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2009/07/07

立てば芍薬座れば牡丹 …

美人の喩えに 「立てば芍薬 (しゃくやく) 座れば牡丹、歩く姿は百合の花」 というのがある。これ、深読みする気になると、なかなか奥が深い言葉のようなのだ。

まず、芍薬と牡丹なんて、よく似ていてどっちがどっちかわからんのに、どうして立ち姿と座り姿に見立てているのだという疑問がある。

確かに芍薬と牡丹はよく似ていて、私なんかは花の写真を見せられて、「これ、どっち?」 なんて言われてもさっぱりわからない。もっと言えば、そもそも立ち姿に喩えられる芍薬の方が座り姿に喩えられる牡丹より背が低いということもある。これって、おかしいじゃないか。

この疑問には、「草と木の違い」 という古典的な回答がある。慣用句辞典というサイトに以下のように説明されている。(参照

芍薬は「草」であるのに対し、牡丹は「木」である。このことにも拠るが、芍薬は枝分かれせずに真っ直ぐな形(立つ)であるのに対し、牡丹は枝分かれし易く横張りの樹形(座る)になる。

なるほど、確かにそう言われれば、牡丹は横に広がりをもつので、座っていることの喩えには適当なのかもしれない。つまり、単純な高さの違いではないということなのだ。よく似た花でも、全体の見た目のイメージが大切なようなのだ。

それからもう一つ、始めに出てくる芍薬と牡丹はイメージがよく似ているが、「歩く姿」 に喩えられる百合の花は、急にイメージがかけ離れる。なんだか取って付けたような気もしてしまうのだ。

それに、百合の花というのは、一説によると、日本で観賞用として意識され始めたのは明治 30年代以後だという。それ以前はもっぱら百合根 (球根) を食用、薬用として用いただけで、花を愛でるようになったのはそれほど古いことではないというようなことが、Wikipedia に書いてある (参照)。

しかし、これって、うぅむと首をひねらざるを得ない。Wikipedia も、注意しないとなかなか危ないのだ。だって、明治以前から百合の花が美しい花として日本人に認識されてきたのは明白じゃないか。

古くは万葉集にも百合の花は結構詠まれている。大伴家持に次のような歌がある。

油火の光りに見ゆる吾がかづらさ百合の花の笑まはしきかも

さ百合花ゆりも逢はむと思へこそ今のまさかもうるはしみすれ

さ百合花ゆりも逢はむと下延ふる心しなくは今日も経めやも

この三首のほかに、長歌があるが、長すぎるので割愛する。大伴家持ばかりでなく、その他の歌人も百合を詠み込んだ歌を作っている。

面白いのは、三首のうち二首に 「ゆりも逢はむ」 という言い回しが見えることだ。これは、「後になってからも逢おう」 というような意味である。古語の 「ゆり」 は 「後で」 という意味だからだ (参照)。

「後で逢おう」 という意味と、その逢いたい女の美しいイメージを重ねて、「さ百合花」 という初句にしてある。この意味で面白いのは、同じく万葉集の次の歌だ。

我妹子が家の垣内のさ百合花ゆりと言へるはいなと言ふに似る

これは紀朝臣豊河という人の歌で、あまり知られた歌人ではない。歌もそれほど上出来というわけじゃなく、「愛しい女に 『ゆり』 (後でね) と言われたら、それは 『イヤよ』 と言われたようなものだよね」 というような意味である。振られた男の歌である。

こうしてみると、容易には落ちない女のイメージが強くなってきてしまう。西洋では百合の花は 「純潔」 の代名詞のように使われるが、日本では、どちらかといえば酸いも甘いもかぎ分けた女のようなニュアンスがあるのかもしれない。

国会図書館が運営するレファレンス協同データベースというサイトに、この言葉の由来について述べたページがあり、「江戸時代の滑稽本・洒落本の中に質問の言葉が出てくることがわかったが、はっきりとした由来はわからなかった」 とある (参照)。この中で、以下の記述が興味深い。

資料1:p360に「(前略)江戸中期の洒落本『無論里(ろんのないさと)問答』には「踊の歌にいはく立ば芍薬座居(とい)すりゃ牡丹あるき姿は山丹(ゆり)の花」と見えるので、舞踏歌に発したもののようである。」との記述がある。『無論里問答』は安永5年(1776年)刊の滑稽本。

なるほど、この動きを感じさせる言い回しは踊りにぴったりという気がする。昔の踊りの歌は今とは比べものにならないほどゆったりと歌われるので (日舞の舞台を見れば、すぐに納得できる)、この歌に合わせて踊ればなかなかの風情だったろうと思われる。

さらに、次の記述もある。

出典資料の成立時期により、寛政末期にはこの言葉があったと思われる。

国会図書館のデータベースで専門家が書いていることだから、Wikipedia よりは信じておいてもいいだろう。惜しむらくはこれが歌として現在まで伝わっていないということだ。

あるいは独立した小唄のようなものではなく、長い歌の中の一節だったのかもしれない。独立した歌として捉えると、七七七五の都々逸形式だが、都々逸坊扇歌が都々逸を創始するのは、江戸末期の1800年代になってからだ。まあ、その前から同じ形式の歌はあったわけだが。

というわけでいろいろ脱線しかかったが、要するに百合の花が日本で鑑賞の対象とされるようになったのが明治末期以降というのは、やはりおかしい。西洋と日本で違うのは、単にユリの花のイメージのようなのである。

最近は西洋文化の影響で、日本でも百合の花は 「純潔」 というイメージが強くなりつつあるようだが、この 「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花」 という言葉で表現されるのはやはり、「粋な年増」 というイメージが濃いようだ。

最後に誤解を避けるために敢えて付け足すが、昔は 20歳を越えたら年増と言われた。30歳を越すと大年増である。今の年増は 30代後半以上ぐらいのイメージかもしれないが、このあたりがちょっと違う。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント

毎日楽しく拝見いたしております

ボタンも芍薬も同じボタン科目ボタン属の花で

実際に見るとわかるのですが

芍薬は花柄が長く、茂った葉の中から花茎をのばしており

ボタンはその部分が短いため葉っぱのうえに座っている

ように見える、という説もあります

投稿: 好位置 | 2009/07/07 11:41

学生時分の飲み会で、女の先輩に「~歩く姿はビオランテ」ってやったら、ひっぱたかれました。

投稿: 乙痴庵 | 2009/07/07 12:55

好位置 さん:

>芍薬は花柄が長く、茂った葉の中から花茎をのばしており
>ボタンはその部分が短いため葉っぱのうえに座っている
>ように見える、という説もあります

なるほど、言われてみればわかりますね。
説得力ありです。

ありがとうございました。

投稿: tak | 2009/07/07 16:17

乙痴庵 さん:

>学生時分の飲み会で、女の先輩に「~歩く姿はビオランテ」ってやったら、ひっぱたかれました。

ビオランテってわからなかったので、ググってみてびっくり。

ひっぱたかれるぐらいで済んで、よかった ^^;)

投稿: tak | 2009/07/07 16:19


子供時代に、女性に対して、よく「立てばゴミ箱 座れば火鉢 歩く姿はガスタンク」と、はやし立てたものです
深く反省しております

投稿: alex99 | 2009/07/07 18:59

alex さん:

>子供時代に、女性に対して、よく「立てばゴミ箱 座れば火鉢 歩く姿はガスタンク」と、はやし立てたものです

私の頃は、「立てばビヤ樽 座ればたらい 歩く姿はドラム缶」 というバージョンでした。

投稿: tak | 2009/07/07 20:27

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