« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月に作成された投稿

2009/07/31

「謝るツボ」 と 「パーソナルエリア」

「教えて! Watch」 というサイトに、「日本人は謝らない?」 という質問があり、いろいろな人がいろいろな視点から答えている。

質問者は、米国に短期留学した際に、現地の学生数人から 「日本人は道でぶつかったときに謝らない人が多い」 と指摘され、それがとても気にかかったらしい。

ことさらに気に掛かった理由の一つは、出発前に 「日本人はすぐ謝るからカモにされやすいと何度も聞き、実際そう信じていた」 ということにあるようだが、この前提自体が間違いというか、説明不足というか、とても不十分なものというしかない。

問題は、「謝るツボ」 の違いにある。この点をきっちり認識しておかないと、文化摩擦になりかねない。私はこのことについて 3年ちょっと前に、その名も "「謝るツボ」 の違い" というタイトルで記事を書いている。

これは、例のシンドラーという外資系企業のエレベーターが日本で事故を起こした件で、シンドラー社の幹部が日本で行った記者会見での態度が、横柄だと受け止められたことに端を発して書いたものだ。要点を手短に引用すると、次のようなことになる。

西欧人というのは、とにかくよく謝る。道を歩いていて、ちょっと身体が触れただけで (ぶつかったというほどでもないのに)、すぐに謝る。かなりな衝撃でぶつかってもまず謝らない日本人とは、エライ違いだ。

ところが、このよく謝る西欧人は、交通事故など法律的な問題がからむことになると、とたんに謝らなくなる。"I'm sorry" と言ってしまったら、自分の非を認めたことになるから、急に慎重になるのだ。

要するに、彼らはちょっとしたことでは気軽に謝るが、重大問題ほど謝らないのである。

このあたりが、ちょっとしたこと (例えば、道で肩がぶつかったというようなこと) では全然知らんぷりをしているくせに、大きな問題になりそうだと、とにかく頭を下げまくればなんとかなると思っている日本人とは、正反対なのである。

まあ、いくら西欧人でも交通事故で自分の側に明確に非があるような場合は、初めから謝る方が誠意を感じさせて情状面で有利になるのは当然だが、その辺りが微妙な場合は、謝るよりは取り敢えず先に弁明を言い立てる。

前述のサイトの質問者は、中途半端な情報を仕入れたまま短期留学に行ったので、戸惑ったのである。本来ならば、「ちょっとぶつかっちゃった程度なら、すぐにちゃんと謝るのがマナーです。しかし、大きな問題では決して軽はずみに謝っちゃいけません」 と教わるべきだったのだ。

要するに、日常マナーと法的問題との落差である。一般的に西欧人は、法的問題は法律そのものに即して解決すべきだと考えている。できれば示談であいまいなまま穏便に済ませるのがいいと考えている日本人とは、かなり違うメンタリティだ。

法的に処理するとなると、当事者同士の 「謝った、謝らない」 の感情論は、かえって後腐れの種になる。とくに過剰な謝罪は、初めから罪を認めたという不利な立場に身を置くことになるから、すべきではないと思われている。

それにしても、前述のサイトの質問者は、「日本人はすぐ謝るからカモにされやすいと何度も聞き、実際そう信じていた」 と言っているが、本当にそう信じていたとしたら驚きである。同じ日本人の私が、道を歩いていてかなりの勢いでぶつかられても、ぶつかってきた当人は謝りもせずに行ってしまうことに、しばしばむっと来るという経験をしているからだ。

これは多分、「パーソナルエリア」 ということに関連していると思う。パーソナルエリアとは心理学の概念的空間で、自己と他を分けたときの、自分を中心とした範囲の事らしい。要するに、それ以上近づいてこられると圧迫感を感じてしまうという、自分の 「縄張り」 みたいな感覚の空間だ。

日本人はこのパーソナルエリアが西欧人より狭いらしい。つまり、「人混み強い」 というか、芋洗いみたいな雑踏にでも、平気で突入できる感覚、よく言えば親密さ、悪く言えば図々しさをもっている。

例えば、日本人はこれ以上乗れないほどの満員電車にも平気で突入するが、西欧人の多くは、エレベーターに乗る時でも重量オーバーの警告音が鳴る前におそれをなしてしまい、無理に乗り込もうとはしない。

だから、混んだエレベーターに無理矢理乗り込んでくる日本人を、ちょっと図々しいと感じているフシがあるし、道を歩いてぶつかっても、一言も謝らずに無表情のまま去ってしまう日本人のことは、これはもう、相当に不作法だと思っているようだ。

ところが日本人は日本人で、平均的なパーソナルエリアが狭いので、ちょっとぶつかるぐらいはお互い様で、取り立てて言い立てるほどのことじゃないと思っている。ただでさえ忙しいんだから、いちいち謝ってなんかいられないということかもしれない。

ちなみに、私は図体がでかいせいか、パーソナルエリア感覚が平均的日本人より大きめに設定されているようで、人混みとか狭い店とかがかなり苦手だ。

例えば、コンビニ店内の狭い売場通路からレジのあるスペースに出ようとした瞬間に、若い女の子が来て通路に入ってこようとする。私の感覚では、私が通路から出るほんの 1秒ほどの間、その女の子は少しだけ待ってくれて、私が出てから進入するのが当然のマナーだと思っている。レディ・ファーストを当てはめるケースとは少し違う。

ところが、その女の子は全然どかない。ぶつからないためには、私が止まるしかなく、一瞬、お見合い状態になる。すると、その女の子は私の体のそばを無理矢理にすり抜けて、いや、実際にはすり抜けきれずに、私の体に明確にぶつかって通路に進入する。

私はあっけにとられながら、「どうしてたった 1秒待てないかなあ」 と嘆息する。西欧人は 「日本人はぶつかっても謝らない」 と驚くが、実際にはそれ以前のお話で、日本人は平気でぶつかってくるのである。そして、どうせ 「お互い様」 と思っているから、謝るという発想がない。

ドアの出入りの時、平均的な西欧人は先に出ようとする人を通すために、自分は明確に身をよけて待つ。それを見て日本人は、「西欧人って、すいぶん大げさによけるんだなあ」 と、違和感を覚える。親切というよりは水くさいとまで思う。ところが、西欧人にとってみれば、そのくらい明確によけて待ってあげないと失礼になると感じている。

ちなみに、西欧人のパーソナルエリアは、恋人や夫婦、そして自分の赤ちゃんに対しては急に狭くなると言われている。だから、恋人同士や夫婦は人前でも平気でべたべたするし、赤ちゃんとのスキンシップも重要視するらしい。

ところが、日本人は赤ちゃんに対するパーソナルエリアは、西欧人より広いと指摘されている。赤ちゃんだけでなく、恋人同士や夫婦でも、一般にはそれほど狭くならない。つまり、パーソナルエリアにめりはりがない。あるいは、他人でも家族でも同じ日本人だから、全部 「お互い様」 ということなのかもしれない。

ところが、外国人や、ちょっと変わった日本人に対してもついその癖が出るから、少し問題なのである。

ちなみに、City Walker 都市研 というサイトに、最近の日本人のパーソナルエリアが拡大傾向にあるという記事があり、その中に以下の記述がある。(参照

これ (注: パーソナルエリアのこと) が近年広くなってきているため、満員電車で足を組んで座ったり、新聞を読んだりしても、周りに迷惑を掛けているという意識が薄く、逆に、周りの人は、自分のテリトリーが侵されているという意識が強いため、トラブルが起こるのである。

パーソナルエリアが広くなっているために、「満員電車で足を組んで座ったり、新聞を読んだりしても、周りに迷惑を掛けているという意識が薄く」 なっているというのは多分誤解だ。パーソナルエリアが広かったら、わざわざ自分から無防備に他者との間合いを詰めるようなことはしない。逆に広い間合いを取ろうとして、身をよけるだろう。

満員電車で足を組んだり新聞を広げたりするのは、単に無神経な傲慢さからくるのである。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2009/07/30

「ミス・ユニバース」 というビジネス

ミス・ユニバース日本代表のナショナル・コスチュームとやらが、「まるでポルノ女優」 とまで言われて、甚だ不評らしい。

こちら に飛べばどんな衣装なのかわかるが、なるほど、かなり悪趣味っぽい。ファッションの世界の方程式で言うと、「話題になりさえすれば、目的は達せられる」 という類のものだ。

この衣装が制作された背景には、イネス・ログリンというフランス人のおばさんが重要な役割を果たしているらしい。このおばさんが、「和服再興を目指して東京・原宿を中心に展開するデザイナーズブランド 「義志」 (よしゆき) の緒方義志社長」 (ニュースからそのまま引用) を起用してデザインさせたという。

ちなみに、この緒方義志という人は、「2006年準優勝の知花くららや、07年優勝の森理世の衣装も担当した実力者」 なのだそうだが、やはりイネス・ログリンからの指名で制作したもののようだ。つまり、この二人は相当しっかりとコラボする関係みたいなのだ。

報道によると、「ミス・ユニバースの世界ではイネス氏の権限は絶大」 ということで、つまり、もうやりたい放題できる地位にあるということのようだ。それは、2006年と 07年に、続けざまに日本人をミス・ユニバース準優勝と優勝に導いたという実績によるのだろう。

大方の見るところでは、この実績は 「外国人の目からみたジャパニーズ・ビューティ」 というものを的確に理解・把握していて、それを効果的に演出できる才能による。つまり彼女がやると、しっかりと 「ミス・ユニバース審査のツボ」 にはまるらしい。

別の言い方をすれば、「彼女の目」 を借りないと、日本人のセンスだけではミス・ユニバース国際大会の 「傾向と対策」 ができないのだ。どうも日本人のセンスだと淡泊すぎるようなのである。グローバル・スタンダードとローカル・スタンダードの違いだ。

国際舞台に出たら、しっかり肉を食って 「濃すぎるぐらい」 のアピールをしなければいけない。かくまでに 「美の基準」 が違うから、ミス・ユニバース準優勝の知花くららや優勝の森理世は、日本に戻るとそんなに受けるわけじゃない。

とはいいながら、今回の衣装はいくらなんでも国際的にも評価が芳しくないようだ。ニュースは次のように伝えている。

ミス・ユニバースの最新情報を伝える米サイト 「ビューティーイン ページェンツ」 は 「世界中のファンは一様にポルノ女優のようだという反応を示した。イネス氏以外は、この衣装が 優勝の機会を損なうと考え失望した」 などと論評。

こうした悪評に対してイネス・ログリンは自身のブログで、「ファッションの保守主義者や流行遅れの "恐竜" たちは彼女のコスチュームを批判していますが、ファッショニスタたちはそれを愛しています。私が気にするのはファッション産業の有力者の評価だけ」 (夕刊フジ訳) と応えているそうだ。なかなか勇ましいことである。

どうやら今回、彼女はミス・ユニバース国際大会での上位入賞は諦めて、ひたすら話題になることの方を狙っているように見える。

これまで優勝 1回、準優勝 1回の実績を作っても、その実績に見合うだけのビッグネームを獲得できていないという不満があるのではなかろうか。確かに、世間的にはほとんど知られておらず、私だって今回初めて彼女の名前を知ったし、デザイナーの 「緒方義志」 という名前も同様だ。

それならばいっそ、今回は名誉よりも話題を取ってしまおうと彼らが考えたとしても、理解できないストーリーではない。名誉だけでは不十分だった部分を、話題を得ることで補ってしまおうというわけだ。どんな話題だろうと、世間に名を売っておく方が、今後のビジネス・チャンスはずっと拡大する。

とまあ、それだけのお話で、それについてどうのこうの批判しようとは、私は思わない。さらに、あの衣装でことさらに 「日本が誤解される」 とも思わない。どうせ誤解はされまくってるのだし。

【8月 1日 追記】

どうやらあのデザインは不評すぎて、変更されることになったようだ。帯を提供した呉服店や職人が 「あのデザインを知っていれば提供しなかった」 「変更しない限り使用を認めない」 などと拒否反応を示したことで、変更に追い込まれたらしい。(参照

イネス・ログリン、緒方義志両氏は、ずいぶん勇ましいことをおっしゃっていた割には、あっさりと折れてしまったようで、逆にがっかり。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009/07/29

女子高生のスカート丈

女子高生のスカート丈が長くなる傾向にあるようだというようなことを書いたのは、ほんの 1ヶ月ちょっと前である。(参照

その時は奈良発のトレンドで、全国的にはまだまだ超ミニ丈全盛だったような気がする。しかし近頃では、つくば周辺でも女子校生のスカート丈がどんどん長くなってきた。

私は 1ヶ月前の記事を 「これはウォッチする価値があるかもしれない」 という一文で結んでいるが、たかだか 1ヶ月足らずでこんなに明確な変化が現れるとは、思っていなかった。ギャルたちの流行への敏感さには、おじさん、びっくりである。

実はスカート丈の変化には、その記事を書いた 1週間後ぐらいには気付いていた。常磐線取手駅近くにある某有名私立校に通う女の子たちのチェックのスカート丈が、明らかに長くなっていたのである。膝小僧がちょっと出るぐらいの子が多いが、中には膝下丈の子もいる。

しかし、その時点では他の公立校に通う女子高生たちは、相変わらず超ミニだった。だから学校間のスカート丈の落差は、かなりのものだった。

感覚の変化というのは恐ろしいものである。スカート丈がどんどん短くなっていた頃は、膝丈ぐらいだと 「もっさり」 とした印象があり、超ミニが確かにけっこう可愛らしくみえたものである。しかしその傾向が分水嶺を越してしまうと、逆に超ミニだともろに頭悪そうに見え、 膝丈だとちょっと上品そうに見える。

いつの時代にもファッションのトレンドとは、こんな風に同じスタイルを見ても、受け取る方の感覚が全然変わってしまうことで変化してきたのである。どうして変化するかというと、人間という生き物が飽きっぽいからである。

飽きっぽいからといって、次に来るものが明確でないうちは、ずっと続いてきたスタイルがそんなにダサダサに見えてしまうわけではない。しかし、ネクスト・スタイルがある程度しっかり見えてきたとたんに、それまでのスタイルは急速に陳腐化してしまうのだ。

「ちょっと前の流行」 ほど 「流行遅れ」 を感じさせてしまうものはないから、ファッションに敏感な子ほど、できるだけ早くそこから脱却したくなってしまうのである。こうしてファッションというのは、ある時を境に目に見えて新しいものに移り変わってしまうのだ。

というわけで、近頃では取手駅で乗り降りする女子高生のスカート丈が、総じて長くなってきているのである。ちょっと前まではパンツが見えそうな娘ばっかりだったのに、今はほとんど消え去った。

とはいえ、日本中からミニスカートが消えてしまうわけではない。圧倒的に少なくはなるだろうが、ミニスカートが自分のスタイルになりきっている層 は、決してそれを捨てない。だから、1960年代までのように日本中がユニフォームのごとくに一つのスタイルに染められてしまうということは、もはやあり 得ない。

ただ、よく言われる 「ファッションが多様化した」 というテーゼは、ある意味では幻想である。実は、多様化したのはファッションではなくライフスタイルである。

ライフスタイルは多様だが、同じようなライフスタイルの人々は、驚くほど同じような格好をしている。つまり、同じ仲間内ではファッションは相変わらず一様なのであり、日本人のユニフォーム好きは今でも健在である。

だから女子高生のスカート丈も、一度長くなる方向にスウィングバックし始めたので、ほとんど 「右に倣え」 で、一様に長くならざるを得ない。世の良識派の大人たちは歓迎するだろうが、もしかしたら一部では、昔のスケ番みたいなエクストリームにまでいってしまう かもしれない。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009/07/28

身近な犯罪への 「抵抗力」

このほど公表された 2009年版 『警察白書』 に関するニュースで、時事ドットコムの "「抵抗力」 高める必要=犯罪発生しにくい社会へ" という見出しが気になった (参照)。

「気付かないうちに巻き込まれる身近な犯罪」 を防止するために、国民の 「抵抗力」 を高めなければならないというのである。

「気付かないうちに巻き込まれる身近な犯罪」 の例としては、「親族らへの情愛に付け込む振り込め詐欺▽「元金保証で絶対もうかる」 と資金を詐取する利殖商法▽食品の産地・成分の偽装▽健康や美容をうたった医学的根拠の不明な医薬食品販売」 などが挙げられている。なるほど、確かに最近話題になっているものばかりだ。

このように、最近話題になっている犯罪であるにも係わらず、だまされる人はだまされる。産経ニュースによると、振り込め詐欺被害者に こうした犯罪の手口の認知度を尋ねたところ、「(振り込め詐欺の)名称を知っていた程度」 と 「全く知らなかった」 との回答が 28.4%に上ったという (参照)。

一般国民の回答が 10%にとどまったことと比べても、振り込め詐欺の被害者は 4人に 1人以上が振り込め詐欺に関しての認識が薄すぎ、日頃の意識が無防備過ぎるということができる。いや、私から見れば、一般国民でも 10人に 1人は認識が薄いというのも驚きなのだけれど。

さらに驚きなのは、産経ニュースの次の部分だ。

(振り込め詐欺の) 被害者の5.5%が犯人からの電話を 「振り込め詐欺と考えた」 と回答。「少し考えた」 の24.6%と合わせて 30.1%が、詐欺を疑いながらも送金していた。

つまり、振り込め詐欺の被害者の 4人に 1人以上が、この犯罪についての認識が極めて薄く、しかも、認識があったとしても、3人に 1人弱は 「もしかして、振り込め詐欺かも」 と思いつつも、結果的にはしっかりと犯人に送金してしまっていたわけだ。「すごいなあ」 と、半ば感心してしまう。

しかもますます感心してしまうのは、こうした人たちが、自分で ATM を駆使して犯人の口座に振込をしてしまっていることだ。私の父なんか、頭はとてもはっきりしているけれど機械モノの操作が大の苦手だから、いつも銀行の案内係に頼んで操作してもらっているらしいのに。

自分で ATM を操作できる人でも、振り込め詐欺に関する認識がかくも薄く、しかも、薄々勘づきながらも結果としてだまされてしまうというのは、本当に 「抵抗力不足」 としか考えられないのである。

私は今回の千葉花見川団地での殺人・次女連れ去り事件を思い出した。連れ去られた次女が逃げ出しもせず、犯人と行動を共にしたのは、異常な状況下で被害者が犯人に依存心を起こしてしまう 「ストックホルム症候群」 が芽生えたからではないかと指摘されている。

私は詐欺を疑いつつもつい送金してしまうメンタリティの根っこの部分にも、これと共通したものがあるかもしれないと感じる。人間の心理というのは、一筋縄では行かないものである。

以前、都心の事務所で一人だけで残業している時、値上がり確実の中国株の購入を勧める、ちょっと見た目麗しいおねえさんが訪問してきた。このおねえさんは、この株を買わないのはいかにばかげたことであるかを、なかなか言葉巧みに説くのである。(このことに関しては、以前 こちら に書いている)

ここで告白するが、この話を聞いた最初の 2~3分は、私の心も全く動かないわけではなかったのである。「そんなに有望な株なら、買っちゃってもいいかも」 ぐらいには思いかけた。しかし、すぐに 「こりゃ、イカサマだな」 と気付いた。それは、いくら何でも話がうますぎるからである。判断材料としては、それだけで十分だった。

うますぎる話にろくなものはない。これさえ知っておけば、怪しげな利殖商法にだまされることはない。こうした話にうっかり乗ってしまうのは、結局のところは、自分の欲の皮の突っ張り加減に負けたのである。

楽して儲けたり痩せたり綺麗になったりすることなど、できない相談だし、いくら息子が不始末をしでかしたとしても、一刻を争って何百万もの金を都合しなければならないなんてことはあり得ない。それさえしっかり知っておけば、犯罪に対するかなりの 「抵抗力」 を身に付けたことになる。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2009/07/27

顧客も有権者も、常に正しい (か?)

自民党の細田幹事長が 「国民の程度が低い」 と受け取られるような発言をした件に関して、民主党の鳩山代表が 「政治家は決して持ってはいけない考え方」 と批判したという。

このニュースで私は、米国の中堅スーパー、ステュ・レナーズの 「顧客は常に正しい」 という社訓を思い出してしまった。

この件は前にも書いた (参照) が、このステュ・レナーズというスーパーの売場のど真ん中には、この会社の有名な社訓を彫ったモニュメントが鎮座ましましていて、そこにはこう書いてある。

Our Policy:
Rule #1 - The Customer is Always Right.
Rule #2 - If the Customer is Ever Wrong, Re-Read Rule #1

つまりこの会社の 「ルールその 1」 は、「お客様は常に正しい」 ということであり、さらに 「ルールその 2」 で、「もしお客が間違っていると思うようなことがあったら、『ルールその 1』 をもう一度読み返せ」 と言っている。どえらい徹底のしかたである。

マーケティングの世界では、この顧客絶対主義ともいえそうなマーケティング・ポリシーが一時とてももてはやされた時期があって、このスーパーには業界の視察ツァーが押し寄せた。私も数年前に、ニューヨーク近郊の店にちょっと寄ってみて、このモニュメントを自分の目で確かめたが、かなり立派なものだった。(画像で見てみたい方は、こちら

これを確認した上で、私は件の記事で次のように書いている。

このポリシーが堂々と掲示してあるのは、売り場のど真ん中である。事務所やバックヤードではない。ということは、これは、社員ではなく、客に読ませるためにあるのである。客に読ませて、おだて上げるためにあるのだ。

つまり、とても巧妙な宣伝なのである。三波春夫の 「お客様は神様です」 という絶妙の決めぜりふと、同じようなものと思えばいい。

民主党の鳩山代表は、「国民の程度が低いなどとは、政治家は決して考えてはならない」 と表明したが、実は、そう表明することこそが重要なのだと、へそ曲がりな私は思ってしまうのである。腹の中でどう思っていようが、「国民は、有権者は常に正しい」 と言っておくことが必要なのだ。

しかしながら、「痛いニュース」 などでは細田幹事長の発言に関して、「その通りなんだから訂正しなくてもいいのに」 などと、鳩山代表よりずっとリアルな視点のコメントが付いたりしていて (参照)、この国の国民のレベルも、まんざら捨てたものじゃないと、私なんかは思ってしまった。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009/07/26

『唯一郎句集』 レビュー #45

『唯一郎句集』 とはとりあえず関係ないので、ごくあっさりと触れておくのだけれど、今日は私の誕生日で、ついに 57歳になった。ちなみに唯一郎は 48歳までしか生きなかった。

亡くなったのは終戦の年だから、大変な思いをしただろう。世の中が平和だったら、もう少し長生きをしたかもしれない。

というわけで、「海紅」 時代という章に入って 2回目のレビューである。この章の 2ページ目は 1句しか載っていないから、次のページの 3句と合わせて 4句をレビューする。作られたのは、多分 「群像」 時代の句より前のことだろう。作風からしてそんな気がする。

梅の芯のみ太りゆく稼ぎつづけむ

「木鐸」 時代の章の冒頭に、「夕餉にものいはず梅鉢の砂しめり」 「おとなしと賞めらるるが悲しき梅咲く」 「青空青空絶へず動くものあり梅咲く」 の 3句がある (参照)。おそらくその頃の句ではないかと思われる。結婚して子どもができる前だ。

梅の芯のみが太りゆくとは、花の盛りを過ぎて芯、つまりやがて実になる部分のみが大きくなるということだろうか。「稼ぎつづけむ」 という妙に直截的な言葉で結ばれているのが、なおさら暗示的である。

この句は、句集の中でも重要なものとされている。その証拠に、1ページにこの 1句だけが収められている。

中央に出て本格的に俳句で身を立てることを諦め、家業を継いで実業を目指そうとしている自分をそこに重ね合わせているのだろうか。「木鐸」 の章でレビューしたときは、唯一郎が梅の木にそこまでの思いを込めているとは、明確に思いが至らなかった。

朝掃除の女真顔にて梅鉢持てり

「朝掃除の女」 とは、女中か印刷所の従業員だろうか。梅の鉢を唯一郎がことさら大切にしているとわかっているので、粗相のないように慎重に持ち上げている。

そこまでシリアスにならなくてもいいのにと、心の底で思いながら、それを黙ってみている唯一郎。

草餅の嫌ひな友が來る部屋から空が見え

Crack_090726

ここでは便宜的に 「嫌ひ」 という字を用いたが、オリジナルはネットの世界にはない字である (写真参照 クリックで拡大)。

多分 「きらひ」 と読むしかないのだろうが、この句集以外ではついぞ目にしたことのない字だ。

「草餅の嫌いな友」 とは、仲間内では 「草餅の嫌いな」 といえば、すぐに顔が浮かぶほどの人なのだろう。多分、頑固なところがあるが、話せばなかなかおもしろいという人に違いない。

だからこそ、唯一郎はその友が来るのを窓辺で空を見上げながら待っている。

石ころ屋根のかぎろひ二家族のおきふし

「石ころ屋根」 とは、屋根が飛ばないように石ころを重しにしている屋根のことだろう。子どもの頃、田舎にはあちこちに見受けられた。

さすがに唯一郎の家は旧家だから、ちゃんとした瓦の屋根だったろうが、身近にそうした家も見えたのだろう。その屋根から陽炎が昇っている。その屋根の下に、顔見知りの二家族が寝起きしている。

それ以上のことは、唯一郎は決して言及しない。

本日はここまで。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009/07/25

『唯一郎句集』 レビュー #44

『唯一郎句集』 も 44回目となり、ついに最後の "「海紅」 時代" という章に入る。ただ、この章は長くて、句集の半分以上にわたる。

だから、レビューはまだ半分に漕ぎつけていない。このレビューシリーズの 4回目で 「100回ぐらいのシリーズになりそうだ」 と書いている (参照) が、どうやらそんな感じである。

「海紅」 は、河東碧梧桐が大正 4年に創刊した俳誌で、自由律俳句を大いにフィーチャーした。これを継いだのが中塚一碧楼で、彼が朝日俳壇の選者をつとめていたときに、唯一郎の投稿した俳句を大いに評価したのである。その縁で、唯一郎の句は 「海紅」 に多く収められているようなのだ。

句集の章立ては  "「海紅」 時代" となっているが、そうした意味で、これまでレビューした他の章と時期的には重なることがあるように思われる。だから、タイムマシンで時間を行き来ししているようなところもある。

とりあえず、今日は 「海紅」 時代の最初の 3句。

残雪に立ちわが家の夕暗に入り難し

「残雪」 というと、都会の人は遠くの山に残る雪だと思うかもしれないが、酒田においては、そこらじゅうに溶け残った雪である。除雪車がやってこない昭和初期においては、春先までそこらじゅうに雪があったはずだ。

残雪であるから、真っ白というわけでもない。土に汚れている。何やらもの悲しい雪である。夕暮れに帰ってきて、自宅の前の残雪に立ち、家に入りがたい気がしている。

「夕暗」 は、普通なら 「夕暮れ」 と書くが、暗い家の中の様子だから 「夕暗」 と表記したのだろう。家の中の異邦人である唯一郎。

夜の窓べりに残雪のそこら忘れず

夜の窓べりに座る唯一郎。暗い中に、うっすらと雪の白さが見える。前述の如く、真っ白というわけでもない残雪。

残雪の残る外の世界に心は飛ぶ。しかし、実際に飛び出すわけでもなく、窓べりに座ってじっと外を見ている。

風邪心地の蕪大いなる見し立てり

唯一郎は自由律とはいえ短歌より長い俳句を平気で作るかと思えば、このような省略しまくりの句も作る。

ただ、省略しまくりとはいえ、この句はまだ素直に辿れる。風邪心地で横になっていたが、大きな蕪 (かぶ) を見たら、つい床をたたんで立ってしまったということだろう。

ちなみに、庄内は蕪の産地で、藤沢蕪というのが一番有名だが、そのほかにもなかなか旨い蕪がとれる。日本中どこに行っても食べられないような、芳醇な味わいの蕪である。

蕪の大いなる生命力が、さりげなく読み込まれている。生命賛歌調にならないところが、唯一郎の句である。

今日はこれにて。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/07/24

大雪山での命の重さ

大雪山の遭難事件については、既に多くのブログがいろいろのことを書いているし、さらに詳細な情報がこれから出てくるだろうから、この時点で私が不確かなことを書いてもしょうがないだろうと思う。

しかし、ことがことだけに、かなり心に引っかかるものがある。

まず、私がこれまであまりよく知らなかったこととして、中高年の登山ツァーというものが、結構人気があるということがあげられる。中高年の登山がブームとは知っていたが、そのためのツァーが人気ということまでは知らなかった。

私の知っている範囲では、海外は別として、国内の登山なんていうのは大抵、山岳会とか山岳サークルの仲間と一緒に登るか、登山仲間と登るか、単独行をするかのいずれかだったと思う。登山のためのツァーという発想はなかった。ところが今、「登山ツァー」 のキーワードでちょっとググっただけで、かなりのサイトがヒットする。

どうして国内登山のためのツァーが増えているかといえば、それはもう、中高年の登山者が増えたからだと思われる。若い頃から登山していれば、山岳会かサークルに所属するか、しなくても登山仲間と一緒や単独行で経験を積んでいて、計画から実行まで自前でまかなえる。ツァーに参加しようなんていう発想はあまりないだろう。

ところが、40歳を過ぎて低山歩きから始めたような登山者は、山岳会やサークルに所属していない場合が多い。ということは、経験を積んだ登山者と一緒のハードな山登りの経験も少ないだろう。なにしろ、レベルが違いすぎるから、ベテランと一緒になんて行動できない。

今回の遭難者にしても多くは還暦以上の年齢である。決して登山初心者ではないにしろ、その経験は 10年とか 15年とかいうのがほとんどだというだから、50歳前後から山歩きを始めたという人である。これだったら、経験 3年の 17歳の方がずっとましだ。

今回のニュースが最初に入ってきた段階では、風雨が強かったのにガイドが出発を決定したというので、「なんという無茶なガイドだ」 と思ったものだが、よく聞いてみるとそれは行程の途中で、その日に出発しないと後から来るグループと一緒になって、山小屋が一杯になってしまうという事情もあり、午後からの天気回復を信じて出発したもののようだ。

こんな話を聞くと、つくづく 「赤信号みんなで渡れば怖くない」 というのはウソだとわかる。赤信号は、一人で自己責任で渡るから大丈夫なのである。付和雷同的にぞろぞろ渡ったら、危なくてしょうがない。私は 6年前に、そのことについて書いている。(参照

今日もそんな光景を目にした。秋葉原駅前で、一人が赤信号を渡ったのを見たグループが、左右を全く確かめずに、つられてぞろぞろ渡りだしたのである。そこにさしかかったトラック運転手は、引きつった顔で急ブレーキをかけていた。5~6人が轢かれても不思議じゃないケースだった。

もし私が同じ日に大雪山系に入っていたら、その日は迷わず出発を諦めて停滞を選択し、出発するグループ登山者を、無事を祈りつつ見送っていただろう。若い頃に山登りをしていた頃、私の登山の 9割は単独行だったし、山小屋嫌いのテント派だったから、無理をすることはない。

大自然を相手にする時は、臆病である方がいい。大胆になるのは、その瞬間に大胆さを発揮しなければ確実に死んでしまうという瞬間だけでいい。

20代の頃に朝日連峰を縦走した時も、2日目は雨風だったので、大朝日岳の直下で 1日停滞した。その日は起伏の緩やかな尾根道を歩けばいいだけだったのだが、せっかくの天上散歩を、何も見えない中で決行するのはもったいない。東北や北海道の懐深い山に入る時は、そのぐらいの日程的余裕を取らなければならない。

ところがツァーなどに参加してしまうと、「危ないなあ」 と思いながらも付いていかざるを得ない。自由がないのである。そんなツァーに参加するのは、中年過ぎに登山を始めたために、大きな山に登ろうと思えばツァーに頼らざるを得ないからではなかろうか。

今回の大量遭難は、今後の登山ツァーに警鐘を発するという点で、大きな意味をもっている。決して無駄死にではないと思いたい。今後、同じような過ちを繰り返さないことで、彼らの命の重みに応えなければならない。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009/07/23

死刑の執行方法は、案外重要テーマ

「アゴラ」 に岡田克敏氏が 「処刑の方法」 という記事を書いておられる。まず前提となるのは、全世界で執行される年間 2,300件余の死刑のうち、1,700件余を占める死刑大国、中国が執行方法を変えるというニュースだ。

北京市が年内に死刑執行方法を従来の銃殺から薬物注射に切り替えるのだそうだ。

中国の最高人民法院の考え方としては、「薬物注射が銃殺よりも清潔で安全、便利」 ということのようだ。決して人道的配慮というわけではなく、死刑執行をより楽に行うための措置というところが、なかなか中国らしい気がする。

世界中で死刑制度そのものを廃止する国が増え、さらに死刑執行方法も、死刑囚の苦痛が軽減する薬物注射に移行する傾向にある中で、日本の死刑執行方法は、相変わらず絞首刑のままらしい。この国では、死刑廃止を求める声はあっても、現状の執行方法を変更するという議論はあまり聞いたことがない。

死刑制度を廃止せよという法律論議は、結論を出すのに時間がかかるだろうが、執行方法の変更という運用問題は少なくとも根本的な法改正よりは難しい問題ではないだろう。それなのに、あまりそれが論議のテーブルにのぼらないというのは、ある意味、興味深い話である。ちょっとした盲点だったかもしれない。

思うにこの国では、死刑というのは単に最も重い刑罰というよりは、「報復・復習」 という観念が強いのではないかという気がするのである。「被害者が味わったと同じ苦しみを、お前も味わいやがれ!」 ということだ。もっといえば、被害者遺族の 「気が済む・気が済まない」 という次元の問題に関わるようにも思われる。

以前、光市母子殺人事件の裁判で、被害者遺族の本村氏が執拗に死刑を要求している問題で、私はそれに対して控えめな疑問を呈する記事を書いた。「気持ちはわかるが、私ならそうはしない」 というトーンである。

ところが、コメント欄に、「死刑は遺族のためにある」 とか 「死刑は遺族に代わって国家が復讐すること」 などという意見が寄せられ、私は面食らってしまった。じゃあ、遺族に代わって国家が復讐すれば、それで本当に遺族は気が済むのだろうかと思ったのだ。

この件についてこれ以上論じると、またややこしくなるので、ここでは止めておく。ただ、以下の記事で結構詳細に論じてあるので、お暇があれば参照して頂きたい。

死刑で罪は償えるのか死刑の 「目的」死刑をめぐる煩悶
死刑制度では旗幟鮮明じゃない私

話を元に戻すが、死刑の意義として 「報復・復讐」 という要素が大きいと思われている社会においては、死刑囚の苦痛を減らすという人道的配慮は積極的賛同を得にくい。それは当然の話である。「人道から外れたやつに人道なんか必要ない」 ということになる。

せっかく死刑になっても、人道的配慮の元に薬物注射で眠らされ、当人も知らないうちに楽に心肺停止にされてしまうというのでは、死刑の意味が半減してしまう。死刑囚が直接的な死の恐怖と苦痛に直面しないのでは、被害者遺族の気が済まないだろうから。

ということは、もし、わが国の死刑執行が死刑囚が恐怖も苦痛もまったく感じないものに変わってしまったら、死刑制度存続の意味がなくなってしまうような気がする。

死刑廃止論者は、まずその第一ステップとして、死刑執行方法を改めるという段階から始めたらどうだろうか。それが成功すれば、「そんなことならいっそ終身刑にして、死ぬまでずっと絶望的に臭いメシを食わせてやる」 なんて空気が醸造されるかもしれない。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (22) | トラックバック (0)

2009/07/22

ココログから 「落語」 の 2文字が落ちた

昨日、乙痴庵さんからコメントで、「落語と手話と夢之助」 という古い記事のタイトルから 「落語」 の 2文字が抜け落ちて、「と手話と夢之助」 になっていると知らせていただいた。

タイトルだけではない。本文からも 「落語」 の 2文字がすべて消えて、えらく読みにくくなっている。

さっそく修正したが、ゴキブリが一匹いたら百匹いると思えと言うので、Google で自分のブログ内検索をしてみた。もちろん、キーワードは 「落語」 である。私は案外 「落語」 の話題を使うので、結構な記事がヒットする。

そしてその記事の本文をみると、すべてのケースでというわけではないが、多くの記事の中に使われた 「落語」 の 2文字が見事に消えてしまっている。修正に大変な手間がかかった。それにしても、こりゃ一体、どういうわけなんだ。

咄嗟に思い浮かんだのは、ココログが 6月 30日に実施した大規模メンテである。あのメンテは、ココログ得意のチョンボがあったようで、予定時間を大幅にオーバーしてしまった。かなり問題続出だったようである。

あのメンテが原因という証拠はないが、あれが怪しいんじゃないかという気がしてしまう。それにしても、なんで私の記事の 「落語」 という 2文字が落ちてしまうんだ? ベタすぎて、洒落にもならない。

私以外にも、ココログ・ユーザーで 「落語」 の 2文字が消えている人がいるかもしれない。思い当たるところがあったら、ちょっと確認作業をしてみる方がいいかもしれない。

というわけで、疲れたので、今日は短め。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009/07/21

本当においしいのは 「深ウマ」 である

母が一昨年の 5月に亡くなるまで、私は妻とともに 2ヶ月に 1度は車で帰郷して、寝たきりの母の介護をする父のヘルプをしていた。

毎回通る月山街道沿いに 「アル・ケッチャーノ」 というレストランがあり、その佇まいの良さもあり、ずっと気に掛かっていたのだが、ついぞ立ち寄ることができていない。

何しろ、このところの帰郷はずっと母の介護が目的で、母の死後も四十九日や一周忌、三回忌など、あわただしい旅だったので、いくら気に掛かっても、立ち寄ってゆっくりと食事をする時間の余裕がなかった。そうこうするうちに、アルケッチャーノはいくつかの新聞や雑誌に取り上げられ、「知る人ぞ知る」 という存在になってきていた。

そして最近、ノンフィクション作家の一志治夫氏が 『庄内パラディーゾ アル・ケッチャーノと美味なる男達』 (文藝春秋刊・定価 1,714円 + 税) という本を出してくれて、実際に立ち寄ってその料理を味わう前に、その素晴らしさを知ることとなった。

この本を読んで改めてわかったことなのだが、庄内はおいしい食素材の宝庫なのだ。道理で 18歳で東京に出てから、関東の食い物で本当に旨いものに巡り会ったことがないと、ずっと思われたわけだ。何しろ、元々の素材が違うのだ。

戦後我々が口にする野菜のほとんどは、在来野菜とはまったく別種の、大量生産向けに品種改良されたものなのだ。ところが庄内は、陸の孤島のようなロケーションで都会向けに日持ちする画一的品種を出荷することができなかったので、奇跡的に昔からの在来種が残っていたのだ。

そういえば、枝豆の王様 「だだちゃまめ」 は、今や関東あたりまでその名声が広がってきたが、その他でも庄内でなければ食べられない野菜は多い。

高校時代まで食べていたカラトリイモ (ズイキイモの一種で、実際には 「カラドリ」 と言っていたが)、表面がぶつぶつで粉を吹いたようなキュウリ (皮が薄くて独特のしなっとしながらもコシのある食感がある)、カブ、小松菜など、本当においしいものばかりなのだ。

関東の地に暮らしていると、「ああ、どうして関東の野菜には、あの庄内の味がないんだ」 と思ってしまう。なまじ元々の素材からしておいしいという感覚を知ってしまっているので、東京でどんなに高級な料亭やレストランで食事しても、「ふぅん、うまいといってもこの程度なのね」 ぐらいに思えてしまうのだ。

で、アル・ケッチャーノのシェフ、奥田政行氏は、滅びかけていた庄内の在来野菜にふたたびスポットを当て、イタリア料理として生き返らせた。彼のレストランが継続的に買い付けをし、そのために世に広まって絶滅を免れた品種は多いのだという。これは庄内の福音である。ありがたいことである。

庄内にあるのはおいしい野菜ばかりではない。もちろん米もうまいし、さらに庄内浜の魚介類がある。私は高校まで毎日、朝に取れた新鮮な魚をその日の夕方に食べていた。その当時は当たり前のことだったが、今では贅沢な話である。知らないうちに舌が肥えていたわけだ。

「死ぬほどうまい」 なんてものは、この世にない。そもそも、毒でもない限り、食い物では人は死なない。しかし、「泣くほどうまい」 というものはある。確かにある。『庄内パラディーゾ』 の中に、次のような件がある (P82より引用)。

イタリアに行くことになったのは、客が連れてきたイタリアのオリーブオイル会社の社長から誘われたためである。

オリーブオイル会社の日本支社に勤めるその客は、初めて 「アル・ケッチャーノ」 で食事をした日の帰途、新幹線の中で泣いていた。奥田の料理の感動が時間をおいて蘇ってきて、心震え、涙がとまらなくなってしまったのだ。

その客は、その後何回か、「アル・ケッチャーノ」 を訪れ、イタリア人社長を連れてくることを約束し、実際ほどなくして社長とともに食べに来た。食事を終えると、イタリア人社長は 「お前の料理をイタリアで披露してほしい」 と奥田に言ってきた。

奥田シェフは、これによってイタリアに招かれて彼独自の料理を披露し、大絶賛を得たのである。と、こんなことを書いている私自身が、まだ 「アル・ケッチャーノ」 で食事をしたことがないのだが、この秋頃には、念願かなって食べに行くことができそうだ。今から楽しみである。

おいしい料理は、一番幸せだった日々の記憶を蘇らせてくれる。いや、実際には 「一番幸せだった日々」 なんてない。蘇るのは、これまでの幸せの記憶を凝縮したエッセンスなのだ。だから本当においしい料理を食べると、至福が訪れるのである。

そうした料理を、私はひそかに 「深ウマ」 と称している。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2009/07/20

『唯一郎句集』 レビュー #43

今日で "「群像」 時代" の章に収められた句のレビューは終わり。次回からは "「海紅」 時代" の章に入る。

前にも述べたが、「群像」 というのがどういうものなのかは、まだわからない。講談社発行の今の文芸誌 「群像」でないのは明らかだが、それ以上は謎だ。心残りである。

俳句のできとしても、こう言っては何だが、他の章に収められているものと比べて、それほど冴えをみせているというほどではないような気がする。その分、なんだか取っつきやすいような印象はあるのだが。

そんななかで、今日取り上げる 「群像」 時代最後の 3句は、しみじみとして唯一郎の壮年期に移行する変わり目のような趣を感じさせる。ただ、彼は壮年期に入るに連れて俳句作りからはやや間をおくようになったようなので、俳句としてはその前の時期の方が輝きをみせているということもあるかもしれない。

では、レビューに入ろう。

靜かな夜はひそかに結氷の川底に思ひ廻らす

今の酒田では、いくら寒くても川面が凍るなどということはないが、昭和初期にはそんなことがあったのだろうか。

結氷の川底には、さぞ別世界の静けさがあるだろう。もしかして、唯一郎の棲みたかったのはそうした別世界の静寂の中だったのかもしれない。

正月の夜の吹雪に聞き入って居る小さな父子の顔

正月の頃は、酒田の地吹雪の最も激しい時期である。夜になれば、ヒュウヒュウとなる風の音が常に聞こえている。

この音が聞こえる間は、先のことは考えない。今夜暖かく眠ることだけを考える。大切なのは、今この時の暖かさなのだ。人間の営みは、吹雪の自然に比べれば悲しいほどに小さい。

吹雪の音に聞き入っている自分の子どもの顔が、ガラス戸にでも映っているのだろうか。ガラス戸の向こうは暗い。

馬曳きも馬も眼を閉ぢて吹雪かれて居たりけり

今どきは 「吹雪 (ふぶき)」 という名詞のみが日本語として定着しているような気がするが、元々は 「吹雪く」 という動詞からきたものだろう。だが、関東に来てからはこれを動詞として使う言い回しを聞くことは希だ。

庄内では 「吹雪く」 という動詞が今でも健在である (と思う)。さらに、「吹雪かれる」 という受け身の使い方も珍しくない。庄内では 「吹雪」 という客観的な名詞よりも、「吹雪かれる」 という身体的実感を伴う言葉が、今でも必要なのだ。

とくに強い吹雪の時は、目を開けていることさえできない。目を開けていてもどうせ地吹雪で少し先は見えないのだから、閉じる方がまだましなこともある。

馬曳きも馬も目を閉じているという風景は、地吹雪の中のぼうっとおぼろな映像である。凍える寒さという体感と、印象としての非現実性が隣り合う。

身体的実感の一瞬が、印象としては非現実的になるという庄内的世界が、唯一郎の中では重要なファクターだと思う。そのファクターは多分、私の中にもある。

本日はこれぎり。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/07/19

『唯一郎句集』 レビュー #42

三連休の集中的 『唯一郎句集』 レビューの中日。今回はたったの 2句である。というのは、この句集の P65 には、2句しか載っていないからである。

思えばこの句集は追悼句集だけに、ずいぶん贅沢な作りである。1ページに 1句しか載っていないこともある。

このレビューシリーズは、原則として 1回に 1ページ分の句を取り上げている。初期の頃は、1ページに 2句しかなかったりすると、隣のページの 3句と合わせて 5句分をレビューしたこともあったが、回が進むにつれて、1ページ分のみとすることにした。もっとも、1ページに 1句しかない場合は、隣のページと合わせてしまうが。

というわけで、レビューに入る。

あ児の玩具を買って來て冬夜をおどけて見る

前回の句が晩秋から初冬の作品で、今回は冬になっている。ここに出てくる 「あ児」 は、次男だろうか。彼はまだ元気で生きている。

子供用のおもちゃを買ってきて、おどけてみせる唯一郎。多分、長男が赤ん坊だった頃よりも、父親としての余裕が出てきているのだろう。珍しく親密で明るさのある句だ。

冬の夜がかなしうてがらがら玩具を鳴らしてあ児よ

庄内の冬の夜は長く、悲しい。しかし、この句は 「かなしうて」 と言っている割には切なさがない。やはり父親としての情愛が、生来のペシミズムを影に追いやっているのだろう。

唯一郎は、人付き合いは上手ではなかったらしいが、実は情愛に溢れたひとだったようだ。

とりあえず、本日はこれまで。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/07/18

『唯一郎句集』 レビュー #41

先週末は小樽に出張だったから、週末恒例の 『唯一郎句集』 のレビューが一度しかできなかった。今週は月曜日の 20日まで休みだから、みっちりやれるかもしれない。

前回のレビューはは夏の盛りの句だったのに、今回は一足飛びに晩秋だ。この間の句はどこに行ってしまったのだろう。

なにしろ、唯一郎という俳人は句帳を持たず、作り捨てを旨としていたので、散逸してしまった句もたくさんあるのだろう。少なくとも、この年の晩夏から中秋にかけての句は、残されていない。後世の者としては、もったいないことである。

とまあ、繰り言を言っても仕方がないから、レビューに入ろう。

十分間十一月の裸木と相對してちりし男

庄内の 11月は、晩秋というか、ほとんど初冬である。落葉樹はみな葉を落とし、裸木となる。それはある意味では潔いほどの姿である。

その潔い裸木と 10分間相対していたのは、多分唯一郎である。裸木の潔さに圧倒されたように、彼の心の中で散ってしまったものがある。

唯一郎は、決して自然の対称に打ち勝とうとはしない人間である。そして、さらに身を引いて、自らをも客観化してしまうところがある。

屋上の時雨の音よ家人らみな口をあけて飯を食ふ

「屋上」 とあるが、大正から昭和初期の句なのだから、唯一郎の家に今で言う屋上があったわけではない。単に 「屋根」 意味である。ただ、「屋根」 というより 「屋上」 という方が、唯一郎の気分に合ったのだろう。

夕食時の時雨の屋根を打つ音が聞こえる。晩秋の夕方、急な雨なので家の中は暗くなる。昭和初期の頃とて、電灯をつけても今のような明るさではない。

ちなみに、日本の伝統普及率が 87%に達したのが 1927年という記録があるから、この頃、唯一郎の家には電灯があったと思われる。ただ、夜になれば電灯を点せばいいという世の中になって、それほどの年数は経っていない頃だ。

時雨の音を聞きながら、ほの暗い家の中で家人が揃って黙々と食事をする。口を開けて、その口の暗闇の中に、飯が押し込まれていく。自分の家族なのに、何やら異様なもののような気もする。

十一月の月が明るうて帽子を脱いだりして行く落葉

庄内は 11月ともなるとそろそろ冬支度の時期なので、空も日本海側の冬特有の鉛色の雲が厚くなり始める。この時期の夜に空がたまたま晴れて満月が見えると、とても冴え冴えとしたイメージになる。

その冴え冴えとした明るさに誘われ、思わず帽子を脱いでみたくなる。この頃の男は、外出時には帽子をかぶるのが当たり前だったのだ。

自分が帽子を脱ぐと、辺りの木々も落葉して帽子を脱いだのと同じ姿になっている。

今回の 3句の初っぱなの句が、少しペシミスティックだったのに対して、この句は余裕が感じられる。月の明るさのせいだろうか。

本日はこれにて。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/07/17

喧嘩慣れしていない先生たち

まったくもう、与謝野馨さんったら、かっこ悪いなあ! 麻生首相とサシで会って脅しをかけたつもりだったのかもしれないが、結局は屁の突っ張りにもならなかった。(参照

やっぱり喧嘩慣れしてない人がせいぜい強がってみせても、修羅場では全然かっこ付かないんだなあ。

私は与謝野馨さんという人については、今年の 2月 26日に 「ラニーニャと与謝野さん」 というタイトルで、ちょっとくさしたことを書いている。再録してみよう。

財務・金融・経済をまとめて担当することになった与謝野馨さんだが、先日ラジオに出演していろいろ語るのを聞いて、私はちょっと失望した。

この方、「今は大変な時期だ」 「政治や経済は、そんなに単純なものじゃない」 「よくよく考えなければならない時期に来ている」 「私は閣僚として粛々と任務を遂行するだけ」 などと、例の口の端からよだれが流れそうな口調で、当たり前の話をもたもたと繰り返すのみで、要するに、意味のあることは何も語らなかったのである。

頭がいいけど人間というものをあまりわかっていない人の陥りやすい罠である。ラジオに出たからには、大衆に向かって語らなければならないのである。しかし、彼は目の前にいる察しのいいキャスターとの、広がりのない茶飲み話に終始しただけだったのだ。

茶飲み話ばかりしてきたから、修羅場ではなんの役にもたたなかったのである。件の記事にはきっしーさんが、つぎのような誠に当を得たコメントを付けてくださっている。

財務省的な言説に慣れていると、しばしば氏の言わんとしていること (あるいは言うのを避けていること) がわかっちゃうんですけど。氏が選挙に弱いと言われるのは (既に通産大臣などを務め、自民党内では出世していた2000年に落選している) 故なしではないわけです。それでも一部の「通」の評論家やマスコミは彼を総理候補と持ち上げるんですよね…

まことにもって、自民党で総理候補と持ち上げられた人間も、修羅場になればこの程度の読みの浅さなのである。まあ、読みの浅さというよりは、都議選の惨敗を目の当たりにして、9年前に落選の憂き目を見た東京一区選出の国会議員としては、脊髄反射であせりまくっただけなのかもしれないけど。

喧嘩慣れしてないと言えば、今回の 「両院議員総会」 開催の呼びかけ人という 17名の顔ぶれの中には、やっぱりいるいる。我が庄内地方を選挙区とする加藤紘一さんが。この人が鼻息荒くして何か初めても、うまくいった例しがない。

有名なのは、奇しくも与謝野さんが落選したのと同じ 9年前の 「加藤の乱」 のずっこけぶりである。あの辺までは私の田舎の人たちも、心の隅では 「庄内から総理大臣が出るかも」 なんて期待していたのだが、あの後は完全にしらけまくりになってしまった。この人、本当に喧嘩のしかたを知らないみたいなのだ。

さらに、昨年夏の 「拉致被害者は北朝鮮に帰すべきだった」 なんていう発言に至っては、さすがの庄内人も怒っていた。ただ、うちの田舎の山形三区というところは、対立候補に勝負になるのがいないので、いつも余裕で当選しちゃっているのが痛いところである (参照)。

というわけで、今回の反乱は誰も喧嘩のしかたを知らず、完全に尻つぼみで、やっぱりなんだかんだ言っても政権を握っているものは強いということに落ち着いてしまった。ただ、その強みはコップの中だけのお話で、総選挙ということになると、自民党まるごとイメージを落っことしてしまったということになって作用するばかりなのだが。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009/07/16

中国とイスラム・テロ組織

新疆ウイグル自治区で、イスラム教を信仰するウィグル人があれだけ明白な弾圧を受けているのに、イスラム原理主義者は何も反応しないのだろうかと、私は訝っていた。

しかしここにきてアルカイダ系のグループが、北アフリカで働く中国人に 「報復」 を開始するとの声明を出したようだ。(参照

しかし、イスラム系テロ組織の 「報復」 は、当面は限定的なものになりそうだ。英国の民間情報会社 「スターリング・アシント」 によると、アルジェリアを拠点に活動する 「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ組織」 が、アルジェリアで働く約5万人の中国人と、中国が北アフリカで展開するプロジェクトを標的にすると警告したという。

つまり、中国本土を直接的に狙うと言明したわけではなく、自らの活動地域内にいる中国人と中国プロジェクトを攻撃するというのである。あの 9.11 でワールドトレードセンタービルを破壊したような派手なことは、当面はないようなのだ。

アルカイダ系の組織の直接的な 「敵」 は、何と言ってもやっぱり米国なのであ。米国を標的にしてずっとやってきただけに、いきなり 「中国も敵」 というのは難しいのだろう、路線修正には、多少手間がかかるに違いない。

しかし、北京政府がウィグル弾圧をこれ以上強化するようだと、イスラム・テロ組織も黙ってはいられなくなるはずだ。米国としても、テロ組織の標的というやっかいな役割を一手に引き受けるのもうっとうしい話だから、中国にも少しは向いてくれる方がいいと考えるに違いない。

その意味では、米国に亡命しているというラビア・カーディル女史を支援するか、あるいはそこまで行かなくても、しっかりと保護するぐらいのことはするだろう。彼女が立ち上げたという 「世界ウイグル会議」 には、がんばってもらいたいはずだ。

私は 「米国 - 中国 - イスラム原理主義」 の三極構造の様相を、この世界が持ち始めたんじゃないかと思っている。下手すると、米国が中国の台頭を抑えるために、ある程度イスラム・テロ組織を利用するなんていう裏の事情が発生しないとも限らない。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009/07/15

梅雨明けを巡る冒険

一昨日の夕刻に涼しい北海道から帰ってきて、羽田に降り立ったらあまりの暑さと湿度に驚いたが、関東甲信越は昨日で梅雨明けしてしまったのだそうだ。

私は今年の梅雨は長引くと思っていたので、この梅雨明け宣言にはちょっと虚をつかれたような心持ちになってしまっている。

私はもう一つの道楽ブログ 「和歌ログ」 で、先月の 19日にこんなことを書いている。(参照

今は水の季節である。旧暦でいうとまだ五月であり、それ故に梅雨は 「五月雨」 という。 今年は閏五月があり、つまり旧暦五月が二月連続する。梅雨が長引くんじゃなかろうかと思う。

今年は閏五月が入るぐらいなので、先月までは新暦と旧暦の差が詰まっていた。旧暦 5月が早く来たので (旧暦からみれば、新暦の進行がとろかったので)、梅雨入りが早く見えたのも道理である。そして、その 1週間後に次のように書いている。(参照

(旧暦では) 今日は二度目の五月の四日だ。梅雨 (五月雨) の月が二ヶ月にわたるのだから、休み休みやらないと、息切れしてしまうのだろう。あと二十日間ぐらい五月が続くから、普通の暦ではうまい具合に来月の半ば頃に梅雨明けしてくれるだろう。

つまり、今年はちょっと早めに梅雨入りしたので、時々中休みしながら、旧暦閏五月の終わりかける新暦 7月半ば頃に梅雨明けするだろうと書いている。

閏月があると天気まで変わるのかという人もいるが、旧暦というのはかなり厳密に計算してあって、閏月も単に適当にはさみこまれているわけではない。詳しくはどうなっているのかわからないが、冬場に閏月があるとその年は厳冬で、夏場に閏月があると猛暑だったりするからおもしろい。

で、ご覧の通り、今年の梅雨も書いたとおりの結果なので、文句ないのである。文句ないのだが、「梅雨が長引くだろう」 と書いた手前、本当のところは、旧暦 6月 1日にあたる 7月 22日頃に梅雨明け宣言になってくれるのが一番気分がいいのだ。1週間分の忸怩たるものがある。

天気にわがままを言ってもしょうがないのだが、今年は梅雨入りが少し早かったので、まあ、決して短くはなかったとしても、要するに 「長引く」 というほどではなかったのが、ちょっと心残りなのだ。

と、こんなとりとめもないことを思っていたら、今日の朝の TBS ラジオでお天気キャスターの森田正光さんが、少し心強くなるようなことをおっしゃっていた。

西の方の気象台のこの分野の担当者は、「関東は先走ったな」 と思っているに違いないというのである。週末からまた少しは雨が降りそうなので、その後に梅雨明け宣言してもおかしくないだろうということなのだ。

確かに、今回の梅雨明けは、沖縄と南九州の梅雨が明けてから、西日本をすっ飛ばして関東甲信越が先行している。全国的には、梅雨前線の影響からはまだ抜けきっておらず、梅雨が明けたというのは、本州では関東甲信越に限った話なのだそうだ。

ふぅん、ということは、私の思いこみは、旧暦時代の都があった関西を含む全国レベルの視点では、まだ生きているというわけね。これで、少しは胸のつかえが降りたような気がする。

ただ、もっと根本的なことを言ってしまうと、何月何日をもって 「梅雨入りした」 だの 「梅雨が明けた」 だのと区切ってしまうというのは、おかしいといえばおかしい。相手は自然のことなのだから、いつの間にか雨っぽい季節になって、気付いた時には真夏に移行していたというのが本当のところだろう。

その意味では、「脳死をもって人の死とする」 というのに馴染めないのと同じだ。本当のことを言えば、人は徐々に死に至るのである。時代劇で悪漢に切られた娘が主人公に抱きかかえられ、思いのたけを言い終わった瞬間に、「はい、今死にました」 とわからせるために、がくっとなっちゃうというような、人間の都合に立脚した 「様式的」 なものじゃない。

「ご臨終」 の宣言は、遺族に納得させるためのものであって、本当の生物学的な死は、デジタルに区切られるようなものではないはずだ。「法律的な死」 の宣言が下されても、まだ心臓が動き、触れば暖かい人間の遺族は、「この人死んだから、臓器をください」 と言われても、「わかりました。じゃあ、さっさと取り出して」 とは応えにくいだろう。

梅雨入り宣言が出された翌日に、すぐに梅雨の中休みになってしまっても、「まだ梅雨じゃねえじゃねえか!」 で済むが、脳死の問題はそれよりずっとつらいものがある。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2009/07/14

私の田舎の海水浴場が閉鎖だって

知り合いのカメラマンが、「ねぇ、tak さんの田舎で砂浜がなくなっちゃって、海水浴場が閉鎖されたんだってね」 と言う。最近のテレビでやっていたんだそうだ。

ウチの田舎で砂浜がなくなったなんてことはない。何かの間違いだ。なにしろ、日本三大砂丘の一つ、庄内砂丘である。

とはいえ、少し気になってググって見たら、十里塚というところの海水浴場が閉鎖したんだそうだ (参照)。十里塚は、酒田の中心街から最上川にかかる出羽大橋を渡り、庄内空港に向かう辺りの集落。中学校の頃に死んだ祖母の出身地である。古い人は 「じゅうりづか」 なんて言わず、「じょづが」 と頭高型アクセントで発音する。ああ、濃いなあ。

ここの小さな海水浴場が、海水浴客の減少と波の浸食による地形変化で閉鎖せざるを得なくなったんだそうだ。海水浴客の減少といっても、ここはマイナーな海水浴場だから、近所の子どもたちとか、酒田の街中から急に思い立って 「ちょっとだけ泳ぐか」 みたいな客しかこないだろうから、それほどの変化というわけじゃない。

庄内浜の海水浴場といえば、鳥海山の裾野が日本海に沈む遊佐 (ゆざ) 町の吹浦 (ふくら) とか、鶴岡市の温泉と直結した湯野浜、温海 (あつみ)、由良 (ゆら) あたりがメジャーなのである。

ちなみに、吹浦、由良は、日本の海岸の地名としてはフォークロアリスティックにものすごく正統派といえるもので、民俗学を学んだ人なら嬉しくなってしまうだろう。それにしても、我が酒田市にメジャーな海水浴場がないのに今気付いて、愕然としてしまったが。

吹浦、湯野浜、温海、由良なんかは、多少のことがあっても閉鎖なんてことにはならない。しかし、十里塚となると、私自身、「まだやってたの?」 と思ったぐらいだから、閉鎖しても不思議じゃない。庄内も年寄りばかりになってきたから、泳ぎに来る子どもの数が減るのは当然だし。

とはいえ、聞き捨てならないのは、波の浸食による地形変化という話である。日本には本当に海岸の地形自体が変わってしまって、砂浜が消滅したなんて例があるらしい。十里塚の場合はそこまではいかないが、これまで遠浅だった海底地形が変わってしまったようだ。

ニュースによると、「1メートルほど沖に出ると場所によっては水深が約1.5メートルと急に深くなり、遊泳の危険性が高まった」 なんてことになったらしい。海辺で育った人間は、1メートル出たぐらいでは 「沖」 なんて言わないが、その程度で水深が約1.5メートルになるなんてことは、昔は考えられないことだった。

高校まで庄内で過ごした私のイメージでは、吹浦はどこまで行っても遠浅で、一度深くなってももう少し沖に行くとまた浅くなったりする。一番深いのは由良海岸だと思っていたが、それでも、記事に書かれているように 「チャプ、ドボン!」 なんてことはなかった。

海の底までは普通は目に見えないが、知らないうちにかなり大きな変化が進んでいると思うほかない。その変化の要因の大きな部分は、海に注ぐ川の変化なんだろう。

川の途中にいくつものダムができて、本来ならコンスタントに注がれる土砂が供給されなくなったり、上流の森林が荒れて沿岸の生態系を形成する成分が流れてこなくなったりしているのではあるまいか。そんなのは他の地方の話と思っていたが、我が庄内にまで及んでいるなんて。

ああ、心配なのである。目は見えないが、海底の裾野が浸食されたら、長い間には日本列島が崩れちゃうじゃないか。ダムなんか造って便利になったような錯覚にとらわれていても、日本列島が狭くなっちゃったら意味ないだろうに。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009/07/13

自民党のビョーキ

出張先の小樽のホテルに戻って、夜の 9時過ぎにテレビのスイッチを入れたら、都議選の自民党惨敗のニュースの真っ最中だった。

自民惨敗とはいえ、民主党が過半数を獲得するほどの圧勝を遂げたわけでもないし、まさか共産党と連立を組むわけにもいかないから、決して安定多数というわけじゃない。

この構図が総選挙にもそのまま現れるとは限らないが、いずれにしても自民党に勝ち目はない。問題は、民主党が衆議院でも過半数を取れるかどうか (国民新党とか、よくわからない小さな党派との連立を含めて) である。

取れちゃったりしたら、参議院では既に多数を占めているのだから、民主党が調子に乗りかねない。だから、小沢さんや鳩山さんの例のお金の問題を早々とチャラにしてはいけないと思ってしまったりする。

今回の惨敗で、自民党の内部はますますガタガタである。それぞれが保身に走り、公然と勝手なことをほざき始め、求心力より遠心力が強くなり、そのせいで外部からみた印象がますます悪くなる。終わりかけた組織が必ず見せる、お約束の末期症状である。

自民党内部では、解散を先延ばししろとか、総裁を選び直せとか、いろいろなことを言う人がいるらしい。解散を伸ばしたところで、任期はどうせもうすぐ切れるのだし、総裁を変えたところで、外部からは滑稽にしか見えないのだが、当人たちは必死である。

なんでそんなことに必死になるかといえば、決して国の政治のためじゃない。自分の立場を少しでも有利にして、間近の選挙での落選を避けたいからだ。結局、自分の都合である。それこそが国民の不信を買っているのだが。

自民党の政治家の多くはコップの中で 「麻生が悪い」 と言っているが、それはとりもなおさず、「自分はそんなに悪くない」 と言外に言っているのと同じで、みっともない有様である。かといって、麻生政権の求心力を無理矢理強めたりすると、それもまた自殺行為だ。

このどうしようもない矛盾こそが、今の自民党のビョーキの一番悪い症状なのだと思う。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (11) | トラックバック (1)

2009/07/12

食い物のおいしさ

実は今、仕事で北海道の小樽に来ている。札幌までは何度も来たことがあるが、小樽は初めてだ。来てみて、人口 14万の地方都市にしてはあか抜けしているのに驚いた。

あか抜けしているのも道理で、この街は日本有数の観光都市であるらしい。そういえば、石原裕次郎記念館なんていうのまである。

仕事でバタバタしてしまっていて、ブログ更新の時間をとるにも苦労しているが、なかなかいい街である。私は気に入ってしまった。港町というのは、人間が 「気楽になんでも受け入れ型」 にできているから、こちらも構えずにいられる。食い物も、海の幸を初めとしておいしいし。

ただ、なまじ観光都市として開けてしまうと、ちょっと荒れてしまうところもある。昨夜、有名な倉庫街の中の、倉庫を改造して造られたいかにも観光客向けの店で海鮮丼を食べたら、高いばかりで期待からはかなりかけ離れていた。あれだったら、東京のフツーのスーパーで買える食材と変わらない。

今朝、ホテルでビュッフェスタイルの朝食で、海鮮の食材がたっぷりあったので、ご飯に乗せて海鮮丼もどきにして食べたら、こちらの方がずっとおいしかった。値段は観光客向けのお店の 6割程度である。これでカニ汁だのサラダだの漬け物だのフレッシュジュースだのコーヒーだのも付く。いったいどうなってるんだ。

実は、私はこう見えても舌はずいぶん肥えているのである。なにしろ庄内平野というおいしい食材の宝庫で育ったし、父は脱サラで海産物問屋をして、北海道から高級食材を仕入れていたから、母が忙しくて晩飯を作れなかったときなど、けっこう高いウニだのいくらだのをわしわし食っていた。だから、そんじょそこらの味音痴の観光客とはわけが違うのだ。

人と食事をして、「ここの店は相変わらず旨いねぇ」 なんて言われても、内心では 「いや、前回来た時よりも、かなり味が落ちたんだけど、こんな明白な違いに、この人、どうして気付かないんだろう?」 なんて思うことが度々ある。

あくまでも個人的印象かも知れないが、自称 「俺は食い物にはうるさいよ」 なんて言う人ほど、実は違いがわかっていないように思う。彼らはただ、ブランドと値段にだまされているだけだ。

庄内で育ってしまった私は、かなりおいしいものを、「フツーのメシ」 として食べていたもので、東京に出てきてうまいと評判の店で食事をしても、「ふぅん、まあ、この程度なのね」 なんて思ったりする。ただ、私はよっぽど出来損ないの料理でない限り、「まずい」 とは決して言わない。ちゃんと感謝していただくことにしている。

そして本当においしいものを食べると、その感謝の度合いがアップして、とても幸せな気分になるのである。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009/07/11

『唯一郎句集』 レビュー #40

あっという間にまたウィークエンド。『唯一郎句集』 のレビューである。ここのところ、なんとなく唯一郎のスランプの時期だったのではないかという気がしていた。

しかし、今回レビューのあたりから、スランプを脱してまた鋭い感覚が戻ってきたような案配である。

唯一郎が 「朝日俳壇」 に投稿を始め、全国の注目を集めていた頃のシュールレアリスティックなシャープさが、また光を発し始めているようだ。

レビューに入ろう。

人相の話をする悲しげな叔父の空ラ梅雨の一室

唯一郎の叔父って誰だろう? よくわからないが、人相の話をしていたらしい。悲しげに話していたというのだから、あまりオプティミスティックな方向の話ではなかったのだろう。愚痴のようなものだろうか。

しかし、外は空梅雨で、明るいからりとした陽気である。外の明るさと、家の中の一室の陰鬱さというコントラスト。

あえて 「空ラ梅雨」 と表記しているが、まだこ言葉があまり一般的ではなかったのだろうか。

不幸な父子が泳ぐかなしきは落日の一つの海月

夏の日本海は穏やかである。冬は荒波になるが、夏は日本列島が防風壁になっているようなものだから、凪いでいる時は鏡のように平らな海になる。

その穏やかな日本海をゆったりと泳ぐ 「不幸な父子」 とは、自分自身と自分の息子 (私の伯父にあたる) だろう。端から見れば決して不幸ではないのだが、それでも 「不幸な父子」 と言ってしまうところが、唯一郎の悲しさである。

夕方の海である。凪の時だろう。日が沈む。日本海側の夕日は海に沈む。赤々と沈む。悲しいほどの赤い日に照らされて、さしもの凪いでいる海原にも、小波の影が刻まれる。

浮かびながら見上げると、頭の上に朧な半月がある。父と子の朧な悲しさを空に投影したような半月である。

黒献上の帯で行く若者よ高原の踊場のはやも秋草

酒田の近辺で 「高原」 というのは、鳥海山の中腹あたりのことだろうか。博多織の黒献上の帯を締めた若者が行くという。高級品の帯を締めているのだから、いいところのぼんぼんなのかもしれないし、あるいはまた、自らの姿を回想しているのかもしれない。

「高原の踊り場」 という言い方が面白い。ジグザグに昇る道のちょっとした休憩場所になっているようなところか。 「はやも秋草」 という結句がすごくいい感じだ。可憐な秋草が見えるような気がする。

白浴衣に黒献上の帯。高原のくっきりとした稜線。足下の秋草。映画を見るような感覚の句である。

今日はここまで。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/07/10

勝手を言う東国原さんの存在意義

東国原宮崎県知事も、ようやく自民党がぶっ壊れていることを深く認識したようで、これまでの出馬云々という話をご破算にし始めた。

「国と地方の税源配分 5 対 5の実現」 が自民党のマニフェストに盛り込まれないなら、もう知らんというストーリーを打ち出して、自民寄りのイメージを払拭したい考えのようだ。

それどころか、民主党がそれをマニフェストに盛り込むなら、支持するというような含みの発言をして、見事な変わり身の速さを見せている。民主党から出馬というのは、いくらなんでも考えないということだが。(参照

さすがに、機を見るに敏というか、壊れてしまった自民党で総裁候補だか閣僚だか陣笠だかわからないところからスタートするよりも、県知事という地位に居続ける方がずっと有利ということに気付いたようだ。それに、勝ち馬に乗る方が利口なのは、誰が考えても元々わかっていたことだし。

痛いのは自民党だ、人気者を引っ張ってきて少しは選挙を有利にしたかったところだろうが、散々話題だけ先行し、自分のところのマイナスだけが浮き彫りにされて、挙げ句の果てに逃げられてしまっては、踏んだり蹴ったりである。こんなことなら、古賀さんが下手なアプローチしただけ馬鹿馬鹿しい。

それにしても、東国原さん、根っからの政治家じゃないから、面倒な舞台裏ポリティックスにとらわれないで、見ようによってはずいぶん勝手なことを言い放題である。でも、この勝手なことを言い放題できる土壌というのが、これまでの日本にはなかったのだ。

政治というのはこれまで、政策とか理念とかよりも裏の貸し借り勘定で動いてきたのである。だから、誰が誰にどんな貸しがあって、どんな返し方をすれば波風が立たないかというのを知り尽くしているオッサンが、陰の実力者とか調整役とかになれたのである。今で言えば、森さんとか青木さんみたいな人ね。

でも今や、森さんみたいなおっさんは、うっとうしい存在になってしまったのである。いつまでも昔の貸し借りをごちゃごちゃ言うから、政治は前に進まないのだ。そんなものはいっそリセットしてしまった方がいい時期にさしかかっているのだ。

だから、東国原さんみたいなのは、ある意味重要なのである。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009/07/09

本当にぶっ壊れてしまっている自民党

去年の 4月末に "既にぶっこわれている自民党" という記事を書き、その後、年末にはダメ押しとして "やっぱり 「既にぶっ壊れてた」 自民党" なんて書いた。

これ以上ダメの押しようがないから、タイトルの付けようがないぐらいだが、自民党、本当にぶっ壊れてしまっているのである。

そう見るしかないではないか。安部、福田と、2人続けて政権を途中で放り出し、その後釜になった麻生首相も、気付いたときにはもう 「死に体」 だった。3人続けてこんなざまになるというのは、いくらなんでも政権党としてひどすぎるお話である。

自民党には 「麻生内閣では総選挙を戦えない」 として、総裁選前倒しを唱える人もいるらしいが、「じゃあ、誰なら戦えるのか?」 と聞いてみたいほどだ。総裁の首をすげ替えればなんとかなるなんていうのは、勘違いも甚だしい。さらに東国原さんを連れてきても、壊れちゃったものはもう壊れちゃったのである。

改めてしみじみ思うのは、「自民党をぶっ壊す」 と公言していた小泉さんは、本当にやってしまったんだなあということだ。「3年殺し」 なんて言葉があるが、自分の政権担当時期を経てからゆっくりぶっ壊れるような奇妙なパンチを、しっかりと入れてしまったようなのだ。

小泉さんは自民党内野党だったのである。その自民党内野党が、あれだけの支持を得てしまった。というか、自民党内野党だったからこそ、あれだけの支持を得られた。政権が自民党内与党に戻ったら、小泉政権時代の支持を得られるはずがない。単純な話である。

そして、小泉さんが好き放題やっているうちに、自民党内与党、つまり主流派の基盤はガタガタになってしまった。人がいないではないか。もっともらしく総裁選挙をして選んだ 3人が、連続してあんな調子だもの。

一時、自民党は都市政党のような顔に生まれ変わったかのように見えた。しかしそのおかげで、地方の支持基盤はガタガタになった。そしてその揺り戻しで、今やせっかく得かかった都市政党らしき顔つきを失い、しかも地方の基盤は再生していない。

これまで地方で自民党の確固たる支持基盤だった農家は、今やほとんどが兼業農家で、とくに若旦那の主たる収入は中小企業のサラリーマンとしての収入である。年老いた親父も、自民党に幻滅してしまっている。社会の構造が変わってしまったのだ。自民党でなければならないなんて、今では誰も思っていない。

小泉さんがぶっ壊さなくても、自然にぶっ壊れはしたのだろうが、小泉さんがそのきっかけをずいぶん早めてしまったんだなあと思うのである。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (18) | トラックバック (0)

2009/07/08

ウチのブログの傾向

ココログでは、カテゴリー別の表示ができるようになっている。デフォルトでいくつかのカテゴリーが設定されているが、自分で新規カテゴリー加えることもできる。

こちらのアーカイブ・ページの真ん中より上が時系列のバックナンバーで、その下にカテゴリー別表示のリストがある。

カテゴリーの多くはデフォルトで設定されていたものだが、自分で新たなカテゴリーをプラスすることもできる。「言葉」 「比較文化・フォークロア」 「哲学・精神世界」 などのほか、そうそう、「唯一郎句集 レビュー」 も、もちろん私が作ったカテゴリーだ。

ふと思い立って、自分の書いている記事がどんなカテゴリーに分布しているのか調べてみた。これを調べれば、自分が興味を持っている分野とあまり興味のない分野が客観的にわかるんじゃあるまいかと思ったのだ。

で、ちょっと手間をかけて調べてみたのが、以下の表である。記事の本数の多い順に、上から並べてある。一つの記事に複数のカテゴリーを振り当てている場合もかなりあるので、合計してしまうと、記事の本数をかなり上回る。

日記・コラム・つぶやき 245
経済・政治・国際 222
言葉 177
ニュース 164
パソコン・インターネット 162
比較文化・フォークロア 136
心と体 123
哲学・精神世界 87
世間話 79
ウェブログ・ココログ関連 69
自然・環境 66
マーケティング・仕事 57
旅行・地域 57
文化・芸術 54
スポーツ 50
グルメ・クッキング 46
唯一郎句集 レビュー 40
ファッション・アクセサリ 38
庄内の話題 37
学問・資格 28
音楽 24
映画・テレビ 22
芸能・アイドル 19
ちょっといい話 16
携帯・デジカメ 10
住まい・インテリア 9
書籍・雑誌 6
おすすめサイト 3
育児 3
ペット 3
美容・コスメ 2
アニメ・コミック 1
恋愛 1

この表を見る限りでは、「日記・コラム・つぶやき」 というカテゴリーに入る記事が断トツで多い。それも道理で、ただ漠然とした記事は面倒だからみんな、このカテゴリーの中に放り込んである。分類が面倒な時に放り込む押し入れみたいなカテゴリーである。

その次に多いのが、「経済・政治・国際」 というカテゴリーだ。私は政治経済や国際問題に特別関心があるわけでは決してないが、こんなに大それたテーマを 3つもひとくくりにしてしまっているのだから、記事数が多くなるのも当然である。

それから、私が少々こだわっている公選法改正や選挙でのネット・キャンペーン解禁という話題が、当然ながらここに入るので、どうしても本数が多くなってしまう。

これ以外に記事本数が 100本を越えているのは、「言葉」 「ニュース」 「パソコン・インターネット」 「比較文化・フォークロア」 「心と体」 である。この中で、「ニュース」 「パソコン・インターネット」 の中には、比較的 「埋め草」 的記事が多いという印象を、自分ではもっている。

ちなみに、「埋め草」 とは、取り立てて重要な記事がない時に、しかたなくスペースを埋めるための記事である。いずれもその時々の話題の中からテキトーに見繕うことができるので、さっと書きやすい。

一方、「言葉」 「比較文化・フォークロア」 「心と体」 というカテゴリーは、私が本当に興味をもっているテーマということができる。当初はこのカテゴリーの記事がやたらと増えてしまっていた。いつだか忘れたが、新たに 「哲学・精神世界」 というカテゴリーが加え、かなり多くの記事をこちらに分けたので、今の程度の状態になったというわけだ。

私は禅宗の坊主の孫という生まれのせいか、こうしたテーマで書きたがる傾向が、我ながら強いと思う。

逆に、本数の少ないカテゴリーをみると、「アニメ・コミック」 「恋愛」 というのが、各 1本ずつしかない。色気のないことである。さらにデフォルトで設定されている 「趣味」 というのは 0本だ。なかなか極端である。

アニメ・コミック」 のカテゴリーで書いてあるのは、『ドラえもん』 の大山のぶ代さんを賞賛する記事だし、恋愛」 のカテゴリーも、当世の若い連中の恋愛観に疑問を抱いたというものだ。残念ながら、こうしたテーマにいかにもありがちな濃い内容ではない。

「経済・政治・国際」 のカテゴリーの記事にしても、私は快刀乱麻の如く切りまくるなんていう書き方はしたくないと思っているので、ポピュラーなインパクトにはものすごく欠ける。こうしてみるとやっぱり、ウチは人気ブログになるような要素はあまりもっていないようなのである。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/07/07

立てば芍薬座れば牡丹 …

美人の喩えに 「立てば芍薬 (しゃくやく) 座れば牡丹、歩く姿は百合の花」 というのがある。これ、深読みする気になると、なかなか奥が深い言葉のようなのだ。

まず、芍薬と牡丹なんて、よく似ていてどっちがどっちかわからんのに、どうして立ち姿と座り姿に見立てているのだという疑問がある。

確かに芍薬と牡丹はよく似ていて、私なんかは花の写真を見せられて、「これ、どっち?」 なんて言われてもさっぱりわからない。もっと言えば、そもそも立ち姿に喩えられる芍薬の方が座り姿に喩えられる牡丹より背が低いということもある。これって、おかしいじゃないか。

この疑問には、「草と木の違い」 という古典的な回答がある。慣用句辞典というサイトに以下のように説明されている。(参照

芍薬は「草」であるのに対し、牡丹は「木」である。このことにも拠るが、芍薬は枝分かれせずに真っ直ぐな形(立つ)であるのに対し、牡丹は枝分かれし易く横張りの樹形(座る)になる。

なるほど、確かにそう言われれば、牡丹は横に広がりをもつので、座っていることの喩えには適当なのかもしれない。つまり、単純な高さの違いではないということなのだ。よく似た花でも、全体の見た目のイメージが大切なようなのだ。

それからもう一つ、始めに出てくる芍薬と牡丹はイメージがよく似ているが、「歩く姿」 に喩えられる百合の花は、急にイメージがかけ離れる。なんだか取って付けたような気もしてしまうのだ。

それに、百合の花というのは、一説によると、日本で観賞用として意識され始めたのは明治 30年代以後だという。それ以前はもっぱら百合根 (球根) を食用、薬用として用いただけで、花を愛でるようになったのはそれほど古いことではないというようなことが、Wikipedia に書いてある (参照)。

しかし、これって、うぅむと首をひねらざるを得ない。Wikipedia も、注意しないとなかなか危ないのだ。だって、明治以前から百合の花が美しい花として日本人に認識されてきたのは明白じゃないか。

古くは万葉集にも百合の花は結構詠まれている。大伴家持に次のような歌がある。

油火の光りに見ゆる吾がかづらさ百合の花の笑まはしきかも

さ百合花ゆりも逢はむと思へこそ今のまさかもうるはしみすれ

さ百合花ゆりも逢はむと下延ふる心しなくは今日も経めやも

この三首のほかに、長歌があるが、長すぎるので割愛する。大伴家持ばかりでなく、その他の歌人も百合を詠み込んだ歌を作っている。

面白いのは、三首のうち二首に 「ゆりも逢はむ」 という言い回しが見えることだ。これは、「後になってからも逢おう」 というような意味である。古語の 「ゆり」 は 「後で」 という意味だからだ (参照)。

「後で逢おう」 という意味と、その逢いたい女の美しいイメージを重ねて、「さ百合花」 という初句にしてある。この意味で面白いのは、同じく万葉集の次の歌だ。

我妹子が家の垣内のさ百合花ゆりと言へるはいなと言ふに似る

これは紀朝臣豊河という人の歌で、あまり知られた歌人ではない。歌もそれほど上出来というわけじゃなく、「愛しい女に 『ゆり』 (後でね) と言われたら、それは 『イヤよ』 と言われたようなものだよね」 というような意味である。振られた男の歌である。

こうしてみると、容易には落ちない女のイメージが強くなってきてしまう。西洋では百合の花は 「純潔」 の代名詞のように使われるが、日本では、どちらかといえば酸いも甘いもかぎ分けた女のようなニュアンスがあるのかもしれない。

国会図書館が運営するレファレンス協同データベースというサイトに、この言葉の由来について述べたページがあり、「江戸時代の滑稽本・洒落本の中に質問の言葉が出てくることがわかったが、はっきりとした由来はわからなかった」 とある (参照)。この中で、以下の記述が興味深い。

資料1:p360に「(前略)江戸中期の洒落本『無論里(ろんのないさと)問答』には「踊の歌にいはく立ば芍薬座居(とい)すりゃ牡丹あるき姿は山丹(ゆり)の花」と見えるので、舞踏歌に発したもののようである。」との記述がある。『無論里問答』は安永5年(1776年)刊の滑稽本。

なるほど、この動きを感じさせる言い回しは踊りにぴったりという気がする。昔の踊りの歌は今とは比べものにならないほどゆったりと歌われるので (日舞の舞台を見れば、すぐに納得できる)、この歌に合わせて踊ればなかなかの風情だったろうと思われる。

さらに、次の記述もある。

出典資料の成立時期により、寛政末期にはこの言葉があったと思われる。

国会図書館のデータベースで専門家が書いていることだから、Wikipedia よりは信じておいてもいいだろう。惜しむらくはこれが歌として現在まで伝わっていないということだ。

あるいは独立した小唄のようなものではなく、長い歌の中の一節だったのかもしれない。独立した歌として捉えると、七七七五の都々逸形式だが、都々逸坊扇歌が都々逸を創始するのは、江戸末期の1800年代になってからだ。まあ、その前から同じ形式の歌はあったわけだが。

というわけでいろいろ脱線しかかったが、要するに百合の花が日本で鑑賞の対象とされるようになったのが明治末期以降というのは、やはりおかしい。西洋と日本で違うのは、単にユリの花のイメージのようなのである。

最近は西洋文化の影響で、日本でも百合の花は 「純潔」 というイメージが強くなりつつあるようだが、この 「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花」 という言葉で表現されるのはやはり、「粋な年増」 というイメージが濃いようだ。

最後に誤解を避けるために敢えて付け足すが、昔は 20歳を越えたら年増と言われた。30歳を越すと大年増である。今の年増は 30代後半以上ぐらいのイメージかもしれないが、このあたりがちょっと違う。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009/07/06

ツンツンの髪の毛

還暦近くになっても、ちっとも頭が薄くならない友人がいるが、その代わり髪が硬くて、毎朝寝癖を取るのが大変なのだそうだ。

その彼が、「いやはや、俺は立った髪を寝かすのに苦労してるのに、最近の若い奴らは、わざわざ時間をかけて、髪の毛をツンツン立たせてるんだねえ」 と驚いていた。

確かに近頃、駅のトイレに入ると、鏡の前で必死になって髪の毛を少しずつつまみ、微妙な立たせ方を実現するのに余念のない若い子が多い。それはそれは真剣な形相なのだ。彼らの髪の毛は自然かつ無造作に立っているように見えるが、実は圧倒的な人工の技によるもののようなのだ。

なるほど、あの姿を見ていると、寝癖で立ってしまった髪の毛を毎朝苦労して丹念にセットしているオジサンが複雑な気分になってしまうのも、しかたのないところである。

そこへ行くと私なんかかなり恵まれていて、還暦に近づいても髪が目立って薄くなったということもなく (やや細くなったような気はするが)、髪質がソフトなので、思いっきり寝癖がついても、朝に 「肌水」 をちょいちょいっとスプレーしてやればすぐに収まる。

決して収まりすぎるということもなく、テキトーに自然な状態に収まるので、あとはそのままなんの手も加えない。私はずっと昔から、髪の毛に櫛の目を入れるなんて面倒なことはしたことがなく、こんな感じで通している。

だから昨今の、髪の毛がボサボサだろうがツンツンだろうが、それはかえってお洒落という風潮は、私にとって楽なのである。昔は、「きちんと櫛でとかして分け目を入れろよ」 なんて言われたこともあったが、最近は全然なくなった。ありがたいことである。

最近ではオッサンでも、しかも代議士でも、あのツンツンをやっている人がいる。大方はすぐに顔が浮かんだと思うが、渡辺喜美さんである。あれって、ソフトモヒカンなんて言うのかなあ。結構ワックス塗って立ててるんだろうと思うが、驚くべきことに、女性には案外好評らしい。

渡辺喜美さんばかりでなく、ボサボサ・ツンツンの最前線にいる若い連中は、それなりに手間と金をかけているもののようで、私としては 「大変だなあ」 と思うばかりである。女性の好評をとれるというなら、そのくらいは厭わないのかもしれないが。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009/07/05

『唯一郎句集』 レビュー #39

『唯一郎句集』 の本としての体裁を説明するのを忘れていた。なかなか凝った造りで、なんと和紙の袋とじに、紺色の布張りハードカバーがついている。

活字も何体というのかはわからないが、ちょっと変わったクラシックな書体で、大正ロマンを彷彿とさせる雰囲気をもっている。

酒田市内のいろいろな図書館にも寄贈されたようで、探せば高校の図書館の蔵書にはあるだろう。ただ、出版されてから半世紀近く経ているので、もしかしたらだいぶ傷んでいるかもしれない。私がこのほど古書店のネット販売で探し当てたのは保存状態がとてもいいので、ありがたいことである。

さて、レビューに入ろう。

汽車のまねごとをする食卓の春のものなど

食卓で汽車のまねごとをしているのは、唯一郎の子どもたちだろう。私は 「伯父」 としての印象しかないが、子どもの頃は食事をしながら 「しゅっしゅっぽっぽ」 などと言っていたのかと思うと、ほほえましい。

こうした家族団らんの雰囲気を語る場合も、唯一郎はまるで照れているかのように、よそよそしい語り口である。

鱒とり舟のけふもおもたきしぶき

庄内浜特産の桜鱒は、春を告げる魚である。焼いたものとニラを取り合わせて食べると、ものすごくおいしかったりする。

その桜鱒を獲る舟が港に戻ってくる。(漁に出るのは夜明け前だろうから、多分、これは帰港する舟の様子だろう)

船首が波を切る。しぶきがあがる。「おもたきしぶき」 と表現しているところが、臨場感をただよわせる。

きぎすが啼くたらの芽のとぼしきかたち

「きぎす」 は雉 (キジ) の古語。唯一郎は意識してこうした古めかしい言い方をするのが好きだ。自由律の俳人としては珍しいことなのではなかろうか。

たらの芽は、庄内の春のごちそうである。天ぷらにして食べると、本当においしい。庄内はおいしいものには事欠かない土地である。

あまりおいしいので、たらの芽は乱獲される。本来は、少しは残しておかないと木自体が育たなくなってしまうのだが、ほんの少ししか残されない。

山の中でそんなようなちょっと情けない様子をみる唯一郎の耳に、キジの甲高い鳴き声が響く。

本日はこれぎり

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/07/04

『唯一郎句集』 レビュー #38

週末恒例の 『唯一郎句集』 レビューである。今日のレビューは、春の 3句である。庄内の冬は地吹雪が吹きまくるので、春になると本当にうれしい。

日頃あまり感情を露わにしない唯一郎も、今日の 3句ではとても遠回しながら、春の訪れを寿いでいる。

さっそくレビューに入る。

逢はせてやる沼べりの土筆いたづらに伸び

沼べりのツクシが徒に伸びているというのはわかるが、「逢はせてやる」 というのが、どういうことだかわからない。

春の訪れの象徴であるツクシが伸びているというのを、まだ知らない人がいる。「まだツクシに逢っていないなら、沼べりに連れていって、もうずいぶん伸びているのに逢わせてあげようか」 というようなことだろうか。

もしかしたら、それは唯一郎が自らの子どもに向って言っているのだろうか。

子ども (私の伯父にあたる) を沼べりまで連れていき、「ほれ、こんな土筆だぞ」 (ほら、これがツクシだよ) と、庄内弁で語りかけている唯一郎の姿が、一瞬だけ見えるような気がした。

沼べりの家に人が座つている巻雲

庄内の冬は、鉛色の厚い雲に覆われる。青空の見える日は本当に少ない。そして春になると急に雲が晴れ、青空が現れる。

そうなると、窓を閉め切っていることもないから、開けはなって春の風を入れる。開けっぴろげになって、家の中に人の座っているのが、外からも見える。

青空の高いところに春の白い雲が現れる。そんな情景を思い浮かべる。

樹々のいとなみのいつせいに芽を出したるはや

「木」 と 「樹」 の違いは、端的に言えば、檜と雑木の違いなのだそうだ。人の役に立つ価値の高いのが 「木」 で、そうでもないのは 「樹」 なのだという。これは、漢字の専門家のインテリ台湾人に聞いた話だ。

その説に従えば、「樹々」 は雑木林の樹である。というか、庄内の山里によく見られるブナなどの自然林だ。決して杉林や檜林ではない。

雑木林の木々が一斉に芽吹く季節の喜びを、唯一郎らしくとても抑制の利いた調子で寿いでいる。

ばっさりと言ってしまうと、唯一郎は喜びの感情を素直に句にするのが、あまり得意ではないようだ。

本日はこれまで。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/07/03

セコムのブランド戦略

電車に乗るとキムタクを起用したセコムのポスターがどっさり貼られている。キャッチフレーズの 「セコムしてますか?」 は、前世紀に長嶋さんがやっていた頃からの継続だ。

長嶋さんは今でも、CM のテレビ内テレビにまで登場して、「セコムしてますか?」 を連発している。さすがスーパースターだ。

セキュリティ業界は、もはやセコムの一人勝ちなのだそうだ。この会社、セキュリティ業界で断トツであるばかりでなく、サービス業全体を見渡しても、株式の時価総額が日本一らしい。

セコムに続くのは綜合警備保障とセントラル警備保障なんだそうだが、この 2社は ブランド戦略をかなり間違えている。

綜合警備保障はつい最近まで 「SOK」 (ソーケー) なんていっていたように思うが、近頃は 「ALSOK」 (アルソック) なんてブランドを使っている。ところが、綜合警備保障 = ALSOK というのは、まだ認知度が低い。別の会社だと思っている人も多い。要するに、ブランド・アイデンティティが今イチなのだ。

セントラル警備保障は、「センケー」 なんてちょっと軽いブランドというか、略称というか、そんな名称を使っているが、星野仙一氏を起用するなんていう、ちょっとベタベタのイメージ戦略が、あまりうまくいっているように思えない。

そこへ行くと、セコムのマーケティング戦略はうまい。セキュリティ業界の人たちに聞くと、高額所得者層の個人住宅警備は、軒並みセコムなのだそうだ。お金持ちともなると、他の安い価格の会社と契約するなんて、沽券に関わるということらしい。

トップブランドの強みはすごい。警備会社=セコムということになってしまっている。「味の素」 「カップヌードル」 と同様だ。「ググる」 とか 「チンする」 (これはブランドじゃないが) とかと同様に、「セコムする」 が普通の動詞的な扱いになってしまいそうだ。

と、ここまでセコムを褒めまくってしまったが、契約してどれだけのセキュリティ効果があるかといえば、セコムだろうがアルソックだろうがセンケーだろうが、あるいはローカルな小規模会社だろうが、あまり変わりないらしい。やることはほとんど一緒だもの。

セコムの最大の差別化効果というのは、門の所にセコムのラベルが貼ってあって、「この家はセコムが警備してますよ」 と満天下に知らしめることで、これはある意味、ステイタス訴求にはなる。まあ、言ってしまえばその程度のことだ。逆に言えば、セコムのラベルは、「この家は大金持ちですよ」 と泥棒に知らせてあげていることにもなる。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/07/02

Mac に惹かれて

近頃、身の回りに Mac の影がどんどん浸透してきている。長女はずっと前から Mac ユーザーだったが、近頃次女が Macbook Air を買った。あのものすごく薄いやつだ。

我が家のブロードバンド・ルータの出力端子は既に一杯に埋まっていたので、おかげで無線ルータを付け足すことになった。

私が自分のノート PC をオンラインで使う時に使っていた LAN ケーブルを外して無線ルータを接続したので、結果として、自分のノートも無線でインターネットにつながるようになった。さぁて、これからどんなに PC が増えてもいくらでもつなげるぞと思っていたら、次女が調子に乗って iPod Touch まで買ってきて、Wi-Fi でつなぎまくっている。

長女は今、東京都内で一人暮らしをしているが、次女は自宅にいるので、そこら辺で自慢げに Macbook Air を開き、iPod Touch に好きな曲を入れまくっている。のぞいてみると、なるほど、心地良さげな画面である。

私としてはとりあえず、Macbook Air を買う気はないが、次女の iPod Touch をみているうちに、久しぶりで物欲を刺激され、iPhone は欲しくなってきてしまった。現在使用中の Softbank Mobile の機種がだいぶくたびれてきて、バッテリーのもちが悪くなってきたので、買い換えの時には有力候補になりそうだ。

とにかく、Mac の画面をのぞいてから Windows に戻ると、なんとなく 「おやおや …」 とため息をつきたくなるほど味気ないのだ。多くの Mac ユーザーが、「Windows って、ダサいんだもん」 と言いたくなる気持ちが、よくわかるのである。

このデザインというか、ユーザーインターフェイスというか、ひっくるめて 「雰囲気」 といえばいいのか、これらは、初めから GUI のコンセプトで作ったやつと、流れで途中からまねたやつとの違いである。こればかりは、致し方ないところである。

私は自分が以前、「Mac ユーザーになりたい」 という記事を書いているのを思い出した。この記事の中で私は、「内心では、『自分は、本来ならば Mac ユーザーであるべきだった』 との思いを捨てきれない」 と告白している。

私はずっとワープロ専用機の OASYS ユーザーだったのだが、Windows 95 が出る 2年前に、初めて自分の PC を購入した。その時 Mac にしようかと散々迷ったのだが、結局、職場で MS-DOS から Windows 3.1 への流れに乗っていたため、Windows マシンにしてしまったのである。

その時からずっと、私は Mac に関して特別な思い入れを捨て去れないでいるのである。自分のマシンに iTunes なんかを入れて、そのあか抜けたユーザーインターフェイスを見るたびに、「ああ、Mac の方が良さそう」 と思ってしまうのだ。

思えば、私の周りには既に Apple の影がたくさん進入してきている。iPod と iTunes のセットだけでなく、動画再生はもっぱら Quick Time を使うし、Windows 環境の元でも Mac に対する抵抗は減ってきている。ああ、また散財しそうで怖い。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2009/07/01

ココログがメンテすると、決まって ……

昨日は @nifty がココログのメンテでチョンボしちゃったようで、昼過ぎから夕方まで "Today's Crack" が閲覧すらできない状態となり、管理画面には 10時頃まで入れなかった。

その逆境にもめげず、昨日の Today's Crack に 824 ものアクセスが記録されたのは、誠にありがたい限りである。

ココログがなにかメンテをするたびに、事前に知らされた予定時間の倍以上かかった上に、かえってシステムがおかしくなって不具合ばっかり生じる結果になってしまうのは、2年半前頃まではほとんどお約束だった。(参照 1参照 2参照 3参照 4参照 5

だから、「機能向上のために大規模メンテを行います」 なんていう告知がされると、「ああ、また大規模におかしくなってしまうのか」 と、ため息をついていたものである。

ところが、近頃はそんなこともなく、3時間の予定でメンテの告知があっても、実際は 2時間ぐらいで終わったりしていた。「ココログもかなり進歩したなあ」 と、感心していたのである。ところが、昨日は 2年半前ぐらいまでのイライラを思い出してしまった。

こんなこともあろうかと、昨日の Today's Crack の更新は、日付が変わって間もない夜中のうちに済ませておいた。近頃は年のせいか、眠くてたまらくなるので、昼とか夕方とかの更新が増えてきてしまったが、以前は夜中のうちの更新がお約束だった。メンテの度にイライラしていた頃の習慣を復活させたというわけである。

Today's Crack の方の更新はこれで OK だったわけだが、和歌ログの更新がままならない。夕べはいろいろと急な仕事が重なって、10時半過ぎまであちこちに確認の電話をかけまくるという、ちょっとすさまじい夜になってしまったのだが、その間にちょこちょこと管理画面にログインしようとしても、「メンテナンス中です」 という表示が返されるばかりである。

久しぶりで味わうストレスだったが、10時頃に試したら、ようやく管理画面に入れた。ログインが殺到して殺人的に重くなってしまう前に、サクサクっと和歌ログの更新を済ませて、再び急ぎの仕事に戻ったので、今朝はチョー眠い。

夕べの更新でちょっとむっときてしまったのは、和歌ログの 6月 30日のログが消えてしまっていたことである。メンテの途中で相当いろいろトラブルが発生したみたいで、私の他にもログが消えてしまったという人はいるのではあるまいか。

こんなこともあろうかと、私は "Today's Crack" のバックアップは 「はてな」 に、「和歌ログ」 のバックアップは 「楽天」 に取ってあって、それぞれココログがトラブった時のリザーブとして使うようにしている。これがないと、安心してココログでブロガーなんてやっていられない。

今回のメンテもようやく一段落したようなので、@nifty さんには、しばらくはあまり余計なことをしないようにお願いしておきたいところである。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »