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2009/07/21

本当においしいのは 「深ウマ」 である

母が一昨年の 5月に亡くなるまで、私は妻とともに 2ヶ月に 1度は車で帰郷して、寝たきりの母の介護をする父のヘルプをしていた。

毎回通る月山街道沿いに 「アル・ケッチャーノ」 というレストランがあり、その佇まいの良さもあり、ずっと気に掛かっていたのだが、ついぞ立ち寄ることができていない。

何しろ、このところの帰郷はずっと母の介護が目的で、母の死後も四十九日や一周忌、三回忌など、あわただしい旅だったので、いくら気に掛かっても、立ち寄ってゆっくりと食事をする時間の余裕がなかった。そうこうするうちに、アルケッチャーノはいくつかの新聞や雑誌に取り上げられ、「知る人ぞ知る」 という存在になってきていた。

そして最近、ノンフィクション作家の一志治夫氏が 『庄内パラディーゾ アル・ケッチャーノと美味なる男達』 (文藝春秋刊・定価 1,714円 + 税) という本を出してくれて、実際に立ち寄ってその料理を味わう前に、その素晴らしさを知ることとなった。

この本を読んで改めてわかったことなのだが、庄内はおいしい食素材の宝庫なのだ。道理で 18歳で東京に出てから、関東の食い物で本当に旨いものに巡り会ったことがないと、ずっと思われたわけだ。何しろ、元々の素材が違うのだ。

戦後我々が口にする野菜のほとんどは、在来野菜とはまったく別種の、大量生産向けに品種改良されたものなのだ。ところが庄内は、陸の孤島のようなロケーションで都会向けに日持ちする画一的品種を出荷することができなかったので、奇跡的に昔からの在来種が残っていたのだ。

そういえば、枝豆の王様 「だだちゃまめ」 は、今や関東あたりまでその名声が広がってきたが、その他でも庄内でなければ食べられない野菜は多い。

高校時代まで食べていたカラトリイモ (ズイキイモの一種で、実際には 「カラドリ」 と言っていたが)、表面がぶつぶつで粉を吹いたようなキュウリ (皮が薄くて独特のしなっとしながらもコシのある食感がある)、カブ、小松菜など、本当においしいものばかりなのだ。

関東の地に暮らしていると、「ああ、どうして関東の野菜には、あの庄内の味がないんだ」 と思ってしまう。なまじ元々の素材からしておいしいという感覚を知ってしまっているので、東京でどんなに高級な料亭やレストランで食事しても、「ふぅん、うまいといってもこの程度なのね」 ぐらいに思えてしまうのだ。

で、アル・ケッチャーノのシェフ、奥田政行氏は、滅びかけていた庄内の在来野菜にふたたびスポットを当て、イタリア料理として生き返らせた。彼のレストランが継続的に買い付けをし、そのために世に広まって絶滅を免れた品種は多いのだという。これは庄内の福音である。ありがたいことである。

庄内にあるのはおいしい野菜ばかりではない。もちろん米もうまいし、さらに庄内浜の魚介類がある。私は高校まで毎日、朝に取れた新鮮な魚をその日の夕方に食べていた。その当時は当たり前のことだったが、今では贅沢な話である。知らないうちに舌が肥えていたわけだ。

「死ぬほどうまい」 なんてものは、この世にない。そもそも、毒でもない限り、食い物では人は死なない。しかし、「泣くほどうまい」 というものはある。確かにある。『庄内パラディーゾ』 の中に、次のような件がある (P82より引用)。

イタリアに行くことになったのは、客が連れてきたイタリアのオリーブオイル会社の社長から誘われたためである。

オリーブオイル会社の日本支社に勤めるその客は、初めて 「アル・ケッチャーノ」 で食事をした日の帰途、新幹線の中で泣いていた。奥田の料理の感動が時間をおいて蘇ってきて、心震え、涙がとまらなくなってしまったのだ。

その客は、その後何回か、「アル・ケッチャーノ」 を訪れ、イタリア人社長を連れてくることを約束し、実際ほどなくして社長とともに食べに来た。食事を終えると、イタリア人社長は 「お前の料理をイタリアで披露してほしい」 と奥田に言ってきた。

奥田シェフは、これによってイタリアに招かれて彼独自の料理を披露し、大絶賛を得たのである。と、こんなことを書いている私自身が、まだ 「アル・ケッチャーノ」 で食事をしたことがないのだが、この秋頃には、念願かなって食べに行くことができそうだ。今から楽しみである。

おいしい料理は、一番幸せだった日々の記憶を蘇らせてくれる。いや、実際には 「一番幸せだった日々」 なんてない。蘇るのは、これまでの幸せの記憶を凝縮したエッセンスなのだ。だから本当においしい料理を食べると、至福が訪れるのである。

そうした料理を、私はひそかに 「深ウマ」 と称している。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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グルメ・クッキング」カテゴリの記事

コメント

>彼のレストランが継続的に買い付けをし、そのために世に広まって絶滅を免れた品種は多いのだという。

すばらしい貢献ですね。
ぜひ一度行って見たいとおもいます。

投稿: きっしー | 2009/07/21 14:09

きっしー さん:

>すばらしい貢献ですね。

でしょう。
本当にありがたい話です。

>ぜひ一度行って見たいとおもいます。

東北日本海側に行かれる時は、ちょっと足を伸ばしてください。

投稿: tak | 2009/07/21 16:49

庄内人の不幸は、どこに行ってもここ(庄内)以上の美味しいご飯が食べれないところですね。
私は修学旅行でいつもご飯にガッカリしていた記憶があります。

だだちゃまめ、平田の赤ネギ、鵜戸河原きゅうり、温海かぶ、藤沢かぶ、宝谷かぶ、民田なす、小真木大根、酒田のキモド、飛島のゴドイモ、カラドリ芋、ズイキ芋(ジギ)、遊佐のウルイ、月山筍、湯田川孟宗、もってのほか
庄内柿、刈屋梨、浜中イチゴ、藤島ブルーベリー、庄内メロン、
とちの実、ぎんなん、栗、クルミ 
ウルイ、タラの芽、ウド、コゴミ 
ゼンマイ、蕨、山クラゲ

口細ガレイ、ハタハタ、岩ノリ、アオサ
ヒラメ、アイナメ、メバル、キス
岩がき、寒ダラ、鮭、ブリ、イナダ

おっと、忘れちゃいけねぇ、庄内米!

もう、書き切れませ~ん、庄内。(^o^)v

投稿: 伊藤 | 2009/07/22 10:20

伊藤 さん:

>庄内人の不幸は、どこに行ってもここ(庄内)以上の美味しいご飯が食べれないところですね。
>私は修学旅行でいつもご飯にガッカリしていた記憶があります。

庄内では、ごくごくフツーにおいしい食べ物が食べられるんですよね。
その辺のスーパーで買ってくる魚が、旨いんだから、しょうがない。

ずらーっと並べてくれましたね。
よだれが出そうです。

食べたことのない人には、さっぱりわからないだろうけど。(気の毒に…… ^^;)

投稿: tak | 2009/07/22 10:37

月山は懐かしいところで、子どもの頃の出羽三山参詣や学生時代の夏スキーなど、本当に暇があったらまたいってみたいところです。

私も地方の暮らしが長いので、深く記憶に残っているのは、子どもの頃、父の実家でいただいた、畑取りがけのスイカや野菜の味や杵付の餅、「こづゆ」なんかの会津の郷土料理の味ですね。(内陸地で新鮮な魚貝には縁遠かったです。干し貝柱、棒鱈、ニシンの山椒漬けなんかはおいしいけど。)

大人になってから、伺った農家の庭先でおいしい昔ながらの野菜や果物の味に出会うと、本当にそのころのことが思い出されます。
東京の一流といわれる和食を(数回ですが)いただいてもそうはならなかったなぁ。
「深ウマ」納得です。

投稿: 雪山男 | 2009/07/22 12:52

雪山男 さん:

>大人になってから、伺った農家の庭先でおいしい昔ながらの野菜や果物の味に出会うと、本当にそのころのことが思い出されます。
>東京の一流といわれる和食を(数回ですが)いただいてもそうはならなかったなぁ。

日本料理は、素材が命ですから、新鮮な素材に恵まれた土地で、料理の上手なおっかさんやばあちゃんの手にかかった料理は、そりゃもう、旨いです。

一流の料亭でも、かなわないものがありますよね。

投稿: tak | 2009/07/22 15:48

いつも大変楽しく読ませていただいております。
もうご存じかもしれませんが、銀座の山形県アンテナ
ショップ「おいしい山形プラザ」2階に奥田シェフのレストラン(ヤマガタ サンダンデロ)が入っています。
http://www.alchecciano.com/
山形から食材を持ち込んで料理を作られているそうです。

投稿: natsu | 2009/07/23 12:22

natsu さん:

>もうご存じかもしれませんが、銀座の山形県アンテナショップ「おいしい山形プラザ」2階に奥田シェフのレストラン(ヤマガタ サンダンデロ)が入っています。

そうそう、その手がありましたね。
そのうち行ってみようと思います。

投稿: tak | 2009/07/23 12:52

本日、たまたま以下の記事を見つけました。

「おくりびと」の脚本家である小山薫堂氏が、農業と「アル・ケッチャーノ」について触れられています。
http://fashion.yahoo.co.jp/magazine/houyhnhnm/147/hou012.html

以上、お知らせまで。

投稿: hemp | 2009/09/09 15:55

hemp さん:

情報ありがとうございます。

小山薫堂さんって、東北に縁があると思っていましたが、生まれは熊本なんですね。

熊本は、私の大好きな土地の一つです。

投稿: tak | 2009/09/09 18:46

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