイルで表現したというところか。

今年も強がりて暮す氣か元旦の薄暗い餅を焦す

酒田の雑煮は、丸餅を焼いて汁に入れる。そして元旦の朝、雑煮に入れる餅を焼くのは、酒田では家長の仕事である。

薄暗い中で餅を焼き始めると、若くして家長となった自分の境遇をどう思えばいいのか、まだ割り切れない気持ちになる。

「今年も強がりて暮らす気か」 というのは、自分に対して問いかけているのだろう。かなり自嘲的な問いだ。

「薄暗い餅を焦す」 としているところが、また意味深だ。いずれにしても庄内の元旦は初日の出を拝めることなどほとんどないのだが、冬の朝は本当に暗い。その中で、「餅を焼く」 というのではなく、「焦す」 と表現しているところに、心の中の静かな焦燥が感じられる。

吹雪にぬれた冬帽がだんだん乾いてゆくこの淋しさが妻にわからない

酒田の冬は地吹雪の季節である。地吹雪は下から吹き上げるから、傘は役に立たない。酒田の人は分厚い外套と冬帽で雪をしのいだ。

冬帽についた雪が、家の中では解けて、生地にしみ込んで帽子を濡らす。そしてそれがだんだんと乾いていく。

帽子の生地が乾いて行くにつれて、毛織物特有のちょっとした匂いが漂い、しっとりと濡れていた艶がなくなってかさかさになる。干からびてしまうような気さえする。

「この淋しさが妻にわからない」 と、唯一郎は嘆く。

女はリアリストである。時々ふと遠くを見るような目でわけのわからないことを考え込んでいる夫の頭の中など、どうでもいい。妻にとっては夫の文芸趣味など、役に立たない代物である。

山峡の朝霧に今し朴の花は濡れてあらん

唯一郎の妻 (私の祖母になるわけだが) は、酒田の街中ではなく、山に近い土地から嫁いできたようだ。妻の実家に近い山峡の、「朴の花」 を歌っている。

「朴」 は、辞書を引くと 「えのき 【▼榎/▼朴】」 と、「ほお  【▽朴/〈厚朴〉ホオノキの別名。】 と、二通りの語義が示される。和歌や俳句では、「ホオノキ」 という意味が使われることが一般的のようだ。木蓮のような大きな花の咲く木である。

今しも、ホオノハナは朝霧に濡れて光っているであろうと歌うのである。妻は酒田の街中に嫁いでくるべきではなかった。山里にいてこそ魅力的だったのではないかと、唯一郎は思っていたのかもしれない。

山添ひの妻の家の花桐の下にて野鳩に啼かれ

妻の実家の桐の花の咲いている下で、ふいに野鳩の鳴き声がして、少したじろいだ唯一郎。

山里育ちの自然な魅力の妻と、街場育ちの自分とのギャップを常に感じていたのかもしれない。

本日はこれぎり。

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2009/06/06

『唯一郎句集』 レビュー #30

先週はちょっとしたホットトピックがあったため、週末の恒例の 『唯一郎句集』 のレビューをスキップしてしまった。今週は頭を冷やす意味でもきちんとレビューしてみよう。

今日と明日とで、「酒田俳壇」 時代と分類された章を終えるつもりである。何となく内向きの感覚の濃い 1~2年だったと思う。

それは、唯一郎が父を亡くし、密かに思い描いていたであろう 「俳句で身を立てる」 という希望を諦め、家業を継ぐ決心をした時期でもあるからだと思う。大きな夢を諦めたことによる拍子抜けの気分があったのではなかろうか。

しかし、家業を継いでも俳句は作り続けることができる。本格的に中央に登場する野心さえ諦めれば、文芸趣味は捨てずに済む。それに気付いたことで、唯一郎の心はある種の安定を得ることができたのかもしれない。ただ、その安定とは、大きな欠損を包含したものだったようだ。

母が手を焙る我が手をあぶるくらし行こうぞ

近頃では火に手をかざして暖めることを 「あぶる」 とはあまり言わなくなったようだが、庄内弁では今でも普通にそう言う。この句で 「手を焙る」 と言っているのは、おそらく火鉢で手を暖めることである。

寒さの増した冬の日、寡婦となった母が火鉢で手をあぶる。それに向かい合うようにして、唯一郎も自分の手を火鉢にかざす。とりたてて重い会話が交わされたわけではなかろうが、母と子は 「くらし行こうぞ」 という共通の思いを確認し合う。

ただ、暮らして行くことが大切なのだ。夢を追うとか希望を実現するとかいうことよりも、ただひたすら慎ましく、くらして行こうというのである。

歳晩の夜の火鉢を抱き泣けなくなるかな

「歳晩」 とは、年の暮れ、年末のこと。しんしんと寒さを増す庄内の冬、火鉢に手をかざして、行く末を思う。早くに父を亡くして、家業を継ぐことになった身を思う。

本格的に俳句で身を立てることは、既に諦めた。それは決して恨みに思うようなことでもない。ごく自然の思いではある。

泣くほどの悲劇ではない。悲劇ではないが、ただ、そこに大きな欠落感が残ることは否定しようもないことである。

ある時の親鸞はかくもかなしく雪国の炭火ふきけんや

唯一郎の家の宗旨は浄土真宗である。唯一郎も時に仏前で自ら阿弥陀経を読誦した。

親鸞は叡山を降りて法然に師事し、後に越後に流された。越後の冬はさぞ辛かっただろう。そして庄内は越後よりなお北に位置するのである。この庄内で家業の印刷屋を継ぐことを決意した唯一郎は、火鉢の炭火を吹きながら、親鸞の哀しみを想う。

ある別の力によって、今いる境遇に押し込められているような気がする。決して自分が進んで選んだわけではない境遇である。

いつの間にか子をうんで居る夏帽の裏の汗の臭

この句はどう解釈したらいいのだろう。いつの間にか自分が父親となっていることを言っているのだろうか。

自分の人生は、既に普通の家庭人の領域に足を踏み込んでいる。浮き世を忘れて俳句づくりに没頭した頃は、遠い昔のようだ。それはあたかも、冬を迎えてから、夏帽の裏にわずかに残る汗の臭いをかぐようなものだ。

本日はこれぎり

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2009/06/05

かんぽの宿問題

鳩山邦夫総務相が、だだこねまくりである。で、このだだこねを 「正論」 とするのが、国民の多数派になっているんだそうだ。

へぇ、すごいなあ。私が当事者だったら、「赤字垂れ流しの施設なんか、一刻も早く売りたい」 と思うだろうがなあ。まあ、売り先に関しては、かなり怪しい部分もあるけど。

既にあちこちのウェブサイトで指摘されている (例えば こちら) ことだが、「かんぽの宿の売値が安すぎるから問題というのは、間違い」 ということについて、私もその通りだと思う。元はといえば、高い金をかけてその程度の値段でしか売れないクズを作り続けた、郵政族が悪いのである。

一括売却が問題だからと言って、バラして売ったら、一部の優良物件以外は軒並み売れ残るだろう。誰が儲かる見込みのない物件を買うものか。一括売却だから、一挙に厄介払いができるのである。クズとセットで売るのだから、高い値段で買えと言っても、そりゃ無理だ。

「総務省試算では 250億円の価値がある」 というなら、実際にその値段で買ってくれる先を探してくればいい。お荷物物件が言い値で売れるなら、誰も苦労はしない。

こんなことでぐずぐずしている間にも、かんぽの宿は赤字を垂れ流し続けている。今売らなければ、後になって多少高く売れることになったとしても、トントンか、下手したら損になってしまいかねない。

一度けちのついた物件だし、この景気だもの、これ以上の好条件で買うところなんてあるだろうか。鳩山さんの言いぐさは、一見かっこよく見えてしまうけれど、やっぱりだだっ子である。もうすぐ行われるだろう総選挙にも、かなりの悪影響を及ぼすだろうし。

ただ、だからといって、私はオリックスがホワイトナイトだなんて、ちっとも思わない。この間のプロセスは、誰が見ても怪しすぎである。叩いたらいろいろ埃が出るだろう。だったら、さっさと売っぱらって厄介払いしてから、後でゆっくり叩けばいい。

今だだをこねても、誰の得にもならない。そして、後でゆっくり叩くのは自民党では義理が悪かろうから、政権交代後の民主党政権に任せればいいというのは、都合の良すぎるシナリオだろうけど。

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2009/06/04

「めあ うま」 が "Man and Woman"だって?

近頃の日本の歌を聴いていると、日本人のシンガーもずいぶん英語の発音がよくなったものだと、しみじみ思う。

帰国子女とか、インターナショナル・スクール出身とかが増えたんだろうなあ。口の中の構造がアメリカ人という感じのシンガーが、全然珍しくなくなった。

ビジネス英語など、とにかく国際的に通じりゃいいというようなケースでは、私はカタカナ英語だろうがなんだろうが構わないと思う。そりゃ、ネイティブ・スピーカーのように流れるようにしゃべれる方が、ビジネスだってずっとやりやすいのだが、とりあえずは 「意味が通じる」 ことが先決だ。

しかし、歌の場合は違う。意味が通じりゃいいってものじゃない。なにしろ、音楽は雰囲気のものである。歌詞だって、英語らしい発音があってこそ心地よくリズムとメロディに乗るのだ。カタカナ英語でジャズやロックを歌われると、少なくとも私は少々萎えてしまう。

昔の日本では、プロの歌手の多くがスタンダード・ジャズをカタカナ英語で歌っていた。私はそれを聞きながら、「どうして耳で丸ごと覚えて、自分の口で再現できないんだろう」 と、不思議でしょうがなかった。彼らは多分、カタカナでフリガナを振って歌詞を覚えたんだろう。日本人が英語を話したり歌ったりしようとする時の最大の敵は、実はカタカナである。

ところが、最近の若いシンガーの中には、英語を英語としてフツーに歌える人が増えてきた。ロックでも R&B でもジャズでもフォークソングでも、これでこそちゃんとした雰囲気が出せるというもので、喜ばしいことである。「♪ だし・おーるないっ」 (Dancing All Night) の時代は、遠く過ぎ去ったのである。

そういえば、あの聖子ちゃんも、ベルリッツで英語を習ったという噂の割には "Kiss in blue heaven" とは、何度聞いても自然には聞こえなかった。まあ、この場合は発音云々より "the" が抜けていることの方が大きいと思うのだが。

"Sun" とか "sea" とか "ocean" とかには "the" が付きものである。で、"heaven" の場合もこうしたケースでは、前に来るのは "the" と刷り込まれているから、"blue" が自然に "blue" とは聞こえない。

注: "My Blue Heaven" (『私の青空』)など、所有格がついちゃう場合とか、"go to heaven" (死んじゃうこと) や "by Heaven" (神かけて) などイディオム的な例外を言い出せばきりがなくて、"I'm in heaven" (死ぬほどいい気持ち) なんていう、すごく官能的な言い回しがあったりもするけどね。

そんなわけで、「聖子ちゃんって、"the" を 『ズー』 と発音する娘なんだ」 と、私はずっと思っていた。まあ、本来は "Kisses in the Blue Heaven" としてもらいたかったところである。

だが、これまでで一番驚いたのは、My Little Lover というグループの "Man and Woman" という歌である。わたしはつい最近まで、この歌のリフレイン 「♪ めあ ♪ うま」 って、一体なんの呪文だろうと思っていた。

まさか 「♪ めあ ♪ うま」 が "Man and Woman" だったとは、夢にも思わなかったよ。題名知らなかったし。

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2009/06/03

茨城の 「マナーアップ運動」 というもの

今朝、名古屋への出張のためいつもより早く家を出て JR 常磐線取手駅に向かうと、ちょうど高校生たちの通学時間にぶちあたった。

駅前に 「マナーアップ運動 取手○高」 と染め抜かれた旗をもった学校の先生とおぼしき人が二人、手持ちぶさたに立っている。なんだか異様な光景ではある。

「異様」 というのは、二つの意味がある。まず第一に、「マナーアップ」 とか言っている割には、高校生はその先生 (らしき人) に対して誰も挨拶しようとしていない。先生 (らしき人) も、別に積極的に挨拶を呼びかけようという風情でもない。ただ旗を持って立っているだけである。

第二に、細かいことを言うようだが、「マナーアップ」 というのは、ジャパニーズ・イングリッシュである。外国人と英語で話す時に、"manner up" なんて言葉を使っても、とても思いやりがあって想像力の豊富な人以外には、日本人の意図する意味としては、まず通じない。元々、日本語の 「マナーアップ」 だって、それほど具体的な意味があるわけじゃなし。

民間がキャッチフレーズなどに使う分には別にイチャモンをつけるつもりはないけど、教育機関であり、当然英語教育も行っている高校が、こんな怪しげな標語を掲げるのはいかがなものかと、まるでうるさい教育オバサンみたいなことを、脊髄反射的に思ってしまった。

「こりゃ、一体何なんだろう?」 と思い、電車に乗ってからさっそく E-mobile につないで検索してみたら、茨城県庁の 「県政ホットニュース」 というのに、「水戸駅前で「さわやかマナーアップキャンペーン」 というニュースがあった。去年のニュースだが、どうやら大分前から継続されているようで、こんなことが書いてある。

県では、各学校や地域の幼児・児童・生徒を対象に、学校・家庭・地域社会が連携してマナーアップに向けた取り組みを実施し、規範意識の高揚や公共マナーの向上を目指す 「みんないっしょにマナーアップ推進事業」 を推進しています。

その一環として 6月の 1ヵ月間、学校や駅前などで幼児・児童・生徒が公共マナーの向上を呼び掛ける 「さわやかマナーアップキャンペーン」 を実施しました。

なるほど、わかった。茨城県津々浦々でこのキャンペーンをしているってわけなのね。全然知らなかったけど。確かにググってみると、あちこちの茨城県立高校のサイトにそれらしき記事が散見する。

それ自体は全然悪いことじゃないし、むしろ素晴らしいことだ。だが、やるならやるで、もっと身を入れてやらないと、「マナーアップって、ずいぶんだらけてるのね」 という印象だ。それから、何度も言うけど、教育機関がやるにしては 「マナーアップ」 って、ちょっとダサイだろうよ。英語の教師から異論は出なかったのかなあ。

ああ、なんだか何でもイチャモンつけたがりの市民運動家みたいな記事になってしまった。いかんいかん。お茶でも飲んで気分を変えよう。

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2009/06/02

選挙カーにはもっと露骨に反応しちゃおう

衆議院総選挙は、8月中旬に公示して、8月末頃に投票となる可能性が高まってきた。既に我が家にも、急に政治家からの葉書やチラシが頻繁に届くようになっている。

ただでさえ暑苦しい時期に、あの暑苦しい選挙カーの連呼が聞こえてくるというのは、今から思いやられる。

Yahoo の意識調査で、7割以上が 「選挙カーの連呼は逆効果」 と反感を示し (参照)、先日の日テレ 「太田総理」 でも、視聴者投票の 9割近くが 「選挙カーと選挙ポスターを禁止しろ」 と言っている (参照) にも係わらず、公示されたら一斉にあの騒音が街に響き渡るのだろうなあ。ああ、うっとうしい。

いくら 「連呼はマイナス効果の方が大きい」 と言っても、候補者のほとんど全員がそのマイナスを競っているのだから、こちらとしては打つ手がないのである。というようなことを考えているところで、私の昨日の記事に、traceraser さんが、次のような、ある意味説得力のあるコメントを付けてくださった。

もしかすると政治家にとっても選挙カー巡りというのは有権者の反応を直に確認出来る機会として、時代遅れであろうと効果のほどはさておき、素朴に貴重って思ってるのかもしれないなという気もします。

なるほど、確かにそういうこともあるかもしれない。昨日の記事でも書いたことだが、自民党の山本一太氏が 「家から飛び出してきて握手を求めてくる人も多い」 と、(自分だけ) やたら感動的におっしゃっていたことからも、「素朴に」 貴重な機会と思っているのかもしれないという気はする。それは認めよう。

そしてそう認めた上で、それならば、我々も 「有権者の反応」 というものを、もっと率直に示してあげる方が親切だという気がしてきたのである。我々は、率直な反応を示すのに、これまで遠慮しすぎていたようだ。家から飛び出して手を振ったり握手を求めたりするだけを 「有権者の率直な反応」 と思われては、こちらはたまったものじゃない。

候補者が自分に都合のいい反応ばかり印象に残すというのは、非常に困ったことなのである。仕事においても、現場の率直な意見が上に伝わらない企業は滅びるのだ。日本の政治がガタガタなのは、このあたりのシステムがおかしいからでもある。

というわけで、こうなったら我々に残された手段は、空気の読めない鈍い候補者にも現場の (つまり有権者の) 反応がきちんと伝わるように、多少 (あるいはかなり) 大げさな反応を示してあげるということだろう。そのくらいしても、罰は当たるまい。

具体的にどうすればいいのかというと、

  1. 街で選挙カーに出会ったら、露骨に顔を背ける
  2. それで通じない鈍い人には、露骨に背を向ける
  3. それで通じないもっと鈍い人には、露骨に耳を塞いで見せる
  4. 家にいて、選挙カーの騒音が近づいたら、窓をガラガラピシャンと閉める

非常に多くの人がこのくらいしてみせれば、いくらなんでも少しは空気が変わるんじゃあるまいか。いずれにしても、露骨に嫌な顔をして顔を背けるぐらいのことは、してあげる方が候補者のためにもなるんじゃないかと思う。

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2009/06/01

「太田総理」 を見て、もう一つ感じたこと

一昨日付の 「ちょっとがっかりだったよ、太田総理」 に乙痴庵さんがつけてくれたコメントへのレスとしても書いたのだが、ここは一番、正式なエントリーとしてあげておこう。

先月 29日放映の日テレ 「太田総理」 を見ての、もう一つの感想である。ちょっと笑ってしまったほどなのだが。

この番組のテーマである 「選挙カー、選挙ポスターの禁止」 に、死活問題的に必死に反対されていた自民党の山本一太氏、民主党のうえまつ恵美子氏が、「選挙カーで選挙区を巡回することの意味」 として挙げておられたことは、私の以前の記事  "「連呼」 って、やっぱり迷信だと思う" に ho さんという方が付けてくれたコメントとほとんど同じことだったのである。

ho さんという方は選挙の仕事をしたことがおありということで、選挙カーでの連呼は 「長年やってデータを取った上でのノウハウですから、たぶん一番効果があるやり方として確立してるんだと思います」 とおっしゃっている。

そして彼のあげる選挙カーでの連呼の意義は、"とにかく「○○が○○選挙区で出馬してる」という事実を知らせることがひとつ。もうひとつは、「この地域にわざわざ出向いてお願いにきた」 という印象付け" ということなのだそうだ。

これ、山本氏とうえまつ氏が番組で力説していたこととほとんど同じだ。(番組内では 「印象づけ」 の代わりに 「ご挨拶」 みたいな言い方をしていたように記憶しているが、定かではない)

「立候補の事実を知らせること」 と 「地域に出向いての印象づけ (ご挨拶)」 が、選挙カーでの巡回の二大意義だというのは、多分、選挙のプロからそう教えられているのだろうと思う。

しかしながらあの番組では、「立候補の事実なんて、選挙公報を見ればわかる」 「単なるご挨拶のために、あんなにがなり立てるのか」 と、あっさりと論難されていた。選挙のプロも、だいぶ時代遅れになってきているようなのである。

ho さんはさらに、「私も最初は 『ウルセーばか!』 とか怒鳴られることがあるのかと思ってたのですが、実際は、家から飛び出してきて手を振るような方がいっぱいいるんです」 とまで、コメントされている。

あの番組でも、山本一太氏が 「選挙カーは迷惑だと言うが、実際に回っていると、家から飛び出してきて握手を求めてくる人も多い」 とおっしゃっていたのを記憶している方も多いだろう。

家から飛び出してきてまで喜んでみせる人も、確かにいるのだろうが、そんな人は元々熱心な支援者なのだろうから、別に選挙カーで連呼なんてしなくても、ちゃんと票は入れてくれる人なのである。元々の支援者を喜ばせるために、近所中の人をうるさがらせているだけではないか。

さらに、選挙カーが来るとこれ見よがしに飛び出して手を振ったり握手を求めたりなんていうのは、目立ちたがりというか、はたまた、「俺はこの候補者と懇意にしてるんだぞ」 と、近所に示したいというか、いずれにしても、私にはちょっと嫌らしい感じがする。まあ、そこは好きずきだろうけど、少なくともうるさいだけ迷惑だ。

あるいは、近所へのパフォーマンスとして候補者と懇意なところを見せつけるだけで、実際には投票なんてしなかったなんてことになったら、目も当てられない。

また、ho さんは次のようにもコメントしてくれている。

選挙カーの街宣には一定のセオリーがあります。
逆に 「これを言ったらダメ」 みたいなルールはあまり聞いたことないです。時間くらい。
で、セオリーというのは、まぁ普通に考えればわかることですが、車が止まっていれば「名前を織り交ぜながら選挙区や細かい政策」を、渋滞中は「同じ内容を話さずより多い内容を」、ノロノロの場合は「名前と選挙区とおおまかな政策」を、速度が速い場合は「名前と選挙区を連呼」です。

"「これを言ったらダメ」 みたいなルールはあまり聞いたことないです" というが、公職選挙法では、「走行中は連呼以外はダメ」 と決められているのである。まあ、これは運用上、警察もあまり細かいことは言わないということになっているのだろう。だからこそ、"ノロノロの場合は 「名前と選挙区とおおまかな政策」 を" なんていう口伝が生きている。

ただ、それも厳密に言えば選挙違反である。なにしろ 「走行中は連呼以外はダメ」 なんだから。どうやら、「制限速度を 10km/h 程度オーバーするぐらいでは捕まらない」 みたいな、ゆるい運用がされてるみたいなのである。だから保坂氏も 「連呼はダメ」 と教わっていながら、これまで捕まらずに済んでいるのだ。

ただ、やっぱりこれも変な話なのである。お上のさじ加減でどうにでもなるというのは、私は気持ちが悪い。

これ以上については、一昨年 8月 3日に 「やっぱり変だよ、公職選挙法」 という記事で、その前に行なわれた長野市会議員選挙の実例を挙げて、「連呼の意義」 について、激しく疑問を呈している。繰り返しになるのでここでは敢えて書かないが、興味のある方は、リンクを辿ってお読み頂きたい。

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